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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

アキバの街の日曜日

43/122

043

「え……」
「攻撃ですね。情報戦、心理戦の類でしょうか。趣味が悪いな」
 シロエは鼻を鳴らす。

 趣味が悪い上に、行儀も悪い。
 あまりにも見え透いたやり口だ。
 浸透勢力による今回の攻撃は、〈円卓会議〉の信用失墜と、アキバの街に存在する絆を弱体化させるという狙いがあるようだ。しかし、その手法が粗雑に過ぎる。

 それは攻撃を行なって来ている『敵』が無能なのか、あるいは。
「……傲慢なのかな?」

 シロエの呟きに首をかしげるアカツキ。
 それを見てシロエは小さく手をふる。

「いいから、クナイはしまって」
「しかし主君」
「今回は、それの出番は無し」
 不承不承といった様子で無骨な刃物をスカートの中に戻すアカツキ。ちらりと見えてしまったふくらはぎから視線をそらしたシロエは、ヘンリエッタへと振り返る。

「アキバの街は攻撃を受けています」
「はい」
 張り詰めた表情ながら頷くヘンリエッタ。
 では、ヘンリエッタもうすうすは察していたのだろうと、シロエは理解した。ならばヘンリエッタにはある程度事情を話しておいた方が良いと判断する。

「手段は浸透したうえでの軽度攪乱工作と、流言でしょうね。目的は〈円卓会議〉の信用失墜です」
「……早急に手を打ちましょう。場合によっては祭りの中止もしなければ」
「それは良い手ではないですね」
 結論を急ぐヘンリエッタにシロエは言葉を返す。

「祭りが中止された場合、結局は実務能力を疑われることによって〈円卓会議〉の信用は失墜するわけですから、あちらさんの目的は達成されるわけで。ここはトラブルを最小化することによって、切り抜けるのが最善手です。ですから、祭りはこのまま続ける必要があります」
「そう……ですわね」
 ヘンリエッタの表情は優れない。
 得体の知れない相手から、直接目には見えない形で攻撃を受けているという事実は、それほどにプレッシャーを与えるものなのだ。シロエだとてそのプレッシャーとは無縁ではない。ヘンリエッタよりは多少「見えて」いるから、落ち着いているだけだ。

 この攻撃は〈大地人〉からのものだ、とシロエは直感している。その理由は様々なものがあるが、最大のものは「統治機構の信用失墜」というキーワードにある違和感だ。

 シロエを含むヤマトの〈冒険者〉の殆ど全てが、現実世界では日本人である。
 自慢できた話ではないが、日本人にとって、統治機構に失墜するほどの信用はない。いや、それはもちろん、実際の行政や警察機構などにおいて、日本は世界最高峰のサービスを提供していたのだろう。それら機構が停止すれば即日困ったことになるのは明白である。
 しかし、多くの日本人の「感覚」にとってそれら末端サービスと統治機構は無関係に存在していたように思う。つまり「統治機構の信用を攻撃しよう」という発想そのものが、非日本人的であり、このヤマトにおいては非〈冒険者〉的なのだ。

 そして今回の攻撃の粗雑さが別のことも教えてくれる。
 少なくとも、相手の〈大地人〉はこの攻撃で、アキバの街や〈冒険者〉そのものに壊滅的な打撃を与えられると思っては居ないだろう。当たり前だ、祭りが失敗して街の治安が多少悪化したり、〈円卓会議〉が無能と非難された所で、〈冒険者〉そのものが即座に弱体化される訳ではない。

 今回の攻撃が単体で決着を付ける性質のそれではない以上、当面の目的であろうと思われる「〈円卓会議〉の信用失墜」ですら、真の目的への布石だと考えるべきである。
 ではこの場合、真の目的、攻撃者の利益とは何か?

 おそらくそれは、アキバの街と、有利な条件で交渉を行なうことにある。

 ミノリとの会話にあった『西の交易商人達』の目的はそんな所なのだろう。〈円卓会議〉が〈自由都市同盟イースタル〉と条約を結んだ以上、利益が独占されないためには、西側の〈大地人〉達もアキバの街と条約を結ぶ必要がある。その条約の条件を良くするために、先制攻撃としてちょっかいを出してきたのだ。

 これだけの規模の商人達が動員されているからには、それなりの資本を持つ大商人か貴族が指揮を執っているのだろう。
 これもまた、アイザックに確認をとった所、1組だけ該当する大物が街へと滞在するために、今朝ほど市街に入ったという情報を得ることが出来た。

 理解は出来る。
 場合によっては、一定の効果を上げることも可能な作戦だ。
 だが、それだけに、粗雑で美意識がないとシロエは判断した。

 これだけの人員を動員しながら、威嚇と恫喝、そして流言飛語を以って交渉を有利に運ぼうとは、出自がしれる。

「西の、ですか……」
「しばらく伏せていてください」
 〈三日月同盟〉ブースの奥で説明を終えたシロエはヘンリエッタに要請する。
「それは構いませんけど、シロエ様はこれからどうなさるんです?」
「それはまぁ」
 続けようとしてシロエは云いよどむ。

