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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ログ・ホライズンEp11 クラスティ・タイクーン・ロード

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◆ Chapter2.01



 ともあれ仙境にはゆったりとした時間が流れていた。
 綿入り布籠手(ミトン)を装備したクラスティはかまどに手を入れた。地球時代であれば片手保持は大惨事になるような四十五センチメートル四方の厚板だが、セルデシアにおいてはどうということのない重量だった。それをそのまま引き抜く。
 鉄板の上には浅い鍋が乗っている。
 〈白桃廟〉の厨房はなかなかに広く、大ぶりなコンビニエンスストアほどもあった。調理器具はそろってはいるのだがやはり地球世界に比べればバリエーションは少ない。それでも銅製もしくは鉄製の鍋だけは、浅いものや深いものサイズ違いがそれこそ五十ほども存在する。
 クラスティが石窯から取り出したものもそのひとつで、鮮やかな光沢をもつ銅の鍋だ。もっとも鍋というよりはお菓子型として使用されているわけだが。
 上から見えるのは狐色の生地だ。小麦粉にバターらしきものと冷水をいれて打ったものだ。ポイントは、冷やしながら多層構造になるように折り重ねることだろう。その下にあるのは砂糖で甘みをつけた果実の焦がし煮である。
 要するに、桃や琵琶を甘めに煮た上に小麦の生地を載せてオーブンに入れてしばらく加熱しただけのものだ。子供だましの菓子である。
 クラスティは料理の才能はないが調理はできる。
 作業だからだ。
 レシピとはマニュアルのことであり、マニュアルとは才能の無い人間が手順通りに実行すれば結果を得られるように作成されるものである。調理は作業であり指示書(マニュアル)があれば誰にでもできてあたりまえだ。
 セルデシア世界は地球に比べて「才能」がものをいうために、調理するだけですらサブ職〈調理人〉や〈新妻のエプロン〉(アイテム)が要求される。その世界では「誰にでも実行可能にする」マニュアルの価値は低い。発達しなかったのも当たり前だろう。クラスティが調べた限り、この世界(セルデシア)には実用技術書という物がほとんど存在しない。
 それを考えれば地球出身の〈冒険者〉が菓子(タルトタタン)を作れるなど当たり前のことなのだ。
 真心のこもった美味しい食事というのは手に余るが、手順が判明しているのであれば再現程度、どうということはない。

 本来であれば冷蔵庫でしばらく冷やすのだが、クラスティは面倒になって〈冷気の大皿〉に鍋をひっくり返した。その動作によって上部にあったパイ生地が下部にまわり、鍋という型をはずされた菓子は果実の甘煮がのったケーキのような姿になる。
 クラスティはしばらく考えて、生の桃の切り身と桃の花を皿に配した。本当ならバニラアイスを添えたいところなのだが今この場にはないし作るのも手間がかかるだろう。殺風景なのでちょっとした飾りつけをしてみた。地球の常識で考えれば、桃の果実がなるころに桃の花が入手できるわけはないのだが、ここは桃の仙境、季節を問わずその花も実も豊富に手に入るのである。

「仙君様ご機嫌よさそう?」
「わかりません」
「わかんない」
「お菓子くれそう?」
「わかんない」
「……きっと意地悪なこーと考えてーる」
 ひそひそ声が聞こえる。貂人族(てんじんぞく)だ。大半の姿はうすぼんやりとした湯気のようにかすんで見えない。天宮の役人という触れ込みだが、実態は精霊のような存在らしい。実体化した場合でもせいぜいが毛並みの良いオコジョかカワウソであって、人間の姿をくっきり取れる花貂(ファーデャオ)はエリートなのだ。
 クラスティは少し考えた後、大皿をテーブルに移動した。
 戸口からじっと覗いている視線から皿を隠すように背中を向けると、スプーンとフォークでしばらくカチャカチャと音を鳴らし、頃合いを見て皿ごと〈魔法の鞄〉(マジックバッグ)にしまって、空っぽになったテーブルを視線の前にさらしてやる。
 声にならない悲鳴が響いた。
「お菓子なくなった!」
「食べちゃった!」
「食べられちゃった!」
「お皿まで!?」
「仙君さまだから」
「なんでー? なんでー?」
 もらえると思っていた洋菓子が消えてショックを受けたのか悲痛な声が届いてくる。実体化もおぼつかない煙のような影が戸口の足元でおろおろしているのが視界の端で見えた。

