9.僕と彼女のこの物語に於けるシリアスの所在と在り方
「お嬢様は、誘拐されてしまいました」
辛そうに喋る若魚さんのその言葉に僕は頭にガツンと強烈な一撃を貰った様な気分になった。
「…なん…だっ…て……」
「情けねぇよなほんと、お前に気をつけてって言われたのによ」
彼方さんは自嘲の笑みを浮かべる。要義兄さんは歯を食いしばって叫ぶ。
「なんなんだよっ!あいつらはっ!今までの奴等とは段違いじゃねぇーかっ!!糞がぁっ!!」
「要、憤るのは分かりますけど落ち着きなさい。奏君、私も君が来る少し前に来たところなんです。だからまずは二人の話を聞きましょう」
「……はい」
彼方さんは何があったのか話始めた。
〜〜回想開始〜〜
「日永歌澄の護衛か…」
「はんっ!護衛じゃねぇよ。俺はメイドさ。覚悟しろ」
「お嬢様には手出しさせねぇ」
俺と要はそれぞれの武器をナイフ男と火炎放射器男に向ける。
そして俺達四人は同時に動き出す。
「でりゃあっ!!」
俺はナイフ男に突っ込み腹に拳を打ち込む。ナイフ男は半身になって避けるが伸び切った腕を回してそのまま裏拳を叩き込む。
ガギィィンッ!
鉄と鉄とかぶつかる音が辺りに響く。
「っく!やるじゃねぇか…だがなっ!」
一瞬で受け止めているナイフを巻き込む様に男の背後に周り込む。
「雷神拳っ!!」
男の背骨を打つ瞬間に拳が雷を帯びる。そしてその拳を回転の力を利用して打ち込む。
これで終わりだっ!
ドゴォッと激しい音を立てナイフ男が吹っ飛ぶ。
「ふんっ!こんなもんかよっ。要ぇっ!何処だ……ってぇっ!」
家の中から窓を突き破って何かが吹っ飛んで来た。
「だあぁぁっ!っぶねぇなぁっ!要っ!」
「悪い悪い。しっかしなんなんだあいつら?」
家の中から要が出て来る。
「分からねぇよ、あんまりにも弱過ぎ…る…」
「どうした?かな…た…」
倒れていたナイフ男と火炎放射器男が何事も無かった様に立ち上がる。
「おい彼方、マジであつらなんなんだ?」
「わっかんねぇよ…」
雷神拳は当たれば一撃で意識を刈り取れる技だぞ?なんで平然としてんだ?
「全く、お前迄何をやっているケビン」
火炎放射器男は壊れた火炎放射器をナイフ男に見せながら喋り出した。
「だって兄さんあいつ酷いんだ!僕の玩具壊したんだよ!」
火炎放射器男はその声と容姿にそぐわない幼い喋り方をしている。それがこの男達の得体のしれなさを際立たせていた。
「そうか、後でまた買ってやる。だからお前も少しは本気を出して遊べ。俺も少しは本気を出す事にするからな」
「うん、分かったよ兄さん」
本気を出してなかっただと…?
ナイフ男は奇妙な形のナイフを更に二本取り出して鉤爪の様に三本を片手に持つ。
ケビンと呼ばれた火炎放射器男は火炎放射器の残骸を捨て去ると腕が突然炎を上げた。
「「………なっ?」」
あまりの出来事に絶句する。
そして、ナイフ男は俺を、腕が燃えているケビンは要を襲った。
「っく!だりゃぁあっ!」
ナイフ男の攻撃をなんとか受け止めて殴り返すがかすりもしない。
糞っ、マジで強いっ!
「ぐふぁっ!!」
腹を蹴り飛ばされ、リビングのソファに叩き付けられる。
こいつ本当にヤバい…要は?
