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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

供贄の黄金

56/126

056


「シロー。お客だぜ」
 直継の案内よりも早く、シロエは地図や書類を〈魔法の鞄〉につっこんでいた。
 そもそも来客は想定済みで、暖炉の部屋のテーブルや茶器だって用意してある。
 玄関から戻った直継の困惑の表情をみながら、シロエはそういうことになったか、と考えを巡らせていた。案内をされてきた客はシロエの予想を裏切ってはいたが、かといって一度も考えなかったわけではない人物だったからだ。
「こちらへどうぞ」
 直継を無視してしまって悪いが、今は来客対応が優先と考えたシロエは、樫で作られたがっしりした椅子を勧める。
「ずいぶん苦労しましたよ。雪山を登るのは」
 そういいながらも、雪のひとかけらも触れたようには見えない立襟の礼服の肩を払い、スミレ色の瞳を持つ青年、供贄(くにえ)菫星(きんじょう)は腰を下ろした。

「ごぶさたでいいのでしょうか」
「ごぶさたでもかまいませんよ」
 菫星の返事にシロエは口をつぐみ、いよいよ難しい状況になってきたと内心では深くため息をつく。
 シロエはこの人里離れた山小屋で供贄一族との交渉を行おうと待ち構えていたのだ。オウウの深い山中までわざわざやってきた理由はいくつかあるが、そのひとつはこの地域が供贄一族の本拠地(と推測される場所)に近いからである。
(……これはまた)
 正直に言えば困ったな、というのがシロエの気持ちだった。
 そもそも供贄一族との交渉は難しいだろうという予想があった。
 当初シロエがこの謎の一族について知っていたのは、「銀行」の業務を行っているということである。「銀行」は〈エルダー・テイル〉のプレイヤーに提供されている便利な機能のひとつであり、アイテムや現金を預けておける保存空間(ストレージ)を提供するサービスだ。ここに預けたアイテムや現金は預けた特定の銀行のみならず、ヤマト全域の銀行で引き出すことが可能である。
 〈冒険者〉が用いる帰還呪文や都市間ゲートとはまた違った転送技術をもつ供贄一族が提供するサービスは「銀行」だけではない。
 個人から個人宛へ文面や小包を届ける宅配サービス。様々なアイテムの売買を可能にする公開市場(バザー)サービスなど多岐にわたる。多くの街に設置された衛士システムも供贄一族によるものなのである。
 〈エルダー・テイル〉のプレイヤー、つまり〈大災害〉直後の〈冒険者〉から見れば、これらのサービスはあって当然であり、公共のインフラであるように思えた。〈円卓会議〉結成時、シロエが「〈大地人〉の支えがないと〈冒険者〉は暮らしていけない」と発言したのは、脳裏にこの一族の存在があったからだ。
 もちろん当時は、これらのサービスが供贄という謎めいた一族によって提供されているとは知らなかった。
 〈円卓会議〉が成立した後、会議はシロエを中心に供贄一族との接触を持とうとしてきた。それはかなりたやすく成功したのだ。アキバをその活動範囲とする責任者、菫星と面識を得ることができたのはその頃である。しかし、その先へ進むことができなかった。
 供贄一族がヤマトという地域で様々なサービスを提供していることは判った。そしてそれらのサービスが〈冒険者〉にとって必要不可欠なことも。アキバにおける代表者である菫星と挨拶をすることもできた。しかし、そこまでだったのだ。一族の組織や実力、その秘められた知識、本拠地、思想、目的――そういった情報の一切をシロエは菫星から入手することはできなかった。
 露骨に無視をしてきたり敵愾心をむき出しにしてくるわけではないが、菫星は穏やかな笑みと弁舌で、シロエの入れた探りのすべてを拒絶してきた。
 そもそもシロエが以前に考えたとおり、〈冒険者〉は〈大地人〉がいないと生きていけないが、〈大地人〉はおそらく〈冒険者〉がいなくてもなんとか生きてゆけるのだ。凶悪なモンスターが闊歩するこの世界では地球のような繁栄は望めないかもしれないが、それでも戦闘禁止区域や魔法技術を利用すれば生き残ることはできるだろう。そしてその代表格が供贄一族なのだ。
 供贄一族は〈冒険者〉を必要とはしていない。それだけで交渉のためのカードはずいぶんと制限されることになる。
 それでも何らかのカードを手に入れようと情報収集を続けるシロエの相手が菫星だった。この老練な横顔を持つ青年は、シロエのそんな思惑をおそらく察して、供贄一族の情報を閉ざし続けたのだ。シロエが今知る供贄一族の知識など、菫星からというよりもリ=ガンから入手したものの方が多いような始末である。

