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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

異世界の始まり(下)

14/126

014

 翌日から四日間の準備期間を経て作戦は実行に移された。

 タイトと云う言葉では生ぬるいスケジュールは、目もくらむほどの慌ただしさと、誰もが限界を超えているそれは無理だと思うほどのペースで進められたにも関わらず、奇跡的に全てを予定通りに完了した。

 予定を立てた当事者達3人は殺人的なスケジュールの功績と責任を、それぞれになすりつけあっていた。

 〈三日月同盟〉のギルドリーダーでもあり皆に慕われる関西弁の世話焼き姉御のマリエールは「うちの会計はすご腕やからね。数字任せて読み違いは万にひとつもおこらへんよ。ヘンリエッタに帳簿持ってすごまれたら、地獄の鬼だろうがラッパ持った天使だろうが座り小便漏らして謝罪するねんでー」とたわわな胸を張った

 その会計であり、蜂蜜色の豊かなウェーブヘアをゆらす少女趣味のヘンリエッタは「私の管理能力なんてたかが知れていますわ。シロエ様の容赦も呵責もあり得ない立案の悪辣さこそ言語道断驚天動地です。まったくシロエだなんて冗談のよう。真っ黒クロエと名乗った方がよろしいのに。アカツキちゃんが居なければ抱かれに伺うところですわ」と褒めているのかけなしているのかまったく判らない評価を下す。

 散々にこき下ろされたシロエと云えば、ずり落ちかけた眼鏡を修正して「僕の黒さなんて自覚してるだけ子供だましも良いところです。マリ姐の天然には敵いません。疲れ切ってるメンバーだってあんな笑顔で励まされたらもう一働きってなるじゃないですか。マリ姐に褒めてもらうためだったら、ゾンビだって生き返ってご奉公しそうです」と真顔で云った。かなり本気だったそうだ。

 とにかく、そんな三人の立てたスケジュールにより、アカツキや直継、にゃん太はもとより〈三日月同盟〉の全員はへとへとになるまでこき使われた。経験の薄い同盟ギルドメンバーにしてみれば、この時点で「死線」である。それぞれの叱咤激励によりゾンビの如く復活させられた計画参加者達は、すべての用意を終えて計画開始の朝を迎える。

 その朝。

 徐々に日の出は早くなり気温は増して行く夏の始まりのアキバの街の三か所に、派手ではあるが多少安っぽい仮設店舗は出現した。

 竹を適当に切って木材と結び会わせた支柱。日よけの帆布でつくられた大規模な天幕は、催し物かバザーの会場のようで、鮮やかな飾り布が揺れている。どうやら二頭立ての馬車を改造したとおぼしき中央の台と、これだけは立派な木製のカウンター。

 立地によって多少は違うが、それぞれ風にたなびくのぼりには〈軽食販売クレセントムーン〉と鮮やかに記してある。

 いまのアキバにおいて、軽食屋や食事処ほど寂しい商売も珍しい。
 何と言っても全ての食料は同じ味しかしないのだ。

 〈エルダー・テイル〉のゲーム時代の設定にそって、ノンプレイヤーキャラクターが経営する飲み屋や酒場は存在する。また宿屋で食事を提供するところも多い。
 しかし、それらの場所でとる食料は、全て同じ味なのだ。安い豆粥だろうが、最高級のローストチキンだろうが、全て味気ない「湿気た煎餅」でしかない。脂っ気が無く、湿っているにもかかわらずもそもそとしたその味は、妙に飲み込みにくく、食べ続けるほどに気が滅入ってくる。
 飲料もそうだ。何を頼もうと、色合いこそ様々だが、匂いも味も井戸水そのものでしかない。唯一の違いはアルコール飲料だが、こちらも味はまったく同じ。アルコール特有の喉を焼く感覚すらもなく、ただ唐突に酩酊だけがやってくる。

 そんな状況で、酒場や食堂に通う人間など居ない。
 もちろん、たとえば休憩場所や座る場所を求めてそう言った場所に向かう人間は少数存在する。広場で立ち話をするよりも、日陰に椅子が並べてある場所の方が有り難いという需要というのはあり得る。しかし、そんな彼らでさえ、食事を目当てに訪れている訳ではない。
 彼らが注文するのは最も安い食事だし、その意味合いも「席に座る料金」という意味合いが強いのだ。

 今のアキバの街では、多くのプレイヤーは食料アイテムをノンプレイヤーキャラクターもしくはマーケットから調達する。
 全ての食料アイテムが同じ味であり、どうやら栄養をとることは可能だと判明してからその選択基準は値段のみになってしまったのだ。
 高レベルの料理には、ステータスを一時的に上昇させる効果があるために、戦闘系のギルドの人間はそう言った食料アイテムを求めることもあるが、全体から見ればそういう需要はほんのわずかで、1%すらもないだろう。

 圧倒的多数のプレイヤーにとって食料アイテムは「もはや期待できない餌」であり、それを食べなければ空腹が耐え難いために食べているだけなのだ。そうであるならば値段の安いものを購入するのが当然だと云えるだろう。

