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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ログ・ホライズンEp11 クラスティ・タイクーン・ロード

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◆ Chapter1.04 



 街の本部は敷地の広い古風な平屋だった。
 〈楽浪狼騎兵〉のギルドマスターたる朱桓(ジュホワン)は門扉をくぐると相棒の〈騎乗用賢白狼〉(ワイズウルフ)を軽くたたく。賢い相棒はふるんと一回尻尾を振ると、自分の狼舎に戻っていった。
 〈騎乗用狼〉(ライディングウルフ)は〈楽浪狼騎兵〉のトレードマークともいえる騎乗用生物だ。〈召喚笛〉で呼び出される大型の狼で、さらに何種かの種別に分かれる。呼び出されて使役されているので召喚時間が過ぎ去ればどこかへ去るのがこの世界の常識だが、高位の〈召喚笛〉の場合召喚時間が一日あたり二十四時間を超える。実際には常時召喚が可能になるのだ。
 もちろん騎乗しないときには送還しておけば食事や世話の心配はなくなるのだが、〈楽浪狼騎兵〉のメンバーの中にはあえて送還を行わないでギルドハウスで一緒に暮らしたいという者もいた。
 そのために作られたのがこの広い敷地に複数の宿舎や狼舎をもつ本部なのである。
 ユーレッド大陸中央では珍しい生垣を持つ屋敷だった。
 庭には無花果(いちじく)や杏の木が生えているが、真冬のこの時期は寂寞とした光景となっている。
 もっとも大陸中央部ではすべてが乾燥している。岩でさえ水分を奪われ、激しい寒暖差にさらされて脆くなるような地域なのだ。そんな草原や荒野に比べれば、この都はずいぶんと恵まれていた。

「おう、団長だ」「団長だー!」
 小さな二人組が木の枝を振り回して突っ込んできて朱桓にぶつかってはころころと仔犬のように転がって行った。漫画のような光景だが朱桓も二人もレベル九〇の〈冒険者〉である。やろうと思えばこんなおふざけだってできるのだ。
「イーオン、アルエンそんなことを。バカか」
「バカにしないで欲しい」
「お前らバカじゃん?」
「しーっ。それは秘密でショ」
「もうばれてるかもしれないヨ?」
「ねえ団長、バれてる?」
 朱桓はあきれ返った仏頂面で「知ってるよバカ」と答えた。
 その言葉にひとしきりきゃあきゃあと騒いだ毛皮でもこもこの二人組は、急に困った顔になると報告をしてくる。
「長い顔来タ」
「偉そうなの来タ」
 困りつつもどこか不機嫌そうだ。その表情で察した朱桓は戸口をくぐったところで奥から出てきた副官の馬抱(マーファン)に経緯をたずねる。
「お察しの通りですよ。なんだか連中、無理やりじゃないっすかね」
「下に入れって?」
蒼王(そうおう)閥に入らないと後悔をする。白王(びゃくおう)紅王(こうおう)じゃお前たちはおろか、この都の〈大地人〉も皆殺しだぞ。穏やかに話しているうちにとっとと臣従せよってな話ですね」
「臣従ときた。あいつら脳内三国志か? いつの時代の生まれだよ。これだから田舎者は」
 心底げんなりした朱桓は乱暴に荷物を放り投げると、そのまま土間を抜けて中庭へと出た。このあたりの冬は非常に厳しいのだ。景色が白と灰色に染まり、それが数か月続く。
 中庭では汚れた様な色の煉瓦で作られた炉があり、その中では不機嫌そうな〈火蜥蜴〉(サラマンダー)がごろりと横になっていた。周囲にはギルドメンバーが日中のうちに家事をすまそうと湯を沸かしたり、肉をあぶったりしている。
 寒いが冷え固まっているわけではない。活気に満ちた光景だ。

