仮想現実ゲーム 『ヴァルハラ』(16/24)PDFで表示縦書き表示RDF


仮想現実ゲーム 『ヴァルハラ』
作:和広



16th.DIVE 作戦会議


 空気が抜ける音とともに視界に光が少しずつ戻ってくる。しばらく同じ姿勢で居たためか、体のあちこちが凝り固まっている。

「う、ぁあああ……っ」

 座したまま声を出して伸びをする。脱力してから起き上がった。
 昨日や一昨日も前のことのように思えるが実は一時間も経っていないので、この眺めを懐かしいと思うのは間違いなのだろう。
 むき出しの電灯が無機質な壁や床を照らし、四隅にほんの気持ち程度の観葉植物がある他は真ん中の円柱を中心にヴァルハラ一色。
 最初は気付かなかったが壁に貼られたポスターはアイドルっぽいポーズを取ったワルキューレであり、ゲーセンには無い設備なども充実してたりする、見てくれだけは普通の喫茶店。
 ヴァルハラカフェの広間が目の前にあった。

「おぅ、遅かったじゃないか」

 声のするほうを見て、俺は呆れた。
 慎也と萩山、おまけにスクルドが車座になってババ抜きをしていた。スクルドは液晶画面に顔を出すだけで手はないのだが、どうやらその分言葉でフォローしているらしい。『右から二番目』とか『左端』とかそんな感じで。

「次誰の番だっけ?」
『じゃなくて、もう二人のダイブ終わったからこれもやめでしょ。ほら、さっさと片して』
「ちぇー。スクルドはいいなあ、こういうとき手伝わなくていいんだから」

 ぶちぶち言いながらトランプを片付ける二人。なんつーか、バカみたい。
 と、モニターのスクルドがこちらを振り向いた。にこりと微笑んで口を開く。口の動きに合わせてスピーカーが喋る。

『お疲れ。二人とも激戦だったわね。ぶっちゃけ長すぎて飽きたわ』

 面と向かってそういうこと言うのか、と思うがまあ無理もないかとも思う。事実、伊織との戦いは長すぎた。過度の緊張による胃痛がまだ尾を引いている。
 と、そこで伊織を思い出した。見回すと、ヴァルハラ筐体から身を起こしているのを見つける。
 歩み寄って声を掛けた。

「惜しかったな」
「……ううん、完敗。最終決戦の場にタワーを呑んだ時点で私の負け」
「そんなことないだろ。俺のほうが終始押されていた。何回肝を冷やしたか分からない」

 伊織には細かい攻撃なんて意味がないうえその隙を突かれて瞬殺される恐れがある。かといって即死させるべく決定的な一撃を狙ったところで伊織がそれを許すはずがなく、つまり始めから膠着状態になることは分かり切っていた。
 そこで俺が考えたのは、俺の攻撃以外の方法で即死するダメージを与えることだった。今回の場合はタワーからの転落死だ。問題は単純に突き落としただけではバーニア等を駆使して助かってしまうから、ギリギリまで自由落下させ続けなければならないことと、そもそもどうやってタワーまで伊織を連れていくかだった。たまたま上手く行って本当に良かった。一歩間違えれば俺は致死っていただろうな。

「ただ、卑怯だったかと少し思ってるんだがな」
「そうでもない。完全にきみの作戦勝ち」

 伊織はそう言っているが声に悔しさが滲んでいる。もしまた戦う機会があったらむごたらしく(バラ)されそうだ。今度は油断してくれないだろうし、うん。もう伊織とは戦わないぞ。
 ヴァルハラ筐体の近くにある小さな円柱に付けられたモニターに顔を映したスクルドが割り込んできた。

『でもま、これで笹田のワルキューレ救出作戦参加は決定ね』
「は?」

 唐突なことを言ったスクルドを見る俺に対し、伊織はなにか思い当たることがあったらしく、はっとしている。
 スクルドは俺が理解に及んでないことに気付くと仰々しく溜め息を吐いて、モニターのなかで俺の鼻先をびしりと指差した。

『この勝負の目的がアンタを救出作戦に参加させるか否かを決めるものだったでしょうが。当事者がそれを忘れてどうすんの』
「………………………、……………ああそうか。思い出した」