 分かりやすすぎる。
 →動物霊だから?
  →本人たちは天宮の官吏だといっている。
  →ここは異世界なのだ
   →だから「動物だから単純である」という判断も軽率。
  →人間だってこれと同じくらい単純な存在は居る。
   ex1)狐猿とか。
   ex2)アイザックとか。
 ←つまり動物霊だからというのは不当な判断。
 →今はたまたますごく空腹である可能性。
 ←いつもこうなので否定される。
 →ちょろい(俗語)。
  →可愛げと言い換えてもいいのでは?
   →もうすこしいじめがいがあるほうが。
    →もう少し我慢してほしいという意味?
    ↑その趣味もどうか。
   →娯楽の対象に耐久性は必要。
  →無聊は毒。

 そもそも彼らのために作った焼き菓子なのだから鞄に放り込んだままでも困るのだ。からかってしまったのは反射のようなものであって肩をすくめるしかない。
「ちゃんとありますよ」
 クラスティは振り返って大皿を出した。
 息をのむような喜びの反応に「食堂に小皿を持って集まっていらっしゃい」と告げる。
 クラスティの提案に、見えない影は一目散に走り去っていった。残ったのは身長一メートル程度の小柄な童子、花貂(ファーデャオ)だけだった。
 申し訳なさそうな花貂(ファーデャオ)と一緒に果実のパイもどきを切り分けていると、どこからともなく皿を持ってきた半透明のもやもやが列を作るので、小さく切り分けたそれを載せていく。途中からは申し出てくれた花貂(ファーデャオ)に任せてクラスティは樫作りの質素な椅子に座った。
 ちちちち。小さくついばむような小鳥の声が聞こえる。
 金色の光が円形に十字の木枠で作られた窓から斜めに差し込んでクラスティの白く澄んだ横顔を照らしていた。
 常春の仙境においては、厨房の片隅ですら馥郁たる香りを漂わせる楽園のようなのだ。うららかで、午睡のように穏やかな時間があった。
 多少騒々しいのは貂人族(てんじんぞく)の精霊たちであり、そのことにクラスティは憮然と茶を注いだ。認めたくはないが、七人の小人の家事を代行する白雪姫の役どころだ。  にはきっと笑われる。

 どうやらやはり記憶の欠損があるようだ。
 →対応すべきか?
  →一般常識でいって記憶の忘却など日常的な事象だ。
  ↑自分個人はその経験が薄いが。
   →忘却というのは新鮮な体験である。
    →この際骨休めの休暇をとるべきでは?
     →満喫中である。
  →何か不都合があるのか?(実利的判断)
   →現状存在しない。
 →理由の如何によるのでは?
  →その理由が現在不明。
   →バッドステータスが原因では?
    →バッドステータスの原因不明に循環するだけ。
  ↑理由を求める必要性の検討。

「やっぱり人里に降りる必要があるみたいですね」
「ふぇ?」
 奇妙な声を出した花貂(ファーデャオ)はびっくりしたようにクラスティを見つめていた。口の周りに紅茶色の砂糖煮がついているところを見ると、給仕を終えて自分も焼き菓子を味わっていたのだろう。
「なにかあるんですか?」
「仙君様。〈狼君山〉(おやま)は降りれませんよ。〈天狼洞〉はいろんな順路がありますけれど、位階と人数の制限があるんです。〈冒険者〉の言葉でレベル八〇から九〇の四人組から六人組が通れるんですよ。山裾からはほかの順路もあるそうですが、山頂からは一番長い洞窟を通るしかないんです」
 それはそれは。
 クラスティは少しばかり内容を精査してみた。
 花貂(ファーデャオ)の言っていることは心当たりがある。クラスティは彼女たちの目を盗んで〈天狼洞〉に降りたこともあるが、そこで行き止まりの巨大な青銅製の扉を見ている。あれがレベル審査のある扉なのだろう。その先のゾーンはおそらくレベル限定のダンジョンエリアなのだ。ヤマトでは比較的少ないが、大規模戦闘(レイド)ゾーンやインスタンスなどのダンジョンに見られる特徴である。
 おそらく〈天狼洞〉というのは同名複数のダンジョンの集合体なのだ。おおよその内装は同一で、そこにレベル帯ごとに異なったモンスターが設置されているのだろう。ひとつのダンジョンを設計しても、それがユーザーのうちほんの一部しか楽しめないのでは開発資源の浪費になる。そういう考えのもとに、こういった多段レベル対応型のゾーンは作られる。
 設計思想はわかるがクラスティにとっては不都合でもあった。
「そうですか。それでは下山できませんね」
「はい。でも仙君は仙君だから困りませんよね?」
「そうなんですか?」
「だって仙君は登仙(とうせん)して仙君でしょ? だから〈白桃廟〉で仙君ならいいと思います。……その、美味しいし」
 最後の赤面した呟きはともかくとして、なかなかに理不尽なことをいう。補完を試みるのであれば「仙人は山に登って仙人になるのであるのだから、仙人であるクラスティは山で暮らせば良い」といったところだろうか。
 どうも中原サーバーの設定のいくつかは道教神話から影響を受けているらしい。そうであれば仙人=山で暮らすもの、というのも頷けない話ではない。封神演義では下山を命じられるというシチュエーションが破門と似たようなニュアンスで語られるシーンもあったはずだ。だから山にとどまるべきというのは理解できる。
 クラスティが仙人などではないという事実を除けばだが。

