「いらっしゃいマセ! 如月グランドパークへようこソ!」
グランドパーク入場ゲートにて。
受付のアジア系の係員が、片言のなまり日本語で雄二と翔子を出迎えた。
「本日はプレオープンなのデスが、チケットはお持ちですカ?」
「……はい」
「拝見しマース」
係員は翔子のチケットを取り出したチケットを受け取り、2人の顔を見ると笑顔のまま一瞬固まる。
「……そのチケット、使えないの?」
「イエイエ、そんなコトはないデスよ? デスが、ちょっとお待ちくだサーイ」
係員は携帯を取り出し、雄二から背を向けて電話し始める。
「……私だ、例の連中が来た。ウエディングシフトの用意を始めろ、確実に仕留める」
「おいコラ、なんだその不穏当な会話は?」
「……ウエディングシフト?」
如月グループの企みを知らない翔子は、首を傾げていた。
「気にしないデくだサーイ。コッチの話デース」
「アンタ、さっき電話で流暢に日本語を話していなかったか?」
「オーウ。ニホンゴむつかしくてワカりまセーン」
雄二は内心、この係員に腹を立てていた。
「ところで、そのウエディングシフトとやらは必要ないぞ? 入場だけさせてくれたら後は放っておいてくれていい」
雄二は潔いネーミングで、如月グループの企みをよく理解した。
しかし彼は乗る気は一切なく、いかにこの場を切り抜けるかを模索し始めていた。
「そんなコト言わずニ、お世話させてくだサーイ。トッテモ豪華なおもてナシさせていただきマース」
「不要だ」
「そこをナントカお願いしマース」
「ダメだ」
「この通りデース」
「却下だ」
「断ればアナタノ実家に腐ったザリガニを送りマース」
「やめろっ! そんな事をされたら、我が家は食中毒で大変な事になってしまう!」
彼の母は、それを間違いなく伊勢海老と勘違いし、食卓に上げる危険な女性であった。
「では、マズ最初に記念写真を撮りますヨ?」
「……記念写真?」
「ハイ。サイコーにお似合いのお2人の愛のメモリーを残しマース」
「…………雄二とお似合い……(ポッ)
翔子はその言葉に、仄かに頬を赤らめた。
「お待たせしました。カメラです」
そこへ2人の帽子とサンバイザーを目深にかぶったスタッフが、片方カメラを片手に現れた。
「アナタ達が持ってきてクレたのデスか? わざわざありがとうございマス。助かりマース」
「では、撮影をしますので、こちらへどうぞ」
カメラを持ったスタッフが係員にカメラを渡し、もう片方が雄二達をある方向へと誘導し始める。
係員が礼を言いながらカメラを受け取るのを見て、雄二はある物を感じた。
こういった場所のスタッフが、客の前で同僚に丁寧な礼を言う事に対しての違和感を。
「悪いが、ちょっと電話をさせてくれ」
「わかりまシタ」
電話を取り出して、番号非通知で明久に電話をかける雄二
Prrrrrrrr Prrrrrrrr
「ああ、すいません。僕の携帯ですね」
「あっ、待て! それは……」
カメラを持ってきたスタッフの尻ポケットから、電子音が響きだした。
それをみて、誘導スタッフが止めようとするが遅かった
「……いよう明久。テメェ、面白いことしてるじゃねぇか……!」
「人違いですっ!」
「では、私達はこれで! 何やってんだよお前は!」
「ごっごめん!」
ダッ! × 2
「あっ、コラ! 逃げるなテメェら! 明久と一緒って事は、あっちの野郎は光一だな!? ええい、離せこの野郎!!」
「彼らはココのスタッフのエリザベート・ハナコ(35歳)通称スティーヴと、フォンティーヌ・アツコ(41歳)通称ジョンソンでース。吉井ナントカさんや久遠ナントカさんではありまセーン」
「黙れ! 人種性別年齢氏名すべてに、しかもダブルで堂々とウソをつくな! しかもどう考えてもその名前で通称スティーヴやジョンソンはないだろ! ついでに俺は吉井や久遠なんて名字は一言も言っていない!」
その係員に絡まれているうちに、2人のスタッフはさっさと逃げ去った。