 バトルが長すぎたのと緊張が続いたのでド忘れしてしまった。
 と、伊織が重大なことを思い出したような顔をしてスクルドに尋ねた。

「今の私たちのダイブ時間は?」
『56分。安全域よ。一時間越えたら警告するわよ、私だって無能じゃないわ』

 そう、と伊織は特に感情の動きも見せず呟く。その伊織を見て無能じゃないという主張を流されたスクルドがへそを曲げたように顔をしかめる。
 脇に立つ俺は何の話か分からなかったので遠慮なく尋ねた。

「ダイブ時間がなんかあるのか?」

 伊織は俺を見て少し考えるような素振りを見せた。それはほんのわずかのことで、彼女はすぐに口を開く。
 それは正直実感の伴わない恐ろしげなカミングアウトだった。

「三時間以上ダイブを続けると危険。全身が動かせなくなる恐れがある」

 ヴァルハラは脳からの随意筋に対する指令を読み取ってエインを動かす。このとき当然生身の体は動かない。筐体のなかで暴れられたら困る。だから脳は体への指令を暖簾に腕押し状態のまま垂れ流すことになる。
 ただ、この状況が長く続くと脳が適応してしまって体への信号を出しにくくなってしまう。これが全身不随につながる。
 でも治らないものじゃない。半年くらいリハビリを続ければ元どおり治る。
 きみもダイブから覚めた一瞬、自分の体が他人の物のように感じたはず。少し体を動かせばすぐに解消するから心配はいらないけれど、もし解消しないほど続けていたらそうなる。
 その状態になるまでの時間は、個人差はあるけど最悪を想定した計算ではおよそ五時間。さらに少なく見積もって三時間。だからヴァルハラは安全のために連続プレイ最大一時間半までで、アーケードでは制限時間一律三十分。
 伊織は静かな声でそう語った。

「へぇ……」

 そんなことしか言えなかった。体に害があるって話なんだろうが、今日のゲームだって眼に悪いし、ヴァルハラの場合は万全の安全策を採っているようだからそれを明かされたところでどうリアクションを取れば良いのか分からない。

「ま、笹田くんの反応なんてそんなもんでしょ」

 いつのまにか背後に立っていた萩山がそんなことを伊織に言った。俺は眉をしかめていたらしい、萩山は俺の顔を見てけたたましく笑う。伊織は伊織で微妙な顔をしていた。
 伊織は気を取り直したように頷いて真面目な顔になると、トランプを片付けていた慎也を呼び寄せて、モニターの横に立つ。

「ともかく、ワルキューレのことだけど。どうやって奪うか説明する」

『奪う』という言い方に不審を持ったが、かすかに強ばった伊織の顔を見ていると何となく気付けた。彼女は『一つの会社から備品を盗む』という事実を冷静に捉えているのだ。『救出』という正当化させる言葉に惑わされてはならないだろう。
 伊織はスクルドに声を掛け、傍らのモニターに図を出させた。

「ワルキューレの人格と重要な記憶(データ)のみに的を絞ろうと思う。今『戦乙女』は物理的に外界との接続を切られている。でも別の場所に保管できないからコードをつないで簡単な操作をすればすぐにネットワークに接続(ログオン)できる。そうして『戦乙女』とつながったらその人格と重要な記憶を、スクルドを通して記憶媒体に複製。本体戦乙女が破棄されてもワルキューレは助けることができる」

 伊織はやけに難しいことを言っている。分かったような顔をして伊織を見ていると、目が合った伊織が肩をすくめた。
 そしてモニターに向き直り、表示されていた図を指差す。緑、水色、赤の光点が表示される。

「三班に分かれる。一班が本社に潜入する。二班はそのバックアップ。一班が戦乙女の外界接続を成功させ次第、三班がワルキューレを保存し、すぐに記憶媒体を隠す」

 伊織の指の動きに合わせて赤の光点が会社の見取り図らしき中に入り、水色と緑がそれを見守っている。
 俺は内心で感嘆した。単純ではあるがかなり堅実な作戦ではないだろうか。
 伊織が赤を指差すと、クローズアップされて二次元マップだったそれが浮き上がり、奥行きができて三次元マップになった。

