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導入編
第3話:ダンボールは服の代わりにならない
 前略、妻は箱入り娘でした。昔はお屋敷の、今はダンボールの。

 俺の朝は顔を洗い、食事の支度をすることから始まる。
 独り暮らしにおいて、いちいち食事を作るのは面倒ではあるのだが、野菜などを親が送ってくることもあって、もったいないし、送ってくれた親にも悪いので使わざるを得ない。こういう所を両親は見越しているに違いない。
 それにまな板を叩く包丁の音は嫌いじゃない。
 こういうものはリズムが命だと思う。どうせ俺の口に入るものであり、多少不格好でも構わない。
 しかし、今日は違う。俺だけならいいが、他の人がいることもあって昨日のチャーハンだけじゃ見栄えが悪く、二品ほど簡単なものを手早く作っているのだ。
 もちろん見た目にも気を遣って盛り付けも丁寧に行っている。
 要するにつまらない男の見栄というものである。
「……金ないから見栄張ってる場合じゃないんだけどなあ」
 そして、ほぼ朝食が完成し、そろそろ起こしに行こうかと思った時、優佳さんが目をこすりながら台所へやって来た。
 そもそもワンルームの部屋だ。優佳さんはすぐに俺が何をしているのか理解し、いきなり取り乱し始めた。
「あああっ!? す、すみません、寝坊してしまいました……」
 他にも髪や和服なども乱れているが、彼女はそんなことを気にも留めていない。
 よっぽど寝坊したことが気になるのだろう。
「おはよう、優佳さん。そんなこと気にしないでいいって。疲れていたんだろうし、まずは我が家に慣れてもらえればいいって」
 でも、俺からすれば、あまりに彼女に早く起きてもらってもこちらが恐縮するだけだから今くらいの方がちょうど良かったりする。
 そもそも料理をしてもらう材料さえなかったし、彼女の得意料理も分からない。
 一番の理由はきっと人任せにしたら自分が堕落するからだと思う。
 と、笑いながらそのあたりの理由を説明すると優佳さんは、
「そこは考えます」
 と返事をした。
 もしかして、料理が出来ないことがお気に召さないのだろうか。彼女は少しむくれているように見えた。
 この話題のままだと重い雰囲気のまま飯になりそうだ。
「この話は終わり、朝食にしよう。……今度、得意料理を見せてもらってもいい?」
 そう告げると、優佳さんの顔が花が咲いたようにほころんだ。
 つくづく甘いとは思うが、彼女は笑っている方が断然いい。
 これで、楽しくご飯が食べられそうだ。先立って俺は優佳さんを小さなテーブルに手招く。
 しかし、彼女はこの場を離れることなく急に恥ずかしそうにもじもじとし始めた。
 まだ何か言いたいことが彼女にはあったようだった。
「それに、初夜にも関わらず、すぐに眠ってしまって……」
「まー、いちおう、けっこんしてないからしょやじゃないとおもう」
 どうして、朝から初夜の話になるんだろう。急にそんな話が湧いてきたので、危うく茶碗を落としそうになってしまった。
 優佳さんは、俺が何故驚くのか分かっていないのか小首を傾げる。
「あああっ!?」
 でもって、もう1回叫び声をあげる。ちょっとめんどくさい。
「……今度はどうしたの?」
「お、おはようございます、旦那様」
「あ、うん。おはよう、優佳さん」
 何と言うか、とても抜けている人だと俺は思った。


 食事後、まずするべきことは彼女の身の回りの物を整えることだった。
 衣服、化粧品とか、そこそこに出費がかさむ気がする。
 あとで、その辺はうちの両親と相談しよう。それよりも今、問題がある。
「外に来ていく服がない……」
 俺じゃなくて、優佳さんのが。
 着てきた和服はとりあえず陰干ししているが、何日も同じ服を着てもらうわけにもいかない。
「シャワーだけでよかったのか? 風呂なら沸かしてもよかったんだけど」
「そこまで気を遣っていただかなくても。わたくしが昨晩に入らなかったのがいけないのです」
「それは疲れていたんだから仕方ない。シャンプーとか石鹸とか大丈夫だった?」
「いえ、それは大丈夫です。わたくしの家でも同じようなものでしたから」
 とりあえず俺のシャツを着てもらっているけど、サイズが合わなくて変なプレイを強要しているみたいで嫌だ。それに彼女は下着類さえない。つまり、今はノーパンノーブラということ。
 下着の替えすら持ってないなんて、優佳さんはどう生活する気だったのか気になって仕方がない。
 この格好で外に行くわけも行かないし、皺だらけの和服じゃ優佳さんが可哀想に思える。彼女がダンボールに無理矢理入ったり、そのまま寝たりしたから、いけないのだけど……。アイロンでもあれば、皺を伸ばせるのにと我が家の物のなさを嘆く。
「さて、髪乾かさないと外にも行けないからこっち来て。俺はちょっと使ってない櫛探すから」
 ドライヤーを床に置いた後、洗面台の下を覗き込んでみる。1つもない。
「わたくし、旦那様が使っていらっしゃるもので構いません」
「そういうわけにもなあ」
 話をやんわりと長引かせながら探していると、去年大学合格祝いに旅行した時の物が出てきた。
「おっ、あったあった。髪乾かすからちょっとこっち来て」
「大丈夫です。わたくしの髪を乾かすことで旦那様のお手を煩わせるなんて」
「このドライヤー触ると手が金属臭くなるから。新しいの買うかな」
 優佳さんの抵抗を押し切って俺はドライヤーのスイッチを入れる。
 髪に櫛を入れると、引っかかることなくすっと下ろすことができた。日頃からずっと手入れを欠かしていないのだろう。
「優佳さんは、本当に綺麗だね」
「……。面と向かって言われると恥ずかしいです」
「でも、綺麗だよ。それは良いけど、その格好で外歩きたいなんて思わないよね?」
 裸シャツという格好の優佳さんは、俺の言葉に言葉を失ったようだった。
 その代わりに目じりに涙を浮かべていた。
「旦那様ぁ」
「ごめんごめん、本当に冗談。俺も優佳さんにそんな恰好で外に出そうなんて思わないから」
「本当、ですか?」
「俺を慕ってくれている人にそんなひどいことはしない。今も十分ひどいとは思うけど、それは勘弁してください。…………あまりこの状況を外にばらしたくないんだが、あいつ呼んで服借りるか」
 大学の女友達の1人がぱっと頭に浮かんだ。入学当時からの友達でよく遊ぶ仲間の1人で家も近い。
 とりあえず、電話をかけて事情を話してみる。
 すると、すぐにこっちに来てくれることになった。