 そもそもなんでクラスティが仙人、おそらく〈古来種〉などに間違えられているのかと言えば、おそらくステータスの表示に異常がみられるせいだろう。花貂(ファーデャオ)たちは気づいていないだろうが、それもまた〈魂冥呪〉(こんめいじゅ)と名づけられた一八〇レベルバッドステータスの影響だろう。〈大災害〉後の混沌とした世界でさえ一八〇レベルというのは法外な強度なのだ。〈冒険者〉がどうこうできる範囲の上限は九〇から、ヤマトでさえ一〇〇である。そう考えれば、そんなバッドステータスのアイコンをぶら下げているクラスティは〈古来種〉(特別なNPC)にも見えただろう。
 その誤解を責める気は毛頭ないが、説明して誤解を解くのも億劫である。
 説明をする過程でたくさんの質問を受けるだろうが、そのうち少なくない割合にはクラスティでさえ答えることが出来ない。そもそも現在の状況と、誤解を解いた後の状況が、さほど変わるような気もしていない。
 うららかな日差しの中で、クラスティは無心に木匙(スプーン)をつかう花貂(ファーデャオ)を眺めて、少しだけ考えた。
「その焼き菓子ですけど、バニラアイスを添えるのが本当なんですよ」
香草(バニラ)?」
「冷たくて甘いクリーム状の氷菓子なのですけど。知りませんか?」
「知らないです」
 そうですか、とクラスティは頷いて続けた。
「里に下りればその材料を探せるかもしれません」
「わかりました! 〈狼君山〉(おやま)を降りることが出来るように、天の官吏としてご協力します」
 勢い込んで何度も頷く花貂(ファーデャオ)に呆れながらクラスティは考えた。
 →ちょろい。



