ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
無印、小箱編
3月:ダンボール何個分?
 ここが優佳さんの学校なのか?
 俺が初めて訪れたそこは故郷でも有名な古きお嬢様学校だった。
 ど田舎にあるくせにお嬢様学校。
 誘致したうちの町は、一体何をして呼んだのか、不思議でならない。
 噂では、学校の有力支援者の1人がこの町の出で、都会の喧騒から離れた土地でのびのびと過ごさせたいという理由からだと聞いている。
「ここが優佳さんの学校か……」
「はい。旦那様はご存知でしたか?」
「ま、まあ、な」
 この町に住む人なら誰しもが知っているに違いない。
 町を見下ろす広大な土地に似つかぬ洋風の学び舎。
 巨大な門は一般人を締め出すように閉じているが、今日だけは開いていた。
「この門が空いてるの、初めて見たぞ……」
「わたくしはこの門を通るのは5度目になります」
「5回って……そうか……。でも、3年通ってたった5回しか通らないって……」
「皆さん、寮暮らしですから」
 毎日のように門を通っていた俺には信じられない話だ。
 この門は人が歩いて通ることはそうないのか、道路に比べて歩道はないに等しく、門の傍らには守衛が2人ほど立っており、俺達が通ろうとすると身分証の提示を求められた。
「歩いて来るなんて珍しいね。卒業式は9時半からだ。車を用意するから少々待っていてほしい」
「車……ですか?」
「君はこの学校は初めてだろうから知らないだろうけど、歩いたらかなり時間がかかるんだ。車で行くことをお勧めするよ」
 守衛のおじさんが言うようにさっきから町には学校と同じく似つかわしくない黒塗りの車が何度も俺達の隣の道を走っていく。
 歩くことを前提に作ってない辺り、何か間違っているような気がする。
「別に歩いても大したことないだろ。それはそうと校舎が見えないんだけど……優佳さん。どこにあるの?」
「歩くと非常に面倒です。15分もあれば尽きますけど……」
「……分かった。車で行くよ」
 たぶんだけど、尽きるのは優佳さんの方だと思う。


 しばらく車を待っていると、何度か見かける黒塗りではなく農家にあるような小型のトラックがこちらに走って来るのが見えた。
 工事でもしていたのだろうか、そう思って見送ろうとするとそれは俺と優佳さんの前で止まり、中から1人の女性が降りてきた。
「まあ、桜井さん!」
「先生、おはようございます」
 どうやら優佳さんの担任のようだ。
「おはようございます。ところで、そちらの殿方は、例の……旦那様、なのよね」
「はい。旦那様、紹介します。こちらはわたくしの担任の岩井先生です」
 ということは、この人が例の……寝技教師か。
 そうは言っても普通の人っぽいので、こちらも普通に挨拶をしよう。
「はじめまして、僕は長月 正敬と申します。今日は優佳さん、いえ、桜井さんの卒業式を家族として見届けるために参りました」
「家族ですか。私も彼女から結婚すると聞いたときは驚きと嫉妬を隠せませんでした」
「まだ籍は入れていませんから正式には家族ではないですけどね」
「卒業したら籍を入れるのかしら? 式は挙げるの? いいわねえ、私も婚期を逃したくはないのだけど、相手がいなくて……」
 何だか妙に結婚話に喰いついて来るなあ……。
 これが生徒に先を越された教師の末路だとしたら恐ろしいものだ。
「子供は何人の予定? まさかとは思うけど、もう出来たってことはないわよね?」
「……せ、先生。恥ずかしいからやめてください」
「あ、ああ、そうね。私としたことが教師としてあるまじき言葉でした。長月さん、今のことはできれば――」
「子孫代々語り継ぎましょう。な、優佳さん」
「はい」
 別に優佳さんの担任の話など語り継ぐつもりなど毛頭ない。
 ただ、あまりに突っ込んでくるので、少しばかり黙ってほしかった。
「……ごほん。そろそろ案内しましょう」
