11.僕と彼女の屋敷と趣味と田舎の風景
病院の玄関で僕は伸びをする。
「ふぅぃ〜…一週間振りの外だぁぁ〜」
楓義兄さんの罰ゲームから三日後、僕は無事退院する事になった。
「…退院出来て良かったです」
「歌澄ちゃんには入院中、世話になってばっかりだね。しかもそれだけじゃなくて歌澄ちゃんの屋敷の部屋まで借りちゃってさ」
「…気にしないで下さい、私も色々と迷惑かけちゃいましたから」
お互いに見合うとぷっと噴き出す。
「…なんかお互い同じこと言ってますね」
「あはは、そうだね〜」
すると突然、
「コホンッ!」
「ぅわっ!」
「…ひゃっ!」
若魚さんが後ろで呆れていた。
「お嬢様、奏君。何を病院前でイチャついてるんですか、邪魔になりますよ」
「…はわっ、い、イチャつくなんてそんなっ」
「若魚さん、そんなイチャつくなんて事は……」
若魚さんは僕らの抗議をさらりと無視してさっさと車に向かった。
「奏君に屋敷の案内しないといけないんだから早く帰りますよ」
「…あ、若魚さん待って〜」
「置いてかないで下さいよ〜」
ここは日永家の屋敷。
「見事だなぁ」
見事に左右対象の大きな屋敷。大きな屋敷は何度も見た事があるけどこんなにここまで見事なものはあまり無かったと思う。ただ――
「なんで屋敷の前が畑になってるの?」
屋敷の前庭が在るべき場所には畑が広がっている。
「…要ちゃんはこの畑を『自給自足のできる庭』って言ってたよ」
僕の隣りを歩く歌澄ちゃんは苦笑いして言った。確かに自給自足出来そうだ。畑だけかと思ったら川と池と田もあった。
「庭ってか世間一般の田舎のイメージのミニチュアみたいだよね…」
そうですね、と僕達の前を歩く若魚さん。
「それには私も同意します。でも、要が作った野菜は全部無農薬でそこらの野菜より格段に美味しいんですよ。ただ――」
若魚さんはそこで話を区切ると顔に影が落ちた。
「常々矯正の必要があるかなぁ…と……うふふっ退院してきたらどうしてやろうかしら…」
ちょっと怖いです、若魚さん。
「…え、えーと、とにかくまず奏さんの部屋に案内しますね」
歌澄ちゃんは慌てて僕の腕を掴み若魚さんの前を歩く。
若魚さんは顔を元に戻し、
「分かりました。それではお嬢様、私は要の庭の手入れと屋敷の掃除をしてますので」
と一礼して庭の向こうに歩いていった。
歌澄ちゃんはそこで思い出した様に振り返り僕を見た。
「…そうだ、言い忘れてました」
そして微笑む。
「奏さん。ようこそ、私の家へ」
「…此所が奏さんの部屋です」
そうして案内された部屋はなんていうか……
「すごい…」
広さは丁度良く天井は普通より少し高い。天井まである壁一面の本棚は圧巻でGペン、丸ペン、インクにカッター、高級なトレース台などの画材道具が載ってる作業机がある。その右手には多種多様なトーンが入った棚。左手にはパソコンにペンタブ、スキャナとプリンタの複合機。ふかふかのベットに少し大きめの窓。
「…気に入ってくれました?」
「うん、気に入ったよ。ありがと」
「…それは良かったです。それでクローゼットとかですけど………」
歌澄ちゃんはベットの側の本棚に歩いて行く。何故かその本棚の縁には把手が。
「…此所に…う〜んっ……アレ? こ、ここに……こ…ここ…に…」
歌澄ちゃんが把手を掴んで引っ張ってもビクともしてない。多分あの把手を引っ張ったら本棚が開いたらクローゼットになるんだろうな。必死に把手を引っ張る歌澄ちゃんの姿は、かなり可愛くて和むけどそろそろ助けてあげないと転びそうだ……。
「歌澄ちゃん、変わりに開けるよ」
「あう……すみません…」
歌澄ちゃんは恥ずかしそうにおずおずと下がって、僕は
「よっ」
と把手を引っ張る。すると案の定クローゼット――というより物置の様な部屋――だったけど……
「何、これ……」
「…クローゼットというか物置何ですけど……ダメ…でしたか?」
「ダメじゃないよ。ダメじゃない。むしろ至れり尽くせりで感謝してもしたりない程だよ」