◆ Chapter2.02



 〈狼君山〉というのがその山の名前だという。
 なるほど、とレオナルドは思ったが別段それほど理解していたわけではない。なるほど、だけである。
 しかしそれはカナミやコッペリアだって一緒だろう。なにせこのあたりの土地は乾燥して荒涼としすぎている。この一時間というもの、ひび割れた岩と崖とびっくりするほど高くを飛ぶ豆粒ほどの鳥の影しか見ていない。
 〈狼君山〉を目指していると言われればなるほどと思うが、何をもってしてその山とみなすのか、ここがそうなのか、そうではないのかは分からない。ずいぶん前から標高が高く険しい場所を歩いているし、二時間に一回ほどは全身を使わなければ登れないほどの段差も越えている。
 それって山だろ。
 ニューヨーカーのレオナルドにとってここは絶賛山である。山の懐だ。
 これから山に向かうと言われたって納得できない。
 ここが山でいいじゃないか。
「もう目的地なんじゃないのか?」
「もうすぐです」
 レオナルドのうんざりしたような問いかけに春翠(チュンルウ)の判で押したような返事も朝から四、五回目になる。
「ここはもう〈狼君山〉なのかな?」
 エリアスがレオナルドに代わって訪ねてくれた。
 ナイスだ。そういう気持ちを込めてレオナルドはエリアスを見やった。
 本当は親指を立てて(サムズアップ)してやりたいが、山道が気力を奪ってそうもいかない。〈冒険者〉の身体は持久力(タフネス)の塊だが、アップダウンの激しい岩だらけの地形はどちらかと言えば精神力を削る。
 レオナルドは都会っ子なのだ。勾配のある坂道を移動するなんてフィットネスジムのローラーマシンでしか経験はない。
 いや、まあ、マーベルの蜘蛛男だったら手のひらから粘着糸スパイダーストリングスを出して高層ビルをびゅんびゅん飛んでたが、どちらかと言えばレオナルドは下水路のなかで水平移動するタイプだ。
 困ったような笑みを浮かべた春翠(チュンルウ)は「昨晩からすでに〈狼君山〉に入っておりますよ。彼方(あちら)の峰の此方(こちら)は――」。遥か西方の頂を示した指を足元から後ろまでゆっくりと振り、「おおよそ〈狼君山〉だと言えるでしょう」と言った。
 なるほど、とレオナルドは思った。
 が、やはり釈然としない。目的地が〈狼君山〉でここが〈狼君山〉ならもうゴールでいいじゃないか。いいやゴールであるべきだ。
 分かっている。子供じみた我儘だ。
 つまり、レオナルドはもうこの山道にうんざりしているだけなのだ。
 先頭を歩くカナミはバカみたいに上機嫌だった。
 調子の微妙に外れた鼻歌を歌いながらどんどんと進んでいく。たまにふと姿が消えるのは、気持ち悪いほどの敏捷性で道端にしゃがんで、名も知れぬ花を眺めていたりするからだ。
 それに続くのはコッペリアだった。彼女は一行の中では一番巨大な荷物――トランク型の魔法の鞄を運んでいる。一メートル四方の大きさにたっぷりとした厚みのあるそれをさして苦労するでもなく運搬しているのは、ただ単純に膂力があるせいだ。〈施療神官〉(せりょうしんかん)は戦士職以外で唯一重装鎧を装備可能なメインクラスであり、彼女も戦闘時は鋼鉄板金の侍女服ヴィクトリアン・アーマーを装備する。その設定にふさわしき筋力値(ストレングス)も高く設定されている。同レベルのレオナルドを凌駕するほどだ。
 まあ、そのレオナルドだって、数字的な意味での筋力値は一般的な〈大地人〉、つまりニューヨーク時代の自分とくらべて三十倍やそこらはあるのだ。背丈を超えるような大きな岩から身軽に飛び降り、体重を片手一本で支えながらそんなことを考える。
 山道が困難で身体が悲鳴を上げているなんてことはない。
 不慣れな環境でげっそりしたとか、退屈をしているとか、そういうことだ。
 それを察したのだろう、春翠(チュンルウ)は苦笑気味の声色で説明をしてくれた。
「山に入ると急な勾配の連続ですし、上ったり下りたりが複雑にありますからね。遠い平野から見上げるように、三角形の山頂がはっきり見えるという判りやすさがありません。おそらく南東に山頂があるはずですけれど、この位置からは見えないんですよ」
 そういわれた方角を見れば、見上げるような岸壁と、その岸壁からせり出すようにねじくれた高山森林が見えた。確かにそちらを登るのは苦労しそうだ。
「私たちは戦士職と武器職、それに回復職の五人ですからね。〈飛行呪文〉(フライ)でもあればまた少し違うのでしょうが、半端な道案内で申し訳ありませんね」
 春翠(チュンルウ)は申し訳なさそうに少し頭を下げた。
 最初の頃のイメージよりもずいぶん丁寧な対応だった。
「そんなにかしこまる必要はないよ。山を登るのは不慣れなだけさ」
「そうですか」
 レオナルドは手を振りながらそう言った。
 確かにこういう大自然は得意じゃない。子どものころ拉致同然に参加を強制されたボーイスカウト以来だ。虫の入りこむテントの中で悲鳴を押し殺しているうちに夜が明けた。うんざりするような思い出だ。
 だからといって女性にあたっていいわけではない。それではヒーロー失格だ。
 彼女の変化の原因は自分たちなんだとレオナルドはわかっている。
 それはそうだ。〈灰斑犬鬼〉(ノール)数百匹がいるという谷にたった五人で向かったクレイジーな集団である。そのうえ再合流してから、数百匹じゃなく数千匹だったとか、大規模戦闘(レイド)クラスの黒竜と空中戦をしたとか、得体のしれない新モンスターと大立ち回りをしたとか話してしまった。頭がおかしいと思われても仕方ない。
(っていうか、俺だってそう思う。ドラッグでもキめてるのかって勢いだ)
 お近づきにはなりたくないし、もしお近づいちゃったのなら、なるべく怒らせないようにする。つまりは平身低頭(ヘーシンテットー)だ。日本人から教わった用兵術(タクティクス)を思い出しながら、レオナルドは頭を掻いた。圧倒的に自分たちが悪い。
〈草原の都〉(シーマァナイクィ)から〈狼君山〉へ向かうのであれば、もう少しましな山道もありますし、見通しも聞くのですが、私たちはあいにく南西から山に入ってしまいましたから」
 だから道なき渓谷をはい回るように移動しなければならないのだろう。納得できる話だ。レオナルドは再び手を振ると「気にしてないって」と言った。
「〈天狼洞〉は〈狼君山〉の中腹にあるのだったね」
 後ろからエリアスの声がかかる。
 決意を秘めた硬い声だ。
 ぴりぴりした切迫感は薄れたけれど、その分思い込んだような迫力が出てきている。レオナルドはその声を聴いて、やっぱり少し困ったような気持ちになった。
 昨日の朝、同じような表情でエリアスは「〈白桃廟〉というところに行きたい」と切り出した。同じ〈古来種〉や現地の住民が、何らかのモンスターに虐げられているらしい。
 そうなのか? とレオナルドは思ったが別段それほどいぶかしんだわけではない。ちょっと気に止まった程度のことだ。
 しかしそれはカナミやコッペリアだって一緒だろう。なにせこの世界のモンスターは基本がゲームにおける敵性(エネミー)キャラクターなのだ。その行動は人間を襲って殺すことが基本になっている。戦闘ゲームだから当たり前だ。「虐げる」というからには生かしたまま危害を加えているのだろうが、そういう回りくどい行動をとるのかどうか疑問だ。
 とはいえ先日遭遇した〈典災〉という事例もある。KR(ケイアール)のいう〈大災害〉からこちら、モンスターの行動が目に見えて変わっているというのも事実だ。だから「虐げている」といわれれば、そうなのか? そういうこともあるかもな。という感想でしかない。
 それって〈典災〉だろ。
(おいおいおいおいおい。ちょっと|タンマ《Just a moment》。あんな気持ち悪いのとまた戦うのかー!? ないだろ。勘弁してくれ)

