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九つの極罪  作者: 阿志乃トモ
第二章 ジュウオウデンライ編
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第三十一話 一期一会

更新が大変遅くなって申し訳ありません。

次は何とか今月中には更新したいと思います。

「悪いんだが俺は戦には参加するつもりはない。今すぐにでもこの村を出ようと思う」


 確かにそこに居た者たちの耳にはそう聞こえた。幻聴でもなければ、山彦でもない。ここで山彦が聞こえたのなら、イザナの声が壁に反射して、それぞれの耳に届いたのだろう。―――いや、それはない。というか、山彦はみんなの耳に届いてるんじゃねえか。何故、幻聴と山彦を並べたし。


「――は、……は?」


 誰かがやっとの思いで出したであろう声は時が止まったかのように動かなかったリアたちの身体を解凍した。ちなみに、誰かが最初に発したであろう「え?」は誰の耳にも届かずに霧散した。


 時が動き出した皆がここでようやくイザナが言った言葉の意味を理解し出したのだ。


「ちょ、ちょっと待って。ここを出て行くって、どういう訳っ?」


 リアが少し慌てたような声を出してイザナを問い詰めるように近づいて行く。少しなのはまだ頭が完全に状況に付いて行けてない為だと思われる。完全に頭が状況に追いついていたなら絶叫していたことだろう。


 リアに問い詰められたイザナは居心地悪そうに右の頬を掻きながら、リアを見つめる。


「……まあ、どうしてかと問われれば、これと言って特に理由らしきものは無い」

「え?」

「――ただ、どうしても何か、……俺にしかできない『何か』をしなければならない。そんな気がするんだ」


 イザナは目覚めてからどうしようもなく『何か』をしなければいけない衝動に駆られていた。その『何か』が解からないのに。今本当にすべきことなのかも判らないのに。


 だからと言って、リアとツキの心配をしていないかと言われればそうでもない。本当は自分たちには関係のないこの戦いに2人を参加させたくない。しかし、何よりもリアが自分の意志で行おうとしていることを自分の身勝手な理由で止めたくはなかった。そして、イザナが今行おうとしている『何か』が為せれば、リアたちがこの戦いをせずに済むかもしれない。


 それ故に、イザナは自分勝手に己が道を行く。


「そ、そんな理由でこの村にいる人たちを見捨てるの!?」

「そうだ。―――って言い切るのは少し違うか」

「何が違うっていうのよ!?」


 最後に言った言葉は独り言のつもりだったのだが、どうやらリアは聞き取ったらしい。流石狼なだけはある。もっとも、イザナは自嘲気味に呟いたが、その場に居た全員が聞き取れるほどだったので、特に狼は関係ない模様。


「……そもそも彼らは強い。それこそ俺たちが手伝わなくても勝てるだろう、程に。先程シェイナも言っていたことだが、俺たちに村の為に戦って欲しい訳じゃない。寧ろ、リアがやろうとしていることは、お前の身勝手なことで、そして、自己満足のエゴだ」


 ふと、リアを見れば少し悲しそうな顔をしていた。ブリジッドは苛立ちが顔に出ないように無表情を気取っているが、彼から滲み(にじ)出るオーラを隠しきれていない。シェイナは腕を組みながらイザナとリアを見守っている。


 そして、イザナは少し役者染みた口調で先の言葉に付け加える。


「―――ああ、いや、何もお前のやろうとしていることを非難している訳じゃない。寧ろ、よく言った、と褒め称えたいほどだ。そのことに嘘偽りはないし、誇らしさもある」


 そして、リアを見つめながら足腰に力を入れて立ち上がる。その時、若干ふらつきそうになったが、気合でいつも通りを装った。


「―――だからこそ、リアが自分の意志を貫くと言うのであれば、俺も俺の意志(エゴ)を貫くまで。それをお前に止められる(いわ)れもないし、認めてもらいたい訳でもない」


 リアを見つめていた視線を横に逸らし、少しばかり言い(よど)みながら、決意を新たにするかのように少し小さめの声で話し出す。


「……もしかしたら、俺のすることに意味なんてないのかもしれない。それでも―――」


 沈黙がこの場を支配する。シェイナやブリジッドは目を閉じたり、腕を組んだりしながら聞いていたが、リアとツキは何か言いたそうではあったが何も言わずに黙っていた。


 イザナはこれ以上語る気はないのか何も言わすに再び寝ていた場所に腰かける。


 誰も何も言わないのを見かねたシェイナが口を開く。


「――ふむ。君がそうしたいのであれば、先の言を言った私からは何も言うまい。まあ、どうやらまだ2人――いや、3人は納得していないみたいだが、君も譲る気はないのだろう?」