 一時間ほど経つと玄関のチャイムの音が聞こえ、家の外から扉を叩く音が聞こえた。
 女友達は本当にすぐに準備して来てくれたようで思った以上に素早い対応だ。
 出迎えのために玄関の扉を開けると、女友達の面白いものを見つけたとばかりににやけ顔が目に入った。
「女装癖に目覚めたの?」
「頼んだ俺が言うのもあれだが、お前こそ本当に持ってくるなんてな……。普通、友達とはいえ女に女物の服持ってきてくれなんて言う奴いないだろ」
「まさならあり得る」
「あり得てたまるか!」
 優佳さんのことは女友達には言わなかったからそう取られるのは仕方ない。
 普段からこういうやりとりは慣れているから別に構わないのだ。
 だが、初芝は俺の後ろで憤慨していた優佳さんを見て、目が点になっていた。
「旦那様はそのような趣味を持ってはおりません!」
「だ、だんなさまぁ!? そ、それにその恰好……」
「……あー、一応説明するから」
 昨日の出来事を俺はそのまま伝えることにした。途中からは優佳さんも説明に参加していた。
 あまり俺の言ったことは信じてはもらえなかったみたいだけど、優佳さんの言うことはほとんど信じてもらえていたのでいいとしよう。


 廊下でとりあえずの説明をした後、女友達には家に上がってもらうことにした。
「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがと。でもさ、ふーん、本当にまさの嫁なんだ。どこで引っかけたんよ、すごい可愛いじゃない」
「だから、ダンボールで送られてきた。チルドじゃなかったから新鮮さはもうないけどな」
 当然、女友達ポカンとして言葉を失う。あまり信じてはいなかったらしい。
 それに対して優佳さんは照れて手で顔を覆った。それが言葉よりも雄弁であることは言うまでもない。
「な、なんて言えばいいのか、分からないけど、とりあえずおめでとう? 式はいつなの?」
「まだ日取りは決めていません。籍も入れていませんから、まだ事実婚状態です」
 優佳さんはほんわかと温かい笑みを見せている。
 去年、帰郷した時に親戚のお姉さんが結婚して見せていた顔と同じような感じだ。
 でも、お姉さんはそろそろ離婚秒読みと聞いてる。
 対して女友達の方はとても悪い笑みを浮かべていた。それこそ何か悪だくみを思いついたかのように。
 残念なことにその予想は外れることはなく、俺の視線に気づいた女友達は大きく了解とばかりに頷いた。
「しかし、まさの嫁はこの私だ! まさの嫁になりたくばこの私を倒してからにするがいい!」
「バカ言ってないで服をくれないか?」
 何が、しかし、だ。大体、許可してもない。
 押すなと言われたらそれは押せ。芸人じゃないんだぞ。
 内心は色々と思う所はあるが、俺は努めて冷静であった。
「……愛は時に愛は惜しみなく奪わなくてはなりません。お友達になれると思いましたけど……残念です」
 しかし、意外なことに優佳さんが冷静ではなかったけれど。
「ちょっ……と!? 目が本気っ」
 女友達が目を白黒させて両手を上げた。さながら銃を向けられて降参する悪人だった。
「冗談だってばあ。もう、お茶目さん」
「わたくしも冗談です」
 冗談と言う割に目が笑っていないのが怖い。
 女友達は苦笑いを浮かべて視線をこちらに向けた。向いた瞬間、奴は嫌な満面の笑みに変わる。
「ははーん、ふふーん。ま、それはいいとして洋服持ってきたけど、サイズ合うかな? ちょっとさ、あんた、外出ていてくれない? 奥さんのストリップ見たいって言うなら話は別だけど」
「ス、ストリップ……。旦那様はそのような所へ行かれるのですか!?」
「行ってたら、ここで断固見るだろうな」
 見られるものなら見たいけど、それをやったら優佳さんといえど、引くと思う。
 後ろ髪惹かれる思いで俺は玄関へ向かった。足取りは重い。
「って、痛い! 髪引っ張るな! 禿はうちの遺伝なんだ!」
「ほら、さっさと出なさいよね。未練がましいんだから。……あとで、ゆっくりと楽しめばいいじゃない。もう裸シャツプレイまでする仲なんでしょ? 私がいない所で楽しんでよね」
「は?」
 しかし、その言葉の意味はすぐに知ることができた。優佳さんが、おどおどとしながらこちらにやって来たからだ。
「あ、あとで、ね」
 これ冗談ならいいのだけど、優佳さんの場合、本気で言ってそうだから困る。
「絶対にしない!」
 最近有り余っていた理性を振り絞ってみた。
 さすがに世間体は大事だもの。いや、本当は見たいのだけどね。
 ……2人きりのときに頼んでみようか。
「…………はあ」
 そんなことを考えた自分がちょっぴり嫌になった。


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