挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

夜明けの迷い子

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

46/131

046  夜明けの迷い子

 いつものようにアカツキは、さして広くもない入り口をくぐって店内に入った。
 生産ギルド街の奥にある廃ビルの一角、地下のフロアを改装したこのゾーンは、やたらに木箱が積み上がっている。
 ここはもともと生産系ギルド〈アメノマ〉の売り場であり、その証拠にあちこちに日本刀が拾得不能状態で展示されている。〈アメノマ〉は数ある武器鍛冶系ギルドの中でも、日本刀に特化した変わりもののギルドなのだ。
 もっともそんな変わり種のギルドを運営するメンバーが普通であるわけでもなく、この売場の奥のかなり大きく作られた鍛冶場からも道具や素材が溢れ出した結果、商品展示は杜撰でもはや倉庫とあいのこのようになってしまった売り場が誕生するに至った。
 でも、それがアカツキにとってはかえって都合がいい。
 「いらっしゃいませ」の輪唱で入店歓迎を受けると圧迫感を受けるし、やたらにフレンドリーな店員が商品を薦めてくると引いてしまう。アカツキは基本的には人見知りなのだ。ギルドの仲間である直継やにゃん太にはずいぶんと気軽に話せるようになったし、トウヤや五十鈴たちとも親しくなったが、それ以外のひとはまだまだ苦手である。
 その点この〈アメノマ〉は落ち着いて品定めができるのがありがたかった。

「えっと……」
 アカツキは記憶を頼りに店内の一角を目指す。
 そちら側は汎用性の高い日本刀がおいてあるのだ。
 この異世界においてガラスのショーケースは一般的ではない。刀も、ごく普通に壁のフックにかけてある。もっともここはギルド〈アメノマ〉の管理するゾーンであり、多くのアイテムは拾得不能状態に設定されている。ギルドメンバーではないアカツキは、ふれることが出来ても持ち上げたり移動させることはできない。見たり調べたりすることができれば、アイテム性能は判明するので、買い物客には不便がない。
 そのエリアにある刀は、数十本ほどだった。
 アカツキのお目当てのものも数本含まれている。
 〈エルダー・テイル〉において、装備可能条件はアイテム側に設定されている。例えば、アカツキの目の前にある〈青錬鋼小太刀・黒綾拵え〉は〈守護戦士〉(ガーディアン)、〈武士〉(サムライ)〈暗殺者〉(アサシン)〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)〈吟遊詩人〉(バード)〈神祇官〉(カンナギ)の計6職で装備可能だ。
 〈武士〉(サムライ)はほぼすべての刀を装備できるが、武器側での装備設定から漏れていれば、例外的に装備ができない。逆に〈武闘家〉(モンク)はほぼすべての刀を装備できないが、アイテム側で特別に許可されていれば、その刀だけは装備可能なのだ。

 アカツキの職業である〈暗殺者〉(アサシン)の主な装備は、弓と片手剣、短剣であるが、武器攻撃職であるだけにそれ以外にも多くの武器が装備可能だ。アカツキは、ゲーム時代においてなんとなく格好良かったから小太刀を使用していたが、〈大災害〉以降はより積極的な理由から愛用している。剣道経験者のアカツキには、それが一番手に馴染み、使いやすいように思えるのだ。