 シロエは〈円卓会議〉を構成する委員であり11ギルドマスターの1人である。しかし、〈円卓会議〉は自治機関であり、アキバの街の信任を受けているに過ぎない。その自分が一存で防衛行動を行なうのが正しいのか正しくないのか……シロエはしばらく考えてみたが、それを途中で打ち切った。
 そうそうやすやすと答えが出るようなものでもないだろう、と諦めた結果である。

(それに今回は、血を見ないで済みそうだし。……強引な手段で掻き回しに来てくれたんだから、しっぺ返しを喰らう可能性くらい、考えてるだろう)
 という、些か無責任な考えも存在した。
 殴ったら殴られる、それは当然だろう。地球よりこの世界の方が、応報の摂理についてはよほどシビアなのだ。
 だがどちらにせよ、今回は防衛的な戦術を採らざるを得ない。

戦い(やり)ますよ。そりゃ」
「主君、戦なのか……?」
 アカツキの問いにシロエはわずかに眼を細める。


 『敵』が攻撃を集中させているポイントは何処か?
 現在の時点で、それは〈生産者ギルド連絡会〉が何らかの事務処理を行なうポイントである。街の入り口、倉庫施設、「のみの市」の巡回調査。この種の業務が意図的な不正申告や複数申告を受けて処理能力を削られている。
 また〈冒険者〉や〈大地人〉が交流するポイントも、攻撃を受けていると考えたほうがよいだろう。コミュニケーションの場を乱すことで、祭りと街の雰囲気を悪化させようとしているのだと云える。

 どちらも、対応策は「現場での作業人員を増やす」ことに尽きるだろう。その上効率的、かつ柔軟な組織作りがポイントとなる。

 〈円卓会議〉を始め、アキバの自治組織はいずれもボランティアで構成されている。ボランティアとしては異常なほどの問題解決能力を見せるが、それは十分な人数と士気があってのことだ。
 人数の不足は現場の疲労を深くし、士気の不足は働くエネルギーそのものを欠落させる。さらに云うならば適正な配置と目的意識がなければ、そもそも向かうべき方向にすら迷うだろう。

 指揮系統の整備と人員投入の必要が認められる。
 また、それだけでは『次の』攻撃を食い止めることは不可能だ。もちろん、『敵』がその一手を打ってくるとは限らないが、自分であったらだめ押し攻撃くらいは用意する、とシロエは考える。〈円卓会議〉の実務能力にけちをつけるための一手だ。

 シロエは冷静に脳内のカードを繰る。

(戦域が広い。今回の浸透攻撃は、ひとつひとつは取るに足りない。たいしたことがないトラブルだ。……でも、戦場はアキバの街全域。範囲が広すぎて、僕一人じゃ対応は不可能。いや、〈記録の地平線〉を投入した程度では不可能だ。
 かといって、〈円卓会議〉をあげて行動を起こすというのは、それはそれで下策だろうな。この時点で、そこまで話を大きくすれば、パニックが拡がりかねない)

 もちろん然るべき筋には連絡し協力を仰ぐ必要があるだろうが、〈円卓会議〉の末端にまで防御態勢の指示を与えることは、指揮系統に巨大なストレスをかける事になる。今回の攻撃が、〈円卓会議〉および〈生産者ギルド連絡会〉の処理能力に対する飽和攻撃である以上、迂闊に警戒態勢を上げる事は、かえって『敵』の目的に協力する事となる。

(理想はやっぱり、事件自体の消去。だよな……)

 シロエはまず理想的な結末に付いて考える。
 その条件下で手持ち戦力を配置、シミュレート。失敗したプランを廃棄し、条件を変えて再度シミュレートを行なう。呼吸を停止させると周囲の雑音は遠ざかり、静寂の世界がシロエを包み込む。加速する模擬戦闘のなかで、どこかに存在するはずの均衡点を模索するシロエ。

 だが、どうにもならなかった。
 『敵』の攻撃は、シロエと相性が悪すぎる。
 『敵』はほとんど何も考えていないのだ。全体の目的は漠然とあるだろうが、その攻撃のひとつひとつは、あらゆる『現場』でほとんどアドリブ的に行なわれている。精緻な戦略に基づく一点突破攻撃ではなく、手当たり次第の絨毯爆撃と云った様相だ。
 しかも、攻撃の実態をなんとか予想し得たのは、すでに『敵』の布陣が完了し先制攻撃を受けた後である。事前調整を武器とする策士シロエとの相性は最悪と云って良い。

(うっわ。こういう敵、嫌いだ)

 アカツキ達には『戦う』と云ったが、思ったより、まずい事態ではある。『敵』は手当たり次第であること、つまりランダムであることを戦略に組み入れているのだ。予想を立てることが出来ない。そのうえ、全ての戦線に貼り付けるだけの人員はいない。

(こう云うときは1回諦めちゃうしか、無いんだろうな)
 シロエは思考のギアを切り替えた。
 全てに対応することを諦める。

 出来ない事は出来ない。それを前提に、出来ることを行なう。
 時間もない。すでに昼は過ぎている。1時間以内に手を打たない限り、アキバの住民でさえ異変を感じるほどに事態は悪化をしてしまうだろう。