「じゃあ何が……」
「幾ら僕に女装が似合うからってこれは無いんじゃ……」
僕は横に少し移動して歌澄ちゃんに中を見せると僕と同じくらい驚いてた。
「…えっ? あれ? なんでこんな服が?」
そこにあったのは家の地下倉庫に置いていた僕の私物。そして女物の服。しかもその服はヒラヒラフリフリのロリーな物に始まりナース服、メイド服、チャイナ服、etc、etc………。
しかも歌澄ちゃんにも身に覚えが無いらしい。
「…なんでこんな服があるんだろ………あ、そういえば水波音さんが昨日大荷物を抱えて家に来てた気がします」
「……水波音ちゃん…」
思わず頭を抱えてしまう。何してくれてんだよ…。
「…良く分からないですけど奏さんの事すごく怒ってました」
「え?」
僕なんか水波音ちゃんに怒られるようなこと…………………
「あ、」
しまったぁ〜っ、そういえば一週間前にテキトウな事言って逃げたんだっけか…。
「……とにかくここにある服は取りあえず全部隅に寄せよう」
「…そうですね…………ちょっぴり着てもらいたかったかも………」
「ん? 何か言った?」
歌澄ちゃんが何かを呟いた気がしたけど、なんでもないと首を振っていたから僕はさっさと服を隅に寄せた。
「…ここがトイレで、そこがお風呂です」
あのコスプレの為としか思えない服を寄せてから他の部屋の案内をしてもらってる訳だけど……まぁ何というかやっぱり広い。廊下の至る所には高級そうな壷やら絵画やらがあるし。壊したりしたら破産しそう…。
そんなこんなで客室、姉さんと楓義兄さんの部屋、彼方さんの部屋、若魚さんの部屋と書斎、トイレ、お風呂、各階段と出入り口の位置等々を案内してもらった。
「…ここが私の第一研究室です」
なんだか今までの部屋より厳つい扉。歌澄ちゃんに案内されて中に入るとそこには―――
「…………何これ」
大量のプラモデル。ガ〇プラ、トラン〇フォーマーシリーズ、〇トレイバー、勇者シリーズ、エ〇ドランシリーズ、ファ〇ナー、〇クエリオン、etc、etc……。新しい作品から古い作品、しかも明らかに市販されて無い物も。
「…私の趣味なんです」
「趣味っていうかこれすごいなぁ…」
「…へ、変?」
歌澄ちゃんは恐る恐る尋ねてくる。
「別に変じゃないよ。こんなに作れるなんてすごいよ。それに僕、プラモデルが好きな女の子よりもBLが好きな女の子の方がおかしいって思ってるから。そう絶対におかしい、というか狂ってる!」
これ以上言ったらあの光景が浮かびそうだ……。
歌澄ちゃんはぽかんとした表情で僕を見ていた。
「あー…ごめんね。昔色々あってね」
「…そ、そうなんだ」
ちょっと変な空気が漂う。これは話を変えないと。
「あ〜……ところで今は何か作ってるの?」
歌澄ちゃんも気を取り直して答える。
「…はい、今はヴァル〇ルドをフルスクラッチで作ってるんです」
…サ〇ンナイトですか……。まさかのチョイスだね歌澄ちゃん。
「しかし、すごいなぁ…」
「…ありがとう」
歌澄ちゃんは嬉しそうにしてる。そんな顔をされるとなんか僕まで嬉しくなってくるなぁ…。
なんとなくだけど和やかな空気が辺りに流れる。そんな空気の中で僕達はしばらくプラモデルや勇〇シリーズの話で盛り上がった。
まぁ男女間の会話としてこんな話題はどうなのか、と思わないでもないけど盛り上がってしまったものはしょうがない。
「…ここで最後。私の部屋です。第二研究室もあるんですけど、あそこは認識コードを持って無い人が入ろうとすると周囲の壁から大量の音速のパチンコ玉が打ち出されるんです」
絶対にそんな目には遭いたくないね…。
「…少し散らかってますけど気にしないで下さいね?」
広い。僕にあてがってくれた部屋の二倍はある。
キングサイズのベットにいかにも高級そうな机。本棚にはドイツ語と英語のハードカバーの本と漫画、雑誌、同人誌が収められていた。
歌澄ちゃんはパタパタと本棚に駆け寄り、同人誌を数冊取り出す。その姿はなんだかウキウキしてるというかなんというか。