 武器選びは難しい。アカツキは何回も通っておなじみになった記憶のリストをひっくり返す。〈エルダー・テイル〉には何万、もしかしたら何十万もの武器アイテムがあるかもしれないが、ある〈冒険者〉が最適の武器を見つけようとすると、そこまで多くの選択肢を持たないというのが普通だ。
 まず〈エルダー・テイル〉において〈冒険者〉は10レベルごとに区切られる。おおよそ10レベルごとに上級の装備が現れるためだ。どの〈冒険者〉も10レベルごとに自分の装備を更新して新しいものに切り替えることを余儀なくされる。腕利きの〈冒険者〉ともなればもっと頻繁に自分の装備を見直すものだ。限界レベルがどうやら100になったらしい今では、それだけですべてのアイテムが10段階に切り分けられたことになる。
 武器にも片手剣、両手剣、槍、斧、棒状武器、弓、杖、棍棒類、強化拳、投げ武器、鞭、特殊武器などの種別がある。種別によって多寡はあるが、やはり無尽蔵に種類があるわけではない。
 また〈冒険者〉は12の職業にわかれている。ひとつの武器が複数の職業で装備可能なことはあり得るが、たとえば同じ小太刀にせよ、敏捷性と攻撃力を重視したい〈暗殺者〉(アサシン)向けのものと、魔法の威力上昇や属性防御を重視したい〈神祇官〉(カンナギ)用のものでは、自ずと選択が異なってくる。また、同じ理屈で〈暗殺者〉(アサシン)向けではあっても、一撃の威力を重視するタイプなのか、それとも攻撃速度を重視するタイプなのかで装備選択は違ってくるだろう。
 数々の条件において、候補は十分の一単位で絞られてゆく。結果として現れてくる選択肢は、全武器の数がどれだけ膨大であろうと限られた数にならざるを得ない。

 アカツキでいえば、10種類程度だろうか。
 そしてさらに巨大な問題が出現する。〈エルダー・テイル〉において、強力な武器はほぼ例外なく大規模戦闘(レイド)の報酬としてあらわれるのだ。アカツキは大規模戦闘(レイド)の経験がない。レベルも技術も、けっして低くない〈冒険者〉だと自負しているが、そこがパーティー〈冒険者〉の限界点だ。そして、大規模戦闘(レイド)産の武器の9割は譲渡不可(ノートレード)属性をもっている。つまり、売買はおろか他人に譲り渡すことができないのだ。大規模戦闘(レイド)に参加し、その場で手に入れなければ、けっして入手することはかなわない。
 アカツキが欲しい武器のリストには10種類ほどの候補があるが、大規模戦闘(レイド)に参加をしないでも入手可能、言葉を変えれば、購入可能な武器は2種類だけである。

「……いらっしゃい」
 アカツキはかけられた声に振り返った。
 そこにいるのは、アカツキと同じ程に小柄なひとりの少女だった。ドワーフ族は種族的に低身長だが幾つかの生産職に有益な種族固有能力があるために、生産系ギルドにはままみられる種族である。彼女は、多々良。〈アメノマ〉のギルドマスターにして高レベルの鍛冶スキルをあやつる職人で、アカツキから見れば顔見知りだ。
 アカツキはその声にこくりと頷いた。
 顔見知りではあるが、軽口が叩けるほど親しいわけでもない。

「そう」
 とはいえ、この多々良はアカツキにとってありがたい相手だった。愛情のすべてを刀に注いでいるともっぱらの評判で、その証拠に彼女のサブ職業はサーバーでも数少ない〈鍛冶屋〉の上位職〈刀匠〉である。人間関係に淡白なのか、こうして売り場に客がきていても話しかけない。それがアカツキにとってはありがたい。
 だからというわけではないが、アカツキは気になっていたことを尋ねた。
「あの、卒爾ながらお尋ねする。ここに展示されいてた刀はどうしました?」
 すこし硬くなってしまった声。やはりギルドの仲間以外は緊張すると思いながらした質問に、多々良はカウンターのうえに上半身を投げ出しただらしない姿勢のまま「売れたよ」と答えた。
 その言葉にアカツキはあっけにとられる。
 というのも、アカツキはもう2ヶ月のあいだこの〈アメノマ〉へと通っているのだ。
 アカツキが求めるような高レベルの装備品というのは、恐ろしく高額になりうる。特に希少な大規模戦闘(レイド)産譲渡可能武器であればなおさらだ。〈アマノメ〉では鍛え直しの関係で展示があったが、アカツキの知る限り小太刀の出物など、そうあるものではない。だからこそ、2ヶ月売れなかったからには、自分が買わなければ当分は売れないと思っていたのだ。