「こちらはリ=ガンさん。賢者、で判りますか?」
「ええ、もちろん。お初にお目にかかります。供贄一族の窓口を勤めております菫星と申します」
「はじめまして。はじめまして。供贄一族の方に会えるとは」
 そのリ=ガンは菫星の挨拶に手を振ってにこやかに答える。
 菫星もうっすらとした笑顔だ。
「今日は希有な日ですね。〈冒険者〉を代表する“記録の地平線”“茶会の大魔道士”シロエ様に、“ミラルレイクの賢者”たるリ=ガン師にまで出会うことができる。シロエ様にお招きいただきこの歴史的な場に居合わせる栄誉。供贄の歴史の中でもこれほどの光輝に浴する者は限られるでしょう。このような日が来るとはは偉大な先人も予想だにしなかったでしょうね」
 菫星の返事にシロエは困ってしまう。
 この菫星という青年は、決してシロエや〈冒険者〉に敵対的なわけではない。無口なわけでも、こちらの話が理解できないわけでもない。ただ単純に自分の望まない情報開示を行わないだけで、それすらも、こうやって芝居めかした饒舌の中に隠してしまうだけなのだ。
 シロエはこの交渉の先行きにため息をつきたいような気持ちになる。供贄一族の責任者と話し合いたい。そんな要望をアキバの供贄一族、つまりは菫星を通して連絡したのはシロエ自身だが、その当人がこんなオウウの山中まで出張ってくるとは。
 そこでシロエは別の可能性にも気がつく。だがシロエがそれを検証する僅かな時間にも、リ=ガンは上機嫌で菫星との会話を続けているようだ。
「その輝かしい席は、御身の存在によってさらに奇跡の度合いを深めていますね。供贄――それは謎の一族。ヤマトの国々を影から支え、絶大なる魔力を持つ魔導文明の技術を伝える一族。その頭領たる菫星様ですからね。これはもう、期待が膨らんでも仕方ありません」
「期待、ですか?」
「ええ。ここにいるシロエ様はびっくり箱のような方ですからね」
「ほほう。それはそれは!」
 無茶ぶりはやめて欲しい。
 シロエはそんな気持ちを込めてリ=ガンを見やったが、彼の方はいつもの痩せこけた顔に好奇心満々の笑みを浮かべている。気がついていないわけではない。このひょうきんな〈大地人〉の賢者はシロエが困っていても助ける気がないだけだ。
「えーあー」
「ふふふふ」
 シロエは含み笑いを漏らすリ=ガンを睨んで交渉に入ることにした。
「菫星さんにお願いしたいことは手紙にも書いたとおり」
「資金を都合すること、融資ですか」
 なんのことはない。
 金の無心だ。

「はい。話が早くて助かります」
「ええ。手間が省けたでしょう?」
「すみません」
 シロエはこの交渉をアキバで行いたかった。クラスティを始めとした〈円卓会議〉の重要メンバーが〈七つ滝の城塞〉攻略中である現在、アキバの街は随分と隙のある状態である。トラブルの予感もする。ソウジロウが残っている以上、何かあってもどうにかなるとは思うが、それでもシロエは離れたくなかった。
 にも関わらずここまで出向いたのは、菫星がその申込をさせてくれなかったせいだ。断ってきたわけではない。のらりくらりと雑談に紛れ込ませ、有耶無耶にされてしまったという方が正しい。交渉術において、たかが一回の大学院生でしかないシロエは本職には勝てない。
 その菫星が今回はあっさりと本題へと進んでくれたことは意外でもあったし、ありがたいことでもあった。

「いえいえ、そのように気になさることはありません。手間が省ける。それが重要です。供贄一族にとっては、とても重要なことです」
「はあ……」
「ここまで来て下さったのは、供贄の里のことを知ってのことでしょう?」
「そうです。リ=ガンさんからそれを知りました」
「ほう。ミラルレイクにそんな記録が。少々見くびっていましたね」
「礼儀だと思いました」
 シロエは渋面で応える。
 礼儀などではないのだ。
 リ=ガンとの古文書研究で、この地域に供贄一族の本拠地があると知ったシロエが切った交渉カードのひとつである。こちらはそちらの本拠地を知っているぞ、というそれは、本質的には恫喝だ。シロエはそこに居心地の悪さを覚える。その手段を否定はしないしためらうつもりもないシロエだが、だからといって喜んでやっているわけでもない。
 〈円卓会議〉のときは苛立ちがあった。
 問題を座視する大手ギルドにたいしていいかげんにしろと怒鳴りたい気分があったので、脅迫だろうと恫喝だろうと気にしなかっただけである。
 しかし供贄一族は過去から続く義務を放棄しているわけではない。少なくとも、彼ら自身はそう思っていないはずだ。