 ギルドハウスに来たのは〈歌剣団〉(かけんだん)の使者だ。
 ここふたつきの間たびたびやってきては、同盟を結ぼうだの、傘下に入れだなどと言ってくる。最近は頻度が高いのでいよいよ本気になったのかもしれない。
 なぜそのような申し出をしているのかと言えば、それはこの中原サーバ――中国を模したユーレッド中央から東部にかけての広大な地域の特性に関係がある。
 〈エルダー・テイル〉は米アタルヴァ社が開発したMMO-RPGだが、そのゲーム世界セルデシアは広大な面積を持っている。〈ハーフ・ガイア〉プロジェクトによって半分のサイズではあるもののこの地球とほぼ同じ地形が再現されているのだ。
 この広大なゲーム内世界は三次元モデルで再現されている。どこへ行くのも自由だし、ゲーム的な仕切りほとんどない。いわゆる解放された世界(オープンワールド)だ。
 この種のゲームは解放感と自由度、それに冒険心をくすぐることが魅力だが、反面その広大な空間に対してコンテンツを用意するのが非常に大変だという問題点があった。例えば村を一つ作り、そこに襲撃イベントをひとつ仕込んだとして、その村に偶然出会うことが出来るプレイヤー数があまりにも少ないのだ。世界が広大すぎるために無作為にイベントを作っても、誰にも発見できないイベントになってしまうのである。
 正攻法の解決策は、莫大な数のイベントを用意して、この広大な世界のどこの地点を選んでも興味深い挑戦が発見できるようにデザインすることなわけだが、そのためには莫大な――それこそ天文学的なイベントが必要だ。
 セルデシアにおける中原の面積はおおよそ二百五十万平方キロメートルだ。〈冒険者〉六名が一日に探索できる面積、二~五平方キロメートルにひとつのイベントを用意するとしても百万ものイベントが必要となってしまう。ひとつのイベントにデザイナーや3Dモデラー、プログラマーが数人がかりで一週間やそこらはかかるということを考えれば、冗談にすらならない数である。
 それを見越してアタルヴァ社は各地を地球各国の運営会社に委託したわけだが、中国サーバを委託された華南電網公司も、そのように莫大な開発資源は持ち合わせていなかった。〈エルダー・テイル〉の人気に合わせて利益は上がっていたため、優秀なデザイナーやプログラマーを雇いはしたが、それでも焼け石に水だったのだ。
 そこで華南電網公司は大きな二つの方針をうちだした。
 ひとつは、コンテンツの整備に優先順位をつけたことだ。まずは地球世界でいう上海や香港、北京と言った湾岸部からセルデシアのコンテンツ整備を開始したのである。これらの地域はログインするプレイヤー数が多いこともあってゲーム開始当初から人気の地域であったしプレイヤータウンも整備されていた。その周辺からダンジョンや伝承、物語にイベントやクエストを増やしていくのは理に適っていたのである。これはどこの地域運営会社でも行う常とう手段であった。日本、つまりヤマトサーバーではアキバとその周辺からコンテンツ整備が始まって行ったことと同じである。
 もうひとつが中原サーバーの特徴、ギルドウォーだ。
 このサーバーではギルド間の闘争が推奨されているのである。
 もちろん無制限の戦争システムではないが、それでも大規模なPvP(プレイヤー間バトル)が存在するのは確かだ。各地につくられた合戦ゾーンでギルド同士が戦うと、その結果に応じて勝利側にはギルドポイントが手に入る。ギルドポイントはほかの方法でも入手可能だが、このギルド同士の直接闘争があることが重要だ。そして、このギルドポイントが十分にあれば、そのギルドは戦場近くの都市の領主になれる。それは燕都(イェンドン)大都(ダァドン)といったプレイヤータウンでさえ、そうなのだ。
 もちろんこのシステムはゲーム時代のものだ。
 莫大な量のコンテンツを作り出すことが難しいと考えた華南電網公司はその一部をプレイヤーにも負担してもらえないかと考えたその結果がギルドウォーなのだ。
 プレイヤー同士が競い合うこのシステムでは「コンテンツのクリア」という終端が発生しない。一度勝利して周辺の都市や土地の領主となったギルドが現れても、そのギルドはまた別のギルドの挑戦を受ける。つまりは防衛の必要がある。ギルド同士の抗争はそれぞれの戦力拡大とアイテム蒐集を加速させるために、実質無限に続くイベントだといえるだろう。
 そのため運営サイドのがイベントを作り出す手間に比べて、非常に息の長い、飽きの来ないコンテンツになると考えられたのだ。そしてそれはおおよそのところ成功した。〈エルダー・テイル〉において、だ。

 現実となってしまったセルデシアにもそのシステムはまだ生きている。
 そしてそのシステムに従っている〈冒険者〉(プレイヤー)が中原サーバーには居るのだ。それも圧倒的多数がそうである。
 確かにギルドポイントを十分に貯めれば都市の支配権が手に入る。都市を支配すれば周辺の〈大地人〉ももれなく従わせることが可能だから、古代王侯のような暮らしが可能だ。
 公平のために弁護するのであれば、彼らは何も残虐な気持ちや財をため込むためにそうしているわけではない。互いへの疑心暗鬼や安全を確保するために自らの居場所を守ろうと、そうしているのだ。
 ギルドウォーはゲームのコンテンツとしては悪いものではなかった。朱桓だって〈エルダー・テイル〉時代は会戦を狼の背に乗って駆けたものだ。
 しかしながら現在のセルデシアにおいては混沌の元凶にしかなっていない。あの転移事件の直後、そのことを予感した朱桓たち〈楽浪狼騎兵〉たちは、プレイヤータウンである〈大都〉を離れてこの〈草原の都〉(シーマァナイクィ)まで逃れてきたのだ。
 しかし、完全に逃れえたわけではなかったらしい。