 人はいいのだろうけど何かネジが外れている。
 背中を向けて車に向かって歩き出す教師を見て俺は思った。
「………………誤魔化したな」
「………………はい、誤魔化しました」
 そして、その背中を見ながら俺と優佳さんは完全に意見が一致していた。


 車で5分ほど走ると、学校の全容が見えてきた。
 この学校は丘の上にあり俺が通っていた高校が遠くに見えるのだが悲しいくらいに小さく思えた。
「さ、降りてください。桜井さんは教室へ1度行ってください。長月さんは聖堂に向かってください。あちらに見える尖塔が聖堂です」
 ここから聖堂まではしっかりと舗装された道になっており、体育館に行くのに校庭を横切っていた俺の高校とは大違いだった。
「……ところで、長月さんはおいくつで? 随分と若く見えるけど」
「25です」
「あら、そうなの。私の方が年齢が近いわね。あなた、ロリコンなの? 私の方がいいと思わない?」
 ああ、俺って25に見えるんだ。
 確かに今日はスーツで来ているから仕方ないのだけど。
「旦那様っ、行きましょう。先生、わたくしの正敬さんは19です。先生よりもわたくしと年齢は近いのです!」
「あはは……冗談伝わらなかったですか……」
 初芝にさえ敵対心を見せなかった優佳さんが担任の教師にはその感情を露わにしている。
 俺の右腕を引っ張り、教師から距離を離すとそのまま右腕を周りに見せつけるようにぎゅっと抱きしめた。
「優佳さん、今日は晴れの日なんだから怒らない、怒らない」
「晴れの日だからって怒らない理由が分からないわね」
「…………。もうこの人と会うのは最後なんだから最期くらい良い印象を与えようよ」
「最期? まだあなた達の結婚式で会うでしょうに」
 来る気満々だよ、この人……。
「……少し考えさせてください」
 優佳さんはマジギレ寸前だし。
 ……怒ってる所を初めて見たけど、まさか俺とはほとんど関係ない所で見るとは思いもしなかった。
 案外、普段の生活がストレスなのかもしれない。
「ねえ、優佳さん。もしかして溜まってる?」
「っ!?」
 何か間違ったこと言っただろうか?
 急に優佳さんが顔を真っ赤にして視線を下に向けたぞ。
「あら、ご無沙汰なの?」
「……そっちの意味じゃないから。ああもう、ストレス溜まるなあ」
「お盛んなのね」
 お嬢様学校でこの教師って……。
 ここのお嬢様ってもしかして、ろくなのいないんじゃ……。
 少しばかりあったお嬢様への幻想が木端微塵に砕け散りそうだった。
 優佳さんは俺の意図を察してさらに耳まで真っ赤になって俯いてしまい話が出来そうにない。
 その上、俺の上着から手は離さないので俺はこの場にいるしかない。
 このままの優佳さんを置いていく気にもなれないしなあ。
 てか、この人が悪いんだよな。
 苦笑いを元凶に向けると、何を勘違いしたのかウィンクを返された。
「あら、妻帯者なのにもう他の女に興味があるの?」
「……」
 今度はやや怒り気味に笑いを向けると、優佳さんの担任は打って変って反省したように真面目な顔つきをして言った。
「そうだわ。2人に言ってなかったことがあった」
 久しく聞いていなかったような気のする真面目な声に優佳さんも顔を上げた。
「桜井さん、長月さん。おめでとう。それとブーケは私に頂戴ね」
 最後の最後まで真面目ではないけど、場の雰囲気はよくなったしいいか。
「ありがとうございます。……でも、わたくしも先生に言ってなかったことがあるのです」
 卒業式のことだ、きっと何か感謝の言葉が出るに違いない。
 俺はそう思っていた。
「桜井、ではなく、わたくしは長月です」
 優佳さんは大層不満そうだった。
「わざとよ」
 教師はふふんと鼻で笑った。
 卒業式に感動も何もないことが判明した瞬間だった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。