「〈円卓会議〉のシロエ様からの依頼となれば引き受けたいのはやまやまですが、できかねます」
「どうしてですか?」
「太祖からつづく約定に違反しますから」
 シロエはその答えにため息を付いた。
 シロエはこの交渉が難しいと最初からわかっていた。だからリ=ガンの助力を請いさまざまな事前調査をしたのだ。供贄一族の銀行は投資であろうが融資であろうが、外部に資金を提供したことは、記録の限り一度もない。あくまで預けておいた金を、払い戻す。それだけだ。
 シロエはアキバで行った菫星との雑談を思い出す。自己資本比率、与信、信託――それらシロエたちにとっては当たり前の銀行用語が、菫星には通じないのだ。もちろん説明すれば言葉の意味はわかってくれる、が、それだけだ。
 アキバにある銀行と呼ばれる施設は、地球における意味合いでの銀行ではない。それがシロエたちの結論である。あれは預かり所とでも呼ぶべき施設であって金融を目的とした組織のものではないのだ。
 となると不思議なことがある。
 この世界に銀行がないのは百歩譲ってよしとしよう。しかし、金貸しがないのは不自然だ。シロエも専門ではないからよくはわからないが、銀行はともかく金貸しの歴史は古いはずである。たしかローマにはあったよな、とシロエは考える。ローマといえば紀元前からあった国だ。中世風のこの世界で金貸しがないのはいくらなんでも文明が遅れすぎである。
 このことはリ=ガンに聴いても不思議な顔をするばかりではっきりした答えは得られなかった。〈大地人〉のエリッサによれば貴族は下位の貴族や領民にその種の貸付を行うこともあるようだが稀であり、民間においてその種の貸し借りは見られない。
 そのためこの世界の商人は発言力が大きくない。ほとんどの売買は貴族と貴族の間で行われ、商人はその中継や運送にかかわることがほとんどだ。中には半貴族半商人のような〈大地人〉も存在する。
 また、この世界の通貨の信用の源泉は、王族や貴族ではない。
 そもそも王族や貴族――統治者が通貨を鋳造しているわけではないのだ。それらはモンスター討伐時に「発見」される。モンスターを討伐すればするほどに市場に流通する貨幣、つまりマネーサプライは増加する。通貨の信用を国家が裏打ちするという地球での構造は、どうやらこの世界には当てはまらないようなのだ。
 ではどこに信用があるかといえば、それは普遍性だ。
 この世界では単一の通貨が流通している。金貨、半金貨、四分金貨という単位はあるが、名称はない。円とドルとユーロが混在していた地球と違い、単一の通貨しかないために、名称で区別する必要がないのだ。通貨は単純に金、ゴールド、金貨などと呼ばれる。そしてこの通貨は、シロエが予想する限りヤマトサーバだけではなく全サーバ、つまり全〈エルダー・テイル〉世界で共通である。
 つまり「自分の持っている金貨がある日無価値なごみにならない」という信用は、国家の武力ではなく、この世界にはほかの通貨が存在しないことから発生している。たとえばひとつの発行国家が崩壊してしまえば価値を失う地球での通貨よりも、あるいは強固な価値保存システムなのかもしれない。マイハマで得た金貨は〈自由都市同盟イースタル〉が滅んでも、〈神聖ウェストランデ〉が滅んでも、その流通価値において損なわれないのだ。
 もちろん通貨そのものが貴金属として価値を持っているという側面もあるだろうが、通貨の信用は主にこの普遍性から発生しているようにシロエには見えた。
 供贄一族の銀行の問題もある。本質的には預かり所に過ぎないとはいえ、その防衛能力は本物だ。一度預けた金貨は完全なセキュリティによって護衛される。多くの銀行は独立ゾーンに存在するし、それは衛兵に守られているのが常だ。また銀行は未知の個人識別技術を持ち、ある支店で預け入れた金貨は、即時に別の支店で引き出すことが可能だ。さらにマーケットやゾーン維持などを含めた決済機能さえ持っている。このように便利で先進的なシステムを提供され、それが金貨にのみ適用されているのだ。
 システムがあまりにも便利すぎて自律的であることが、統治者たちが個別の通貨を作らない理由であるらしかった。

「魔物を倒したとき、金貨を得ることができますよね? 菫星さん」
「ええ、そうですね」
 シロエは本丸に切り込んだ。
「ダンジョンの宝箱から数百枚の金貨を得ることもある」
「〈冒険者〉の武勇のなせる業ですね」
「そういうところに金貨を配っている人から、配る前の金貨をもらうというのはどうでしょうね?」



 ◆



 リ=ガンは興奮していた。
 〈エターナルアイスの古宮廷〉で友誼を結んだ〈記録の地平線〉のシロエからの誘いでこの場にいるのだ。それは嵐がやってきていままでの天気が一変するような興奮をリ=ガンにもたらした。
 自分の隣で過去も未来も押し隠して強い視線を放つ青年を、リ=ガンは高く評価していた。蔵書室で熱に浮かされたように語ったリガンの生涯をかけた研究の成果、〈森羅変転〉(ワールドフラクション)。その背景と展望を一夜にして掴んだこの青年は稀代の大魔術師である。
 リ=ガンは呼吸も忘れたようにシロエの横顔をじっと観察する。
 〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)のシロエと名乗るこの青年は、魔術を生業とする〈冒険者〉である。〈冒険者〉は強い。〈大地人〉よりも圧倒的にその能力は高い。戦士としてもそうだが、斥候、回復術師、魔術師、なにをやらせても天才ばかりなのが〈冒険者〉という異人類である。
 しかしだからといって高位〈冒険者〉のすべてが、リ=ガンからみて大魔術師の称号に値するかと言えばそうではない。〈冒険者〉は恐るべき能力を持っているが、その方向性は多くの場合戦闘に特化しすぎている。知識をもってこの世の深淵をのぞき込む“魔術師”としては、戦闘魔術の技量はむしろ枝葉にすぎない。
 シロエは〈冒険者〉においてもその数少ない魔術師、しかも大魔術師であった。