葉蓮仙女(ようれんせんにょ)でしたか。救援を依頼されたのは?」
「ああ。〈狼君山〉の山頂には〈白桃廟〉と呼ばれる仙境があるのらしい。そこが魔人に占領されたとか」
「仙境ってなんなんだ?」
 頭を抱えたい気持ちのレオナルドは尋ねた。
「おそらく〈妖精郷〉と似たようなものだろう」
 そう答えたエリアスだが、春翠(チュンルウ)とレオナルドの視線に気が付いたのか、なんどか空咳をして続けた。
「〈妖精郷〉というのは僕の故郷のある種の隠れ里だ。〈古来種〉の管理する特殊な地域で、深い森の中や山の中に存在する。妖精の魔力にあふれた土地で、強力で古い魔力に満ちている。不思議なことも起きるし、珍しい魔法の道具の宝庫でもある」
 ――つまりはそういう特殊なゾーンなのだろう。レオナルドも〈エルダー・テイル〉時代に冒険の一環でそういう場所を訪れたことがある。ファンタジーゲームとはいえ〈ハーフガイア・プロジェクト〉で作られた〈エルダー・テイル〉だ。地球の地形と相似している以上デザインに限界がある。そのために特殊なゾーンが各地に存在する。広義でいえばダンジョンもそうだ。
 そのなかでも〈妖精郷〉や〈仙境〉というのは〈古来種〉が住処としているらしい。
「そこが魔人……? よくわからないけどヘンテコモンスターに攻められてるって?」
「〈典災〉なのでしょうか?」
 レオナルドたちから話を聞いていた春翠(チュンルウ)が深刻な表情で問いかける。答えはYesだろう。そんな訳の分からないことをする奴が普通のモンスターだと考えるほうが見込みが甘い。営業の工数算定だ。

