仮想現実ゲーム 『ヴァルハラ』(15/24)PDFで表示縦書き表示RDF


仮想現実ゲーム 『ヴァルハラ』
作:和広



15th.DIVE ショウダウン


 エレベータの縦穴を昇る漆黒のエインを愚直に追うよりも、高速エレベーターを用いたほうが速い。どうせウォーリアでは追い付けないのだから万一見込み違いでも問題はない。
 私は足場を蹴り、深い縦穴を飛び降りる。真っすぐ落ちたら叩きつけられてアウトという果てしなく間抜けな結果になるので当然足場をたどりながら。
 やがて高速エレベーターの屋根に着地する。管理用の穴から降りて屋上のボタンを押し、上昇させる。すぐに屋根に戻った。
 両手に構えるナイフをもてあそびつつ上を見上げて追い付くのを待つ。
 途中から一面がガラス張りになり、絶景が広がる。だが私は感性が欠けてるのか高いところからの景色を見たって感心はしても感慨を覚えたりしない。
 景色を見ていた顔を上げて遥か高みの天井を見上げる。その途中に居るはずの漆黒のエインに思いを馳せる。
 全く、彼はなんて強さになっているのやら。正直陽子より強い。なにか天賦の才があるのだろう。
 だからって負けるつもりはないが。今日の彼はどうにも無駄な動きが多い。私が何かミスをしなければ勝てるだろう。
 そう思うが、現にこれまで決着が付いていない。私は気を引き締める。
 と、遠くに飛び跳ねる漆黒のエインの姿が見えた。私は両手のナイフを握り直し、臨戦態勢を整える。
 彼が私の乗るエレベータに気付くや壁を蹴り、私の立つエレベータの屋根の対角に着地した。当然その隙を突いて斬り掛かるがクナイで防がれる。

「容赦がないな」

 彼は私のナイフを弾き、立ち上がりながら呟く。そんな言葉に応えるほど私は愚かではない。
 彼もそれは承知しているのか、クナイを構える。両手のそれは逆手持ちだ。
 漆黒のエインの体が弾かれるように踏み込んでくる。私の右前に潜り込み、懐をえぐりだすような一撃を繰り出す。
 一歩二歩動いたところでかわせない。私は一歩足を引き、ナイフをクナイに重ねて弾く。
 突如彼の体が跳ね上がった。手も使わずに側転し、クナイに絡めた私のナイフを流しつつ体をひねって私の頭を狙う蹴り。
 その脚の進路上に左手のナイフを向けた。このままでは自ら脚を切断することに気付いた彼は脚を曲げて体を縮め、側転しただけで片足を地に着ける。
 が、その足を軸足として再び蹴りを繰り出した。あまりに速いその蹴りにガードは間に合わず、脇腹に直撃してしまう。
 脇腹はもちろん、背筋や骨盤に埋め込まれるような気持ちの悪い悪寒が、痛みの代わりにほとばしる。
 ガードの叶わなかった左腕を横薙ぎに振るい、彼の首を刎ねようとナイフを向ける。彼はクナイを使い私の斬撃を防いだ。だが、いくつも生えたいびつなナイフの刃に『噛まれ』て彼のクナイは斬撃に引きずられる。
 防御の退けられたむき出しの顔に右手のナイフを叩きつけようと腕を振る。
 彼は冷静に頭を下げてその斬撃を避けた。弾みでクナイがナイフから外れる。
 彼は床を蹴って、続けざまに私が振り下ろした斬撃もかわした。クナイが外れたことに気付かなかったか、彼が手を離したクナイが屋根に落下し澄んだ金属音を響かせる。
 と、彼が上を見上げた。その動作で私は理解する。
 天井が近い。
 このまま戦っていてはエレベータと天井に潰されてしまう。かといってワイヤを切断しエレベータを止めるなり、下に逃げ込むなりしようとすれば隙を突かれて殺される。
 四半秒の間に双方とも理解した。
 これはチキンレースだ。
 迫る恐怖に怯えてみすみす斬られるか、否か。
 自然、動きが止まる。緊張が跳ね上がり、お互いに相手の出方を窺う。
 時間が止まったような錯覚がもたらされた。錯覚に過ぎなかった。
 空気が引き裂かれ、停滞していた時が弾き飛ばされる。刃と刃が重なる音が響き、一瞬火花が散った。それが三度行われた。
 その三度目、鍔迫り合いが続くその最中に漆黒の無表情がささやく。

