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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ゲームの終わり(上)

22/126

022

 ――「ラグランダの社」。
 その内部は暗かったが想像に反して狭くはなかった。
 天井の高さは3mから5mほど。通路の広さも3mは十分にある。壁は石造りで、硬質な花崗岩らしき岩がみっしりと組み合わさっている。
 空気は乾いて、何処かかび臭い匂いがした。

「僕が明かりを出そう」
 ルンデルハウスが〈マジックトーチ〉の呪文を唱えると、オレンジがかった明かりが召喚される。

「明かりをつけても大丈夫かな? 的にされないかな」
 五十鈴が心配そうに口にするが、ルンデルハウスはあっさりと「関係ないさ」と切り返す。

「アンデッドがメインなら、暗闇でもわたし達の存在を魂の波動や魔力で見分けてくるはずですよね。暗闇で得をするのは向こうだけだから、かえって明かりをつけたほうが良いんですよ」
 セララはそうコメントして、自分も〈バグスライト〉の呪文で光源を呼び出した。

 複数の光源を用意するのはセオリー通りだ。もしひとつしか魔法光源を用意しなかったら、不意打ちでその術者が倒れた場合、いきなり呪文効果が終了して辺りは暗闇に包まれてしまうことになる。

「くっ。ボクの方が明るいんだぞっ」
 しかしルンデルハウスはそんなセオリーも知らないようで、慌ててもう一個魔法の明かりを呼び出して対抗してみたりする。ちょっと苦笑したセララは、そんなルンデルハウスにセオリーを説明しているようだ。

 ルンデルハウスは最初憤慨していたが、説明をされたらあっさり納得したようだった。「なんだ。ボクの明かりが弱い訳じゃないのか。もちろんボクは優秀だからな、はははは!」などと笑っている。
 存外お調子者なのかも知れない。
 ミノリはそんな感想を抱いた。

 通路は何回かの曲がり角を越えて、ひとつの部屋に辿り着いた。
 一行は警戒してアーチから部屋をのぞき込んでみたり、しばらく気配を探ってみたが何も起こらないため、おっかなびっくり侵入する。

「これ……」

 どうやらどこからか砂が入ってきているのか、石畳の床の上には、さらさらとした砂が積もっている。その砂の上には中規模の人数があちこち歩き回った痕跡と、散らばった骨が残されていた。

「先行したグループがここでスケルトンと戦闘になったみたい」
 ミノリは床の痕跡を調べながらそう言う。光景がまぶたに浮かぶようだった。
 散らばった沢山の足跡と引きずったような痕跡、そして白骨が、戦いの様子をミノリに教えてくれるのだ。戦闘はほんの1分ほどで終わっただろう。まさに鎧袖一触だったはずだ。

「そっか、じゃぁ、すくなくとも、T字路までは敵はいなさそうだな」
 トウヤはそう言うと、先頭を切って歩き出してゆく。
 時折空気の匂いを嗅ぐようにくんくんと鼻をうごめかせるのが弟らしい。

 一行は、だんだんと口数を減らしながらも最初のT字路にたどりついた。思った通り、先行する足跡はそのT字路を左へと曲がっている。

「……っ」
 ルンデルハウスは悔しげに舌打ちをする。その舌打ちにトウヤも頷いて、じっと通路の左側を見つめている。ミノリは意味がわからずに首を捻るが、2人は何か通じ合うものがあったようだ。

「今日のところはこっちだ。行こうぜ」
「ああ、何時までも右に曲がるとは思わないで欲しいがね」
 ルンデルハウスは、トウヤの言葉をそう受ける。

 トウヤの声で、一行は右に曲がった。ここからが本番だろう。十分な警戒が欠かせない地域に突入したのだ。

「緊張……しますね」
「はい」
 隣を歩くセララと声を潜めて会話をするミノリ。
 これだけ静かなら声を潜める必要もさしてない。潜めたところで聞きつける存在が居るのなら聞きつけてしまうからだ。
 しかしそこはダンジョンの暗闇と圧迫感のせいだろうか、雰囲気に飲まれて、その必要はないと判っていても次第に小声でひそひそ話になってしまうのだ。

「っ!」
 最初に気が付いたのは、やはり先頭を歩いていたトウヤだった。通路の向こうから歩いてくる歩哨のような4体のスケルトンに気が付いたのだ。
 トウヤは反射的に刀を抜き放ち、飛び出し掛けた。

「トウヤッ!」
 それに同じくミノリが叫び声を浴びせ、自制を促す。

 ここで飛び出していっては以前のトウヤと同じだ。
 それはトウヤにも判っていたのだろう。〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)での二ヶ月の訓練でトウヤもまた鍛えられている。彼はそのまま刀を青眼に構えると、低い気合いと共に一振りする。

 剣先から放たれた深紅の衝撃波がスケルトンに激突した。
 衝撃波はスケルトンに大きなダメージを与えた様子はなかったが、それでも蠢く白骨は細かい骨片を砕けさせながら、こちらに気が付いたようだ。彼らは足早に接近を開始する。

 〈飯綱斬り〉(いずなぎり)。それは〈武士〉(サムライ)が使う遠距離攻撃特技のひとつだ。
 本来戦士職は遠距離攻撃を不得意としている。前線で敵の攻撃を引き受けるのが彼らの役割だからだ。しかし、それでは対応できない局面も存在するために、数は少ないが射撃的特技も持ち合わせてはいる。

 〈武士〉の使う〈飯綱斬り〉もそんな技のひとつだ。もちろん本職の遠距離攻撃職の攻撃――〈暗殺者〉の弓や、魔術師系の魔法に比べてそのダメージは微々たるものだ。だが、敵の中心に突撃することなく、敵の注意を引きつけることが出来るという特性を持っている。

 その効果が十分に発揮されたのだろう。魔法の明かりに照らされた通路の中で、不気味なほどに滑らかな動きでスケルトンはトウヤに向かって突進してくる。

 スケルトンの手持ちの武器は、斧が3体に弓が1体。4体まとめて突っ込んでくるように見えたが5m程をおいて弓使いのスケルトンだけが足を止めた。

 トウヤは通路中央に大きく構えると、3体のスケルトンの攻撃に身をさらす。斧を抱えたスケルトン達はトウヤをコの字状に包囲すると、連続で攻撃を繰り出してきた。それはアンデッド特有の、目的以外には目もくれない機械のように無感情な行動だ。

「行っくぜぇ!! そりゃぁぁぁっ!!」
 トウヤは全てのスケルトンを撫で斬りするかのように攻撃する。サムライが得意とする「再使用規制時間の長い大技」のひとつ〈旋風斬り・大〉(せんぷうぎり・だい)だ。

 一瞬で尻餅をつくように崩れるスケルトン。
 しかしむざむざと転倒したわけでもないようだ。置き土産のように、それぞれがトウヤにきっちりと攻撃を加えていったらしい。その一瞬でトウヤのHPは20%程が失われている。

「〈禊ぎの障壁〉っ」「〈ハートビート・ヒーリング〉っ!」
 セララとミノリの固有回復呪文が飛んだのは殆ど同時だった。
 水色の鏡のような個人用耐衝撃結界が、トウヤの周辺に構成される。ミノリの用いる「ダメージ遮断呪文」はトウヤのHP上限の15%程のダメージであれば遮断することが出来る。つまり、いまの3連撃をもう一度喰らっても減るHPは5%程度で済むと云うことだ。