「それよりワンコだよ。ワンコいる山なんだよね!」
「犬ではなく狼ですが」
 振り返る勢いが余って二回転するカナミに対して春翠(チュンルウ)が答える。勾配の先頭にたっていたカナミは浮かれ果てた表情で「もっさもさやでー! わっしゃわっしゃだあ!」と喜びに小躍りしている。ありゃダメだ。コッペリアでさえトランクを携えて無表情だ。レオナルドは肩を落とした。
「おお。カナミ。気にはならないのか? エリアスの話、聞いてたんだろ?」
「聞いてたよー。ケロナルド。ワンコ山の隠れ里が怪人に占拠されて大変って話でしょ?」
 怪人じゃなくて魔人なのだが。
 おおむね当たっている……か? レオナルドは自問する。たぶんだいたいは当たってるのだろう。カナミに正確さを求めるのは無理だ。テキサス出身みたいに大雑把な女なのだ。
「マスターは心配ではないのですか?」
「まだよくわからないかなあ」
 カナミは指先をこめかみに充てて首をかしげる。猪突猛進の彼女にしては珍しい。レオナルドのそんな思いを知ってか知らずか、カナミはまるで重力などないような軽やかさで大岩を二つ三つと跳ねるように登り、再び振り返った。
「それに考えるの大変じゃない? だってエリエリ行きたいし、私もワンコに会いたいし。どうせなら行ってから考えようよ!」
 完全にテキサス人の考えだ。
 レオナルドは眉間を押さえた。ちゃんと知っているのだ。「あとで考えよう」と言ってるやつは後になっても考えない。というか、何にも考えてないのだ。
「Yesマスター。お供しマス」
「そこも無自覚に煽るな!」
 コッペリアの感情の薄い同意に形だけのツッコミを入れたレオナルドは、それでもその小さな影を追って、つまりはカナミに続いて山肌を進んでいくのだった。



◆ Chapter2.03



「そんなバカな」
 打ちひしがれたエリアスの喉から絞り出すような声が漏れた。
「バカなっていわれてもなあ」
「申し訳ありません。わたしもこんな設定があるとはつゆ知らず」
 やっとたどり着いた〈天狼洞〉(てんろうどう)、その入り口をふさぐ、狼の象眼を施した青銅の大扉を前にエリアスは跪いていた。
 レオナルドと春翠(チュンルウ)が慰めるような声をかけてくれるがどこか引き気味だ。エリアスはその態度が理解できなくて拳を大地にたたきつけた。
「レベル八〇から九〇の四人組から六人組専用デス」
「これってインスタンス(一時生成)タイプのダンジョンだねえ」
 半透明のウィンドウを確認したコッペリアを横から覗きこんだカナミも、同意の声を上げる。判決にしてはずいぶん陽気な声だった、
 エリアスにもわかってはいるのだ。険しい山岳を抜けて真っ先に飛び込もうとしたのはエリアスである。しかし〈冒険者〉に由来する魔道で封印された扉は、エリアスを拒絶した。何度も認証し、あげくに力尽くで押し開けようとしてもぴくりとも動かなかったのだ。
 少女神官コッペリアの言葉によれば、レベル――つまり戦闘位階による封印処理であるらしい。
「わたしがいけないのか……」
「いけないとか、そういう話じゃないだろ」
 腰に手を当てた盟友レオナルドの言葉もどこか空々しい。
 冬の青い空は高々と晴れ渡り、山岳地帯特有の冷涼な風が吹きわたっているが、エリアスの内心は暗惨たるものだった。同族である仙女と約束した救済すらも今のエリアスには成し遂げられないのだ。
 世界と〈大地人〉を助けるために手に入れた一〇〇レベルという力が、まさにその強力さゆえに拒否されるのだとすれば、エリアスはどうすればいいというのだろう。一体エリアスの苦しい修行といままでの煩悶の意味はなんなのだ? これでは存在価値がないと言われているようなものではないか。
 仲間には決して理解出来ないだろう苦しみをぶつけることも出来ず、エリアスはうめいた。

「わたしイチバン!」
「コッペリアもお供します」
「え? あ? おい、なんだその視線は。僕も行くのかあ!?」
「私も数に入っているということでしょうか」
 跳ねるようなステップで一人ずつの胸を指さして確認していたカナミに仲間たちは答えてゆく。しかし救いを求めるような気持ちで見上げたエリアスが得られたのは「エリエリは留守番だね! おうちはないけどお留守BANG!」という無慈悲な宣告だ。
「わたしには同じ〈古来種〉を守るという使命があるのだ。なんとしてでも山頂の〈白桃廟〉に赴き、魔人を倒さねばならない」
 必死に訴えかけるも、エリアスの願いはすげなくあしらわれてしまう。
「いやいや、でもダンジョン入れないでしょ」
「レオナルド!? 君はわたしの戦友(トモ)ではなかったのか?」
「いくらトモっていったって、ねえ?」
 と視線を横にやって同意を求めるレオナルドだが、カナミは上機嫌だしコッペリアはダンジョン用の装備点検に余念がない。エリアスはむしろ否定してほしい側なので、同委はしたくない。それが分かったのか、レオナルドも「大丈夫だって。様子を見てまずそうなら戻ってくるから」と請け合ってくれた。
「つまり偵察か」
「そうそう、偵察! サイトシーイング!」
 朗らかに叫ぶカナミの横で無表情なコッペリアが「マスター、それは観光でス」とフォローを入れている。フォローになってるかどうかは微妙だが。
 ともあれ、そこまで言われては仕方がない。
 魔力を鼓動と共に送り出す心臓がきりきりと痛むが、だからといってその痛みを仲間に押し付けて良いわけがない。エルフ騎士の誇りは安くないのだ。
 エリアスも一人前のエルフ男児である。待機任務ひとつ満足にできぬのか、と言われれば、見事にやり遂げて御覧に入れましょう、以外の返事はない。その割には未練がましい溜息を吐いてしまったが、手をブンブンと振り回すカナミたちを見送ることはできたのだ。