 その言葉にイザナは首を縦に振りながら肯定を主張した。


「しかし、君らは仲間なんだろう? 離ればなれになってしまうが良いのかい?」

「……仲間、か。俺たちの関係を仲間と言うのはちょっと違う気はするが、どんな形であれ出会いがあれば別れがあるのは必然だ。故に人は人との出会いを尊ぶのさ」

「それは答えになっていないだろっ!」


 ブリジッドがついに苛立った声を上げるが、そんなブリジッドにイザナは至って冷静に返す。


「生きていれば、またいずれ出会うさ」

「―――ッ!! 彼女たちは今から戦に出るんだぞ! ここから逃げ出すお前と違って死ぬかもしれねえんだぞ! 解ってんのかっ!」

「もちろん解っている」

「――ッ、なら――!」

「それで、彼女たちが死ぬとでも? 死なないよ。リアの実力は知っているだろう?」

「――っ、知ってるが、戦いじゃあ何が起こるか分からないんだぞ!?」

「リアたちは生き残るさ」

「なんで言い切れる!?」

「当たり前だろ? 誰よりもリアを信頼しているからな」


 イザナは無意識にリア()|ち『・』ではなく、リアと言った。誰もそのことに気付いていなかったし、言われた当人は顔を赤くして俯いていた。


「~~~!! 勝手にしろっ!!」


 そして、ブリジッドは最後に怒鳴って、その牢屋から出て行った。それを見届けた後、シェイナが彼のフォローをする。


「すまない、彼はああ見えて、情に厚い性質(たち)でね。気を悪くしたなら謝ろう」

「別に謝る必要はないだろ。それに、ブリジッドの言いたいことも解るしな」

「そう言ってくれるとこちらも助かる」


 その後、シェイナはどこか躊躇いながら言葉を続ける。


「――――、それと、さっきはああは言ったが本当に大丈夫なのかい?」

「―――? ………、……ああ、大丈夫。でなければこんなことは言わない」

「……そうか、君がそういうならそうなんだろう」


 シェイナは先程イザナが立ち上がろうとしたときに若干の違和感を見て取った。そして、それが倒れた時の影響でまだ体が万全ではないかと考えていた。そして、それは当たってはいたが、当の本人が大丈夫だ、と言うので、それ以上気にするのも憚られた。


「本当に、行っちゃうの?」


 今まで何も言ってこなかったツキがおずおずとイザナに話しかけてくる。


「そうだな、お前たちには正直悪いと思っている。が、俺がやろうとしていることは俺にしかできないことなんだ」


 無論、イザナのその言葉はそんな気がするという程度で、本当にそれがイザナにしかできないかどうかは本人にも判らなかった。


「それにお前は独りじゃない。リアがいるだろ?」

「……うん」

「それにさっきも言ったが会えなくなるわけじゃない。また、運命が導けば会えるさ」

「うん」


 ツキは寂しそうに何度も頷く。自分じゃイザナを留めることができないと解かってしまったから。


 そんなツキの姿を見ていたリアが今にも泣きそうな顔をして、イザナに何か言おうとしては閉口する。これを数度繰り返した後、何も言わず牢屋から出て行ってしまう。


 イザナはその姿を見て、何も言うことなくリアの後ろ姿を見送る。そして、リアが出て行ったことに気付いてどうしようか悩んでいるツキに優しく語り掛ける。


「ツキ、俺のことは良いから、あいつを傍にいてやれ」


 ツキは少しばかり逡巡してはいたが、イザナの言葉に従ってリアを追いかけに行く。しかし、まだイザナの方が気になるのか互いに姿が見えなくなるまでツキはチラチラとたまにイザナの方を振り向きながら歩いていった。


 そして、とうとうここにはイザナとシェイナの2人きりになった。


 自身がいる牢を見渡すと返してもらったはずのバックが見当たらなかったので、知っているであろう人物に尋ねてみる。


「俺の荷物はどこにある?」

「本当にもう出て行くのかい?」

「もう、別れは済んだんでね。これ以上、ここに居るとあいつ等の手伝いをしたくなっちゃうからな」

「なら、素直にここに残ればいいだろうに」

「それはできない」

「君の意志は固いな」


 やれやれと肩を竦めながら呆れる。何が彼をこんなにも奮い立たせているのだろうか、と。


「それで、俺の荷物はどこにある?」

「荷物と言うのはあのバックのことだろう? それなら牢屋の中にあるからすぐに取って来よう」

「ああ、感謝する。――――――ああ、いや待て」


 イザナの牢から出て行こうとするシェイナを引き留める。


「ん? どうした?」

「やっぱり、バックはここに置いて行く。中にあるモノを2人に渡しておいてくれないか」


 バックの中には《クシャトリア大迷宮》で手に入れた極療水が入ったビンがある。これから戦いが待っている二人には必要な物であろう。


 それにシェイナは了承したのを確認すると、イザナは再び力を入れて立ち上がる。そして、近くに畳んであった『宵に紛れし絶影たる者が織り成す祭杯(さいはい)を刻みし混沌たる宴の(よろこ)びを()(かな)』という長ったらしい意味の解らない名前のマントを羽織り、シェイナと共に牢屋を出る。


