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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

カナミ;ゴー・イースト

75/126

075

 ◆05



 霞のように大地からわき上がってくる〈陽炎悪鬼〉(デイライトシェイド)
 名のごとく、その様はまさに陽炎のようだった。
「せいやっ!」
 自慢の幻想級双刀を振るうレオナルド。
 〈盗剣士〉(スワッシュ)ほどには二刀流は得意としない〈暗殺者〉《アサシン》が振るうそれは、特異なモデルとエフェクトを持つ専用装備である。このアイテムの効果により、レオナルドの攻撃全てには、炎の追加ダメージが発生する。この種の付帯効果は〈手続き発動能力〉(プロック)と総称され、レアリティの高い魔法の品によく見られた。
 その炎の軌跡を空に残しながら、レオナルドは敵の群の中を駆け抜ける。
 〈暗殺者〉は全十二職業中、最大の単体ダメージをたたき出す攻撃特化職である。しかし、極大ダメージを出すためには幾つもの条件をクリアしなければならない。
 たとえば、敵の意識が自分からそれていることがそれだ。
 今、この場合において、前衛とはカナミでありエリアスだ。二人は淡い水色に輝くエフェクトを頼りに、モンスターの注意を十分に引きつけている。性格的な部分もあるのだろう、〈陽炎悪鬼〉の中心部に堂々と立ちはだかるエリアスや、明るい歓声を上げて四肢を舞わせるカナミは敵の注意を引きつける迫力たっぷりだ。
 第二の条件は、自分が敵の死角から攻撃を加えることである。これは、敵の背後に回り込み、油断した角度から攻撃を加えることによって実現される。幸い〈暗殺者〉にはそれを実現するための豊富なスキルがある。
 このふたつの条件は、基本に忠実なパーティープレイを心がけていれば、決して難しくはない。前衛戦士職が敵を引きつけ、その敵の背後に回ったレオナルドがダメージを与えるという陣形(フォーメーション)は〈エルダー・テイル〉の基本的なノウハウだ。
 しかし、〈暗殺者〉の攻撃力は大きい。
 余りにも大きなダメージを与えれば、モンスターは、前衛戦士職よりも背後のレオナルドの方が手ごわく危険である判断して目標を変更するだろう。そうすると、レオナルドが受け手に回り、被害があるばかりか、自慢の攻撃力も生かせないという事態になる。
 また、背後から大ダメージを受けたモンスターは、レオナルドに注意を移すまでは行かなくても、しばらくの間、周囲に注意を一層払うようになる。つまり、死角からの攻撃が通用しにくくなるのだ。
 これらのロスを防ぐために、レオナルドは戦場を駆けた。
 自らが移動することにより、攻撃を加えることが出来るモンスターの数を増やす。その増やした選択肢の中から、すでにダメージを受けていてとどめを刺せるモンスターや、前衛への攻撃に夢中になって隙を見せているモンスターを重点的に撃破して行く。
 この連続移動による攻撃が、〈大災害〉後、〈暗殺者〉レオナルドが出した答えだった。