 リ=ガンはこの世界の至賢にいたる道は四つあると考えている。
 それぞれの道は独立しておりふれあうことがない。
 封建的なヤマトにおいては技術や知識は秘匿すべきものなのだ。得た知識は秘伝として密かに伝承され、多くの場合継承する集団から外に出ることはない。
 この世界でそういった英知が伝承され、研究される道は四つ。
 一つはリ=ガン自身が所属する、〈大地人〉の学究の道である。
 それは光の中で学び研鑽するという意味であればツクバの魔術学院であろうし、影に潜んで知識の保存を行う側であればミラルレイクである。“ミラルレイクの賢者”であるリ=ガンは、|〈忘れ去られた書物の湖〉《ミラルレイク》を守護するもの。この世界の(ことわり)に対して戦いを挑む学徒の末裔だ。
 二番目にあげられるのが、〈冒険者〉であろう。リ=ガンをはじめとした“ミラルレイクの賢者”は、〈冒険者〉には〈大地人〉とはまったく違う独自の魔術と知識があると考えてきた。彼らが使う魔術は口頭であったり威力が巨大ではあるが〈大地人〉と共通のものである。しかしそうではなく、彼らの知識そのものは、どこか別の源泉を持っているのではないかと長い間言われていた。
 〈冒険者〉は別の世界に自らの魂の一部を隔離しているのではないか? それが研究の示唆であり、リ=ガンは今ではそれを確信している。そのうえ、その別の世界とは、神代に繋がる可能性を秘めているのだ。〈大災害〉以降、〈冒険者〉が示した様々な奇跡や発明は、それらの超技術が関係しているというのは、もやはリ=ガンにとっても、またツクバの魔術師にとっても半ば常識になっている。彼らはそれをカガクあるいはヘリテージと呼ぶ。
 三番目にあげられるのは〈古来種〉の用いる能力である。〈古来種〉もまた〈冒険者〉と同じように、〈大地人〉の常識を越える英雄の一族である。〈大地人〉とまったく同じように人間、エルフ、ドワーフ、半アルヴ、猫人族、狼牙族、狐尾族、法儀族という種族でありながら、それらの上限を易々と超えてゆく〈古来種〉や〈冒険者〉。
 〈古来種〉もまた古から続く密かな伝統を伝えており、それは騎士団という世界各地を守る秘密結社の中に存在すると言われている。

 そして最後になるヤマト四番目の道が、供贄一族だ。
 彼らについては謎が多くリ=ガンもその全容は推測することしかできない。確実に〈大地人〉であるはずなのだが、ヤマトの〈大地人〉の学術団体ツクバやミラルレイクに所属しているわけではない。古代アルヴ文明からの技術を伝えているとされ、その勢力範囲はヤマトのみならず大陸へも及ぶという。
 太古の知識を集積し現代に伝えるという意味ではミラルレイクと似ているのかもしれないが、彼らはその知識を普及させはしない。〈大地人〉の学徒であるツクバやミラルレイクとの最大の相違点は、その閉鎖性である。彼らは広い〈大地人〉に接触しないばかりか、研究を行わない(、、、、、、、)。好奇心を持たない、接触を厭う一族なのだ。
 あらゆる知識の集積を方針とするミラルレイクは過去において何十回も供贄一族と接触を持とうとしてきた。しかし、研究情報の交換に成功したという記録は皆無である。
 その供贄一族のものが〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)のシロエとともに、リ=ガンと同じ卓へとついているのだ。リ=ガンの興奮も当然のことと言えた。

 シロエの発言は供贄一族の総領に大きな衝撃を与えたように見えた。
 菫星ははっとしたように息を呑むと、それを押し殺すかのように無表情の仮面を被り、押し黙った。そしてそれはずいぶん長い間続いたのだ。
「それが可能だとシロエ様は考えておられるのですか?」
 やがて返した菫星の質問に、シロエはリ=ガンを見やると僅かに顎を引いた。
 どうやらこれは自分の番だと、リ=ガンは弾む胸が静まるように願いつつ話し始めた。
「シロエ様のおっしゃることは今まで誰も考えなかったような視点です。しかし、確かに言われてみれば、それはこの世の不思議のひとつのように思える。それは〈魂魄理論〉(スピリットセオリー)を補完する視点です。モンスターは転生を繰り返す。しかし魂魄はよいとして財貨はどこからもたらされるのか? モンスターに財貨を与える何らかのシステムがあるはずです。そしてそのような新しい視点が得られるのであれば、|〈忘れ去られた書物の湖〉《ミラルレイク》には万巻の書があるのです。ええ、総ざらえしましたよ。あらゆる書を」
 リ=ガンはいつもそうするように額にはまったアメジストの頭環(サークレット)を押し上げるとポリポリと額をかいた。魔法のアイテムであるこの輪はリ=ガンに記憶力と洞察力をもたらしてくれる素晴らしい効果を持つが、そうであっても金属の輪ではある。先代からこの頭環を譲られてから日が浅いリ=ガンは未だ慣れることができないのだ。
 しかしこの魔法の頭環が無ければ今回の調査もこのような短時間では成し遂げられなかっただろう。そして頭環があったとしてもミラルレイクの先達が収集し書き残した書物がなければ僅かな手がかりを得ることすらできなかったに違いない。

