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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ゲームの終わり(上)

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019   ゲームの終わり(上)

挿絵(By みてみん)
イラスト:4DiS

第二期の開始です。ぼちぼちと進めてゆきますので、一気読みしたい方はしばらく我慢した方が良いかも知れません。
 旧世紀には抑圧されていた反動が出たのだろうか。
 モデルになっているのが日本だとは言え、この世界の植物の繁殖力は旺盛で瑞々しい。あちこちからアスファルトが覗くところを見ると、この林道だって元は舗装されていたのだろうが、それが土と腐葉土、そして両脇から押し寄せる緑の圧力で、すっぽり樹木のトンネルのようになってしまっている。

 それだけに、その緑が途切れた景観は素晴。

「うわぁぁ」
 ミノリは我知らず歓声を上げる。
 それは周囲にいた30人ほどの仲間達も同様のようだった。

「ひゃっはー! すっげー! すげすげすっげー!!」
 弟のトウヤはいち早く先頭に出ると、馬を並足から駆け足にして坂を下りて行く。

 潮気を含んだ強い風が、その同じ坂道を駆け上がりミノリ達に吹き付けてきた。緑の濃い坂道は、今越えてきた峠から海岸線へと向かっていた。視界を太く横切る河の名前は何というのだろうか?

 その向こうの海岸を望む丘には、旧世紀の巨大な残骸なのか、それとも未だに稼働しているのかは判らないが、高さ十数メートルほどの風車がいくつも並んでいる。

 海岸には白い砂浜があるのだろうか?
 まだ10キロ程は離れているはずのこの場所からでは、ただ海がきらきらと輝いてその細かい様子まではとても伺うことは出来ない。

「ほいほい! みんな。喜ぶんはついてからにするっ。早めについてキャンプの場所さがさんと、夜ご飯抜きやからねっ!」
「んだぞぅ。お前ら、旅の最中のメシ抜きは堪えるぞ~!」
 マリエールの声を、直継がおちゃらけて混ぜっ返す。

 新人プレイヤー達は陽気に答えると、林間道で降りていた馬にまたがり直し、二列になって坂を下り始めるのだった。

 ザントリーフ地方。
 それは現実世界で云うところの房総半島を中心とした地域だ。
 〈ハーフガイア・プロジェクト〉によりサイズダウンされたこの世界において、アキバの街からの直線距離は50キロ弱。荒廃してモンスターも現われるこの世界の旅では、出発から三日が経過している。

「大丈夫ですかにゃ? ミノリっち」
「は、はいっ」

 木漏れ日を遮る、ひょろりとした痩身はミノリと同じギルド、〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)のにゃん太だ。その細められた優しい眼差しに、ミノリは慌てて肯定の返事を返す。

 視線をやれば、列の先頭付近にいる〈守護戦士〉(ガーディアン)の直継もこちらを振り返っていた。ミノリは安心させようと小さく手をふる。こうして同じギルドの仲間達に囲まれているのは、とても安心感があった。
 ギルドはギルドでも、〈ハーメルン〉等とはまったく違うんだな、とミノリはまたしても思い知ってしまう。

 とは言え、この一行は〈記録の地平線〉だけで構成されている訳ではない。多数のギルドから有志を集めて結成された、混成の大所帯だ。その総人数は、約60人。

 〈海洋機構〉や〈黒剣騎士団〉、〈西風の旅団〉といったアキバに冠たる大規模ギルドからも人が派遣されている。
 参加者のうち幾つかのパーティーは先乗りで現地に入っているはずなので、ここにいるのは本隊35人前後のだったが、最終的には目的地で合流できる予定だった。

 事の起こりは、マリエールだったという。

 ミノリはその場にいた訳ではないが、仲の良い年上の友人、五十鈴が言うには、こういう事らしかった。

――うち海行きたい。海でかき氷とのびたラーメンとカレーライス食べたいっ。食べたいったら食べたいっ!! ねぇねぇ! だめ? だめかなぁ? 海いこー?

 と〈三日月同盟〉のギルドマスターであるところのマリエールが云いだしたのだそうだ。

(それは何となく判るような……)

 ミノリは〈記録の地平線〉所属だが、そこに入るまでのわずかな時間、〈三日月同盟〉のギルドハウスで寝泊まりをしていた時期がある。今ではこの世界から消え去った悪徳ギルド〈ハーメルン〉から解放された直後の慌ただしい日々だ。
 その生活でミノリは〈三日月同盟〉に優しくして貰ったし、マリエールを始めヘンリエッタや小竜といったメンバーのお世話にもなった。だから、マリエールがそう言う我が儘を言い出して、ヘンリエッタが困った顔をするというのは何度も見ている日常的な光景で、容易く想像できてしまう。

(きっとソファの上でじたばたしたんだろうなぁ)

 そう考えると、大きなクッションを胸に抱えて足をばたつかせるマリエールが、脳裏に浮かんできて微笑ましい。

 もちろん、この世界は自由だ。
 ただ生きていくだけならば多くの金銭も必要とはしない。多くのプレイヤーが「元の世界に帰るため」今でも懸命な努力を続けているのはミノリも知っているが、それでもその努力は一朝一夕にかなえられそうもない。ヒントや解決の糸口が見つかったという噂さえ聞かないのだ。

 だから、夏にバカンスに行きたい、と誰かが思いついたとして、それを阻むものはない……はずだ。

 しかしマリエールおよび〈三日月同盟〉は目下特別な立場にあった。さる六月、シロエの提案により設立されたアキバの街の自治を扱う組織、〈円卓会議〉における11ギルドのひとつであり、ギルドマスターのマリエールは11人の評議員のひとりなのだ。