 レオナルドは廃人級プレイヤーとして恥ずかしくない、一流の戦闘を見せていた。
 しかし、そのレオナルドから見ても明らかに異常なのが、エリアスである。
 もちろんエリアスは〈古来種〉だ。
 〈冒険者〉ではない。
 それをレオナルド達の常識に照らして正常であるとか異常であるとか言うのは間違いだろう。しかし、だからと言って、レオナルドの気持ちが収まるわけではない。
()けっ! 〈水晶の清流〉(クリスタルストリーム)!! 清き水の精霊よ、その姿を千丈の刃と変えて、輝けっ! 〈アクアサウザンドレイン〉ッ!!」
 エリアスの叫びに応えるように、その身体を中心に編まれた魔法陣から、半物質の水の精霊が現れる。流れるような髪をもつ湖の貴婦人だ。彼女がその細い指先を差しのばすやいなや、エリアスが裂帛の気合いと共に、水晶で出来た魔剣を一閃させる。
 剣先から放たれた〈水〉の性質を帯びたオーラが、無数の水滴を針と変えて、〈陽炎悪鬼〉たちをなぎ払って行くのだ。
 その威力は〈陽炎悪鬼〉がしばらく起き上がれないほどであり、何より範囲が広かった。前方百二十度で、射程は十メートルと言ったところだろうか。規格外の攻撃技であった。
 これが〈妖術師〉(ソーサラー)の攻撃であれば、レオナルドは驚かなかっただろう。彼らは、〈暗殺者〉と並ぶ攻撃の、しかも範囲攻撃のエキスパートなのだ。だから、その呪文が強力であるのは当然である。
 しかしエリアスは〈妖術師〉ではない。少なくともカナミに匹敵するかそれ以上の防御能力を持つ前衛――つまり戦士職のように戦っている。それに加えて、パーティーの全員を守る明るい水色の付与魔術は、回復職に匹敵する性能だ。
 これでは、あらゆる職の長所を兼ね備えていることになりかねない。
 端的に言えば、いんちきな強さだった。
(なんだってんだよ!? こいつらっ!!)
 内心では驚愕の声を上げながらも、レオナルドは一体、また一体と敵を屠っていった。〈暗殺者〉はそのダメージを単体に集中させる攻撃の使い手だ。エリアスの範囲攻撃は高性能だが、ダメージそのものでは負けていないと、自負している。
 レオナルドは、エリアスの攻撃で吹き飛ばされて一時的な硬直に陥っている〈陽炎悪鬼〉の背後をとると、二本の刀を飛燕の速度で振るった。
 必殺技である〈アサシネイト〉の再使用規制時間は三百秒。当分の間は使えない。しかかし、一流の〈暗殺者〉が敵の背後から狙い澄ました攻撃を加えれば、そのクリティカル率は五割を超える。〈アサシネイト〉を補い、ダメージを積み重ねる。
「とどめを頼むぞっ! 〈冒険者〉レオナルドよっ!」
「けろナルドだってば!」
 陽気なカナミの声に、勘弁してくれとレオナルドは頭が痛くなる。
「我が剣技、妖精剣(フェアリーアーツ)で敵を葬ることは出来ないっ!」
 エリアスが意味の解らないことを喋り始めた。
「妖精族の刻印を受けた私は、体内の|〈魔力伝達回路〉(マナサーキット)〈妖精眼〉(フェアリーアイ)の呪いが疾走はしっている」
 エリアスの台詞を、初めは翻訳機能の暴走かと思ったレオナルドだが、完全に真面目なその表情を見て確信する。このエリアスという男は、ジャパンで言うところの設定マニア、強度の妄想狂なのだ。背筋がむず痒くなるような言葉を、エリアスはさらに高らかに話し続ける。
「〈妖精眼〉の呪いの結果、私はモンスターにとどめをさせないのだ!」
「え?」
 その告白には流石のレオナルドも、足を止めて振り返ってしまった。
「だから、とどめは頼むっ!」
「あー、けろナルド? つまりさ、あれよっ。エリアスは〈古来種〉だから、モンスターのHPを四分の一以下には出来ないってこと」
 そんな馬鹿な!? レオナルドは一瞬驚愕するが、仕方がないと思い直す。考えてみれば、〈古来種〉はゲームのNPCなのだ。その本分はプレイヤーのゲーム体験のサポート、盛り上げ役だ。自らが目立ってしまっては仕方がない。
 だからこそ、エリアスには『モンスターにとどめを刺すことが出来ない』という制限が課せられているのだろう。
 それが〈古来種〉全てに課せられた制限なのか、エリアスのみに課せられているものかは判らないが、エリアスの言葉を聞く限り、後者ではないのかとレオナルドは感じた。なぜならば、エリアスにはその制限を合理化するために『〈妖精眼〉の呪いのせい』という固有の設定が付加されているからだ。頭が痛くなるが自己申告なのだ。否定できない。

 どちらにしろ、レオナルドがやる仕事は変わっていない。
 横合いから吹き付けてくる熱風をかがんでやり過ごすと、レオナルドはそのまま身体を沈めるように、右手の直刀を振る。さして重い手応えもなく、敵を切り裂く。
 そのまま滑るように移動。攻撃を加える。
 相手がレオナルドの攻撃で倒れようと、生き延びようと関係はない。常に動きながら、死角への一撃を加え続ける。
 一体の〈陽炎悪鬼〉を葬ったレオナルドは、苦いものでも噛んでしまったような表情でカナミに視線を走らせた。
 エリアスは良い。
 彼は〈古来種〉であり、〈刀剣術師〉(ブレイドマンサー)という〈冒険者〉にはない特殊な職業に就いている。だから、そのでたらめな能力は、感情的には納得できなくても、システム的な納得の余地があった。
 しかし、カナミは違う。
 彼女はれっきとした〈冒険者〉であり、その職業も〈武闘家〉(モンク) と言う、レオナルドにとって見慣れたものだ。レベルだって九十で、レオナルドと等しい。
 装備にしても取り立てて珍しい、高級なものを使用しているようには見えない。少なくとも、幻想級〈暗殺者〉専用双刀(ツインブレイド)〈ニンジャツインフレイム〉や、幻想級アクセサリ〈シオロの闇歩きベルト〉のように強力なアイテムは持っていないように見える。
 両手に装備した武器は、おそらく八十九レベル製作級アイテム〈巨人殺しの籠手〉だろう。

