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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

Route43

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067




 ロエ2の助けを借りて敵を撃退するには成功したが、問題はそれで解決はしなかった。
 森の中から逃げてきた〈大地人〉たちは木こりであり、仕事中に〈人食い鬼〉(オーガ)に襲われたそうだ。ミノリたちは手分けをして彼らの道具を回収した。大型の斧や背負子などは逃げている最中に放り出してしまったというからだ。
 それらを拾い集めるのは〈大地人〉であってももちろん取るに足りない作業だったが、森の中にはまだ敵性の生物がいる可能性があった。
 ミノリたちは彼らを助ける義務などはなかったが、だれが言い出すともなく自然に〈大地人〉の護衛を引き受けた。乗り掛かった舟だとミノリは思ったし、一度助けたのに結局森の中で襲われたのだとしたら寝覚めが悪い。

 ロエ2を名乗る女性はその間、幌馬車の中でぐったりしていた。
 あれだけ見栄を切った高レベルの〈召喚術師〉(サモナー)ではあるけれど、彼女曰く「日光は苦手」なのだそうだ。そのために今までずっと森や山の中を移動してきたらしい。

 荷物を回収していざ移動をしようとすると、ショックな事実が判明することとなった。〈闇精霊の従僕〉が放った赤い光線は、ミノリのダメージ遮断呪文によってトウヤからそれたが、その流れ弾がミノリたちの双子馬に当たってしまっていたのだ。双子馬の怪我はひどく、それでも逃げ出して地の果てに消えてしまった。〈ライマンの双子馬笛〉さえもひびが入っている。
 〈再使用規制時間〉があるせいですぐさま確かめることはできなかったが、それがなかったにせよ修理もせずに再び使用するのはためらわれるような傷だった。
 そんなわけで〈大地人〉の村へはトウヤと五十鈴が馬車を運んでいくこととなった。
 たとえまだ五十レベル程度だとはいえそこは〈冒険者〉の体力だ。速度さえ気にしなければ、馬車を曳いて歩くくらいのことはわけがないのである。
 木こりの親方であるヘイズをはじめとして、〈大地人〉たちはそもそも徒歩である。一緒に移動するためにはかえって都合がいいほどだった。

 先頭を歩くのはセララと彼女の従者であるウルフだ。明るい灰色のかたまりのような仔オオカミは好奇心いっぱいに左右の茂みへ鼻先を突っ込んでは匂いを嗅いで、それをセララに報告するように戻るとかわいらしい声で鳴いた。
 馬車を曳いているのはトウヤで、その隣には、木こりのヘイズ親方と助手三人が用心しながら歩いている。
 馬車を背後から押している主役は五十鈴である。一応その隣ではルンデルハウスも「女性に肉体労働を押し付けるのは……」といって同様にしているのだが、職業(クラス)の違いは残酷で、同じレベルであれば魔法攻撃職に分類される〈妖術師〉(ソーサラー)よりも、武器攻撃職に分類される〈吟遊詩人〉(バード)のほうが腕力に秀でているのだ。
「気にしないで馬車にのっててもいいのに」
「そうはいかない」
「じゃあ一緒に散歩だね」
「なんでミス五十鈴は上機嫌なんだ」
「散歩だから?」
 幌馬車の後ろで言いあう二人の声を聴くミノリは馬車の中だ。
 ロエ2がのびているので、その手当をしなければと判断されたためである。
「いや、それには及ばない。回復呪文は苦手なんだ」
「苦手、ですか?」
「〈吸血鬼〉だからね」
 極度にやる気のない表情のロエ2は口の端に人差し指を差し入れると、いーっとそれをひっぱって歯並びを見せた。鋭い犬歯がのぞいている。
 ミノリはそれを見てサブ職業〈吸血鬼〉に思い当たった。
 それはシロエから雑談のように聞いた知識だ。かつてなにかのフェアで追加された膨大なサブ職のひとつで、かなりバランスが悪いサブ職業であったらしい。夜間の能力増加や近接戦闘でのHP吸収能力と引き換えに、昼間の間の大幅な能力低下や、回復呪文でHPを回復するどころか追加ダメージ発生など、パーティープレイにはおおよそ不向きな性能を持っていたはずだ。
 ロエ2という女性は〈召喚術師〉だという。
 ミノリと同じ程度の背丈だが、女性らしい体型で、薄手のニットに包まれた胸はかなり主張している。その上かなりの美女だ。
 この異世界において、人々は皆それぞれに、美しかったり可愛かったりする。それは〈エルダー・テイル〉がゲームであった時代の名残で、〈冒険者〉は地球世界の面影を残したままにより整った容貌を持つことになる。
 しかし不思議なもので、そうなった現在でも「美女」や「美少女」というのは明確に存在するようなのだ。それらは仕草や雰囲気、もっと言ってしまえばオーラのようなもので、ただ単純に人を引き付ける魅力だ。
 例えば同じギルドのアカツキがそうで、容姿が整っているという以上の可憐な繊細さを漂わせている。ミノリの知り合いで言えば、ほかにはヘンリエッタやマリエール、高山三佐、最近教えを受けている〈西風の旅団〉のナズナなどもそうだ。
 さらに言ってしまえばその中でも群を抜いているのはレイネシア姫で、数回挨拶をしただけなのに、あんなに記憶に残る個人というのをミノリは初めて知った気がする。
 彼女たちは美女の(もしくは美少女の)存在感とでもいうべきものを持っていて、ただ微笑んでいるだけで同性のミノリでもドキドキしてしまうのだ。