 そしてセララの脈動回復呪文は、力強い心臓の鼓動のようにトウヤのHPを回復しつつあった。この持続型のHP回復呪文は15秒の間、毎秒のように回復呪文を対象に施し続ける。HP20%を回復するのに掛かる時間はおよそ10秒といったところだろうか。

 トウヤの守りはこれによって保証されたと云って良い。

「次はボクの番だっ! 喰らえっ!!」
 ルンデルハウスが指先から生み出したのは、握り拳ほどの大きさの……それでもドロドロと煮えたぎる溶岩の弾だった。

「〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉っ!!」
 打ち出された溶岩の弾は直進するだけではなかった。
 正面からスケルトンの1体を打ち抜くと、その場で直角に曲がり次々とスケルトンを貫いてゆく。不死の骸骨達は余りの高熱のために炭化した骨が崩れ、あるいは一瞬にして燃え上がる。

 〈妖術師〉(ソーサラー)
 それは魔術師系職業の一種であり、ある意味完成形。
 その特徴は攻撃力だった。〈暗殺者〉(アサシン)が武器によるダメージの極限を志したように、魔法によるダメージの極限を目指した職業が〈妖術師〉である。
 彼らは〈召喚術師〉(サモナー)のように自らの魔力で異界の存在を召喚して使役する訳ではない。〈付与術師〉(エンチャンター)のように他者の力を増幅するのも得意ではない。
 〈妖術師〉の使う魔術は、それよりもっと原始的で強力なものなのだ。彼らは自身の魔力を直接、破壊力に変換する。その破壊的なエネルギーは多くの場合、炎や氷、稲妻といった形態をもち、これを直接対象に叩きつけることにより敵対存在の殲滅を瞬時に行なうのである。

 その攻撃力は〈暗殺者〉とともに全職12業中最高峰である。暗殺者が武器を叩きつけるのに比べ、攻撃属性を選べる点では一歩優れているという評価を下す人間も多い。

「え? あれ? ……おお~っ!!」
 ルンデルハウスが驚きの声を上げる。
 打ち抜いたはずの溶岩の弾の後を追いかけるように、その杖の先から虹色の光弾が打ち出されて追加ダメージを与えていくのだ。

「やた! 成功したよっ!」
 五十鈴がにこりと大きく微笑む。

 〈吟遊詩人〉(バード)のもつ援護の特技は多い。他の職業から見れば、圧倒的なほどの特技バリエーションを持つのが〈吟遊詩人〉の特徴なのだ。
 味方を援護する多様性という意味では、あの〈付与術師〉ですら〈吟遊詩人〉には一歩も二歩も譲らなければならない。
 五十鈴が今日の冒険に当たって選択した永続式の援護歌は〈輪唱のキャロル〉。「味方の魔法攻撃着弾」を発動キーとして自動的に追加攻撃を与える能力を与える「永続式の援護歌」だ。

「すごいじゃないか! これは……〈吟遊詩人〉の? ミス・五十鈴っ。ボクの芸術的破壊力を持つ呪文が、神話的破壊力に高まっているよ! ハハハハハ!! ぐらーっちぇ、ナイスプレイだっ!」
 この援護はルンデルハウスの気分を大いに高揚させたらしい。

 五十鈴に向かってルンデルハウスは親指をあげて、ばちん! と音高くウインクをする。

 金髪の西欧人的ハンサムのルンデルハウスが盛大にそれをやると、なんだかハリウッド俳優のようで、絵になりすぎて困る。
 ずいぶん上から目線の発言は、お坊ちゃま生まれのせいなのかもしれないが、その邪気のない言葉からすれば、根本的に悪い人間ではないようにも思える。

(それに、すごい威力……)

 その殲滅能力はさすが〈妖術師〉と云うべきだった。最初にトウヤの範囲攻撃でHPを削り、〈吟遊詩人〉の援護を受けたとは云え、3体のスケルトンをただの一撃で葬り去ったのだ。

 〈エルダー・テイル〉において、戦闘がここまで一方的に終了するのは珍しい。
 たとえばトウヤであったところにしたって、自分と同じレベルのモンスターと一対一で戦うのならば、とどめを刺すためには10回程度の攻撃が必要だ。回復職ともなると攻撃面は貧弱で、ミノリの場合は20回以上の攻撃が必要となる。

 ルンデルハウスから見て多少格下の相手であったとは言え、ただの一撃で敵を葬り去るなど、常軌を逸した攻撃力と云えるだろう。

 しかし。
「ちょっと、ま、まだっ!」
「どうした? ミス・ミノリ。ボクの美しい魔法に、まさか一目惚れでもしたのかい?」

 気取ってくるりとターンをしたルンデルハウスの後頭部に「スコンッ!」という音がしてスケルトン・アーチャーの矢が突き刺さる。

「あ」「あ」「あら」「やべ」

「な、なにごとかーっ!?」
 勢い込んでもう一度振りかえるルンデルハウス。彼の攻撃は確かに4体のスケルトン全てに命中していたが、弓遣いのスケルトンにはトウヤの最初の攻撃は届いていなかったのだ。その分のダメージ差によって、スケルトン・アーチャーは生き残っていたらしい。

「うぉ、おっのっれぇぇぇっ!!」
「か、回復しますっ!」
 ミノリは緊急措置として〈小回復〉を唱える。

 トウヤは敵に攻撃のいとまを与えたくなかったのだろう、大地を蹴るようにスケルトンアーチャーに駆け寄った。だが、それは失策だった。前に出たトウヤは、通路の角で別のスケルトンの一団に発見され、新たな敵の増援を呼び寄せることになる。

 〈妖術師〉(ソーサラー)の持つ高い攻撃力は、確かに敵を殲滅する上で強力な武器になる。しかし、無敵ではない。

 その余りにも高い攻撃能力は、モンスターの警戒心をかき立ててしまうのだ。脅威度の高い存在は、それだけでモンスターから見た場合「優先して始末するべき対象」として認識されてしまうのである。そして〈妖術師〉は、魔術師系の職業の宿命で、紙のように薄い装甲とお粗末な防御能力しか持ってはいない。

 角から現われた新たなスケルトンは追加で5体。5体のスケルトンに倒しきれなかったスケルトン・アーチャーが1体で、合計6体だ。

 しかもトウヤが前線で突出してしまったために、陣形が縦に引き延ばされて不安定な態勢になっている。

(乱戦になるっ。だめっ、こう言うときこそ冷静にっ。まずは全体ダメージ遮断で保険を掛けて……っ)

 だが、その思考はすでに冷静さを欠いていた。
 「全体ダメージ遮断」などと云う、確かに強力だが大技は、詠唱にも長い時間が掛かる。そうこうしているうちに待ちきれなかったのか、ルンデルハウスが強力な攻撃呪文を放って、トウヤから敵の注意を奪い取ってしまった。前線を構築していたトウヤの脇を抜けて、スケルトンがミノリ達の防御陣形に侵入を果たす。

 遠距離攻撃を行なうスケルトン・アーチャーは、その矢をもってルンデルハウスに攻撃を繰り返し、虚弱な彼のHPはみるみるうちにレッドゾーンに迫ってゆく。

 狭い通路の中は正真正銘の混戦となってしまったのだった。



 ◆


(はんっ。なるほど、こりゃぁ、狸の巣って訳だ)