 〈円卓会議〉はその設立以降、アキバの街の話題の中心でもあり改革をリードする立場にある。
 その選ばれたメンバーの一人であるマリエールが、二日三日ならまだしも、一週間単位でバカンスに行くのはまずいのではないか? なにしろ〈円卓会議〉が設立されてからまだ二ヶ月。毎日のように新しい情報が飛び交い、アキバの街が刻一刻と変わってゆくのが実感されている時期なのだ。

 〈海洋機構〉を中心とする三大生産者ギルドでは、蒸気機関実験が大詰めを迎えていた。当初考えられていた木炭式を、〈召喚術師〉(サモナー)の操る火蜥蜴(サラマンダー)式に変更したところ、装置が一気にコンパクトになりそれが技術的なブレイクスルーとなったのである。
 そのほかにも新方式の料理を支えるための、オーブンや水道が設計されたり、今までは見られなかった種類の衣服(主に下着類)が開発されたり、街中に巨大な温泉が出現したりと、この二ヶ月の間、毎日のように新しい発見や計画が立ち上がってくる。

 その大事な時期に、評議員が長期間(しかもバカンスで)留守にするのは如何にも外聞が悪い。……のではあるが、マリエールは諦めなかったらしく、ヘンリエッタや小竜を言いくるめて一計を案じた。

 それが「預かった新人プレイヤー達を鍛えるための夏季合宿」というお題目だったのだそうだ。

「この辺りは、畑になっているようですにゃ」

 にゃん太が云うように、低い山地からの下り坂はやがて段々畑に囲まれた道へとなっていた。カボチャ、ナス、トマト、キュウリ……あちらにある樹は果物だろうか。風の中に甘い香りが混じる。

「ミノリー! ミノリってば、これ梨だぞ! すっげー!」
「もう、トウヤったら!!」

 道からそれて、段々にしつらえられた素朴な石垣をよじ登っていたトウヤが歓声を上げる。梨なんていつから食べていないだろう? ちょっと思い出せないが、確かに素晴らしく美味しそうだ。

「それは〈大地人〉の皆さんが作ってるんだから取っちゃダメだからねーっ!」
 とトウヤを叱りながらも、ミノリは物思いを続ける。

――新人プレイヤー達を鍛えるための夏季合宿。

 そもそも〈ハーメルン〉から新人プレイヤーを解放したのはシロエ達が独断で行なった行為であり〈円卓会議〉とは関係がない。〈円卓会議〉が成立したとき、すでにハーメルンへの処罰は終わっていたと公式には説明されている。
 しかしそれは微妙な時期のことでもあるし、新人プレイヤー支援自体は〈円卓会議〉でも採り上げられた問題なのだそうだ。

 だから、〈三日月同盟〉のこの申し出は〈円卓会議〉ではすんなりと了承された。〈ハーメルン〉から脱退した35名の新人プレイヤーのうち19名が入団していた〈三日月同盟〉は、いわば新人プレイヤーの修練ギルドでもある。

 しかし、同じ〈ハーメルン〉から脱退した中でも〈三日月同盟〉に参加をしなかった新人プレイヤー達も存在した。
 彼らは主に生産職希望のプレイヤーで、専門性の高い生産ギルドへと入団した人たちだった。
 また、最初から〈ハーメルン〉には参加をしていない、ある意味幸運だった新人プレイヤー達もいた。彼らはアキバの街の様々なギルドへと参加をしていたのだ。

 〈円卓会議〉の公認を受けて夏季合宿を行なうのであれば、そう言った他の場所の新人プレイヤーに声をかけないのは不公平だろう。当然の判断により、行方が判る新人プレイヤーには参加の是非を尋ねる手紙が送られ、アキバの街の広場には「40レベル以下の新人プレイヤーに対する支援策の一環として夏季合宿を行なう」という告知が為されたのだ。

 そうなれば今度は、ギルド間のメンツの問題もある。
 〈円卓会議〉承認の行事ともなれば、その負担を〈三日月同盟〉だけに任せる訳にはいかないという意見だってあった。

 新人プレイヤーを出して鍛えては貰うけれど、引率の仕事は拒否する。――などというのは立場上云えない評議員も存在する。それこそ総勢が十名程度のギルドならともかく、百人、二百人といった勢力を抱える大手ギルドの場合は引率の一人や二人送らないと格好がつかない。
 また引率と同時に食料品や衣料品などの援助も行なわれたし、レベルが上がれば自動的に必要となる新しい装備などの寄付も大規模に行なわれることとなった。

 あれよあれよという間に話は勝手にふくれあがり、結果としては60人規模の大所帯となってしまった……というのがミノリが五十鈴から聞き出した、夏季合宿発端の全貌である。

 いつの間にか坂は緩やかになり、旧世紀では市街地だったらしい緩やかな丘陵地帯の荒廃した瓦礫の町へと入っていた。廃墟とは言え、旧世紀のこの辺りは平屋建ての建物が多い、農作業地域だったのだろう。ビルなどのコンクリート建築に比べ、木造住宅は風化が早い。
 目立つようなビルの残骸はなく、あちらこちらに朽ちた家屋が残る程度。その多くは雑草に埋もれている。

 ザントリーフ地方の半島部分は、森と、山地と、緩やかな起伏を持った丘陵部といった自然溢れる環境になっているらしかった。

 先ほどから視界に入っている幅の広い河はザントリーフ大河と呼ぶそうだ。その河が青い海に注ぐ辺りは、旧世紀では銚子と呼ばれていたらしい。八月の太平洋は、この異世界において底抜けに碧く、空の青と融け合うように美しかった。