 そして眼前のロエ2という女性もそちら側の存在のようだった。
 ぼさっとしたラフな髪は手入れをしているようには見えないのに、艶やかでどことなく決まっていたし、けだるそうな丸眼鏡の奥の表情も、そうしているだけで物思わしげな魅力があった。
 白いコートも角ばったバッグも〈冒険者〉の無骨なもので、男っぽい話し方と合わせてボーイッシュな雰囲気を醸し出している。しかしそれでもなお、ロエ2を男性と間違えるような人はいないだろうし、可愛らしい女性にしか見えなかった。
 ミノリとしては、ちょっぴりよりも多めにコンプレックスを感じてしまう。
 恋を知ってから憂鬱が増えてしまった。
 もちろん清潔にしているし出来るだけかわいい服装でいようとも思っている。シロエと出かけるときは特にだ。五十鈴と相談をして、子供っぽくないように、でも背伸びしすぎで失敗をしないように、すこし大人しい服を選ぶようにもしている。
(五十鈴曰く、「ミノリの清楚なお嬢様作戦」だそうだ)
 それでも、シロエの隣を歩くとき、恥ずかしいような滑稽なような気分になるときはあった。自分がシロエに不釣り合いな、何もわかっていない恥ずかしい子供であるかのような気分だ。
 そんなときには話しかけようとした言葉を見失い、隣を歩くのもつらい気持ちになる。シロエが振り返って追いつくのを待ってくれる瞬間、そんな落胆にも似た気分が吹き飛び、嬉しさではちきれそうになる自分も知った。そのあまりにも現金な自分を知ってびっくりもしたし、心底情けなくもなった。
 トウヤに「なにもしていないよね」と言ったのは自分だ。
 シロエと一緒にいるために、出来ることをたくさんしようと決心した夜にだ。
 しかし「出来ること」の少なさに途方に暮れてしまう。シロエは大人だが、学校の無いこの世界でもミノリはやはり、ただの中学生なのだ。
 自分が情けなくてちっぽけでとるに足りない人間だと胸が痛む。
 そのくせそのうずくような痛みを手放したくもないのだ。

「だいぶんしょぼくれた感じだね」
「ええ、はい」
 ミノリはロエ2に答えた。
「――それは、〈星辰の霊衣〉ですか?」
「ん? ああ。そうだよ。良く知っているね」
「ええ。私の、えーっと……先生が着ているんです」
「そうか。その人も魔法職かな?」
「はい。〈付与術師〉(エンチャンター)です」
「このローブはかなり性能がいいからね。損耗耐性もあるし、普段使いには便利だ。着心地もいいしね。長旅でもきれいなものだろう?」
 確かにそのローブは損傷も汚れもないようだった。
 山野を移動してきたとはいえ、彼女は九十レベルの〈冒険者〉だ。ソロ移動であってもルートを選べば、さほど消耗することなく旅を続けることができるのだろう。とはいっても〈吸血鬼〉はさすがに不便そうだった。日中の活動が制限されるとなれば、それはずいぶん不自由だろう。
「どちらから来て、どちらが目的地なのですか?」
「“何処より来たりて何処へ行かん”か。ずいぶん哲学的な質問だね」
「いえ、あの、そういうわけじゃ」
 ロエ2は「わかっているよ」とでも言いたげに、にんまりとほほ笑んだ。からかっていたようだ。反論しかけたミノリもその表情に毒気を抜かれてしまう。
 どうやらこの女性は、見た目よりもずっとユーモアのある性格のようだ。

