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小学生日誌三年生編
作:銀河



男として生まれてきたからには


 正門には警備員が立っていた。歩美と光彦は何か質問されるのではないかと緊張したが、運転手が軽くうなずいただけであっさり通過した。
 庭は広大だった。道の両側に噴水がある。正面のレンガ造り三階建ての洋館は重要文化財にも指定されているという、見るからに立派なものだった。そこに客として招かれている、ということの大変さが、光彦にも歩美にも実感としてわかってきた。
 車寄せに静かに停車すると、待っていた立派な紳士が厳かに扉を開けた。
「こんばんわ、お二人さん」
 園子はごく地味な萌葱色のワンピースを着て立っていた。
 玄関ではビシッと背広を着た紳士が四人両側に立ち、こちらに向かって頭を下げている。
 園子の後ろに続いて赤絨毯を歩く二人。
「ふふ…そんなに固くなることないわよ。あなたたちは私のお客様なんだから、もっと堂々としていなさい」
 園子はそう言うが、光彦も歩美も同じ側の手と足が出るほど緊張していた。高い天井、豪華な照明。壁には大きな富士山の日本画が掛けられているが、名だたる画家のものであろう。
 園子に案内されてきた部屋の入り口にも、いわゆるメイド服を着た女性が立っており、静かに頭を下げた。あわてて頭を下げる二人。
 入った部屋は天井がさらに高く、豪華絢爛たるシャンデリアが下がっていた。巨大な暖炉、大理石のマントルピース。厚い一枚板で作られたと思しき立派なテーブル。見るもの全てが、まるで映画の中の世界だった。
 分厚い扉が閉ざされ、室内は三人だけになった。
「さ、かけてちょうだい」
 二人は、園子が手で示した付近の椅子に体を伸ばして座った。
 それにしても園子の格好は地味である。園子は二人が座ったのを確認してからゆっくりと腰を降ろした。そして光彦を見た。
「ねえ、光彦くん」
「は、はい」
「どう思う?」
「え、ど、どうって…」
「この屋敷よ。この部屋ってことでもいいわ」
 思わずもう一度見渡す光彦。
「え、ええと…ずいぶん立派なお部屋ですね」
「ふふ…貴方も住んでみたい? こういう部屋のある家に」
 光彦は一瞬絶句した。しかし、決然と言った。
「…そうですね、僕も男として生まれてきたからには、住んでみたいものです」
 園子は大いに感心したようにうなずいた。
「ふふ…私の人を見る目もそこそこいけてるってことね」
「あの、どういうことでしょう?」
「同じ質問するとね、ほとんどの男は自分には無理だと言うか、私の嫌味だと思って不快な顔をするか、そのどちらか」
「そうですか」
「でも、普通に働いていたんじゃこんな家に住むのは無理。光彦くん、あなたなら、どうすれば住めると思う?」
「僕は内閣総理大臣を目指していますから」
 きっぱりと言う光彦に、驚く歩美。しかし園子は真剣な眼差しだった。
「へえ…首相になって何をするの?」
「最低でも何か一つ、国家百年の大仕事をします」
「何か一つ?」
「はい。僕は伊藤博文、原敬、浜口雄幸、吉田茂、田中角栄と言った人々の伝記を読んでそう思ったんです」
「前の四人はともかく、田中角栄が出てくるのは妙な気もするけど?」
「ロシア史にその名を刻んだゴルバチョフとエリツィンもそうですが、偉大な人はいないんです。ある時偉大な事をした人がいる、そういうことなんです」
 園子はおおいに感心したようにうなずいた。
 歩美は一所懸命考えて、ああ、そうか、とうなずいた。
「偉大なことをして歴史に名前を残したい、と?」
「結果として歴史に名前が残るなら、一人の人間としてこれ以上の名誉はありません」
「当然知っているとは思うけど、最初の三人は暗殺されているわよ」
 鋭い視線を送る園子。
 暗殺、という言葉にびくっとする歩美。
 光彦は微笑んでいた。
「命が惜しかったら、最初から内閣総理大臣にならなければいいんです」
 園子は特に反応せず、別の事を語りだした。
「ところで、内閣総理大臣を目指すとなると、まず、衆議院に立候補しなきゃならないわね」
「そうですね」
「その時は言ってちょうだい。私、貴方に投資するわよ」
「…投資、ですか?」
「そう、投資」
 園子は視線を遠くにやった。
「私はね、幸か不幸か、大金持ちの家に生まれたの。でも、私という人間は、光彦くんやコナンくんのような気概のある人には遠く及ばない…だから私は投資するのよ。国のため、とか、そんな大げさな気分はないわ。私には逆立ちしてもできないような大仕事をしようって人に、必要なものを提供してあげたいだけ。事実として私はそれを持っているから」
「でも、投資とはリータンを期待してるって言葉ですよ」
「あら、なかなか鋭いわね。でも、そのリターンを私物化するつもりはないのよ。この国なり、いえ、この世界に還元されれば…いいえ、あなたの時代には宇宙かもしれないけどね」
 歩美はその希有壮大な話の細かい意味までは理解できなかったが、光彦と園子の輝くような顔を見て、きっと素晴らしい話に違いない、と思った。
「歩美ちゃんはどう思う?」
 いきなり話を振られて、歩美は背筋を思いっきり伸ばした。
「え、あ、あの、私…」
 ふっと微笑む園子。
「ふふ…いいのよ。今思っていることを正直に言って」
「私、今光彦くんや園子お姉さんの言ったこと、その、よくわからないけど、すごく立派なことだと思う」
「それがわかるなら大したものよ、あなたも」
 園子は微笑んだ。歩美は園子の意図が完全にわかったわけではなかったが、ほめられたのだということだけは理解してうれしそうな顔をした。
「安心したわ。あなたたちが何に疑問を持ち、何を知りたいか、大体の想像はつく…いいでしょう、教えてあげる。私の知っていることを全て」
 光彦はおもわず唾液を飲み込んだ。
「ふふ…まあそんなに焦らないで。その前に食事にしましょう」
 園子がハンドベルを鳴らす。
『失礼します』
 メイド服の女性が扉を開けて入ってきた。
「食事をお出しして」
「はい」
 しばらくして出てきた食事は、光彦と歩美が一秒たりとも想像していないものだった。鰺の干物、玄米、豆腐の味噌汁、ほうれん草のおひたし、たくあん。
「ふふ…どう思う?」
 園子は挑戦的な目で二人を見た。
 歩美は何と言って良いかわからず光彦を見た。光彦は不敵に微笑んでいた。
「園子さん、毎日こういう食事をされてるんですか?」
「ええ、そうよ」
「まさに、贅沢の極みですね」
 歩美は驚いた。
「ぜいたく? これが?」
 正直に言ってしまった。
「食べればわかりますよ、歩美ちゃん。僕の鼻が正しければね」
 光彦は出された食事に向かって軽く一例する。
「いただきます」
 園子はじっと光彦を見ている。
 光彦はご飯を一口食べ、みそ汁に口を付けた。
「…おいしい」
 歩美も手を合わせた後、まずご飯を食べた。
「…こ、これ…おいしい!」
「ふふふ…わかる?」
 園子はにこにこ微笑んでいた。
「ええ。僕はこんなに美味しいご飯は食べたことがありません」
「私も!」
 光彦はほうれん草をよく噛んで食べた。
「このほうれん草もすごいです。こんなに美味しいほうれん草があるなんて…」
「うん…」
 歩美はどんどん食べている。
「なぜ美味しいか、わかる?」
 園子は光彦に向かって質問した。
 光彦はいったん箸を置いた。
「無農薬、有機栽培…そんな次元じゃありませんね。全てが大変な手間と暇をかけて集められた素材…そしてこのご飯、昔ながらのかまどで炊いたんじゃありませんか?」
「ふふ…その通りよ。食材の全てが近代科学導入以前の方法、つまり、江戸時代そのままの方法で作られ、そして調理法も全て昔のままを再現しているの」
「僕も本の知識では知っていましたが、まさかこれほどのものとは…」
 光彦は再び噛みしめるように食べ始めた。
「ちなみに言っておくと、加熱方法にも気を配っているのよ。ガスは一切使わない。全て薪と炭を用いてるの」
 歩美にも贅沢の意味がようやくわかってきた。
 光彦は静かに箸を置いた。
「ごちそうさま」
「どう? こういう食事を毎日してみたいでしょう?」
「はい、もちろんです」
 歩美も食べ終わった。
「ごちそうさま!」
「どうだった? 歩美ちゃん」
「うん、美味しかった。ご飯がこんなに美味しいの、生まれて初めて!」
「そう、ありがとう」
「え? 園子おねえさんがありがとうなんて言うのは逆だよ。私のほうがありがとうって言わなきゃ」
「ふふ…こういう食事を出すとね、怒りをあらわにする客もいるのよ、たまにはね。怒らないまでも、ほう、粗食ですか、健康に良いですからな、程度しか言わない客も多い。そうかと思うと、うんちく垂れ出す食通なんかもいたりしてね…二人みたいに素直に感動してくれるお客様は滅多にいないのよ」
「へえ、そうなんですか」
 光彦はそんなものか、と思った。
 園子が再びハンドベルを鳴らすと、待機していたのであろう、メイドが部屋に入ってきて、素早く食器を回収して立ち去った。
「さて、それじゃ本題に入りましょうか」
 園子はそう言ってアルバムを机の上に置いた。

