仮想現実ゲーム 『ヴァルハラ』(12/24)PDFで表示縦書き表示RDF


仮想現実ゲーム 『ヴァルハラ』
作:和広



12th.DIVE 決闘


 目に痛い光とともに広がる視野。そこには見慣れた世界があった。
 高層ビル街にも似た景観に、空に架かる半透明なロードラインのチューブ。遠くには雲をまとう、天にも届くようなバベルの塔……シンボルタワー。私はそんな路地に立っている。
 やはり、ステージのデータは更新されていないようで未来都市のままだ。
 かつて共闘してワルキューレを護った同士が、このステージで戦うことになろうとはなんという皮肉であろうか。
 ふと気付けば、傍らには萩山陽子が立っている。
 冠をかぶったような頭は優美さのうちに醜悪さを内包しており、奥が深い造形である。全体的にすらりと細いそのエインは、橙色をしている。

「イオ! 頑張ろうね!」

 陽子に励まされ、私は複雑な気分になり頷いた。戦乙女を破棄から護るための作戦に参加させるか否かを決めるための戦いであることを、果たして彼女は覚えているのだろうか?
 私の代わりに頷く体は、荒々しい紅蓮のエイン。


 突如空を割る可憐な声での大音声がとどろく。見ればカフェのメインサーバに入っている、ワルキューレの『分体』とも言えるような存在がペガサスを駆って空に在る。
 彼女の名はスクルド。ワルキューレの劣化タイプにして心を持たないAI。
 同時にこのカフェのヴァルハラを司る重要なOSでもある。
 複数機のヴァルハラを置く際、それら全てを本社に管理させるより一部をこちらで担ったほうが作業が早い、という考案から生まれた情報整理用のツールだ。
 彼女の役割は戦乙女の縮小版のようなルーチンワークと戦乙女との情報のやりとり。スクルドのお陰でカフェ内としてみれば作業が大分効率化した。

「イオ。スクルドの説明は聞き流していいっしょ? 各個捜索から撃破で」

 陽子は相変わらず血気盛んだ。作戦としては異論がないので私は頷きつつ、一応と忠告しておく。

「気を付けて、油断はしないように。笹田くんは卑下も増長もない、ある意味厄介な相手だから」

 私がそういうと、陽子は驚いたふうに軽く仰け反った。

「へぇっ。イオが褒めるなんて、珍しいこともあるもんね。でも見た感じそれは過大評価な気がするけど」
「見かけに騙されないほうがいい。戦隊モノのザコキャラみたいなナリしてるくせに彼はガッツがある」

 私は片腕損傷しただけで動きが相当鈍ったのに、彼はエインが中破するまで戦い続けられたのだ。あの忍耐力は恐ろしい。
 陽子は一応警戒する気にはなったようで、片手を振って私に別れの挨拶を軽く済ますと路地を駆けていった。
 私もそろそろ動かなければ。遠くで悲鳴が聞こえた気がしたが、陽子が行った方向なので私が出向く必要はない。
 右腰から下がるホルスターと後ろ腰のラックに掛かる銃剣の存在を確認し、私はホルスターから生える柄を握り引き抜いた。
 人食いナイフ。それは言わば柄に灯る焔。いくつも刃が曲線を描いて生えており、そのシルエットは円にも近い。

「さて、と。どんな戦いになるやら」

 ふと見た空のウインドウには、あの漆黒のエインが映っていた。猫背が彼をあなどらせ、無機質にして鋭く紅い相貌がこちらを焦らせる。まがまがしいそのフォルム。
 スクルドが彼を高らかにこう称えた。

「『影』! プレイヤー春樹!」

 私は最後まで見ずに地面を蹴る。時間は有限なのだ。あんなものを悠長に眺めている時間などない。
 ビルの窓枠に足を掛け、壁と水平に跳躍。バーニアで体勢は微調整。身を翻して屋上に着地する。
 対角まで走り、跳躍。私の足が次のビルを捉えたとき、スクルドが宣言した。