「怯えて判断を誤るほど愚かじゃないか。いや、伊織なら当然か」
「当然ね」

 刃を交えているときに私が言葉を返したのはこれが初めてだ。彼はわずかの驚きののちに笑いをこぼす。
 そして到着が近づいたエレベータが減速を始めた。
 漆黒のエインは身を離し、右手で大刀を抜く。クナイと大刀の組み合わせはリーチが違いすぎてやりにくそうだ。
 向こうもそう思ったのかクナイを投げてきた。左手を振り軽く弾いてやる。
 彼はその一瞬に鋭く踏み込んできた。半身に構えた刀は左脇を絞り右腕を上げる、刺突の構え。頭を狙うそれを半歩動いてかわす。
 彼は一歩踏み込み体の向きを変えると、手首を返して素早く袈裟斬りにつないでくる。
 両手のナイフを交差させて受けとめた。同時にナイフの刃を刀身に絡ませ、『噛み』つく。
 刀を引こうとしてしかしナイフに固定され抜くに抜けない彼へと私は回し蹴りを放つ。彼の防御は間に合わず、脇腹に食い込んだ。
 しかし今度は私の脚が彼に掴まれた。体勢が崩れ、刀を絞める力がゆるんで刀が引き抜かれる。
 彼が刀に意識を移した一瞬に私は足を引き抜く。間合いを詰めようとしたが、それより早く彼が大刀を振るった。
 舌打ちし、それを弾く。すると彼は斬撃の勢いを活かしたまま身を翻し、袈裟に振り下ろした刀を跳ね上げるようにしてエレベータのワイヤを斬った。
 当然私はその隙を狙って踏み込み、横薙ぎにナイフを振る。だが彼は足払いを受けたかのように体を投げ出してうつ伏せに倒れ、かわした。
 慣性による停止をやめたエレベータが落下を始め、緊急制動が耳障りな金属音を響かせる。体中に沸き上がる内蔵が浮き上がるような浮遊感を一切無視して私は戦闘の続行を選択した。
 倒れた彼に向かい、左手に握るナイフを上段から振り下ろす。だが彼は器用に体を転がして避けた。ナイフが虚しくエレベータの屋根に食い込む。
 転がった彼は壁ぎわで半身を起こす。それへ向けて食い込んだナイフを抜く間も惜しみ私は右手のナイフを投擲した。
 だが彼は起き上がりざまに、この攻撃を予想していたらしく斬撃を放ちこれを弾いた。
 全身のバネを活かして跳ね起き、追撃をする間もなく彼は跳躍する。壁を蹴って空中を踊るように刀を振るい、屋上へと繋がる扉を切り開いた。
 彼はすぐにその扉を潜って消える。
 私はナイフを抜くのを止めた。壁の鉄骨を足掛かりに跳躍し、扉にできた直角三角形の狭い隙間を身を屈めて通り抜ける。
 エレベーターホールを囲うガラスは正面のものが割り砕かれていた。
 そこを通り、正方形の屋上、その角に位置するエレベーターホールを出る。
 コンクリートの床のうえに散乱するガラス片を踏みしめ、風の吹き荒ぶ屋上を見渡す。
 まったく、何もない。柵さえない。まあ屋上は進入禁止で、あのエレベーターホール自体が展望台になっているから当然かもしれないが。
 そしてその一角に、彼が立っていた。大刀を地面に突き立て、柄には片手を置いて私を見据えている。
 鋭すぎる紅い相貌と猫背は相変わらず、全身から発せられるまがまがしさも相変わらずだ。
 私は腰のラックから長銃を取る。銃剣を床に突き、ゆっくりと円を描くように動かす。正面にきたところで手を止めた。
 彼と目を合わせる。
 正真正銘の、最終決戦。絶対に、ここで、勝負を付ける。
 そのことを言葉にせずともお互いに分かっている。そう肌で感じられる。
 風が吹く。
 空気が張り詰めるかのような緊張感。動くに動けない焦燥がぴりぴりと肌を焼く。
 風が吹く。
 極限まで集中し、自分と相手以外の一切をほとんど知覚できなくなる。腕の延長とさえ思えるほど体に馴染んだ長銃を握り直す。
 風が吹く。
 お互いの透明な殺気が場を侵食する。何物も何者もこの『神聖な場所』に入ることは許されない。
 風が、凪いだ。
 漆黒のエインは弾かれたように走りだす。地面に突き立てた大刀を押し倒し、傾いだ刀身を引き抜いて右後ろに流すように構える。構えつつ、疾風のように走る。
 それを見た私は半歩引いて銃口を蹴る。跳ね上げた長銃をすぐさま両手に構え、肩付けして狙う。
 照準具を見て狙うのではなく、体の筋に沿って構えた銃を操り身体で狙いを定める。正直、精確に狙える自信はない。だが慎重にやって戦える相手ではない。
 これまでの彼との戦いで適当に撃った弾がそれぞれ上手く飛んだ、それだけの事実に頼り、信じる。
 撃った。だが弾かれた。しかし私はその事実に自信を深める。
 撃つ弾は弾かなければならないほどに狙い通り飛んでくれる。これならば、十分戦える!
 目前まで迫った彼が大刀を振るい、袈裟に斬撃を繰り出す。私は銃身に付けられた銃剣でそれを流す。
 彼は身体を落とししゃがむような体勢を取ると刀を持ち直し薙ぐ。私の脚を膝から切り払うコースだ。
 私は脚を抱え込むようにして、後ろへと跳躍する。足のすぐ下を斬撃が抜け、風圧が足の裏をくすぐった。
 私が着地するかしないかというところで彼は右腕を私に向ける。クナイだ。
 迫るその凶器を払おうと私は構え、タイミングを合わせて銃剣を振った。

