ある冬の夜のこと。
俺と優佳さんはいつになく2人の距離が近かった。
それは互いを肉体的に求める理由からではなく、とても現実的なものからだった。
「旦那様。こうして身を寄せ合って暖をとると言うのも乙なものですね」
「人の温もりがこんなにも温かいなんて……。でも、暖房買いに行こうか」
「……はい」
夜は零下まで下がってしまうことも冬には暖房は必須なものと言える。
それが我が家にないのはひとえに俺がケチなだけだったりする。
しかし、俺1人はいいにせよ、優佳さんがあまりに寒がるのは可哀想だった。毎日家に帰る度に上着を着込む彼女を見ていると不憫に思った上に、暖房さえ買ってあげられない俺が情けなく思えたのだ。
こうして、休日に俺達は買い物に出かけることにした。
そして、購入したのは1万もしない割と安いものだった。
「旦那様、温かいですね」
「やっぱり暖房を買って正解だったなあ」
扇風機の羽がないような形の暖房器具を早速設置してみた感想である。
「……でも、こうして旦那様とくっついているのが一番温かいです」
「俺も優佳さんとこうしているのが温かい」
暖房がいらないのではないか、そう思える会話なのだけどこれは暖房があるから言える。
昨日なんて……。
「優佳さん、もっとこっちに寄って。布団からはみ出てるよ」
「これ以上くっつくと互いに抱き合うような形になってしまいます」
「ああ、もうっ。我慢できないっ」
「だ、旦那様っ!?」
寒波のおかげで急激に冷えたこともあってお互いに抱き合って眠ったのだ。
でも、今日は違う。
「暖房のおかげで隣に並んで座るだけでいいもんな」
「そうですね。でも昨晩は本当に驚いたのですよ。いきなり押し倒されたんですから……」
「暖をとるなら密着していた方がいいと思ったんだ。それ以上の他意はないぞ」
「では、今日はその他意を期待してもいいのですね?」
「丁重に断る。発情期の動物じゃないんだ、俺達は人間なんだ。節度と理性をもってこそだと思わないか?」
「人間であっても動物です。据え膳食わぬは男の恥とよく言うではありませんか」
えーと、それはそのままの意味で取っていいのだろうか。
心なしか、優佳さんがさらにこちらに密着してきたような気もする。
「うーん、何だか熱いな」
「どうして暖房の温度を上げるのですか? ……いっそ切りましょう、もう熱くなってきました」
「ちょっ、足が冷える」
「随分と温かいと思いますけど……?」
「優佳さんの手の方が冷たいよ」
俺の右足を包んでいた手を取って、その両手を俺の両手で包む。
さっきまで暖房にかざしていたこの手はいつもよりも温かい。
「暖房、買ってよかっただろ?」
「女心としては良くもあり、悪くもあり、と言ったところでしょうか」
「……どっちなんだ」
まあ、たぶん、あれだ。
女心は複雑なんだろう。乙女とは言わない所に何かこだわりを感じる。
「特にこだわりはありませんよ?」
「…………」
「……旦那様。口に出ていましたよ」
「独り言を言う癖はないつもりだったんだけどなあ」
これまで誰にも言われたことがないだけにショックも大きい。気持ち悪いから注意されなかったという可能性も排除できないのだけど。
思考がややマイナス方向に傾いていると、優佳さんはくすくすと笑い始めた。俺が驚いて目を丸くすると。優佳さんは口元を押さえて言う。
「冗談です」
「……なお悪いわ」
心が読めるってことだもんな、それって。
「心なんて読めるわけないじゃないですか」
「本当は読んでるだろ……」
「そんなわけありません。わたくしは人間なのですよ。それを今夜はきちんと旦那様に理解してもらいます」
「具体的には?」
夜ということもあって少しばかりエッチな方面に期待しないわけでもない。
しかし、チャンスを逃した後にチャンスはそう訪れないものだ。
「わたくしのアルバムを見ていただきます」
「……No1から10まであるぞ。今夜はもう寝たいんだけど」
「何を言っているんですか。今夜は寝かせませんからね」
これがエロい意味だったらどんなによかったことか。
この後、朝まで優佳さんに付き合わされ、俺はすっかり疲労困憊だった。
でもどうしてだろうか。
優佳さんは、俺から精気を吸い取ったかのように艶々としているのだった。
「優佳さんはずっと喋っていたのに元気なんだな……」
「旦那様にわたくしのことを知っていただいて嬉しいからですよ」
「今度は、時間がある時に詳しく教えてくれると、俺は非常に嬉しい」
「その前に旦那様のことをもっと教えてください。わたくしは、もっと旦那様を知りたいのです」
「分かった」
俺がそう言うと、優佳さんは小さく拳を握りしめてやったと小声で言う。
そして、今から話せと言わんばかりにずいとこちらに寄ってきた。
しかし、今はとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
「でも、まずは寝かせてくれ。徹夜は辛い」
「では、わたくしの膝を枕にどうぞ」
膝をポンポン叩いてそう言うものだから俺は眠かったのもあって遠慮なく頭を乗せる。
目を閉じると一気に睡魔が襲ってきて、意識が飛びそうになる。
かろうじて聞こえた声は、一番近くにいる人の声。
「おやすみなさい、旦那様」
「……おやすみ、優佳さん」
ある冬の午前。
貴重な時間は、大切な人とのひと時として過ぎていった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。