 大河のほとりに辿り着くと、そこには幾つかの小屋が建っている。
 見回してみれば、その種の小屋は川沿いに多く散在しているようだった。元気いっぱいで先行偵察をしてきた弟やその仲間達によれば、それらの小屋は小さな漁船をもやいでおいたり、引き上げておいたりする施設らしい。

 海が近いこの地方では、河を下り漁に出るのだろう。
 こうして少しさかのぼった地点の小屋に小舟をしまえば、海が荒れてもダメージは受けないという知恵なのかも知れない。マリエールの話では、漁師を営む〈大地人〉がその川沿いでは暮らし、もう少し河口の方へと近づけば〈大地人〉の暮らす町もあるのだという。

 再び大河のほとりを離れて、杉の生い茂る林をぐるっと迂回したミノリ達が辿り着いたのは、さしわたし500mはあるかのような貯水池だった。池のそばにはこの辺りでは珍しい、鉄筋コンクリートの廃墟が余り古びれもせず立っている。

「わお! これって学校じゃん!」
 トウヤが云ったとおり、それは旧世紀の学校校舎のようだった。そう思って見直してみれば、廃墟の正面に広がる平地はグラウンドだったのだろう。もはやフェンスの金網や、付属する体育館などは見る影もないが、確かにそのような面影が残っている。

「おーっし! みんなぁ! 今日からしばらくのあいだ、ここがうちらの寝床やで! 事前に班分けしていたとおり、今日は教室三つを掃除する。1階の東の端から三つや。一部屋二十人で寝泊まりする予定。……余裕を持ちたかったら明日からも掃除して、何とか住みよくするんやでぇ!」
 マリエールはあの陽気で物怖じしない笑顔で大きな声を出す。

 校舎の中からは先行偵察と先乗りをしていた、大手ギルドのメンバー達も出てきて、新人プレイヤーに混じって働き始めた。

「今晩の食事は、グラウンドでバーベキューやで! だから昼はお弁当パンでがまんしたりぃな~。それから、えーっと、三班。と〈料理人〉スキル持ちはうちと一緒に、村への買い出しいくで! 村長さんにも挨拶に行くから、失礼の無いように。出発は30分後。では作戦開始や!」



 ◆



 セミの音がうるさいほどにふってくる田舎道を、マリエール達、食料調達部隊は歩いていた。

 マリエールの引き連れている新人達プレイヤーはそれぞれ誇らしげに、首から、または腰から〈召喚笛〉を下げている。これは乗騎である「ウマ」を呼び出すためのアイテムだ。もちろん〈召喚笛〉にも多様な種類があり、彼らの持っているそれは、余り性能が良くない乗騎を一日数時間限定で呼び出すに過ぎないアイテムである。
 しかし、新人プレイヤーにとっては貴重なマジックアイテムなのだろう。それぞれが誇らしげにそれを身につけていた。

 今回の夏季合宿を行なうに当たって、先渡し支援アイテムとして新人プレイヤー達に配布されたものだ。

 しかし、今マリエール達は歩いて町へと向かっている。
 歩いて行く道すがらには農作業をしている〈大地人〉も多い。
 大人数でいきなりやってきた以上、余り警戒させたくもないので、こうして散歩代わりに徒歩で町へと向かっているのだ。

 もちろん召喚笛は各人が持っているから、帰りは馬に乗って帰ることになるだろう。荷物も多くなるものと思われる。しかし、町までの距離はおよそ三キロ。歩いていっても一時間とは掛からないし、今のうちに周囲の地形確認等も行なっておきたかったのだ。

「んぅーっぅ。良い匂いやんね!」
 辺りには、ほのかに梨の香りが漂っている。

「そうだにゃぁ。梨の良いところがあったらわけて貰いたいにゃ」
「そうですね、梨食べたいです!」

 同じく食料調達斑の引率でついてきたにゃん太と、その隣に控えるセララ。さらにミノリもが控えめに頷く。また〈料理人〉を選んだ新人プレイヤー数名も、畑を見やっては夏野菜のあれこれを口々に品定めしているようだ。

 夏の日差しをあびて、トマトも茄子も、まるで宝石のように輝いている。トマトはガーネット、茄子はオニキスのようだ。どちらも水滴をきらめかせて、美味しそうに見えて仕方がない。

 旧来の調理方法では、素材の善し悪しなどを気に掛ける人はいなかった。多少小さかろうがしなびていようが、極端な話をしてしまえば腐りかけだろうが、メニュー上で素材アイテムの名前が確認できれば、合成後の料理には影響が全くなかったせいである。
 新鮮なトマトで作ったトマトサラダも、しなびたトマトで作ったトマトサラダも完璧に同じ料理であって(もちろん、味は湿気た煎餅になる訳だが)そこに誤差はない。

 しかし、素材を料理人の両手で調理する今の新料理法では、素材の選択をおろそかには出来ない。腐りかけのトマトで作った料理は、どこまで行っても腐りかけの素材を用いた料理にしかならないのだ。もちろん、料理人の技量も大切だが、美味しい料理を作るには、新鮮だったり大きかったり、形の良い素材を用意する必要がある。

「あれでピッツァ焼いてみたいなぁ!」
「トマトソースも旨そうだ」

 そんな点からも、新人〈料理人〉達は興味深く畑を眺めながら歩いているようだった。

 まだ昼を回って少ししか経たない時間、あちこちの木陰では昼食後の休憩や午睡をしている〈大地人〉の農夫達を見かけることが出来た。時に手をふってくる彼らに挨拶をして、採れている野菜は何かを尋ねる。あるいは帰りには買って行くと約束を交わす。