 そのなかで、この『敵』に対抗するために出来ることを見つけ出すとすると……。

「あれ。シロ先輩じゃないですか。〈三日月同盟〉のブースにいたんですね。そうだそうだ」
 振り向けば人混みを背景に立っているのは〈西風の旅団〉を率いるシロエの旧友、ソウジロウだった。今日のソウジロウは街着なのか、和装である。(かすり)の着物に紺袴、髷と云うよりはポニーテールにまとめた髪をなびかせて、腰には当然大小の打刀を佩いている。

「ご無沙汰しています」「こんにちはー!」「はじめまして」「誰ですか?」「ほら〈記録の地平線〉の」「ああ!」
 その後ろで黄色い声を立てているのは、ソウジロウに付きものの取り巻きの女の子達だった。

「先輩に教えて貰ったケーキショップに行ったんですよ。もう、すごいサービスでしたよっ! ホールケーキで16個も出してくれたんです。ちょっと食べきれなかったので、ケーキ無料だよってギルドの仲間を呼んだんですけれど、メンバーが増えれば増えるほど、ケーキもどんどん出してくれまして。すごく親切なギルドでしたよ! ……あ、あれっ?」

 シロエは膝の力が抜けてへたり込みそうになってしまうのを感じる。それはサービスではなくて、人数に応じたチャレンジメニューを追加しているだけなのだが、ソウジロウはまったく気が付いていないらしい。
「ホールケーキが三十個出た辺りで、在庫が無くなってしまったみたいで。みんなで食べて美味しかったですよぉ。ぼくはオレンジのムースが好きだなぁ」

 へなへなと脱力しながらも、シロエはそんな報告をしてくるソウジロウの肩に手を置いた。

「どうしたんですか? シロ先輩?」
「いや、良いところに来てくれた。ソウジロウ。君向きの案件があるんだよ」
 『敵』はランダム性をも取り込んだ無作為飽和作戦を展開中だ。
 で、あるならばその防御戦線には、これも無作為を当てるのが相応しいだろう。

 そのために最適な人材が、シロエの目の前にいるのだ。



 ◆



 念話を切ったミノリはぎゅっと拳をにぎった。
 懸念は的中した。
 アキバの街(ミノリ達)は攻撃を受けている。

「確定かい?」
 ショックを受けたような声のカラシンが訊ねてきた。それにミノリは頷く。
「シロエさんも同様の意見です」
 爪を噛んだカラシンは、厳しい表情で書類の山に目をやり、その後また思案に入る。

 ミノリがこの執務室に入ってからすでに8時間が経過している。早朝から殆ど休憩も取らずに連続で処理をしたお陰で、書類の塔はその大半が消えていた。今やそれらは圧縮されて部屋の隅の書類木箱に収められている。

 だが、だからこそ状況は明らかになったのだ。
 報告が分散して届けられていたから気がつかなかったが、西からの商人は参加者総数の内15%を突破している。
 人数自体は、多いもののそれほど問題ではない。増大しているのは15%の流入人口が引き起こした60%を越えるトラブルだ。

 この部屋は天秤祭の責任部署である。云い方を変えれば司令室だ。
 事前にしろ事後にしろ報告書という形で情報が集まってくる。
 結論としては、この「報告書」という形がすでに間違いの元だった。多様な「報告書」が処理を圧迫しているのだ。

 もちろん書類は大切だ。
 記録を残すというのは事務の鉄則だし、それはこの世界において紙によって成し遂げるしかない。

 しかし、〈生産者ギルド連絡会〉は圧倒的に処理能力が不足していた。当初予定していた精度の記録をするに当たっての、組織作りに失敗していたし、システム運用の熟練度も足りなかった。なにより、要員の数が圧倒的に足りていなかった。

 そして、そこを突かれたのだ。
 たとえば、市中に入るに当たっての簡易的な積み荷の聞き取り調査。「のみの市」に出展する場合の管札発行手続き。販売品目届け出手続き。〈円卓会議〉が管理を行なう公営の倉庫の利用手続き。それら全ての現場で、人手が不足している。
 遅滞はストレスを呼び、ストレスはトラブルを招く。

初めそれらの混乱は、予想外に増えた〈大地人〉商人が不可避的に巻き起こしてしまったものだと思われた。つまり、責任は甘く見ていた連絡会側にあるのだと反省していたのだ。
 しかし報告書をより分けるうちに、同じ西方商人が意図的に多段階の、もしくは重複する事務処理を申請している実態が現われてきた。

 何者か、もしくは何者か『達』が、システムに負荷をかけようとしている。カラシンが確認をした所、市中警邏(しちゅうけいら)に当たっている〈冒険者〉ギルド、〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉でも急速に増大した喧騒やもめ事の処理でオーバーヒートしているとのことだった。と、同時に〈円卓会議〉の無能を責める飛語が市中で確認されている。

 事ここにいたり、ミノリはカラシンの許可を得てシロエに連絡を取った。情報を共有しない事による弊害を恐れてのことである。
 そしていま、情報を突き合わせたシロエの判断は「何者かの攻撃を受けている」ということであり、不幸なことに、ミノリの予想はシロエの支持を受けたことになる。