そして、ここのスタッフになりすまし自分をハメようとする2人のバックについて。
これは個人でできる事ではなく、他にも協力者がいる可能性もあっという間に雄二の頭脳ははじき出した。
「翔子、すまんがちょっと我慢してくれ!」
「……???」
キョトンとしている翔子のスカートを掴み、軽くまくりあげる雄二。
見えるか見えないかのギリギリの高さまで持ち上がる。
「…………っ!!(ギラッ)」
その瞬間、懐に手を伸ばした人影……というか、狐のきぐるみ。
「……やはり、ムッツリーニも来ていたか」
その動きから、きぐるみの正体を悟った雄二は、他の可能性も考え始める。
この3人が居るなら、秀吉と瑞希の存在も……と、神童ならではの頭脳の回転。
「……雄二、えっち」
翔子が少し怒ったような顔で、雄二を見つめる。
「なっ!? ちっ違うぞ翔子! 俺はお前の下着になんか微塵も興味がないっ!」
「……それはそれで困る」
「ぐぁあああああっ! 理不尽だぁあっ!!」
翔子はアイアンクローをかまし、その握力で頭蓋がきしむ音が響く。
「でハ、写真を撮りマース。はい、チーズ」
その間フラッシュが焚かれ、ピピッという電子音と共に撮影終了。
「スグに印刷しマース。そのまま待っていてくださイ」
「……わかった。このまま待ってる」
「ぐぁあああっ! このままだと俺の頭蓋がっ!」
律儀にも、アイアンクローを解くどころか、そのままの握力を緩める事なくキープ。
その間で、雄二は翔子の気持ちに思いっきり疑いを持っていた。
「はい、どうゾ」
「……ありがとう」
程なくして、係員が写真を持ってきた。
それと同時に解放される雄二が咳き込み、翔子が嬉しそうに写真を受け取る。
「……雄二、見て。私達の思い出」
「……なんだ、この写真は?」
「サービスで加工も入れておきまシタ」
写っているのは、翔子の後頭部と折檻に悶える雄二。
そしてその2人を囲う様なハートマークと、“私達、結婚します”という文字。
アイアンクローをかます女性とそれに苦しむ男性の周りを、未来を祝福する様に天使が飛び廻る図。
傍から見れば、どういう経緯で結婚に至ったかが気になる所であり、幸せは訪れるかと聞かれれば疑問だろう。
「……俺が言うのもなんだが、幸せが訪れる訳もないな」
「だよね。まあ雄二だからどうでもいいけど」
「…………(コクコク)」
と、遠目でそれを観察していた明久と光一、ムッツリーニはそれぞれ好き勝手言っている。
「コレをパークの写真館に飾っても良いデスか?」
「キサマ正気か!? コレを飾る事で何のメリットがあると言うんだ!?」
100人いれば100人がさあ? というだろう。
「ああっ! 写真撮影してる! アタシらも撮ってもらおーよ!」
「オレたちの結婚の記念に、か? おい係員、オレたちも映ってやんよ!」
そこへ偉そうな態度で、チャラいカップルがやってきた。
「すいまセン。こちらは特別企画でスので……」
「あぁっ!? いいじゃねーか! オレたちゃオキャクサマだぞコルァ!」
「きゃーっ。リュータかっこいーっ!」
その間雄二と翔子は逃げ出した。
雄二にしてみれば、あの手の連中は下手に相手にすると執拗に絡んで来ることが多く、面倒でしかない。
何よりも、視界に入れる事さえも不愉快だと言う事で、翔子を宥めて雄二はその場を逃亡。
「ああっ!? グダグダ抜かすとマスコミにここの態度について当初すっぞゴルァっ!!」
「そーよっ! アタシたち、オキャクサマなんだからねっ!」
宣伝のためのイベントでこういう客が来るなんて、如月グランドパークも縁がないな。
と思いつつ、逃亡していく雄二だった。
それから、結局は場を楽しむ事にして、雄二はあたりを見回す。
3Dの体感アトラクションに絶叫マシン、コーヒーカップやメリーゴーランド。
デフォの物もあれば、見た目だけで想像もつかない場所もある。
