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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ログ・ホライズンEp14 黄昏の孤児(みなしご)

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◆2.03


 かつては政治と経済の中心地だった、〈神聖皇国ウェストランデ〉の頭脳であったキョウの都も、ミナミの街がその存在感を増すにつれ、徐々に活気を失っていくようだった。
 もちろん大幅に住民が減ったという事実はなく、治安は改善して文化的な洗練度も(〈冒険者〉のもたらす生活用の魔法アイテムにより)向上している。
 しかし街を大声で練り歩く物売りや、武装をした護衛傭兵団の姿がすっかりと消えたのは、物流と商業の中心として飛躍的に拡大を続けているミナミに活動拠点を移したせいだろう。住み分けである。現在のキョウの都は〈元老院〉が支配する政治の都なのだ。

 キョウの夜は影が深い。
 男女の間の湿った密約や、政敵を追い落とすための毒の滴るような讒言(ざんげん)。下は厩を管理する小者から、書庫の官吏、上は大臣に至るまで、ありとあらゆる利権と立場の絡み合った陰謀。真偽さだかならぬ流言飛語の書かれた親書。〈苦命蛙〉の毒を油に練り込んだ小壺。身分を隠すための黒い狩衣(マント)と、目の粗い薄絹。
 じっとりと湿った不快で粘りつくような密やかさの中、それらが複雑に絡み合い、予期せぬような油断に忍び寄る。
 それがキョウの都における政治なのだった。

 ウーデル公爵家は〈元老院〉を主導する、このキョウの都の中でも最も権勢を誇る旧家である。斎宮家が支配している〈神聖皇国ウェストランデ〉ではあるが、それは実は建前であり、斎宮トウリが神輿であることは、都びとであるならば子供でさえ知っている。ウーデル公は、このキョウの支配者と言っても良い人物なのだ。

 しかしその公爵、齢六十を越えんとすウーデルは苛立ちも(あらわ)に手元の親書を破り捨てた。宴への誘いに対する断りの手紙だ。派閥の――まあ、事実上〈元老院〉のすべてがウーデルの権力基盤なわけだが、その一部が宴への参加を取りやめてきたのだ。文面では体調や都合などを理由に上げているが、距離のとり方を変えたいという、そういう意図が透けて見える。

「あやつら、貴族の誇りも、ウェストランデの悲願も忘れよって!」
 忌々しげに吐き出す言葉に、手紙を届けにあがった侍女が厳かに頭を下げる。ウーデルの勘気に触れるのを恐れたのであろう、普段彼の身の回りをする年若い侍女たちはこのような時近づきもしない。感情を見せない地味なこの侍女はこのような役割ばかりを押し付けられているのだ。
 もっともそんな役割を嫌がってるかどうかすら、木彫りのような生気に乏しいその表情からうかがい知ることはできなかったが。

「そもそも奴らの借財はどうなっておるのだ」
「〈第八通商網〉なる商会がオワリ地方およびヨミジ島の荘園再開発に入り込んでいるようでして、そこからの富が一部貴族家に流れているという報告がございます」
「ミナミの富を束ねているのはインティクスであろう、なにをしているっ」
 ウーデルは怒気を押さえきれず言葉を叩きつける。
「東の〈円卓会議〉よりの金脈です。東からおびただしい量のコメが流れ込んでいるようでして、借財の返済もそれで贖ったようです。――ウーデル閣下のたもとから逃れ出ようともがいているのは、その影響かと」
 そのウーデルの怒りをそよ風程度にも感じていないのか、名も知らぬ従者は低く透き通った声で状況を報告する。
 東からコメの運び込みが増えているという話はウーデルも耳にしていたが、そこまで広がっているとは把握していなかった。コメを主食とする事が多いヤマトにおいて、コメは金だ。食料が流れ込めば、その風を受けてなびく(いえ)もある。
 そもそも貴族の家同士は絶対的な同盟関係で結ばれているわけではない。宮廷序列や派閥に従い、敵対し合うことも日常茶飯事なのだ。
 〈神聖皇国ウェストランデ〉がそれでもまとまっているのは、〈自由都市同盟イースタル〉という仮想敵に対抗する必要があるからだ。
「恩知らずめっ」
「……」
 その抑えるべき根本を忘れて、敵の軍門に降ろうとするとは、貴族としてあるまじき態度である。彼らがいままでの困窮しきった数十年を支配階級として過ごせてきたのは誰のおかげか忘れ果てたのか。皇帝をうしなった聖なる国を支えたのは、ただひたすらにウーデル家ではないか。