 いまから向かう町には、〈第8商店街〉のカラシンが、事前に挨拶をしてくれているはずである。その噂が広まっているのか、〈大地人〉の農夫達は一様に友好的だった。

「こりゃ良いバカンスになりそうやね♪」

 マリエールがうきうきした口調で告げるのを、にゃん太は「夏季合宿ですにゃ」と一応訂正する。マリエールのこの旅行に掛ける思惑は、メンバーに広がってしまった噂でしっかりバレバレなのだが、年長者としては一応たしなめる義務のようなものがあるのだろう。
 しかしその注意も殆ど本気と云うことはなく、つっこみというレベルのものだった。

 町はザントリーフ大河の河口付近にあった。

 水害を警戒したのか、川の畔からは少し離れて立ててある。
 この辺りの土地は平坦で、穏やかにうねる大地のあちこちがタイルのように四角く区切られ、あちらは畑、こちらは田んぼ、そちらは果樹園と利用されている。だんだんとそのモザイクが細かくなってきたと思ったら、農具をしまう小屋や倉庫などが現われ、いつの間にか町の内部に入っていたという印象だった。

 中世の騎士道物語にあるような、柵や壁で囲われた武装町村のイメージはない。
 町の中央通りは用水路と並行して走る太いアスファルトの道で、おそらく旧世界の国道がモチーフなのだろう。その道をはさむように石造りや木造の家が沢山並んでいる。アキバの街のように旧世紀のビル廃墟を利用した建築物は少なく、見渡す限り、河の方にある巨大な倉庫群だけのようだ。

 通りには、看板を出した店が五つ六つは見ることが出来た。
 マリエールがシロエに聞いた話によれば、ススキノへの旅の最中に見た村の景色の中に「商店」は含まれていないと云う話だった。

 自給自足を基本にした農村や、畜産と農業を複合して行なうような大きめの集落では、村民同士の互助が基本だ。
 そこで暮らす限り「貨幣」は余り必要ではない。だから「商店」という専門施設は必要ないのだろう。少なくともヘンリエッタはそのように説明していた。

 だが、この「チョウシの町」は、村落と云うよりも小さな町と云って良いほどの規模がある。このクラスになると、商店などが存在する意味も出てくるのかも知れない。

「ふむふむ。これは、ずいぶんと……。想像していたより立派な場所ですにゃ」
 にゃん太もそんな感想を漏らす。
 もちろんアキバの街とは比べるべくも無いが、数千人くらいの〈大地人〉は住んでいるのではないか? そんな感想を持たされる町だった。

 太い通りの中央で足を止めると、ついてきたメンバーがマリエールを取り囲む。面倒見がよいと云われてきたマリエールだ。少しだけ姉御気分で、気持ちが良くないこともない。

「えっとな。うーん。どないしよかな。買い出しは……にゃん太班長に任せるか。あとは、ルキセアだっけ? キミにもお金渡しておくから、二手に分かれて。内容は相談して決めてな。メモ、持ってきてあるよね?」
「もちろんですにゃ」と請け合うにゃん太。

 それに頷いたマリエールは一回だけ自分のマジックバックを確かめてみる。用意されたお土産を確認すると、メンバーをきょろきょろと見回した。形式の問題として、この町の町長格に挨拶に行くつもりだ。
 挨拶だけだから人数は要らないが、見栄えとしてはもう一人くらいお供を連れて行くのがよいだろう。
 誰を連れて行くべきなのか、と考えると、ミノリと視線があった。

(ええやん。しっかり者そうな娘やし)
 そう思って口を開き掛けると、ミノリはそれに先駆けて「お供します」と云った。

(勘もええ娘やね)

 そんな訳で一行は手分けをすることになった。
 にゃん太達は、とりあえず港の方へと行くようだ。河畔に作られた倉庫群では、近海魚が売られているらしい。考えてみれば、新鮮な肉は冒険者であるマリエール達にとって身近だが、新鮮な魚は最近食べてないような気もする。ご馳走があるのなら有り難い。

「じゃ、うちらは」
「はい、ご挨拶に向かいましょうっ」

 しっかり者の娘だろうが、そこはやはり話に聞いていた通り中学生なのだろう。緊張の余り背筋がぴんと伸びすぎて、行進するような姿勢になっているミノリの頭を、マリエールはくしゃくしゃとなで回す。

(シロ坊のトコにとられちゃったけど、この娘可愛いなぁ。……うーん、これはお買い得を逃したかも知れへん)
「あ、あのっ」
「なん? ミノリ」
「なんで頭を撫で撫でしますか?」
「撫で撫でしたいからにきまっとるやんっ♪」
 少しふくれるミノリを笑いで丸め込んで、二人は年の離れた姉妹のように町の大通りを歩いてゆく。

 途中で荷物を運んでいる主婦らしき〈大地人〉に尋ねると、町長はすぐ先の十字路にある大きな二階建ての屋敷に住んでいるということだった。この辺りの取りまとめをやっている50過ぎの老人だが、気さくな人だから安心して良いという。

「ご挨拶すれば良いんですよね?」
「そやな、挨拶して、お土産渡して……」
 マリエールは話す内容を頭の中で箇条書きにする。

 荷物には、アキバの街から持ってきたサクランボ酒が樽で入っている。重さ百キロ近いそれは、本来であればマリエールには持ち上げることさえ不可能なのだろうが、マジックアイテムの〈背負い袋〉があるのは本当に有り難く、こうして手ぶらのように歩いていけるのだ。

 そのほかには――おおよそ二週間の間、廃墟を使わせて貰うこと。町からは5キロほど離れて居るので余り迷惑は掛けないと思うこと。ただ、数日に一回は食料買い出しにやってきたいと云うこと。

