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導入編
第4話:ダンボールは下着にはならない
 外に出てから、30分くらいは経っただろうか。
 扉の前で待っていると、また未練がましいとか言われそうなので、近所の神社でお参りをしてきた。

 そして、そのついでに銀行に寄ってお金もおろしておく。
 休日だったから手数料がかかってしまったのが少々癪だ。
 この後は買い物に行くわけだが、5万あれば足りるだろうか?
 特に使い道があるわけではなかったが、通帳の中身が減ると何故か心細くなる。
 でもまあいい。金はまた増やせるけど、俺のことを好きという人が増えるとは限らない。大切にしていかないといけないと思う。
 我が家に戻ってくると、優佳さんと女友達が扉の前で待っていた。女友達の方は、腕組みをしてこちらを睨んでいる。
「ちょっと、どこ行ってたのよ」
「金を下ろしてきた。この後、買い物に行くからな」
「そんなの後回しにしなさい。奥さん、ずっとあんたに見てほしがっていたのよ」
 優佳さんは何も言わずに期待の眼差しを送っている。
 目は口ほどにものを言う。黙っていたら分からないというけど、状況を考えれば何をしてほしいのか分かってしまうこともある。
 優佳さんの恰好は、ワンピースにデニムのレギンス。足元を見ると見たことのないブーツと、割とラフな感じだ。
「優佳さん、和服も良かったけど、洋服も似合ってるよ」
「――ありがとうございます、旦那様」
 ぱぁっと優佳さんの表情が明るくなる。さっきまでの心配そうな表情などどこ吹く風だ。
 そのまま彼女は鍵を閉じると、俺の半歩後ろに陣取った。
「んじゃ、レッツ買い物! まさ、優佳」
 いつの間にか、名前で呼ぶようになったらしい。優佳さんにとってはこっちでの初めての友達だろう。
 ……そういや紹介したっけ?
 疑問が顔をもたげるが、それを大きく俺は蹴りだした。
 やっぱりこいつに頼んで正解だった。面倒見だけは凄くいいのだ。
「ところで、初芝。今日はどこへ行くんだ?」
「んふふっ、それはついてからのお楽しみ。予算は5万でいいの?」
「足りないんだったら、もう少し足すけど?」
「ん、いやいい。安くて可愛いのにするから。後は、追々2人で買えばいいんじゃない?」
 それもそうだと納得する。
 買い物もまた優佳さんを知るよいきっかけになると思う。
 少しずつ知って、好きになっていこう。俺のことを好きになってくれた人のことを。