「インティクスはどうしているのだ? 自慢の狩人はなにをしている!」
「カズ彦さまの行動は存じませんが、インティクス様は濡羽様に直接圧力をかけると……」
 全く面白みのない石人形のような女ではあるが、ウーデルが自身の屋敷で側仕えをさせているのは、このような情報に通じているからなのだ。宮廷の諸事に耳ざとく、ウーデル配下の情報網を使ってではあろうが〈冒険者〉のことまで調べ上げる。
「その圧力とやらが効かぬからこうなっているのであろうが」
「……」
 このような報告をさせるとその態度は腹立たしくてならないが、その冷静沈着な性格も陰謀には欠かせない資質だといえるだろう。女は同意を示すように、うやうやしく頭を下げて、ウーデルの手元の盃に清酒を満たした。

「あれはお飾りの当主であるからと、いままで〈元老院〉(ウーデルけ)はインティクスと結んできたのだ。このままでは収まらぬではないか」
「それほどまでに東を討つ必要があるのですか?」
 敢えて尋ねるような侍女の質問にウーデルは鼻にしわを寄せて鳴らした。
「〈ナインテイル〉は遠すぎ、〈フォーランド〉は荒れ果てすぎた。〈ランデ真領〉は豊かだがもう土地がない。少なくとも〈オワリ〉は手中に収め、更に東を攻略しないと〈神聖皇国ウェストランデ〉の覇権(みらい)はない」
 当たり前の事実だが、これが理解できない貴族家が多くウーデルを悩ませる。
 このままでは〈神聖皇国ウェストランデ〉はヤマトの民草の中で、春を迎えた雪のように淡く溶けて消えてしまうだろう。宮廷の力を恐れず敬わない者共が増えてきた。それも当たり前だ。〈元老院〉がその力をどんどんと減じていっているのだから。
 いまその流れを変えなければ〈神聖皇国ウェストランデ〉は滅びる。そのことがわからぬ輩がこれほど多いとは。
「〈赤き小鬼〉どもを――」
「あれは〈大地人〉(たみくさ)相手には無敵の力を誇りますが、いまだ〈冒険者〉にはおよびません。少なくとも西と東の冒険者を抑えないと無為に兵を失うだけかと」
 つい誘惑に駆られたウーデルを、侍女が冷静にたしなめた。
 その正しさにウーデルは声が詰まる。
 いままで〈自由都市同盟イースタル〉にいいようにされてきてしまった根底の原因、〈大地人〉戦闘能力の欠如を埋めるための兵団をやっとのことで手に入れたと言うのに、今度はその力を振るうことさえ許されないのだ。
 数多の実験で磨き抜かれた〈赤き小鬼〉どもは、いまや〈自由都市同盟イースタル〉精鋭の〈マイハマ騎士団〉(グラスグリーヴス)さえ凌駕するというのに。