 その装備はみすぼらしいものではなく、よく考えられて吟味されているようではあるが、ハイランカーとは比べものにならない。「財産の許す限りそろえてみた」という程度のものばかりだ。
「やっほーい! どんどこどーんっ!」
 そのカナミが腰の入った正拳突きを繰り出す。
 そこからさらに踏み込み、左、右と拳を突き出し、肘、肩を用いた体当たりを喰らわせる。カナミは、華麗な連携の締めとばかりに、まるで重力が消失したかのように宙を舞い、一本の杭のように伸ばした蹴り足で〈陽炎悪鬼〉を大地に縫い止めた。
 〈陽炎悪鬼〉はそのまま、淡く明滅し、消え去る。
 カナミの攻撃力は異常だった。
 〈エルダー・テイル〉経験だけは長いレオナルドには判る。確かに〈武闘家〉は、戦士職としては、攻撃能力が高い。細かい打撃を組み立ててダメージを積んで行くタイプの、連携連続攻撃の手数は目を(みは)るものがある。しかし、そうであってもそのダメージ量は「戦士としては高い」でしかない。
 戦士職の役割は、前衛で敵の攻撃を引きつけ、引き留めることにある。つまり、敵を固定する能力と生存性能が、戦士職の長所なのだ。
 〈武闘家〉は〈守護戦士〉に比べて、鎧や盾などによってダメージを減少させる性能が極端に低い。その代わり高い回避率と豊富なHPで前線を支えるタイプの戦士なのだ。単独行動に適した幾つかの能力と、比較的高い攻撃力とあわせて、玄人好み、かつ一人プレイに向いた職業だと言われている。
 しかし、けして攻撃専門職の〈暗殺者〉に匹敵する攻撃力など、持っているはずがない。それは〈エルダー・テイル〉というゲームのバランス構築において当然の摂理(ルール)だ。
(そんなわけ……)
 あるものかと、レオナルドは何度も確かめた。
 いま現在、〈大災害〉の世界において、モンスターに与えるダメージは可視化されていない。だが、同じモンスターをだいたい何秒で倒すかによって、おおよその攻撃力は判る。
 合計した時間で言えば、カナミはレオナルドとほぼ同じか、それより短いスパンで、〈陽炎悪鬼〉を葬っている。
 もちろん〈アサシネイト〉を使えば、レオナルドは瞬間的にモンスターを葬ることが出来るだろう。しかし、それは一瞬、敵の数にすれば一体のことに過ぎない。カナミはレオナルドが〈アサシネイト〉を用いてやっと出せる様なダメージをさっきから維持し続けている。
(何が起きてるんだよっ。訳が判らないぞっ)
 レオナルドはパニックになりそうだった。
 カナミは東洋人が言うところのYOUKAIだろうか? あくまで陽気に敵を倒し続けるカナミが、レオナルドにとっては、突如不気味なモンスターになったような気さえした。

「あっ」
 そのカナミが突如、大きく背伸びをするように戦場の彼方を見やった。
「戦場に空白発生」
 いつの間にかレオナルドの背後にまで接近していたコッペリアが声を掛ける。コッペリアは回復職だ。ふざけた〈古来種〉や、得体の知れない東洋拳鬼(マスタツ)とは違う。レオナルドは周辺に警戒の視線を放つが、エリアスの範囲攻撃と、レオナルド、カナミが二人で手当たり次第に倒しまくったせいか、遠巻きにするばかりで〈陽炎悪鬼〉は隙を窺っているようだ。
 そこへ颯爽と駆け込んで来た白馬のたてがみを掴んだカナミは、左手を差し出してコッペリアを引き上げた。
「行こう! こいつら、叩いても叩いても増えるばかりで、あんまり面白くないものっ」
 カナミはバッグから出したひょうたん型の水筒から、喉をそらして水を一口飲んだ。
「待ちたまえ!? なんだそれはっ。わたし達は歩きなのかっ!!」
 エリアスが悲鳴のような声を上げる。レオナルドはまったく同意だというように何度も頷いたが、その返事には、青い、青い、蒼穹を背景にしたカナミの弾けるような笑顔が与えられるだけだった。
いざ! 東へ!(Go! East!)
 かくして、四人と一匹の旅は始まりを告げたのだ。



 ◆06



 荒野を渡る風は、もはや冬のそれを思わせるほどに冷たかった。
 この荒野における夜という言葉は闇が充ちるという意味ではない。
 光という無粋を失った透明が静寂を満たすのが、夜という言葉の意味なのだ。
 宇宙の青がそのままに、色を深く深く落とし大地に横たわったような、そんな広がりは視線を上にやれば億千の星空へと繋がっている。
 高原アオルソイの夜だった。
 遠くの山々は、星空の欠如と言う形で、その暗い影をわずかに教えている。

 レオナルド達を照らしているのは、オレンジ色にパチパチと爆ぜるたき火だった。
 レオナルドが熾したその火には、コッペリアがバッグから取り出した、ブリキ製のケトルが掛けられている。
 ケトルから洩れるしゅんしゅんという蒸気が、高原の冷たい風に散らされてあっという間に運ばれて行く。
 風の合間を見つけてエリアスとカナミがテントを張り終えると戻ってきた。カナミは、目の粗い厚手布のマントを身体に巻き付けている。
 〈冒険者〉の身体は丈夫だが、さすがに夜の冷気は応えるのだろう。へそを見せるようなファッションではそれも当然だ。
 コッペリアは、やはりバッグから取り出した傷だらけのブリキカップ四つに、慎重な手つきで、黒い液体を注いでゆく。それは蜂蜜をタップリと加えたコーヒーだった。
「で、どうするんだ」
 口をへの字にしたレオナルドは、バッグから取り出した厚手のチュニックを着込みながら、一行に問いかけた。
「どうするって?」
「これからどうするんだ? っていう話だよ」
「言ったとおりだよ。日本へ行くの」
 レオナルドの問いに、カナミは軽い口調で答えた。
「知ってるか? 日本って言うのは、海を越えなきゃ辿り着かないんだぞ?」
 レオナルドはギークとして、一般的な北米アメリカ人よりは日本に詳しかった。日本というのは中国の東側にくっついている世界の果てにある奇妙でクールな国だ。
 自分たちが居る詳しい位置は判らないが、ユーラシア大陸の中央北西部のどこか、おおざっぱに言えば、イランだのイラクだのの『右上』だろう程度の認識が、レオナルドにはある。
 ここから日本まで旅をする。しかも〈妖精の輪〉無しでだなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
「平気だって。ねー?」
 カナミはエリアスに話を振る。エリアスは判っているのだか判っていないのだか鷹揚な表情で頷いた。
「頑張って泳げば渡れるよ」
 カナミはコーヒーを両手で抱えて無茶なことを言いだした。
 レオナルドの非難するような視線に慌てた彼女は言葉を補足する。
「ほら、私はしばらく前からイタリアに引っ越してたわけだけどさ。もう、良いお爺ちゃんやら、お婆ちゃんやらが、ドーバー海峡を水泳で渡るんだよ。海だよ? 海峡だよ? 日本と台湾の間も大差ないじゃん。いけるよ」
 そうなのか? レオナルドは疑問に思うが、はっきりとした否定も出来ない。おぼろげな知識で思い出してみれば、確かに日本と、中国の出っ張った所は近かったような気もするが、果たしてそう上手く行くのだろうか?
「だいたい、この世界は〈ハーフガイア・プロジェクト〉で、距離が半分なんだよ。おまけに〈冒険者〉の身体能力。いけないはずがないって!」
 そう言われてみれば、そんな気もして来たレオナルドだった。
 隣で、コッペリアが静かに首を左右に振っていることには気が付かない。

