今夜もまた冷える。今年も冬は冷えると誰かから聞いたがそれが本当になったようだ。
こういう時は温かいものに限る。
その思いが通じたのだろうか。千葉が祖父母から色々と送ってきたからとおすそ分けに来たのがきっかけで鍋パーティーは催されている。
願ったり叶ったりかな。
しかし、万事が上手くいかないのは言うまでもないわけで……。
「肉ばっか取りやがって……。俺は野菜一本じゃないか」
「……旦那様。少し固くなっていますけどお肉どうぞ。わたくしはもう限界です」
「ふふん取った者勝ちだよ。うあっ、あちちっ。――ああっ、取っておいたホタテが!?」
「……初芝、バランス良く食べないとよくないと思う」
欲ばかりでパーティーの体はあまり成してはない。
ちなみにホタテを食べたのは俺だ。人間として小さいが肉の仕返しである。
「こらっ、まさ。私のホタテ吐け。今すぐ吐いて返せ!」
「もう食べてしまった。そう言うなら俺の肉返せ」
「肉は仕方ないよ」
「仕方なくないっ」
「なによ――」
「なんだよ――」
あまりに低俗な俺と初芝の言い争いの間、優佳さんは離れた場所でお茶を飲んで慈愛の笑みを浮かべており、千葉は我関せずとばかりにテレビの天気予報に視線を向けていた。
鍋奉行なんてものがいないから沙汰もあったものじゃない。
しばらく言い争いを続けていると、七時のニュースが始まり、いくつかのニュースの後にちょうどセンター試験の話題が流れていた。
「センター試験はいつもどこかしらが荒れている気がする」
今年は大雪で多数の受験生が大変な目に遭っている、とニュースは伝える。
それを見て千葉だけが真面目な反応を示していた。
優佳さんは雑炊を作りに台所に行っていたので反応は分からない。
「――青森でも北海道でも行ってくればいいじゃん」
「――松坂でも宮崎でも行ってろ」
「お前ら……同じ話題でよく飽きないな」
かれこれ十分近く、延々と肉とホタテの憎しみの応酬が続いている。
でも、段々と話が大きく、逸れつつあるので俺も初芝もテレビに視線を向けて思い出したように言い合うだけになっていた。
「雑炊が出来ましたよ」
「やった。まさ、食べよっか」
「そうだな。あったかいうちに食べてしまおう」
「……餓鬼だな」
そして、雑炊がやって来ると争いは自然消滅してしまった。
自分達で並々よそって満足して食べている辺り、子供なんだろう。
「優佳さん、美味しく出来てるね」
「今日は海産物のお出汁がよく出ていますから」
心なしか優佳さんの言葉も子供に言い聞かせるような優しいものに聞こえる。
「たくさんおかわりしてくださいね」
「はーい」
「……お前が言うな」
いや、子供に言っているから言葉が優しいのだ。
それに気づいた俺はしばらく大人しく食べることにした。
「旦那様、あまり急いで食べてはいけませんよ。消化によろしくありません」
「……」
けれども、残念なことに結局子供扱いは直らなかった。
何故ならば俺が子供だからであり、もう一人初芝もまた子供だったからだ。
両目に子供が入れば嫌でも大人になるだろう。
雑炊はニュースが終わる頃にはすっかりなくなっていた。
それぞれに流しに食器を片づけて、思い思いにテーブルの方へと戻る。
俺がいの一番にとんぼ帰りすると、優佳さんは髪を後ろで縛ってゴムで留めているところだった。
「ごちそうさま、優佳さん」
「お粗末さまです」
「粗末なんかじゃないよ。優佳が私の嫁になってほしいくらい」
「それは嫁じゃなくてお手伝いじゃないか? それはそうと奥さん、ごちそうさま」
「はい。ありがとうございます」
しかし、一番とはいえ台所とテーブルの距離なんて大したこともないのでお礼のタイミングはほぼ同時のようなものだ。
優佳さんはテーブルを拭き終わると、台拭きを持って台所へと引っ込んだ。
台所からは水を流す音と優佳さんの鼻歌が聞こえてくる。
「そういえば、みんなってセンターどうだったの?」
初芝がふと思い出したように話題を出して来た。
それに対してまず反応したのは優佳さんだった。……というよりも初芝と視線が最初に合っただけなのだけど。
「わたくしは既に指定校推薦が決まっていたので、一応受験はしましたけど……そんなに良くはなかったです」
「いいなあ。優佳って頭いいんだ。でも……そんなに頭いいなら受験は考えなかったの?」
「え? ……えーと」
優佳さんが言い淀むのも無理はない。
――ああ、初芝は知らないんだっけ。
センター試験の結果が悪かったのは、その頃に身内の不幸があったのが大きく影響を及ぼしているのだろう。
けれど、それを優佳さんの許可もなく話すのはどうにも憚られ、俺は口をつぐんだ。
代わりに初芝に堂々と自慢してやろうと思う。
「すごいだろ」
「何でまさが自慢するのさ?」
「嫁の出来は男の出来だろ」
「うわっ、ふるくさっ! 亭主関白なんて今時流行らないよ」
