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仮想現実ゲーム 『ヴァルハラ』 作者:ルト

1st.DIVE 仮想現実ゲーム

 広い。そしてうるさい。
 イメージアップ戦略のつもりだろうか、所々に観葉植物なんぞ置いてある明るい屋内はにぎやかな喧騒や効果音やらが辺りに溢れ返っており、俺の聴覚は休む暇がない。
 やたらと広いそこには人がひしめきあっていて、しかもその人々は全てが若者だった。

「うはぁ、話には聞いてたけどスゲーな!」

 隣で感嘆の声を上げる慎也と、俺の内心は一致している。
 ゲームセンター。俺たちが居る場所を端的に言えばまさしくゲーセンだ。
 あちこちで筐体に向かって腰を曲げてガチャガチャやってる人などが居る。ユーフォーキャッチャーの前で嬌声を上げるカップルも居る。バーチャルリアリティーが幅を利かせる今、インベーダーゲームを置くここの店長のセンスは分からない。
 だが、俺たちの目的はこれらではない。

「あー、『ヴァルハラ』は……奥の方かな?」
「ここに無いってことはそうなんだろ?」

 『ヴァルハラ』。それこそがまさしく俺たちの目指すゲームだ。
 仮想現実にヒトの意識を投射できる技術ができてからというもの、仮想現実のライフシミュレーションなどが相次いでリリースされた。
 正しくは意識を投射するのではなく、視覚や聴覚などに直接信号を送受信して騙し、いかにも本物であるかのように錯覚させる。そして随意筋への神経伝達を脊髄の時点で読み込み、仮想現実へ投影させるとかなんとか。
 説明だけ聞くと何だかおぞましいが、結局は仮想現実世界を自由に闊歩できるということらしい。

「うあぁぁ、なんか今からヴァルハラできるとなると興奮してきたぁ〜!」

 必ず奇声で感動を表してから喋り始める慎也だが、軽く身悶えするさまはいささか気色悪い。俺は少々慎也と間を置きながら奥へと歩いていく。
 と、一際明るく広いところに出た。仮想現実ゲームは本体が巨大なため特別広いスペースがあてがわれるのが通例だ。
 このゲームセンターはかなり広い方なので、仮想現実ゲームの数も五種類二席ずつと豊富にある。二種類くらいが普通なので、かなり充実していると言える。
 慎也が『ヴァルハラ』筐体に小走りに向かった。俺もすぐに後を追う。
 半ば寝かせるような傾斜の座席に座り、カバーを掛けられ座席に包まれるような風情になる。座席の前にはスクリーンが置いてあるが、これは宣伝や観客のための物だろう。
 慎也がヴァルハラの座席を間近に見て興奮をさらに高めた。

「うおぉ、ヴァルハラだ! なあ笹田、はやくやろうぜ!」

 俺を呼び立てて慎也は五百円硬貨を投入するなり座席に身をうずめる。はしゃぐ慎也に呆れつつも、コインを投入して隣の座席に腰掛けた。
 意外に柔らかい。体を包み込むような感触は気持ち良いかもしれない。俺がしきりに感心していると、目の前に設置してあるスクリーンが、肘掛け近くにあるカバーを下ろすボタンを押すよう促していた。
 傍らの慎也をうかがってみると、目が合った。お互いに苦笑する。

「うっし、行くか?」
「ああ、予習はバッチリだ」

 言葉を交わし、ボタンを押し込む。カバーがゆっくりと下りてきて、視界を阻んだ。目を開けてるのか閉じてるのかも分からないような闇が全身を覆う。
 頭全体に圧迫感。同様に頸部も覆われる。真っ暗なのでなにをされてるのか分からないが、痛みはない。もしかしたら痛くないだけで脳みそや脊髄に電極でも打ち込まれているのかもしれない。
 と、馬鹿なことを考えていると不意に眼前に世界が広がった。真っ暗な世界に碁盤の目のようなラインが淡く輝く、典型的なサイバー空間だ。
 手元に厚さのない画面が現われた。ウインドウだ。キーボードにもディスプレイにもなるこれを使って設定などを行う。
 まずは指示どおりに初期設定を行って個人登録し、パーソナルデータを記録するカードを貰うはずだ。プレイ記録やプレイヤーデータはそのカードに記録されるようになる。次からは肘掛け近くのスロットからデータカードを読み込み、プレイをすることとなる。よし、予習はしっかり身についている。