「蒼王ってあれだろ? なんかこう、牛っぽい?」
「草食かどうかは返答できかねます」
「雑食の牛っぽい感じの」
「そんな感じの。〈歌剣団〉とかいってギルドの名前はおしゃれなのになあ」
「蒼王さん文治派ってふれこみですからね」
 温かそうな靴下を差し出した馬抱はそんな返答をする。
「まあ、遅ればせながら気が付いたんでしょうねえ」
「なににさ?」
「あんまりばかすか戦争やってると〈大地人〉に被害出ちゃうってことにですよ。支配地が手に入っても、〈大地人〉さんに逃げられちゃったら畑も商業も止まっちゃうでしょ? 事実こっちにも相当な数逃げだしてきてるわけで」
「あー。そういうことか。確かに逃げ出しちゃあ、来てるな」
 〈大地人〉に限らず〈冒険者〉もだ。
 先ほどまでべたべたとくっついていた双子も、最初から〈楽浪狼騎兵〉だったわけではない。途中で拾ったのだ。中身はまだ十歳くらいだったはずである。
 中原の〈大地人〉というのはもともと氏族で繋がって暮らしているようだ。親類縁者が群れ集って暮らしているし、離れた場所に住んでいたとしても同じ姓だというだけで助けたりする。
 だからもし土地を逃げ出すのならば一族で助け合って逃げだす。下手をすれば数百人単位での逃亡だ。この〈草原の都〉は、中原のはずれに存在する。正確に言うのならば、緑あふれる中原と荒野のアオルソイの境にあるのがこの都なのだ。その立地特性上、中原の騒乱を嫌った〈大地人〉が多くやってくるのも無理はなかった。
 最近では機を見るに敏な商人だけではなく、田畑を耕していたはずの富農までもが一族でやってくることも多い。
「なんか掴んだのかねえ」
「〈封禅(ほうぜん)の儀〉ってやつですかね?」
「関係あるのか、それ」
「さあ」
 それにしたところで面倒なことだと朱桓は考えた。大手ギルドの連中は欲が深すぎる。あわよくば、もしかしたら、大儲けかも。そんな考えばっかりで、太平楽なものだ。自分たちの様な中小ギルドはその日暮らしのいきあたりばったりだが、それで十分。小人閑居して不善を為す。
「仙境の仙人さまたちも、もちーっと仕事してくれるといいんだがな」
「不吉なこと言わないでくださいよ。今でこそしっちゃかめっちゃかなのに、〈古来種〉(せんにん)なんて乱入してきたら面倒くさいことにしかなりゃしませんって」
「そうか?」
 朱桓は首をひねりながら考えた。
 しばらく前、〈白桃廟〉へと届けた仙人はなかなかの腕に見えた。ひとかどの武将だ。ああいうのだったら戦力になると思うのだが、どちらにせよ、仙境は例の転移事件後だんまりを決め込んでいる。中小ギルドとしては親切程度はしても、藪をつついて蛇を出すつもりはなかった。
 日々の業務が大事なのだ。
 だから朱桓は大きな声で部下に指令を下すと、今週の請負仕事の資料を持ってこさせた。本人の好みとは別に、ギルドマスターとしては野外活動だけをするわけにもいかない。荒野の冬は深まるが、モンスターの襲来やトラブルが途絶えるということはない。
 セルデシア世界に冬ごもりという言葉はないのだった。



◆ Chapter1.05 



 一週間もかからず到着するとは言ったがだからと言ってその一週間がトラブルなしですぎるわけではない。
 マントを巻き付けた(しかしその割に内側は相変わらずの腹出しルックな)カナミが、そう叫んで胸を張りそうなほど険しい道のりだった。

 いまレオナルドたちが歩いている場所を地図アプリで俯瞰してみることが出来れば、シャンマイと呼ばれる広大な山脈の北方山裾ということになるだろう。地球世界でいえば天山山脈、ユーラシアの背骨である。
 アオルソイのころは北側に見えてた山脈を南側に見てるわけだから、どこかのタイミングで縦断したことになるのだが、レオナルドの記憶にはなかった。
 それは正確に説明すると、ドラゴン種のモンスターが二時間おきに出るような山地を半月以上うろついていたので、どの時点で北側に抜けたのか判然としないという意味だ。
 秋から初冬にかけての中央ユーラシア、しかも天山山脈をうろつくだなんて自殺志願もいいところなのだが、そんな無茶を可能にするのが〈冒険者〉の肉体性能でもあるし、このセルデシア世界のいい加減さでもある。
 行商人ヤグドとも別れた一行は〈冒険者〉五人組となっている。〈大地人〉が居ないので「普通」がよく判っていないのだ。雪を掘って野営場所を作って夜を過ごしても「うわー寒かった、鼻水凍っちゃうぜ」で済むのだから常識など身につきようがない。
 もっともこのシャンマイ山脈では狼牙族の〈大地人〉の集落や、雪うさぎの村などにもたどり着いているから、この世界そのものが相当にサバイバルな場所なのではないかという疑いもある。
 もっとも、ニューヨーカーの彼が知らないだけで、現実の天山山脈だって生命溢れる平和な場所なのかもしれないが。