「本当ですか?」
「うん、本当。景気よく現金払い……。だったかな」
「う……」
 言葉につまる。全くの予想外だ。
 とはいえ、改めて壁の刀を確認してみると本命の〈鳴刀・喰鉄虫〉(めいとう・はがねむし)は残っている。ここに展示販売されていた2本の小太刀〈鳴刀・喰鉄虫〉と〈霰刀・白魔丸〉(せんとう・びゃくまる)のうち、〈霰刀・白魔丸〉が売れてしまったらしい。〈霰刀・白魔丸〉は手続き発動(プロック)能力で範囲に冷気ダメージが発生する能力を備えている。属性ダメージは物理防御が高い相手に有効だが、範囲ダメージは使いづらくもあるのだ。
「……買うの?」
「ううう」
 そう問われてもつまってしまう。
 もちろん、欲しい。喉から手が出るほどに。
 そもそも武器攻撃職である〈暗殺者〉(アサシン)は他の職に比べて、戦闘能力のうち武器に依存する率が高い。それに加えてアカツキには、現在、個人的な事情もある。
 高性能な武器は欲しい。
 しかし、高性能な武器は高いのだ。
 残った〈鳴刀・喰鉄虫〉は本命の武器で、こうなってはいつ売れてしまうかもわからないので欲しい。が、その値札に書かれた額は、アカツキの全財産の2倍に達する。
 とてもではないが「買う」とはいえない。

 もちろんアカツキだって連日のようにフィールドに出てはモンスターと戦闘を続けている。シロエがギルドハウスにこもっていたあのザントリーフ掃討戦以降、それこそずっとだ。しかし〈大災害〉以降、勝手の変わったこの世界で、ひとりで金策をするのには限界があった。
 シロエだったら、いやあるいはマリエールや、その他〈円卓会議〉に名を連ねる様なギルドマスターだったら即金で支払える金額かもしれないが、今のアカツキには荷が重い。
 黒い鞘に包まれた美しい小太刀から無理やり視線を引き剥がしたアカツキは、何回か首を振って意思を伝える。
 多々良の方も売上を増やすことにはさほど興味がないようだった。アカツキが購入しないとみると、またごそごそとカウンターの上に突っ伏してしまう。そこが彼女の寝床ということらしい。
 アカツキは未練を振り切るように、今現在の愛刀である漆塗り鞘の小太刀の柄をぎゅっと握ると、〈アメノマ〉をあとにした。
 一刻も早く戦闘能力を高めたい彼女には、まだ向かう場所があるのだ。



 ◆



 アキバの街は12月を迎えすっかり冬景色だった。
 夏は元の世界の日本より涼しかったヤマトの国は、どうやら予想通り冬は元の世界より厳しいらしい。12月に入って数度の降雪があった。雪は積もるほどふったわけではないが、そのたびに風は冷たくなってゆく。
 とはいえ、アキバは〈冒険者〉の街である。
 〈大地人〉が増えたとはいえ、未だに道行く人の三分の二は〈冒険者〉なのだ。〈冒険者〉の身体は強靭で多少の寒さは物ともしないし、いざとなれば小さなアクアマリンのはまった指輪ひとつで、自然の寒さ程度は楽に跳ね返すだけの冷気耐性が手に入る。
 午前中の街をアカツキは足早によぎっていった。
 目的地は郊外だ。アキバの南端で〈召喚笛〉を吹いたアカツキは、黒い駿馬に飛び乗ってかけ出した。

(強くなりたいな……)
 アカツキは再び胸の内でつぶやいた。
 ここのところ毎日のように……いや、日に何十回も思っているような気がする。

 アカツキは再び自分の腰に手を伸ばし、鞘を指でたどった。
 そこにある小太刀は〈窯変天目刀〉。アカツキが〈大災害〉前に手に入れた製作級の上位武器である。けっして弱い小太刀ではない。同レベル帯の武器のなかでは中の上といった品質だ。パーティーでの冒険で得られるなかでは、最高級といってもよい。
 アカツキは、自分はこの武器とそっくりだ、と思う。
 6人組(パーティー)での腕は上位。与えられた役割はそつなくしっかりとこなせる。しかし、〈エルダー・テイル〉ではその上にも階層がある。大規模戦闘(レイド)だ。アカツキは大規模戦闘(レイド)に参加した経験がない。大規模戦闘につきものの長い待機時間や複雑な人間関係などを敬遠したせいだ。もっといってしまえば「シロエに呼ばれなかったから」ともいえる。
 だが、いずれにしろ大規模戦闘参加経験がないアカツキである。それは大規模戦闘で入手できる上位秘宝級や幻想級の装備を手に入れていないことも意味した。このアキバには〈黒剣騎士団〉や〈D.D.D〉のような大手戦闘系ギルドが存在する。そこにはアカツキ以上に腕が立ち、アカツキが望んでも手に入らないような装備をもった超一流の〈暗殺者〉(アサシン)が所属しているだろう。