「当然ながら一番危険なのはこの一班。捕まったら即刻警察行き」

 沈黙。珍しく萩山も神妙な顔で口を半開きにしたまま黙って聞いている。
 伊織は淡々とした口調で無表情に告げた。

「だからこの役は私がやる。幸い私は開発スタッフの娘として顔が知れてるからごまかしが利く」
「……大丈夫なのか?」
「勝算はある」

 俺の言葉に伊織はぴしゃりと言い放った。それ以上の問答は不要と言わんばかりにブリーフィングを続ける。

「二班はスクルドに力を借りて、演算能力や空間構築能力を用いて私が潜入してる間監視カメラとかの防犯設備を黙らせてもらう。これは陽子と慎也くんに頼みたい」

 伊織の説明に慎也が「うげ」と身を反らす。不安そうに呟いた。

「俺、できるかなぁ……?」
『私、そんなことやったら処分(バラ)されると思うんだけど』

 スクルドもモニターのすみにテレビの中継とかでよくあるような小窓を開いて顔を見せ、不平を言った。
 伊織は二人に視線を走らせ、安心させるように言う。

「そういうのは陽子が詳しいから、慎也くんは陽子を手伝うだけ。スクルドは別にリリースしてないし、スペックも戦乙女と比べて大したことないから」
『チーフが危険視するに及ばない、と言いたいわけ? アンタ私がヒトじゃないからって失礼よ、ちょっとは気を遣うべきね』

 伊織はスクルドの非難をいっそ見事なまでにスルーした。

「三班、きみには保存した記憶媒体を運んでもらう必要がある。力仕事だけど」
「まあ、分かったよ」

 俺は頷いて答えた。ことここに至ってどうして文句を言うだろうか。
 と、これまでずっと黙っていた萩山が唇を湿らせて伊織に声を掛けた。

「あのさぁ。本当は伊織も分かってると思うけど、その作戦じゃまず成功させらんないよ」
「え?」

 俺は声を上げてモニターの地図を凝視した。これまでの説明にそこまでのミスがあっただろうか。
 特に大きな穴はないだろうと思った俺を否定するように萩山が続ける。

「失敗の原因は二つ。二つもあるの、社会を相手取る作戦なんだから失敗の可能性は一つあるだけでも不味いのに。無理、と言い切っていいと思うね」
「その原因ってなんだよ」

 焦れったくなったか、慎也が尋ねる。萩山は慎也を振り向いて、これから説明するというふうに頷いてみせる。
 伊織を見据え、伊織も萩山を見返す。

「まずひとつ。会社のセキュリティにスクルドがいるとはいえ私がハッキングするのは無理。そんなスペシャリストそうそう居ないよ」

 よく考えてみれば、それはそうか。この場合慎也の手伝いがあろうと無かろうと関係ない。一介の学生がそんな技術を持ってるワケが無いのだ。

「次に、イオが潜入したらパーになると思うよ」

 俺は驚いて萩山を見やった。
 作戦のなかで一番もっともらしいと思えた部分なのだが何の問題があるというのか。

「警備とかはもしかしたらそれで顔パスできるかもしれない。でも逆の危険性のほうが高いのよ」
「逆……っていうと、顔を知られてるせいで起こることか?」
「そう。いくつか考えられるけどあたしが一番ありそうだと思うのは、イオをよく知るスタッフが戦乙女をなんとかしようとしていることに気付いて捕まえること」

 萩山はそう言って伊織を見つめた。
 伊織は黙っている。それが逆に伊織もその可能性を危惧していたことを指し示す。では作戦を練り直す必要があるだろう。にもかかわらず、伊織は口を開かない。
 その姿は編成を帰る気が無いこともまた指し示していた。
 しかし、駄々をこねた子供が親に置いて行かれ、泣きそうに顔を歪めながらも意固地になって立ち尽くしている姿にもまた、よく似ていた。

