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孤独な者たちの集い

作者:クロス
「……遊園地なんて何年ぶりだろうな」
 朽ちかけた木の杭に囲われた草しか生えていない花壇。鉄製のアトラクションはすっかりさび付いていて、今にも崩れそうだ。夕日に照らされた廃園の名は「裏野ドリームランド」。十年ほど前に大人の複雑な社会情勢の荒波に飲まれて廃れてしまい、今に至る。
 チケットを持たない人間を追い返すはずの入り口を越えて、私、中村隆一なかむらりゅういちはやって来た。
「……小学生の頃、来たような気がするな。十歳として五十年も前か」
 五十年ほど前の記憶はおぼろげではっきりとしていない。子供たちが元気に駆け回っていただろう道に面影は微塵も残っておらず、名も分からない雑草がはびこっている。本当にここは遊園地だったのかと疑いたくもなるような光景がそこにはあった。
 家からほど近いこの廃園に来たのには理由がある。
 説明のためには、まず遊園地の噂を説明しないといけない。
 あの遊園地に行った子供がいなくなる
 この噂を知ったのはつい最近のことだった。オカルト好きの後輩が酒の席で話していたのを聞いて、慣れないインターネットを使って調べた。しかし、出てくる情報はオカルト掲示板のインチキ臭い話ばかりだった。
 それでも、私はやって来た。
 私には息子がいた。妻もいた。今となっては、二人とも私の前からいなくなってしまった。
 息子がいなくなったのは、小学三年生の時だった。私が泊りがけのゴルフに行っている、ある暑い夏の日だった。夜寝苦しくて、なかなか寝付けなかったのを覚えている。
 深夜、ホテルでうとうととしていると突然の着信で無理やり夢から現実に引き戻された。出てみると妻は泣きながら、支離滅裂な言葉を並べ立てている。かろうじて分かったのは、帰ってきてという言葉だけ。事情も分からず、クーラーをガンガンに利かせて、夜の高速道路をひた走る。胸のざわめきは、どんなに車の速度を上げてもかき消されない。
 家に帰ると見知らぬ車が駐まっていた。家の明かりはつきっぱなし。車を空いたスペースにねじ込ませて、玄関の扉を押し開ける。リビングにはテーブルにうつぶせて、ただただ泣き崩れている妻の姿と、警察官の女性一人と男が二人立っていた。警察の話を聞く限り、夕方に家を飛び出した息子が夜になり、日が変わっても戻ってこないとのことだった。
 妻にかけるべき言葉が思い浮かばなかった私は、すぐに戻ってくるよと無責任な励ましをしていた。そんな言葉とは裏腹に、息子は戻ってこないまま三十年近い月日が経つ。気づけば定年退職する年齢になっていた。
 妻はそんな事件で精神を病んでしまった。夫の言葉は妻には届かず、妻はこの世を去っていった。
 親戚もいない私、中村隆一はこうして完全に一人となった。


 息子はどこに消えたのか。
 私はその疑問を抱え、ずっと生きている。
 もしかすると、というかすかな希望がこの遊園地の噂だった。馬鹿らしいと鼻で笑い飛ばしながらも、遊園地を奥へと進んでいく足は止まらない。すっかり成長した草花をかき分ける。動きやすいようにとスポーツウェアで来たのは正解だったようだ。
 太陽はゆっくりと傾き、空が赤くなり始める。
 赤く照らし出された巨大な観覧車。巨大な蛇のようにぐるぐると巻かれているさび付いたジェットコースター。
 まだ姿を保っているそれらの遊具達は、子供が消えるという噂と相成って、異様な雰囲気を漂わせている。
「……どこへ行こうか」
 行く当てはない。息子が、と考えてはいても、これは退職後の一つの過ごし方なのかも知れない。
 この廃れて、くたびれた独特な雰囲気。嫌いじゃない。カメラでも持ってくれば良かったかもしれない。