「…サインして下さい」
差し出されたのは僕達のサークル『橘小社』の本と黒ペン。
そういえば歌澄ちゃんは僕達のファンなんだよね。
「うん、ちょっと待っててね」
サインを書いて歌澄ちゃんに渡すと大事そうに抱えて
「ありがとう」
と微笑んだ。
やっぱり嬉しいな、漫画家・時雨和雪の初めてのサインは歌澄ちゃん。なんていうか漫画家やってて本当に良かったよ。
歌澄ちゃんの部屋でたわいない話――お互いの趣味の事とか学校の先生の文句とか――をしていると玄関にあった大きな振り子時計のゴーンという音が屋敷に響いた。
「…もう六時……」
「あ、ほんとだ。もうそんな時間なんだ」
「…そろそろ食堂に行きませんか?」
「そうだね。それにしても楓義兄さんと彼方さんの合作なんでしょ? 楽しみだなぁ〜」
想像しただけで涎が……
「そうですね。今では前以上にご飯が楽しみなんです。お陰でいつもより食べる時間が長くなっちゃって」
…それってゆっくり堪能して食べてるからかな、それとも食べる量が増えて? 出来たら前者だといいなぁ…。
で、僕の密かな願いも虚しく、歌澄ちゃんの食事時間が長くなった理由は食べる量が増えたからでした…。
まぁそうなるのも分からなくは無い。それほどに彩り豊かで豪華な料理。一口食べたらそこに広がる極楽浄土。中華〇番!の様な過剰な演出をされても仕方無いんじゃないかと思わせる物だった。
ただ、今の僕にはまともに楽しめない。
「にゃはははははははははははははははははははははっ♪ この水波音ちゃんを謀ったりするから怪我したんじゃないの〜! 水波音ちゃんを騙した悪い子には罰ゲ〜ムなのです♪」
絡み酒って迷惑極まりないなって心底思う。
夕食時に屋敷に来た水波音ちゃんは僕を見つけるなり泣きながら水月に飛び膝蹴り。その時のセリフは『心配したよ〜っ!』。表情とセリフは合っていても行動がまったく合っていない。
その後、心配してたと僕に抱き着いて泣く。その間も歌澄ちゃんに見えないように某幕ノ内さん張りのパンチで肝臓に連打。正直きつかった。
こんな事されたらそりゃ食欲も萎える。そんな食の進まない僕に酔っ払った水波音ちゃんが絡む絡む。絡む上に酒も勧めてくる。
貴女が肝臓打ちなんてしなきゃ飲んであげてましたよ。
それにしても、
「ば、罰ゲームって何やらせるつもりですか?」
不安でしょうがない。
「にゃはぁ〜〜♪ こ・れ♪」
「…………なっ」
女装再び。
僕は皆に目で助けを求める。が、歌澄ちゃんは料理に夢中、若菜さんと彼方さんは目を逸らし、姉さんと楓義兄さんは楽しそうに笑うだけ。
アウェーだ…。
にじり寄って来る水波音ちゃん。その手にあるのはセーラー服。逃げようと下がるのを笑顔の姉夫婦に阻まれる。
「はっ? ちょっ、な……っ!」
「自業自得よ。諦めなさい」
肩をがっちりと掴まれる。
「か〜なで君っ。きっがえましょ♪」
そして、無理矢理着替えさせられた。
「んん〜〜カァワイッ♪」
「ちょっ、水波音ちゃんスカートと捲ろうとしないで!」
「ぃいじゃないのよ〜♪」
「良くないですよっ!」
「いいの〜〜っ! だから飲む飲む♪」
「んぐぅっ!?」
歌澄ちゃんは僕の口に無理矢理一升瓶の口を突っ込んで酒を流し込む。
「んっんっんっ……」
そんな光景を彼方さんと若魚さんは感心した様に姉さんと楓義兄さんは
「一気っ! 一気!」
と囃立てる。歌澄ちゃんは相変わらず。
「〜〜〜〜っ! ぷはぁっ!」
「にゃはははははははははっ! すごいすごいっ♪ ナイス飲みっぷりぃ〜! よ〜し奏君っ、飲み比べよっ」
……何故? そんな疑問を問うより先に目の前に一升瓶が二瓶どんっと置かれる。
「…これは?」
まさか先に一升飲み切った方の勝ちってやつなんじゃ…。
「もちろん先に一升飲み切った方の勝ち♪ 負けたら明日から一週間、学校又は職場にセーラー服で登校で〜す!」
…………………本気でやらせて貰います!