「ミノリちゃんはシロエ殿のところに戻るのだろう?」
 カラシンの質問は予想通りだった。だから、ミノリも予定通りの態度で首を振る。

「シロエさんの所には、戻りません」
「へ?」
「ここにいます」
 ミノリは繰り返す。

 カラシンのあっけにとられた表情も当然だ。
 攻撃を受ければ、群れはそのリーダーの元へ集合する。これは人間が動物だった頃からの防御的本能だ。ギルドであってもそれは同じである。
 この状況下では、メンバーはギルドリーダーの元へ集まり、集団でその指示に従うのが常識的な対応である。それは、集団の規律とか云う以前に定石に近い。得体の知れない社会的な浸透侵略を一方的に受けているのだ。現にカラシンは、手の空いているメンバーをギルド会館周辺に呼び集め始めている。

 ましてや、ミノリはまだ若い。シロエ(保護者)の翼の元へ戻るのが『当たり前』だと、カラシンが考えていたのは、ミノリにだって理解出来る。

 しかしミノリは、この場へ残る決断をした。
 ミノリの書類整頓能力は、すでに一人前の事務職として通用するレベルにある。もちろん〈第8商店街〉の若手数人と協力してであったが、ミノリが執務室にあふれかえった書類を「根絶」したのは事実なのだ。カラシンが断ることはないだろう。

 ミノリとしては、それは賞賛されるほどの『たいした事』ではないと思っている。自分がやったのは、書類の圧縮にすぎないと考えているのだ。圧縮とは、いま現在必要ない情報を無視するという手法で成り立っている。つまりは作業の一部を無視して加速をしただけだ。

 今後、類似の企画を行なうために、今回のお祭りの情報を利用しようとするのならば、書類や統計は改めて精査する必要があるだろう。
 ミノリが行なったのは、目下必要な管理統計を作り、問題点を抽出するという粗いチェックに過ぎない。その意味で、いわば二度手間を掛けているだけなのだ。

 しかしながら、現在の少ない人員で、目の前の窮地を切り抜けるためには有効な策でもある。そこから導き出された事実が、アキバの未来にかかるのならば、なおのことだった。

 心配するカラシンの視線にあえて気付かないふりをしたミノリは、大きく深呼吸を行なう。

(つまりアレと同じだよね)

 問題点は、処理能力の『低さ』。
 それは『回復能力の不足』と通じる概念だ。

 思い出すのは、背筋を凍らせる殺気や息がつまるような緊張感。ゆっくり掌をゆるめ、握りこみ、血液を意識的に循環させてゆく。そう、ミノリがいま想定しているのは大規模戦闘レイドだった。

 思い出すだけで喉が渇き、身体が冷却されてゆく。
 ラグランダやチョウシ、ザントリーフの各地で行なった「アレ」をすればいいのだ。シロエがやっていたように、その姿を真似て。

「ここに残って、倉庫の仕事をします。倉庫の書類も、全部運んでもらって、良いですか?」
「え? ああ。そうか、そうだな。……もちろんやってもらえれば、それは有り難いが」
 カラシンは近くにいたタロ青年に指示を出す。

 倉庫とは、〈円卓会議〉管理下の物資倉庫である。中小ギルドが月極契約で間借りすることが出来るこの倉庫群は、〈円卓会議〉成立後比較的早い時期に作られた施設だ。
 〈大災害〉以降の変異した世界では、素材の品質が作成後のアイテム品質に影響を与えてしまう。そのため生産者にとって、素材単位での目利き購入が重要になった。
 傷んだトマトを使えば、トマトサラダもまた不味いものにしかならないのだ。以前ならば、アイテム名称「トマト」を頼りに、委託販売システムや、〈大地人〉からまとめ買いをすればそれで済んでいたが、現在では直接目で見て品質を確かめてから購入するというニーズが高まっている。

 そのために、保存と大口取引に用いるための大型倉庫が必要になったのだ。大規模なギルドでは自前で倉庫を運用する所も多いが、中小ギルドにそのような体力はない。
 〈円卓会議〉は、そんな中小ギルドからの要望に応えて大型の倉庫複数を設置、これを管理していた。

 秋祭りの期間、この倉庫は〈大地人〉に対しても開放されている。
 そのサービス自体は、たとえば荷馬車でやってきた〈大地人〉商人にとっては必要なものだ。商材の中には宿屋の厩に放置しておけない種類のものや嵩張るものが少なくはない。〈天津冬衣〉(氷の上位精霊)を召喚して冷却をした倉庫ならば、鮮度も多少は保たれる。

 しかし、〈大地人〉に開放したため、手続き自体が煩雑になっているのも事実だ。預かったアイテムの詳細を記録しないと責任は持てない。また、毎朝一定量を引き出し、夕方には売れ残ったものを預けるという使い方を想定していたこれらの倉庫は、販売する度に引き出すというような、頻繁な預け入れを前提にはしていないのだ。

 有り体に言えば、窓口の処理能力をはるかに超える負荷がかかっている。――これが今アキバの街が受けている攻撃の代表的な例だ。

「ミノリ、またせたな」
「うん、トウヤっ」
 挨拶もせずに執務室へ入ってきたトウヤにミノリは頷く。
 フレンドリスト最上段に登録された互いの連絡先は、双子にとって無二のものだった。あまりにも繰り返したため、もはや無意識操作でも疎通可能な念話は、ダイレクトコールを越えて以心伝心の域に達しつつある。