「……ま、その、日本に渡るところは良いとしたって。そこに着くまではどうするんだよ。ここは、ユーラシアのど真ん中なんだぞ。地球の円周がおおざっぱに四万キロメートルだとして、その四分の一で一万キロ。ハーフガイアにしたところで五千キロだ」
「時速五百キロだったら十時間で――」
「どんな旅人だ、ソニックブームが出るわっ!」
 ため息をつくレオナルドに、コッペリアは静かに声を掛ける。
「一日五十キロ進めば、百日でつく計算です。大丈夫です、半年以内に到着する可能性は高いと思われマス」
 それは、そういう風に言われれば、その通りだ。
 テケリの廃墟では酷い目にあったが、四人のメンバーのうち三人は九十レベルである。残る一人はエリアスであり、まさに規格外だ。何らかのイベントに巻き込まれでもしない限り、ただの移動、ただの荒野の旅ならば、危険が大きいとは言えない。
 時間制限があるならばともかく、移動するだけならば、『いつかは』辿り着くだろう。
 だが、しかし。
 それにしたって、余裕を見て半年を想定する旅という時点で現代人にすれば異常だ。
「何だって、そんなにまでして日本に行きたいんだ? カナミは、日本人だっていったな? だから日本に帰りたいのか?」
「まぁ、それもないとは言わないけれどね」
 カナミは、分厚い外套にくるまったまま、レオナルドをたき火越しに見つめて、女性らしからぬ笑みを浮かべた。
「判らないかなー? いしし」
 そんなことを言われても、レオナルドは今日初めてカナミと出会ったのだ。カナミの事情など判るわけもない。
 レオナルドが黙って頭を振ると、カナミは静かな声で話し始めた。
「今回の事件は――何か原因があるはずでしょう? わたしはその原因が知りたい」
 カナミの言葉は子供のように素直だった。
 レオナルドは、その無垢な言葉に、胸を突かれる。
 そんな事を言われるのならば、レオナルドだって言いたい。「僕だって知りたいよ」と。しかし、レオナルドは言えなかった。言えないで、今日までの日々を過ごしてきた。

 レオナルドが〈エルダー・テイル〉においてホームタウンにしていたのは、ビッグアップルだ。現実世界におけるニューヨークを模したこの街は、レオナルドの故郷であり地元であり誇りであった。
 四季折々の花が美しいセントラルパークを南に抜ければ、テラコッタと煉瓦造りのカーネギーホール。ビッグアップルでは、それはコンサートホールではなく、シシカバブやタコスの販売所になっているが、レオナルド達ダウンタウン住民がたむろするにはもってこいの場所だ。
 そのまま7thAve.を南下すれば、地球上で最も猥雑なる交差点であるタイムズスクエアに出る。ニューヨークっ子はこんな人混みの中でも慌てたりしない。自分の目的地が脳にインプットされているので、他人のことなど気にも掛けずに、最高効率で歩き続けることができる。口を半分開けて摩天楼を見上げるのはおのぼりさんだけだ。
 アンドロイドじみた彼らが向かうのは、クライスラーだったりダイアモンド・ロウだったり国連ビルだったりするのだが、〈エルダー・テイル〉の中では、どれもこれもが廃墟になり、ビッグアップルにたむろするギルドの根城になっている。
 FAOシュワルツ、トリニティ教会、ラジオ・シティ・ミュージック・ホール。それぞれが高名な大規模ギルドの本拠地として使用され、崩れかけても素敵なその姿を、異世界の青空の中に誇っていた。
 ニューヨークは最高の街だ。それは地球でもこの〈エルダー・テイル〉の世界でも変わらない。混沌をひっくり返したようなパワーと隣人愛にあふれたメガシティがニューヨークで、そこは、レオナルドのふるさとなのだ。
 しかし〈大災害〉が全てを変えてしまった。
 あの悪夢の日を境に、半数のギルドは解散を余儀なくされ、残った半数のさらに半数は、暴君じみた怪物の支配する暴力集団へと変貌した。
 ギルド自身は人格を持たない。それはただの名称であり、システムに過ぎないからだ。誰もが悲嘆にくれるあの混乱の中で、だからいっそ邪悪な目的を掲げるギルドは強かったのだ。
 同じ〈冒険者〉から、またはより容易い搾取の相手としての〈大地人〉から、奪うという行為を許容すれば利益が生まれる。その利益を巡って権力構造が生まれ、暴力で下を従える機構さえ作られれば、そのギルドは存続していくことが出来た。