 結果訪れたのは、凄まじいまでの値下げ合戦だった。
 この世界における食料アイテムの生産は非常に高速だ。どのように高級な食料アイテムであろうと、作成メニューから選択するだけ。時間にして10秒で作成が完了する。
 素材さえ十分にあるのならば、1時間当たり300食作ることも可能だ。〈大災害〉以降、〈料理人〉が増えた事とも関係し、市場には安い食料アイテムが爆発的に流通することになった。

 購入する側は値段以外に買う判断基準を持たないから、当然生産者の側であっても、素材の入手が面倒な高レベルの食料アイテムをわざわざ作るまでもない。低レベル用の食料アイテムで需要は満たせる訳で、それを安価に供給すればよい。
 そう言った市場の理屈から値段は下がり、「食事」という人間であれば誰もが必要とする行為であり、三大欲求のひとつに関わる消費であるにもかかわらず、食料アイテムの取引は冷え切った状況にあった。

 そんなお寒い環境のなか、どうして軽食売店なんか始めてしまったんだろう? それがのぼりを見たアキバの街の住民の感想だったろう。

 いまや〈料理人〉であっても、作成したアイテムはマーケットに流す手法が主流だ。その方が面倒が無いと言うこともあるが、手売りにはやりきれないストレスがあるのである。
 それも当然だろう。自分が作った食料アイテムを買う人々は、「餌」としか思っていないのだ。自分で食べたところで不味いと思う物を、客に売って嬉しい職人など存在しない。作っている側だって、本当なら美味しいと喜んで欲しいのに、そんな笑顔は見ることが出来ないのだ。
 いまでは露天売りの生産職の中にだって〈料理人〉の姿は見あたらなくなっていた。

 しかし、太陽が良い角度にのぼり、後小一時間で昼かというタイミングになると、驚きの波紋が広がり始めた。
 おそらくギルドホールかどこかの厨房で作成をしたのだろう。大量の包みがそれぞれの仮設店舗に届けられると、何とも云えない良い匂いが漂い始めたのである。

 それは油の焦げる香ばしい匂い。香辛料の混じり合った魅惑的な香。
 それと同時に前に進み出たすらりと背の高い女性が、緑の髪をゆらして声を張り上げる。

「本日開店おひとつどうぞっ! 〈軽食販売クレセントムーン〉や! 日頃の食事の味気なさ不味さにげんなりしている貴方に朗報! いまこそ“ホントの食事”を取りもどせぇ! 美味しいで、美味しいで! ほっぺた落ちるで~!!」
 マリエールはもはや半分以上ヤケクソで口上を叫ぶ。

 ギルドの〈裁縫師〉によってあつらえられた服装は、純白のブラウスにピンクのピンストライプ・タイトスカート、明るいサーモンピンクの大きなリボンにフリルエプロンという、元の世界で云えばファミレスかファーストフード店員の格好だ。

 その隣に待機していたセララは、負けてはなるものかと必死に細い声を上げる。

「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! お買い上げありがとうございますっ!」
 よほど緊張したのか、まだ一個も売れていないうちから“ありがとうございます”を連発して、手元のビラを配る。

 ――クレセントバーガー、金貨15枚。スーパークレセントバーガー、金貨30枚。かりかりチキン、(一本)金貨18枚、(三本)金貨50枚。フィッシュ&チップス、(小)金貨10枚、(大)金貨20枚。ブラックローズティー、(コップ)金貨5枚、(水筒)金貨15枚。

 ビラには開店の見出しと、メニューが載っている。
 地球にあったハンバーガーショップに比べれば貧弱なメニューだが、それでもアキバの街のプレイヤーにとっては郷愁を誘うに十分だった。
 何人かの客が香ばしい匂いと野次馬根性から購入する。
 値段は、お世辞にも安いとは云えない。むしろ、高い。

 アキバの街では、宿屋の一番安い部屋を一泊レンタルするのにかかる値段は最低ランクで金貨10枚ほどだ。食料アイテムは、一食分金貨5枚もあれば手に入る。そう考えれば、一食当たりの値段にして3倍から6倍ということになる。これは小さくはない出費だ。

 しかし同時に買えない金額ではない。

 この異世界で生き抜くために必要とする金額は小さい。寝る場所など、最悪寝袋さえあれば、宿を取る必要すらない。
 廃墟は沢山ある。夜露を凌ぐだけなら苦労をすることはないのだ。食料だって安価なものがマーケットに溢れているし、衣服や装備はそこまで頻繁に買い換えるものではない。
 もちろん上を見ればきりがないだろうが、切り詰めれば毎日金貨15枚もあれば暮らせる。むしろ、お金の使い道が少ないほどだ。
 金貨1000枚などと云う支出であれば、それはマジック・アイテム購入等と比較して悩むような価格帯だが、金貨十数枚ならば誰でもお小遣い感覚で使ってしまっても構わない世界である。