「ッ……!」

 突然クナイが何かに弾かれたかのようにあらぬ方へと吹き飛び、覚悟していた手応えの衝撃が銃剣に来ず、私は盛大に空振りした。
 彼はワイヤを付けたままクナイを射出し、私の間合いにクナイが入る瞬間にワイヤをロックしたのだ。クナイに引っ張られて緊張したワイヤは張力を存分に振るい、逆方向にと力を解放する。クナイはワイヤに引っ張られて吹き飛んだ。
 それに引っ掛かった私が空振りしている一瞬に彼は地面を蹴る。地を滑るかのような速さ!
 銃口を再び彼に向けるより先に彼が迫った。光の残像を残し駆ける大刀。
 間一髪、銃を戻すのは間に合わないと判断し腰にやった手はナイフを抜き、ギリギリで必殺の一太刀を流すことができた。肩の装飾は断ち切られて、落ちる。
 だがさすがの彼も振り下ろした大刀をすぐに取り回すことはできず、上半身がむき出しである。私は恐怖に凍り付いた身体を無理矢理に動かし、刀を弾いたナイフを振るわせる。
 首を断ち切る斬撃だったが、彼は思い切り仰け反ってかわした。私はその隙だらけになった身体を見て、半ば本能的に次の攻撃をはじき出す。
 ナイフは捨てた。急に放されたナイフは慣性に従い飛んでいき、床の上を数度跳ねて縁から落ちた。
 私はそれを感じつつ、空いた右手で彼の左腕を下から取った。長銃を持ったままの左腕は邪魔なので身体に抱えるようにする。そして身体を返し、彼の脇に自分の身体を潜り込ませて、自分の背に彼の脇腹を乗せる。

「はぁッ!」

 投げた。
 出来損ないの一本背負いのような投げ方で、彼の身体をいつのまにか迫っていた屋上の縁へと投げ捨てる。
 彼は一度バウンドし、そのときに左手が地面を掻くようにこすられたが甲斐無く、そのまま縁から零れ落ちた。
 長銃を構えて私は彼が落ちたほうを慎重に覗く。彼はワイヤ付きのクナイがあるのだから、おとなしく落ちていくはずがない。
 気配を殺して縁へと近づき、下を覗くと同時に下へ向けて長銃を撃った。
 たが、弾は虚しく空を切り、雲霞でかすむ遥か下方へと飛んでいく。どこを見ても人影はない。

「落ちた……? そんなバカな」

 独語し、先程よりさらに念入りに壁面を調べて……クナイが穿った穴の跡が見えた。クナイはないが、彼は生きている。

「……ッ」

 戦慄。
 風を切る音とコンクリートを擦る小さな音。
 ある種の恐怖に急かされて首を向ければ、下から浮き上がった彼が屋上に着地する姿が見えた。
 切られたワイヤが一瞬だけ宙を踊り、縁から零れて消える。
 同時に彼の身体が膨れ上がった。違う、漆黒のエインは駆け出したのだ。
 瞬く間に距離は詰まり、彼は一太刀振るう。私は辛うじて銃身でそれを防いだが、鍔迫り合いに持ち込まれた。
 虚を突かれて反応の鈍いうちに彼は猛然と私を押して、二人もつれ合うように縁から落ちた。

