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無印、小箱編
12月冬箱:本日の佳乃さん
『本日の佳乃さん』11月24日版
「ただいま」
「おかえりなさい、とーさま」
 リビングに入ると佳乃がストーブの前に鎮座して暖をとっていた。
 最近は冷えるもんなあと思い、僕はその場を後にした。


「……うー」
 着替えを終えてリビングに戻ると佳乃はストーブの前から動くこともなくじっとしていた。
 いや、よくよく見ると手を伸ばしたり、体を離したりしている。
 何をしているのだろう。僕が不思議に思って夕食を並べている最中の優佳さんに訊ねてみた。
 すると、優佳さんもよく分からないと首を傾げた後で、あくまでわたくしの想像です、と話を切り出した。
「くっつき過ぎると熱くて、離れ過ぎると寒いみたいです。佳乃なりに最適な環境を探しているのだと思います」
 なるほど、分からん。僕も首を傾げると優佳さんは苦笑して台所へと戻った。
 テーブルの上にはおかずは既に並んでおり後はご飯を待つばかり。
 そろそろ佳乃も呼んでおこうか。そう思って振り向こうとすると、僕の膝の上に誰かの手が置かれた気がした。
 視線を向けると、案の定とでも言うべきか、その手は佳乃のものだった。
「とーさま、だっこ」
「……? 今日の佳乃は甘えん坊さんだな」
 僕にぎゅっと抱きついてくるなんて珍しいこともあるものだ。
 とはいえ、嬉しいので僕は佳乃の頭を撫でて僕の顔を見上げる佳乃に向けて笑いかけた。
「……あたたかい」
 けれども、そんな時間は長続きはしなかった。
「こら、佳乃。ちゃんと自分の席に座りなさい」
 優佳さんが注意すると、びくっと反応して佳乃は僕から離れて右隣の椅子に座った。
 残念だ、という気持ちも込めて優佳さんに視線を送ると、妻は腰に手を当てて溜息をついた。
 憐れみともとれるその視線は何を意味するのだろうか。
「今日は鍋ですよ」
 その言葉を聞いて僕は内側の服に貼っていたカイロを外してゴミ箱に捨てた。



『本日の佳乃さん』11月29日版

 とある日のこと。
 優佳さんと二人で買い物に行くと言っていた佳乃が部屋から出てこないのが気になった優佳さんに頼まれて、僕は部屋まで様子を見に行った。
 ノックを三度しても返答がないので、悪いとは思いながらも扉を開けると、そこには半袖のインナー一枚でタンスからたくさんの服を引っ張りだす佳乃の姿があった。
「……佳乃、寒くないか?」
「すごくさむい」
「とりあえず、上に何か羽織りなさい」
 まるで泥棒に荒らされたかのように佳乃の部屋は洋服が散乱している。
 聞いてみると佳乃がやったらしい。
「どうして散らかしたの?」
 すると、佳乃は洋服を三枚ほど手に持って僕に見せた。
「おようふく、どれをきたらいいかまよっているの」
 要するにお出かけの洋服が決まらないで困っているわけだ。
 その中には僕が選んだ服もあるがそれはやや男の子っぽい洋服なので押しつけるのも悪い気がする。
 僕は正直言って選べなかった。でも、そんな時のために、無難な答えを僕は用意している。早速使ってみたいと思う。
「佳乃は可愛いからどんな服を着ても似合うんだから好きな服を着なさい」
「……」
「……?」
 しかし、僕の答えは佳乃のお気に召さなかったらしい。
 佳乃はじーっと僕のことを不満そうに目を細めて見ている。
 もう一度、洋服を僕の前に少しだけ突き出した所でようやく選べと言っていることに気がついたがその時にはもう遅かった。
「とーさま、もういい」
 佳乃は立ち上がると僕の背中を押して無言で部屋から出て行くように態度で示す。
 失敗した……。答えなんて用意しないで思ったことをそのまま言えばよかった。
「優佳さん。佳乃を褒めたら怒られたんだけど……」
「……? 一体、何をしたのです?」
 リビングでスーツを並べていた優佳さんにありのままを伝えると、とてもじとっとした目で見られてしまった。
「遠慮せずにこれと決めて言えばよろしいのに……」
 そうか、あの目は優佳さんの遺伝なのか。
 妙に納得して一人頷いていると、優佳さんの目が据わってきたのが分かった。
「優佳さん。そんな顔をしていると福が逃げるよ」
「きちんと片づけていれば逃げません」
 僕のスーツを「クリーニングに出します」と言いながら優佳さんは小さく息を吐く。
 その弾みで光に反射しながら小さな埃が家の中を舞うのが見えた。
 二人が外出している間にすることが決まった。


『本日の佳乃さん』12月1日版

 佳乃はかくれんぼが非常に下手だ。
 というよりもかくれんぼが成立しない。
「それ、むかしのはなしだよー。わたし、もうそんなにこどもじゃないよ」
「そうだな、随分と大きくなったな」
 昔と言っても一、二年くらいしか経っていないんだけどなあ。
 ただ、子供の一年は早いから今が昔と違うと言うのはよく理解しているつもりだ。
 昔は、それこそちょっと目を離したら大変だったし。
「……パパ……パパー、…………パパ……」
 段々と声が涙交じりになってきて、そして、最後にもう一度だけ僕のことを呼んでそれでも出て行かないと泣いてしまう。
 だから定期的に見つかってあげないといけない。そんな状態だった。
 買い物しながらかくれんぼなんてやっていたものだから、後で優佳さんに僕がこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
 反省せずにもう一度やった時には、佳乃も少し大きくなっていて泣くこともなく楽しんでくれた。

 ……僕はもう一度反省させられたのだけど。

 ちょっとした過去を思い返して僕は思わず笑みがこぼれた。
 そんな僕を見て佳乃は小首を傾げる。随分と佳乃が僕の側に寄っているなあ。
 そう思って時計を見ると約束の時間から既に十五分経っている。顔を上げて周りを見ると駅から家へと向かう人が増えている中、僕達の側を人が足早に
 駅前で待ち合わせということもあって段々と増える人を避けるために僕は佳乃を連れて壁際へと移動した。
「ねえ、とーさま?」
「どうしたのかな?」
「ママ、どこいったの? かくれんぼ?」
「かくれんぼじゃないなあ。これだけ人が多いと僕達を見つけるのも大変だろうね」
 優佳さんの仕事が終わるのを待って外食に行く予定なのだけど、そろそろ佳乃には我慢の限界が近付いているようだ。
「電話してみるよ。……」
 通話履歴から優佳さんの番号に電話をかけてみる。
「……あ、繋がった。もしもし優佳さん――」
 雑踏は容赦なく電話越しの優佳さんの声をかき消すが、何度か聞き返す中でようやく居場所を突き止めることができた。
 優佳さんはかくれんぼをしていたわけではなく、駅の反対側の出口で待っていたらしい。
「ママ、みぃつけた」
「あら、見つかってしまいました」
「……」
 優佳さんを見つけて駆け寄った佳乃の背中を見て感じた気持ちは隠しておこう。
 それは大人のかくれんぼ。
 見つかると少しだけ恥ずかしい。


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