「はぁぁああぁっ!!」
要は思いっ切りケビンを横に薙払い、バックステップで避けたところをそのまま流れる様にグラーフ〇イゼン?を一歩踏み込んで振り降ろす。
標的が掻き消え、大きな音を立てて床を砕く。
「ちぃっ!何処にっ…グアアァァアァアァァッ!!」
ケビンは要の左腕を殴る。殴られたところが焼けている。
その時足音が聞こえて来た。
そして、
「っ!彼方ちゃんに要ちゃん!」
泣きそうなお嬢様がそこにいた。
男達はお嬢様に向かって動き出す。
「要ぇっ!お嬢様を守れぇぇえぇっ!!」
「ぅおぉおぉおおっ!!邪魔だ馬鹿野郎っ!!」
俺はナイフ男の前に立ち塞がり、要はケビンを吹き飛ばしてお嬢様の元に駆け付ける。
「要さん!彼方さん!」
「お嬢様、此所は逃げゴガァッ!!」
「なにすんだよっ」
要がケビンに投げ飛ばされる。
「…ひっ!」
声にならない悲鳴を上げるお嬢様。
「お嬢様ぁあっ!グガァッ!」
お嬢様に気を取られた隙に殴り飛ばされ壁にぶつかる。
お嬢様がケビンに気絶させられ担がれていた。
「かはっ、おじょ…っさま…」
吹き飛ばされた時に頭をぶつけたらしく意識が混濁している。
「ふん、『黒白の響鬼』がお前らを残したから一体どれ程の手練かと思ったがこの程度か…ケビンこの家は燃やしてしまえ」
「やった〜♪」
ナイフ男は嘲る様に見やって俺に背を向けて歩きだした。
…く…そがぁ…、このまま…黙って行かすかよぉ…。
去って行くナイフ男に手甲を向けて超小型の発信機を撃つ。
…よ……し、うまい…事…着いた…みたい…だな……お嬢様…。
〜〜回想終了〜〜
彼方さんの話が終わり若魚さんも要義兄さんも黙ってしまっている。
あいつらだったのか僕や歌澄ちゃんを見ていたのは。
「僕はその男達を知ってるよ」
皆が驚いた様に僕を見る。
「奴等は『炎刃』エッジバーン兄弟。兄は無〇六爪流のウォルター・エッジバーン。弟はケビン・エッジバーン、二つ名は『狂喜の炎』の炎使い。性格や特徴はウォルターは冷静沈着、顔には斜めに大きく傷跡がある。ケビンはごつい見た目とは裏腹に精神年齢がかなり低いから挙動も子供みたいなやつだ。その筋じゃあ結構有名な二人だよ」
「…座留、なんでお前そんなこと知ってるんだ?」
彼方さんは訝る様に僕に尋ねる。
「それは……僕があいつらと知り合い…だからです」
「なんだと!それ本気で言ってんのか、座留ぇぇえぇっ!」
胸倉を掴まれ壁にぶつかる。
そりゃそうか、ついさっき迄信用――していたかは分からないけど――していた奴にあんなの知り合いだって言われたら嫌だよね。
「彼方さん、僕とあいつらは知り合いってだけです。僕達は散々あいつらを虚仮にしてきましたから」
「やめなさい、彼方」
「糞っ!」
彼方さんは若魚に諌められて乱暴に僕から手を離す。
「とにかく、今は啀み合っている時じゃないでしょう?彼方のお陰で場所の特定が出来るとはいえ相手の情報がまだ充分じゃありません。特にそのケビンという男。突然腕から炎が出るというのはおかしすぎます。奏君何か知ってますか?」
「おかしい事はないですよ。あれには種も仕掛けもありません。それこそ超能力や魔法の様に炎を使えます」
彼方さんは不機嫌そうに僕に怒鳴る。
「こんな時に冗談言ってんじゃねぇよっ!」
若魚さんもあまり信じれないのか彼方さんを注意しない。
「冗談?冗談だと?裏の世界の奴等が絡んでるのに冗談なんて言うわけないだろっ!」
冗談なんて言う筈が無い。人の、歌澄ちゃんの命が懸かってるんだ!
彼方さんも要義兄さんも驚いている。
「とにかく今は歌澄ちゃんを助ける事が先だ。若魚さん、歌澄ちゃんの位置は分かるんですね?」
「えぇ。発信機を取り付ける事が出来ましたから」
若魚さんが少し戸惑った様に答えると彼方さんは僕に答えるまでも無い事を聞いて来た。
「おい、そんなの聞いてどうすんだよ、お前が助けるつもりか?」
「そうだ、僕が助ける」
三人共僕の顔見る。
「歌澄ちゃんは僕が助ける。あの兄弟がいるにも拘らず気付く事が出来なかったのは僕だ。それで歌澄ちゃん、彼方さん、要義兄さんまでこんな事になったんだから……」
彼方さんは僕に殴りかかろうとするのを若魚さんは手で制する。
「何すんだ、若魚!このガキを一発ぶん殴らせろ」
「駄目よ彼方。どれだけ舐めた口聞いたガキだろうがお嬢様を助けるってところは正論なの」
「若魚……っ!」
舐めた口を聞いたガキか……。結構きつい事を言う人だな。これじゃ埒が空かない……よしっ!