 しかしそうなってみると暇になってしまうエリアスだった。
 待機任務と言ったってすべきことがあるわけではない。〈魔法の鞄〉(マジック・バッグ)を日常的に運用する〈冒険者〉は荷物のすべてをそこへ入れている。重量や容積を無視して多くの荷物を収納できるこの鞄は〈冒険者〉必須のものなのだ。そして〈古来種〉であるエリアスも、より上位の魔力を持つ〈魔法の鞄〉を所持している。カナミたちも当然だ。
 であるから、ダンジョンに入った一行は、重いからと言って荷物や装備の一部をエリアスに預けて行ったりはしなかった。ここに至る旅においても、KR(ケイアール)と別れてから馬などの騎乗動物に頼ったこともないので、それらの世話をするという任務もない。荷物や使役動物がないのであれば、ことさら野営地を作るまでもない。
 つまりは設営も防衛も必要ないのだ。
 エリアスは見晴らしのよさそうな岩のひとつに飛び上がり、腰を下ろすと、男女の入り口である青銅の大扉と〈狼君山〉を視界におさめてひとつ伸びをした。冬の気配が濃い周囲は身体の中心部に染みるような冷気が漂っているが、エリアスに流れる妖精の血(フェアリー・ブラッド)がそれを寄せ付けなかった。
 山岳地帯の午後はゆっくりと時間が過ぎてゆく。太陽がやがて稜線にさしかかれば早いのだろうが、いまはまだ正午をしばらく過ぎた程度だ。
「なんともな……」
 エリアスは唇の端を歪めるように苦笑した。たしかにエリアスは妖精の血をひいているし、呪いを受けている。だから強い。高い冷気耐性を持ち、こんな山風がぬるま湯に思えるような〈霧の巨人〉(ヨットゥン)用いる万物凍結の呪法にすら耐えることすらできる。
 しかしそれが一体何なのか、妖精とは何なのか、考えたことはなかった。考えないで済むようにされていたのだ。
 ロンデニウム の厳寒の海の冷気もものともしない〈古来種〉エリアスをもってしても防げぬ異次元の冷気、それは自嘲であり、虚無主義(ニヒリズム)であり、諦観だった。〈死の言葉〉をエリアスが思い出すたびに、異次元の冷気がエリアスに忍び寄るのだ。その冷気はエリアスの精神から運動量を奪い、緩慢な静止状態に導こうとする。エリアスの知覚するすべてがあやふやになり手触りを失っていく。それは手触りのない魂の牢獄だ。
「いやいや。あぶない。そうはいかないぞ」
 エリアスは拒絶するように頭をぶるぶると振った。
 金色の髪が、荒涼とした〈天山山脈〉の麓に色彩を加える。
「カナミが炎をくれたじゃないか。〈典災〉(やつら)の冷気になんてそうそうやられてはいられない。生き残ったわずかな〈古来種〉(なかまたち)をまとめて、この世界を守り抜かなきゃいけないんだからな」
 腹の底に力を込めて愛剣の柄をしっかりと握ると〈古来種〉の戦友の顔が浮かぶ。みんな気の良い仲間だった。〈虚空転移装置〉に消えてから連絡はつかず、どうなったかも判らないが、元気で――いやせめて無事でいて欲しい。極東ヤマトへの旅のどこかに仲間を救うための手段が隠されているはずだ。