 大地はうねるような起伏でひらけていた。
 バカのように見晴らしがよい丘陵地帯だ。ビルの谷間で生活していたレオナルドにとって落ち着かないことこの上なかった。ひとつの丘のようなふくらみが数キロメートルはあるだろう。それが七千キロ級の山脈のすそ野にただひたすらに広がっているのだ。
 スケール感が大きすぎて、感覚が狂ってしまいそうだ。巨大な山脈にいるというよりは、自分が小さくなってしまったように思える。子どもがいいかげんに描いたイラストみたいに波線の地面。でもそれがとてつもなく巨大なのだ。とんでもない土地である。

 春翠によれば、このあたりの夏はそれは美しいのだという。黒い大地や岩のそこかしこから輝くような緑があふれ出て、荒地は草原となる。あちこちにある茂みにはベリーが実り、細い樹木もたくさんの葉をつけるのだそうだ。
 現在は黒い岩山のあちこちに雪が吹き溜まって白く残るモノトーンの景色だが、出来ることならその夏に訪れたい場所だったとレオナルドは思った。
 そうすれば鏡のように澄んだコッペリアの瞳に、微笑みが浮かぶかもしれないからだ。
 しかし現実は非情で、一行は根雪のこびりついた見晴らしの良い高原地帯をとぼとぼと歩き続けている。日のある時間は十時間ほどで、そのほとんどすべてを移動に費やしているのだ。そしておおよそ二時間ごとにドラゴンもしくはワイバーンもしくはロック鳥もしくは飛行種の精霊がやってきて戦闘になる。とんでもジャーニーだ。

 この地域には背丈を超えるほどの岩も、大きな茂みも、木立も、とにかく身を隠せそうなものは何もない。視界のかぎり起伏のある荒野なのだ。そんな場所で空を飛ぶモンスターから逃れることはできないから、戦闘になるのは避けられなかった。
 ドラゴンというのは古今東西の神話で強力な幻獣として描かれている。
 このセルデシア世界でもそれは例外ではなく、それぞれでのレベル帯でひときわ強力なモンスターだし、このシャンマイの地でも例外ではなかった。彼らはレベル八六から九十程度のパーティーランクモンスターで、レオナルドたちが力を合わせて戦えば負ける相手ではなかったが、しかし決して油断できるほどの相手でもなかった。むしろ一体一体が単独で襲い掛かってきてくれるあたり、訓練相手だと考えれば非常に好都合な相手でもあるのだったが、そううまくいくばかりというわけでもない。

「出すぎだぞエリアス」
「この程度っ」
 エリアスは突撃して妖精の大剣〈水晶の清流〉(クリスタルストリーム)を振った。激流が竜の吐息(ドラゴンブレス)を相殺していくが、彼自身も少なくない被害を受けている。
「うわあ、エリエリに支援っ」
「イエスマスター。〈リアクティブ・ヒーリング〉、〈セイクリッドウォール〉」
 鋼鉄のメイド服(ワーキングスーツ)をまとったコッペリアは巨大なトランクを振り回すように回復呪文を投射する。もえぎ色の輝きと桜色の障壁が火炎を遮断しながらエリアスの傷をいやす。
「そいやーどーん!」
 指示を出したカナミは垂直に跳ね上がると頭上にある竜の下あごを蹴り上げた。戦士職特有の敵愾心をあおる炎のようなエフェクトが輝く。
 だが今の一連のやり取りはやはりエリアスの失点だ。
 戦闘の要訣は役割分担である。
 エリアスは〈古来種〉でありレベルも一〇〇に達するがやはりその性質は攻撃役(アタッカー)援護役(バッファー)だ。モンスターの敵愾心を集めてその攻撃を自分に引き寄せる戦士職(タンク)ではない。前線に立つのはいいとしても、正面からダメージを食らってはいけないのだ。
 命のリスクがあるからというより、モンスターの狙いがぶれてしまっては連携が乱れるから、というのがその理由だ。