「カラシンさん。応援に来てもらいました。双子の弟のトウヤです」
「ああ、久しぶりだね。済まないが、頼むね」
「了解。んじゃミノリ、俺、行ってくらぁ」

 トウヤは挨拶もそこそこに、バッグだけを降ろして執務室から出て行く。ミノリも「何処に?」とは聞かない。
 このフロアにある別の事務室には、いくつかの公営倉庫から届いた荷物の預かり票が届いているはずなのだ。先ほどカラシンと話していた通り、トウヤはその荷物を取りに向かったはずだ。
 やがてこの執務室は、前に倍するスピードで、様々な書類が運び込まれ始めるだろう。「のみの市」から届く報告書に加えて、倉庫群からの預かり票までもが、この執務室に運び込まれることになる。

 当面の書類を整理してスペースが開けたこの執務室で、それら膨大な書類を平行処理する。

 それが今回ミノリの選んだ戦場である。

「カラシンさん、これもお願いします」
 ミノリは手元で作った重要度の高い報告書をカラシンに回す。右肩には赤字で「至急」とサインしたものだ。カラシンは戸惑っていたが、ひとつ頷くと素早く視線を走らせ始めた。

 そこはシロエが実務能力を高く評価していたほどのギルドリーダーだった。預け入れられていた物資――ジャガイモの山が『二重に引き出された』などという、ミノリには処理できないような火のついた案件であっても、短時間の念話で保証方向に話をまとめてゆく。

 その様子にミノリは確信する。
 いまこの瞬間、シロエの元に駆け戻るのは『弱い一手』だ。

 戦線が圧倒されつつあるこの瞬間こそ、前線をケアして崩壊を食い止める必要がある。

(わたしなんかが、役に立つか判らないけど……)

 でも、今この瞬間、この執務室には人がいない。カラシンと数人の〈第8商店街〉の有志だけだ。ミノリ自身とトウヤを加えても5人程にしかならない。

 ――天秤祭りの中心であるにもかかわらず、スタッフが5人しかいない。

 シロエに指示されたのは「トウヤと合流すること」だけだった。
 ミノリはそこに込められた意図に思いを馳せる。
 最初に感じたのは「現在アキバに迫っている状況は、直接肉体的なダメージをもたらすような種類の危難ではない」というメッセージだ。もしその種の危険が及ぶ状況であれば、シロエは万難を排して合流する指示を与えただろう。必要であれば、迎えを出してくれたはずだ。

 しかし、その次に感じたのは「自由を許された」という事実だ。
 それは、ただ単純に行動の自由を認められたと云うことに留まらない。攻撃されているという情報を共有した上で、自由を認められたというのは、援軍としての動きを期待されているのだ、とミノリは解釈をした。

 遠いシロエからの小さな期待。
 勘違いかも知れないようなその可能性に、ミノリの魂は燃え上がる。
(でも、もしそうであるなら。……ほんのちょっとでも、シロエさんに買ってもらえているのなら。わたしは……)
 この執務室において、シロエを真似ようと。
 ミノリはそう決心する。

 シロエの管制戦闘を再現するのだ。
 同じ場所にシロエが2人いても意味はないが、シロエが居ないこの場所であるならば、そのまねごとに意味を見いだせるかも知れない。

 倉庫の受付で〈大地人〉からの苦情を受け止め続けている担当者は『前衛の壁役』だ。彼らが稼いだ時間に前衛の問題を処理してゆくカラシンはこの場合『回復役』になるのだろうか。
 そうであるならば、問題の大小をより分け、次の一手を予見して、全てをスムースに進行させるべく、情報を整形するのが、ミノリにいま出来る『精一杯』だ。

 前衛にも回復役にもなれない自分。
 理想だけは高い癖に、やっていることと云えば書類整理と、その内容を別紙に転記して配分していく事だけ。そんな自分に、内臓の底がむかつくような無力感といらつきを覚えるけれど、ミノリは懸命にそれを凍てつかせる。

 中学生の自分が無能なのは当たり前のことだ。
 それに苛つきや自虐は、戦いの現場において何よりも無益なものだと、シロエに教え込まれている。そのシロエを裏切ることは出来ない。

――戦闘の流れは『読む』ものじゃない。流れに『なる』ものだ。

 冗談めかして笑っていたシロエの優しい声を思い出す。

(流れに、『なる』……)

 今のミノリにとって戦闘とは、その流れとは、次々と運び込まれてくる書類や、念話で飛び込んでくる指示待ちの連絡の連続体だった。それらそのものに『なる』。

 何も悩まない。
 何も考えない。
 書類そのものや、解決そのものに、『()りおおせる』。
 ほんのわずかに感じる、その手触りを追いかけて、ミノリは目前の作業に、猛然と取りかかっていった。



 ◆



 夕餐会の会場は、華やかな雰囲気に包まれていた。
 ここはレイネシアの居住する、『水楓の館』。その1階に位置する大ホールだ。『水楓の館』はレイネシアがアキバの街に赴任するに当たって、マイハマのコーウェン公爵家が購入した、アキバに数多い倒壊したビルを改修した建物である。
 殆ど廃墟だったビルは、基礎構造を遺して、〈大地人〉の貴族邸風意匠に作り替えられていた。