 もう商品も残っていない売店は、店内までもが外と同じように草がはびこっている。かろうじてミラーハウスと読める看板を掲げた大きな家は、すっかりくたびれている。アクアツアーだとかいうアトラクションは水をテーマとしていたはずだが、その名残は残っていない。プールの水は抜かれ、ぽっかりと穴が空いている。いろいろと回ってたどり着いたのは、入り口にほど近い広場だった。
「はぁ、疲れたな」
 ただ適当に歩いていた。疲れて、目についた木目のベンチに座る。すっかり冷たくなっている上に、雨風にさらされて、きれいにしてくれる人もおらず、汚くなっている。触れると手が黒くなってしまった。
 持ってきていた水筒の麦茶を飲む。ごくごくと喉を通っていく感覚がたまらない。そうして一息ついた時。
 少女は唐突に現れた。
 白いワンパースを着た夏らしい服装の小学生くらいの少女だ。髪は短く、幼い顔立ちだった。私は重い腰を上げる。
「……えぇっと、近所の子かな」
「おじさん一人?」
 首をかしげて、少女は言った。私は立った姿勢のまま話しかける。その目はまだこの世のどす黒く汚い闇を知らない。汚れなきまなこだった。
「……あぁ、そうだな。おじさんは一人だよ」
「おじさんもそうなんだ」
 にっこり少女はほほえんだ。その笑顔は物憂げでありながら、どこか喜びがにじみ出ている。
「……もう日が暮れる。家はどこだ。こんな所に来ちゃいけないだろ」
「帰る場所なんてないよ。私には……」
「え?」
「……家にママもパパもいないんだ」
 少女の目から涙がこぼれ、つぅと頬をぬらしていく。
「おじさんが呼んだの?」
「……」
「私の事……」
 風が吹いて、缶が音をたてて転がった。草木が揺れて、擦れて、カサカサと音を立てている。
 少女の言っている意味はさっぱり分からない。子供とはそんな物なのだろう。
 だからこそ、嫌いなのだが。
「おじさんは呼んでな――」
「あっ、あっち!」
 遊園地の入り口とは正反対の方向へと少女は駆けだした。
 私も慌てて追いかける。少女の言ったあっちが私には分からない。それでも、夕日に照らされ、地面に投げ出された長い影を私は追った。
 息が上がっている。
 足にはがたが来ている。
 徐々に観覧車が近づいてくる。
 百円玉と重なるほどだったのに、それは視界を目一杯覆わんとばかりに巨大になっていく。
 走っているその最中、メリーゴーランドが回っていた。赤、黄、青のLEDの無数のライトが当たり前のようについている。光が辺りをふわふわと漂っていた。
 白馬が上下に動き、くるりくるりと回っている。
 そのメリーゴーランドの前だけでは、少女の走りはすこしゆっくりとなっている。彼女の影が赤、黄、青と色づいた。
 それでも、私は追いつけない。少女は常に、私の三歩先にいた。


 少女は止まった。
 私も止まる。呼吸が苦しい。心臓が痛い。
 見上げなければ、観覧車の圧倒的全貌は確認できないほどにまで近くに来ていた。観覧車の乗り込み口の、待ち人の数が百人を指していたことに思わず笑った。
「みんな、ここにいるの?」
 少女は唐突に話し出した。
「そっか」
 入り口そばのアナログ時計は止まっていて、数字は表示されていなかった。私の腕時計は七時半を指していた。
「私も」
 何を言っているのかと、私は少女に歩み寄る。
「そっちに行くよ」と少女は言った。その時だ。
 ――ガタン
 ゴンドラが揺れている。風のせいではない。なぜなら、気がつけばかすかな風さえもやんでいたからだ。
もう動くはずのない観覧車がゆっくりとだが、確実に稼働していた。
「……」
 かけようとしていた言葉の続きも出てこない。駆け寄ろうと踏み出した足も、もう一歩が踏み出せない。
 呼吸すらも忘れていた。焦って空気を取り込んで、私はむせた。
 ――ふふっ
 ――あははっ
 私の声ではない。子供の声だ。
子供の笑い声は聞こえるとは全く違う。脳内に直接響いてきて、その感覚が二日酔いの時のひどい頭痛のようで、酷く気持ちが悪い。
 楽しそうに、その声の主は笑っていることは、何となく分かった。私は辺りを見渡した。
 半袖半ズボンの少年が、駆け回っている。