「だからこそインティクスが語る夢物語、ヤマト最高位の〈冒険者〉になりすべての〈冒険者〉を束ねるなどという戯言に力を貸したのだ。〈元老院〉があの女にくれてやった資産と民草、どれほどの数になると……。おのれっ!」
 インティクスはたのむに足る相手なのか?
 所詮感情を優先する女子供のたぐいではある。
 しかしその類まれなる野心は他の〈冒険者〉よりも一歩抜きん出たものであったのも確かだ。
「さらなる金子を送れ。忍びを動かしてインティクスを助けさせるのだ。公子暗殺にも失敗するような連中だが、身内の弱みを嗅ぎ回ることくらいできよう」
「はい」
 ウーデルは深く息を吐きだし怒りを収めた。
 いずれにせよ、直接的な騎士団や軍などの兵力を持たない〈神聖皇国ウェストランデ〉としては他に手段などなかったのである。いいや仮にそれらを抱えていたにせよ、どれだけの兵士を持とうが敵に〈冒険者〉がついたのならば、数の有利を安々とひっくり返してくるだろう。
 いまこのヤマトで望みを叶えるのならば、〈冒険者〉を味方につけるか、少なくとも不干渉の言質を取らない限り、事を為すことはかなわない。〈元老院〉は是が非でも〈冒険者〉を味方につけなければならないのだ。そして叶うのならば走狗となし、支配を盤石なものにしなければ。
 怒りは視界を曇らせる。〈冒険者〉を引き込むことは必須の要件。そうであれば、毒を食おうと、剣を飲もうと、インティクスに勝ってもらう他はない。そのための手はある。きっとある。
「この屋敷の守りも固めさせるのだ! 〈冒険者〉同士の争いに巻き込まれでもしたらたまらん。だれか! 誰か、ミズファを呼べ!! 汚れ仕事ができたと告げよ!!」
 そのための謀略で頭を一杯にしたウーデル公爵は乱暴に腕を払うことで、侍女に退出を促した。怒声を恐れた家人が近づかないこの居室に人を呼ばせることづけを押し付けて、早速書状を認めるために文箱を広げ始める。
 〈神聖皇国ウェストランデ〉はウーデルのものなのだ。
 青二才の斎宮のものでも、他所からやってきた〈冒険者〉のものでも、ましてや東の田舎で剣を磨くしか知らない〈自由都市同盟イースタル〉のものでもない。
 自らの至宝を護るためにウーデルはこの腐り切ったキョウの闇の中で手慣れた陰謀を操るために筆を躍らせる。

 だからウーデル公爵は気づかなかった。
 深々と頭を下げた無表情な侍女がかすかな笑みを浮かべて、暗い廊下に出たことも。
 灯籠の明かりに照らされた彼女の姿が、青い夜の中で、夜闇よりもさらに深い影をゆらゆらと揺らしたことも。
 そしてその影がやがて九つの尾をはやしてキョウの夜へと溶け去っていったことも。
 ヤマトの支配を得ようとあがく〈元老院〉の夜はまだまだ始まったばかりなのだった。



◆2.04



 ものの売り買いのかしましい声が青空の下で響き合う。
 そもそもミナミという街は猥雑で人に溢れた街だ。
 面積にすればアキバに劣るこのゾーンは、構造という意味ではかなり難解である。地上に存在する雑多な遺跡(ビル)群はもちろんのこと、それらの多くが備える地下の店舗スペースと地下通路がその複雑さに輪をかけている。
 そもそもプレイヤータウンとして関西方面の〈冒険者〉をフォローするために産まれた冒険都市だったのだが、〈大災害〉を経たこの世界では、アキバよりも早期から、そして圧倒的に多くの〈大地人〉が流入してきた。
 現在の人口比率では〈冒険者〉の十倍ほどだろうか? その多くは商人および商会の従業員、あるいは〈Plant hwyaden〉に雇用された〈従者〉である。こういった人々は今では街に欠かせない住人としてその賑わいに貢献しているのだ。
 急激に人口が増えた都市にありがちなことだが、ミナミの街でも構成住民の平均年齢はかなり若い。〈冒険者〉の年齢については、ヤマトではもう触れないのが暗黙の了解となっているが、〈大地人〉をとってみてもミナミの街では新進の商人や、年若いその従業員が多い。〈従者〉に至ってはその殆どが少年少女だ。街全体が挑戦的で雰囲気が明るいのも、それと無関係ではないだろう。