「先ほどシロエ様が話した供贄の里のことも書物で見つけたのです。そして供贄の持つ黄金のことも」
「……」
 菫星はその無表情を崩さない。
 リ=ガンは問うだけだ。今まで長い間そうしてきた。ミラルレイクの者は知識を集める。集めた結果得られるものは新たな問だ。その問の答えは新しい知識。その結果生まれた問に決死で挑みかかる。その繰り返し。
「〈パルムの深き場所〉の最も深き底の底には、黄金の大渦があると書にあります。――虚空から現れる金貨が虚空へと消える蛇行した河と滅びた獣の墓標。そもそも“死霊王”はこの黄金を手に入れんと欲し死者の軍勢をつくりあげた。それは伝承にも残っている。そしてその防衛に一役買ったのが一五代前のミラルレイクの賢者であり、彼は〈パルムの深き場所〉において封印を行った」
 それはミラルレイクに連なる者としてはさほど珍しい助力ではない。
 様々な知識を集める仮定でミラルレイクの賢者は様々な魔法の物品を入手することがある。それらは呪われているものもそうでないものもあるが、多くは使い方を誤れば非常に危険なアイテムであると言うことは共通している。賢者にそれを持ち込む者――その多くは貴族だが、ミラルレイクでそれらが安全に封印されることを望んでいるのだ。
 そういった希望を叶えることはミラルレイクの名声を高め、得られる知識の量を増やすことに貢献した。そうでなくても他にはないアイテムを管理下に置くと言うことは研究素材が増えると言うことでもある。ミラルレイクが封印術を研究するのはいたって実利的な理由なのである。そしてその封印術は、物品の保管だけではなく、地域や場所の閉鎖にも用いられる。

「僕は以前〈ヘイロースの九大監獄〉の冒険において〈とこしえの闇の鍵〉を得たことがあります。このアイテムは“ミラルレイクの賢者”が作り出したものですね」
 シロエが語る言葉にリ=ガンは頷いて発言を譲る。
「この鍵によって、僕らは〈ヘイロースの九大監獄〉に挑戦する資格を得た。あのゾーンはミラルレイクの……どれくらい前かは判りませんが先達によって封印されていたんです。そうして封印された危険なゾーンは幾つもある。今回の件も確認しました」
 シロエの言葉にリ=ガンはぶるりと背を振るわせた。
 そもそもリ=ガンは魔法学者であって戦闘系の魔術は、ごく弱い。木っ端領主に仕える騎士団に負けるような鍛え方はしていないが、それはあくまで〈大地人〉でのことであり、〈冒険者〉と比べられる実力はないのだ。
 そんなリ=ガンがシロエとその朋友直継に護衛され、迷宮の底へ潜った。
 ミラルレイクの記録には「封印を請われ施した」とあるばかりで、解除方法やアイテムについての詳しい記載はなかったからである。現地に行ってみれば、高さ一〇メートルにも及ぶ巨大な青銅の扉が確かに封印されていたが、その手法はミラルレイクの秘術にあるもので、解除はさほど難しくないことが判った。
 シロエのいう「未実装ゾーン」という言葉の意味はわからないが、そのような封印の扉がヤマト全域に無数にあることが今回の資料調査で判明している。ミラルレイクが封印したものばかりではないが、何らかの原因で今は立ち入りが禁止されている地域や施設だ。

「それは、その黄金の大渦から金貨を得るという話ですか?」
「ええ」
「その黄金の大渦は、供贄と関係があると?」
「はい」
 シロエと問答を繰り返す菫星はやっとその精神を立て直したようだった。
「……では、そこから金貨を得るというのが奪うという意味ではないのですか? 略奪を行いたいのですか? 〈円卓会議〉は」
 探るような色は消えた冷たい声で問い返す。
 しかしこれで判明した。
 やはり〈パルムの深き場所〉奥深くにある黄金の渦には、それ相応の黄金があるのだ。そしてその場所は供贄一族に関係があるのだ。資料からそれは伺えたが確証はなかった。供贄一族とは無関係と言うこともあり得たのだ。リ=ガンはシロエと話し合ってその可能性も共有していたが、シロエの主張を聞き入れて供贄一族に接触をした。
 これでひとつの疑問に答えは得られた。
 〈魂魄理論〉の秘密に供贄一族は関わっていたのだ。
 まだ確証はないが菫星の反応がそれを赤し立てているy。供贄の秘密は、世界生成の深部にまで及ぶのだ。その傍証にリ=ガンの心は歓喜した。小躍りをしたいほどであった。〈魂魄理論〉はリ=ガンの研究の中でももっとも大きなもののひとつなのだ。いまならば飲めない葡萄酒で乾杯をしたいほどであった。
 しかし、シロエの声は苦かった。