 ミチタカはにこやかにグラスを受け取りながら心の中で独りごちる。ここは「エターナルアイスの古宮廷」。ただし、ミチタカ達〈円卓会議〉一行が借り受けたのとは別の区画、ダルテ侯の逗留するエリアだった。

 〈自由都市同盟イースタル〉との領主会議は、シロエが予想して見せたように、遅々とした歩みになっていた。最初に聞いた話だと、会議は基本的に午後、不定期に行なわれるとのことだったが、ミチタカがこの「エターナルアイスの古宮廷」へと到着してから四日間、一度たりとも会議が開かれたことはない。

 ――会期は十日有るので焦ることはないのですよ。とは貴族の言葉だったが、その言葉に反して水面下での交渉は実に激しく繰り広げられているらしい。
 その証拠に、〈円卓会議〉一行にも、連日のように招待や要望が伝えられてくる。初めはシロエ、クラスティ、ミチタカの三人でいちいち顔をつきあわせて相談をしていたが、それでは間に合わずに分散して行動しているのが現在の状態だ。

 基本方針の確認をしっかりとしておいたことと、〈大地人〉にはない冒険者の武器、念話機能が役に立っている。

 その夜もそうだった。
 城塞都市モガミのダルテ侯から晩餐会の招待。
 〈自由都市同盟イースタル〉若手騎士を中心とした夜会の招待。
 ツクバ侯爵、キリヴァと学問ギルドからの食事会の招待。

 この3つが被さってしまったのだった。
 どれかひとつに出席するのは領主達の力関係上まずいのではないか? 特定の領主に肩入れするような事態は避けたいという考えで、当初は全て断るべきかとも考えた。しかし、現状は情報収集と、知己を作ることを優先すべきだろうという判断から、一行は三手に分かれて行動中である。

 「若手騎士を中心とした夜会」と云うことは、おそらく管弦やダンスなどもあるだろう。そんな予想から、当初はシロエに白羽の矢が立ったが、キリヴァ侯爵の食事会も、学問ギルドが顔を出すとなるとミチタカやクラスティでは荷が重い。

 そこでクラスティがこの若手騎士や姫君、つまり「次代の担い手」の会合へと出席することになった。シロエは面白そうな笑顔で「きっとダンスは楽しいですよ」と告げる。存外、根に持っているらしい。
 だが、やはり同じような心配をした〈三日月同盟〉のヘンリエッタに対して、クラスティは慌てることなく答える。「最近、耐久度が高くて使い減りのしない防御用の盾を手に入れたんです。敵と自分の間に挟み込むのにコツは要りますが、無理なく誘いを断れますから大丈夫でしょう」と。

 ミチタカは彼が何を言っているのやらさっぱり判らないのだが、クラスティがそう言うのであれば大丈夫だろうと、思考を打ち切ることにした。

 こうしてシロエとクラスティの訪問先が決まると、残りはミチタカとなる。余り物である「ダルテ侯の晩餐会」というわけだ。

「さぁ、我が領内から、もっとも美味なる牛を取り寄せているのだ。今宵は存分に食事を楽しんでくれ給え」

 そう迎え入れたダルテ侯は、よく言えば素朴そうな、意地悪い見方をすれば田舎ものじみた表情の、壮年の男だった。服装も質素で、もちろん清潔で、しっかりした上質のものだったが、華美な装飾のない上下をつけている。しかし、その瞳は実に隙のない光り方をしていた。

 ミチタカは現実社会では主任クラスのサラリーマンに過ぎない。が、この異世界においては、アキバの街最大規模のギルド〈海洋機構〉五千名を預かるギルドマスターである。ギルドメンバーからは「総支配人」だの「やんちゃ大将」だのとは云われているが、このような気配を見抜けないほど、ぼんくらではない。

 それでも愛想良く挨拶を返すミチタカに、ダルテ侯はテーブルの席を勧める。豪華な晩餐会用の大テーブルに着いているのは、ダルテ侯の家族達だった。
 奥方はまだ若いが、ぽっちゃりとしたなかなかの美人だ。もしかしたら後妻である可能性もある。長男は小学校高学年くらいの意志の強そうな少年で、さらにまだ幼い妹が居る。

「さぁ、ここ二ヶ月で食糧の事情も変わりましたからね。我が領内屈指の料理人を同伴し、この度の会議には意気込みを持って参加したのですよ」
 ダルテ侯の話を聞きながら晩餐会はスタートをした。

 城塞都市モガミ――ダルテ侯の領地は、旧世界で云う東北地方にあるようだ。正確な場所は、シロエの描いた地図で云えば、山形の位置である。
 人口は八千ほどの街で、ダルテ侯の言葉を借りれば「地方でもっとも安全で快適な市街」と云うことになるのだろう。事前情報に寄れば、この都市を中心に、1ダースほどの村を従えているのがダルテ侯爵であるはずだった。

 晩餐会はずいぶんと豪勢な中世ヨーロッパ風の食事だった。
 ミチタカも詳しくは知らないが、例えばフランス料理ではコース等と云って、少量ずつの料理が皿盛りで出てくる印象だ。しかし、この異世界の貴族の風習では、大皿料理もごく普通に出てくるようだ。
 たっぷりの香草と共にローストされた肉が饗され、それをダルテ侯自らが切り分けてくれる。

「この肉は、我が領内でもとびきりであると評判のものですよ。いかがですか?」
「うん、これは旨いですね!」
 ミチタカはその料理に舌鼓をうつ。

 確かに最高級という言葉には偽りがない。元の日本で食べた牛肉よりも筋張っていて堅いが、その分野性味というか肉本来の味がしっかりと濃いのだ。
最高の、と云う言葉に偽りはない。

 しかし、ミチタカの見たところ、それはどの貴族も同じ事情のようだった。『食事』。それは、今やこの異世界の政治をも左右する重要なタームになっている。二ヶ月間の変転が世界を変えたのだ。
 全ての領主は、このダルテ侯のように、領内屈指の料理人と素材を持込んでいるようだった。彼らにとって、今回の会議は、降ってわいた「新たなチャンス」なのだ。弱小の領地であっても、美味な名産品が発見されれば、今までにない富を得られる可能性がある。強大な貴族は、自分の権勢を守るため、また名声を守るために、他の貴族よりもより一層美味な食事を追求しなくてはならない。
 もちろん今までの〈自由都市同盟イースタル〉会議だとて、その種の社交的な見栄の張り合いというものはあっただろうが、いまや美食は、輸出入と経済に関わる、重要な戦略になってしまったのだ。

「我らが街の周辺は山地が多く、なかなか急峻な土地柄でしてね。そこで林業や鉱山業に加えて、牧畜も盛んなのです。今日の晩餐には後で自慢の猪も登場しますよ」
 期待にうずうずとした長男の少年の表情が、相当のご馳走であることを予感させる。

 そんな料理を味わいながらもミチタカはダルテ侯の話に聞き入った。
 時に奥方をも交えて話されるのは列島東北部の気候や地理、様々な風俗等だった。それはダルテ侯からすれば、商談の前準備であったし、お国自慢でもあったのだろうが、ミチタカにしてみれば貴重な情報源である。