『ヴァルハラへようこそ。初めてのお客さまは初期設定を――……』

 虚空から聞こえてきたアナウンスはノイズを撒き散らして途絶えた。訝しむ間もなく、目の前にウインドウと同じように少女の姿が唐突に現われる。

「ヴァルハラへようこそ。初めてのお客さまは初期設定を行い、データカードを作成してください。以降、データカードをスロットに入れるだけでプレイデータは記録されるようになります」

 彼女はガイドキャラクタのようだ。確かに鎧と羽根のついた兜で身を固め、槍と盾を持つその姿は、神話のヴァルハラへ誘うワルキューレのようだった。
 彼女の指示に従い、名前やらなにやらの簡単な設定を進めていく。

「プレイキャラクターを設定してください」

 ワルキューレの言葉に合わせてウインドウに映る映像が変わった。人型を模した鎧の人形らしきものが画面に現われ、選択状態らしいものがゆっくりと回転している。
 ヴァルハラはゲーム世界ではこのエインヘルヤル……巷では略してエインがプレイヤー自身となる。
 エインには戦闘方式別のスタイルにそれぞれアタック、スピード、ディフェンスのタイプがあり、多種多様の組み合わせが楽しめるのだが、その膨大な中から自分に合ったものなど選び出すのは難しい。

「最適選択を実行します」

 迷った矢先にワルキューレがそんなことを言った。そして画面が勝手に動き勝手に選択してしまう。

「……は? ちょっと待てよなんだそれ!」

 俺の抗議の言葉など無視して選択画面は勝手に進行する。エイン選択が終わると次に武器選択。
 ヴァルハラの武器選択は実に多様で、初期こそ組み合わせが決まっているが、別窓口でオーダーメイドできるのだ。グラフィックも膨大で、まさしく自分だけの武器でプレイできる。
 性能はどれも一長一短だが、それはプレイヤー次第で武器は強くも弱くもなるということだ。
 なのだが。
 勝手に武器が選択され、進行していく。主要武器が大刀、補助武器がクナイ。スタイルとタイプといい、武器といい、どうやらこのワルキューレは俺を忍者にしたいらしい。

「設定完了しました」

 平然と言い切り、俺に確認を求めるように目の前にそのエインが出現した。
 俺はその鋭角的なフォルムのエインを見る。
 仮面をつけているかのようにのっぺりとした顔には不釣り合いなほど鋭く輝く紅い相貌。全体的にシャープで忍者というよりアサシンといった感じだった。
 腹立たしい。

「こんな、勝手に設定しやがって……」

 腹立たしい。実に腹立たしい。
 俺はそのエインの表情など有り得ない相貌のみの顔を睨み、ウインドウに目をやった。ウインドウには承認と再設定の二つが表示されている。
 俺は迷わず選択した。

「承認!」
「承認。プレイヤー笹田はこのエインヘルヤルとなってゲームをプレイします。仮想現実世界降下(ダイブ)!!」

 ワルキューレが復唱して俺を仮想現実に飛び込ませた。腹立たしいことに、あのエインは実に格好良く俺好みだったのだ。
 苦笑しながら目の前に痛みをともなった光とともに広がる世界を見る――。



 目の前に広がったのはどことも知れない市街だ。高層ビルが立ち並び、さながらコンクリートの密林となっている。人など居るはずもなく、突き抜けるような青空と閑散としたゴーストタウンは言い知れない不安をあおる。
 俺は自分の姿を見下ろしてみた。
 漆黒の小手に胸当てや肩のアーマー等々、どこからどう見てもエインだ。小手に映りこむ高層ビルを見、ビルに反射する自分の姿を見て改めてここが仮想現実であることを確認する。
 手足を動かす感触は現実のものと遜色ない。地面を踏みしめる感覚もそう。
 風が吹いた。ビル風は迷惑なくらい強い。