「オウウの辺りから旅をしている。もう三カ月くらいになるかな? ひどいものだ。自分でもこんなに苦労するとは思わなかった」
「オウウ……ですか」
 ミノリは記憶をさらった。確か日本で言う東北地方だ。去年の暮れには、確かシロエもこの地方へ遠征にいっていたはずだ。あちらの地方では〈ゴブリン王の戴冠〉というレイドクエストが今なお進行中であり、ミノリたちが遭遇したチョウシの町の死闘も、ひいてはオウウの異変が遠因にあった。そう考えれば馴染みのある地方である。
「その前はもっと遠い場所にいたのだけどね。〈入れ替え転移〉(キャスリング)でそこまでは跳んできた」
「ああ。〈召喚術師〉さんですものね。従者と場所を入れ替える特殊な呪文、でしたっけ」
 〈入れ替え転移〉は自分の召喚した生物や、契約を交わした存在と場所を入れ替える〈召喚術師〉の特殊な呪文だ。ロエ2はオウウにいた自分の従者と場所を入れ替えたらしい。
 〈エルダー・テイル〉では召喚した従者は、術者からあまり離れた場所へは行けなかった。しかしこの異世界では手法によってはかなり遠く、それこそ別のサーバーまで行けることがわかっている。〈円卓会議〉参加ギルドのひとつ〈ホネスティ〉はそれを利用して〈妖精の輪〉(フェアリー・リング)の調査を進めているほどで、これは良く知られている知識だった。
「うん、従者というか、兄というか……うん。兄だな、兄にしよう。兄と場所を入れ替えて」
 ロエ2はばつの悪いのをごまかすように頬を染めてそういうと、早口で続けた。
「それから山歩きの毎日さ。目的地はとりあえずイコマだ。そこまでいけば〈吸血鬼〉を辞められる」
「離職クエストですね?」
 それを聞いてミノリは納得した。
 通常、サブ職は別のサブ職を取得することで「上書き」することが可能だ。そうすれば以前に利用していたサブ職は失われる。ミノリも〈見習い徒弟〉(アプレンティス)で〈裁縫師〉を上書きすることで転職したのだ。
 しかし、サブ職の中には「上書き」を受け付けないものもある。難易度の高いクエストで得られるサブ職や、期間限定のイベントで得られるサブ職に見られる特徴だ。そのようなサブ職を変更したい場合、「離職のためのクエスト」をこなして、いったん自分のサブ職を白紙に戻さなくてはならない。
 〈吸血鬼〉はデメリットの多いサブ職だ。
 いまでは就いている人も珍しく、かなり恥ずかしい職業だとシロエからは聞いている。
 ロエ2が旅をするにあたってこんなに苦労をしているのも〈吸血鬼〉である影響が少なくはないだろう。離職できるならしたいに違いない。そして「離職のためのクエスト」はイコマにあるのだろう。
「ご明察だ。なんでこんなサブ職になっているのか本当に責任者に問い詰めたい。兄的な……たぶん? 責任者だ。こんなの見かけだけじゃないか。そりゃまあ、月では便利だったが地上に降りた後のことも少しは考えてほしいよ」
 ロエ2の述懐にミノリは疑問を覚えて問いかけようとした。
 しかし、そのとき跳ねるような振動を伝えて馬車が停止して、会話は打ち切られてしまった。
「おーい、中の〈冒険者〉さんたち、それから小さい恩人の〈冒険者〉さんたち。ここがおれたちの町コユルギだ。一応は宿屋もあるからさ、ゆっくりしていってくれ。あとでお礼のあいさつに来るからさ!」
 幌から顔を突き出したミノリが見たのは、二股になった河が形作る広い三角州だった。水に運ばれた肥沃な土と河の守りが形作るその洲には、パッチワークのように美しい畑に囲まれたひとつの町がある。
 ゆっくりと傾いてゆく日の光の中で、煮炊きの煙をたなびかせながら、その町はミノリたちを歓迎しているようだった。