 しかし、多くのプレイヤーが属する中立的なギルドは弱かった。個人主義や公平はこの世界で生き抜く上での目標にはなりずらかったのだ。個人主義とはつまるところ自分の利益でしか無く、公平とは利益を分配するための指標である。大きな権力に裏打ちされていない『公平』など、一週間も持たなかった。
 参加者同士の連帯と公平を掲げてその実責任の押し付け合いでしかないギルドなど一夜で壊滅した。プレイヤー達は疑心暗鬼になり何も言わずに解散して行くだけだった。
 多くのプレイヤーは、確かに暴力に訴えたりするつもりはなかったが、まったく同じように、他者のために何かをするつもりもなかった。つまり、利己的すぎて己のことしか考えなかったのだ。
 そういったプレイヤーにとって、ギルドとは都合よく利用する場所に過ぎなかった。ただ、〈エルダー・テイル〉がゲームであったために、いままでは問題が表面化しなかっただけのことだ。
 中には正しい理念を掲げた平和的なギルドもあった。
 しかし、そのようなギルドでさえ、無制限にプレイヤーを受け入れることはなかった。多くのプレイヤーは〈大災害〉にショックを受けており、自分の安全と利益を守ることで手一杯であった。
 ギルドとは、本質的に互助的な組織なのだ。
 『互いに助け合うつもりのないメンバー』を養うほど、ホスピタリティがあるギルドは、ビッグアップルには存在しなかった。
(……暴動だったもんな)
 6.01食糧暴動と、その後の公開リンチで、ビッグアップルはすっかりと殺伐としていた。レオナルドは長い間下水道に隠れていたし、数人の気の許せる仲間も次々とビッグアップルを離れていった。
 彼の大好きなビッグアップルは、瞬き数回の間に、仮面の個人主義者が暮らす拒絶と暴力の街になったようだった。
 とうとうレオナルドもそんな故郷を後にすることを心に決め、しばらく密かに過ごせる隠れ家を探す旅に出たのだ。どうせビッグアップルを離れるのならば、遠い所でも構わない。そう考えて飛び込んだ〈妖精の輪〉によって、地球の裏側に送られたのは、大きな誤算というほかなかったが……。

「〈大災害〉の原因なんて。そんなもの想像もつかないよ」
 レオナルドは、故郷のことを思い出しながら呟いた。原因があれば知りたいに決まっている。それが理解可能なものであれば、故郷のみんなも、あそこまでパニックになり、良識を失うこともなかったのじゃないかと思うからだ。
 しかしそんなシンプルな問いを口にすることは、自分には出来なかった。それはこの世界の謎に関わることだと、本能が告げていたせいだ。――自分のような一市民が口に出すには、恐れ多い問いだと無意識に萎縮していたのだ。
 だからレオナルドは、カナミの素直さを、眩しい思いで見つめた。
「こんな騒ぎが起きる原因になりそうな心当たりは多くない。今回の件の直接の原因だかどうだかは判らないけれど、私は〈ノウアスフィアの開墾〉が怪しいと思う」
 カナミのその言葉に、エリアスもひとつ頷く。
 その雰囲気は、二人がこの件についてすでに話し合っていることを示していた。
 それはあるかもしれないとレオナルドは認める。
 しかし、同時にナンセンスだ。
 事件が起きたのは、五月三日だった。拡張パックの解禁予定日は、五月四日(、、、、)
 〈エルダー・テイル〉では、ゲーム中の余剰帯域帯――通信速度の「余裕」を用いて、プレイ中であっても拡張コンテンツが少しずつダウンロードされていく。世界中の〈エルダー・テイル〉プレイヤーのパソコンの中には、拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉がすでに眠っていただろうが、それが解禁されるのは、あの事件のあった、次の日からだったのだ。
 つまりそれは眠ったままのデータである。
 確かに日時の近接具合からして、怪しい点はある。
 しかし、データが眠っている以上、検証のしようがない。〈エルダー・テイル〉の世界の内側に取り込まれた自分たちは、パソコンのデータを直接見る手段は、無いのだ。
「まぁ…… それは確かに、拡張パックは怪しい。〈ノウアスフィアの開墾〉が当たる直前に〈大災害〉が起きたのは、判る。何か関連性があるかも知れない。でも、だからといってどうする。……現に拡張パックは当たっていない。当たっていないものは、この世界では調査のしようがないじゃないか」
 レオナルドの言葉に、カナミは答えた。
「だから、日本へ行くの!」
「なぜだ? 判らないぞ」
「日本は、東の国だよ」
「え……?」
「ニューヨークより十四時間早く――つまり、世界で唯一〈ノウアスフィアの開墾〉が当たっているサーバー、日本サーバーに。――そうすれば、少なくとも、何らかの手がかりがあると、わたしは考えているから」