 シロエや直継、にゃん太もそうだ。
 アカツキは詳しく知らないが、かつて一世を風靡し、伝説とまでされた〈放蕩者の茶会〉デボーチェリ・ティーパーティーにおいて、大手戦闘系ギルドと覇を競っていたという超一流の〈冒険者〉たちである。
 そんな仲間たちに比べてれば、自分の実力はあまりにも心もとなく思える。

 腕のたつ〈暗殺者〉(アサシン)ではある。腕もそこそこ一流、少なくとも二流の最上位。だが、超一流の〈暗殺者〉(アサシン)ではない。
 それがアカツキの現実だ。

 二流の中での最上位。
 自分と、自分の使っている武器はよく似ている。
 だからせめてもと考え、最下級とはいえ、一流の武器を求めて〈アメノマ〉にも通っているが、一流の武器はやはり高価で手が出ない。未練が募って日参してしまう自分が滑稽だ。
 〈ドゥヴァーチャーのバードランド〉に差し掛かるとアカツキは馬を降りた。別に悪いことをするわけではないが、この先は気配をひそめる必要がある。
 生い茂った木々の間に身を滑り込ませるように先へと進むと、すぐに視界は緑の連なりに遮られた。
 もちろん踏み固められた道もあるのだが、そういった獣道は、ゲーム時代のデザイン意図を受け継いで蛇行しているのだ。狭い場所を広く見せかけるためのテクニックのひとつである。

 〈ドゥヴァーチャーのバードランド〉はいわゆるフィールドダンジョンの一種で、屋外でありながら、蛇行した道によって迷宮が形作られ、多くのモンスターと戦えるように設定されているのだ。
 しかし〈大災害〉後の現在では、多少の速度低下や面倒をいとわなければこうして順路以外の茂みも直線的に突破することができる。小さな崖などを登り降りする必要もあり、労力はかかるが、身体の小さなアカツキにとって、茂みの中を抜けてゆくのは比較的たやすい。
 〈ドゥヴァーチャーのバードランド〉はアキバの街から馬で40分ほどの場所にあるゾーンである。80レベル台のモンスターが出現するパーティー用のゾーンであり、91レベルのアカツキは経験値を得られない代わりに比較的安全に行動できる。一方で、そこに現れるモンスターは、安全に倒すことはできるものの、一撃で倒せるほどではないという、武器の試し切りや練習には丁度よい場所でもあった。アカツキも戦闘訓練などでこの場所を訪れた回数は多い。

 だが、今回の目的はやや異なるのだった。
 しばらく茂みの中をかき分けてゆくと、戦闘の音が聞こえてくる。鋼を打ち付ける音や、空気が凍りつく耳障りな音、電撃の走る鋭い音――今日も〈黒剣騎士団〉は連携や装備の確認などを繰り返しているらしい。
 アカツキは茂みの中にくぼみを探すとそっと腰を下ろした。その木立からは窪地になった広場を見下ろすことができる。
 そこでは〈黒剣騎士団〉のふたつのパーティーが激しい模擬戦を繰り広げている最中だ。アカツキは自身の〈追跡者〉特技を使用すると、気配を消して〈黒剣騎士団〉の戦闘訓練を見つめはじめた。