「バトル、スタート!」

 武器の使用制限が外された。
 と、同時に派手な爆音。
 私は思わず足を止める。再び爆音が聞こえた。

「まさか、もう接敵?」

 爆音は陽子の火炎だ。それが聞こえるということはそうなのだろう。
 しかし、もう接敵とは早すぎだ。彼らは身を隠したりしなかったのだろうか。

「……説明してない。プレイヤーが有利な位置から試合を始められるようスクルドが演説するって……」

 ……しなかったのかもしれない。これはこちらの落ち度だ。一度は見逃す必要があるだろう。
 とにかく、私は陽子が居るであろう方角に足を向けた。陽子の腕なら二対一でもまず負けはしないし、そもそもせめて対等な状態に持ち込むはず。心配は無用というものだ。
 火炎弾が一筋彼方へと放たれる。案外乱戦なのだろうか。
 幸いにも戦闘区域は遠くではない。この距離ならすぐに着くだろう。私は体勢を整え地面を蹴った。
 タン、タン、とリズムよく屋上を蹴って跳ぶ。この眼下を地面が流れる感覚が好きだ。躍動感がある。
 遠目に屋上に立つエインの姿が見えてきた。だが、一人しか居ない。橙のそれはなにか苛立たしそうにビルの向こうを見ていた。
 私は陽子の立つビルに跳躍、膝を曲げて衝撃を和らげるように着地する。
 こちらを振り向く彼女に私は歩み寄りつつ尋ねた。

「どう?」
「イオの言う通り。すごい上手いよ、笹田くんは。あたしがあんな簡単に……」

 陽子は軽く頭を振る。
 何があったのか気になるが、ここで聞いたら彼女の逆鱗に触れることになる。私は素直に陽子の見る方角に目をやった。
 立ち並ぶビルは沈黙して純白と漆黒の二人を押し隠すようにも見えた。

「じゃあ、これからどうする?」

 陽子が尋ねてきた。
 私は彼女に振り向き、なんということもなく言う。

「さっきと変わらず。各個撃破でいいよ」
「了解」

 陽子が短く答え、ビルから飛び降りた。この高さからならエインの身体能力を以てすればまったく問題なく着地できる。補正がなくたって、エインというものは人間をはるかに凌駕しているのだ。
 私も、彼らを追わなければ。今の一戦で陽子と実力が拮抗していることは分かった。油断していると一杯食わされるかもしれない。
 私は身を軽く沈め、全身のバネを使い跳躍した。
 ビルからビルへ、跳躍しながら見回すがさすがに向こうも屋上を跳んで姿をさらす愚を犯していない。
 こちらの姿を見て攻撃してこないだろうか。不意を突かれるならともかく、正面切っての戦いに負ける気はしない。
 着地したとき、ふと狭い裏路地を見下ろした。
 身軽な漆黒のエインくらいしか壁蹴りの二段跳びなどできはしない。だから、このような裏路地は合間を跳ぶわけにも行かず、こうして見下ろさなければ見ることができない。屋上からの捜索におけるうってつけの隠れ場所だ。

「行く価値はあるかどうか微妙なところ、か……」

 入り組んだ裏路地を走り回っても見つけられる可能性は低い。入れ違うこともしばしばだ。
 だが、他に当てもない。
 私は、雨樋や窓枠などを足掛かりにスルスルと降りていった。
 降りてみるとそこは狭いうえ薄暗く、予想以上に居心地が悪い。

「埃っぽい……かび臭い……」

 私はエインに表情が表れないと知りつつも眉をきつく寄せて不快に耐えた。
 いびつに歪んだ投げナイフを構え、私は土地勘などまるでない裏路地を走る。
 願わくば、早く出会って表に出れることを。

 そうして走り続けること数分。人影どころか人がいた痕跡すら見えない。そろそろ諦めて屋上に戻ろうか、と考えていた頃。
 突如として空を割り響き渡る轟音!

「なに!?」

 私は断続的に鳴り響く轟音の正体を確かめようと表通りに飛び出した。
 狭い路地では反響しまくって判断などとても出来なかったが、ちゃんとその音を聞いてみればそれは陽子の繰り出す爆音だ。
 手近なビルの屋上まで登り、方角を確認する。土煙が立ち上っている方向なのでそちらへと跳躍した。
 近づくまでのわずかな間に爆発が十数回。やたらに爆破させているということはおそらく二対一に持ち込まれているのだろう。
 ようやく戦闘区域に到達した。私は投げナイフを捨て、腰のラックから銃剣を手に取りつつ屋上から様子を窺う。
 ひどい有様だ。建物も道路も焼け焦げて、砕け壊れて瓦礫に塗れている。その中に見える壁に刺さったクナイや弾痕が戦闘の激しさを物語っているようだ。

「陽子!」

 私は叫ぶが、その声に振り返ったのは違う人影だった。
 風が粉塵を割って現われる影はひょろりと細長く、全体的にシャープなその姿はまるで悪夢の具現。仮面のようにのっぺりとした顔には、無機質にして鋭すぎる紅い相貌。
 大刀を左手に提げる猫背がちな漆黒のエインが路地に立っていた。
 彼は私を視界に認めると身構える。

