新宿サザンテラス・イーストデッキ、午前10時。
いつも買い物は、人通りの少ない午前中と決めている。
足を踏まれたり、肩がぶつかったり・・・そういう人ごみが、私は苦手。
しかし今日は、人通りが多い。
旅行カバンを引きずるように歩く観光客。
目当てのデパートへ向かう老夫婦。
待ち合わせの広場へ急ぐ若い男性。
ここは、人の想いが行き交う道。
みんなの気持ちは、いつもスクランブル。
例外ではなく、私も、逸る心を抑えて、人を待っていた。
普段はデニムばっかりの私が、今日だけは、ティアードスカート。
特に、粧し込んだつもりはないけれど、ちょっぴり女の子っぽい装いで・・・。
「どうせ、暇なんだろ?」
その一言で、今日、私はここに立っている。
週末に、部活もない私は、特別予定はない。
ただの買い物・・・そう、ただの買い物に付き合うだけなんだから。
私は、一足先に、この場所へやってきていた。
「ごめん、待たせて。」
彼は、まもなくやってきた。
着飾らない格好は、家から100メートルのコンビニに行くような、ラフな服装。
今どき、新宿に行くだけで、着飾る方が珍しいのかもしれないけど、肩肘の張らない一日が、今始まる。
「すぐにわかったよ。空、見上げてたから。」
彼は、私のクセを知っている。
暇なとき、つらいとき、孤独なとき・・・私が青空を見ることを。
「お前、傘なんて持ってきたのか?」
歩き出した歩幅が気持ちいい。
顔を見るときは、少しだけ視線を上げるだけ。
そんなに変わらない身長、そんなに変わらない指の長さ。
タイムズスクエアを前に、親に逸れまいとする子どものように、必死に人とすれ違う。
「だって、今日は午後から雨になるんだから。」
そんな先に話をするなよ・・・と言わんばかりの不満げな彼の表情。
青空のふもと、人の波を背景に、傘を持った私は、やっぱり浮いている。
でも、建物の中に入ってしまえば関係ない。
普段は、ユニクロやジーユーでも、年に数回は、ちょっと高めの服を着せてあげたい。
もちろん、今日買った服は、そのまま着せて帰す。
いつものことだけど、だから冴えない格好で、彼はやって来る。
衣装替えが済んだ頃、もう昼下がりになっていた。
一気に地上100メートル。
ノンストップのエレベータで、たどり着いたトライベックスのランチ。
遠くに霞む東京湾、真下の広がる御苑の緑。感じるのは、味だけではない。
東京は狭いのに、大きい。でも、私はすごく小さい。
飲んで、食べて、噛み締めて・・・どれくらい消化できたかわからないけど、私のローテンションを、一生懸命受け止めてくれる彼に、ありがとう。
「そろそろ、電車、乗る?」
夕方が近づいていた。
一変した彼の衣装と、崩れかけてる私のメーク。
それは、今日一日、確かに一緒に過ごした証。
彼が切符で通った改札機。Pasmoをかざす手に、少し力が入った。
レールのつなぎ目で揺れる車体に、眠気も釣られてやってくる。
私は、すごく優しい気持ちになる。
初めて、電車の中で居眠りをした。
ほんの数分だけど、記憶が遠くなる感じがあった。
横を見れば、彼は完全に寝てしまっている。無防備な、安心しきった態度に、やっぱり距離感を縮められない。
大きく、息を一つ吐いた。
今日この日、精一杯作っていた笑顔が、一瞬、崩れた。
慣れ親しんだ改札口を出る。
外は、すでに雷雨になっていた。
私の傘一つでは、二人とも帰るまでには、ずぶ濡れ。
「タクシー、乗るか?」
私は、勢いよく傘を開くと、マルチボーダーのパステルカラーが、鮮やかに花開く。
しばらく息を整え、体を寄せ合うと、一気に階段を駆け下りた。
路面から跳ね返る雨粒が、スカートの裾から素肌に当たる。
乗り場に停車するタクシーに駆け寄ると、ドアが迎えるように開いた。
押し込まれるように、私が、先に後部座席へ乗ると、彼が傘を閉じて乗り込む。
行き先を告げると、タクシーはゆっくりと走り出した。
しばらくして、彼は、私との間に傘を置いた。
大量の雨粒が滴り落ちて、スカートに染みる。
冷たい、冷たい雨雫が、私の脹脛をつたう。
たった数十センチの空間が、とても遠い。とても切ない。
お互いに違う窓から、外を眺める。
沈黙の車内。買い物の詰まった紙袋が傾く音だけが、しっとりと染み渡る。
先に、私はタクシーを降りた。
私の家が、駅には近い。ただ、それだけ。
傘を差し、少し可愛く手を振ってみた。
タクシーは、またゆっくりと走り出す。
坂道の頂上から、テールランプが消えると、手を振る右手が、自然と止まった。
指先が、とても寂しい。
今日も握れなかった、自分の指を、ギュッと握り締めると、私を覆っていた傘が、背中へと剥がれ落ちた。
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