七夕と言えば彦星と織姫である。
彼らが1年に1度出会える日、それが7月7日。
娘のために商店街の笹に短冊を結びに行った帰り道、晴天に星が輝き、アルタイルもベガもよく見える。
その星を見上げながら僕は同じように星を見上げる妻と娘に言う。
「優佳さん、佳乃。あの星って近いようで実は光の速さで移動しても10年以上かかるんだ。つまり、1度あったら次はもう織姫はおばさんなわけだ」
「1ねんに1かいじゃないの? せんせいがそういってた」
「それはお話の中だけなんだ。実際は往復で30年以上かかるんだ。でも、そんなのは寂しいだろ。だから1年1回会えるって話になったんだ」
「旦那様。佳乃に嘘を教えないでください」
しかし、現実を交えた話はまだ娘には早いとばかりに妻は僕から娘を引き剥がした。
そして、佳乃に本当のことを教え始める。
初めこそ佳乃は感心したように聞いていたが、やがて僕の方にふくれ面を見せた。
「とーさまのうそつき」
「嘘じゃないぞ。実際、それくらいかかるんだ」
娘にはまだ光年なんて話をしても分からないだろうし、どうしたらいいものか。
本来なら僕が素直にウソでしたと言うべきなのだけど、今日はどうも意地になってしまっていた。
見かねた優佳さんが僕の二の腕をつねって、首を横に振る。
「佳乃。旦那様はね、佳乃の読んだお話を知らないの。だから、あんなお話をするの。佳乃が旦那様に教えてあげようね」
え? 知らないわけじゃ、そう言いかけて僕はそれ以上何も言えなかった。
優佳さんが、黙れとひと睨みしたからだ。
「うん。とーさま、あのね――」
それに引きかえて佳乃は僕に一生懸命物語を教えようと、さっきまでのことがなかったかのように振る舞っている。
「……何か納得がいかないのですが」
もちろん、優佳さんのおかげであることは言うまでもないが、優佳さんのせいでもあるから半分しか感謝しないつもりだ。
「おりひめとひこぼしはすきあってるの」
その間にも佳乃は僕に向かってせっせと言葉を紡いでいる。
「でも、おしごとしなくなったからあえないの」
小さな体を目一杯に使って僕に七夕を説明してくれている。
「かわいそうだから1ねんに1かいあえるんだよ」
大体は僕も知っているのだけど娘から話を聞くとまた違った新鮮さを感じてしまうのは何故だろう。
「佳乃は詳しいなあ。えらいえらい」
自分でも気付かぬうちに僕は娘の事をべた褒めにしていた。
佳乃は僕にお話を出来たことで満足したようで、僕の手を取ると「かえる」と手を引き始める。
「そうだ、佳乃。織姫のお星様がどれか教えてあげようか」
「どこにあるの?」
娘の足が止まり視線が空に向かった。
僕は娘を抱きかかえると、空を指差しながら星を教えてあげた。
「あれがそうなの? あかるい」
「それだけ織姫は明るくて魅力的な女性なんだよ」
少しは父親の威厳は保てただろうか。
後は、夫としてここは何か1つ――。
「えー」
「旦那様。ここで織姫よりもわたくしの方が魅力的と言うと、サービスが色々とありますよ」
「……その図々しさは織姫よりもずっと明るいよ」
思わず皮肉を言いたくなるくらいのタイミングの悪さだった。
家に着くと、佳乃が一番最初に家の中へと駆け込んで行った。
帰り道で見せたいものがあると言っていたので、それを取りに行ったのだろう。
「ところで、優佳さん。織姫と彦星って恋人なのか?」
確か夫婦だったような、しかし2人を離すくらいだから恋人なのかもしれない。
しかし、僕の考えは当たってはいなかった。
優佳さんは小さく笑ってそれを否定したからだ。
「旦那様。やっぱり知らなかったんじゃないですか」
「……ということは」
「はい、夫婦です。ちょうどわたくし達のような……」
そして、優佳さんは両手を胸の前に置いてどこかうっとりしたように僕に視線を寄こした。
何をしてほしいのか、ということは僕にも理解できたが、奥から佳乃が部屋の扉を閉める音が聞こえたので期待に応えることはできなかった。
「優佳さんは離れ離れな生活を望んでいたのか」
「そういう意味じゃありません! もうっ。抱きしめるとか、……キス…………もう、言わせないでください」
「……言わんとしていることは分かったけどさ」
いつもに増して僕が優柔不断で期待外れだったので、優佳さんは顔を真っ赤にして腰に手を当てた。
でも、すぐに佳乃がやって来たこともあり事情を察すると、とても複雑そうな笑顔を見せる。
「今夜は期待してもよろしいですか?」
「そういえば、佳乃は短冊になんて書いた?」
「ずっととーさまとママといたいって、かいたの」
「無視ですかっ!」
「今日は佳乃と星見をするからなあ」
「ね」
佳乃を味方につけると、優佳さんはぐっと言葉を詰まらせた。
むっとするのではなく、何だか寂しそうに見えるので期待していたことの1つでもやってみようと思う。
僕は優佳さんの側まで行くと、娘の前にしては大胆に妻を抱き寄せて頬に口づけをした。
突然のことに優佳さんは目をぱちくりとしていたが、やがて脳が今の出来事を理解し始めたようで僕のことを真っすぐ見ることなく拗ねたように言う。
「……旦那様のバカ。これくらいでは誤魔化されないんですからね」
「……ごめん」
「ママ、うれしそう」
「もう、佳乃まで……。知りませんっ。わたくしはご飯の用意をするので、旦那様は佳乃を見ていてくださいね」
逃げるようにリビングへ去った妻を見て、僕と娘は顔を見合わせた。
「それじゃあ、僕は三脚でも用意しようかな。佳乃、望遠鏡は無くしたらダメだぞ。今夜は星見だ」
「はーい。3にんでみようね」
「ああ。佳乃も手伝ってくれるか?」
「うん。おてつだいする」
佳乃はぱぁっと表情を輝かせてリビングに走って行った。
……空の星よりも妻と娘の方が明るい。
なんてことは僕には恥ずかしくて言えそうもなかった。
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