「そやな、挨拶して、一応義理を通して。食料仕入れの打診もせなあかんな。あんまりひとつの農家から買いあげてばっかり居ると、こっちの町で喧嘩になるかも知れへんし……」
「あ、そうですね」

「まぁ、町長さんの言うこと聞いておけば良いんとちゃうかなぁ。後は、世間話をして……ここいらの情報があるなら掴んでおきたいところやね」
「情報、ですか……?」

「せや」
 マリエールは頷く。
 この世界は〈大災害〉以降変わってしまった。ノンプレイヤーキャラクターはもはや〈大地人〉になってしまったわけで、〈エルダー・テイル〉時代に持っていた機能を保持しているかどうかは、厳密に言えば判らない。

 マーケットや銀行に勤めている〈大地人〉はそのまま職務を全うしているようだが、例えば〈円卓会議〉で新しく事務の人員を雇ったように、それまでの道を違える〈大地人〉も生まれてきている。

 そう言って仮説を組み立ててみると、〈エルダー・テイル〉において重要だった「クエスト」というシステムが、今も正常に機能しているのかどうかは判らない、と云う他無い。

 「クエスト」とは、一種の任務で、〈エルダー・テイル〉の物語的な部分はこの「クエスト」システムに大きく依存をしていた。例えばこの「チョウシの町」のような場所であるならば、“村はずれの畑に幽霊が出るので退治してくれ”であるとか“沖合の島まで魚を捕りに行くので護衛をしてくれ”等といった種類のクエストがあったはずだ。

 クエストは何らかの曰くありげなアイテムや場所からスタートすることもあるが、多くの場合ノンプレイヤーキャラクターからの依頼という開始形式を持っている。

 その大本であるノンプレイヤーキャラクターが〈大地人〉になってしまった現在、徐々にその機能が失われているのではないか? と云う疑問が成り立つ。仮にある特定のクエストが、今この瞬間は機能していたとしても、その〈大地人〉の命が失われるなどしてしまえば、次の瞬間からはそのクエストは発生しなくなってしまうかも知れないのだ。

 ――と、云ったことはシロエが危惧していたことではあるが、マリエール自身もその危機感は理解できる。

 たとえば〈エルダー・テイル〉時代、誰もが行なう「定番クエスト」というものがあった。
 そのひとつが重量無視効果のある魔法のバッグが報酬となるクエストである。マリエールを始め、ベテランプレイヤーはみんな、このバッグを愛用している。とにかく便利なのだ。
 このクエストが、いずれ何かの拍子でもはや受けられなくなるなどと云う事になれば、この魔法のバッグは新人プレイヤーの手には入らないことになるのだ。その影響は想像以上に大きいだろう。

「シロ坊は色々気の回る子やから、出来るだけ情報収集を頼まれとるん。このチョウシの町も、〈大地人〉のことも。うちら、知っとるようで、あんまり判ってへんから」

「そうですか……。そう、ですよね」
 ミノリも何か得心したのか、素直に頷いた。

「シロエさん、今頃何してるでしょうかね」
「シロ坊はシロ坊で、情報収集やろうね。いや……それとも」
 マリエールは何に気が付いたのか、くすくすと笑い声を上げる。

「案外それどころでもないかも知れへんけどなっ」



 ◆



 優雅で華やかな調べは、弦楽器の四重奏。
 巨大な広間は華々しく飾り立てられ、淑女の笑い声や紳士の呟きで満ちている。それでも客の入りは四割というところだろうか。
 壁際に備えられたソファや、軽食用のラウンドテーブルを中心に、あちらこちらで小グループが歓談をしているだけで、ホールの中心部分には人の気配がない。

 まだ正式な開始時間前なのだ。
 どうやらこの種のパーティーには、少し遅れてくるくらいが主流らしい。特に王侯や貴族ともなると、その傾向が強くなる。先ほど捕まえた給仕にそんな事を聞いたシロエは小さなため息をもらす。

(田舎者な真似しちゃったか)

 そんな事は知りもしない、未経験者の悲しさで、失礼があってはならないと時間より少し早く到着したのが裏目に出たらしい。
 シロエたちは、仕方なく壁際に集まり、それぞれに飲み物でくちびるを湿らせていた。

 ここは「エターナルアイスの古宮廷」。
 アキバの街からほんの二時間ほどの場所にある古アルヴ族の造った宮廷、と云う設定の城である。古アルヴ族は〈エルダー・テイル〉の世界ではもはや過去の種族となってしまい、滅亡したとされている存在だ。魔力に優れ、様々な技術を持っていたが時の流れの中で忘れ去られたらしい。その面影はプレイヤーが選べる8種族のひとつ〈ハーフ・アルヴ〉にわずかに残っている。

 現実世界における東京の南側――港区相当の場所に存在する「エターナルアイスの古宮廷」は主人の居ない巨大な建築物だ。その管理は現在〈自由都市同盟イースタル〉の諸侯により共同で為されている。

 ――〈自由都市同盟イースタル〉。
 それは旧世界で云うところの「東日本」を統治している同盟だ。この異世界の日本サーバー管理区域は、大きく五つの国や文化圏に別れている。

 現実世界で云う北海道は〈エッゾ帝国〉。
 四国は〈フォーランド公爵領〉。
 九州は〈ナインテイル自治領〉。
 本州の東半分を〈自由都市同盟イースタル〉。
 西部を〈神聖皇国ウェストランデ〉。

 そもそもはバラエティ豊かな冒険を楽しんで貰おうというゲーム運営会社の思惑だったのだろう、それぞれに異なった民族風習とアートワークを持った地域が、〈ハーフガイア・プロジェクト〉によって縮小された日本列島に集まっている。