 ◆




 部屋は簡単にとることができた。
 二月は交易にはまだ早い時期である。もちろんアキバの熱気に充てられた商人は、この冬にでさえ足しげく仕事に励んでいたが、農作物の交易のためにはまだまだ時が必要だった。
 五十鈴たち一行はコテージのように独立した宿の部屋に荷物を置くと、貴重品と装備だけを身に着けて食堂へと戻ってきた。部屋は商人のためのもので、個室ではあったが五人で入ると考えると寝床のほかにあまりスペースはなかった。眠るのならば問題はないが、まだ日も沈み切ってはいない。
 挨拶に来るといった木こりの件もあるし、夕食も考えなければいけない。
 そんなわけで五人組は宿の主人の待つ食堂へと戻ったのだ。

 食堂は低い天井の木造建築だった。
 倒木をそのまま活かしたような自然な木材でつくられた柱と梁で打ち立てられた骨組みに、白塗りの壁が印象的だった。ランプは油ではなく〈畜光石〉のようだった。アキバで作られた魔法のアイテムだ。昼間の間ずっと光に当てて、その光を4,5時間かけてゆっくりと放つ品で、魔力で輝く〈蛍火灯〉よりもずっと安価だ。
 この食堂に草木染で緑に着色された背の低いソファーがいくつも置かれ、それがやはり低い食卓を囲んでいる。柱の周囲には観葉植物さえ飾られていて、ダイニングというよりはリビングのような印象の広間だった。
 そんなソファーのひとつには、この村まで同行したロエ2が足を投げ出すように座っていた。
 他の客は顔見知りではないし、あえて違うテーブルに行くのも気が引けて、五十鈴たちはロエ2のソファーまで近づいて行った。ロエ2のかすかな笑みと手招きであっさりと対面に座ったのはトウヤだった。テーブルを囲むように五十鈴とルンデルハウス。ロエ2のとなりにはミノリとセララだ。
 ロエ2は赤紫色のジュースを飲んでいた。セララの質問に「梅のジュースらしいぞ?」と答える。
「ロエ2さんも宿をとったんですか?」
「うん。久しぶりに風呂に入りたいしな。この宿、風呂があるそうだ」
「聞きました!」
 自分でもわかる弾んだ声で五十鈴は答えた。
 〈冒険者〉装備の少なくない割合が、自動修復や自動洗浄機能を備えている。土汚れや草木の埃がついても自動的に新品のように清潔になる機能だ。汗をかいてもいつの間にか乾いている身体でもあるし、そういう意味では〈冒険者〉は気を付けている限り、もとの世界に比べて入浴する必要は薄い。
 しかし精神的な部分は別で、たとえべたついていなくてもべたついている気分はするし、お風呂には入りたい。五十鈴は年頃の女子高生なのでその気持ちは人一倍だ。セララだってミノリだってそうに違いないと思う。