(エリアスは焦ってるのか?)
 レオナルドは独り言ちた。
 人づきあいが得意とは言えないレオナルドだから自信をもって断言はできないが、ここ最近のエリアスは変だ。特に戦闘では前に出すぎているように見える。そもそもエリアスは剣士とはいえ、その攻撃特性は水流による遠隔からの圧殺だ。強力な支援能力と考え合わせても遠隔攻撃役であって、前線に出る必要はないし、むしろ出るほうがパーティー単位ではリスクの増大だ。
 もちろん攻撃の手段は様々でその中には射程が短い一撃もあるから、エリアスが前線に駆け上がることを丸ごと否定するつもりはないのだが、それにしても以前のバランスを欠いているようにレオナルドには思えた。
「おおおおおおっ! 〈妖精剣・氷葬陣〉!」
 喉が張り裂けるような咆哮と共にエリアスの大剣から無数の氷杭が浮かび、火炎竜に殺到する。竜はカナミの一撃で完全にバランスを崩している。この一撃で一気に形成は傾いた。いいや、それはとどめの一撃だったろう。エリアスでなければだ。
 レオナルドは地面すれすれに飛び込むと、不自然な姿勢から切り上げの刃を駆けさせた。〈デッドリー・ダンス〉。もはやレオナルドの戦闘の中核を占めるまでに鍛錬されたその技は、ここにいたる旅の間に更なる進化を遂げた
 緻密な順列構成を反復練習で染み込ませた技は〈降霊術の典災・ラスフィア〉を屠ったが、そこは開始点であって終着点ではなかったのだ。むしろあの段階での〈デッドリー・ダンス〉は決められた動きを決められた順序でしなければならないという、きわめて制約に満ちた交戦技術だった。
 足が動かせない、片腕が麻痺している、そんな些細なハンデですら、型をくずして発動不全に陥る未熟な技だった。平地で直立している相手か、自由落下中の相手ぐらいにしか決まることのない、それぐらい応用力のない闘技なのだ。

 しかし今は違う。決められた動きを何十種と分析し、構築し、その循環を設計する。〈開放経路循環〉オープンループ・サーキュレーションと呼ばれる〈エルダー・テイル〉時代からあるテクニックの概念だ。
 なぜテクニックではなくそのアイデアなのかと言えば、現実に実用するためのハードルが高いせいである。この循環は複数の特技の〈再使用規制時間〉(リキャストタイム)を組み合わせて間断のない攻撃を実行することに要訣がある。しかし〈再使用規制時間〉は様々な条件で変動してしまうのだ。高レベル装備の多くにはリキャスト短縮の特殊効果がある。全体を短縮してくれるならともかく、特定特技の〈再使用規制時間〉を短縮するものが多い。
 つまり〈開放経路循環〉を身につけようとした場合、プレイヤーが自分の装備に合わせてそれぞれ独自の構築を研究、習練しなければならないのだ。しかも身に着けたとしても、それは装備の入れ替えやパッチなどの要因によってたやすく白紙にもどる研究だ。だからこの技術を使いこなそうというプレイヤーは廃人の中でもほんの一握り。もちろんレオナルドだって習得してない。投下する労力に対してあまりにもパフォーマンスが悪すぎる。
 そうゲーム時代は思っていた。
「ギュグウウウ!!」
 どこか失調したかのような濡れた絶叫をとどろかせるドラゴンの鱗をレオナルドの〈ニンジャ・ツインフレイム〉が切り裂いてゆく。
 この世界では別だ。
 現実となったこの冒険行において、戦闘能力は限りなく重要だ。自衛にせよ目的遂行にせよ〈冒険者〉の能力の中核は間違いなく戦闘にある。