「どうすんの、伊織」

 萩山が厳しい声で問い詰める。伊織は答えず、ただ静かに首を振った。
 それを見た萩山がついに激昂する。

「何でも守ろうったってダメなのよ。無理なの! 失敗することを前提にした作戦じゃないんでしょ!? リスク無くこんなことできるワケないの!」

 覚悟を決めろ。
 煮え切らない伊織に萩山はそう吠えた。
 伊織は唇を噛み、うつむいた。前髪で見えないが涙ぐんでるのかもしれない。
 俺はさらに噛み付こうとする萩山の肩に手を置いて止める。萩山は大きく肩で息をすると消え入りそうな声でごめん、と呟いた。

「伊織。編成を変えよう。伊織と萩山がスクルドと一緒。慎也が記憶媒体の隠匿をしてくれ。俺が本社に潜入するよ」

 視線が俺に集まった。俺は確実に出来る保証はないがな、と言うつもりで肩をすくめて見せる。

「……笹田〜。かっこつけてんじゃねぇだろうな」

 慎也が冗談めかして心配する言葉を寄越した。俺は笑って答える。

「言うな。見栄入ってるのは当然だろ。でも、全く無根拠なわけじゃない」
「なによ、その根拠って」

 萩山が疑り深そうな目で俺を見据える。苦笑にて俺は彼女への答えに代える。

「……ま、その『根拠』を信用するならそれがベターな采配よね。決行は早いほうがいいね、今日の深夜にしない?」

 溜め息を吐きつつ萩山がまとめた。俺は慎也と目配せし、「まあなんとかなるだろ」という意見の合致を見ると萩山を見て頷いた。そして俺は伊織に目をやる。
 それから体を返しヴァルハラカフェの出口へと向かった。

「十二時に一旦ここに集合!」
「了解」

 萩山にそう答えたのを最後に、俺は表へと出た。
 空を見上げ、暮れ泥む空を見、ケータイを取り出して時計を確認する。まだ六時半だ。
 ヴァルハラにダイブするとひたすら『濃い』時間を過ごすのでしばしば時間感覚が狂う。そういえば俺は制服を着たままだ。
 むふぅ、と鼻から溜め息を吹き出す。自転車の錠を開けて押し、ペダルに脚を掛けて走りだしながらまたがる。
 自転車を走らせ、とりあえずまっすぐ家に帰った。ガレージの前に自転車を置く。普段は奥まで入れるのだが、今日はまた出ることが分かっているので入れない。これでは車が出れないが、まあ今から出る用事もないだろう。
 ガレージの奥にある裏口から家に上がった。キッチンダイニングの脇につながっている。

「あ、お帰り」

 キッチンに居た制服姿の桜がコップに口をつけたまま言ったのでくぐもっている。それに短く答えて、すぐに自分の部屋に向かう。
 荷物をベッドに投げ捨て少し考える。机の引き出しからペンライトとナイフを取り出した。
 それから少し考えたが部屋にめぼしいものはもうないと思われた。俺は部屋を出て階下に下りる。
 リビングのソファにだらしなく寝そべっていた桜が不思議そうな顔で俺を眺めていた。

「なんか慌ただしいね。どうしたの?」

 簡単に夕飯を作るためキッチンを物色する手を止めて少し考え、桜に向かって教えてやった。

「今夜、盛大に悪童仲間と悪戯をする」
「……はあ?」

 怪訝そうな声を上げた桜を尻目に俺は物色を再開する。いくつか捜し当て、献立は決まった。
 今夜はシンプルテイスティ路線のトマトスパゲティだな。

 あっという間に完成し、俺も桜もあっという間に完食した。桜は一丁前に「塩入れすぎ」だの「麺が固くない?」だの「量が少ない」だのと文句を言ったが俺が聞く耳を持たずにいるとやがて言わなくなった。
 そして俺は食後の休憩もそこそこに家を後にした。適当に買い物しておこうと思ったのだ。
 しかしあちこち回れど買ったものなどわずかに数点。しかも内半分は文具等の日常雑貨。コンビニで事足りる買い物に三時間掛けたことにいまさら呆れることもできず帰宅した。

「ただいま」
「帰り。遅かったね」

 玄関に上がると我らが母君がダイニングで女性自身を熱心に読みながら声を放り投げてくれた。だがそれ以上詮索するような言葉は全く無く、それきりまた雑誌に没頭している。
 俺は自室に戻って荷物を整理し用意しておいた服に着替えると、再び階下に下りる。ダイニングの母さんに一言言付けた。