 列島東北部は数々の山脈が連なる森林と山に彩られた地形のようだ。それらの山地は緑深く、無尽蔵の森林資源を抱え、また雨量も豊かで、多くの湖や、美しい渓流に恵まれている。
 平地は少なく、その多くは海岸部や、山間の盆地だ。
 そう言った狭い平地では小麦や米が作られている。

 東北部から関東北部に至る広い面積が〈自由都市同盟イースタル〉の中心的な地域なのだが、この地域の大きな問題点はやはりモンスターの跋扈である。

 この世界の善の人間種族の合計人口は、シロエとロデリック達の試算によれば、現実の日本の約1/100だ。だが、それは知的生命体の数と必ずしも等しくはない。この世界には、〈緑小鬼〉(ゴブリン)〈醜豚鬼〉(オーク)等に代表される亜人間も住み着いている。彼らは知能という意味では善の人類側種族に多少劣るが、頑強で繁殖力が強く、何より残忍で邪悪だ。
 この異世界にはそう言った悪の亜人間種族も存在し、彼らは多くの王国や支配地域を作り上げている。そして、この世界の覇権を握るために、日夜戦争と略奪に明け暮れているのだ。

 列島東北部で云えば、その主力は〈緑小鬼〉(ゴブリン)となる。ゴブリンは小柄な亜人類で、成長しても身長は150センチ程までにしかならない。細身で醜く引き歪んだような矮躯の人間型モンスターだ。彼らは単純化された部族社会を持ち、幾つかの職能に分かれて暮らす。

 彼らの大部分は移動を続ける略奪部族(プランダートライブ)だが、中には本拠地を定めるものもある。東北地方では特にこの傾向が多く、最大数万の人口を持つような、巨大集合地を作り上げることもあるという。
 多くの亜人間がそうであるように、ゴブリンもまた無秩序な交配による異形の下位部族を持っている。そのひとつが〈鉄躯緑鬼〉(ホブゴブリン)だ。ホブゴブリンはゴブリンより知能の程度は低いが、狂的な忠誠心をもつ人間型モンスターである。鎧や武器を使いこなし、一族のために死ぬまで戦う。
 そのほかにも。高位のゴブリン祈祷師(シャーマン)ともなると、祖霊をよびおこしアンデッドを使ったり精霊を扱う。ゴブリンの調教師(テイマー)〈フクロウ熊〉(オウルベア)〈翼鷲馬〉(ヒポグリフ)〈魔狂狼〉(ダイアウルフ)等を飼育していることもあるのだ。

 ゴブリンそれぞれの個体は、中級の〈冒険者〉以下の戦闘能力しか持っていないが、多様な能力を持つ勢力としてのゴブリンは決して侮ることは出来ない。

 彼ら亜人間は、当然のことながら人間の支配地域とはやや場所が異なる地域に住んでいる。いや、この場合、人間が彼らから自分の領地を必死で守っていると云うべきだろう。東北地方で云うのならば、深い森や山脈が彼らの住処と云うことらしかった。

「しかしまぁ、そこに今回の――そう、大革命が起きたのです」
 ダルテ侯は続ける。

「今回の大革命は、まず食糧事情に大きな変化を与えた。ご存じの通りでありますが、いまや我が領地の領民もすっかり新しい食事の魅力のトリコです。これはどうにもなりません」
 しかつめらしい夫の言葉に、侯爵の妻は苦笑しながら合いの手をはさむ。

「あなただってペコリーノのサラダや、猪の燻製肉に夢中ではありませんか。領民だけを美食追求のナマケモノのように云うのは、卑怯ですわ」
 ころころと愛らしく笑う奥方に、ミチタカも和やかに頷く。
「ええ、それに美味い食事は一日を豊かにしますよ。これは素晴らしいことです」

「おほん。まぁ、そのようなこともありますな。
 ……現に我々の領地でも、この革命が起きてから領民のやる気が上がり、様々な生産が活発になったのです。米にはまだ影響は現われていません。……あれは長い目で育てる穀物ですからな。しかし牧畜や野菜には早くも影響が出ている。
 具体的に云うと、少しでも美味しく食べるために、丁寧に育てたり収穫したりするようになったのですな。それに輸送も腐りかけで運ぶなどと云うことはなくなりました」
 ミチタカは頷く。そう云われてみれば、それももっともだ。

「また美味しい食事や材料を購入するために、商売っ気に目覚めた領民も多くいます。少しでも味の良い物を育てて、それを高値で売ることにより、他の様々な食料を得ようと……、こういう訳です」
 これもまた生産ギルドであるミチタカには頷けることであった。

「そこで。……今度は輸送の問題点が出て来てしまったのですよ」
 ミチタカは、ふむ。と考える。

 それはそうだろう。それだけ山がちの土地では、作りたくても作れない作物もあるだろう。そもそも南方でしか育成しないような作物も多いはずだ。ミチタカ達も南方でのみ産出する砂糖の入手には苦労している。
 砂糖は〈ナインテイル自治領〉の特産品だが、〈大災害〉以降、その希少性から値段が天井知らずに高騰しているのだ。

 以前は違った。
 どのような素材を用いても一定の品質、一定の味の食料が出来ていたので、素材の違いというのは食料アイテムの効果にしか影響を与えなかった……つまり、砂糖は医薬品のような扱いだったのだ。

(いや、食事というか、ありゃ栄養バーだよな)

 しかし今は違う。美味しい素材、新鮮な素材、様々なバリエーション有る素材に対する需要が高まっている。この素朴な異世界では、基本的に自分たちの土地で作ったものを自分たちで食べる。
 輸送にはコストも時間も掛かる。生鮮食品を運ぶのはさらに大変だ。しかし、調味料や嗜好品などは遠くの場所から輸入する必要があるだろう。輸入のための貨幣を得るためには輸出が手っ取り早い。
 その場合、やはりネックとなるのはモンスター達だ。
 そう考えるとこの貴族が、〈円卓会議〉に戦力派遣を依頼したくなる気持ちはよく判る。

「まぁ、これは我らモガミだけの希望ではないと思いますが」
 ダルテ侯は肩をすくめる。

「しかしながら、ひとつの山を捜索するだけで数百人以上の部隊を投入する必要があると聞きます。列島東北部からゴブリンを始末するのに必要な戦力は天文学的な数値になるでしょう。我らアキバの〈円卓会議〉ごときの力ではどうにもなりません。残念ですが、街道警備でさえも、常時となれば兵力が不足するでしょうなぁ」

 その言葉に、ミチタカは切り返す。全地域的な治安活動などナンセンスだ。この世界の人口ではそれだけの地域を確保することは不可能である。また、不可能だからこそ、人類の生活圏は都市を中心とした治安地域の泡という形態を取っているのだ。

 また一方、そうである以上にミチタカの言葉は牽制でもあった。
 「他の領主の領地は後回しにしてでも、我が領地に優先的かつ早急に兵を送ってくれ」という要求が為されないうちに、事前に釘を刺す形で忠告を与えたのだ。もし救うのならば、全ての地域を一括で。それが出来ない以上無用に手出しをする訳にはいかない、と云う姿勢を見せた訳である。

 晩餐はすでにデザートになっていた。

 それが地元の味と云うことなのか、それともこの二ヶ月で何とか辿り着いたのか、出てきたのは、甘い卵焼き菓子であった。どこか懐かしい味のする素朴な菓子と濃く煎れた黒薔薇茶を飲むミチタカに、ダルテ侯は慎重に切り出す。

「いいえ。必ずしも、そこまでモンスター殲滅を必要とする訳ではありません。むしろお願いしたいのは別の手法。……海上輸送の技術供与です」
 ミチタカは瞠目した。
 海上輸送、それは蒸気動力船の供与。
 モンスター討伐に兵を費やすことなく輸出入を円滑化するという、ダルテ侯からの提案だった。



 ◆



 テントの中には重い雰囲気が流れていた。
 正直、ちょっと息苦しいほどだ。

 五十鈴は寝袋の中で、もぞもぞと身動きをする。
 先ほどまで夕食をとっていたし、テントの帆布を通してたき火の炎が見えるから、時間としては、まだ21時と云うところでは無かろうか?