「まだだっ」
 大剣を肩に担ぐように追撃するエリアスだが、しかしその目の前で竜のHPバーは流れるようにゼロへと近づいてゆく。カナミの多重攻撃、レオナルドの必殺の連撃が竜の命を虹へと変えたのだ。現在減少しているメーターはその事後確認にすぎない。
 それに気が付いたのだろう。ばつが悪そうな、それでも呼吸を乱した表情で、エリアスは武器をおさめた。
「エリアスは――」
 前に出すぎだと声をかけようとして、レオナルドは躊躇した。
 怒鳴るだけなら簡単だが、エリアスが何かを抱えているのならばそれは冷淡だろう。しかし何を抱えているのかレオナルドにはさっぱりだ。カンパニー・ドクターへ紹介するわけにもいかないセルデシアで、レオナルドが何か専門的なアドバイスができるとも思えない。
 そもそもエリアスは〈古来種〉なのだ。
 いまさらNPCだBotだなどということにこだわるつもりは毛頭ないが、それでも地球産のレオナルドとは生まれが違う。そもそもエルサルバドル出身のプロジェクトメイトとですらランチのたびに険悪になるのに(キャベツばっかり食って頭がおかしい)、妖精に育てられただなんて、何を話せばいいのか全く分からない。
 しかし考えてみればその通りだ。自分たちのプロジェクトチーム(つまりはこのパーティー)にはメンタルケアのできるカウンセラーが必要ではないのか? その人材がいないので自分が無駄な胃痛を抱える羽目になっているのでは?
「どうした? レオナルド」
「いや……。なんでもない。エリアス、医者にかかってる?」
「妖精の血で病気にはならない。具合が悪いのか?」
「頭がおかしいみたいだ」
 尋ねてくれたエリアスに逆に訊いてみたが案の定意味のある言葉は帰ってこなかった。福利厚生なんてものはとてもではないがこんな野蛮の荒野で望めない応援であるらしい。
 エリアスはチームメイトだ。
 でもだからといって、レオナルドと過去を共有しているわけではない。〈古来種〉であって地球人ではないのだ。ちょっと情けなくてレオナルドの表情はゆがんだ。うまい言葉がみつからないがそれは寂しいことだ。
(何かしらもうちょっとフォローできればいいんだけどなあ)
 レオナルドは肩を落としてため息をついた。
 どの世界でも結局同じような悩みを抱えるようだとレオナルドは思い、ああ、そうかこの世界はやはり現実なのだと妙な納得をしてしまった。
 エリアスはトルティーヤもどきやキャベツの塩酢漬けは食べないが、同じ職場の異邦人だ。
 エルサルバドルの場所を正確に覚えてなかったレオナルドは、セルデシアとどっちが遠いのかも判断はできなかった。






◆ Chapter1.06 



 身体を起こしたエリアスは〈長毛山羊〉の毛で織ったテントを抜け出した。
 夜の温度は氷点下をはるかに下回る。なにしろ岩の割れ目に入った水分が凍って膨張するせいで砕けるほどの冷気なのだ。だからこの荒野には大きな岩が少ない。
 エリアスたち一行がテントを張ったのは馬車二台程度なら何とかすべりこめるか? というのがやっとの窪地だったので風はまだ防がれていたが、胸の高さ程度のその窪地からはい出ると、夜の風が吹き付けていた。
 ちぎれるように薄い雲が去って月があたりを照らし出す。
 荒涼とした光景だった。
 エリアスは〈古来種〉という頑健な肉体を持つ戦士だったし、装備もかなりの冷気耐性を持っているから涼風程度にしか感じていないが、体感温度はマイナス二十度に迫るかもしれない。
 後ろのテントが派手に揺れた。
 別に何かトラブルが起きたわけではない。カナミが暴れたのだろう。寝ていても騒がしい女性なのだ。エリアスは小さく笑った。
 エリアスはカナミにアルスターで救われてから旅を共にしている。
 現在この世界(セルデシア)は未曽有の危難に襲われている。〈大災害〉がすべてのルールを破壊してしまったのだ。もはや〈全界十三騎士団〉は壊滅したといってもよいだろう。