「これから友達との約束があるから、ちょっと行ってくる。どうなるかよく分からないが帰りは遅くなるかもしれない」
「そー。分かった」

 雑誌から顔を上げもせず短く言う。考えなしに話し掛けた俺は少し安堵した。まあこちらの母君に限ってなにか問うという事もないかもしれないが。
 俺はキッチンダイニングの脇にある裏口からガレージに下りる。こちらから表に出ることはあまりないので妙な気分だ。
 地面を蹴って靴に足を押し込む。自転車の鍵を開けて、表へ出る。
 この時間に外出することはあまりない。辺りを見回すが、目に染みるような暗闇だ。街灯がひどく頼りなく思える。

「暗いな」

 思わず声に出す。忘れ物がないか確認して、自転車を押し、ペダルに脚を掛けて走りだしながらまたがった。
 この宵闇のなか、俺たちの計画は粛々と動きだす。

 複雑に入り組んだ住宅街のなかを縫うように進み、やがて車を走る音が少しずつ大きくなってきて広い道路に出た。そこをしばし進んで傍らに建つ寂れた喫茶店。ヴァルハラカフェ。
 その正面、ギリギリ敷地内の窓際に自転車を止め、施錠する。

「少し早かったか」

 ケータイを見て呟く。約束の十二時までまだ四十分もある。
 だがまあいいか、と思い室内に入った。暗くて中の様子はよく分からないが電灯のスイッチなど余計に分からない。手探りで奥まで進む。
 ヴァルハラが置いてある広間に来ると、そこはすでに明るく、さらに先客が居た。

「……早いね」
「伊織こそ」

 伊織だ。真ん中にある太い柱の横に座り込んで、開閉可能になっている蓋を開いている。その横にはノートパソコンが置かれていて、見たところ柱のなかに隠されていたスクルドの本体に接続しているようだ。

「そういう接続、LANとかいうんだっけ? 伊織詳しいのか?」
「これはLANじゃない。OSも処理速度もスクルドのほうが上だから、単にキーボードとモニタをこっちにしてるだけ。……それなり」

 二つの質問に答えてくれたようだが、後者の方は謙遜だということがよく分かった。俺は見事に苦手なタイプなので、伊織の言うことの半分も分からない。
 作業を終えたらしい伊織が俺を見上げて頭の天辺から足の爪先までねめ回し、

「……ホントに大丈夫?」
「多分な」

 会社に潜入なんて生まれて初めてなので当然ながら確信はない。だがここは嘘でも大丈夫と言うべき場面だったらしい、伊織はますます不安そうに顔をしかめた。
 と、表の扉が開いたことを報せる鈴の音が響く。

「イオ、終わったー? 夜食買ってきたよ……っと、笹田くんじゃん。早いね〜感心感心」

 夜遅くにもかかわらず底抜けにハイテンションな萩山がコンビニ袋を引っ提げて歩いてきた。
 そして彼女も俺を頭の天辺から足の爪先まで物珍しそうに眺め回し、尋ねた。

「それ笹田くんの? それが秘策?」
「そうだよ」

 二つの質問に同時に答えつつ、そんなに似合ってないかと自分を見下ろしてみる。
 薄い鼠色をした、伯父さんの工場の作業服だ。これならなにかしらの点検にきた作業員と勘違いしてくれるのではと期待してのことである。

「妙案なんだか愚策なんだか……。深夜に忍び込むのに大丈夫?」
「知らん」

 正直に答えた。
 萩山はそりゃそうだと笑い、コンビニ袋を伊織に手渡した。伊織は袋に手を突っ込み、おにぎりをひとつ取り出す。シーチキンマヨネーズ。

『ねぇー。本当にやんの? 真面目と書いてマジで?』

 スクルドが柱に埋め込まれた液晶画面に顔を映し、文句を言った。俺を含む全員が「何をいまさら」という顔でスクルドを見る。
 スクルドはしばらく全員の顔を見渡していたが、やがて諦めたように肩をすくめる。