 そして、人気のないところまでやって来て、ついに旅立とうと一歩を踏み出そうとした。しかし、一歩を踏み出そうとしたのは良いがイザナはどの方向に町があるのか知らない。まだバルハット王国にいた時に地図を見て地理を学んではいたが、さすがに国や山、川などの名前しか載っていない地図を見てどこに町があるかまでは分からなかった。


 なので、知っていそうな人物にまたまた尋ねてみることにした。しかし、彼女から余り良い返事は貰えなかった。よくよく考えれば当たり前と言えば当たり前のことだった。何しろこの村の人たちは滅多なことがない限り村を出たことがないのだ。


「たまに来る侵略者たちは向こうの方から良く来るな」


 熟考してようやく出した答えがこれである。


 そして、指した方を地図と照らし合わせてみれば、バルハット王国よりも一足先に勇者召喚を行ったカイゼル帝国がある方向だ。


 ちなみに、バルハット王国はカイゼル帝国とは隣同士だが、《カルマナ大森林》とはカイゼル帝国を間に挟んだ場所に位置している。


「そうか、ありがとう。そっちに行ってみるよ」

「本当にこのまま行くのかい?」


 さっきと言い方が違うだけで同じことを尋ねる。そして、イザナも同じことを言う。


「別れは済ませた、と言っただろう?」

「人はあれを別れの挨拶とは言わないだろうに」

「だろうな。けど、あれで良いのさ。――――悪いけどあいつ等のことよろしく頼む」

「ああ、任された」


 その言葉を最後にイザナは森の奥深くへと入っていく。そして、イザナの姿が見えなくなると頼まれた2人がいるであろうと考えられる場所に向かって歩いていく。もちろん、イザナがこの村を去ったことを告げるために。


「全く嫌な役を押し付けられたものだ」


 溜息をきながら小さく呟いた。




 イザナが村を出てからどのくらいの時間が経っただろう。太陽の位置を見るにおよそ2時間程度経過していると推測する。


 そして、歩きながらイザナは少し後悔していた。まず、身体的に限界が近づいていた。やはりもう少し牢屋でもいいから身体を休ませていれば良かったと思い始める。


 また、精神的にも限界に近かった。どのくらい歩けばこの森を抜けられるかが全く分からないのだ。こんなことならシェイナに訊いておくんだった――おそらく知らないだろうが――と今更ながら考え始める。


 つまり、今どういう状態かというと今にもぶっ倒れそうな状態なのだ。


 さらに言えば、イザナは旅をするのにある意味最も重要なことを忘れている。食料を何一つ持っていないのだ。これで森の中で動物たちに出会わなければ町に着くまで何も食べる物がない。最悪、そこら辺に生えている植物を採って食べれば良いとは思うのだが如何せん見渡す限り食べられそうな果実などは何もない。


 ちなみに、村からこの森を抜け出すには成人男性が歩いて4日ほど掛かる。今のイザナの状態を(かんが)みて1週間程度掛かるであろう。ただ、それはまっすぐ歩いていた場合である。森の中は正直周りが同じ景色にしか見えていないのでもしかしたら、いつの間にか明後日の方向に向かって歩いてしまっているかもしれない。そうなったら、餓死まっしぐらである。


 若干どころか普通にフラフラになりながら歩いていると、前方に湖が見えてきた。その場所だけ木々が無くなり、まるで鏡のように水面は空を反射している。


 喉も渇いていたのでここらで休憩しようとフラフラも忘れて湖に直行した。例え湖の水に毒が入っていたとしてもユニークスキルの一つである[色欲]<約束されし生存者>の効果によって平然と飲めるので問題ない。


 そして、湖に近づき手を掬って水を口に付けると一気に飲み干した。


 しばらくそこで身体を横にして休めていると、ガサガサと音を立てながら何かが近づいてくるのが聞こえてきた。体を起こしてその方向に振り向くと湖の水辺に沿いながら1人の男性が歩いてくるのが見える。


(あれは……神父?)


 そう、何故か神父が独りこの森を歩いていた。


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