 その中でも東日本を統治領域としている〈自由都市同盟イースタル〉は、都市国家を中心とした同盟であった。貴族領や貴族都市とよばれる、20余りの勢力が同盟を組んで、西部の〈神聖皇国ウェストランデ〉に対抗しているのだ。

 この世界に存在する人間の数は、旧世界のそれに比べれば圧倒的に少ない。それは今や十倍程度にまでふくれあがった〈大地人〉を勘定に入れたとしても、だ。
 モンスターの徘徊するこの世界における人間の領土というのは、けして大きな割合を占める訳ではない。〈自由都市同盟イースタル〉に所属する各領主の統治する地域も、東日本全体から云えば、未開の荒野に浮かぶ泡のような安全地帯に過ぎないのだ。

 だが幾ら少ないとは言え、おそらく二百万人前後の〈大地人〉が日本サーバには存在するだろう。
 〈自由都市同盟イースタル〉はその東日本部分だけをとりまとめているわけだが、それなりの格式や統治機構は必要になる。

 その統治機構は、〈自由都市同盟イースタル〉においては封建主義的貴族支配の形をとっていた。中世ヨーロッパファンタジーを基本世界観としている〈エルダー・テイル〉においては、彼ら領主達は全て貴族位を名乗っている。
 それぞれに居城や館を持ち、王冠やマントあるいはティアラにドレスを着けた、典型的な貴族のイメージで、〈大地人〉達を支配しているのだ。
 そして〈自由都市同盟イースタル〉の領主達は、年に1回から2回、この「エターナルアイスの古宮廷」に集まり、様々な政治上の会議を行う。また、旧交を温め、貴族として息子や娘をお披露目したり、馬上試合を行なったり、縁戚関係を結ぶこともある。

 見ようによっては優雅だが、その一方で、モンスターの脅威にさらされた〈自由都市同盟イースタル〉が必死に助け合う姿がそこにあるのも事実であった。

 旧世界における東京の南部――浜離宮の位置に建てられた、魔法の氷によって支えられた宮廷は、そのような訳で、〈大地人〉貴族の、社交と協議の場所として利用されているのだ。

 その「エターナルアイスの古宮廷」の大広間にシロエたちは所在なげにたたずんでいる。

「ふん。なかなかに壮観だな。これは緊張だ」
 そう声を上げたのは、生産ギルド〈海洋機構〉のミチタカだった。その言葉は本音なのだろう。彼は宮廷の設備や装飾を、じろじろと無遠慮に眺めている。

「周りが全部モンスターだと思えば落ち着くさ」
 そう答えたのは戦闘ギルド〈D.D.D〉を率いる〈狂戦士〉クラスティだ。その二つ名のイメージから反して、白皙の思慮深い美青年という面持ちで、今日も見事にタキシードを着こなしている。

「そいつぁ、お前さんだけだ」
 ミチタカはからからと笑って応える。
 こちらもタキシードを着ていて、その迫力はクラスティに勝るとも劣らない。元々タキシードは西洋の礼服である。線が細いよりは、多少骨太の体型の方が似合う。戦士職の2人にはうってつけの晴れ着でもあった。

 かたやアキバの街最大の生産系ギルドの長。かたや最大規模の戦闘系ギルド〈D.D.D〉の代表であるばかりではなく、アキバの街の自治組織〈円卓会議〉の代表でもある。
 今回の参加の目的を考えても、迫力があるに越したことはない。

「そのとおり。モンスターに囲まれていた方が落ち着くのはあなただけです。ミロード」
 とは言え、クラスティの発言は不敵すぎたのだろう。彼のそばに控えていた長身の女性が、小さなグラスの発泡酒を手渡しながらいさめる。彼女は〈D.D.D〉のメンバーで、リーゼという名前だとシロエは聞いていた。

 ドレスコードを聞いた時点で予想はしていたが、下手をすればこれは舞踏会である。社交をする以上、そのような必要もあるかと、〈円卓会議〉から参加した3人の代表は、随行団の中にそれぞれにパートナーを連れてきていたのだ。

「……主君」
 そんなわけで、シロエの脇に控える小柄な少女もまた、素晴らしいドレスをまとっている。彼女は〈円卓会議〉11ギルドのマスター2人の声など聞こえもしないかのように、心底心細そうな声をシロエに掛けてきた。
 シロエはそのアカツキを見下ろす。
 身長差が30センチ近くあるので、近距離に接近されてしまうと、表情と云うよりも頭部しか見えなくなってしまうのが不便だ。

 かといって視線をあわせようとしゃがみこんで話しかけると「子供扱いするな、主君っ!」と云われてしまうので、これはもう、諦めるしかない。

「どした?」
「そ、その……。わたしの格好……へ、へん」
 普段の態度からは想像も出来ないような、蚊の鳴くような声で訴え掛けてくるアカツキ。

 いったい何を言っているのか判らないシロエは首をかしげる。
 アカツキの装いは、どこにもおかしいところはない。それどころか目も覚めるような可憐さだ。
 黒く美しい髪は整えられ、小柄でほっそりとした姿はドレスに包まれている。全体に真珠色を基調としていたが、ふわりと翻るスカートの裾から半分ほどはターコイズブルーに染め上げられ、その色が上に向かうにつれて真珠色の白と融け合っているのだ。
 その色合いは彼女の黒い瞳や黒い髪の色をこの上なく引き立てていて、凛々しい美しさを演出している。

「うーん」
「変じゃありませんわ。むしろ可愛いです。美しいです。テイク・アウトしたいくらいにっ。いえ、しますっ」
(断言したぞ、今)