「……笹田くん。支給品」

 伊織が俺の方を向いて、何やら色々と床に広げた。俺は彼女の前にしゃがみこむ。なんか露店でいかがわしい商品の説明を受けているような気分だ。
伊織は右端に置いたなにかの番号が刻印されている硬質なカードを取り、

「ICカード。これで一応入室セキュリティは解除できる。暗証番号を書いたメモもあとで渡す」

 次にさきほどと似たようなカードを手に取り、

「地下の電子錠の解錠キー。目的地はこの先」

 次に小さなボタンのようなものを手に取り、

「発信機。平面図を参照して途中までナビゲートできると思う。ケータイ使える?」
「お、ああ」
「じゃあ電波が続く限りナビゲートする。この受信機は敷地のどこかに置いといてくれていい」

 そして最後にゴツい鉄塊を手に取った。五センチくらいの厚さで平べったく、横一閃に黒いガラス状のモノがはめ込まれていて、ゆるく湾曲している。固定するらしきベルトなどからそれは仮面みたいなものだろうか?

「暗視装置。自家製だから大きくなっちゃったけど使い物にはなる。ただ三十分くらいしか保たない。電源はここ」

 受け取り、当ててみる。重い。付けていると肩が凝りそうだ。おまけにずいぶん大きくて、顔の半分以上を覆ってしまう。額まで覆われるので何だかヘルメット代わりになりそうだ。
 電源が入ってないとサングラスを掛けているように視界が暗い。電源スイッチの場所も確認し、ベルトを一人で着脱できるか確認する。大丈夫だ。

「……こんなものよく作ったな」
「手先は器用なほうだから」

 伊織は小さく笑ってそう言った。器用なだけじゃできないだろう、その知識に感嘆しつつ俺はその暗視装置を床に置く。ゴト、と思いのほか重々しい音がした。

「それより、ケータイの番号教えて」
「ああ、そうか。ナビ頼むよ」

 俺はケータイを取り出した。
 『それ』を見た伊織は小さく感心したように息をつく。なにも機種が珍しいだとかそういうことはなにもない。俺のケータイに取り付けられた真新しい付属品に対してだ。

「考えたね。確かにそれは便利かも」
「そうか? よかった」

 俺はケータイにコードを伸ばすそれを指先でいじくる。
 それは、ドライブ用のイヤホンマイクだ。両手を使わずに通話ができるという代物。あまり普及してないようだから不良品かもと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。

「ういっす、こんばんはっ」

 入店を報せる鈴が鳴り、慎也も到着した。近所のコンビニに買い物に行くような格好で姿を現した彼は、全員揃ってることに驚いたようだが短く詫びを入れるとニヤと笑った。
 気持ちは分かる。

「全員集まったね。予定より少し早いけど、五分も十分も変わらないね。笹田くんには本社に向かってもらおうか。慎也くんも一応ついてったげて、こっちに居ても仕事はないから」
「了解」
「分かった」

 俺は答えつつ床に散らばった潜入アイテムを集め、全部を持参のザックにしまいそれを背負った。伊織から暗証番号を書いたメモを受け取る。
 萩山が辺りを見回す。ノートパソコンのキーボードに両手を添えた伊織が萩山を見返す。最後に来て入り口に一番近い慎也が萩山を見返す。作業着姿でイヤホンマイクを付けた俺もまた、萩山を見返した。
 全員を見回した萩山は小さく息を吸い、

『総員、作戦開始!』

 スクルドが宣誓した。
 俺達は体を返して出入口に向かい、伊織はキーボードを叩き始め、セリフを土壇場で横取りされた萩山はたたらを踏む。迷子の子供のような顔で全員を見回す萩山は少し面白かった。


 はい、クソみたいな作戦ですね。ぐだぐだです。
 でもこのお話のメーンはあくまで誰がなんと言おうと「バトル」です。だからバトル以外は見なくたっていいのです。見られないならご都合主義が我が物顔ではびこっていても全然いいに決まってるのです。
 だめですよね。スミマセン。でもいい感じのが思いつかなかったんです……

 次回もまたご都合主義が恐ろしく映えるノンバトル。バトルがある次々回をお楽しみに!











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