「律儀なまでにリアルだな……」

 ここには一分の手抜きも見られない。地面はおろか風や日の光まで、隅から隅まで完全無欠に現実的だ。
 と、ウインドウが唐突に現われた。こんな面で現実性に綻びを出すのが滑稽に感じられる。
 ウインドウには慎也のエインが映っているようだ。スタイルはナイト――武器を中心とした戦術で性能に死角がない――でタイプはスピード。主要武器は長剣、補助武器は拳銃。妥当な選択に思える。
 と、傍らに急にエインが現われた。見ればそれが慎也だ。どうもこの世界はキャラクタの出現が唐突な気がする。

「うわっ、と……。おう、笹田! 待たせたな」

 ナイトヘルムで頭を隠していかにも騎士然としたそいつは天辺から爪先まで純白で、頭頂部から後ろに向かって黄色いたてがみが吹いている。腰に帯びた白銀の長剣も何もかもきざだ。

「……ダサ」
「んなぁっ!? おうおう真っ黒な影男サンに言われたくねぇなっ!」

 大げさな動きで手の甲を俺の胸に当てる。突っ込みの動きらしい。
 呆れ返っていると、ウインドウの画面が変わった。慎也の手元にもウインドウが現われている。
 ウインドウは、二人で協力してミッションクリアを目指す旨を説明していた。ミッションは標的の破壊。
 ウインドウに選択肢がないことに気付いた慎也がうなる。

「んん? ……なんだ。ヴァルハラって対戦は出来ないんだな」
「俺は知ってた。ミッションでも気を抜くなよ。なんか嫌な感じだ」

 俺は慎也に注意を促し、ウインドウに流れる標的の情報を読み取っていった。標的はNPCのエイン。スタイルはベーシックで、タイプはディフェンス。制限時間は三十分らしい。

「あん? ミッションに三十分も掛かるのか?」

 慎也が訝しげに声を出したその時、俺は反射的に慎也を突き飛ばして反動で飛び退いた。風を切る音がして、
 俺たちが居た位置の二人の中間にスローイングナイフが突き立つ。
 慎也がスローイングナイフを凝視する。俺はナイフが飛んできた方向に目をやった。
 あからさまに敵っぽい毒々しい紫色のエインが高層ビルの屋上に立っていた。標的を示す円環がそのエインについている。

「抜かるな慎也! もうゲームは始まっている!」

 慎也の白いエインの腕を掴み、駆ける。それを追い立てるようにスローイングナイフが次々と道路に突き立った。
 俺たちが路地に逃げ込むのと、そのビルの壁をスローイングナイフがうがったのは同時だった。

 細い路地裏を飛ぶように駆ける俺たちだが、ゆっくりと速度を落とし、歩きにまで落とした。
 慎也が補助武器の拳銃を手に取りながらぼやく。

「あー、くそっ。開始の合図とかナシかよ」

 全くだ、と俺は心中で同意する。ヴァルハラは変な所までリアルに作っているらしい。
 変にリアルなのは敵が不意打ちを仕掛けることだけではない。

「……マップもレーダーも無いのか……」

 無いのだ。ゲームに必要なそれが。
 これでは敵の接近に気付けないばかりか、敵を見つけだすのにも骨が折れる。
 しばらく路地裏を縫うように歩いていると慎也が尋ねてきた。