 そんなミナミの街では日常からして騒がしく、またそれに輪をかけて祭事好みでもあった。
 〈大地人〉からみた〈冒険者〉というのは異常なまでの財産を持っている。彼らが(おそらく謙遜で言っているのだろうが)中堅レベルですよと自己紹介をしたとしても、その〈魔法の鞄〉(マジックバッグ)のなかには大手の商会の資産を上回るほどの物資が詰め込まれているのだ。高位の〈冒険者〉ともなれば、国宝級の武器防具を百単位でコレクションしている者さえいる。
 そんな〈冒険者〉相手に商取引を行えば莫大な利益を得られるというのは火を見るよりも明らかであり、〈冒険者〉自身も癖はあるが付き合いにくい相手ではないことが早い時期に知られた。利益の駆け引きや言葉を飾ってのつなぎとめなど、〈大地人〉の間で普通に行われるようなやり取りは効果が薄いが、質の良いものを誠実に届けさえすれば、金に糸目をつけず購入してくれるのが〈冒険者〉という顧客である。
 また、イベントやキャンペーンなどという言葉にも弱く、そういう文化なのだ、そういう祭りなのだということを納得してさえくれれば、材料でも加工費でも驚くほどの物を出してくれる。

 今日もそんなちょっとしたイベントの真っ最中だ。
 大通りは花で作った歓迎ゲートで飾られて、そこには「歓迎〈円卓会議〉特使一行!!」と書かれている。

 ガーデンカフェからぼんやりと見上げたボイルの耳にも、関連情報が飛び込んでくる。ミナミの住民たちは噂話が大好きなのだ。
 どうやら、今日の夕暮れ前――といってもすでに正午過ぎなのでもうじきということだろうが、話には出ていたアキバの街からの使節団とやらが到着するらしい。
 〈ニオの淡海〉をぐるりと回ってミナミの街へと入ってきたらしい。つまりはキョウの街よりもミナミへと先に訪れたわけだ。
 それ故に歓迎は行うものの建前は微妙な判断が要求されているようだ。〈自由都市同盟イースタル〉の親善使節が〈神聖皇国ウェストランデ〉の代表者に合うのは、あくまでキョウの都での式典である。
 夕刻に到着した使節団は今晩の休息を取り、明日には〈Plant hwyaden〉が主催するミナミの街を挙げた歓迎パーティーでもてなされるのだそうだ。もちろん、その席には当然〈自由都市同盟イースタル〉使節団の代表だという公子も、キョウの貴族たちも出席するのだろうが「正式な」顔合わせではない。そういう申しあわせなのだという。

「ウェルカムピザ焼けたよー! アンチョビとほうれん草! 美味しいチーズは三割増し!!」
 大歓迎と書かれたエプロンの売り子からボイルはそのピザを一枚買った。なんだかんだで腹は減るのだ。こういう新商品は、新しい料理の実験でもあるし、材料も特別仕入れの質の良いものであることが多い。ボイルは流れに逆らわず、こういう商品は買うことにしている。
「お買い上げありがとね!」
 少年売り子は陽気に声を上げると、紙製の皿に大ぶりに切り取ったピザを一切れ載せてくれる。ラウンドピザではなくて切り売りのようだ。目ざとく空きグラスを指摘してきた少年に追加の飲料を注いでもらいながら、ボイルは何の気なしに「そろそろかね」と尋ねた。
 本日一番ホットな話題なのだろう。
 大通りに面して大型カフェの給仕である少年は、滑らかに「そろそろだと思いますよ」と返事をする。
「東の食材がはいって来るのは嬉しいっすよね。このアンチョビとか」とにこにこ顔だ。
「こいつぁあうまいな」
 頬張ったボイルも同意する。
 〈大災害〉を経験した〈冒険者〉は――つまり全員という意味だが、多かれ少なかれ食い意地が張るようになる。あんな生活を経験すれば当然だが、美味しいものに目がないし、新メニューが増える出来事には敏感で、いつでも大歓迎だ。
「でしょう、今日は採算度外視だよ」
「そうはいっても儲かるんだろ?」
「度外視しても、〈冒険者〉さんは美味しいものには本当に金払ってくれるんだよねえ! 毎度ぅ」
 赤い頬でニコニコ笑う少年が差し出したがま口に、ボイルは数えもせずに金貨をひと掴みいれてやった。