 シロエが困惑している隙に口をはさんだのは〈三日月同盟〉の誇る辣腕会計ヘンリエッタだった。こちらは蜂蜜色の髪を結い上げて、首筋もすっきりと見える貴婦人そのものといった装いだ。

 彼女は整いすぎた硬質の美貌なのだが、いつもはその容貌からすれば多少、少女趣味に偏った服(ゴシックロリータ)を愛用している。それはそれで妖しい魅力があって、一部の好事家には大変受けがよろしいのだが、今日のようなイブニングドレスを見てしまうと、その本来の気品というのは目を瞠る程だった。

「そ、そうだろうか。落ち着かない。武器も隠しておくのが難しいぞ」
「もう、どこからそんな隠し武器(クナイ)を取り出すんですかっ」
「主君ぅ」
 アカツキは困ったようにシロエの背中に回り込む。
 シロエの視線は困るらしいが、シロエから離れるつもりもないらしい。

(護衛という言葉に律儀すぎるよ、アカツキは)

 そんなアカツキの世話を焼きつつも、ヘンリエッタは慣れた物腰だ。舞踏会の経験を尋ねてみたが、そんなものはないとのこと。落ち着いて見えるのもハッタリだと云っていたが、シロエの見たところ、アカツキに夢中で他が目に入ってないだけではないかと思う。

 燕のような印象を持つ小柄な黒髪の美少女アカツキ。
 蜂蜜色の髪を持つ理知的な美女のヘンリエッタ。

 今回シロエのスタッフとして同行したのはこの2人である。

 そもそも、シロエたちがなぜ「エターナルアイスの古宮廷」の大広間にいるのかについて語る必要があるだろう。

 それは今から一ヶ月ほども遡る。
 アキバの街が改革の熱気でまさに弾けるポップコーンのようになっていた七月のことだ。

 〈円卓会議〉宛に届いた一通の書状は〈自由都市同盟イースタル〉の領主連名によるものだった。筆頭領主セルジアッド=コーウェンの名前で書かれたそれは、〈自由都市同盟イースタル〉への参加要請であると同時に「エターナルアイスの古宮廷」において開かれる会議と舞踏会への招待をもかねていたのだ。

 〈自由都市同盟イースタル〉は、旧世界における東日本地域を支配する領主達の同盟だ。云うまでもなく、アキバの街はその区域に存在する街のひとつである。

 理屈で考えれば、アキバの街の自治が確立した以上、〈自由都市同盟イースタル〉が連絡を取ってくることは至極当然であった。これはシロエが予想していた展開のひとつである。

 即座に〈円卓会議〉が招集された。
 シロエたち〈冒険者〉(プレイヤー)がこのような形で〈大地人〉(ノンプレイヤー)に招待を受けるのは初めてのことだろう。予想されていた事態ではあったが、会議にはしった緊張は小さなものではなかった。

 ――この世界の社会統治機構の一部である〈自由都市同盟イースタル〉が〈円卓会議〉を、自らの一員として認め、その立場を明確にしようとしているのだ。

 ざわめく〈円卓会議〉のメンバー達は、慎重に状況を分析しあった。

 この要請を受けた場合はどうなるのか?
 おそらく要請の意図はアキバの街を支配する〈円卓会議〉を〈自由都市同盟イースタル〉領主会議の一員として認めると云うことだろう。その場合は、領主(この場合、〈円卓会議〉代表のクラスティだろう)に何らかの貴族位を与える、と云うことになる。
 その上で今後は継続的に会議に参加を要請されることになるかと思われる。メリットは〈大地人〉に対する大規模な情報収集、交渉のチャンネルを手に入れること。デメリットは〈大地人〉の政治に巻き込まれることだろうか。

 この要請を断った場合はどうなるのか?
 その時は受ける場合に得られるメリットはなくなる。つまり、〈大地人〉との間の交渉ラインがひとつ途絶し、領主連盟には参加が出来ない。しかし一方、〈大地人〉の政治に巻き込まれることもない。
 また、具体的なデメリット――例えば領主達の怒りを駆り立てて、戦争が発生するのか? と云う点についても検討した。
 しかし、その可能性は低いだろう、というのが現時点でのシロエたちの推測だ。

 アキバの街はプレイヤータウンである。
 それなりの商業施設も整っているし、なにしろこれだけの〈冒険者〉が揃っていると戦力的にも申し分がない。現実世界での戦争は近代的な火器が発達したために、兵士一人一人の個人戦闘能力の高低は勝敗において重大な要素ではなくなった。
 しかしこのファンタジーな異世界においては魔法の存在もあって、個人の戦闘能力格差は、戦争全体の行く末に大きな影響を及ぼす要素として残っている。一騎打ちでの勝利や、作戦局所における大勝利が、戦争全体に大きな影響を及ぼしてしまう世界なのだろう。

 一般的に云って〈大地人〉(ノンプレイヤー)の戦闘能力は〈冒険者〉(プレイヤー)のそれよりずいぶん低い。かなり危険度の高い辺境の開拓村の住人であろうと、ただの農民であればその戦闘レベルは40もあれば十二分に高いと云える。
 殆どの農民や猟師達は10前後のレベルしか持ってはいないし、商人や女子供に至っては、せいぜい1レベルから5レベル前後だ。