「ですからお呼びしました。僕たちは供贄一族と敵対したくありません。供贄一族は重要です。得た金貨を使うにしたって供贄一族に後事を託さないでは先の予定も立たない」
「どうやって、いや、なににに使うおつもりですか、シロエ殿は?」
「それを説明すれば、ご協力願える可能性はあるでしょうか?」
「ありません。太祖の指示ですから」
「……菫星さん」
 リ=ガンの目の前で唇を引き結びなにかに耐えるようなシロエは、それでも必死に細い糸を繋ごうとしているようだった。
「菫星さん。太祖の指示というのは、判らないではありません。〈冒険者〉なりの理解の仕方ですが、それは神代からの掟だとは判っています。それを破れと言うつもりは、僕たちにはない。禁止されていることを強制しようとは思わない。しかし、だからこそ掟の外側を模索して欲しいんです」
「……」
「そうです。〈大災害〉でルールが変わった。時代が新しくなった。そしてそれは止まらないんです。きっとこれは――」
 目を閉じた菫星は鋼鉄の像のようにさえ見えた。
 シロエの説得は菫星の心には届いていないようだった。
 リ=ガンの喜びもやがて日が陰るように色あせてゆく。いま目の前でなにが起きているのかは判らない。生まれてこの方、魔術理論と現象学しか学んでこなかったリ=ガンにはよくわからないなにかが壊れていく。それは言葉にすればおそらく交渉と言うことになるのであろう。しかし、リ=ガンのようなモノにとっては、ただ交渉という言葉では言い表せないほど貴重な何かが砕ける音さえ聞こえるような気がした。
 世界の四賢のうち三までがあつまって、これだけなのか。
 リ=ガンは我知らず拳を握りしめていたのだった。



 ◆





 暖炉の広間には呆けたような空気が漂っていた。
 シロエがオレンジ色の炎に乾燥した薪を差し入れる丸い背中を直継は眺めていた。ふたり分の寝袋がテーブルを片付けた部屋に敷いてある。
 菫星との交渉が物別れに終わった後の山小屋の中だった。
 なかなかにしょぼくれた背中だな、と直継は思う。
 シロエのことだ。
 火掻き棒をいれて炎と薪を調整している。この後眠ってしまうので、おそらく念入りに火の世話をしているのだろうが、その姿は途方に暮れてただいたずらにかき回しているだけのようにも見える。
 失敗した交渉のことでグルグルと難しいことを考えているのだろうな、と直継は思った。先ほどまでの会談は端から見てもシロエはずいぶんと追い詰められているようだった。〈円卓会議〉を成立させたあの日よりもだ。
「おーい、シロー」
「ん?」
「もういいから、寝袋に足でも突っ込んどけよ」
「うん」
 もそもそと寝袋に移動したシロエは、その上であぐらをかいた。つまりは直継と同じ姿勢だ。
 地球で寝袋と言えば、繊維素材が優秀なために薄く軽量なモノが主流となっている。しかしこの世界では地球のように高性能な断熱素材が開発されていないために、羊毛のフェルトを縫い合わせて作ったモノが一般的だ。防寒性能は地球のそれに劣るが、厚手のために、寝心地は悪くない。長い毛足の絨毯とあわせれば、腰を下ろす場所としては上等だ。
「シロも飲むか?」
 マグカップに入れたホットワインを見せてやる。シロエは空気の匂いでもかぐように鼻をすんとならして、「いや、僕はいいや」と断った。
 飲めばいいのに、と思った直継だが、無理強いはしない。
 直継のやり方で言えば酒でも飲んで(ワインではなく酎ハイが望ましい)大の字になって寝てしまうべきなのだが、シロエはそういうタイプではないし、どうせ放っておいても調子を取り戻すことを直継は知っている。無理にあわせる必要はない。

「ダメダメだったなー」
「うん」
 シロエは困ったような表情で答える。
 たぶん結果で言えば負けではないのだと直継は思っている。詳しい事情はわからないが、シロエは莫大な額の現金を必要としている。それは〈冒険者〉から集められるような量ではない。そんな量の現金を集めようとすれば、その集める先や手法は自ずと制限されるだろう。
 供贄一族の菫星と会談した内容を聞いてみれば、直継にもおおよその絵図面は見えてきていた。
 シロエは〈エルダー・テイル〉がゲームだった時代の設定を利用しようとしているのだ。
 モンスターを倒した時、彼らが所持している金貨を〈冒険者〉は得る。そのモンスターが人型で知能を持ち、道具や宝物を持っているのにふさわしい場合は当たり前だが、そうでない場合にも〈冒険者〉は金貨を得ることができる。たとえばそれが〈野犬〉(ワイルドドッグ)〈大猪〉(ラージボア)などの動物である場合でさえもだ。