 その時、南東側から歓声が響いた。
 距離があるのか低いどよめきとなってそれは近づいてくる。
 飛び上がり、カフェの端まで飛び出していった売り子はすぐに駆け戻ってくると「到着したみたい! 百人くらいの行列が、いま、大通りを進んでくるよ。すぐ前を通る!」 と報告してくれた。先程の支払いから上客と判断されたのだろう。
 このガーデンカフェは建築物でいえば二階建てほどの高さにある。廃墟利用のちょっとした空中庭園といったところで、〈サウザンディ・ウォーク〉を見下ろすことができる。
 武器防具を鍛冶屋に預けて補修を頼んでいる関係上、今日は郊外に出て戦闘することは避けたいという思惑はあるにせよ、ボイルも結局は、東からの一行を見てみたくてここに陣を構えていたのだ。

「ねえねえ格好いいお兄さん教えてよ、あちらさんどんな感じなの?」
 さして時間を置くことなく、騎士団が先導するような形で群衆がかき分けられ、〈サウザンディ・ウォーク〉を行列がゆっくりと進んできた。大半は騎乗しているが、馬車や徒歩のメンバーも居るために、その速度は穏やかなものだ。周辺からの好奇心を含んだ歓声に手を振る余裕もある。
 「どんな感じか?」というふわっとした問いを受けたボイルは、顎に手をやってボリボリと掻きながら「あっちのメンバーか」と問い返した。
 澄まして頷く売り子の表情を見れば、解説を頼みたいということだろう。ボイルはこのあたりでは数少ない戦闘職の遠征メンバーであると知られているから、この売り子は最初から目星をつけて近寄ってきたに違いない。
 冒険者にとっては娯楽に属するうわさ話であっても、彼らのような立場の人間にとっては、収入を左右しかねない重要情報なのだ。聴き覚えた噂話を披露すれば情報料がわりにたっぷり買い込んでくれる〈冒険者〉だって少なくはないだろう。
 この可愛らしい少年は、なかなかにやりてということだ。

 そしてそんなタフな大地人魂が嫌いではないボイルは、にやりと笑うと、手始めにと言った様子で先頭付近でいままさに大通りを通りかかろうとしている青年を示してみせた。
「――あの馬に乗ったチャラい感じのがカラシンだな。〈第八商店街〉のギルマス。規模はでかいなあ、生産系ギルドって言うよりもサークルノリで……。腕利きだよ、でかい組織切り回す連中はみんなバケモンだ」
「そっかあ。そうだよねえ。大きいおうち大変だもんね」
 小さなメモに必死に書き込んでる少年は、ウンウンと頷いている。
 彼自身も思うところはあるのだろう。生き馬の目を抜く商業の都、ミナミでこれだけの飲食店を開くということは、戦闘能力の有無とは別次元で卓越していることは間違いがない。
 〈大地人〉って言う存在は誰も彼もが健気で、へこたれず、大した連中だとボイルは思う。ナインテイルがあんなことになったのに、泣き言らしい泣き言を聞いたこともない。
 ミナミの〈冒険者〉はだれしもどこかしらの罪悪感を持っているはずだ。人よりそれが大きいと自覚するボイルが、彼らに同情的なのはそれもある。