 ◆07



 十四時間。それは、時差。
 ニューヨークより東にある地域ならば、ニューヨークより早く『五月四日』になる。
 そう、〈ノウアスフィアの開墾〉は、五月四日に導入されるのだ。レオナルドはその気づきの到達し驚愕の声を上げた。
「日本には拡張パックが導入されているのかっ!?」
「そうだよ」
 籠もったような男の声にレオナルドは再び驚いた。
 エリアスに視線をやってみると、彼もびっくりしたように首を左右に振った。確かにエリアスではなさそうだ。エリアスは、すらりとした体型と甘いマスクに似合った、良く響く美青年らしい深い声をしている。声まで女性ファン向けなのだ。
 このような、籠もりがちな声ではない。
 試みにコッペリアに視線をやると、彼女は、ターコイズを磨いたような暗群青の瞳で、きょとんとレオナルドを見つめかえしてきた。どう考えても、コッペリアではないだろう。
「カナミ。せっかく真面目な話をしていたんだから、変な声は止めろよ」
「なんであたしが鼻づまりみたいな声出さなきゃいけないんですか、けろナルドっ」
「僕はけろナルドじゃないっ。レオナルドだ」
「原作版リスペクトってわけだ」
「そうだよっ。このフロッグスーツはヒーローの……。だれだっ!?」
 再び聞こえた低い声に振り向いたレオナルドが見たのは、一頭の白馬だった。
「あ。さっきの馬だね」
 馬がしゃべるという事態がすでにおかしいのだが、その驚きはカナミの暢気な声に冷水を掛けられたようにしぼむ。いちいち取り合うのがばからしいという感じだ。
「カナミの馬なんだろう?」
「ちがうわよ。けろナルドが脱出用に用意したんじゃないの?」
「違う」
 答えながらも、レオナルドは「それじゃ、カナミは他人が用意した馬に堂々と乗って、本人は馬の脇を走らせるつもりだったのかっ!」というツッコミを何とか我慢する。
 だいたいの所、アイテムで呼び寄せることが出来る馬などの騎乗生物は移動用である。その用途から、呼び寄せには一定の時間がかかり、戦闘中にはとてもではないが、呼ぶ気にはならない。
 中レベル程度の〈冒険者〉であれば、たいていが馬を呼ぶための笛を購入して、所持している。レオナルドクラスの廃人ともなれば、大規模戦闘で得た〈水棲馬〉(ケルピー)召喚用の笛さえも持っているのだが、こんな白馬は、レオナルドの趣味ではなかった。
「だいたい、何で白馬がしゃべるんだ」
「彼は白馬ではありマせん。〈白澤〉(はくたく)デス。コッペリアの知るところでは、中国に伝わる人語を解し万物に精通するとされる聖獣デス。〈エルダー・テイル〉内における分類は、幻獣」
「正解!」
「ああ。人語を解すからしゃべれるのね。で、わたしに惚れて助けに来たと……」
「不正解!」
 白馬――幻獣〈白澤〉の言葉に、カナミはむっとした表情になる。
「そもそもなんで幻獣が、あんな戦いの中にのうのうと現れて、武闘家の娘を助けなければいけないんだ。こちらにそんな義理があるわけがないだろう。動機がない」
「そうかなぁ、わたしは見かけたら飛び込むけどなあ。楽しそうだから」
 カナミの言葉に、今度はレオナルドが眉をしかめる番だった。
 横をちらりと見るとエリアスも疲れたような表情をしている。どうやらエリアスも、カナミの性格を一〇〇パーセント歓迎しているというわけではないようだった。
「うーん。わたし馬の友達居ないしなぁ」
「カナミは〈武闘家〉になったんだな。二年ぶりかあ。アカウント自体も違うようだけどさ。英国(イギリス)での生活はどうよ? ウナギパイがまずくて死ぬ?」
「そうそう。ほんとイギリスはそのへん容赦ないよ。イギリスで美味しいものは朝食だけってのはよく言ったものだよね。わたしも、この二年ですっかり自炊派になっちゃってさ。でも、何で料理美味しくないかって、イギリスは、もう水質からして今ひとつなんだと思う……って、お馬さんはだれ?」
KR(ケイアール)だよ。久しぶり」
「ええーっ!?」
 カナミの大きな叫び声は、風しか鳴るもののない高原の夜に吸い込まれた。間近で叫び声を聞かされたエリアスは、美形のはずの表情を修行僧のようにしかめて、「知り合いなら紹介してくれ」と呟く。美形が台無しだと、レオナルドは密かに笑ってしまった。