 そんな心理から、野次馬達は幾つかの商品を購入する。
 買い求めてくれた客に、マリエールとセララは笑顔でお愛想を振りまく。ギルドホールで調理された包みを運んでいた若い男性メンバーも笑顔で「ありがとうございます!」と叫びその声が唱和する。

 期待半分くすぐったさ半分で早速ひとくち囓った野次馬客は、それだけで腰が抜けるほどの衝撃を味わうことになった。

「なっ! なっ! なんだこれぇっ!?」

 味がする。言葉にするとたったそれだけのことなのだが、体験した人間にとってその感動はまさに天地が逆さになるほどのものだった。

 肉が肉の味を持っている。
 レタスがしゃきしゃきと野菜の歯切れ良さを感じさせる。
 トマトはほどよい酸味でジューシー。
 軽く焼かれたパンは甘さ、バターの滑らかさに、塗られた唐辛子のぴりりとした辛さ。
 どの味わいもが新鮮で、感動的だった。

 それは完成度の点において完璧とはほど遠かった。元の世界であれば、飲食店というよりは家庭料理の類であり、グルメ雑誌の巻頭を飾れるほどの美味ではない。しかしこの世界においては、文句なく最高峰の味わいだと云えた。

 彼は涙でにじむ視界を堪えながらも夢中で食べた。
 生まれてから食べたものの中で、間違いなく一番美味しい。そんな思考を巡らす暇もなく目の前のハンバーガーは無くなった。
 彼は包み紙にたれた肉汁までも平らげた。
 恥ずかしいとは思わなかった。
 恥ずかしいと思うくらいなら両目から溢れている涙を止めている。

 彼が感じたものと同じ衝撃は、一時間も経たないうちにアキバの街を駆け抜けた。

 それはモノクロの視界しか持たなかった人々に突然総天然色フルカラーの視覚を与えたのと同じような意味で、革命的大事件だった。
 アキバの街の人々は、自分たちがどれほど元気を失っていたのかにわかに思い出したようだった。食事が美味しいと云うことの重要性は人々がすっかり忘れはてて、諦めていたことだったのだ。

 〈軽食販売クレセントムーン〉はアキバの街の最新の神話になった。


 ◆


 マリエールの執務室もまた、戦場のような有様だった。
 最初から置かれていたマリエールの豪華な執務机の前には、がっしりしているが質素な会議机が設置されて、可愛らしいソファーは部屋の隅まで退却させられている。

 その会議机の上には山盛りの資料や書類。
 どれも会計担当のヘンリエッタと、作戦担当のシロエが細かい数字をびっしりと書き付けた代物だ。

 驚愕のオープン初日を切り上げ、〈三日月同盟〉のギルドメンバーがギルドホールへと帰還したのは、夜の10時を回っていただろう。手強いモンスター相手に一日中狩りを続けたのにも勝る疲れの中で、多くのメンバーはあちこちで沈没していた。

 この世界の体力は、ステータス――つまりはレベルに関係があるらしい。中堅レベルの多い〈三日月同盟〉であればその様子は当たり前で、むしろ健闘を褒めるべきだろう。

 しかしそうやって倒れ込んでしまった販売班を尻目に、シロエとヘンリエッタはそれこそ地獄の悪鬼も逃げるような速度で書類相手の格闘を続けていた。
 部屋の隅にはシロエが〈筆写師〉のスキルで作り出した紙とインク壺が詰まれている。そこから数十枚の白紙を引き出すと、ヘンリエッタはものも云わずに最新の数字を書き込み、大きな吐息をひとつついて顔を上げた。

「本日分の集計は一段落しましたわ」
「お疲れ様」
 シロエもその言葉に視線をあげて手を止める。

「慰労するならアカツキちゃんを下さい」
「……あげないけれど一時間もふもふして良いですよ」
「まぁ!」
 眼をきらきらさせて喜びに身をくねらせるヘンリエッタから視線を逸らしつつ、シロエはその手元から数字を書き詰めた紙を取り出す。

「予想よりも廃棄率が低いですね」
「お客の列が途切れませんでしたから。――予定数は完全にはけたと云えるでしょう」
「と、なるとやはり素材の備蓄ですか……」
「そうなりますわ」
 2人の手元の数字は予測の範囲内。むしろ、かなりの好感触を伝えてきているが、それでも問題がない訳ではない。〈三日月同盟〉の総力を挙げた販売大作戦ではあるが、料理である以上必ず材料を消費してしまう。

 準備期間中には素材を落とすモンスターや動物を狩って備蓄をし、開店初日の今日でさえ、直継と小竜を含めたパーティーをひとつ組織し収集に当たらせてはいるが、このペースでの素材消費を続けては保って4日と云うところだろう。

「……やっぱり素材はどうにもなりませんね」
「買い付け、開始しますか?」
「マリ姐の返事待ちになりますけど」

 シロエとヘンリエッタは、更に幾つかの数字を操作して異なったパターンのシミュレーションを走らせてみる。たとえばメニューを減らす、もしくは増やす。価格を値上げする、もしくは値下げする。
 どのような組み合わせでも、材料の備蓄が5日持つことはない。やはり〈三日月同盟〉という小規模ギルドの倉庫と動員力では、このラインが限界と云うことらしかった。