「伊織!」

 叫びつつ、彼は即座に動きだした。私も迎撃すべく銃剣を肩付けして構える。
 ろくすっぽ狙いもせずに一発放った。威嚇および足止めの一撃だ。その弾丸はなんと道路を駆ける漆黒のエインのちょうど足元を穿った。

「……くっ!」

 ところが彼は足を止めることをしない。腕がちょっと身に寄せられただけで、それ以上ひるんだ様子も見せず走り寄ってきた。
 どうやら彼はワルキューレ護衛ミッションの一件で数回死にかけただけに、クソ度胸を身につけてしまったようだ。
 私は次弾の装填を待たずに狙いを定める。自動で装填されるのだから、予め狙っておいて装填と同時に引き金を引くほうが効率的というものである。
 銃口が彼を捉え、装填が完了する。
 だが、彼はそのタイミングを知っていたかのように跳躍し一瞬狙いから逸れる。ワイヤー付きクナイやバーニアを使って小刻みに体勢を変えながら隣のビルの屋上に立った。
 私は銃剣を腰だめに構え直し振り向きざまに発砲する。彼はその弾を大刀ではじき防ぐ。

「さて、どこまでできるやら……!」

 彼はそう叫んで地面を蹴った。速い彼のエインは強引な足さばきで進路を小刻みに切り換える。銃で狙うのは困難だと判断した私はやや前傾の体勢を取った。
 銃を右手だけで持ち、左手を右腰に回す。右腰に下げられたホルスター、そこに生える無骨な柄を握る。
 引き抜くなり、私は不慣れな左手ながらフリスビーの要領で投げ付けた。ヴァルハラの命中精度補正が自動で私に手を貸し、時折私って制球力が物凄くあるのでは、と勘違いさせる。
 見事漆黒のエインのど真ん中、胸の中心へと飛ぶ投げナイフは彼が大刀を振り抜いて弾き飛ばした。
 だが、始めからその隙が欲しかったのだ!

「――ッ!」

 息を詰め、気合いを込めて両手で銃剣を構え直す。漆黒のエインはまだ体勢を整えていない。
 腰だめに構え、銃口を彼に向ける。漆黒のエインが必死にバーニアを吹かすがいまさら遅い。
 私は引き金に指を掛け、容赦なく引いた。
 銃口が火を吹き弾丸が射出され、反動(キック)が私の両腕と銃床を支える腰を圧迫する。
 直前。
 彼はビルとビルの間に消えた。
 私が放った会心の弾丸は虚しく宙を貫く。彼の胸が先程まであったところだ。
 私は驚いて思わず銃を持ち上げる。何が起こったのか考える前に先の隙間に駆け寄り、下を覗く。そこに彼の姿はなかった。
 また、窓が割られた形跡もなく、建物の中に逃げ込んだ可能性も否定される。
 私はなにがなんだか分からずに顔を上げ……、逆に全てを理解した。
 目の前の屋上の淵。小さな段差になっているそこが削れて割れている。おそらく彼が足を出してつまずいたのだろう。
 コケたのだ。わざと。
 そうすることで彼の体は倒れ、隙間に零れ落ちる。バーニアでも使って体を反転させて足から降りれば即座に逃走が可能だろう。
 つまり、

「逃げられた……」

 というより、みすみす取り逃がしたのだ。
 油断した。双方損傷皆無だが、接敵しておきながら何も出来ないというのはなかなかに悔しい。
 これは先ほど決めた『見逃す』に入るだろうかと考えて、否定した。私が見逃したのではなくまんまと出し抜かれたのだ。自分の非を都合よく解釈してはいけないと思う。
 私が立ち尽くしていると手元にウインドウが現われ、陽子から通信が入る。

『ハロー伊織。そっちに笹田くんが行ったでしょう、損害は?』
「損傷なし」

 気取った挨拶から始まる通信に呆れつつも短く答える。そして、ふと私が彼を取り逃がしたことを知っているような口振りを不思議に思った。

「陽子、どうして私が笹田くんを取り逃がしたことを知ってるの?」

 素直に尋ねると、苦笑して陽子が答えた。

『あ、やっぱ取り逃がしたんだ? いやね、あたしも慎也くんとやり合ってたんだけど、彼がウインドウで笹田くんに撤退する旨を伝えていたから』

 ふむ、と顎に曲げた人差し指を沿える。幼少期マンガで見たものを真似ているうちに地になってしまった、私のクセだ。

「彼らは連携してるのね。慎也くんはどうだった?」
『うーん、下手ではないけれど、笹田くんよりはダメかな。まああたしの苦手なスタイルだし、お互いに善戦したと思うわよ』