 頼んでもいない料理が運ばれてきた。
 給仕してくれた男性によれば、助けてもらった木こりたちのおごりということらしい。町長からも感謝の言葉が届いているそうだ。メニューはなぜか豪華な目玉焼き丼で、どんぶりからソーセージやトマトがはみ出している。最下部は白米で、一番上には二連の目玉焼きが乗っているという塩梅だ。
 この宿の名物なのか、どこのテーブルにも提供されている。
 満面の笑みを浮かべたルンデルハウスが、きょろきょろとテーブルを見まわし始めると、何も言わずとも察したセララが、腰のポーチから、いくつかの調味料をテーブルに出してくれた。
「おれ、醤油っ」
「もうトウヤったら」
 双子は醤油派のようだ。五十鈴はその隣の似たような小瓶をルンデルハウスに渡した。
「ありがとう、ミス五十鈴」
「次は私ね」
 五十鈴とルンデルハウスはソース派である。五十鈴の一家では、母は醤油、父と五十鈴はソースである。ルンデルハウスとふたりでアキバにいるのならば、贅沢に照り焼きソースという手もあるのだが、贅沢は言えない。むしろ最近では、食べるものがなんでもおいしくて困ってしまうほどだ。〈大災害〉直後、〈ハーメルン〉時代と比べれば、今の食生活は天国のようなものである。
 いま目の前にあるのは(一風変わった)目玉焼き丼ではあるのだが、それも悪くない報せ。この世界において一番おいしいのは、B級グルメだと五十鈴は思っている。と、いうのも、それらは確実に〈冒険者〉が持ち込んだ食文化だからだ。
 この目玉焼き丼もどこかの〈冒険者〉が考案したのだろう。見かけが豪華なコース料理風の皿が出てきた場合、非常に運が良ければ美味しい可能性もあるのだが、そうでない場合は味のしない料理である。
 ワンタッチで作れない手作業の料理は、見かけだけのメニュー作料理に比べて、見た目がそこまで豪勢にはならないという特徴がある。つまり、B級グルメな見かけの料理が出てくれば、それはほぼ確実に味のある料理であり、〈冒険者〉発祥のものなのだ。
 照り焼きクレセントバーガーに比べると一段落ちるが、この目玉焼き丼、そういう意味では期待できそうである。
 ルンデルハウスもきっとそう思っているのだろう。軽く目を閉じていただきますの号令を待っているが、透明なしっぽが床を掃除するように左右に揺れているのが見えるようだ。
「んしょ、んしょ」
 セララはふた付き瓶からマヨネーズをスプーンで移しながらふやけたような笑顔だ。旅を続けていると食事が楽しみになる気持ちは、普通女子高生である五十鈴も、大変共感できるものである。

 きょとんとしているロエ2にミノリは声をかけた。
「これが醤油で、こっちは中濃ソース、赤いのはケチャップですよ。ロエ2さんはどれにします?」
「む。むむ……」
 ロエ2は不思議そうな顔で手に取ると、順番に使用する。
 五十鈴としては醤油とソースを両方使うのは正直、ないと思うのだが、それは個人の自由である。五十鈴の家だってそうだ。人間デリケートな部分に触られると戦争をせざるを得ないのである。
「いただきます!」
 そんなわけで一行は夕食をとることになった。スプーンがこの宿の提供でありそれで食べるよう意図されていたのだろうが、五十鈴もルンデルハウスもマイ箸をもっていた。ルンデルハウスも上手になったものである。

 食堂は半分ほどの席が埋まっていた。
 周囲にいるのは職人や商人達がほとんどで、周辺の情報交換をしているようだ。五十鈴も旅に出て分かったのだが、余り大きくない町や村において、宿屋や酒場というのは商業施設であるのみならず、ある種の公共施設でもある。飲食するのはもちろんだが、どちらかというとその町村の情報を集めたり、話し合いをしたり、時には決まり事を作ったりする役割があるらしい。
 そんな夕暮れ時の食堂で、五十鈴たちは楽しい食事をした。
 野外での食事は、それはそれで趣もあるし(セララが失敗をしなければ)美味しいのだが、腰を落ち着けてみんなの顔を見ながら食べるのはうれしいものだ。
 五十鈴はルンデルハウスの頬についた米粒をひょいととると、水差しから全員のコップに冷たいお茶を注いだ。
「よし理解した! こっちの黒いドボドボがソースで、こっちの黒いドバドバが醤油だな?」
 ロエ2はそうつぶやくと、さらに追加で両方を投入する。
 ちらりと視線を交わした五十鈴とミノリは同じ感想を抱く。今回も醤油派とソース派の戦力は拮抗しているようだ。
「いやいや。完璧に把握だ。学習かくあるべし」
「マヨネーズもおいしいですよ」
 味方に引き込もうとするセララに押し切られたのか、ロエ2はおっかなびっくりさらにマヨネーズも追加している。心配になる五十鈴だが、やはり口は出さない。いわゆる不可侵条約というものだ。