 街にいるのならばまだ寝るような時間ではないのだが、この大自然の中では他にやることもない。

 やることが仮にあったとしても、ぐったりと疲れ切っていてやる気も起きない。やる気は起きないほど身体は疲れているのだが、心の方は別というか、普段の生活で眠る時間ではないためなのか――眠気は一向にやってこなかった。

 とりあえず、寝袋には潜り込んでみたものの、悶々としているというのが実情だ。

 テントの中では魔法の明かりに照らされ手荷物の整理をしている仲間達もいる。

「うぅ」
 五十鈴はそちらの方へと首を向けてみた。
 真面目に動いているのはミノリだ。トウヤは五十鈴と同じように寝袋に潜り込んでいるし、セララはテントの隅でぐったりとしている。ルンデルハウスは寝袋の上にあぐらをかいたまま、不機嫌そうに腕組みをしている。

 誰もが重い空気をまとっていた。

 無理もない。今日の探索は散々だったのだ。

 五十鈴達の戦闘は結局あのまま混戦になり、さらにスケルトンの援軍を呼び寄せながら泥仕合の様相を呈した。

 乱れた陣形のまま継続する戦闘は、参加者全員のHPだけではなく、MPや温存してある特技、さらには集中力までも奪ってゆく。戦闘開始時は豊富な特技とHPでで力押しも出来ていたが、それが出来なくなると回復呪文に頼らざるを得ない。
 しかし、その回復呪文もMPという上限がある以上、どこかで枯渇してしまうのは避けられない。

 ――キミ達が回復をちゃんと出来ないからボクが大ダメージを負うのだ!! などとルンデルハウスは文句を言っていたが、五十鈴から見て、2人の回復職、セララとミノリは頑張っていたと思う。

 もちろん何をどうやっていたかは五十鈴にはさっぱり判らなかったけれど、あのぐったりとしたセララと思い詰めた表情のミノリを見れば、手を抜いていたなんて事はあり得ないと断言できる。

 五十鈴は〈ハーメルン〉から救出された新人の1人、〈吟遊詩人〉(バード)である。

 〈ハーメルン〉時代からミノリとは交友があった。
 というか、お世話になっていたと云って良い。

 自分より三つ年下の中学生の少女は、本当にしっかり者なのだ。
 五十鈴は、自分よりもずっとレベルが低くて経験が浅いはずの年下の少女を、非常に高く評価していた。もちろんそれは彼女が言う「シロエから教えて貰った」知識と云うのもあっただろうが、それ以上に少女の目的意識の高さと聡明さによる。

(わたしは結構鈍くさいからなぁ……。ミノリちゃんには頼っちゃったよね……)

 五十鈴自身は、自分のことを全然優秀な人間だとは思っていない。

 高校では、吹奏楽部。趣味は楽器。しかも、ウッドベース。

 背だけはひょろりと高いけれど、成長期にホルモンのバランスを失ってしまった陸上選手のような細い体型(別に体力がある訳ではない)。顔だって不細工ではないと思うけれど、美人とはほど遠い平凡な容貌だ。
 そばかすはやはりコンプレックス。髪の毛が太めで三つ編みにしても跳ねてしまいそうな部分も、日常的にへこまされる。
 友達が少ない訳でも、いじめに遭っていると云う訳でもないが、どこにでも居る、量産型の田舎女子高生に過ぎない。

 ネットゲームを始めたのもほんの軽い気持ちであり、彼女のガンダムおたくである兄が「招待チケット余ってるんだけどやってみる?」と云ってきたので試しに遊んでみていただけなのだ。
 やり始めてみればこれはこれで面白いし、ゲーム内部でも〈吟遊詩人〉という音楽関係の職業に就けたのは嬉しかった。しかし、無料でなかったらやらなかったと思う。

 そんな五十鈴が〈大災害〉に巻き込まれ、〈ハーメルン〉等という悪徳ギルドに引っかかってしまった。
 最初はパニックだ。何がなにやら判らない混乱だけが続いたが、そのうちしみじみと――そう、しみじみと絶望が襲ってきた。
 そしてあっさりとへこんだ。希望がぺしゃんこになって抵抗を諦めた。神と世界を恨んで、恨んで、恨んで空っぽになった五十鈴は、毎日、餌を貰うこと以外考えなくなった。

 ああ、被災地の子供達の生活とはこういうのを言うんだな、とひどく惨めな気分で独りごちた。狂うほどに嫌でもあったが、その一方で納得している自分もいた。脇役のエンディングなんてこんな物ですよ。と疲れたような呟きが自分の中で聞こえた。

 そんな時でも、ミノリは他の新人プレイヤーに優しくしていた。
 確かに知識というのは分け与えたから無くなるというものでもない。しかし独占することに意味がないものでもない。独占しておけば、いざという時には自分だけが助かる可能性は増すのだ。
 それなのにミノリは、自分が知っている限りのゲーム情報を共有しようと、毎日のように同室の新人プレイヤー達に声を掛け続けた。

 その意味では弟のトウヤの方もそうだ。
 あの2人が中学生だと云うのにも驚きを禁じ得ない。
 2人には、ただ「特別」だ、では済ませられない「強さ」がある。ミノリが居なかったら、五十鈴はあの〈ハーメルン〉の中でもっともっと荒んで、今でも明るさを取り戻せていなかったかも知れないとも思うのだ。

 一方、セララは同年配の女の子だ。
 〈ハーメルン〉から助けて貰った直後、最初に温かくて美味しいスープとパンを手渡してくれたのは彼女だった。〈ハーメルン〉での扱いは、相当に悪かった。自分で云うのも何だが、救出された後の自分は生ゴミのような臭気を放っていただろう。

 そんな五十鈴を「大丈夫だよ。もう助かったよ」と、セララは抱きしめてくれた。

 まるで難民の群のようだったあの日のギルドホールエントランスで、鼻水をすすり涙でぐしゃぐしゃになった新人プレイヤー達に「自分もたいしてレベルに差はない新人プレイヤーだ」とセララは名乗った。
 「わたしもススキノという街で人買いに狙われていたけれど、助けて貰って、今ではちゃんとしたギルドですごしているよ」と云ってくれた。その言葉に救われた仲間達は沢山いたはずだ。

 彼女は、〈三日月同盟〉のなかでも、もっとも新人プレイヤーに親身な1人だろう。レベルがだいたい一緒だと云うことも、実際の年齢が一緒だと云うことも、五十鈴にとっては親近感を抱かせた。今では〈三日月同盟〉で一番仲の良いメンバーとして、殆ど毎日のように時間を過している。