 電車に乗ること10分。
 やって来たのは、いつも大学帰りに寄る所だった。
 確かにここは大きなファッションビルがあったりする。そして、そのうちの1軒で俺達は色々と見ているわけだ。
「初芝。ここのってブランド物だよな? さすがにうちの駅の量販店にあるパンツ3枚組1000円は俺もどうかと思ったが、このパンツ1枚5000円もするぞ」
 男が女性の下着片手に文句を言っている姿は実にユニークだ。
 俺なんてパンツは1枚100円の安売りの物を大量買いしたやつだというのに。
「あんたねえ……、女の子の下着っていうのは高いの。あと、上下セットで買うから、そっちのは買わないよ」
「……だったら、何で連れて来た」
 すると、初芝は反応が見たいからと即答した。
 そして、今の俺は面白くない、とも。
「だ、旦那様はこういった所に入っても照れたりしないのですね。わたくしの方がなんだか恥ずかしいです」
「パンツなんて誰かが履いてなかったら布だろ。いちいち悩んでたら、この場所に居づらいんだ」
 何が悲しくて、女性下着の専門店に俺が行かなくちゃいけないんだか。そのための女友達なのに。
 カップルで来る人がいるっていうのは聞いたことあるけど、肝心のカップルがいない。
 要するに女性客しかいないわけです。
 それに優佳さんはさっきから初芝といるために俺は余計にこの場に居づらい。視線をどこに向けていいのかさえ分からない。
 しばらく床に視線を向けていると、旦那様と呼ぶ優佳さんの声が聞こえた。顔を上げると初芝と共に2つの下着のセットを持った優佳さんがいた。
「ところで、旦那様はどちらがお好みですか?」
「白と黒ってまた両極端なの持ってきたなあ……」
 白のはぱっと見清楚な感じ、黒のは……。
「……優佳さん。俺が黒って言ったら黒を買うつもりなの?」
「恥ずかしいですけど、旦那様がおっしゃるなら……」
「それじゃ、やめておこうか。優佳さんに黒はあまりに合わない気がするし。俺のイメージだと明るい感じの方が似合ってると思うよ」
 黒い方は優佳さんが履いたらエロイだろうと思うけど、セットで1万5千はちょっと……。
 今、求められるのはエロより実生活。涙は呑むべきだと心を鬼にする。
 それに黒のレースのブラはいいとして、下の方はおかしいよね。
 ガーターベルトしか、ないんだけど。
「旦那様は明るい色の方がお好みなんですね。分かりました。すみません、もう少しだけ待っていただけますか」
「今日は1日、優佳さんのために時間は使うつもりだから。気にせず選んでおいで」
 本当は一刻もこの場から離れたいのだけど、優佳さんの性格を考えるに俺がそんな素振りを見せたら最後。絶対に適当に選んで帰ろうとするだろう。
 買い物くらいは好きにさせてあげたいし、楽しそうに笑う優佳さんを見ているだけで、こっちも楽しい。この気持ちだけが救いだ。
「ふーん。本当は黒がいいわけだ」
 しかし、悲しいかな。
 楽しい気分はにやにやと俺をからかおうとする初芝の汚い笑顔によって潰えてしまった。
「趣味と実益を考えたら実益を取るだろ?」
「うわ……エロいねえ。実益か、私困っちゃう」
 ……すごい誤解されてる!?
 初芝は面白くなったとばかりに黒い笑みを浮かべた。
 どうにか話を逸らさないといけない、慌てた俺は1つの下着セットを手に取っていた。
「ところで初芝。これって、こういうセットなのか?」
 しまった!? ここ下着しかないんだった!? 言うは易し、しかし取り返しはつかない。
「旦那様、どうなされたのですか?」
 優佳さんも戻って来て絶体絶命。
 と思ったら意外な反応が返って来た。
「え? これ3品って……。あれ? 1枚足りなくない?」
「そうなのですか。随分と扇情的だったので驚きましたけど。店員の方に聞いてみましょう」
 そして聞いてみた所、パンティーだけ別の場所にあったのを忘れていただけらしい。すぐに店員さんが持って来てくれた。
 だが、パンティーが揃ったらさらにエロかった。
 何かが欠けたものも想像を掻き立てるが、直接分かりやすいものもまた良い。
 でも、その下着セットは買われることはなかった。
 俺が涙を呑んだせいである。