 そこには本来理由など存在しない。〈エルダー・テイル〉がゲームであり、モンスターを倒して得た財産で強くなっていく構造を持っているからモンスターは金貨をドロップするのだ。つまりは、ゲームとしての都合である。
 しかし都合ばかりが優先されればゲームからリアリティが失われ面白さが損なわれるだろう。そこでさまざまな設定が付加される。今回のそれでいえば「実は古代の強力な魔法装置が生まれ変わるモンスターの魂に金貨を持たせる」という説がそれだ。
 荒唐無稽な設定である。しかし、現実としてモンスターが金貨を落とす以上、何らかの原因は必要であり、それが事実として目の前に現れたのだ。シロエはそれを知っていて利用しようとしたのだろう。
 そしてそれは、成功したんだよな、と直継は思った。

――では、その場所で会いましょう。“虚空から現れる金貨が虚空へと消える蛇行した河と滅びた戦士の墓標”で。
――しかしそこに至るためには多くの勇士が必要でしょう。どうやって再奥の泉にたどり着くか、供贄一族の答えはシロエ様たちの挑戦の結果次第とさせていただきます。
 それが供贄の頭領である菫星の最後の言葉だった。
 売り言葉に買い言葉である。
 シロエは地下深くの未知のゾーンに莫大な金貨があることを突き止めた。証拠を集め、現地偵察まで行い、封印を解除してそこへ侵入することができることさえ調べ上げた。
 そしてそれをおそらく持ち主である供贄一族に突きつけた。
 この時点でシロエの目論見は、もう成功しているのだ。もっとはっきりいってしまうのならば、そもそもシロエは供贄一族と話す必要さえなかったと直継は思う。
 地下にゾーンがありそこに目的の宝物があり、侵入の方法さえあるのだから、ただ単純にそこまでいって金貨を得ればいいのだ。それで莫大な富が手に入る。
(まーつまり、シロが落ち込んでいるのは別のとこなんだろな)
 それはなにかと考えれば、自ずと答えは明らかだ。
 この面倒くさい友人は、必要が無くても供贄一族と話し合いたかったのである。
――作戦なんてないんで。わりとでたとこ土下座だよ。とにかく説得して。
 シロエは供贄の一族と話す前にそういっていた。
 そのときはこの友人独特の謙遜で「作戦なんてない」と言ってるだけじゃないのか? なんて直継は考えていたわけだが、作戦は本当になかったのだ。不器用なヤツだなぁ、と直継は小さく笑ってしまう。
 シロエは目的をかなえるためにだったらどんな策でも練るし、周到な準備を行う。今回だってずいぶん長い間仕掛けを作ったはずだ。〈パルムの深き場所〉の最下層偵察には直継だって付き合ったが、リ=ガンの話を聞けばそのずいぶん前から準備をしていたように思う。毎晩遅くまで執務室で調べていたことの一部が、今日の話し合いの準備なのだ。
 シロエは、目的の金を得るためにそれだけの準備をしてきた。そしてそれは供贄一族の言質という形で結実した。地下の新ゾーンへ入り込み、後は金を入手すればよい。
 でも、それよりもっと先の希望だって、シロエにはあったのだ。
 シロエは、誰かと友人になりたい時、作戦を練らない。ほとんどバカかと思うくらい真っ正直なことしか言わなくなる。シロエは強行侵入して黄金を奪いたくなかったし、供贄一族を不意打ちしたくなかったし、嘘だってつきたくなかったのだ。つまりそれは友だちになりたいという意味で、それに失敗すると途方に暮れるのだ。
 それがわかるので直継としては「ダメダメだったな」としかいえない。


「そもそもなんだよ、さっきの話。シロらしくないぞ」
「そうかな」
「奥歯に物が挟まったみたいな話だったぞ。祭りになってねーから、祭りはつけない祭りだな」
「そっか」
 歯がゆかった直継はそうやってシロエを非難した。しかしその返答ずいぶんぼんやりとした肯定である。
「水くささの塊だな」と直継は大きなため息をついた。
 そもそも今日の交渉が失敗するのなんて当たり前なのだ。
 供贄一族は最初っから自分たちのことは一切話さない秘密主義の塊で、シロエのほうだって肝心要の資産を得る目的や、相手にも納得して欲しいという希望はまったく話さなかった。どっちも秘密主義が過ぎる。
 そんな関係で説得なんて上手くいくはずがない。社会人一年目で、一応は営業職配置の直継にだってそんなことは簡単に判る。
 ただ単純にいままでの取引通り、胡椒一kgを二千四百五十円で卸すのであれば簡単だ。いままでのつきあい通りに発注を受けて納品し、請求書を出せばいい。会話だって必要ないくらいだ。しかし新しい商品を提案したり、長期にわたる持続契約を結ぶのなら別だ。相手の事情をよくわからないといけない。そしてこちらの事情も伝えないといけない。できるだけ正確で、独りよがりではないお互いの希望をすりあわせなければならない。それが前提で、後は誠意だ。相手に納得してもらう貯めに、こちらから歩みよるのが、当然だ。
 だからお互いがカードを隠しすぎた今回の交渉は失敗するのがあたり前なのだ。
 そしてその伏せられたカードは直継に対してもそうなのだ。
 直継もシロエが資金を得て何をしたいのかが判らない。
 そしてシロエが何をそんなに焦っているのかもよくわからない。
 水くさいものだと思う。