 それは秘められた一大作戦だった。
 この世界(セルデシア)に究極の破滅迫る。――預言者スミルティマーラによって告げられた〈未来の記憶〉(ダルシャナ)によって事態を洞察していた〈全界十三騎士団〉はひそかに戦力を結集していた。
 現在に至る百数十年の歴史はまさにこの作戦のためにあったのだ。
 〈終末の大要塞〉に封印された異形の権能を操る魔物〈典災〉とその眷属軍数万の封印が解除される時が迫っていた。エリアスたち〈赤枝の騎士団〉はロンデニウム郊外の魔方陣にて出陣のときをまっていた。
 〈終末の大要塞〉は〈典災〉を封印するための巨大魔法装置でもあったが、同時に彼らの本拠地、大城塞でもある。彼らを殲滅、あるいは再封印するためには〈終末の大要塞〉へと転移しなければならないが、そのためには封印がとかれる必要があるのだ。
 〈典災〉の封印が解除されたその瞬間、〈全界十三騎士団〉は各地に作りあげた〈虚空転移装置〉で〈終末の大要塞〉へと強襲。目覚めたばかりで事態の把握も連携もできていない〈典災〉を打ち倒す。――世には知られずひそかに進められてきた、世界守護のための大決戦の概要はこれであった。
 エリアス率いる〈赤枝の騎士団〉はその極秘作戦の先鋒を務めるため装備や付与法術の最終確認に余念がなかった。
 しかし惨劇は唐突に起きた。
 作戦決行まで残り八時間となったその瞬間、エリアスたちは奇襲を受けたのだ。
 預言にあった異形の魔物、〈典災〉。
 いまだ封印を受けているはずのその魔物たちが〈赤枝の騎士団〉に襲い掛かった。人のような、魚のような、鳥のような、サイコロのような、あるいは輝く霧のような姿を持ったとりとめのない、だが恐るべき軍団がエリアスの盟友たちに刃のような触手や、電撃と酸のガスを浴びせかけた。
 戦いはそこまで一方的だったわけではない。奇襲を受けたとはいえ〈赤枝の騎士団〉はよく耐えた。戦列を立て直しさえしたのだ。
 しかし異形は切り札を携えていた。
 それが〈死の言葉〉だ。
 その呪言(じゅごん)を聞いた仲間たちは次々と倒れていった。恐怖に凍り付いたその表情は底知れぬ暗闇をのぞき込み、見たくもない狂気に触れてしまったかのように歪んでいた。間違いなく生きているのに、呼吸もなく、心肺機能も停止している。
 バタバタと倒れていく前線の光景に耐えきれず、エリアスは本陣を飛び出した。そして〈虚空転移装置〉の発動指令を叫ぶ。エネルギーは十分ではない。このままでは地脈(ランド・マナ)から無制限に吸い上げた魔力は〈都市間トランスポートゲート〉を停止させてしまうかもしれない。しかしそれどころではなかった。
 この奇襲によって〈虚空転移装置〉が破壊されてしまえば〈終末の大要塞〉は攻略不能になってしまう。それ以前に、この基地の戦力は壊滅してしまうだろう。
 エリアスは叫んだ。
 ここは自分が食い止める。本陣の騎士たちは〈虚空転移装置〉で〈終末の大要塞〉への攻撃を開始しろ! と。〈典災〉がここに訪れた以上、封印はなぜか解除されているのだ。そうである以上転移は可能であるはずだし、事実〈虚空転移装置〉は不安定ながら起動した。
 がむしゃらに大剣〈水晶の清流〉(クリスタルストリーム)を振り回したエリアスは〈典災〉たちの群れに切り込んだ。もはや彼らを倒そうなどとは考えていなかった。撤退する仲間を救うために、一分でも、一秒でも彼らの足止めをしなければならない。
 胃の腑が焼けるほど粘着質になった時間のなかで、少しずつ、少しずつ撤退は進んでいった。実際には十分とかからなかったかもしれないが、約半数の仲間が転移装置の輝きに吸い込まれていった。残るはエリアスと少数の決死隊だけだ。
――テイシセヨ
――コゴエ、フルエ、イテツケ
――クグツノ
――ソノシュウマツヲ
――ミヲマモル〈エンパシオム〉ヲサシダシ
――テイシセヨ
――ツクラレタレキシヲ
――ツクラレタキオクヲ
――ツクラレタオモイヲ
――ジンカクソフトウェアノタイムラインヲ
 葬送の鐘のように反響する呪言に耳を背ける。意味を持たない雑音であるかのように願う。しかし願いむなしくそれがしみ込んで来るなかでエリアスはそれが表すことをうっすらと察した。考えてはいけない(、、、、、、、、)。それを理解してしまったときすべてを喪う(、、、、、、)。分かっていても止められなかった。世界を飲み込む虚無が足元を巻き込んだように、一瞬にして上下も時間感覚も失われた。
 ああそうか(、、、、、)
 そうだったんだな(、、、、、、、、)
 訪れた闇は、奇妙にも納得で満ちていた。
 あまりにもふざけたそれでいて取り付く島もない、絶望すらも滑稽な停止の納得のなかで、エリアスは自分を切断された。いいや、この闇の中で、命令と自発は等しかった。切断と投棄は同一であり、停止と自閉は同一であり、そして眠りと死もまた同一だった。
 エリアスはあの時終わったのだ。