 “口伝”という言葉がアキバの街で囁かれるようになったのは、ちょうど『天秤祭』のころだった。それは最初から都市伝説のような噂として現れた。
 〈エルダー・テイル〉における〈冒険者〉のさまざまな行動は特技として表現される。特技はいろいろな条件から〈冒険者〉に与えられるが、最も多いのはその〈冒険者〉の職業を通じてだ。たとえばアカツキのもちいる高威力攻撃特技〈アサシネイト〉は〈暗殺者〉(アサシン)が特定のレベルになると習得する特技である。こういった特技は〈冒険者〉のレベルをあげることにより、より高位の特技へと交換されてゆく。たとえば47レベルで覚える〈アサシネイトⅢ〉よりも57レベルで覚える〈アサシネイトⅣ〉のほうが強力だ。
 だが同じ〈アサシネイトⅣ〉でもその威力は使い手によって異なるのが普通だ。その理由は特技の階級である。レベル上昇によって習得したばかりの特技は“会得”と呼ばれる階級にある。使用はできるが威力は大きくない。その後熟練度を支払ったり特定のアイテムを使用することにより、同じ特技であっても“初伝”、“中伝”、“奥伝”、“秘伝”と特技の威力を高めていけるのだ。“中伝”習得には同職業の作った巻物が、“奥伝”習得には希少(レア)な素材を用いた巻物が必要である。どちらも高価だが購入することで入手可能だ。
 しかし“秘伝”ともなると、専用のクエストを突破しなければ身につけることはできない。そしてこの専用クエストは大規模戦闘(レイド)参加が必要なのだ。大規模戦闘ギルド所属の超一流〈冒険者〉と、アカツキのような二流〈冒険者〉の戦闘能力格差の原因のひとつが、この特技習得難易度にあった。

 “口伝”とは、噂によれば“秘伝”のさらにその先のものである。
 〈エルダー・テイル〉がゲームであった時代、少なくとも〈大災害〉以前にはなかった特技の階級だ。
 階級上昇による特技の威力増加はさまざまな面にあらわれる。特技によって異なるのだが、〈アサシネイト〉は攻撃特技なので、ただ単純に与えるダメージが上昇する。アカツキの記憶によれば、〈アサシネイト〉の階級を“会得”から“秘伝”に上げることで22%の威力上昇があったはずだ。“口伝”ともなればいったいどれほどの威力上昇が見込めるかわからない。
 このように素晴らしいことばかりの“口伝”だが、その存在が噂レベルでしかないのは、確認した、と断言する〈冒険者〉が非常に少ない(、、、、、、)せいだ。アキバの街のうわさ話では“口伝”の存在を信じない人が半分。信じる人が半分――信じるひとにせよ、そこまで強力なものだとは思っていない〈冒険者〉がほとんどというありさまだった。アカツキが“口伝”の存在を信じているのは、ひとえにシロエが“ある”と断言したせいだ。

(“口伝”が手に入れば、わたしももっと……)
 アカツキはきゅぅっと自分を抱きしめてひとり思う。
 アカツキ自身の特技等級はその多くが“中伝”と“奥伝”だ。パーティーレベルの〈冒険者〉においてはもちろん十分以上の等級だが、大手戦闘系ギルドのメンバーにはかなわない。ここでもまた、アカツキの前には壁がある。
 しかし“口伝”はある。
 シロエがいったのだから、存在する。
 そしてそれが存在する可能性が一番高いのが、戦闘系ギルド最強の一角、〈黒剣騎士団〉の内部だった。もちろん〈ホネスティ〉や〈D.D.D〉といったギルド内部にも“口伝”修得者はいるだろうが、エリート主義を掲げる〈黒剣騎士団〉であればより確実に存在するだろう。
 “口伝”の習得方法はわからないが、“秘伝”が大規模戦闘を含む特殊なクエストで授けられることを考えると、やはりなんらかのクエストをともなうのではないかとアキバの街では噂されていた。それくらい“口伝”の習得方法は一般には知られていないのだ。攻略サイトのなくなった現在の〈エルダー・テイル〉において、知識伝播は遅く、その価値は天井知らずに高い。
 そこでアカツキは、12月のしみいるような寒さの中を、茂みの底で小さく座って〈黒剣騎士団〉の修練を観察しているのだった。もし、同じ〈暗殺者〉(アサシン)が“口伝”を使っているのならば、その技を見て威力を確認したい。もし、クエストに向かうのであれば、そのきっかけでも知りたいという思いからだった。