 笑って言うが、その声には苛立ちが滲んでいる。
 おそらく慎也くんにも損傷を与えられなかったか、少ししか傷をつけられなかったのだろう。彼らの技術に、改めて舌を巻く。
 こないだ始めたばかりの弱輩だと思っていたが、連日ヴァルハラに通い詰め瞬く間に腕を付けていった。あのやり込みようは並みではない。
 実力は拮抗。決着は簡単にはつかないだろう。
 全く、面白い。

『とりあえずあたしはこれまで通り探す予定。どうする? こっちも連携する?』
「そうね、お互いなるべく近くに居たほうがいいかもしれない」

 私はすぐにそう答える。
 陽子は短く同意を示し、私は顔を上げて辺りを見回した。彼女が火柱を上げて居場所を報せている。
 私はそちらに向かった。ビルを一跳び、二跳び。彼女のいるビルに着地する。

「やほ」
「……やあ」

 橙のエインが片手を挙げて挨拶してきた。私は返事に困り、とりあえず彼女に合わせる。
 じゃあ行こう、と陽子がビルを蹴った。私もあとを追う。
 ウォーリアの私はウィザードと同等しかスピード性能がない。ただ彼女のはアタックタイプで、私のはスピードタイプだから、私のほうがわずかばかり速い。

「しっかし、厄介なもんねー。あいつらかなり強いんじゃない?」

 陽子が愚痴った。彼女は事物が滞ることを嫌う。

「最初にそう言った」
「それは笹田くんだけだったでしょーが。だからマジだとは思わなかったのよ。慎也くんも悪くない腕してるもんねぇ」

 素っ気なく私が言うと、それ以上に素っ気なく陽子が言い返してくる。しかも慎也くんをずいぶんと評価している。
 私は彼のプレイを見たことがない。警戒したほうがいいのだろう。
 苛立ったふうに陽子が呟いた。

「つーかさ。あいつらどこよ」

 知らないよそんなの、と答えようとした矢先、空から声が降ってきた。

「向こうの、シンボルタワーのほうね」
「は?」

 私たちは揃ってうえを見上げた。そっくりなその反応にそいつも不思議そうな顔している。

「何を言ってるの?」
「いやだから、あの二人の居場所でしょ?」

 私が訝しげに問うと向こうも怪訝そうに繰り返す。

「そもそも、なんであたし達に教えちゃうわけ?」

 陽子が的確な問いを発してくれた。
 その問いに、先程まで傍観者でしかなかった彼女……スクルドは唇を尖らせて答える。

「そっちが聞いたから答えてあげたんじゃない、あなた達礼も言えないの。私だっていつまでもボサッとしてたら暇になるわ、戦ってくれないとツマンナイの」

 なんという自分勝手か。こんな人間は身近に置きたくない。
 言うだけ言って機嫌を損ねたスクルドはペガサスを駆って離れていった。
 それを見送り、陽子が聞いてくる。

「どうする、行っちゃう?」

 迷う。不正にリークされた情報を使って戦うのはとても卑怯だ。

「うー……」

 唸ってみた。
 陽子が苦笑してひらひらと手を振った。沈思していた私が顔を上げると彼女の冠をかぶったようなエインが肩をすくめる。

「迷うのは分かるわ。全く厄介な物を寄越してくれたものね。絵に描いたような有り難迷惑だわ」

 彼女は相変わらず身も蓋もない。
 やれやれとばかりに腰に手を当てて周囲を見渡す。
 そんな無造作な所作が許されるのも陽子がウィザードだからこそだ。即座に使える対抗魔術を編み出している彼女でなければ、とてもそんな油断はできない。
 もっとも、陽子は動作が無造作で隙だらけに見えても、決して油断しているわけではない。あくまでそう見えるだけ、なのだ。

「とりあえず今まで進んでた方向に行ってみようか」

 陽子がそう提案した。私に異存はない。
 通じてるのかも分からないアイコンタクトをして頷き合い、私達は屋上から跳躍する。

 彼らに出会ったのは、そのすぐあとだった。


 なななんと、伊織視点にての展開です。いえ、ちゃんと理由はありますよ。
 ただ、今回のような小規模戦闘の繰り返しでは分かりにくいかもしれません。次回はもう少し派手に立ち回ります。もちろん伊織視点で。
 それにしても伊織のモノローグは書きやすい。笹田と一人称が違うだけだものなあ……。
 それはさておき、陰謀と策略と火炎と銃弾と刃物が飛び交い巡り合う次回をお楽しみに(謎











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