「おじゃまするで~。って、うちの部屋やんかっ」
 検討が終了して二人がお茶に手を伸ばすと、ドアが大きく開きマリエールが執務室に入ってくる。2人の会話に呼ばれた訳ではないだろうが、意気揚々としたマリエールは疲れも見せずに、いつもの明るい微笑みを浮かべて近寄ってくると、くしゃくしゃとシロエの頭を撫でる。

「シロ坊、おつかれさま。それからヘンリエッタも」
 その大きな胸でぎゅぅっと抱きつかれたヘンリエッタは、いつものことで馴れているのかけろりとした表情のまま「お帰りなさい、マリエ」と挨拶をする。

 執務机には向かわず、会議机の椅子をひとつ占領したマリエールは、厨房からくすねてきたというビン入りの黒葉茶を自分を含めた3人のグラスに注ぐ。店で売るときにはブラックローズティーと名前を変えるが、薔薇とは何の関係もない。その名前は完全なヘンリエッタの趣味である。

「どないやった? 売り上げはっ!」
 瞳を輝かせて尋ねるマリエール。
(こう言うところは大阪人なんだなぁ……。まぁ可愛いから問題ないんだけど)
 シロエがこっそりと嘆息する傍らで、ヘンリエッタが数字的な状況報告を始める。

「売り上げは金貨4万3776枚。来店者数は1152人、客単価はおおよそ金貨38枚です。用意したクレセントバーガーおよびスーパークレセントバーガーは完売。そのほかのアイテムも、ブラックローズティーを除いては完売しました」

「すごいねっ! えらいことやんねーっ! 金貨4万枚いうたら、えーっと、うちらギルドの月間予算の……」
「40倍」
「そう、40倍やん!! 大儲けやんね。この調子で行けば、金貨500万枚なんてあっという間に達成やん!」
 会議机に向かったままうきうきと踊り出すマリエール。シロエはその揺れる胸からこっそり視線を外して「全然まったく間に合わないですよ、マリ姐」と制止する。

「そう?」
「だってそれじゃ単純に考えて、120日。3ヶ月も掛かるじゃないですか」
「いや、だってお客さんいっぱいにごめんなさいしたで? 売ろうと思えば欲しい人はまだまだ居るん。だからもっと仕入れてさ」
 マリエールの言葉を片手をあげて遮ったシロエは反論する。

「潜在顧客数はおそらく数万人を超えますよ。このアキバの街には1万5千人以上のプレイヤーが居るし。でも、問題はそこじゃなくて〈三日月同盟〉のメンバー数からくる、店舗数と、用意できる商材の量なんです」

「そうなん?」
 完全には理解できなかったのか、困ったような表情のマリエールにヘンリエッタは丁寧に説明を行なう。

「ええ、そうですわね。売り子一人が対面でお客様に商品をお渡しして会計するのに1人あたり5分かかるとすると、一時間にさばける人数は12人。8時間営業で96人。売り子10名体制で960人。〈三日月同盟〉の全員を売り子にしたところで、さばけるお客の量は毎日3千人が限度ですわ。
 しかもその体制は、仕入れも仕込みも調理も事務処理もぜーんぶ放り投げて“店頭で売る”だけに特化したときの数字です。とても維持できる数字ではありませんわね……。その意味では、売り子と調理場、雑用、そして仕入れに振り分ける人数は、私たちが立てたプランがもっともバランスがよいと思います。そしてそのバランスで商売をした結果が」
 ヘンリエッタは教師のような仕草で書類を指し示す。

「本日の来客者数とほぼ等しい客数1000人ちょっと、ということになります。……つまり〈三日月同盟〉の規模では、どんなにユーザーがアイテムを求めていようと、1日1000人までしか対応できないと云うことですわ」

「そうなんか……。うぅーん。儲け時なのに」
 その指摘に残念そうな表情で眉をしかめたマリエール、しかしすぐさま気を取り直して切り返す。

「ほいじゃ、人増やすのはどう? いまならギルドメンバーも集められる思うんよ。なんてったってアキバの街の急成長株、奇跡の軽食クレッセントムーンバーガー総本店やもん。なぁ?」

「それはダメです」
 今度はシロエが駄目出しをする。

「疑うのもあんまり良くないですけど、この時期メンバー募集をかければ、入ってくるのはスパイばかりだと思います。今のアドバンテージは調理方法の秘密だけですから。そんなリスクは犯せないです」
「同意ですわ」
 そうかぁ、とため息をつくマリエール。

「マリ姐、そもそも今回の作戦の目的はお金じゃないです」
「うん……。せやな! 目先の大金に目がくらんでたわ、うち。……でも、お金がないのも困るんやろ? このままじゃ、三ヶ月かかるいうてたやん。それじゃ間に合わないってことは……やっぱしもう一個の手を使うん? 成功するん?」