(強いな……一撃だ)
 こうして見ていても、〈黒剣騎士団〉は強い。そこで戦う〈暗殺者〉(アサシン)はもちろん、他の職業の〈冒険者〉も惚れ惚れするほどだ。
――おーい、もっと突っ込めよ。
――だせぇ、ダメージが足りねぇ!
――踏み込み足りてねぇよ!
 言葉遣いは荒っぽいが〈黒剣騎士団〉の団員たちは全員、このヤマトサーバーの中でも上位1%に入るほどの精鋭なのだ。
 その動き、連携、装備の美しさに力強さ。
 それらを見ているだけで、アカツキは泣きたいような気分になってきてしまう。

 戦闘しかできない自分なのに。
 戦闘が弱い。

 祭りの夜、かがり火に照らされたアカツキの主君と後輩の横顔が浮かぶ。アカツキにはわからない高みを飛ぶ一対の鳥だ。
 シロエのそばにありたいとは思った。強く願った。
 でもシロエがなにを見ているのかは、考えようともしなかった。そのツケがいま、回ってきたのだ。

(強くなりたいな……)
 アカツキは再び胸の内でつぶやいた。
 しかし、そんなつぶやきではけっして強くなれないことをアカツキ自身、染み入るように感じている。〈黒剣騎士団〉をこうやって観察している、その愚かささえも、アカツキはわかっていた。自分には、なにひとつなす力など、有りはしないのだ。
 シロエの秘密を守らなければならないアカツキは、
 冬のアキバで誰よりも孤独だった。



 ◆



 寒い夜だった。
 頬を刺す風は金属的な冷気を伴っている。キョウコは大きくくしゃみをしてあたりを見回した。いまのはずいぶん派手だった。乙女的ではなかった。ソウジロウ様にばれては幻滅されてしまうかもしれない。などと考えながら、またむずむずして来た鼻をこすり上げる。
 それなりのレベルに達した〈冒険者〉にとって、冬の冷気は脅威ではない。冷気ダメージは装備で遮断できる。しかし寒くないかといえばそれは嘘だ。とくに、視覚や聴覚を通して訴えかけてくる「きっと寒いぞ」という情報は、身体のダメージよりも先に、精神に寒さを訴えかけてくる。
 そんなわけで、キョウコは足早にギルドハウスへと急ぐのだった。
 ギルドハウスではもう半分以上のメンバーが眠りに就いているだろうと、キョウコは〈西風の旅団〉の仲間を思い出す。〈第8商店街〉との商談――というか、無駄話ですっかりと遅くなってしまった。しかし、その甲斐あってキョウコの〈魔法の鞄〉(マジックバック)は戦利品でいっぱいだ。なんと、鮭の塩漬けを3本も入手してしまった。これを食べさせてやれば、仲間の中には涙を流して喜ぶものもいるだろう。なにせ故郷の味だ。
(うまくいったらソウジロウ様もっ)
 などと甘い妄想を浮かべて、キョウコは笑み崩れた。
 ふたりで食べる昼食。メニューはもちろんおにぎりだ。鮭たっぷり。「ソウジロウ様、頬にお弁当がついていますよ?」「え? どこどこ」「右です」「え? どこどこ?」「しかたないですね――はい、とれました」ぱくっ。なんちゃって。
 キョウコはアキバの街の路地裏で真っ赤になる。
 真冬の夜風を跳ね返す12気筒乙女エンジン全開だ。
 そもそも体育会系のキョウコは簡単に体温が上がるのである。基礎代謝の良好な身体なのだった。これがフレグラント・オリーブだったら鼻血をふいて倒れている。貧血エルフの妄想力はキョウコの比ではないのだ。