「どんな事を言われても僕が歌澄ちゃんを助けに行きますからっ!」
「ひゃぁっ!?」
僕は若魚さんを無理矢理小脇に抱えて窓から飛び下りる。
駐車場に着地して若魚さんを降ろすと若魚さんはこめかみに血管を浮かべて怒り始めた。
「あっ貴方、いきなり何するんですかっ!!四階から飛び下りるってなんですかっ!危ないじゃないですか!」
「すいません。でもあのままじゃ歌澄ちゃんを助けに行けそうにありませんでしたから。ガキはすっこん出ろ!って感じで」
「それはそうですけど…」
若魚さんがそう言ったところで上から声が聞こえて来た。
「くぅらぁとぅぉめぇぇっ!!」
「かっ彼方さん!?」
「彼方っ!」
彼方さんが窓から飛び下りて来る。僕目掛けて…。
「うわっ!」
慌てて避けるとさっきまで僕がいたところにズダンと着地する。そしてすぐ僕の胸倉を掴む。
「テメェッ!」
「彼方さん、未来少年みたいです…ぶっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
彼方さんに思いっ切り殴られて倒れる。
無茶苦茶痛いよ、彼方さん……。
鼻息の荒い彼方さんを若魚さんが諌めている。僕は鼻を押さえながら起き上がる。
「え、えーとでは気を取り直して…。とにかく、今から歌澄ちゃんを助けに行きます。だから手伝って下さい」
若魚さんと彼方さんは呆れた様に僕を見る。
「やっぱりこんな素人のガキには任せられないですか…」
二人は当たり前だとばかりに頷く。
「奏君。確かに貴方は誘拐犯について知っていたり、私達の目に気付いていたりと不自然な点があります。ですが私が幾ら調べても貴方は素人のガキなんですよ」
調査…か。もういい加減昔の自分に戻らないとやってらんないな。
まったく今日は厄日だよ。
僕は…僕は『黒白の響鬼』座留奏だ。
「若魚さん、あなたがどんな調査をしたのかは知らないけど、表の人間が僕の事を調べられる訳ないだろ!」
二人は驚きに目を見開く。
「おい、座留…」
「黙ってろ、どちらか運転は?」
「わ、私が…」
若魚さんは呆気に取られた様に答えている。
「それじゃあ僕の家まで頼みます」
僕は無理矢理話を進めて車に乗り込む。
家に向かっている最中まだ呆気に取られている感じの彼方さんが予想していた質問をしてきた。
「なぁ座留、お前行方不明だった事があるんだってな」
「…要義兄さんから聞いたんですね?まったくまったくあの腐れ乙女義兄は…」
彼方さんは何やら申し訳なさそうな顔する。
「…なんか悪い事しちまったかな?」
「別に気にしないでいいよ。そういえば彼方さん達良くまぁあの二人と渡りあったよね」
あいつらも落ちたか?
「はっ、まぐれだよ」
彼方さんが自分を嘲ったところで家に着いたらしく車が止まった。
「奏君、着いたけど何するつもり?この焼けた家で」
その問いに僕は笑って答える。
「悪い子供にお仕置するためのムチを取りに行くんですよ」
「しっかし全焼か……ってあぁあぁあああああああぁあぁぁあっ!!」
気付いてしまった。僕の宝物の一部が灰と化した事に。
「ぼ、僕の、僕の宝が……歌澄ちゃんを拉致った事といい僕の宝を燃やした事といいあいつら相当死にたいらしいなぁ…」
にしてもまさか地下室も焼けてたりしてないだろうな…。
地下室のあった場所に行くと焼けた木材が倒れている。それを退かして中に入ると地下室は無事だった。
「ほっ、よかった〜」
僕は地下室にある黒い柩の様な箱を開けて中から結構な長さの布に包まれた棒とその棒を吊す為のホルスターの着いたごついベルト、そして黒いコートを取り出す。
「これ使うのは三年振りかな?」
ベルトを腰に巻き、コートを着て、棒から布を取る。
コートの背と左腕には大きな白い十字架が描いてあり、左腕の部分だけ色が黒ではなく白になっている。
棒の長さは僕の身長くらい、先は平らで片刃の長剣の様に見える。刃は無く、刃の在るべき部分は少し薄くなっているだけ。だから人を切る事は出来ないけど殴る事ならできる様にも見えると思う。
僕はそれをホルスターに差して地下室を出る。
この格好で行ったら彼方さんに変な目で見られたけどそれを無視してすぐに車を出して貰った。
「なぁ座留、その格好何さ?」
「戦闘服。戦隊物で言うところの変身スーツって奴ですよ?変ですか?」
「「変」」
彼方さんと若魚さんが声を揃えて僕にツッコミを入れる。