「えっと、KRっていうのは」
「自分で言うさ。カナミに頼むと紹介と言うよりは、小芝居になるからな」
「ひどいよう、KR」
 どうやらカナミとこの幻獣は旧知の仲らしい。
「自分はKR。こんな名前だが日本人だよ。ここにいるカナミとは、彼女が日本に住んでいた頃の友人だ。彼女は二年前まであるプレイグループを、リーダーとして混乱させいたんだよ」
「迷惑なやつだな」
 レオナルドの小声のツッコミは優秀な聴力で拾われてしまったらしい。
「良いじゃない。楽しかったし、みんな良い子だったしっ」
「まあ、そのプレイグループのリーダーはカナミで、自分はそこのメンバーだったのだ」
「そうかそうか。KRはそんなカナミを日々助けていたんだな」
「いや面白がって尻馬に乗ってもっと騒がせていたよ」
(その発言はどうなんだこの馬)
 炎に近づいてきた白馬のような姿は、ぶるぶると低いいななきをもらすと、長い首を下げてコッペリアにすり寄せた。その額には第三の瞳があるし、後ろ足には豊かな毛皮が生えている。白馬に似た、ファンタジックな生物だ。
「こらーっ! KR! なにセクハラしてるぅ」
「セクハラをしたわけではない。これはコミュ力だ。それに自分も水が欲しいぞ、気を使ってもいいんだぞ?」
 カナミに向けられた言葉ではあったが、レオナルドはマジックバッグから水筒を取り出して、ちょっと迷ったが、それを深皿に注いだ。KRと呼ばれた幻獣は、礼を述べて飲み始める。
「それにしても、では、KR殿は〈冒険者〉なのか? ――その姿は」
「もしかして日本サーバーは〈大災害〉の影響で全員動物になっちゃって、今やサファリパークの有様とかっ」
 やけに嬉しそうなカナミは、瞳の中に星を飛ばしていそうな有様だったが、レオナルドはそんな訳があるかと思う。
 だんだんと、このカナミという女性が判ってきた。
 ツッコミを我慢する代わりに、彼はKRに向かって問いかけた。
「KRさんは〈召喚術師〉……なのか?」
「正解。おーい、カナミ、判るか? 賢い人間がここに居るぞ?」
「む! けろナルドは賢いのか。可愛い上に賢いっ。うへへぇ、良い買い物をしたなぁ」
 レオナルドは、カナミの失礼な主張を非難する意味で睨みつけるが、それは一向に通じているようには思えなかった。そもそもKRの台詞自体が、遠回しに「カナミは馬鹿」と言っているようなものだが、その嫌みすらカナミは理解していないように思える。

「〈召喚術師〉は動物の姿になれるのか? その種の妖術は妖精族の秘技にあると聞いたことはあるが……」
「いや、違うだろう。これはおそらく〈幻獣憑依〉(ソウル・ポゼッション)だ」
 レオナルドの指摘に、KRは同意するかのように低くいなないた。
「その通り。これは〈幻獣憑依〉。つまり、この〈白澤〉は自分の召喚した幻獣だ」
「だから、その〈幻獣憑依〉って何なの?」
 小首をかしげるようなカナミに、レオナルドは説明を開始する。
「あー。〈幻獣憑依〉ってのは、〈召喚術師〉のもってる特技のひとつだ。僕も詳しいことは知らないけれど、〈エルダー・テイル〉時代は、召喚ペットと操作を交換する呪文だったはずだ」
 〈エルダー・テイル〉において、使役存在を召喚するというギミックは、さして珍しいものではなかった。もちろん召喚に関しては〈召喚術師〉が一番のオーソリティーではあるが、バリエーションや能力さえ気に掛けなければ、回復職、魔法職のほとんど全てが何らかの存在を召喚できる。
 代表的なもので言えば、回復職が共通で覚える〈バグズライト〉は周辺を照らす呪文だが、これは厳密に言えば召喚呪文である。淡い光を放つ蛍の幻獣を召喚しているのだ。
 こういった多種多様な召喚系特技は、アイテムから発動するものも含めて、世界に何千種類もあると推測される。ベテランプレイヤーのレオナルドであっても、その全容を把握していない。

 そして、その無数の召喚特技を「コントロール可能か否か」という点に着目して分類する方法があった。
 たとえば先ほどの〈バグズライト〉は、ひとたび召喚されたら、解除されるか効果時間が切れるまで、術者の近くを浮游して周囲を照らす機能しか持っていない。コントロールをすることは不可能であり、その応用の可能性は低い。
 一方コントロール可能な召喚生物も存在する。
 たとえば〈召喚術師〉の従者召喚がそれである。呼び出された幻獣、たとえば〈火蜥蜴〉(サラマンダー)は術者の命令によって攻撃や防御、移動などの命令をこなすことが出来る。術者の命令により「コントロール可能」な訳だ。
 〈エルダー・テイル〉というゲームにおいて、このコントロール要素は、召喚生物に対する「命令」という形で処理されていた。
 しかし、その命令の種類は多くない。攻撃、防御、回復重視、移動しろ、ついてこい、その場に留まって周囲を守れ――その程度だっただろうか。もし仮に、対象となる召喚生物が多くの攻撃特技を持っていたとしても、それらの特技のどれを使うかという判断は、召喚生物に設定されたAI任せだったのである。そしてこのAIの性能は、けして高いとは言えなかった。
 そのような状況ではあったが、〈召喚術師〉の用いる〈幻獣憑依〉は呼び出した召喚生物の完全操作を可能にする呪文なのだ。
 〈幻獣憑依〉を使用したプレイヤーの操作画面は、あたかも、自分が呪文対象の幻獣であるかのような視点に切り替わる。能力値表記は幻獣のものとなり、幻獣の持つ特技も〈冒険者〉であったときと同じようにアイコン選択で使用できるようになる。
 もちろん、多くの幻獣は持っていないが、装備品画面や、アイテム画面さえも表示できるようになるし、幻獣の口から会話をすることも可能になる。
 特技名称通り、幻獣に対する憑依である。
 この〈幻獣憑依〉は面白い特性を持った呪文なのだが、大きなデメリットも存在した。憑依を実行した本体……つまり、〈召喚術師〉本人の身体は、憑依先の幻獣から見て、今度は逆に、召喚生物のように単純な命令でコントロールすることになるのだ。
 要するに召喚生物と術者のコントロール方法を切り替える呪文であるとも言えるだろう。
 一般に言って、召喚生物の持つ数種類の特技よりも、〈冒険者〉である〈召喚術師〉のほうがはるかに応用力の高い様々な特技を持っている。また、使役される幻獣と、召喚主である〈冒険者〉を比べれば、どちらがより重要かは明らかだ。
 そのうえ、この〈幻獣憑依〉は詠唱時間も解除時間も長い。とっさのピンチに、素早く元の身体に戻ると言うことは、出来ない。
 そんなわけでこの〈幻獣憑依〉の呪文は、〈エルダー・テイル〉時代、「面白いには面白いがネタの特技」として扱われていた。