 マリエールの弱気な疑問に、ヘンリエッタが微笑む。
「大丈夫。まともな商人だったら断りません。わたしが言うんだから間違いありませんわ。そんな頭の弱いぽんぽこぴーが居たらパレート最適断頭台の刑ですわぁ」

 シロエはヘンリエッタの笑顔に苦笑する。
 確かに自分がたきつけたヘンリエッタだし、その計画はシロエが想定していたものと殆ど同じラインを描いている。しかしヘンリエッタがどこまで「やる」かはまだ判っていないのだ。
 シロエは脳内で計画を確認する。今後の数日間の展開は、三人が三人ともそれぞれの交渉を成功させなくてはならない。

「じゃぁ、ヘンリエッタさんは、そっちの交渉はお願いします。詳細はお任せしますね」
「承りましたわ。お任せあれ」
 小首をかしげて令嬢然と微笑むヘンリエッタ。

「マリ姐は、商材の仕入れを」
「判った。えっと、うち数字のことは苦手なんやけど……」
「大筋合意をまとめてくだされば、条件面での説明はわたしが同行しますわ。……というか、わたしの方の交渉と、商材の交渉は連結して行ないましょう。その方が手間を省けます」

 マリエールを励ますヘンリエッタに、シロエは安堵する。
 ヘンリエッタはシロエが考えていたよりずっと有能だった。今までの付き合いや、彼女の言葉の端々から切れるという印象は持っていたが、ここまで出来るとは予想外だった。
 器量は大きいけれど、どこか抜けているマリエールには、ヘンリエッタや小竜のような仲間がきっと必要なのだろう。

 今も特別任務で街の闇をかけているアカツキや、昼間の狩りの疲れもあるだろうに倉庫整理を買って出た直継、そして明日販売するクレセントバーガーの下ごしらえを続けているにゃん太の事を思い出す。

(みんな、期待していたとおり、それ以上に任務を全うしているもんな。これで無様に負けたら、その責任は全部僕にあるとしか云えないな……)

「どしたん? シロ坊」
「何でもないです」
 自分は彼らに相応しい仲間なのか。そんな思惟が脳裏をかすめる。
 でもそれは一瞬。そんな自分を待っていてくれた仲間のために、彼らを嘘つきにしないために、自分は「相応しくなる」責任がある。
 あの日アカツキと約束し、直継やにゃん太、マリエール達の前で誓ったように。
 いや、相応しいか相応しくないか。そのような問い自体が傲岸不遜で無意味だ。今は目前の作戦を成功させること。その繰り返しの中にかろうじて、皆の力を借りた計画の言いだし手としての責任を果たす道がある。

「僕は会議のための根回しを行ないます。今やっているのは、全て下ごしらえです。手の内をばらさないように祭りの準備を進めましょう」


 ◆


 マリエールはそわそわと指先をこね合わせると、何度目になるか判らないため息をつく。皆の前では自信ありげににこにこと笑っているが、経験のないジャンルの行動に自信はまるで持てていない。

 シロエが自分を指名した理由はわかる。
 たしかに、アキバの街の中小ギルドであれば、それなりに知己は多い。今から会う相手も、マリエールの顔見知りの1人で、その意味では話しやすい相手だと云える。とはいえ……その中でもかなりの大御所だ。

 服装のあちこちを引っ張る。
 一応なりとも上等な服を引っ張り出してきたつもりが、些か落ち着かない。それも当たり前だ。ゲーム内で「商談」なんてした経験はないのだし、そんな経験をしたことがある人が大勢いるとも思えない。

 探索や狩りをするとあらば、実利重視の選択以外にはない。よほ特殊で無い限り、基本デザインラインは中世ヨーロッパ風ファンタジー衣装となる。すなわち、前衛戦士は金属鎧。中衛の攻撃職は鎖帷子や皮鎧。
 回復職は様々だが、マリエールのような〈施療神官〉(クレリック)は比較的重武装も可能だから、軽量の胸甲に革製の具足、チュニックとマントあたりが妥当だろうか。ギルドの紋章をあしらったり多少染めたりとアレンジは出来るが、性能本意で選ぶ装備の外観はそうおいそれと変更は出来ない。

 しかし、街中で過ごす分にはかなり自由度が高い。
 〈エルダー・テイル〉はたしかに中世ファンタジー風RPGだったが、それもばりばりの古典ではなく、いわゆる当世風にずいぶんアレンジされたアートワークを採用していた。
 中世ヨーロッパ風のファッションを基本にして、和装やエスニック調、さらには制服だのメイド服だのと云った、いわゆるヲタクっぽい服装までかなりちゃんぽんな服飾文化を持っているのだ。
 モデルデータやアイテムデータに関しては、下請け開発や各地域のサーバ運営会社が大きな権限を持たされていたため、それも当たり前だとは云える。