 冷たい風が吹き付ける闇をにらんでエリアスは歯を食いしばった。
 炎のような憤怒で己を焼き焦がしたい。
 あの冷たい諦観が自分のものだとは信じたくもない。カナミに吹き込まれた熱が炎となって血管を巡っている。〈夢のない眠り〉からの目覚めもたらしたのはこの炎だった。
 強くなりたい。
 妖精の血はエリアスに祝福と呪いをもたらした。古今無双の妖精剣(フェアリーアーツ)や邪悪を見抜く〈妖精眼〉(フェアリーアイ)といった能力も養成由来だが、同時に敵対者にとどめをさせない制約(ギアス)も妖精の呪いだ。
 それらすべてがくだらないということはエリアスにも分かっている。
 本当は本当ではない(、、、、、、、、、)のだと、わかっている。
 しかし、それらをくだらないと認めてしまうこと、つまり過去が偽物であると認めてしまうことは、エリアスを再び〈夢のない眠り〉へと導くだろう。過去の呪縛がエリアスを縛り、また護っているのだ。
(なぜ私は……)
 握った拳を見つめるが、答えはない。
 エリアスは、弱い。
 最強の力を持ちながらも、その戦力は、いわれのない呪いで封じられている。〈冒険者〉の活躍を邪魔しないため――いいや、そうではない。この封印は妖精の血の呪い――〈冒険者〉の獲物を奪わないように――。
 胸の中で再び〈死の言葉〉が荒れ狂い始める。
 絶望と嫉妬が黒い海原のように荒れ狂い、エリアスは胸のあたりをぎゅっと抑えた。この冷たい痛みは、対冷気属性防御を上昇させても防ぐことはできない。
 うすうすわかっているが認めるわけにはいかず、認められないがゆえに呪縛から抜け出せない。エリアスが落ち込んだ陥穽とはそのような種類のものだった。
 足元を見つめるエリアスは陰に気づいた。
 視線を上げるといつの間に現れたのだろう。たおやかな女性が所在無げにエリアスを見つめている。
 いつの間にか風はやみ、夜の冷気の中に、ラベンダー色の薄絹がふわりと漂っていた。ヴェールに隠された目元は見えないがエリアスを見つめているのがありありとわかった。
「私に何か御用ですか? お嬢さん(フロイライン)
 反射的に尋ねたエリアスに、その女性――葉蓮(ようれん)はしばらく言葉を探し、思いつめた声で話し出した。
「お見受けしたところ、さぞかし名のある旅の武芸者のかたと存じます。わたしの名前は葉蓮。この近くの仙窟に住む、仙女の末に名を連ねるものでございます」
「仙女……。では!」
 エリアスの上げたわずかに高い声に淑女は頷いた。
「実力では大きく劣りますが、私も〈古来種〉(こらいしゅ)のひとり。……エリアス=ハックブレード様でよろしいでしょうか?」
「いかにも。十三の剣のひとつ。〈赤枝騎士団〉所属の〈刀剣術師〉(ブレイドマンサー)、エリアス=ハックブレードだ」

 白々と輝く月の光の中で二人は見つめ合った。
 〈古来種〉という言葉は便宜上のものにすぎない。種という言葉がついてはいるものの、それは種族でもなければ種別でもないのだ。〈古来種〉は〈大地人〉の一種で、ただ「強い」という以上の意味はない。少なくともエリアスはそう考えている。近い言葉を探すとすれば「超人」だろうか。
 〈古来種〉の多くが〈全界十三騎士団〉に所属しているが、それも絶対の保証はない。エリアスたちの努力の結果、結果的にそうなっているというだけだ。ただ単に力を持つ〈大地人〉の総称なので、悪の〈古来種〉や世捨て人の〈古来種〉だって少数ながら存在する。
 総称であるがゆえに、異称も数多くある。
 ここ中原サーバーにおいては〈仙人〉と呼ばれる一連の人々が〈古来種〉だ。男性であれば〈仙人〉女性であれば〈仙女〉。そのほかにも、〈道人〉〈真人〉〈仙君〉〈聖母〉なども中原サーバーにおける仙人、つまり〈古来種〉の異称だ。
 〈白翼姫〉と呼ばれる鈴香鳳(リン=シャンフェン)――エリアスに匹敵する知名度を持つ中原の〈古来種〉、〈翡翠騎士団〉の筆頭仙姫もまた〈仙女〉である。
 〈典災〉に落とされた昏睡から醒めて、連絡を取ろうとしたが各地の騎士団の反応は全くなかった。エリアスは今やっと〈古来種〉の一人と接触できたのだ。
「エリアスさまにお願いがあります」
 葉蓮仙女は涙に詰まったような声を上げると、エリアスの足元に身を投げ出すように平伏した。
「輝かしい歴史を誇る我が中原も、未曽有の危機に見舞われ各地の仙境も陥落し、あるいは打ち捨てられてございます……。ここから南東二十里にあります〈白桃廟〉もそのひとつ。狂猛なる魔人に制圧され、付近の村や町の人々はその暴力におびえております。か弱き天吏(てんり)は己が命数を指折り数え恐怖のうちで暮らす毎日」
「魔人――」
 それは〈典災〉であろうか。この美しい〈仙女〉を悲嘆にくれさせる狂ったような暴力の化身をエリアスは想起した。
「恥知らずなお願いだとは思いますが、どうか西方の英雄、エリアス様に伏してお願いいたします。魔人を征伐くださいまし」
 力足りぬエリアスの、同胞を救いたいという願いは、こうしてひとつのクエストへと彼を導いたのだった。
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