「ほほーん。ほほーん!」
 レオナルドの説明を聞いたカナミは、こくこくと頷いている。眠いわけではなく、納得しているようなので、レオナルドは良しとした。
「じゃ、KRはお馬さんになったわけじゃないと」
「当然だ」
「では、KRさんは、どこにいるのデスか?」
 今まで黙っていたコッペリアの可愛らしい声に、KRは答える。
「日本だよ。当たり前でしょ。ゲーム時代にはそんなことを考えたこともなかったけどさ、この特技は距離とは無関係に働くらしいね」
「おいおい、本体は大丈夫なのか? 〈幻獣憑依〉は本体を守れなくなるネタ呪文なんだぞ!?」
「心配無用ー。見つけづらい森の隠れ家に護衛付きでバカンス中さ。もっとももう二ヶ月以上戻ってないんだけどねー」
「そうか……。そういう使い方か」
 考えてみれば、それはとても優れたアイデアだ。
 〈エルダー・テイル〉はゲームだったから、その行動はゲームの操作画面に拘束されていた。しかし、〈大災害〉以降、自由度は増しているはずなのだ。KRはその点を上手く利用して、自分の隠れ家や、護衛を手に入れたのだろう。もしかしたらKRの友人が、KRの本体の世話をしているのかも知れない。
 本体の問題さえ解決すれば、〈幻獣憑依〉は応用範囲の広い特技である。

「ま、こっちのことはどうでもいいさ。確かに日本サーバーにおいて〈ノウアスフィアの開墾〉はすでに導入済みだよ」
「確かなのか?」
「ばっちり。その証拠に日本サーバーには九一レベルになった〈冒険者〉がすでに幾人も存在する」
 ――九一レベル。
 それは決定的な証拠だった。
 〈エルダー・テイル〉はもう二年近く、その上限レベルは九〇と設定されてきたのだ。レベル上限の引き上げは、新拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉で実装されるとアナウンスされていた。
「それで、新しいダンジョンは? 新しいクエストやモンスター、アイテムは? っていうか、この事態の解決になりそうなヒントは?」
 叫ぶように尋ねてから、レオナルドは、自分の語調の鋭さに驚いた。ああ、自分は情報にこんなに飢えていたのか。今の状況に理不尽さを感じていたのか。
 改めて、そんなことが意識されるほどだ。
「答えられる範囲で答えるけどね。そうだ。君をレオナルドと呼んで良いかい?」
「もちろんだ。好きに呼んでくれ。で、どうなんだ?」
 カナミやエリアス、コッペリアの見守る中でレオナルドは立ち上がり、白い幻獣に歩み寄る。星のきらめく荒野の夜空の下で、オレンジ色のたき火が、パチンと大きな音を立てた。
「――自分がこの幻獣に憑依して大陸へと渡ったのは情報収集を行なうためさ。国内に関しては、放っておいても、眼鏡だの班長だのが見聞きしてくれるだろうから、と言うのが海外重視をした理由だね。韓国サーバーに上陸し、中国サーバーからロシアサーバーへと周り、南下して再び中国サーバーへ。二カ月であちこち行きまくった」
「……」
「世界はひどい有様だよ。まじでげっそりだ。もちろん、どの場所でも秩序を守ろうとする人間は居る。しかし、そうでない者も多いって思い知ったよ。仮に〈冒険者〉達が何ら悪いことを企まない地域であっても、その〈冒険者〉達でさえ、ようするに生き残ることに必死なんだな。多数の〈大地人〉は〈冒険者〉に見捨てられ、世界は加速度的に滅びようとしているとおもって顔に縦線だよ」
「――っ」
「噂をきいた。たくさん。しかし、新しいクエストも、新しいダンジョンも、今は全くわからない。全部があいまいなんだ。誰もはっきりしたことを知らない。わずかな情報が、妄想に溶けて消えてくありさまだよ。攻略の相談をする掲示板も、Wikiも無い。〈冒険者〉ってびっくりするほどダメダメだな。それが身に染みた二カ月だった。半分になっても世界は広いんだ。Webのない自分たちがこんなに使えないとは思わなかったよ。はっきり言うけど、〈冒険者〉ってのは、いまやただのでくの坊だ。情報支援がない現代人って何の役にも立ちゃしないぜ?」


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