 どうもこの世界は元の世界と違い、日本に当たるこの地域もそこまで高温多湿ではないように思える。夏に向かうこの時期、ファッションの選択肢は広く――マリエールには広すぎるように思えるが――ハーフパンツに綿のチュニックシャツなどと云うカジュアルファッション、ファンタジー風のローブを着るプレイヤー、古代ギリシャ風のトーガ、そうかと思えば着流しの和装、鎧武者から、オートクチュールスーツまで、人々の着けるファッションは本当に様々だ。

 今日のマリエールは白絹のブラウスにマーメイドラインのロングスカートという出で立ちだった。ジャケットは無しだが、ケープをゆるく肩にかけている。ギルドの〈裁縫師〉はVサインを出していたが、これで良かったのだろうか不安だ。

「おろおろしてはいけませんわ」
 隣のヘンリエッタが正面を向いたまま声をかける。
 そちらはいつも通りのゆるくウェーブした蜂蜜色の髪に、黒のリボン。多分に少女趣味なモノトーンのドレス姿だ。
 自分のスタイルがあるというのは強いな、などとマリエールはその姿に思う。

「大丈夫やろか」
「不安になってはいけません。交渉事は強気で挑まなければ。そもそも、これは通さなければならない針穴の中で最も簡単なものですよ? 失敗したとしても、カバーが入れる位置です。後のない交渉じゃありません」
 ヘンリエッタの声にマリエールは頷く。

 今日最初に行なわなければならない交渉は「素材の調達」だ。早くも底をつき掛けている素材アイテムの補充を成功させないと、明日は良いにしても明後日辺りからの商売に差し支えが出るだろう。
 逆に言えば、ここで素材調達の交渉を成功させれば、今後〈三日月同盟〉は調理と店舗販売に集中して取り組むことが出来る。

 その後のことは――
(その後のことは、その後考えたらいいねん。ヘンリエッタもシロ坊もおる。持ち場を守ってやってればきっとシロ坊が何とかしてくれる。うちは、この交渉に全力や)

「とは言え~。今日の交渉が大成功ですと、次のわたしのミッションが多少は楽になりますわ。気を抜かないで当たらなければ」

「ひぇぇぇ。うちにプレッシャーかけんといてぇ」
 開き直りかけた途端に、ヘンリエッタのクールなつっこみをうけて途端に弱気になってしまうマリエール。やはり人間には向き不向きがある。ポーカーフェイスはどうやったって習得できそうにないと、自己評価を新たにするのだった。

「や! お待たせっ」
 現われたのは鋭敏そうな瞳をしたプレイヤーだった。ハシバミ色の髪と瞳を持った人間の男性で、名前はカラシン。アキバの街では第三位の規模を持つ生産系ギルド〈第8商店街〉のギルドマスターを務めている。

 カラシンは扉を閉めると気さくに挨拶をして、席に着く。
 ここはアキバの街の中央広場の近くにある酒場、その個室のひとつだ。金貨数枚で2時間程借りてあり、密談には向いている。

 マリエールから見れば、カラシンは顔見知りだ。
 まだ駆け出しの頃は一緒に狩りをしていた時期もあった。
 マリエールもカラシンも自分のギルドを立ち上げてしまった同士だから、今では一緒に出掛けることなど滅多にないが、ギルド同士の横のつながりというのは意外にも決して弱くはないものだ。
 特にカラシンのギルド〈第8商店街〉と〈三日月同盟〉のように互いに領分とする範囲が違うのならば、協力して情報を流しあった方が何かと便利である。そんな経緯でカラシンとマリエールは、今でも互いに連絡を取り合っているのである。

「うぁ、マリエさん結構怖い顔してるなぁ。今日は何の用です?」
 そんな関係もあってカラシンは気軽に声をかけてきた。
 昔なじみ、ではあるけれど、カラシンのギルド〈第8商店街〉とマリエールの〈三日月同盟〉では規模が違う。
 〈三日月同盟〉は30名前後の相互互助型と云えば聞こえは良いが、要するに何でも屋ギルドだ。中堅規模の冒険者が所属して、自分の道を研鑽したり仲間と一緒に冒険をしたりするギルドである。

 カラシンのギルド〈第8商店街〉は完全に生産職特化の、いわゆる職人ギルドだ。戦闘や探索への支援は行なわない。メンバー間の素材の融通し合いや、完成品アイテムの卸値での交換、交易などを中心に活動している。その人数は〈海洋機構〉や〈ロデリック商会〉に続くアキバ三位のサイズで、メンバー人数は約700名と巨大だ。

 〈大災害〉以降、戦闘は大きく様変わりをした。
 シロエや直継の程の熟練者になれば、戦闘のどこが変わったかについて、特技ひとつひとつの性能や敵モンスターの生態まで含めて様々な考察が出来るのだろうが、圧倒的多数のプレイヤーにとっての大変化とは「生身で戦わなければならない恐怖」の存在に尽きるだろう。

 戦ってみれば楽に勝利できるレベルのモンスターでさえ、生身で戦うとなれば恐ろしいものである。襲いかかってくる剣、斧、牙、爪、炎に呪い。レベルさえ十分に高ければ対応できると頭で判っていても、戦闘の場の血の匂いと恐怖に足がすくむプレイヤーは、決して少なくはない。