『言わせて貰いますけど貴女達だって十分変ですよ。まるでブラ〇クラ〇ーンのロ〇ルタみたい』なんて反論したら僕はボコボコにされそうだから言わないでおこう。
「そんなはっきり切り捨てなくても……とにかくっ、いい加減受信機を見せて下さい」
「大丈夫ですよ。カーナビにも受信出来るようになってますから」
若魚さんの言葉にカーナビを見てみるとカーナビの画面右上に『お嬢様』と書いていた。
「………今は工業地帯の倉庫、か」
「これまたベタな場所にいるもんだな」
「奏君、何か作戦でもあるんですか?」
「はい、ありますよ」
僕は言ったらきっと反対するだろう作戦を二人に告げる。
「捻りも糞もあったもんじゃないですけど僕があの兄弟をボッコボコのギッタンギッタンにしてる間に歌澄ちゃんを保護して下さい。別に裏口から侵入したりしなくても大丈夫ですしね」
「ふざけんなよ座留」
案の定真っ先に彼方さんが反対してきた。
「あの野郎は俺が…」
「リベンジですか?一般人に毛が生えた程度の腕で?無茶にも程がある。それから、今行ったら僕がいるからウォルターは間違いなくブチ切れて本気も本気で攻撃してくるよ。彼方さん程度の腕でどうこう出来る相手じゃない」
「テメェ…ッ」
彼方さんは叫ぼうとするのを踏み止どまった。
「それに今一番大事なのは歌澄ちゃんを保護すること。そうでしょ?」
「そうだけどよっ」
まだ釈然しない顔をしている彼方さん。しっかしまぁ血気盛んだよ。
「分かりました」
「…若魚っ!」
彼方さんを制した若魚さんは楽しそうに笑っていた。
「彼方、奏君に任せて大丈夫よ。奏君は『黒白の響鬼』なのね?やっと思い出したわ。どっかで聞いた名前だと思ったのよ。鏡の話によく出て来てるから」
予想だにしなかった人の名前が出て来た。なんで此所で鏡さんの名前が出て来るんだ?
「あ、鏡さんを知ってるんですか?」
「友達だからね」
……まぁあの人の交友関係は異常に広いからなぁ。
「話は変わるけど奏君は我等がお嬢様の事を好きなのかな?
ちなみにLikeじゃなくてLoveかどうかを聞いてるんだからね?」
「へぇぁっ?」
「はぁぁっ?」
若魚さんのとんでも発言に僕も彼方さんも素頓狂な声も上げてしまう。
えーと、えーと、えーとなんてっ!なんて答えればいいんだ?
「えーと…あの〜…その〜…あ゛〜う゛〜……ぅあうっ!」
「座留ぇぇえぇっ!そうなのかこの野郎〜っ!!」
何やら自分の中で結論を出したのか僕の胸倉を掴んで僕の五臓六腑をシャッフルしてやらんとばかりに激しく揺する。
「あぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅ、かかかか彼方さんやめやめやめてぇ〜っ」
若魚さんは楽しそうに笑っている。
なぜか明るくなっている車内。歌澄ちゃんのところまで後少し…。
「着きましたよ」
くたびれた倉庫は夕陽に赤く染められている。
「じゃあ僕が先に突っ込むんで人が物に激突する様な音がなったら入って来て下さい」
「お、おい!」
僕はそれだけ言うと倉庫に向かって走り出した。
「おい若魚、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思いますよ?鏡の話だと何でもマフィアを一人で潰したとかなんとか」
「………は?」
「…ぇ。ねぇ、起きてよ」
「……ぁうっ」
次第に意識がはっきりしてくる。
「……あぅ。此所は?」
辺りを見回すけど夕方だからか陰影が濃くて良く把握は出来ない。ただその中に二人の男がいることだけはわかった。
「あー、起きた〜っ。この娘起きたよ〜兄さん♪」
「む、そうか」
近寄って来たのは幼さの残る端整な顔立ちの綺麗なブロンドの髪の大柄なヨーロッパ系の少年と顔の右側に大きな刀傷のある落ち着いた感じの大柄なヨーロッパ系の男だった。
「…貴方達は誰?」
「これは失礼。俺はウォ…」
「僕はケビン!ケビン・エッジバーンって言うんだっ。16歳だよ〜。こっちは兄さんのウォルター・エッジバーンって言うんだ。兄さんの年は24歳なんだよっ!」
ウォルターさんの自己紹介を遮って一人で一気に喋るケビンさんは無垢な笑顔だった。
「は、はぁ…」
「ん゛ん゛っ!弟に被られてしまったが…かす…」
「ねぇ君名前なんて言うの?」
また被られてる…。
「…私は日永歌澄って言います。もしかして貴方達が彼方ちゃん達を襲って私を誘拐したの?」
「そうなの?兄さん」
えっ?この人も来たんじゃないの?