「な……っ? なッ!」

 私の戸惑いに構わず身体は勝手に落ちていく。完全に宙にある身体は空々しい虚無感に覆われ、何もできる気がしなかった。
 彼が大刀を振るい、私の身体を弾き飛ばす。踏ん張りもなにもできない紅蓮のエインの身体はあっさり吹き飛ばされた。
 きりもみ回転はバーニアスラスタを吹かせて止めるが、この火力では落下をどうすることもできない。
 全身を風に叩かれるなか、バーニアや身体の手足を使って私へと突進してくる漆黒のエインを視界に捉え遅まきながら気付いた。
 彼にはクナイがあり、私にはない。私は落下に為す術がなく、彼は始めからこれを狙っていたのだと。
 だからこそのタワー、だからこそのエレベータ。全ては彼の計算通り。
 軽々と彼の術中に填まった自分の愚かさを呪う。
 呪いつつも、銃を握り直す。バーニアで身体の揺れを強引に止める。

「要は、先に彼を撃ち落とせばいいだけ……!」

 そう、私はまだ負けたわけではない。
 負けたわけではないということは、勝つ手段はまだあるということだ!
 突進してくる漆黒のエインが刀を立ててぶつかってきた。銃身でそれを受け、鍔迫り合いになる。
 足が自由なのでお互い踏ん張りも利かず威力のまるでない蹴りを放ち合い、自然と離れた。
 バーニアを吹かせて身体を回し、銃口を彼へと向けて引き金を引く。反動(キック)で私の身体が回った。バーニアで戻す。
 見れば弾丸は軽く弾かれたらしい。彼は手足を胴に付け、猛禽類の狩りのように突っ込んでくる。
 袈裟掛けに切り裂く斬撃を防御に捧げるように両手で構えた銃身に受け、私の身体は下方へと加速。身体を翻しバーニアを下へと吹かして速度を緩和させる。
 私は銃口を再び彼に向ける。続け様に三連射。今度は逆方向へとバーニアを吹かせておいたため反動で動きはしなかった。
 だが彼はそれをかわした。身体を目一杯広げて空気抵抗を増加させ、落下速度を緩める。私の弾丸は彼の下を通るか彼の手ずから弾かれた。
 そして身体が雲霞に飲み込まれた。濃い霧に視界が阻まれ、彼の姿を見失う。
 銃を油断なく構え、首を巡らせながら毒づく。

「クソ……ッ」

 悔しいが、勝つのは難しいだろう。彼は空中戦に慣れている。
 だからといって諦める気はないが。
 と、雲霞を突き抜けた。遥か下界の雑然とした灰色のビル群が見える。他にも漆黒のエインの姿も。
 大きく銃剣を振った。接近しようとしていた彼を牽制し、直後腰だめに銃を構え撃つ。
 しかしかわされた。私は続けて銃口で彼を差し、引き金を引く。
 大刀を振って弾かれ、直後彼は両手足を広げて空気抵抗を増し急減速した。漆黒のエインの姿が一瞬視界から外れる。
 首を振って再び彼を視界に入れたときには彼はワイヤをどこかに伸ばしていた。
 焦燥に駆られ、銃を彼に向け撃つが弾かれる。彼の手がワイヤを掴みおもむろに思い切り引っ張った。
 ぴんと張ったワイヤは張力によって漆黒のエインの体を弾かれたかのように吹き飛ばす。
 為す術もなくそれを見送った直後、仰向けになっていた私の周囲に高層ビルが突然生えた。そう思った瞬間、後頭部を殴られたような衝撃とともに私の視界は赤黒く染まる。


 ええと、大変遅くなって申し訳ございません。
 ようやく伊織と笹田の勝負が終わりました。次からは視点が笹田に戻るわけですが、なんか混乱を招きそうですね(汗
 ですが、最強の座に君臨していた戦姫伊織から見ても目覚ましい笹田の実力、というやつを見せたかったんです。プレイ回数を重ねるごとに強くなっていたらしい笹田は、誰からも侮られてましたねえ。いやホントいつの間に強くなったんだろう?

 次回、ワルキューレ救出作戦がゆっくりと胎動します。が、バトルはないですので読み流す程度に(謎











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