 ボイルはそんなことを考えながら次の解説対象を視線で探す。
「その斜め後ろで女の子つれてるのが、ソウジロウ。〈西風の旅団〉のギルマスで、まあ強いな。壬生狼の弟子筋だ」
 よくは知らないのだが、弱いはずはないだろうという予想で、ぞんざいな解説を続ける。こうして眺めていると、いかついところも、厳しそうなところも感じない、春の木漏れ日のような笑顔の青年だ。
「そうなの!? じゃあやっぱりすごく強い剣士様だね」
「強いだろうなあ」
 確信はないながらも、ボイルは頷いた。カズ彦はこのミナミでは最も有名な剣士である。護民の司という役職も得ていて、不逞な〈冒険者〉の取締りを行う剣士集団〈壬生狼〉は、ミナミの〈大地人〉の圧倒的な支持を得ているのだ。そのカズ彦の弟子に当たると聞いた少年のはしゃぎぶりは、凄まじいほどだった。

「お兄さんよりも強いよ?」
「まあそりゃそうだけど、あのクラスはバケモン揃いだぞ」
 ボイルはエールを煽ってそう続けた。
 たしかに目の前のソウジロウもボイルも九十オーバー(ハイレベル)の〈冒険者〉ではあるが、その実力にはかなりの開きがあるはずだ。大規模戦闘(レイド)での経験を積み〈幻想級〉(ファンタズマル)装備で固めた戦闘系ギルドの連中の実力は、ボイルのような「そこらのダンジョンで稼ぎを得ている」程度の武闘派とは別次元だといえるだろう。
「さっきのカラシンさんもそうだけど、同じ〈冒険者〉からバケモノって呼ばれるのってどんだけなのさ?」
 そんな実感を持たない売り子の少年の質問は、無知だからこそに純粋だった。ボイルはひとしきり顎先をこねくり回すと、自分でも下手だとわかっている説明をひねり出す。
「強くなっていけばなっていくほど、敵との戦いって言うよりも〈冒険者〉同士の格付けで抜け出すかどうかになっていくんだよ。あるいは自分自身との戦いっていうか」
 まあ、実際そうだろう。
 あえて強がりを言うのならば、ボイルとソウジロウが、ボイルが普段通っているような稼ぎ場(ダンジョン)で盾職を努めたとする。そのとき、残酷なほどの実力差は露呈しないだろう。ソウジロウのほうが強いのは事実だろうが、一日の稼ぎが二倍も三倍も違うということはない。まあせいぜいが二割、三割というところだろうか。ボイルにだってそれくらいの自負はある。
 しかしそれが、未見の場所、未見の相手、そして限界状況での激戦ということになれば話は異なる。そもそもそういう状況では、二割三割の実力差が明暗を分けるのだ。足りれば勝てるが、足りなければ勝てない。その差は残酷だ。さらにいえば「未知の強大な敵と戦う経験」がボイルには圧倒的に足りない。そんな状況で闘志を保てるとはとても思えない。
 とは言え、ボイルのそんな心の内側が、眼の前の少年に伝わるわけもないのだった。彼は幼い仕草でしきりに首をひねっている。
「……まあ、とにかく。他人と同じことをやってたら他人と差はつかないんだよ。他人がびっくりして絶対やらないようなことをするから抜け出せるわけだ。もちろんただの奇人変人で終わることもあるから、気合と運が大事だけどな」
「そっかあ、そうなんだあ」
 まだよくわかってないなりに、何かを呑み込んだのか、少年は頷いた。強いやつが変わっているわけではなく、変わったことをやったから、そしてそれが運よく成功したから抜け出した強者になれたのだ、とボイルは思う。自分は普通が好きだから度を越した逸脱は無理だと。