ケビンさんの無垢な視線にウォルターさんはまったく合わせようとしていない。
「僕達はカスミンの言う通りあの家を襲ってカスミンを誘拐したの?」
この人達何なんだろ?あとカスミンってなんかN〇Kの某アニメの主人公みたいなあだ名はどうなんだろう?
「そっそれはだな……ふぐぉっ!!」
「…えっ」
「何、何?」
突然ウォルターさんが真横に吹っ飛んだ。
「ウォルタァァアァッ!!お前またケビン騙して利用しただろっ!それに飽きたらず僕の家燃やして、あまつさえ歌澄ちゃんを拉致るってのはどういう了見だ!」
「…か…なでさん?」
ウォルターさんを吹っ飛ばしたのは奏さんだった。
…でもなんで吹っ飛ばした後は説教みたいなんだろ?あれ?ケビンさんが震えてる。やっぱりウォルターさんを吹っ飛ばしたから怒ってるのかな?
よく見るとケビンさんは物凄く嬉しそうな顔をしていた。
「…え?」
その瞬間ケビンさんが嬉しそうに奏さんに抱き付こうとした。
「カナちゃ〜ん!!」
「お前はカナちゃんって呼ぶなっ」
奏さんは持っていた剣(?)でケビンさんの頭をズガンッと叩いた。
「痛〜〜いっ!」
ケビンさんは泣いて頭を押さえて蹲る。奏さんはそれを無視して私に話し掛けて来た。
「歌澄ちゃん、大丈夫だった?彼方さんと若魚さんが今来るよ。僕はこれからこの馬鹿二人を更生しないといけないからね」
「「お嬢様っ!」」
奏さんが言い終わってすぐ彼方ちゃんと若魚さんが来た。
「奏さんっ…あの、ありがとうございますっ!」
「うん」
奏さんは笑って返事をしてケビンさんに向き直った。
「お嬢様っ!」
「お嬢様っ無事かっ!」
「…若魚さん、彼方さん。私は無事ですよ」
「そうですか。無事で何よりです」
「そっか、無事かぁ…。ところでお嬢様よ」
彼方ちゃんは信じられないと言った感じで奏さんとケビンさんを見ていた。
「なんでしょう?」
「座留は何してんだ?」
「……説教だと思いますけど…」
「はあぁ?なんだそりゃ」
私もサッパリです。彼方ちゃん。
「カナちゃん、痛いよっ!何すんのさぁ!」
「カナちゃんって呼ぶんじゃない!それに、あれ程ウォルターの話に乗るなって言ったのになんで乗ってんのさっ!」
奏さんに怒られてケビンさんはシュンとする。
「だってカナちゃんの言う通りにしたら兄さん遊んでくれなくなったんだよ?」
その言葉に奏さんはこめかみを押さえる。
なんか大変そう…。
「つまり、ウォルターは自分の手伝いをしたら遊んでやるみたいな事をケビンに言ったんだな?」
「すごいっ!なんで分かるの?」
「…………取りあえず本題に移ろうか、ケビン君」
奏さんは口を片方ひくひくと上げている。
「どっどうしたの?カナちゃんなんか怖いよ?」
「あのね、ケビンは今回僕の家に押し入って彼方さんと要さんに怪我させて、歌澄ちゃんを誘拐したんだ」
ケビンさんは奏さんに言われた事で泣きそうな顔をしていた。
「それに、ケビンが家を燃やしたせいで僕の宝の一部が焼失、更には家族が住む場所まで無くなっちゃったんだ。ケビンにその責任が取れるの?」
「マジで説教してんな」
「…そうだね」
「うっうっうっうわぁ〜んっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいぃっ!」
あっ、泣き出しちゃった。
「だって兄さんが燃やせって言ったんだよぉぅ!」
「そっか、ケビンはウォルターが大好きだもんね」
「うん」
「でも、その大好きなウォルターから言われたからって何でもして言い訳じゃ無いんだよ」
「うん」
「だからあそこにいる歌澄ちゃん達に謝っておいで。それで歌澄ちゃん達と一緒に居てて。僕はウォルターにそれ相応の罰を与えないといけないからさ。それが終わったらこの町案内してあげる」
「うんっ!」
ケビンさんが嬉しそうな顔でこっちに向かって来た。
彼方さんはケビンさんを睨み付けて拳を構える。
「やんのかテメェッ」
ケビンさんは私達の前に来ると立ち止まって深く頭を下げた。
「ごめんなさい。あんな事して」
「は?」
「えっ?」
「あら?」
どうしていきなり…?