 セララは可愛らしい女子高生だと思う。

(あの体型は羨ましいよなぁ)

 本人はものすごくコンプレックスを持っているようだが、五十鈴から見れば羨ましくて仕方ない。多少ほほが丸っこいくらい何でもないではないか。胸がふっくらと膨らんでいて、お尻だってボリュームがあって、色が白くて、本当に女の子らしいと思う。

(セララはわたしなんかをスマートなんて云うけどさ。わたしなんて電柱みたいに上背ばっかりあって、ごつごつして女らしさなんてありゃしないよー)

 そんな訳で、五十鈴にとって見ればミノリもセララも親しい知己なのである。友人と云っても良いとは思うのだけれど、それはなぜか、本人達の許可を得なければ宣言するのは気恥ずかしいというか、その種の感情があって「知り合い」と評している。しかし、心の中ではちゃんと「友人」だ。

 だからあの2人が回復をさぼっていた、というのはあり得ない。

 では今日の惨状は何が原因か? 誰が悪かったのだ?
 そう問われてしまうと、今度は五十鈴が困る。

 ――泥沼の戦闘は30分ほども続いた。
 誰が死んでもおかしくないような戦闘を切り抜けたとき、パーティーは半壊状態で、全員のMPも特技の再使用規制も、すっかりと尽き果てていた。このままもう一回敵に見つかっては、全滅してしまう。
 パーティーは必死に入口まで戻ろうとしたのだ。もっとも戻る最中にも復活した動く骸骨(スケルトン)に見つかってしまい、凄惨な撤退戦をしなければならなかった訳だが……。

(今日は、本当にひどかったよぉ)

 散々だった。
 五十鈴達のダンジョン初挑戦は、開始わずか1時間で撤退という記録を作ったことになる。

(トウヤちゃん、じゃないよね)

 トウヤだってミノリほど親しくはないが、面識はある。
 明るくて良い子だと思う。トウヤがダメだったり悪意があったりしたからピンチになっていたのか? と云われれば、そんな事はないと言い切れる。
 確かに短い探索の最中、強引な突撃などのミスらしいものはあった。しかし個別のケースごとに検討していけば、「確かにミスではあるかも知れないけれど、トウヤの側にも考えや理があってやったことであり、一方的に責めるような内容ではない」事ばかりだ。

 一方、ルンデルハウスはこの合宿で初めて顔を合わせた〈妖術師〉(ソーサラー)だ。その性格や実力は、今回のメンバーの中では一番未知数だったと云って良いだろう。
 ルンデルハウスは、口に遠慮というものがない。態度は大きいし、尊大だし、自慢たらたらな部分が鼻につく。確かに王子様みたいに格好良い顔をしているけれど、五十鈴の価値観で云えば、お軽い男子である。

 ではそのルンデルハウスが今日の失敗の原因なのか? と問われれば、それも疑問符がつく。
 たしかにルンデルハウスの過信や油断が戦況を悪化させた側面は存在するだろう。しかしそれも個別のケースごとに見てゆけば、トウヤと同じく、ルンデルハウスの側にもそれなりの思惑や勝算あっての行動なのだ。
 何よりルンデルハウスが自分の職業を愛していて、その実力を発揮しようと頑張っていたことは明白だ。何しろルンデルハウスはある種のナルシストであり、敵を殲滅することを美徳と思っているのだから手抜きなどするはずがない。

(悪い人じゃないんだよなぁ……)
 と五十鈴は思う。

 うつぶせになって寝転んだまま、ルンデルハウスをちらり見る。口をへの字に結んで腕を組んでいるルンデルハウスの姿は、滝に打たれている修験者か僧侶のような雰囲気だ。
 本人は完璧な西洋人の容姿なので、違和感は大いにあるが、真剣であることには疑いを入れない。

(きっと今日の反省会とか脳内でやってるんだろぉなぁ)

 ――もしかして自分を責めているのかな、とも思う。なんでも思ったことを垂れ流してしまうらしいルンデルハウスは、今日一日の冒険でもかなり周囲を責めていた。しかし、同時に自分にも厳しいらしく、苛々と自責していたようにも見える。

(はぁぁ……)

 それでは、結局誰も悪くはないのではないか?

(いやいや、まてよわたし。それはちょっち良くないんじゃないすか?)

 そう、1人だけ検討対象から外されている人物が居る。それは五十鈴自身だ。五十鈴自身が悪くて何度もピンチに陥っていた、その可能性は否定できない。

(別にあたしだってこういうの得意な訳じゃないし……)

 ゲームは初心者だ。もちろん、武道の心得なんかないし、現実世界ではサバイバルなんて想像したことさえない。

 しかし、それにしたってもう二ヶ月だ。

 五十鈴も、この世界で戦闘を繰り返してきたという自覚はある。
 だが思い返してみると、五十鈴自身も今日の冒険には違和感だらけだった。この場合違和感というのは「後から考えれば最善手ではない行動」という程度の意味だ。
 何でそんな事になったのかは判らないが、思い返せばミスをいくつも重ねていた覚えは、有る。

 〈吟遊詩人〉には豊富な種類の援護特技があるが、その中でも特筆すべきなのは「永続式の援護歌」だ。
 これらはバードの身体が無意識に発散する音楽的な波動である。

 パーティー全員に効果がある永続式の援護効果で、〈吟遊詩人〉が効果を停止しない限りずっと恩恵を及ぼし続ける、便利で強力な特技である。この「永続式の援護歌」は戦闘前の段階で使用しておけば戦闘中に一手間掛けることなく効果を発揮してくれるという意味で、常用したい特技なのだ。

 問題はこの「永続式の援護歌」は同時に二種類までしか併用できないという点だ。「永続式の援護歌」の種類は高レベルバードにおいて15種類を数えると云うし、現時点の五十鈴にさえ10種類の選択肢がある。
 10種類の援護のうちからどの2種類を使うかというのは、〈吟遊詩人〉が最初に直面し、高レベルになっても悩み続ける問題だ。

 今日の五十鈴は、〈輪唱のキャロル〉と〈剣速のエチュード〉を選択していた。
 前者は魔法攻撃に追加ダメージを付加する援護歌。後者は武器攻撃速度を速める援護歌で、どちらも〈吟遊詩人〉が行なう援護の中では定番のものである。

 しかし、今日の戦闘はそれで失敗してしまった。
 〈輪唱のキャロル〉は確かに魔法ダメージを増加させてくれるが、そのせいでルンデルハウスに敵の注意を引きつけてしまう結果になった。これは全く予想外のトラブルだった。
 おまけに予想以上に敵の援軍が多く、戦闘は混戦になってしまった。
 この時点で、五十鈴は戦闘中にもかかわらず、援護歌を変更する決断をする。援護歌の変更には長めの詠唱時間が掛かるため、本来は非戦闘時に済ませておくことが望ましい。このときも散々迷って、引き延ばしていたのだが、このままでは全滅するかも知れないと戦闘中に変更する決意を固めたのだった。