「映画館でもあれば楽なんだがな」
「……折角一緒にいるんだから、そんなのはダメ」
と言われ、しぶしぶと面倒にならなくて妙な雰囲気にならない。
そんなアトラクションを探し始める雄二。
「……翔子、いい加減腕を放してくれ」
「でも、カップルは腕を組む物」
「この状況がカップルに見えるか!!」
腕を翔子にサブミッションに極められつつ。
『ねーねーそこのラブラブなカップルのお2人ー』
そこへ、ひょこひょことキツネが近づいてくる。
このテーマパークのマスコットキャラの、キツネのフィーである。
「ほら、そう見えてる」
「明らかにそいつの方が変だろ!!」
『そんなラブラブなカップルに、キツネのフィーがとっても面白いアトラクションを紹介してあげるよ?』
おどけた動作で、紹介を促すフィー。
しかし雄二は、そのボイスチェンジャーを介していない声に聞き覚えを感じていた。
「……さっき、明久がバイトの女子大生にデートに誘われてたな」
『えぇっ、あっ、明久君が!? そっそれ、どこで見たんですか!?』
「……アルバイトか姫路?」
空気が凍った。
『キツネのフィーがとっても面白いアトラクションを紹介してあげるよ?』
それを取り繕うように、フィーは紹介に戻る。
「しらを切ると言うなら良いだろう。じゃあフィーとやら、お前のおススメを教えてもらえるか?」
『あ、う、うんっ。フィーのおススメはね、向こうに見えるお化け屋敷だよ』
噴水を挟んだ向こう側に見える、廃病院を改造したという話題のお化け屋敷である。
「そうか。じゃあお化け屋敷“以外”の処に行くぞ?」
『ままま待ってください! どうしてですか!?』
「どうしてもクソもあるか! お前らの手で余計な仕掛けを施されてる事は明白だろう!」
瑞希は良くも悪くも純粋な為、その辺りの化かし合いはてんでサッパリ。
簡単に雄二に見破られてしまった。
『そ、そんなの困りますっ! お願いですからお化け屋敷に行ってください!』
「断る!」
そのお願いに、残りの人生を捧げる気はない。
という姿勢で断固拒否し、その場を後にしようとする雄二。
そこへ……
『そこまでだ雄二! ……じゃなくて、そこの不細工な男っ! フィーをいじめると、このノインが許さないぞ!』
「その頭の悪そうな仕草……明久かっ!」
さっそうと登場したのは、マスコットキャラのノイン。
『失礼なっ! 僕……じゃなくて、ノインのどこが頭が悪いって言うんだ!?』
「……雄二。ノイちゃんはうっかりさんだから」
「うっかりで頭が逆になるキツネはいない!!」
きぐるみの頭部が頭部の装着の前後逆になっており、とてもシュールな生き物となっていた。
『あっ、明久君っ。頭が逆です! ああっ! 今小さな子が明久君を見て泣き出しちゃいましたよ!?』
『うわっ、しまった! 道理で前が見えないと思った!』
『早く治さないと、坂本君にバレちゃいます!』
と言って駆け寄ったフィーが躓き、そのままノインに抱きつく形で転がって行った。
雄二はそれを見て、呆れるように一言。
「……明久と姫路って、つくづくお似合いのカップルだと思う」
「……そう思う。今度2人に、私の考えた恋愛の手ほどきでも」
「それは良い。是非教えてやれ」
内心、良い仕返しが出来たと喜ぶ雄二だった。
「ハイ。すいまセーン。お待たせしまシタ」
そこへ現れたのは、先程の係員。
「坂本雄二サン、お化け屋敷に行って下サイ」
「だからイヤだと言ってるだろうが!」
「断れバ、アナタの実家にプチプチの梱包材を大量に送りマース」
「やめろっ! そんな事をされたら我が家の家事が全て滞ってしまう!」
彼の母親の趣味は、梱包材を潰す事だった。
それも、その目の前にある全てのを潰し終えるまで、時間すらも忘れるほどに。
『ところで明久君。さっき女子大生の声を掛けられていたって聞きましたけど? まさか、大事な作戦の最中に他の女の人と……』