「僕はバカだから兄さんの口車に乗せられちゃって…ごめんなさい。本当にごめんなさい」
誠心誠意謝っている様に見える。彼方さんはあまりに予想外の出来事に脱力していたし、若魚さんは苦笑いだった。
私もなんて言ったらいいか全然分からない。
私達が何も言わないからかケビンさんの目が潤んで来た。
子犬の様に私達を見つめている。
「お願いだから許してよぉ…」
「……うっ!わかったっ!許すっ、許すからそんな目で俺達を見るなーっ!」
ケビンさんは満面の笑みを浮かべて私の隣りに座り込んだ。
「……謝ったのはいんだけどどうして私の隣りに座ってるの?」
「あのねっカナちゃんが兄さんにお仕置するからカスミンのところに居ろって」
「…そっそうなんだ……」
それにしてもカナちゃんにカスミンかぁ…どうにかならないのかな?
その頃、若魚さんと彼方さんは二人は遠い目で何かをぼやいていた。何を言ってるんだろ?
「座留は『悪い子供にお仕置』って言ってたけど本当にその通りの事してるな」
「そうですね〜シリアスさの欠片も無くなって…」
「だよなぁ…シリアスも糞もねぇよな」
「要がいたら暴れそうね…」
「だな。なんか馬鹿らしくなってきたよ…」
「私もそう思うわ…」
若魚さん達から目を離してケビンさんと一緒に奏さんの方を見る。
奏さんはウォルターさんと対峙していた。
「座留奏。この傷の恨み晴らさせて貰う」
ウォルターさんは両手に三本ずつ奇妙な形のナイフを持ちそれを奏さんに向ける。
「ウォルター。あんたに一つ言いたい事がある…」
奏さんも持っている剣(?)をウォルターさんに向けている。
「食らえっ!」
ウォルターさんは一瞬で奏さんの背後に周り物凄い速さで背中を突き刺そうとした。
奏さんはなんでもない様にその攻撃を受け止めた。
「ウォルター…」
それだけ言って受け止めていたナイフを弾いて一歩分素早く下がる。
「よくも歌澄ちゃんを誘拐しやがったな此の野郎ぉおっ!!」
そう叫ぶといつの間にかウォルターさんの右手のナイフが三本、真っ二つに折れる…と言うより真っ二つに切れていた。
「チィッ!」
ウォルターさんは忌々しそうに舌打ちすると新しいナイフを取り出しながら素早くバックステップをして距離をおこうとしたけど奏さんはそれを許さなかった。
「それにっ!僕の家を燃やした責任も取って貰うっ!」
奏さんは距離をおこうとバックステップをしていたウォルターさんに対して神速の薙払いをする。
「ぬぅおっ!」
ウォルターさんが転がっていた廃材に躓いたお陰で奏さんの薙払いは目標には紙一重で当たらず鉄製の階段をスパッと斬っていた。
「燃やしたのはケビンだろうっ!なぜ俺が責任をとらねばならんっ!」
ウォルターさんはそう叫びながら急いで体勢を直して腰を落とし、両手のバチバチと電気を纏い出した六本のナイフを前に突き出して奏さんに突っ込んで行く。
…あれ?なんとなくあの攻撃の仕方見た事あるような……。
「お前は兄なんだから当たり前だろ!いつも思うけど、刀じゃないくせに無限六〇流なんか使うなっ!あと、あれ程ケビンを利用したり、家を燃やさせたりするなって言っただろっ!!」
……あぁ、何処かで見たと思ったら戦〇BASA〇Aの伊達正宗だ!