「なあ、笹田のエインはどんなのなんだ?」

 その疑問に俺は振り返って、聞き返すことで答えに代えた。

「ウインドウで見れないのか? 俺はお前の性能見れたぞ」

 あん?、と声で尋ねつつも慎也はウインドウを呼び出すことに成功し、俺のエインの性能を表示させた。

「……ん。なんかトリッキーだな。スピード重視か」
「まあな」

 実は俺が選択したわけではないのだが、承認したのは事実なのでわざわざ言及しない。
 しばらく歩いていると大通りに出る道が見えた。振り返って慎也に尋ねる。

「どうする、そろそろ大通りに出るか?」
「あー、そうだな」

 俺は補助武器のクナイを準備する。
 補助武器はエインのどこにでも配置できるほか、一定時間で補充されるため多彩な戦術が可能になる。慎也のように長剣に対する拳銃というふうに欠点を補うのもいいが、複雑な戦術が出来る点にも注目したい。
 たとえば、ハンマーが主要武器だとすると、補助武器がスローイングナイフなら、ハンマーで打って豪速で叩き出すこともできる。無論それ相応の技量も必要だが、大部分は裏でシステムがサポートしてくれるそうだ。
 ちなみに俺の場合は、臨機応変な使用法だといえる。
 右の小手が少しせり上がりクナイが鋭利な刃を覗かせる。俺はこれを射出して中距離武器に代えるのだ。

「行くぞ」

 慎也に合図して、大通りに飛び出す。予想通り追跡していたらしい標的のエインがスローイングナイフを投擲する。
 慎也が道路を走りながら長剣でナイフを弾き、拳銃で威嚇を続けるが効果があるとは思えない。

「莫迦! 弾き損じたら即負傷じゃないか! 無茶するな!」

 敵エインへとクナイを射出し、俺のエインのスピードを生かして慎也を元の路地裏に押し返す。後に続こうとしたがナイフが足元に突き立ち、阻まれた。
 即座に横っ飛びに跳躍、後を追うようにスローイングナイフが降ってくる。
 屋上から悠々とスローイングナイフの投擲を続けるエインの姿を見て、いささか腹が立った。

「いいだろう、このエインの性能を引き出して打ち倒してやる」

 独語し、俺は全力疾走に入った。世界が流れ、降ってくるスローイングナイフを置き去りにする。
 ビルの壁に向かい、跳躍する。人間離れした身体能力に対し、風を切る感触や宙を跳ぶ圧力、移動による視点の移動はいずれも現実のものと寸分の違いもなかった。
 壁を蹴る。コンクリートを破砕し、自らは反転して弾丸のように跳ぶ。敵のエインが投げたスローイングナイフがいまさらビルの壁に突き立った。
 遅い。それすら思考する間もなく次の壁が迫る。蹴った。跳躍。
 視界のうえに敵のエインが見えた。眼前のビルの屋上にエインが居る。俺は迷わず右腕を、右腕の小手を前に突き出した。
 射出したクナイは壁に深々と突き刺さり、握りを壁から生えさせる。
 壁に足から着地した。壁がクレーター状にくぼむ。深く足を屈伸させるついでに、右腕を腰に伸ばした。腕を振ると同時、クナイを足掛かりにして壁と水平に跳ぶ。
 ビルの窓が高速で眼下を流れ、そして敵のエインはスローイングナイフを俺に投げる。このまま突っ込めば自らの速さも相まって余計ひどいダメージを被るのが分かる。
 このまま突っ込めば。
 そして『このまま』突っ込む気はさらさら無い。
 着地ついでに抜き放った大刀でスローイングナイフを切り払った。そして屋上に到達してなお余りあるスピードを保って、

「くたばれ……!」

 すれ違いざま斬り上げた。股間から首を逸れて左肩までを切り裂き、俺は大空に到達する。
 下を見れば、敵のエインがゆっくりと倒れてビルから転げ落ちるのが見えた。
 ビルの隙間、路地の小道から慎也が出てくるのも見える。
 ゆっくりと速度を失っていくのを感じ、体勢も崩れて空を仰いでしまう。本物かどうかまるで区別のつかない青空は、嘘のように澄み切っていた。
 だが。

「……ミッションクリア」

 この爽快感は、嘘ではない。
 ゲーセンに入り浸る少年達のお話です。やがてゲーセン仲間で結束を高め、学校側にこの筐体を導入するよう訴えます……ゴメンなさい大嘘です。是非、最後までお付き合いください。
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