『え? 何の事? さっきまで光一と……あの、どうして携帯電話を取り出すの? 誰かを呼ぶ気?』
『美波ちゃんが今すぐ来てくれるそうです。お話、ゆっくり聞かせてくださいね?』
『だ、ダメだよっ! オープン初日で刃傷沙汰なんてここの評判に……ひぃぃっ! なんだかすごい勢いで誰かが走って来てるみたいなんだけど!? 待って! 何もない事は光一が証明してくれるから、本気で待って!!』
その離れた場所では、ファンシーなキツネの痴話喧嘩という、珍しい光景が展開されていた。
「坂本翔子さん、お化け屋敷と言えばカップルイベントの宝庫ですよ?」
「……宝庫?」
「はい。お化けに驚き彼氏に抱きつくと言うのは、まさに最高の思い出だと思いませんか?」
そこへ、1人のスタッフが翔子に近寄り説明。
先ほどのスタッフの一人で、サンバイザーを被る少々貧弱な体躯に無造作に整えられた髪のスタッフ。
その姿には、思いきり見おぼえがあった。
「……雄二、お化け屋敷に行きたい」
「テメ、さっきの……やっぱり光一だな!? 翔子を使って罠にハメようなんて汚いぞ! それと、勝手に翔子を入籍させるな! ソイツの名字は霧島だ!」
「……大丈夫、すぐに変わるから」
再び翔子に関節を極められる雄二。
それに構う事なく、スタッフは係員に駆け寄る。
「チーフ、あちらは一体どうされたのですか(笑)?」
「全然ワカリマセーン? それよりフランソワーズ・ナツコ事、通称ジェームズ君、誓約書を」
「おい待て、さっきと名前が変わってるぞ! しかもさっきも言ったが、その名前で通称ジェームズはないだろ! そしてその当人、お前今(笑)を付けただろ!?」
「では、こちらをどうぞ」
雄二の抗議を無視して、スタッフはバインダーにはせられた書類を取り出した。
それを係員が受け取って、雄二に差し出す。
「何だこれは?」
「ただの誓約書でございます」
「では、こちらにサインして下サーイ」
「誓約書が必要なお化け屋敷って何だ? そんなに危険なのか? ……だがまぁ、面白そうではあるな」
と、雄二は少し楽しそうにボールペンを受け取って書類に手をかける。
【制約書】
1.私、坂本雄二は霧島翔子を妻として生涯愛し、苦楽を共にすることを誓います。
2.婚礼の式場には如月グランドパークを利用することを誓います。
3.どのような事態になろうとも、離縁しないことを誓います。
「ペンはこちらをどうぞ(笑)」
「……はい雄二、実印」
「朱肉はこちらデース」
「俺だけか!? 俺だけがこの状況をおかしいと思っているのか!? しかもそこのお前、今また(笑)を付けただろ!?」
と、喚き散らす雄二。
まあ傍から見れば、当然だろう。
「冗談でス。誓約書は良いので中に入って下サイ」
「……うん。冗談」
「カーボン紙を入れて写しまで用意している癖に冗談と言い張るのか?」
「言い張るも何も、本気で冗談ですから(笑)」
「お前は喋るな」
雄二は色々言ってやりたかったが、常識を求めるのも酷だと思いあきらめた。
「それでは、その大きな鞄は邪魔になりそうですので、預からせて頂きます」
「……お願い」
と、翔子が持っていたカバンを、スタッフが預かる。
それは偉く大荷物だった。
「零れちゃうから、横にしないでほしい」
「わかりました。気を付けます」
「デハ、行ってらっシャいマセ」
何が入ってるんだろうと考える雄二を、翔子は再度肘関節を極めて一路お化け屋敷へ。
雄二の抵抗も虚しく、扉の前に立たされてしまう。
「私だ、お化け屋敷にターゲットが入った。吉井さん考案の作戦を実行しろ」
「えーっと……はいはい、わかりました。ウエディング体験の準備が完了したそうですよ?」
「ご協力感謝いたします、久遠さん」
2人が入ったのを確認して、係員とスタッフは互いに頷きあいそれぞれの行動に移った。
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