「……途中で引き返したらしい」
「隊商はむずかしいか」
「それでも個人商人なら何とか……」
 旅人が町の顔役や職人と額を突き合わせるようにして話している。ただの井戸端会議というわけではなく、町の今後の成り行きを定めるために重要な情報交換なのだろう。
 ため息交じりの会話が耳に入って視線を上げた五十鈴だが、よく見てみればみれば、商人たちの顔は暗い。
「どうか、したのかな」
 五十鈴のいぶかしげな問いかけに仲間たちはそれぞれに食堂を見回した。
 居心地の良い食堂には、ずいぶん長く逗留している雰囲気の商人や、沈鬱な表情の職人達が大勢いるようだ。
「ここより西へ進むとボクスルトと呼ばれる山地に入る。綺麗な湖があるし、関税で栄えた貴族が治めているんだが、そのボクスルト山地でモンスターの活動が活発になっているという話らしい」
「そうなんですか……」
 ロエ2はスプーンで黄身交じりのライスを一口たべると、そんな風に食堂の会話を説明してくれた。五十鈴たちが部屋に戻っていた間、事情を聴いたのだという。
「おおむね、二十から三十レベルほどのモンスターだな。昼過ぎに戦闘した連中もそうだが、山中で勢力争いのようなものがあったんだろう。標高の高い場所の少し強いモンスターが裾のほうへ降りてきてるんだ。玉突き式に活動範囲がずれているんだろう」
「ロエ2さんは、見てきたんですか?」
「ああ。ずっと森の日蔭を移動してきたからね」
 ミノリの質問にロエ2は何でもないように答えると「ごちそうさま」と器をおいた。さりげなく、メンバーの中で一番早い完食だ。

「わたしたちは良いですけれど、商人の皆さんは大変でしょうね」
 ミノリの言葉に、五十鈴はちょっと考える。
「普通の街道沿いを移動するだけならば、モンスターのレベルは十前後。そんな地域がほとんどだ。特に赤土の街道は、古代技術で獣除けの呪がかけられているというからな」
 ルンデルハウスも同じようだ。思いついたことを整理するように言葉を並べた。
「そういう前提で交易をおこなっている商人さんは、街道に二十レベルのモンスターが出てきたら困るね」
 五十鈴はそう返した。
 この食堂で長逗留している商人たちは、峠越えをするにも困って足止めをされているのだろう。
「困ってるのはわたしたちもかわりませんよ。馬さん怪我しちゃいましたし」
 セララの言葉で五十鈴も思い至った。
 確かにあれば大問題だ。こんな〈大地人〉の町に、〈冒険者〉用の装備販売店があるとは思えない。ましてや〈冒険者〉のアイテム職人がいる可能性はほとんどゼロ同然だろう。

「馬か。ああ、逃げ出してたもんな。馬なんて召喚(よべ)ばいいじゃないか」
 ロエ2はお腹がいっぱいになったのか、上機嫌にそういった。
 〈召喚術師〉(サモナー)であれば確かにそうだろうが、五十鈴たちではそうはいかないのだ。
「ロエ2の姉ちゃんはそういうことできるのか?」
 同じ思いだったのだろう。
 トウヤはいつもの明るい声でそう尋ねた。
 しかし、その返答は五十鈴が思ってたようなものではなかった。
「お姉……。うん、君たち。ちょっといいかな。お姉さん、そういってくれないか」
 なんとなく駄目になりかける雰囲気を察した五十鈴が止める前に「ロエ2姉ちゃん」「ロエのお姉さん、ですか?」「ミスというよりはレディ、と言ったほうがいいのかな? レディ・ロエ2」と仲間たちは答えてしまったのだ。
 目の前でこぶしを握って感動の余韻に浸っている丸眼鏡の女性は、無言で頷くと、噛みしめるように何度も深呼吸を繰り返した。

「お姉さん。いいな。お姉さん。……その言葉を聞くと、頼られていると感じるな」
 いや、そんなことはないと五十鈴は言おうとした。
 親友ミノリなんて、何か言おうと掌で遮るようなポーズまで取っている。
 だが二人が口をはさめるようなロエ2ではなかった。誇らしげで善意に満ちた、それは晴れ晴れとした表情だったのだ。
「なんだか頼られるのには高揚を感じる。お姉さんって、いいものだな。お姉さん扱いをされる存在になりたい。お姉さんであると持ち上げられたいな! よし、君たちの旅に同行しよう。戦力的には頼りにしてもらってかまわない。もちろん、馬もだすぞ。誰も見たことがないほど立派な馬をスタックするほど呼び出そう。報酬はお姉さんぶらせてもらうことだ。いいかな、諸君?」
 ロエ2は格好いい表情と姿で、五十鈴から見てあんまり格好良くないことを言い切った。一気呵成なその主張に、五十鈴たち一行は、押し切られてしまったのだ。

ちょっと研究中なので分量調整です。
今週のカップルはセララxマヨ
+注意+
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