 〈輪唱のキャロル〉を〈瞑想のノクターン〉に。
 〈剣速のエピチュード〉を〈舞い踊るパヴァーヌ〉に変更をしたのだ。

 〈瞑想のノクターン〉は戦闘中にもMPを徐々にだが回復する効果を付与する援護歌だ。〈エルダー・テイル〉においてMPは、非戦闘状態であればゆっくりと回復してゆく。休憩したりしていればその回復速度は加速する。しかし、戦闘中には回復しない。
 〈瞑想のノクターン〉はそのMP回復を、休憩中に比べればわずかな速度だが、戦闘中に行なうための援護歌だ。
 〈舞い踊るパヴァーヌ〉は、仲間全員の敏捷性を上昇させ、敵対するモンスターの攻撃をかわす回避率を高める援護歌である。

 敵の増援が出てきてしまった以上、戦闘の長期化は避けられなかった。いや、変更を決断した時点ですでに戦闘は泥沼化していたのだ。五十鈴は長期戦を覚悟して、援護歌の変更を行なったのである。

(だけど……)

 あの時はそうするしかないと思ったし、今でもその判断は別に間違っていたとは思わない。

 しかし結論としてはその判断は戦況を好転させなかった。

 もちろん回避率は高まったし、MPの消費スピードは明らかに鈍くなった。特技やヒールで消費されていくMPの量を〈瞑想のノクターン〉による回復が肩代わりしているのだ。
 だが、それは同時に〈輪唱のキャロル〉と〈剣速のエピチュード〉による、ダメージの増加が終了したことも示していた。
 ダメージ出力が低下すれば、1体の敵を倒すために、より多くの時間が必要になる。敵を倒すのに時間が掛かれば、戦闘時間は増加し――結果として必要なHP回復量も増え、MP消費が激しくなる。

 悪循環だった。

(でも……)

 そう「でも」なのだった。
 五十鈴にはその判断が、不正解だったとは思えない。仮にミスであったとしても「ベストではなかった」程度の――いわばトウヤやルンデルハウスのようなレベルでの「ミス」であるはずだった。それが原因で今日ほどの乱戦や苦戦を強いられるとは思えない。

 それに、それがミスだとすれば、どうすれば良かったのか?
 五十鈴は考える。

(考えるの苦手なんだけどな)

 反省や作戦を立てるのは苦手だ。分析と実行は五十鈴のもっとも不得手な分野である。しかし、五十鈴はこの重いテントの空気が、考えることそれ以上に苦手だったのだ。
 だから、胃の中に重く淀んだ意志のような感情を考えながらも悩むしかなかった。

 ザントリーフ山中初日の夜は、始まったばかりだった。







 小さな、といっても旧世界の学校教室よりも広そうな小ホールには、麗人の奏でる甘やかな楽曲が響いている。その室内楽を背景に、部屋の中には数多い人の輪が咲いている。

 「エターナルアイスの古宮廷」。
 その上層の一角、「七人の乙女の間」。
 立ったまま闊達に語るのは若い騎士だ。あちこちにセンス良く配されたソファに陣取り、うわさ話に小さな歓びの声をあげる少女姫も居た。礼節を持って振る舞う侯子、苦笑に近い笑みを渋く見せる学者の卵。若手の官僚。

 今日の夜会は〈自由都市同盟イースタル〉の若手を集めた、気さくな、気取らない会だと聞いている。10代後半から20代中ごろまでの、合わせて40名ほどが今日の夜会に出席していた。

「……ずっとここに居らっしゃるおつもりですか?」
「ええ」
 クラスティは、小さな丸テーブルをはさんで座るレイネシアに済まして答える。

 レイネシアは微妙に引きつった笑顔を見せた。
 別に、本人としてはクラスティが嫌、と云う訳ではない。
 この体格の大きな騎士は基本的に無口なので、いろいろと貴族的なおべんちゃらを言われることがない。それはつまり、「雨に打たれた美姫」という猫をかぶらずに済むのと云う話であり、ありがたい。

 しかし彼女はコーウェン公爵家の娘なのだった。
 特定の男性とこのように長時間一緒にいると、どのような噂を立てられるか判らない。この夜会の間は良いだろう。だがしかし、後でどのようなことを云われるか考えると気が重い。

(この(ひと)はそのあたり、わかっているんでしょうかね……)

 目の前のクラスティは、すました顔で黒薔薇茶に酒精を加えたものを飲んでいる。二人がこの席に陣取ったのは夜会が始まったころなのだが、もうかれこれ小一時間。会話らしい会話もない。

 この状況は、短期的に見れば二人の利害関係が一致したゆえの結果だった。レイネシアとしては、若手貴族や騎士、文官達の世辞に窒息させられないで済むのがメリットだ。

 彼女は筆頭領主セルジアッド公爵の孫娘である。
 公爵と云えばヤマトに二家にしかない爵位。大貴族中の大貴族である。この爵位は古の宮廷、ウェストランデに与えられたもの。その古王朝が滅びたいま、貴族的な身分制度で云えば、コーウェン公爵家よりも格が上なのは、ウェストランデ古王朝の墓守である斎宮家しか存在しない。

 そのような大貴族家の娘であるレイネシアは、多くの騎士や文官達の求愛の対象である。レイネシアには姉が一人と弟が一人いるが、姉はすでに降嫁したいま、レイネシアが婿を取るか、弟が嫁を迎えるかして、コーウェン家は続いていくのだろう。そう考えれば、彼女は同じ年代の貴族や騎士達の崇拝と憧憬、そして欲望の対象になるのもおかしくはない。

(はぁぁ……)

 彼女はそれを想像すると、胃の辺りが重くなってこっそりとため息を漏らしてしまう。結婚というものは、レイネシアにとって未知の遠い国の話に思える。両親はどうも世間で言う「夫婦」というには堅苦しい関係のようだし、姉の様子を見ると大層べたべたした関係だ。どちらが本当の「結婚」なのか、レイネシアには判断がつきかねた。
 彼女の個人的な性癖の上で考えてみると、「見ず知らずの他人(異性)と一緒に暮らすなんてとんでもない」としか思えないのだが、立場上、しない訳にも行かないのだろう。

 結婚したのならばその時点で「見ず知らず」なんて云えないのだが、その辺りはレイネシアの脳内から抜けているようだ。
 ついでに言えば、そんなレイネシアの憂鬱そうな様子を見て、周囲の若手貴族や姫君達が「レイネシア様があんなにも切なげなため息を……」とか「この世界の未来を憂いておられるのでしょう。なんて清らかな方なのだろう……」とか囁きあっていることも、頭からすぽんと抜けている。

 もう一方の登場人物であるクラスティも、それなりのメリットを享受している。彼は今話題の中心である〈冒険者〉の最大勢力〈円卓会議〉の若きリーダーなのだ。

 その勢力は兵力にして約一万。しかもその個々人の戦闘能力は生半可な熟練騎士など及びもつかぬほどの精兵だと云われ、貴族のもつ領地騎士団に換算すれば、数万人分の戦力だとも云われている。また、経済規模についても、〈自由都市同盟イースタル〉最大のマイハマ領には劣るかも知れないが、ほぼ比肩するほどではないかと噂される。〈自由都市同盟イースタル〉に突如として現われた、巨大勢力と云うことになるだろう。