「エリアス様」
葉蓮(ようれん)嬢!」
 物思いにふけるエリアスが時間意識を失ったころ唐突にかけられた声は柔らかな女性のものだった。〈大地人〉であれば凍えるほどの薄い衣装をまとった姿は、葉蓮仙女のものだ。修道女のような目元まで隠すベールからほっそりとなめらかな輪郭と紅い唇が見えている。風の中に濁ったような微かに甘い匂いが届いた。
「よくぞここまで来て下さいました。〈妖精の輪〉無きいま、旅は過酷を極めたことでありましょう。荒涼たる中原の背骨〈天山山脈〉、魔境〈黒石砂漠〉の踏破。この葉蓮、感謝に堪えませぬ」
「ははは。そんな事はないさ。ここは、美しい場所だな」
 エリアスは答えた。
 確かに茫漠とした巨大な空間だ。ユーレッド中央部から草原を抜けての旅は、この世界の巨大さを思い知らせるような行程の連続だった。地平線まで続く荒れ地、地平線まで続く岩石砂漠、地平線まで続く雪交じりの草原。しかし、そこには厳しいなりの美しさもあった。あまりのコントラストに大地さえ影に沈む中で、輝くような朝焼けを見た。北の海では見ることの出来なかった、燃える鉄のような光景だった。
「エリアス様が来て下さってほっといたしました。お連れの方は?」
「門の内側だ。……この門は戦闘位階により入るものを選別するらしい。それゆえ……妖精の血が拒絶されたのだ」
 エリアスは葉を食いしばるように続けた。
「仲間たちが〈白桃廟〉の偵察を引き受けてくれたがどうなることか」
「英雄たるエリアス様を欠いては、お連れの騎士さま方も危ういですね」
 心配そうな葉蓮の声に、それはどうかな、とエリアスは考えた。あの底抜けの行動力とこぶしでどんな障害も打ち破るカナミ。それに無言でついて行くコッペリア。後始末に奔走する朋友レオナルド。そして手練れの春翠までいるとなれば、生半可な脅威に後れをとるとは思えない。エリアス自信、その種の心配をしていなかったので虚を突かれた思いだ。
「エリアス様を失ったお連れ様方もさぞかし心細い思いをしていらっしゃるでしょう」
「そうかな」
 そうですとも、と優しげに頷いた葉蓮に、ならばこれ以上否定するようなことでもないか、とエリアスは思った。いまこの瞬間にでもカナミたちのもとへ駆け付けたい気持ちは本当だし、そこまで期待されれば嬉しくないわけではない。

「……しかしそれならば、この葉蓮に考えがあります」
「封印を解くための手段がなにかあるのか?」
 エリアスは始まれたように大岩から飛び降りると仙女の手をとった。
「いいえ、この封印は〈天狼洞〉の根幹。容易くほどかれるものではありますまいが、それでも〈白桃廟〉へ赴くために、危険ですがひとつだけ方法があるのです」
「聞かせてくれ。もし、山頂に〈古来種〉(なかま)を助ける方法があるのなら、ぜひそれを知りたい。……〈赤枝の騎士団〉再興のためにも。そしてこの異変を大地からぬぐい去るためにも」
 カナミたちを疑うわけではない。
 しかしことは〈古来種〉の危機なのだ。
 魔人は仲間たちを死の眠りに突き落としこの世界を揺るがす仇敵だ。
 出来るならば、その魔人を討ち果たしたい。そして……エリアス自身の心にとりついた、この情けなくも恐ろしい、魔性の冷気を振り払いたい。カナミの炎が守ってくれているとは言え、この冷気があるかぎり、エリアスに光さす朝は訪れないのだ。
 魔神を――〈典災〉を倒すことが出来ればエリアスはそれを掴むことが出来る。「敵を滅ぼすことが出来ない」という妖精の呪いを打ち破るためには、〈典災〉との戦いで検証が必須だとエリアスは感じているのだ。

「ええ、エリアスさま。叶いますとも。十三騎士団の中でもひときわ輝く熱き星であるあなたならば、東からやってきたあの凶つ者と戦う事も叶うはず」
「頼む」
 エリアスは、恭しく案内を申し出る葉蓮に頷くと、そのほっそりとした後ろ姿にしたがって歩き出した。いつしか、〈狼君山〉の山肌は、麓から這い上がるような白い霧が立ちこめていた。夕日を波打ち際のように反射する霧の中に、仙女とエリアスは歩を進めてゆく。
 それは仙郷での冒険へと誘う妖精と剣を携えた英雄の姿そのものだった。
 二人を失った青銅の大扉の前ではそれをとがめるものもいないまま、やがて星の光に照らされてただ凍えつくような冷気ばかりが吹き付けるのだった。
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