 この館は公邸として、客を宿泊させることもあるし、打ち合わせや特産品の評価などの実務を行なうことも多いため、レイネシアの住居という側面を持ちながらも、相当大規模に作られている。ホール数3、部屋総数80。使用人の数は普段から30人を超える。

 しかし、この公邸の一大イベントである夕餐会を迎えたいま、そのスタッフの数は普段の30人などと云う数ではきかないほどに膨れあがっている。マイハマから呼び寄せた料理人や吟遊詩人、給仕の娘達だけでは足りず、アキバの街で急遽募集した厨房スタッフや各種職人を動員しての、大規模な供応である。

 募集に応えたのは、実は〈大地人〉だけではない。
 料理人や、給仕、楽人、裏方のスタッフとして多くはないが〈冒険者〉も参加している。〈冒険者〉の所得水準は高い。レイネシア側が提示した賃金は〈大地人〉基準のもので、よもや〈冒険者〉が応募してくるとは思っていなかったが、ここはアキバの街である。興味半分の〈冒険者〉が、おもしろがって応募をしてくることもあるのだった。
 半ば以上ボランティアな気分なのだろう。そんな〈冒険者〉達は、華やかな宴の裏でせわしなく働きながらも、共に働く〈大地人〉の異性と、お近づきになったり、ちょっと可愛らしい関係を築いたりもするのだが、それはそれで別のお話である。

「ありがとうございました」
 レイネシアはにっこりと笑い、眼前の〈冒険者〉に会釈をする。〈冒険者〉の青年は、ぶっきらぼうに視線をそらしながらも、「いえ、当然ですから」と呟いた。

 その青年は、ザントリーフ戦役の時、後方支援や包囲作戦に参加してくれたらしい。レイネシアとしては、お礼を云うことくらいしかできないが、まさにその礼を云うためにこそ今日の夕餐会があるのだ。

「皆様のおかげで、マイハマも都市連盟も救われました。尽きせぬ感謝を捧げます」
 少しだけスカートを持ち上げて頭を下げる。
 その様子に青年は手を振ると、「そんなに礼を言われるほどの事じゃない。俺たち〈冒険者〉だし、当たり前だし、報酬もらってっし。その……たいした手間じゃなかったし」と、口早に遮る。
 その後頬を染めた青年は、居心地悪そうに「気にしないで欲しい。絶対だから!」と云い置いて、そそくさと離れて行ってしまった。

「なんだか初心な方ばかりですねぇ」
「そうね……。本当に」
 レイネシアは背後に控えたエリッサに答える。
 〈冒険者〉――特に青年達は内気な人間が多いように思う。騎士というのもたいがいにロマンチストなものだが、その「騎士道」に没入するあまり、自分達の流儀を押しつけてくる所がなきにしもあらずだ。
 その点、〈冒険者〉の若者達は、レイネシアが感謝をしてもまごついて逃げ出すような事が多い。

 初めは嫌われているのかとも疑ったが、今ではそうでないということがレイネシアにも判っていた。〈自由都市同盟イースタル〉では『愁いに満ちた美姫』と呼ばれ、飾り物のように扱われ、その美を愛でられていた彼女だが、このアキバの街では、それと同様だが別種の憧憬を受けている、ということらしい。
 いってみれば、〈冒険者〉達ははにかんで照れているのだ。

 エリッサなどは「あらあら、まぁ。皆さん、子供みたいな照れ方ですね」などと笑っていたが、レイネシアは悪くないと思う。下手にちやほやしてくるよりも、好感が持てる、なんだかふわりと微笑ましい気持ちになるのだ。

 ホールには300人ばかりの招待客が来ているはずだ。
 2/3が〈冒険者〉であり、1/3が〈大地人〉である。〈大地人〉は、この街で手広く商売をやっている店主もあれば、銀行業務の管理をしている供贄(くにえ)一族の若頭領もいる。今日の祭りを目指して、東方領地からやってきた、大手商会の交易担当者もいた。

 ホールには香ばしい香りが満ちている。
 目的は歓談にある夕餐会だが、お題目である料理の方にも手抜かりはなかった。マイハマからやってきた料理人達はレイネシアのために腕を振るってくれたらしい。アキバの〈冒険者〉に見せつけるように、豪華で手の込んだ料理を作り出してくれている。
 魚のスープや、子牛肉のラズベリーソース添えなどは、「再発見」された料理だ。それらはザントリーフにつたわる伝統的な料理だが、〈革命〉以前はアイテム作成メニューで作られていた。

 当時の料理の味については、もはや霧の中のような記憶しかないが、当然味気ないメニューであり陰鬱な印象しか残っては居ない。良くもあのような味の食物で命をつなげたと不思議に思うほどだ。
 しかし〈革命〉後、作れなくなってしまった料理も多い。アイテム作成メニューにおいて、必要な素材一覧(レシピ)を見れば、どのような素材から作り出すのかは判明するが、その素材を、どういった手順で、どのように調理すれば、見た目だけでもアイテム作成メニューで作った料理と同一になるのかが、判らないのだ。
 〈大災害〉は世界から、〈大地人〉の無知をさらけ出したとも云えるだろう。そこで知らされるのは、アイテムメニューで作れるものを、手で作り出すことも出来ないという事実だ。