 たったの一人だけではない。草相撲をしている少年二人組、人形相手におままごとをしている少女、すり切れたロープで縄跳びをしている子供達。その数は多すぎて、私には分からない。
 何故気がつかなかったのか。理由はすぐに分かった。
 音がないのだ。
 辺りは相変わらずの静寂で、かすかに草木のざわめきが聞こえるが、それはいつの間にか再び吹き始めている風によるものだった。
 地面を蹴る音も、ロープが空を切る音も聞こえない。ただ笑い声だけが直接、脳内でこだましている。
 そんな時、私の目にとまった少年がいた。
 特別かっこいいわけでもない。目立つ格好というわけでもない。身長も至って平凡だ。それでも、ずっと忘れることのできなかった少年が、観覧車のゴンドラ乗り場に立っていた。
 間違いない。
 あれは、息子だ。隣には先ほどの白い少女もいる。
 私は重たい足を懸命に動かして、地面を蹴った。
 近くを走る少年少女とぶつかりそうになっても、気にせず駆けた。しかし、不思議と何かにぶつかったという感触は一切感じられなかった。
 古ぼけて、すっかりさびついたフェンスを乗り越える。着地の時に踏みしめた草花が、クシャリと音を立てた。
 塗装が幾らかはげている赤いゴンドラの扉が開かれる。私の息子は迷わず、ゴンドラに乗り込んで、少女を招き入れる。その時の顔は、私の見たことのない笑顔だった。思えば、私の前で彼が笑ってくれたことがあっただろうか。
 少女は迷いながらも、少しずつ、ゴンドラに近づいていく。
 懸命に伸ばした手が彼女の細く、幼い腕を掴む。小さく悲鳴を上げた彼女を後ろへと引っ張って、私がゴンドラに大きく一歩踏み出した。
 妻の浮気に気がついたのは、妻が死んだ後だった。心優しき私の遠い親戚が、笑みを顔に貼り付けて、聞いてもいない情報をべらべらと語って聞かせてきた。私が家にいない間浮気相手の家に入り浸っていたなんて、今考えればどうやって知ったのだろうと思う。
 対して私はそうですかと実に素っ気なく答えていた。考えるのが面倒くさかった。
 なんせ妻はもう死んでいたのだから。浮気相手を責める気力なんて、全て仕事に向けた。
 むしろ浮気しない方がおかしいような結婚生活だった。我ながら、クソみたいな人生である。
 私はゴンドラに乗り込んだ。踏み込みが強すぎて、ゴンドラが今にも壊れそうな勢いで揺れた。
 ――ギィ
 扉が、重苦しい音を立ててしまっていく。
 扉のその先には、少女が倒れている。白かったワンピースが汚れてしまっていた。
 ゴンドラは高度を上げていく。
 ゴンドラには私と我が息子ただ二人。
 天頂は近い。
「……すまんかった。遊園地に連れて行くって約束してたのに……。俺はいいわけばっかしてた」
 妻が浮気する前だったのだろう。妻と息子は遊園地に行ったらしい。そのたびに観覧車がどうだったとか、メリーゴーランドがどうだったとか話しかけてきた。その言葉を毎回聞き流していた。最後に決まって一緒に行こうねと言っていた。それに対する返答も決まっていて、時間があったらねと返していた。
 そんな会話がなくなっていたのはいつからだっただろうか。
 どこのサイトだったかはもう覚えていないが、頭の片隅に残っている噂に関する書き込みがある。消えていく少年少女は決まって家庭に問題があるというものだ。
 下に倒れている少女には帰るべき家があったのだろうか。
 天頂まで本の少し。隣を見てみると、誰もいなかった。
 私は笑った。
 民家の柔らかな明かりが暗い地面にポツリ、ポツリと浮かんでいる。空には星々がきらめき、遠くに飛行機雲がたなびいている。
 私は私らしく、最期の最期まで、一人だった。
初めてホラーを書かせていただきました。
書き終わってこれはホラーなのだろうかと自問自答しつつ、結局提出。
書いた本人がホラーだと言えばホラーだという暴論を掲げてみます。

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