僕は水波音ちゃんの隣りに立つ。
「良いですよ。臨むところです」
「にゃっはっは〜♪ 負けないょ〜」
歌澄ちゃん以外の人達は食事をやめて楽しそうに僕と水波音ちゃんを見物している。
レフェリーは姉さん。
「二人共、準備は良い?」
「オ〜ケイだよ〜♪」
「うん。いいよ」
構える。
「レディ………ゴーッ!」
間。
「ぷはぁっ!」
どんっ、と一升瓶を置いて水波音ちゃんを見ると
「ぐぅ〜…ムニャムニャ…秀秋君のヴァーカ…」
寝てるし…。
「……どうしよう?」
「それなら客室にベットがありますのでそっちの方に運びますね。お嬢様も食べ終わりましたし、彼方と楓さん、奏君、お嬢様は後片付けして貰えます?」
若魚さんがテキパキと指示をしていき、水波音ちゃんをおぶって客室の方へ行き、未だに飲んでいる姉さんを残して僕達は夕食の後片付けをした。
早く片付けて着替えないとな…。
一段落して、皆でテレビを見たり話をしたりそんな和やかな一時を過ごした。
そして、風呂に入り後は寝るだけ、と部屋を出た時、歌澄ちゃんに引き止められた。
「…奏さん」
風呂上がりのせいか頬が少し朱に染まりなんとなく色っぽかった。内心ドギマギしながら、
「どうしたの?」
と平然を装う。
「…あ、あの…明日、一緒に服を買いに行きませんか?」
「…え」
思わぬ誘いに驚きを隠せなかった。
「……だめ…?」
「ダメじゃないよ! うん、いいよ。大丈夫」
歌澄ちゃんは嬉しそう笑って
「…ありがとう、それじゃおやすみっ」
そのままトテトテと自分の部屋の方に掛けて行った。
…明日は良い日になりそうだなぁ〜♪
同日、イタリア。 ローマのとあるカフェテリア。
「やっぱ仕事の後の一杯は格別だね〜」
彼女はのんびりと紅茶を味わっていた。
「私の馬鹿弟子は今頃何してんのかね〜」
一人ごちてると男が声を掛けてきた。
「相席してもよろしいですか? 『不滅の終焉』さん」
「女連れのエセ紳士が座る椅子は無いよ」
『不滅の終焉』と呼ばれた彼女は心底嫌そうに言い、さっさと失せろと手を振った。
「連れないなぁ〜、折角お仕事の依頼をしようと思ったのになぁ…。こんな酷い扱いは初めてだよ。皆に言い触らさなくっちゃね」
男は嫌味ったらしく彼女に返した。
「ちっ! はいはいどうぞ!」
「ありがとうね」
「すいません、旦那が」
そう言って男と連れの女性が席に着いた。
「…で『不可視の影』とその連れが私に何の用?」
「実はね、僕達の代わりに子供達の面倒を見て貰いたいんだ。なんか家が焼けちゃって、今は人様の家の部屋を借りて生活してるらしいんだよ」
「……自分の子供なんだから自分で行けよ」
「それがそうもいかないんですよ。私も旦那も仕事が忙しくて…」
「……はぁ。なんで私なんだよ」
「そんな訝しげな顔をしないでくれ。子供達のところに行けば最近君が贔屓にしてる漫画の作者に間違いなく会えるから」
「何っ、時雨和雪かっ!?」
「あぁ、もちろん。それに奏とも会いたいだろ?」
『不滅の終焉』は考え込み、
「よし、良いだろう」
「ありがとう。期間は奏が高校を卒業するまで。報酬は一ヶ月に付き75万元を……冗談だよ、75万円を支払う。他の依頼を請けた時には奏を手伝わせても構わない。これで問題はないかな?」
「あぁ、まったく問題ないな」
「それは良かった」
『不滅の終焉』も『不可視の影』も満足そうに頷いた。
「それでは俺と家内は仕事があるからもう行くよ」
彼はさっさと立ち上がり歩き去り、
「それでは子供達をよろしくお願いします」
と彼の妻は丁寧に頭を下げ、旦那である『不可視の影』が消えていった方へ歩き去っていった。
「よっしゃっ、時雨和雪先生と会う時の服でも買いに行くかなっ」
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