「そういう意味じゃ、その後ろ。豪華な馬車にピッタリつけてる、赤髪の男はすげえだろうな」
「あれだれ? なんか悪者っぽい顔して笑ってる」
 子供の悪意ない指摘にボイルは笑いだしてしまった。
「アイザック。〈黒剣騎士団〉のギルマスにして筆頭戦士だな。ヤマトで一番強い戦士職は、あいつじゃねえかとおもう」
 戦闘動画で見たその鬼神のような強さを思い出して、ボイルはそう告げた。
 〈D.D.D〉のクラスティ。
 〈ハウリング〉のナカルナード。
 〈黒剣騎士団〉のアイザック。
 この三人がヤマトサーバーの三大〈守護戦士〉だということは、〈エルダー・テイル〉の日本人プレイヤーであればほとんど異論を挟まないだろう。押し出しや実績の意味で、この三人は隔絶していて追いつけるような〈冒険者〉はまずいない。
 〈エルダー・テイル〉の大規模戦闘(レイド)システムにおいて、最優の盾職は〈守護戦士〉である。大規模戦闘(レイド)の突破実績で言うならば〈西風の旅団〉のソウジロウも優秀な盾職ではあるのだろうが、あれは〈武士〉なので結局色物だ。
 その最優の中のトップ三人。そのなかでも、アイザックの見せる闘志は並外れていたように思う。
「ナカルナード様よりも?」
「黙秘権を行使する」
 ボイルはしかめっ面で答えた。
 カズ彦ほどではないにせよ、ナカルナードも今や〈神聖皇国ウェストランデ〉の英雄のひとり。ミナミの街でわざわざ揉め事になるようなコメントをする必要はない。
 そもそもの話、ボイルは大規模戦闘(レイド)経験もないような、どこにでもいる、カンストプレイヤーでしかないのだ。
 アイザックの戦いは動画で見たことがあって衝撃を受けたが、ナカルナードの情報はギルドの公式ブログで読んでいたレベルだし、クラスティにいたっては所属ギルドが巨大すぎてどこまでが盾職の手柄なのかさっぱりわからない。
 ――つまりは、さっきの判断もどこまで当てになるものかわからないのだ。どこまでいっても、高校が一緒だった友達でもない後輩がプロ野球に行ったので「あいつはすげえよ」と褒めてるような、そんなえこひいきにすぎないのは、自分でもわかっているのである。

「あの生気抜けてる人はー?」
「あー……あいつは。流れ付与術士のシロエだ。ギルド作ったんだっけか」
 いやしかし。
 それでもなあ。
 やっぱりアイザックは強いと思うんだよなあ。
 などとボイルがひとり孤独に頭を捻っている間も、アキバからの使節団は大通りをどんどんと通過していっているようだった。
 売り子の少年に声をかけられたボイルは、そこに見知った名前を見つけて、あまり考えもせずに答えた。

「あの人もすごいの?」
「――あいつとは一緒にダンジョンに行ったことがあるよ」
 ボイルはそんな風に言った。
 答えてみれば意外だが嘘ではない。しかも片手に余るほどは一緒に出かけたことがあるはずだ。この行列に連なる名だたるメンバーのうちひとりと、一緒に一時的ゾーン(インスタンス)に潜ったことがあるだなんて、自分のことながら不思議な感慨がある。
「ええっ! すごい。お兄さんやっぱり有名人だったんだ」
「ちがうちがう。あいつ昔はソロプレイヤーで、野良での募集もたくさんしてたからさ。あいつと一緒に冒険したことがあるやつは、大勢いるんだよ」
 いままでとは比較にならない、キラキラした笑顔に見つめられて、ボイルは慌てて手を振った。
 シロエは昔はなんとかという大手の戦闘ギルドだかなんだかに所属していたらしいが、ボイルが〈エルダー・テイル〉にハマってた頃にはそれはとっくに過去の事になっていた。
 友人から聞いた話でも、シロエは、ただの流しの〈付与術師〉(エンチャンター)というだけのプレイヤーだったはずだ。上手いとは言われていたが、そこまでのオーラを感じたことはない。