奏さんはウォルターさんの突進を避けて袈裟斬りする。
「くっ!」
ウォルターさんはそれをギリギリで避ける。奏さんの放ったその袈裟斬りは今度は放置してあった何か大きな機械装置を両断した。
「俺がケビンを利用しただとっ?そんなことは断じて無いっ!」
ウォルターさんは一気に懐に入り込んで手数を増やし攻撃のスピードを上げていく。それはもう私の目では追えない速さだった。
それでも奏さんは難なくその攻撃を避け続けている。
「例えそうだとしても第三者が見た時に利用している様にしか見えないっ!大体僕はケビンはこの業界から足を洗うべきだって言っただろうっ!あと、もっとケビンに一般常識とか教えてやれっ!」
奏さんは剣を回転させてナイフを全部叩き斬った。
ウォルターさんはまた新しいナイフを出してまた奏さんに飛び掛かる。
「ケビンは望んでやっている事だっ!それに一般常識はちゃんと教えているっ!」
ウォルターさんは奏さんの周りを動きながらヒット&アウェイで攻撃している。
奏さんは一瞬で間合いを取り、またすぐ間合いを詰めて剣を振り下ろす。
「嘘つけっ!三年前と精神年齢が変わってないじゃないか!」
「なんだとっ!お前に俺の苦労は分かるまいっ!」
「………………」
「………………」
「………………」
「すごいすご〜い」
目の前で繰り広げられている戦いに私も若魚さんも彼方ちゃんも呆気に取られていた。
奏さんとウォルターさんは子供の教育方針を巡って喧嘩している夫婦みたいな会話をしながら、最早人外と言えるだろう戦いを繰り広げている。辺りを盛大に破壊しながら。
「……物凄いね。物凄いんだけどなんか…」
「シリアス感に欠けますね……」
「……だな」
彼方ちゃんはなんだか疲れた様に若魚さんの言葉に応えた。
「…今日一日の緊迫感だとか負った怪我だとか全くの無意味って感じだな。なんとなくシリアスもへったくれも無いこの状況に俺は心が折れそうだ……」
そう言って彼方ちゃんはへたりこんだ。
「…本当に何がどうなってこうなっちゃったのかしらね…」
若魚さんも疲れた様にぼやいた。
「……ケビンさん」
「なに何っカスミン!」
どうしてこの人はこんなに幼いんだろ、私よりも年上なのに……。
「…どうして貴方達は私を誘拐したの?」
「だって兄さんがカスミンの写真を僕に見せて『この娘と友達になりたい人がいるんだが会いたくても会えないらしい。だから俺達がその人のところに連れて行ってやろう』って言ったから…」
「……そうなんだ」
ウォルターさんの誘拐の理由は仕事でケビンさんは何も知らないんだ…。
誘拐に関してはやっぱりいつも通りなんだね…。それにしてもケビンは何処まで純粋なんだろ?
奏さん達を見るとまだ子供の教育方針を懸けた夫婦の口喧嘩の様に言い合いながら、人外の戦いを繰り広げていた。
「火炎放射器を買い与えるのはいい加減止めるべきだっ!」
「ふざけるなっ!弟の好きな物を取り上げられるかぁっ!」
奏さんの攻撃で地面がえぐれる。
「だったら、せめて本物じゃないを買い与えろっ!」
「なぁ…お嬢様〜、若魚〜なんかもう俺帰りてぇよ…」
彼方ちゃんはついに泣き言を言い出した。確かに私もちょっともう帰りたい。
…なんとしようか。そうだっ!
私は奏さんとウォルターさんの元に駆ける。
「お嬢様?」
「…若魚さん、これ以上不毛そうなんで二人を止めて来ます」
「えっ、ちょっと!」
「…奏さんっ!ウォルターさんっ!皆なんだか疲れてるんでもう止めて下さ〜〜〜いっ!」
私の叫び声に二人共動きを止めた。私の方を見て驚いた様に目を見開き奏さんは悲鳴の様な叫びを上げた。
「歌澄ちゃんっ!!!」
「…えっ?」
辺りが不意に暗くなる。
上を見る。
階段は無い。
あったのは黒い何か。
視界が黒に染められる。
ズガガガアァアアァッ!!