馬鹿を言うと初芝はこちらの話に乗って来てそれ以上優佳さんに受験のことは聞かなかった。
「実はな、昔、俺は優佳さんに掛け算を教えたことがあるんだぞ」
「その時、優佳って幼稚園児だったんだよね? それで悦に浸っていたんだ。……うわっ、ちいさっ」
「いい話なんだぞ! 最後まで聞けっ」
「だって幼稚園児に掛け算って……無理でしょ。逆にまさが知ってた方が驚き。昔は神童だった? 面影ないけどね」
「神童だって人の子ってことなんだ。小六の頃には夏休み最終日に親に宿題手伝ってもらったからな。そして、父親の書いた読書感想文が表彰された……」
「うわあ……、ばれなかったことに感心するんだけど、先生の弱み握っていたとか?」
「ないない」
その代わりに俺が初芝に弄られる羽目になってしまった。
ちなみに俺は昔から神童でも何でもないのだけど。
しばらく他称神童の話で盛り上がっていたが、やがて話も尽きると初芝は千葉に視線を向ける。
「千葉はどうだったの? 何か真面目そうだから推薦?」
「いや、俺は受験したんだ。うちの大学もセンター利用の試験があるから、それで通った」
「うわっ、賢いんじゃん」
俺もそれには同意とばかりに頷いた。
「バカ言うな。親から高一の終わりから塾に放り込まれて大変だったんだからな」
「……昔から真面目なんじゃん」
「そうじゃなくてだ。俺、昔は勉強できなくて、特に父親が大学進学できないって心配したらしいんだ。校内模試で偏差値三十五切っていたんだ……」
「うわっ、それバカじゃん」
「そういう初芝はどうなんだ? お世辞にも賢いとは言えないが?」
千葉は笑いながら話を振ると、初芝はふふんと鼻を鳴らして胸を一つポンと叩いた。
「私はこれでもセンター全教科九割だよ」
「嘘だっ」
「嘘だな」
俺も千葉も間髪入れずに否定した。
「……人を見た目だけで判断してはいけませんよ」
台所からお茶とお茶菓子の冷えたゼリーを持ってきた優佳さんも会話に入ってきた。
お皿の音がテーブルに置かれるたびにコトンと軽やかに鳴る。
その音を聞きながらふと俺は気になったことがあった。
「なあ、初芝。その話が本当なら国立受けるつもりだったんじゃないのか?」
その瞬間、ガラスにひびが入ったような音がしたような気がした。
割れたのは初芝の心だったらしい。
「……そこまでよかった。けど! 余裕とか調子に乗ってたら国立落ちたんだよねえ。あははは、ははっ、はぁ……」
力無く溶けるようにテーブルに突っ伏してしまった。
しかし、優佳さんがお茶を与えると、あら不思議。
初芝は元通りに戻り、お茶菓子を口に入れて俺の今度は視線を向けた。
「ならば、まさ! 私の期待を一手に背負っての体験をどうぞ」
「……俺だけ失敗前提かよ。…………まあ、大失敗だったさ。その後、寝る間も惜しんで勉強して何とかここに受かったけどな」
この四人の中では俺はまず間違いなくセンター試験時最低ランクにいただろう。
人生で最も勉強したのがセンター試験直後からというのは、そう珍しくはないと思う。
その失敗があったからこそ今の俺があるとも言える。
「失敗?」
「ん、ああ。一日しか受けてないんだ。日時間違ってなあ……」
思い出すだけでも恥ずかしい過去だ。
と、過去を思い出すついでに余計なことも思い出してしまった。
――この際だから話して気持ちを楽にしてしまおうか。
「ああ、そういや願書出し忘れた所もあったなあ」
「まさも? 私もあったんだよ、しかも当時の本命。何で忘れたんだかねえ」
「長月は本当に抜けてるな……。そんな様子だと明日提出の課題やってないんじゃないか? 提出日変わっただろう?」
千葉は冗談っぽく笑った。そして、お茶菓子を口にしてテレビに視線を向けた。
「なっ!?」
俺は顔色が真っ青になった。
もちろん、まだ何もやってないからに相違ない。
「……え?」
隣からの声に顔を向けると同じようにこちらを向いた初芝の顔があった。
「初芝、顔色悪いぞ……。寝た方がいい」
「あ、あはは。まさこそ寝た方がいいよ。目の焦点合ってない」
互いに互いを慰め、いや、仲間を増やそうと悪あがきを見せていただけだ。
でも、それが無駄と分かり、青ざめた顔に色が戻って来るのが理解できる。
「今からやれば間に合う!」
「よしっ、やろう。今からやろう! こらっ、千葉。テレビ消してっ」
慌ててパソコンを取り出して俺は教科書を開き、そしてインターネットで検索を始める。
うっかりさんと調子乗り。
どっちも全く変わってはいなかった。
「旦那様。わたくしに手伝えることがあれば何でも言ってくださいね」
「初芝。あまりは無理はするんじゃないぞ。俺も手伝うからさ」
これではまるで夏休みの最終日に家族総出で宿題を片付けてもらう小学生の様だ。
……高校どころか小学生の頃から変わりないんじゃないか?
今更な話だった。
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