 だがこういった状況に、マイハマの料理人達は果敢に立ち向かった。実際の料理法が不明な『郷土料理』を何とか作り出そうと、使用されている素材の一覧から何とか類推する作業に取り込んでいたのだ。
 こういった調理手順を確定する作業を「再発見」と呼ぶ。
 古い料理書を紐解いて古代の知識を学び、あるいは自由な発想で調理法を繰り返す、なかなかにセンスの必要な作業だ。もちろん、その過程には〈冒険者〉からもたらされた新たな知見やアドバイスが影響を与えたこともあった。

 そう云った苦労あってか、本日の来客はおおむね満足しているようだった。レイネシアは会場を回って、〈大地人〉を〈冒険者〉に紹介し、あるいは〈冒険者〉を〈大地人〉に引き合わせて回る。

 今のところ、夕餐会は好評でとても上手く行っているように見える。〈冒険者〉と〈大地人〉の絆は、イースタルの宝になる、とレイネシアの祖父セルジアッドは云っていた。
 それはそうかも知れない、とレイネシアも思う。
 だがそれは、互いがその絆を大切にして、日々磨いてこそ訪れる結果だ。自分の役目は、その絆に愛情を注ぐことなのだろうと、レイネシアは考える。それが自分をアキバに赴任させた祖父の狙いなのだろう。
 レイネシア個人は、だらだらとした日常を、怠惰に、まったりと、あるいはくったりと送りたいだけなのだが。

「姫……」
「どうしたの? エリッサ」
 人波が切れたのを見計らって、後ろに控えた侍女がレイネシアに声をかける。おそらく先ほどエリッサの元へ駆けつけてきた、メイドの伝言と関係あるのだろうが、その顔色は優れない。
 レイネシアは悪い知らせなのだろうと覚悟を決めた。
 ルンドスタードがやってくる、と聞いたときから覚悟をしている。

 この夕餐会で、レイネシアはルンドスタードに挨拶を行なっていない。まだ会場に訪れていないと云うことなのだが、だからこそその訪れを待っていたとも云える。

「悪い知らせです」
「……聞きたくないけど聞きます」
「ルンドスタード卿ですが、ただいまこちらに向かっているそうで、あと10分もすればホールにいらっしゃるかと」
「そう」
 それは予想済みだ。
 気が重い、プレッシャーのかかる情報ではあるが、悪い知らせと云うほどではない。

「それで……」
「どうしたの?」
 レイネシアはよそ行きの態度で続きを促す。

「実はルンドスタード卿は船でアキバ沖にいらっしゃったのですが、かなりの量の物資をお持ちで。その荷物を倉庫に運び入れたいとおっしゃっておいでなのです。しかし……」
「何か問題があるの?」
「ええ、なにぶん急な話ですし、量が多いですし。――そもそも、倉庫の預かりというのは、もともと〈冒険者〉向きのサービスですから」
 困ったように云うエリッサ。

 それは当然そうだろう。もし、何か問題が起きるようならば、ルンドスタードの相談に乗らなければならない。〈大地人〉と〈冒険者〉の橋渡しをするのは、レイネシアの職務である。

 会場のざわめきの声が強くなる。
 大人数の使節団がやってきたのだろう。どうやら、ルンドスタードが到着したようだ。

 エリッサを連れたレイネシアは、〈冒険者〉に会釈をしながら、管弦楽の流れるホールを横切った。大きな観音開きの扉から入ってきたのは、1人の壮年貴族。
 レイネシアは面識がなかったが、彼が〈神聖皇国ウェストランデ〉の貴族、ルンドスタードに間違いないだろう。

「ようこそいらっしゃいました」
 レイネシアは優雅な仕草でふわりとスカートをつまみ、恭しく頭を垂れる。

 〈大地人〉の貴族社会において、レイネシアの立場はきわめて微妙だ。東方最大の貴族、コーウェン家の娘として、彼女は強い敬意を受ける立場にある。また、その美しさから、社交界では薔薇の姫君として憧れを一身に集めていた。
 しかし彼女は女性であり、貴族社会において女性とは表向きの公務に就くことはあり得ない。

 レイネシアがアキバの街に住んでいるのは、もちろん実質からして〈大地人〉と〈冒険者〉の間を取り持ち、様々な交渉に下地を作るための公務ではあるが、表向きは「〈自由都市同盟イースタル〉に無断で〈冒険者〉に援軍を求めに行った独断に対する謹慎」というような発表も為されている。

 レイネシアは、実際には東側〈大地人〉の代表者としてアキバの街に居を構えているが、公的な地位は何も持っていないのだ。「別邸で謹慎中の、コーウェン家の娘」というだけである。
 自然、〈神聖皇国ウェストランデ〉の大貴族ルンドスタードが相手では、深く膝を折らざるをえない。

「おや、これはお美しい。私の記憶に間違いがなければ、コーウェン家のご息女、レイネシア姫ですな」
「はい、ルンドスタード様。今宵は、秋の祭りを祝う我が家の宴にご来駕頂きありがとうございます」
 レイネシアは内心を完璧に包み隠して、しとやかに目を伏せた。