何も分からない。ただ凄まじい音が鳴った事、自分が倒れた事、そして激しい衝撃が駆け抜けた事が分かった。
……暗い。私どうなったんだろう…。
遠くから『お嬢様ぁっ!座留ぇっ!』『お嬢様!奏君!』『カナちゃぁ〜ん!カスミ〜ン!』と彼方ちゃんと若魚さん、ケビンさんの声が聞こえる。
「…ぐぅぅっ……」
自分のすぐ側誰かの呻き声が聞こえた。
誰だろ……。
ガラガラと何かが崩れる音が聞こえて光が差す。
「……うっ」
眩しい。
私の視界がどんどん開けていく。
そして、一番最初に目に入ったのは奏さんの笑顔だった。
「……ひゃわっ!?かっ奏さん…」
私は奏さんに抱き締められていた。
「大丈夫だった?」
「…えっ何……が…」
よく見ると私達は鉄骨の下敷きになっている。
「…そんなっ……」
「お嬢様っ!座留っ!」
「カナちゃんっ!カスミンっ!」
「彼方もケビン君も早く鉄骨をよせてっ!ウォルターさんも何やってんですかっ!」
「あっああぁすまない」
そんな若魚さん達の救助の声を聞きながら私は何がなんだか分からなくて奏さんの顔を見る。
「ど…して…一体何が」
「階段が崩れたんだよ。歌澄ちゃん、怪我は……無いね、よかった」
奏さんは安堵の表情を浮かべる。
「…そんな…奏さんこそ怪我をっ」
若魚さん達はどんどん鉄骨を寄せていき奏さんの背中に伸し掛かっていた最後の鉄骨を寄せた。
「大丈夫っ?二人共」
皆心配そうだった。
奏さんは何事も無かった様に笑って立ち上がり私に手を差し出した。
「…あ、ありがと……っつ」
手を取って立ち上がった瞬間左足首に激痛が走る。
「「お嬢様っ!」」
若魚さんと彼方ちゃんが慌てて駆け寄る。
奏さんは私の足下にしゃがんで確認していた。
「あー捻挫だね、これ。若魚さん、彼方さんただの捻挫だから大丈夫ですよ。一応病院に行くって事で車出してもらえます?」
「ええ、もちろんです」
若魚さんは走って車を取りに行く。
「お嬢様、痛むのか?」
物凄い心配そうな顔で聞いてくる彼方ちゃんはちょっと可愛い。
「彼方さん、大丈夫です」
奏さんは何処からか包帯を取り出して素早く足首を固定する。その手際の良さに私と彼方ちゃんは感心した。
「……すごいです。奏さん」
「なんかスゲェな座留」
「まぁ馴れてるからね。よいしょっ…と」
「ひゃわぁっ!?」
「あぁっ!」
奏さんはいきなり私をお姫様抱っこをして歩き出した。
「…はわわわわっ。か、奏しゃん。お、降りょして…」
あまりの恥ずかしさで呂律が回らない。
「駄目だよ、捻挫は安静にしてるのが一番なんだから。彼方さんも今僕に攻撃したら歌澄ちゃんをおっことしちゃうよ」
「…ちっ」
彼方ちゃんは物凄く悔しそうにしていたけど私はそれどころじゃなくて奏さんの顔が見れずに俯いてた。
「…はうぅぅっ……だだかりゃっておひ、お姫しゃまだ、抱っこは…」
「いいからいいから。ケビンっ、ウォルター連れて一緒に来て〜」
「うんっ!兄さん行くよ〜♪」
「えっなっけ、ケビン?」
ケビンさんは楽しそうにウォルターを連れて奏さんの後ろをついて行く。
「なんだかなぁ…」
彼方ちゃんの呟きを残して私達はこの場所から出て行った。
「け、ケビンっ!たっ助け…ふぬぅぉっ!」
ウォルターさんの叫びが響く車内。運転してるのはスピード狂の彼方ちゃん。
「わはははハハハっ!!何者も俺を追い抜けないゼェッ!」
私達は一路病院を目指している。
ウォルターさんは奏さんが私を車に入れた後ケビンさんと奏さんにを車の上に括り着けられていた。
「ウォルター頑張れ〜」
奏さんはどうでも良さそうに応援をし、ケビンさんは
「兄さん〜ファイトォ〜♪」
楽しそうに応援。若魚さんは助手席で苦笑いしていた。
ウォルターさんの悲鳴と彼方さんの高笑いを聞きながら車は病院へ向かって進んで行く。
……疲れた。ほんとあの兄弟は僕を疲れさせる。
彼方さんが高笑いをしながら物凄いドラテクを披露する度にウォルターの絶叫が上がっていた。
…すごいな彼方さん。自業自得だ、ウォルター。
「ウォルター頑張れ〜」
歌澄ちゃんを見るとちょっと苦笑いしていた。
しかしまぁ無事でよかったよ。誘拐って聞いた時はどうなるかと思ったけどあの兄弟でよかった。……っう。身体のあちこちが痛い。これちょっとやばいかも…。気を抜いたら倒れそうだ。せめて歌澄ちゃんを診てもらうまでは頑張らないとっ!
………あれ?なんか忘れてる気がする。まぁ覚えてないって事はさして大事な事じゃないよね。
彼方さんの高笑いとウォルターの絶叫を聞きながら車は病院へ向かって進んで行く。
「奏くーんっ!なんで戻って来ないのっ!?」
病院駐車場に編集長の叫びが木霊した。
「「「「奏君っ!龍華燐持って来たよっ!!」」」」
水波音ちゃん、凪さん、奈津さん、茉美さんが同時に興談社の休憩室になだれ込む。
休憩室には掃除のおばちゃんが一人だけいた。
「あんたらどうしたの、そんなに息切らせて」
「「「「に、逃げられたぁああぁああああぁぁああぁあっ!!」」」」
四人の悲しい叫びが興談社を包んだ。
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