「けちょんっ!」
 しかし脳内昼食会幻想で油断してしまったのだろう。乙女とはいいがたいくしゃみが飛び出した。まったく参る。
 中学でも高校でも、このくしゃみではからかわれたのだ。「なんだよ恭子おっさんみてー!」。今でも思い出せる。ブラバンやってた同級生にいわれたセリフだ。あの男子のことけっこう好きだったのになぁ。女の子におっさんとはひどい。けっこう傷ついたではないか。
 確かに運動部一筋でやってきたわけでクラスでも女っぽいというよりは大口を開けて笑う一派に属してはいたけれど、だとしたところで言葉を選んで欲しかった。「大器の片鱗を感じさせるくしゃみですな」とか。いや、それは、余計に嫌だ。
 そんなことをキョウコは考えながら歩いた。
 それにしてもこの世界でもくしゃみの仕方は同じだと、そんなことにいまさら気がつく。当たり前に感じていたけれど、考えてみれば不思議な話だ。
(異世界にきたってだけで十分不思議だっていうのにねー)
 自分にツッコミを入れてみる。
 くしゃみのせいか今夜は調子が出ない。

 冷気のせいで、どこか硬質な印象を受ける緑がざわめいた。
 廃ビルの間を通り抜けてきた、夜の風が木々を揺らしたのだ。そして気がついたときには、キョウコの向かう先の闇の中に、男がひとり立っていた。

 身長は175程度。長髪の男だった。ぴったりとした黒のタンクトップに、レザーパンツ。手足だけにがっしりとした漆黒の鎧をつけているために、奇妙なシルエットをもっているが、その程度の「奇妙さ」は〈冒険者〉の街アキバではめずらしくもない。
 キョウコをたちどまらせたのは、男から吹きつける、なんともいえない威圧感だった。
 背筋が凍りつくような感覚に、キョウコはたちどまり、無意識に一歩下がりさえした。
 その離れた距離を嫌うように、男は進んできた。
 〈円卓会議〉が敷設を進めた〈蛍火灯〉の淡い光のなかに浮かび上がった男は、黒い目隠しのような仮面をつけて、いつの間にか抜き放ったのか、青白い光を吸いこむような一振りの刀を提げていた。

 糸に引かれたようについっと上がる刃に、キョウコの心よりも肉体が反応した。
 キョウコとてレベル90、歴戦の〈守護戦士〉(ガーディアン)だ。世間ではハーレムだの女子会だのいわれている〈西風の旅団〉ではあるが、その実績だけで言えば、アキバの街でも五指に入る戦闘系ギルドである。その〈西風の旅団〉で三番隊の隊長を務められる程度には、キョウコも手練なのだ。
 しかしそれもこれも、キョウコの肉体である〈冒険者〉の身体が為した成果だった。
 眼球の表面をかすめるように通り過ぎる銀光に、キョウコの背筋にはどっと脂汗が浮く。千々に砕けた思考の中で真っ先に対処されたのは殺されるという実感だった。目の前の男は、キョウコを殺そうとしている。次に浮かび上がったPK(、、)という単語は街中(、、)というそれに砕かれる。
 否、街中だとて殺人ができないわけではない。
 衛兵が転移してきて阻止されるだけのことだ。
 では衛兵がくるまで耐えれば。

 最悪の場合、死ぬだろう。しかしだとしたところで、大神殿で復活する。それが〈冒険者〉の特権だ。怯える必要はない。そもそも90レベルの自分をたやすく葬れる存在は、そうはいない。〈守護戦士〉(ガーディアン)は全12職のうち最大の防御能力をもっている。今は街中だから鎧を着用していないが、そうであっても肉体的な防御能力は有効だ。大丈夫、自分はこの状況をしのげる。むやみに怯える必要はない。
 そう自分を落ち着かせようとした
 しかし無理だった。

 まるで口付けをするような距離にまで踏み込んできた男が、赤々と濡れたような口内をのぞかせて微笑みをうかべると、キョウコがかき集めた冷静さは微塵に砕かれた。
 速すぎる。90レベルの動体視力をもってしても追い切れないほどの速度。いや、速度ではなく、技術なのか。じっと見つめていれば、軟体動物のようにぬるりとした動きが、思考の隙間を縫うようにいつの間にか間合いにある。
 銀光を追えたのは最初の数振りだけだった。
 キョウコは自分の腹から生えた刀の柄をつかむ男を見た。
 違う。
 男のもった刀が自分を刺し貫いたのだ。
 叫びというよりは湿った空気の塊を肺からはきだして、キョウコは跳んだ。
 しかし、着地点ではニヤニヤと笑う男がキョウコの太ももから生えた刀をいじくり回していた。