「それじゃ優佳さん。支払いは任せる。俺は店の入り口で待っているから」
 下着をまさか俺が買うわけにもいかない。
 買い物を終えると、優佳さんは支払いのためにレジへと向かった。
 店の中で待つのも気恥ずかしく外へ出ると、後ろから初芝が小走りについてきた。
「ねえ、中で待ってればいいじゃん」
「視線の置き場がないんだよ……」
 店の前で待つのさえ気を抜いたら赤面するであろう。
「視線を置いてけば? ずっと下着見放題じゃないの?」
「……視線と言わず目を置いておこうか」
「めっ、だねえ。置いても何も見れないよ」
「いや、それくらい俺も分かるから」
 ふざけた話をしているととても気が紛れる。
 しかし、初芝が思ったほど笑っておらず、俺は首を傾げた。
「どうした? 気になった物でもあったのか?」
 そう問うと、初芝は突如としてじっと疑わしい者を見るような視線を真っすぐにこちらに向けた。
 そして、五秒ほど経ったろうか。口を開いた。
「まさ。どうして彼女と一緒に住もうと思ったの?」
 当然の疑問だろう。わざわざ初対面の優佳さんのために協力してくれた初芝には応える必要があると思う。
「……美人だし……旦那様と呼ばれるのも悪くないかなって」
 これは嘘偽りのない気持ちだ。優佳さんの容姿は俺の気持ちが浮つくほどであるし、性格も至って温厚。上手くやっていけたらいいなという下心もあった。
「うわ……サイテー。優佳の気持ちはどうなるの?」
 初芝からすれば、いや、俺がこの話をすればそういう反応が返ってくるのが普通だろうな。
 けれども、もうひとつ。気になるから、という理由もあった。
「しばらくは様子見かな。優佳さんがこっちに来た理由、特に俺の所に来た理由は何か違う気がするんだよな」
 家が火事に遭ったのは本当のようだ。
 でも、そこで俺を思い出したというのはどうにも信じがたい。
 そんな偶然があるだろうか?
 最後の理由を話すと初芝の目は随分と変わって、面白半分でもサイテー男を見る冷たい物でもなくなっていた。
「ふーん。……もし、優佳の理由がまさを傷つけるようなものだったら私に言ってよ? 小難しいことはからっきしだけどさ、力になるよ」
「小難しいことだったら戦力外か……」
「うっさい、バカ」
 俺の背中を叩いて、初芝は何度もバカを繰り返した。
 俺はそのバカに応えるべく、初芝の手を交わしてくるりと初芝に向き直った。
「……ありがとう、初芝」
「いいよ、いいよ、改まらなくてもさ。私は優佳が悪い人なんて思ってないけどねえ」
「俺もそう思いたいよ」
 たぶん、俺の考え過ぎだろう。優佳さんが間違いなくいい人だ。
 強いて言うならロマンチストではないから思考が疑いを持つのだ。
「お待たせしました」
「おそーい、優佳。まさなんて二回転ジャンプをみせてくれたよ。……回転不足だったけど」
「やってないぞ」
 優佳さんが戻ってきたことで話は終わってしまったが、一人でも理解者が出来たことはよかった。
 ……ついで言うなら二回転じゃない。半回転だ。


 その後は、さらに洋服なども見繕うために歩き回った。
 全てが終わった頃には朝から来たはずが、既にお昼を過ぎていた。もはや三時のおやつに近いくらいだった。
「今日はありがとう。本当に助かった」
「え、いいよいいよ。ちょっと見栄張って高い所行きすぎた気もするんだよね。服は気持ち安めにしてたんだけど、下着は失敗だったなあ」
「女性のは高いから仕方ない。ごめんな、付き合わせたのに食事代すら出さなくて」
 洋服代で金が消えてしまい、初芝に奢るどころではなくなってしまっていた。
 むしろ、食事代を出してもらう始末だ。
「ああ、それはいいって。久々に買い物して楽しかったし、友達もできたから。……ところでさ、服とかで8万使っちゃったけど、化粧品とか靴とか大丈夫なの?」
「あ。……優佳さん。化粧品とか持ってきてる?」
 嫌な予感がしてあまりこの質問はしたくなかった。案の定、優佳さんは恥ずかしそうに顔を赤らめると俯き加減に顔を伏せた。
「…………恥ずかしながら、ありません」
 そういや、初めて会ったときは草履だったし、聞いたところ靴なんて持ってもないらしい。
 俺と初芝は顔を見合わせて、頭を抱えそうになるのを堪えていた。
 この後、色々と買い足した結果、さらに3万ほどが財布から消えることになった。
 これでも、それなりに妥協を重ねたにも関わらずだ。
 しばらくは貧乏生活が続くことを覚悟しないといけない。優佳さんは耐えられるのだろうか、ちょっとどころじゃなく心配になった。


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