「いまなに考えてんだぜー。シロ」
「……」
「まだ終わってないんだから、ほれ、きりきり悩み事話せよ」
 悩み事、悩み事とシロエは呪文のように唱えた。そのまま後ろにバタンと倒れて、うめくように続ける。
「直継、あのさ」
「うん」
「菫星さん、『そこに至るためには多くの勇士が必要でしょう』っていってたよね」
「ああ」
 シロエは一体何を言い出すのかと思って直継は生返事を返す。資金を得るあてはもう立ったのだから、問題は供贄一族との交友関係を改善することのはずだ。そういう話じゃなかったのか? と首をひねる直継にシロエはさらに続けた。
「あれってどう考えても大規模戦闘(レイド)の予告だよね。いや、そうでしかないんだけど。けっこう本格的に困ってる」
「なんでさ?」
「人がいない」
「え?」
 一体なにを言っているか判らなかった。直継だってレイドの想定はしていた。そもそも一般的なパーティー攻略ダンジョンの深部に謎の扉があるとなれば、それは〈エルダー・テイル〉において大規模戦闘ゾーンである可能性が高い。しかしだからといって、突破は十分に可能だろう。〈冒険者〉は不死なのだし、〈円卓会議〉(シロエ)には十分な戦力がある。時間はかかるかもしれないが、それだけだ。
「〈円卓会議〉に参加しているギルドのほぼすべてには監視がついているんだ。いまの状況はちょっと引くくらい流動的で、その監視を外すことはできない。まだもう少しだけ、ミナミに気づかれたくないんだ」
 直継はシロエの回答にあっけにとられた。
 〈円卓会議〉の戦力を使いたくない。ミナミに今回の行動を知られたくない。最終的な目的は明かせない。一体どれだけ縛りをつけてプレイするつもりなのか。直継は開いた口がふさがらなかった。その上たぶん、時間制限まであるのだ。いやミナミに知られたくないとなれば長い時間をかけるわけにもいかないだろう。それでアキバをこそこそ抜け出してきたのかと直継は納得する。なにせ〈記録の地平線〉のメンバー以外はシロエがギルドホールで仕事をしていると思い込んでいるはずなのだ。見つかる前に事を為そうというその発想がすでに時間制限である。
「シロはドMか」
 直継の呟きにシロエは寝転がったまま「そんなことない」と否定する。「できるだけ楽をしたいって毎日思ってるよ」などと返すのだ。
 あきれかえったがその言葉に嘘はないのだろう。それを直継は知っている。
 シロエは本当にそう考えている。〈放蕩者の茶会〉の時もそうだった。シロエは目的を達成するために、可能性の高い最短の手をいつも指そうとしていた。その手法が面倒くさくて迂遠に見える時は、問題そのものが曲がりくねっていて難しい時なのだ。
 曲がりくねって面倒くさくて遠回りに見える道が最短コース。シロエの立てる作戦は、いつでもそんな雰囲気だった。
 直継の友人は狙った的を妥協しない。
 そのせいでこんなに苦労を背負い込んでいるとしてもだ。
(その苦労の半分ぐらいは取り越し苦労なんだけどな。きっとシロの悩みすぎで、全部ぶちまければ手伝ってくれる人、たくさんいると思うぜ)
「んじゃま、しかたねえな」
 直継は内心とはまったく違う返事をした。
 シロエは最後にはいろんな事がちゃんとわかる男だ。それに大事なことを見失うヤツでもない。それにもしそうなったら自分が後頭部を叩いてやればいい。
 シロエは焦っているように見えるけれど、それでも、その焦慮の中で、シロエが納得するために転げ回る時間が必要なのだ。それはシロエに限らず男は全員そうなのだと思う。直継だって思い出せば顔が真っ赤になるくらい、一人で頑張りすぎて周囲に迷惑をかけた記憶がある。でもそれは必要なことだと直継は思う。
 誰にだって必要だし、シロエにとってはなおさら必要だ。
 周囲の評価は策士、知恵者という線で統一されてしまったようだが、シロエは本来かなり不器用なタイプだと直継は思っている。不器用なシロエには苦闘の時間が必要なのだ。
 それにその時間は自分が一緒にいればいい。
 どうせ心配しなくても、シロエは自分が納得できるように惜しみない努力をするだろう。直継の友人はそういう男なのだ。万事につけて手抜きができないのだから。
「しょーがねえから。大規模戦闘のメンバー、あつめようぜ。大丈夫。どうにかなるさ」
 なるかなあ、というシロエの返答に、なるなると明るく返して直継はシロエを蹴飛ばした。挽回できない展開なんて一個もないと、直継は言葉にはしないで笑いかけた。

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