 もちろん〈大地人〉の側にも戦力は存在する。
 領主達は、兵士や騎士、魔法兵を抱えているだろう。それなりの数が揃っているそれらの軍はシロエの知る限り、精鋭兵で50~60レベルというところだろうか。
 さらに街の衛兵のような特殊な能力が付与された〈大地人〉も存在するようだ。彼らは実力でレベル100を到達している訳ではなく、街という特定のゾーンを守護するために〈動力甲冑〉(ムーバルアーマー)という特殊な甲冑を使用している。
 〈動力甲冑〉は街全体に施された魔方陣から魔力伝導を行なって、高出力の魔法戦闘能力を付与する、魔法工学式の精鋭鎧である。

 また、それらを遙かに超える戦闘能力をもつノンプレイヤーキャラクターも存在する。彼らは〈エルダー・テイル〉の世界において〈古来種〉と呼ばれている。シロエもこの件については詳しい伝承を知らないが、〈大地人〉は〈古来種〉を自分たちの一員として見なしていながら、その一方で特別視もしているようだ。

 〈古来種〉――その世界内の伝承についてはともかく、そのゲーム的な意味合いについては簡単だ。

 この世界における〈大地人〉は様々な点で〈冒険者〉に劣る存在として設定されている。
 〈冒険者〉(プレイヤー)は戦闘を繰り返すことによりどんどんと成長する。レベルが上昇し、初期の戦闘能力を何十倍にも拡大する。
 致命傷を負っても完全には消滅せず、大神殿へと戻って復活をする。世界各地に残された遺跡やモンスターから強力なアイテムを見つけ出し、あるいは奪い返し、その戦闘能力を高めてゆく。

 ごく普通の〈大地人〉から見れば、〈冒険者〉はある種の超人だ。
 もちろんそれはゲームとして正しい。成長というRPG的なシステムの元では、現われてくる殆ど全ての登場人物が、プレイヤーである自分よりも強いなどという状況は屈辱的だろうし、大きなストレスを伴う。
 ゲームとして〈大地人〉が虚弱なのは十分に意味があることなのだ。しかしその一方、シナリオ的な意味で「物語」を作る場合「超人的な〈大地人〉」も配役としては必要となる。

 〈エルダー・テイル〉がゲームであった時代、そこには数え切れないほどの物語がゲーム中の説話や伝説として、または冒険の背景として、さらには「クエスト」として散りばめられていた。

 様々な物語があったが、それらの中には物語の筋立てとして「英雄」を必要とするものもあったのだ。例えば「窮地に陥ったあの英雄を助けに行ってくれ!」等という物語の筋立てもあるだろう。

 ゲームである以上、救うのはプレイヤーだが、救われるノンプレイヤーキャラクター側が余りにもレベルが低くてはプレイするモチベーションに関わる。
 たとえば90レベルにもなるドラゴンをも倒せる〈冒険者〉が、悪霊王リッチの元へ向かった英雄を助けに行くという物語の場合、その英雄が15レベルでは話として格好がつかない。
 それでは「お前みたいに弱いヤツは最初からこんなところに出てくるなよ! 戦闘なんかするな。助けるのもバカらしいや」という感想を持たれてしまうだろう
 少なくとも「俺が援軍に来たぞ! 力を合わせて敵を倒そう!」と云える程度の実力を持っていないと、「物語」は盛り上がらない。

 そういった「物語を作るデザイナー側からの要請」で設定としての〈古来種〉が出来上がったのだろうという予測は持てる。

(ずいぶん思考が寄り道してしまったな……)

 とにかく〈大地人〉にもそれなりの戦力はある。
 ひとつには領主の軍隊。レベルはそこまで脅威ではないが数は揃っている。もうひとつが〈動力甲冑〉(ムーバルアーマー)に代表される、プレイヤーには利用できない魔法文明の特殊な機構。最後に〈古来種〉だ。

 もし〈自由都市同盟イースタル〉への参加を断った場合、何らかの争いが発生する可能性は考慮しなければならない。だが先ほど考えたように、その可能性は高くないだろう。

 〈大地人〉側の三つの戦力はどれも一長一短がある。
 それぞれには見るべきところがあるが、総合戦力としての〈自由都市同盟イースタル〉はアキバの街の〈冒険者〉に及ばない。

 それでも〈円卓会議〉は〈自由都市同盟イースタル〉への参加と不参加の間で揺れた。

 参加派の主な論旨は、不参加をしてもメリットが特にないと云う点だった。参加をすれば少なくとも〈大地人〉との間に正式な交流ラインが開かれる。戦力的に不安がなければ無理な要求を力尽くで押しつけられる可能性も低いとなれば、参加によるデメリットも少ないように思える。

 参加否定派の主な主張は、貴族位に列席、という部分にあった。プレイヤーである自分たちがノンプレイヤーキャラクターから「叙勲」され、仲間として認めて頂く、と云う部分が感情的に納得できない、と云う論調だ。

 論点がはっきりした時点で、会議の大勢は参加へと傾いていた。
 参加否定派の主張が感情的であったのは誰の目にも明らかだったからだ。もっともこの感情はなかなかにやっかいで、共感を覚える心はプレイヤー多数の心に多かれ少なかれあったのも事実である。

 〈円卓会議〉はその辺りを勘案して、簡素な報告を街の広場に張り出した。〈自由都市同盟イースタル〉の各領主と情報交換を行なうために、〈自由都市同盟イースタル〉への参加を決定した、と云う趣旨の張り紙を行なったのである。

 こうして八月、〈円卓会議〉から選抜されたメンバーは「エターナルアイスの古宮廷」へとやってくることになったのである。


そんなわけで、第二期スタートであります(´∇`)
頑張って進めて参ります~。

2010/04/28:ルビ修正
2010/04/26:誤字訂正&文章訂正
2010/05/29:誤字訂正
2010/07/01:誤字訂正
2010/07/22:表紙イラスト掲載!
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