 継続ダメージのバッドステータスを受けたのか、傷口からは出血が止まらない。キョウコはもはや手負いの野うさぎのように路地裏をかけた。喉がひりついて満足な叫びもあげられず、熱病にかかったように手足が萎えた。
 キョウコがそれでも敏捷性を失わず幾つかの攻撃に対処できたのは、ひとえに〈冒険者〉の肉体があったからだった。
 声にならない悲鳴を上げ続けるキョウコは、必死に意識を取りまとめ、どうにかここから逃れるすべを考え続けていた。

 主観的には長い時間がすぎた。あまりにも長い時間だった。
 好きなように刀を突き立てる男の恐怖に揺さぶられていて、時間感覚を喪失しかけているとはいえ、あまりにも長い時間がすぎたのだ。
「あ、あっ。あえっ」
 言葉も紡げないキョウコの胸を貫きながら、男は赤い洞穴のような口を笑みの形に歪ませた。
「衛兵は、こないよ」
 その言葉の意味が理解されるにつれ、キョウコの頭の中にはわんわんとなる騒音のような疑問に満たされる。それは、ルール違反だ。そんなことは、聞いたことがない。聞いていない。あまりの理不尽な宣告に、キョウコは振り上げた拳を男に突き入れた。
 しかしその拳から刀が生える。
 その光景はいっそ滑稽なほどだった。いつの間にか飛びすさった男は、突きの体勢に伸ばした刀でキョウコの拳を受け止めたのだ。90レベルであるキョウコを超える圧倒的な速度と技量。ソウジロウであれば口伝・天眼通で追えるかもしれないが、自分には見切ることのできない攻撃。
 何度も、何度もキョウコは拳を叩きつけ、蹴りを放った。
 格闘技経験なんてすこしもないキョウコだったが、〈冒険者〉の肉体性能は熊でさえ手玉にとれるほどの速度と破壊力を秘めている。その攻撃が、あたかも吸い込まれるように、男の刃の餌食になるのだ。男が右手に下げたたった一本の刀が、まるで千本に増えたかのように男を守り、キョウコを切り刻む。
 訳がわからなかった。
 一体なにが起きているのかわからなかった。
 衛兵がなんできてくれないのか、なぜ街中でPKが放置されるのか、なぜこのような化物がアキバに侵入しているのか、キョウコにはさっぱりわからなかった。
 もはや論理だった思考さえ出来ずに、キョウコは熱にうかされたように戦闘を続けた。しかしそのキョウコの様子が熱病のようだとすれば、男の様子は狂気そのものだ。粘液質の笑いを浮かべた男は、まるでいたぶるかのように、弄ぶかのように、キョウコの体をありとあらゆる場所に刀を突き立てる。

 真夜中の戦闘は、客観的には静寂のうちに決着を迎えた。
 ビルの間を吹き抜ける深夜の風が、ふたりの戦闘で発生する音を運び去ったのだ。
 疑問のうちにキョウコは倒れ、まるで以前からの約束のように、その首には男のもつ冴え冴えとした刀が突き立てられた。薄れ行きモノクロに褪せてゆく視界の中で、キョウコはその刀にこびりついた自分の血が、凍りついた結晶としてハラハラと散ってゆくのを見た。
 真冬なのに、凍りついた血は薄桃色の花びらのように見えた。
 四肢にのこる気だるさは凍傷なのか。動かない手足の残滓にキョウコの瞳は、悲しみではない涙を流していた。

 なにかにたどり着きかけたキョウコは、だがこの世界の摂理に従い、大神殿へと転送された。彼女が目を覚まし、仲間の待つギルドホールへとたどり着くのは、明朝のこととなる。
 そしてアキバの街には冬を脅かす、殺人鬼の噂が駆け抜けることとなった。
2ndシーズンの開始です。
ちょっと忙しいので、不定期っぽいのですが、なるべく週間くらいをめどにがんばりたいない! たいな!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