 また、そう言った要素は抜きにして、クラスティ個人を見たところでなかなかに注目を集める人物だと云えた。
 身長は190センチをこえて、人間族としてはかなり大柄な部類に入る。かといって痩せて縦にひょろりとした印象はなく、よく鍛えられて筋肉のついた身体は、見ただけで凄まじい戦士だと云うことを感じさせた。
 眼鏡をかけ知的なその横顔は、黙って座っていればなかなかに貴公子然として見えたし、砂色の髪もよく似合っている。
 〈冒険者〉であることを差し引いたとしても、貴族の令嬢達の好奇心や思慕の対象となるだけのカリスマ性を、すでにして放っているのだ。

 先日行なわれた騎士達による親善交流試合において見せた、鈍鉄色に濃紺を散らした重厚な鎧姿には、あちこちに傷跡や焼けた跡がつき、美々しい鎧姿を誇る騎士達はそれだけで立ち会いを遠慮するほどであった。手合わせを希望した腕に覚えのある武者達は、今ではすっかりクラスティに心酔している。

 そんなわけで、レイネシアとは別の意味で今や貴族達の注目の的であるクラスティも、彼女と一緒にいることで、無用な誘いややっかいな陰謀に巻き込まれなくて済む、と云うことらしい。少なくとも本人はそう言っていた。

(うぅぅ)

 レイネシアが恨みがましい目でクラスティを見る。クラスティはその視線を100%無視していたが、つと顔を上げる。その視線の先は、レイネシアの後方だ。

「レイネシア姫?」
「申し訳ありません。お二人のご歓談を邪魔しまして。その……ご一緒してもよろしいでしょうか? クッキーをお持ちしましたの」
 二人の少女はレスター侯の娘アプレッタと、イワフネ男爵の孫娘フエヴェルだった。今期の舞踏会で一緒にデビューした、いわば同期である。

「ええ、もちろんです。……よろしいですわよね? クラスティ卿」
 完璧な笑顔で答えるレイネシア。クラスティの方も如才なく微笑むと、二人に、手ずから優雅なカーブで作られた椅子を引く。その仕草はどこで覚えたのか、悔しいほど絵になっていた。

(……なんだ。ちゃんと礼儀作法も知っているではないですか……。淑女あつかいもできるってわけですね。……ふぅ~ん)

 二人の少女はほっとしたようにクッキーを勧め、他愛ない話を始めた。レイネシアからすれば、崇拝の視線を受けるのは騎士達も姫達も一緒なのだが、求愛をしてこない分、女性の方が幾分かは気が楽だ。

 もっとも彼女達の私生活についてはさっぱり共感を覚えることは出来ない。新しい香水やドレスの話題を出されても、実は余りついて行けないのだ。

 香水については、なんだか臭い気がする。香がきつすぎるのだ。

 いや、それをいうと、放置されれば三日や四日は風呂無しでも過ごせてしまう自分の方が臭いのだろうが、好みの問題として片付けたい。もちろん実際には、そんな放置をして貰えるはずもなく、毎日侍女に風呂に放り込まれ、頭から香水だって振りかけられている。
 ドレスは着心地が悪い上に、露出過多か装飾過多かのどちらかであり、きわめて過ごしにくい服装だと思う。レイネシアの好きなのは綿のパジャマだ。
 手触りの良い薄手のネルのパジャマは素晴らしい。絹のものも手触りはよいが、何となく気後れがする。あれは悪のパジャマだ。
 もっと云ってしまうと、布団からでないで済むのならばさらによい。

「――ね、レイネシア姫もそう思いますわよね?」
 ころころと愛らしく笑うフエヴェルに、レイネシアは反射的に「ええ、本当に」と微笑み返す。

 フエヴェルとアプレッタはレイネシアの同意を受けて、嬉しそうにくすくすと囁き合う。レイネシアとしては内心冷や汗だ。とっさのことで同意してしまったが、考え事(妄想)にかまけて、話の内容はまったく聞いていなかった。

「レイネシア様は麗しいかたですよね、クラスティ様?」
「ええ、光栄な話です」
 クラスティの受け答えに、二人の少女姫はくすくすと笑う。その少女はレイネシアから見ても、愛らしい。自分に比べて大違いだ。

「?」
「しかし……。レイネシア姫は哀れみ深い方ですからね。そう言ってくださったのは新参者であるわたしに対する心遣いです」
「そんな事はありません。クラスティ様は、凛々しい騎士様ですもの」
 祖父の溺愛のせいで、舞踏会デビューが遅れたレイネシアと違い、この二人の少女はたしか15、6だ。彼女達にすれば、クラスティの年齢はまさに憧れの騎士である。それで済む年齢だ。だからこそ他の姫達のように気後れもせず、このテーブルへやってくる事も出来たのだと思う。

(え、えーっ!?)
 レイネシアは表面上穏やかな笑みを見せながらもパニックになる。
 どうやら先ほどの会話の流れは、二人の少女姫がクラスティのことを褒め、それに対して自分が同意をした、と云うことであるらしい。

(どうか差し障りの無いようなほめ方でありますように!)

「レイネシア姫がこうしてわたしの相手をしていて下さるのも、宮廷作法に不慣れなわたしが、そのことで田舎者とそしられずに済むようにというご配慮なのですよ。身に余る栄誉だと思っております」
 クラスティは、先ほどまでの無口ぶりが嘘だと云わずには居られないような滑らかな口調で、二人の姫に語りかける。

(わ、悪い人だっ! すごく悪い人だっ!!)

「あら。では、クラスティ様。私たちが皆様に紹介を……」
「いえ、私たちと、あちらでチャトランガでもいたしませんか?」
 二人は驚いてそう声を上げる。

「いえ。フエヴェル姫、アプレッタ姫。わたしは戦場しか知らぬ無骨者ですから。それにこうして哀れみを掛けていただいたレイネシア様に恩を返すまでは、おそばを離れる訳には行かぬのですよ」
 おそらく他の貴族の相手をするのが面倒なだけなのだろうが、クラスティはまじめくさった忠義顔でそんな言葉を告げる。どうも二人の少女姫は、その台詞をロマンチックな背景のある言葉だと勘違いらしくて「騎士の誓約ですわ」「素敵……」などと云っているのが、レイネシアには頭が痛かった。

「よろしいのですのよ。クラスティ卿。私のような女はおいて、宮廷の華を愛でていらしてください。ね?」
 レイネシアは、出来るだけしとやかな眼差しでクラスティを見つめて囁いた。言葉の意味合いとしては「そろそろ別の避難所を見つけても良いのじゃないでしょうか?」だ。

「いえ。姫の近くの静けさは、争いにささくれた心を慰めてくれるようです。よろしければ、会議の間。恩返しの機会をお与え下さい」
 このクラスティの言葉は「会議の間、その猫かぶりを盾代わりに使わせてくれ。お互い持ちつ持たれつだろう?」という意味だと解釈される。

 その二人のやりとりに黄色い悲鳴を上げた二人の姫君が退散すると、すっかりと疲れ果てたレイネシアはソファにくってりと寄りかかってしまった。
 その近くには相変わらず穏やかな静謐さをたたえたクラスティ。

 傍目には、宴の熱気に当てられた姫君と、その姫をそっと見守る忠実な騎士のようにしか、見えなかったのである。

ゴールデンウィーク進行です。
え? 休みあんのかって? しりません。「ゴールデンウィーク進行」
って云いたかっただけです。だから三話同時投下です(´∇`)
2010/05/01:誤字修正
2010/05/15:誤用修正
2010/05/29:誤字訂正
2010/07/01:誤字修正
+注意+
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