*****

 コナンは自分の部屋で静かに本を読んでいた。
「今、いい?」
 扉の外で哀が言った。
「ああ」
 コナンは本に栞を挟んだ。
 哀は部屋に入ってくると、ベッドに腰を下ろして足を伸ばした。
「あれからいろいろ考えたんだけど、こうなった以上、こちらから二人に、私たちの正体について話したほうがいいと思うの」
「正体ねえ…」
「そのほうがお互いすっきりするでしょ」
「…悪かったな。お前まで巻き込んでしまって」
「そんなことはもう気にしなくていいわ。どのみち、あの二人にはいつかは明かさなければならないことだったんだしね…それに、円谷くんはうすうす気が付いていたようだから」
「確かに」
 パソコンがピコッと鳴った。
「メールっと」
 コナンはマウスを操作した。
「お?」
「どうしたの?」
「いや、おっちゃんからだ…会いたいってさ」
「ふうん。いつ?」
「明日の午後」
「私は家にいるから構わないわよ。でも、何の用?」
「渡すものがあるってさ。何かは書いてないな」
「忘れ物でも出てきたのかしら?」
「まあ、そんなところか、昔の事件の関係者から何か贈ってきたか」
「そんなこと、今までにもあったの?」
「ああ。服役して出所してきた人が、お世話になりましたって、挨拶に来ることが結構あるらしい。それで、俺のことを覚えてる人もたまにはいるんだそうだ」
「なるほどね。でも、たまに、なの?」
「ああ、たまに、な」
 コナンは立ち上がった。
「さっきの話の続き、コーヒーでも飲みながら…」
「ふふ、コーヒーが飲みたくなっただけでしょ」
「お前はいらないのか?」
「もちろん付き合うわよ」












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