 正直に言えば、第一印象は悪い。
 それも最悪と云っても良いだろう。ルンドスタードは白くこね上げた粘土のような顔の貴族だった。レイネシアは祖父の供として、何度か〈神聖皇国ウェストランデ〉の貴族と顔を合わせていたが、その度に感じる生理的なずれをこのルンドスタードにも感じる。
 古い貴族文化を受け継ぐと云うことにかけては、東よりもずっと保守的な〈神聖皇国ウェストランデ〉は男性であっても香水を振りかけ、紅をさすことが多い。もちろん似合う人もいるのだろうが、その化粧は〈自由都市同盟イースタル〉の風習からすれば、時代がかっていて異様である。
 レイネシアは、他人の美醜をそこまで取りざたする趣味を持たない。しかし、ルンドスタードのそれには、ただ単純な容姿の問題であると云うよりも、ある種の内面がにじみ出た結果に見えた。

「随分と盛況の様子、素晴らしい宴ですな」
「はい、おかげさまで」
 しかし、レイネシアは貴族の娘として、様々な外交官や使節と言葉を交わした経験がある。どのように気にくわない相手だとしても、所詮は一時間もしないうちに去る相手なのだ。表情に出す意味など何もない。
 目を伏せて、少し困ったような小さな微笑みを浮かべていれば問題はないと云うことを、レイネシアは知っていた。

「しかし、どうなのですか。多少、無秩序に過ぎる気がしますが」
「どういう事でしょう?」
 鼻を鳴らすような笑いを含んだ貴族の声に、レイネシアは視線を少しだけ上げる。

「いや、貴族が平民と同じ宴に出るなどとは。(えびす)の血を引く東方ならではの剛胆さと申しますかね。はははっ。……これはこれは、近寄るなというのにっ。くくくっ」
「もうしわけありません。東の地はその辺りの雅ごとには疎く、このような宴となりました。お口に合うかどうかは判りませんが、東酒(あずまざけ)などいかがでしょうか?」

 軽蔑したような言い回しは、決して聞き慣れたものではないが、聞き流せないほどのものでもなかった。〈自由都市同盟〉の多くは〈ウェストランデ皇王朝〉成立時に征服された地方都市国家である。そのせいで〈ウェストランデ皇王朝〉の昔から、西方の宮城ある大都市からは、一段低い、野蛮な地域として軽く扱われてきた。
 それでもイースタルなどはまだましな方である。エッゾなどになると、もはや人跡未踏の蛮地、ただしく(えびす)として蔑視されてきたという歴史がある。エッゾが独立後、『帝国』を名乗りヤマト中央への反感を強めたのは故無きことではないのだ。

 レイネシアは小さく小首をかしげると、装飾が多すぎて着付けの判りにくい服をまとったルンドスタードのもつ杯に、酒を注ぐ。ルンドスタードは、そのレイネシアにうっとりと目を細めると、銀の髪に不躾(ぶしつけ)に触れた。

 レイネシアの周囲でめらりと怒気が立つ。
 レイネシアやルンドスタードからほど近い〈冒険者〉達だ。手にグラスを持った鎧の青年戦士や、腰に太刀を帯びたしゃれた剣士が剣呑な視線を向けてくる。

 その視線の意味合いは「この無礼なシロ豚をやっちまおうか?」である。そんな彼らにレイネシアは、内心でくすりと小さく笑う。
 〈冒険者〉は本当に自由な鳥のように闊達な人たちだ。彼らの考えが、こうやって理解出来るようになったことが、レイネシアには嬉しい。
 しかし、その無言の申し出をレイネシアは視線だけで謝絶する。優しいゆえに、甘えてはいけない申し出というものもあるのだ。西方の大貴族に危害を加えればただでは済まないし、この程度の粘着質な物云いは予測できていた。

 〈冒険者〉に甘えれば、この貴族は良くてたたき出され、悪ければ切り捨てられかねない。それは西にとっても東にとっても、そして〈大地人〉にとっても〈冒険者〉にとっても不幸な結末だ。

 嫌味を云いたいだけならばいくらでも付き合う用意がある。
 レイネシアはそう考える。
 なにせぐうたら好きなのだ。話を右から左に聞き流すことに掛けては自信がある。未だ成功には至らないが、目を開いたまま寝る練習だってしているレイネシアなのだ。

「まぁ、いいでしょう。姫。とりいそぎ、倉庫を用意して欲しいものですな。運んできたものの中には海産物もある。鮮度が落ちては困りますのでな」
「はい。今問い合わせをさせております、少々お待ちください」
 しとやかに頭を下げるレイネシア。

 しかしルンドスタード卿は、明らかに侮蔑した表情でレイネシアの言葉を遮る。
「はっ! 何を言っているのです、姫? この件はすでに書面にて依頼が済んでいるはずですぞ? マイハマのセルジアッド公へも、同文の書類を送り、返事さえ頂いている」
「え?」

「受け入れ準備はお済みでしょうな? 商品は、神聖皇国の斎宮家へも降ろされる最高級のもの。軽く扱って欲しい品物ではないのですよ。お解りかな?」
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