 この異世界に閉じ込められるならそれはそれで仕方がない。けれど戦闘は出来ることならしたくはない。そう考えるプレイヤーは想像以上に多いのだ。
 正確な数は判らないが、マリエールの考えでは〈大災害〉以降は全プレイヤーの半数近くが、そういった「戦闘を回避したいプレイヤー」に分類されると思う。

 そんな時流の追い風を受けて生産系ギルドは大きくその勢力を伸ばした。

 現在秋葉原でもっとも勢力のある生産系ギルド〈海洋機構〉は構成員2500名。第二位の〈ロデリック商会〉は1800名。
 それに目の前にいるカラシンが率いる〈第8商店街〉700名を加えれば、それだけで五千名だ。そのほかにも小規模な生産系ギルドは沢山あるだろう。〈大災害〉以前はここまで生産専門のプレイヤーは多くなかった。これも〈大災害〉によって起こった変化である。

「今日の用はね〈第8商店街〉に依頼があるねん」
 マリエールは切り出す。

「何でしょう?」
 カラシンは普段よりも真剣な表情のマリエールに、爽やかに返答する。カラシンとしても、この時期にマリエールが呼び出してきたその意味については考えているはずだ。

 〈軽食販売クレセントムーン〉を成功させたマリエール。
 生産ギルドから見れば彼女はこの世界の食の全てに王手をかけうる位置にいる。一度フルカラーに馴れた人間がモノクロには戻れないように、豊かな味わいの料理を食べてしまったプレイヤーは、もはや元の味気ない食料アイテムには戻れないだろう。

 現にここ数日の間、マーケットに出品中の食料アイテムの売り上げは急減速してしまったという報告をカラシンは受けて居る。

 もはや〈エルダー・テイル〉はゲームではない。
 元の世界に戻る手段があるにせよ無いにせよそれが見つかっていない現在、この異世界は第2の現実だ。例えそこでは死が免れるとしても、生を免れることは誰にも出来はしない。
 日本サーバ管理区域の約3万人のプレイヤーはそこで生きるという呪縛からは逃れられないのだ。

 大げさに言えば、少なくともこの極東地域における、食糧供給のイニシアチブを握っているのが〈三日月同盟〉であり、マリエールである。少なくとも、カラシンからはそう見えているはずだ。

(うっわぁ、カラシンってば商売人の顔しとるなぁ。
 やっぱ大所帯率いとると中途半端は出来ないんやろな)

 マリエールは緊張感をたたえながらも気迫を見せるカラシンにそんな感想を持ってしまう。「交渉ごとでイニシアチブを握ったからには強気で」とヘンリエッタに云われていなかったら腰が退けてしまうほどだ。

「依頼というのは仕入れやねん。うちのギルドで使う素材アイテムをな、消費が激しいんで仕入れを外部にお願いしよー話になってん。
 具体的には“若い鹿の肉”と“レタス”、“トマト”。“小麦粉”に“ジャガイモ”。“ハルハル魚”。それから“雷鳥の肉”……あたりになるん。詳しい量や値段は相談になるけれど、量は相当に必要だと思って貰ってかまへん」

「仕入れですか」
 カラシンの返答はよどみがない。
 おそらく予想していたのだろう。それもある程度は当たり前だ。

 〈三日月同盟〉は小さい。大規模な商売を続ければあっという間に備蓄が無くなるのは誰にでも予想できる。そうなれば商品の供給はストップせざるを得ない。
 メンバーの人数、自分たちで狩りをして仕入れられる素材の数、倉庫の備蓄……そう言った諸々を考え合わせての依頼であることは、頼んだマリエールも、聞いたばかりのカラシンも即座に了解事項となる。

「……量と金額は?」
 カラシンの問いに対して、マリエールはメモを取り出すと、幾つかの数字を答える。

「そうですか……」
 カラシンはゆっくり呼吸をすると、何かを考えるような表情を浮かべる。おそらく、依頼を受けるかどうか迷っているのだろう。
 通常考えれば、これは損な取引ではない。〈第8商店街〉規模の大手生産職ギルドともなれば、大規模倉庫に多くの素材アイテムを備蓄している。最近では値下げ競争に巻き込まれて調理・販売しても二束三文にしかならない素材アイテムを、外部に適正な価格で放出するのは在庫整理としても有り難いはずだ。
 もし必要であれば、マーケットを監視して、今あげられた食材を安く購入。それを〈三日月同盟〉に転売するという作戦もある。

 商売的な観点から見て、断られる要素はない。
 それがマリエールとヘンリエッタの出した結論だった。

 しかし、それは簡単に引き受けてくれるという意味ではない。「うちは今や注目の的ですからね。先方だって美味しい仕入れ話を二つ返事でOKとはいきませんよ。どうにかしてもっと食い込んでこようとするに決まっていますわ」。マリエールは、そんなヘンリエッタの言葉を思い出す。