「じゃあたいしたことないの? 疲れた顔してるし」
 その指先に視線をやれば、まあ、ひどい顔をした青年が見える。
 怒ったような、困ったような、難しい表情。それでも根底にある人の良さが透けてしまっていて、「苦労」というタイトルの写真集が出るのなら、その表紙に抜擢されそうな絵になっていた。ボイルはそんなのっ絶対買わないが。
「いいや、あれだってバケモノだ」
「ええっ?」
 たしかに、初めて一緒にダンジョンに行った時、別に噂ほどじゃないと感じた。むしろその時、やはり野良で初対面だった〈森呪遣い〉(ドルイド)の新人の腕がいいんだろうと褒めた覚えがある。その日の稼ぎとラッキーさに全員で感謝したものだ。
 シロエはもちろんミスなどはなかったし、手慣れていたけれど、特別な凄みを感じるプレイは一度も繰り出さなかった。秀才だなあ、程度の話で、そんなプレイヤーは〈エルダー・テイル〉においていくらでも見つけることができるのだ。

 二回目、同じくらい上手な〈回復職〉に当たってやはり順調に周回稼ぎが終わった。
 三回目、同じくらい上手な〈回復職〉に当たって、同じように敵が出て、同じように順調に倒して、同じように順調に終わった。
 四回目、同じくらい上手な〈回復職〉が鼻高々になっているのを見て、上手にプレイさせてもらっている〈回復職〉(そいつ)と自分自身を発見した。

 同じようなタイミングで出現するモンスターと、同じような攻撃しか繰り出してこないモンスターと、図ったように同じ経路で巡回してくるモンスターを倒すのは楽勝すぎて、これなら何回やっても同じ結果になるはずだと驚嘆する。野良で集めた腕のバラバラなメンバーでダンジョンに入って、そんなに安定するわけがないのだ。トラブルが起きないわけがない――しかしその日も順調に終了したのだ。

「バケモノだろ。なんせ一緒に戦っても、あいつがなにをしてたか俺にはろくに説明できないんだから」
 理屈は、おおよそ分かるつもりだ。
 ダンジョンの構造を理解して、モンスターの巡回を秒単位で計測して、戦闘や休憩の速度を調整すれば、不意の遭遇戦を避けることができる。モンスターの追加や不意打ちがなければ、〈回復職〉に瞬間的な負荷がかかることもないから、安定した戦闘をこなせる。
 多分、そういうことだ。それだけしかしていないというのは、技術的な理屈として理解できる。しかし、技術的な仕組みの理解と、実現の間には致命的な乖離があるのも事実だった。

「さっきもいっただろ? 上の連中はどいつもこいつもバケモノ揃いだって」
 目を丸くする売り子の少年に、ボイルは重ねてそう告げた。
「すっごいねえ、東の人って怖いんだねえ」
 ピザの最後の一口を頬張ると、ボイルは肩を落とした。
 この少年くらい無邪気に過ごせたらどんなに幸せか。
 ここ最近のボイルの雇い主は、そういえば、そのなんとかでシロエと組んでいたことがある女性なのだ。あんなにおっかない女と一緒のギルドで遊んでいたというだけで、ボイルはシロエに対して畏敬に近い念まで覚えてしまった。
「――〈Plant h(うち)wyaden〉の上だって、他所のこといえないくらいバケモノ天国なんだぜ?」
 でかいギルドの頭を張ったり切り盛りしたりするような連中は、やはりみんなどこか並外れているのだ。ストレスで頭がおかしくなってしまうことだって、それはあるだろう。
 なんだか無性にウィカが恋しかった。
 胸の大きな可愛らしい世話焼き娘の〈大地人〉と仲良くなりてぇなあ。ボイルは平穏な日常を求めて、売り子の少年の頭をがしがしと撫で回すのだった。

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