 しばらくの沈黙の後、社交的な笑みを浮かべたカラシンは
「それはやはり〈軽食販売クレセントムーン〉で使用する食材ですか?」と尋ねてきた。マリエールは「そうや」と微笑みながら答える。

「〈軽食販売クレセントムーン〉は大繁盛だそうですね」
「おかげさまで、みんなに喜んで貰えて、うちの〈料理人〉もにっこにこやん」
「……やはりそれは、新しいレシピで?」
「うっとこの〈料理人〉は腕利きやし」

 カラシンの探りを入れる会話に、マリエールは微笑んで答える。
 端から見れば最初からニコニコと向日葵のような笑みを浮かべるマリエールは全てを承知して大きく構えているように見えるかも知れないが、マリエール本人としては、この時点で精一杯である。
 カラシンの質問にもボロを出してしまうのではないかと、冷や汗が止まらないような気持ちを味わっているのだ。

 しかし「どんな事態になってもマリ姐はにこにこ笑っていてください。それが一番大事です。とにかく微笑み続けてくれれば、他のことは他の担当が助けられます」とシロエから云われている。

 少しばかり自棄な気分でマリエールは微笑み続けた。笑顔の大安売りである。少したれぎみの碧色の瞳がゆるみ、とろけるような笑顔が浮かぶ。大きめの胸と母性的な雰囲気が相まって、それ以上追求できないような天然バリアが展開されていることに、マリエール本人の自覚はない。

「仕入れの件は十分に検討しますが、この際どうかな。販売店舗数も一気に拡大するために、〈第8商店街〉と〈三日月同盟〉で……」

「すみません。カラシンさん、そろそろ時間なんです」
 カラシンの言葉を遮るようにヘンリエッタが透き通った声で呼びかける。

「時間?」
「ええ、次のお相手が居るんです」
 落ち着きを払ったヘンリエッタの声に、マリエールがばつの悪そうな顔をして、両手を合わせる。

「ごめんなぁ、カラシン。昔なじみだから、ちょっとだけ先に滑り込ませたけど、ヘンリエッタが本当は平等じゃなきゃダメだって云うんよ」
「えっと、どういう事です? マリエさん」
「うー」
 マリエールは横目でヘンリエッタを伺う。この辺は演技ではなく、素だ。普段から、こと金銭支出に関して、マリエールはヘンリエッタに頭が上がらないのである。

「〈海洋機構〉さんと〈ロデリック商会〉さんとも商談があるんです。別件なんですけど……」
「別件?」
「せや。んとんっとな。出資って云うか、〈クレセントムーン〉の販売の件やねん」
「っ!」
 カラシンの顔色が変わる。

 〈第8商店街〉は確かにアキバにおける第三位の規模の生産ギルドではあるが、〈海洋機構〉と〈ロデリック商会〉はさらに巨大だ。〈海洋機構〉単体でさえ、〈第8商店街〉の三倍の参加メンバーを持った巨大組織である。そんな大資本が参加して商談を始めるのでは、カラシン達〈第8商店街〉の出番はなくなってしまう。

「うちはな、みんなで仲良うしたいん。〈第8商店街〉は世話になってるやろ? 古なじみでもあるやん。だから、〈第8商店街〉にも本当は同席してもらいたいん。……でも、仕入れの件をな。解決せんとだめーってヘンリエッタに云われとるんよ」
「解決というか。当面の仕入れ環境を整えないと、次のステップにも進めないでしょう? マリエ」
 マリエールの言葉にヘンリエッタは眉をひそめて、まるで幼子に諭すようにマリエールに語りかける。

「待ってくれ。マリエ。それからヘンリエッタさん。
 〈三日月同盟〉は何を考えている?
 出資ってどういうことなんだ」
 カラシンの問いにマリエールが口をなかば開ける。ヘンリエッタはそのくちびるに、ほっそりとした指先を触れて、カラシンに向き直る。

「その情報の価値に、〈第8商店街〉様は幾らの値をつけていただけるのです?」
 ヘンリエッタの謎めいた眼差しに、カラシンは射貫かれる。いずれにしろ、仕入れの件は〈第8商店街〉の損になるような話ではないのだろう。彼はわずかに眼を細めると、決意をして宣言する。

「先ほどの依頼、〈第8商店街〉が責任を持ってお受けする。
 “若い鹿の肉”、“レタス”、“トマト”、“小麦粉”に“ジャガイモ”。“ハルハル魚”と“雷鳥の肉”も。それぞれ3200ずつ納品しよう。第一回の納品は明後日の早朝。……代金は金貨5万」
「4万」
「……判った。〈第8商店街〉のカラシンがこの契約を請け負う」

「よかったぁ。カラシンもこれでええやろ? な! 次の商談にも同席してもろて、話を聞いて貰おうやん」
「ええ、そうですわね」
 ヘンリエッタが頷くのと同時に、マリエールの耳元で鈴の音が聞こえる。それは次の来客到来を知らせる合図だった。
2010/04/19:数値のミス修正
2010/04/20:誤字訂正
2010/04/24:誤字訂正
2010/05/29:誤字訂正
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