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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ログ・ホライズンEp13 夜啼鳥(ナイチンゲール)の唄

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◆3.01



 ミノリだって社交辞令という言葉は知っているし、いくらシロエを尊敬しているとはいえ、シロエがそういう方面ではかなりぼんやりしていると言うのは、すでに一年以上の付き合いで察している。だから「今度時間を合わせよう」という言葉も額面通りに受け取ったりはせずに、折に触れて催促しながらも、何かお祝いとかそういうきっかけで出かけられれば良いと思っていた。
 しかし、どういう風の吹き回しか異世界の加護なのか、翌朝の朝食時間にはシロエのほうから「午後に一緒に出かけようか」などと言われてしまったのだ。ミノリとしては「はい!」と答える他ない(トウヤに言わせれば「ぴゃぃ!?」と言ってたそうなのだが)。

 大急ぎで身なりを整えてギルドホールの玄関口に出てみれば、ブルーグレーのパーカーを羽織った普段着のシロエがいて、ちょっと猫背に手元のメモに視線を落としていた。駆け寄ると視線を上げて「うん」と頷いてくれる。
 ミノリの心は華やかに跳ねた。
 シロエは衣装持ちではないから、初めて見るわけではないけれど、それでもラフな私服でのお出かけということでなんだかやけに決まって見える。身体のラインが出ない野暮ったい服装(五十鈴には評判が悪い)を好むシロエだが、サファリパンツから覗くふくらはぎのラインなどは普段見ない男らしさで格好いいなあ、とミノリは思うのだ。

 爽やかな風が吹く街に出ると、考え込む表情のシロエの隣を歩いた。
 ギルド会館に務めていると色んなひとと話すことになる。多くは商業系ギルドの若い生産職か、〈大地人〉の若手商人だ。そういうひとは大抵〈記録の地平線〉を秘密結社? のように思っているし、シロエのことを気難しくて苛烈な策士だと思っている。気の弱いひとは怯えているし、そうでなくても恐れてはいるようだ。
 そういう人たちがたどたどしく話すその理由は、まず第一に「〈円卓会議〉成立の会議で、薄ら笑いを浮かべながらアキバの全ギルドを滅ぼすと脅した」ということであり、二番目に出てくるのは「レイネシア姫が〈七つ滝城塞〉《セブンスフォール》へ向かうと軍を発したとき、〈大地人〉など助ける必要はないと突き放した」ということである。にゃん太に話を聞いたところ、当たらずとも遠からずのようなのでミノリとしても反論にこまる。
 しかし、そういう有名なエピソード以外の部分で、アキバの街でシロエが遠巻きにされているのは、こうして歩いているときの表情が非常に不機嫌そうだというものなのだ。
(そんなことないのになあ)
 ミノリは確認するように、シロエの横顔をじっと見上げる。
 何度か知人にも話を聞いたのだが、いまシロエが浮かべている表情は、彼らにとって「不機嫌そう」に該当するらしい。でも、ミノリから見れば「真剣に考えてる」だけに見える。
 むしろ凛々しくて良いと思うのに。
(良いと思うとか、偉そうだった! ごめんなさいシロエ先生)
 ミノリは慌てて(頭の中で)否定して首をブンブンと振る。だが、シロエの視線は数メートル先の地面に固定されたまま歩む速度は落ちなかった。ミノリの失礼な考えはバレなかったようだ。
 きっと色々考えているのだろう。
 何を考えているんだろう? シロエの頭の中を想像すると、ミノリはワクワクした気分になる。

「まず」
「はい!」
 シロエの確認するような低い声に、ミノリは勢い込んで返事をする。
「〈超級市場〉に行こう。大規模戦闘(レイド)準備の中で最も大事な物資は〈属性対抗水薬〉(レジストポーション)だ」
「え? あ。はい」
 どこにいくんだろう?
 銀葉樹の広場かな。屋台横丁かな。
 吟遊詩人の唄を聞きに行くのもいいな。
 などと考えていたミノリだが、考えが浅かったことを恥じた。
 そもそも今日は大規模戦闘(レイド)に必要なアイテムの購入が主目的だったのだ!
 ミノリは気合を入れ直すと、我ながら俊敏だと思える動作でお手製のメモ帳を取り出した。
「一般的な〈秘宝級〉装備では同レベルの属性魔法攻撃のダメージを平均二十五パーセント程度カットできる。ミノリが今つけているような装備だね」
「〈天女の打ち掛け〉や〈春紅袴〉ですね」
 今日はもちろん街なか用の外出着で、戦闘装備ではないがミノリのそれもだんだんと揃ってきている。
「もちろんこれは平均で、火炎、冷気、電撃、光輝、邪毒、精神の六属性それぞれを均せばそれくらい軽減できると言うだけで、装備によっては得意不得意がある。火炎は四十パーセント軽減できるけれど冷気には弱い装備とかね。レイドボスの情報が予めわかっている場合は、耐性装備の相性を確かめて最適のものを揃えておくことも重要だ。〈回復職〉(ヒーラー)の呪文の幾つかは、特定の耐性に対する防御能力を与えてくれるものもある。ミノリもつかえるよね」
「はい!」

 語るシロエについて、大通りに構えた立派な店舗にはいった。
 〈超級市場〉。〈第八通商網〉系列の高級戦具店だ。防具こそ扱っていないが、武器や消耗品を扱っている。〈西風の旅団〉の御用達でもあったはずだ。
 まだ昼前ということもあって店内は空いていた。
 二階と三階は武具が展示されている。とくに錫杖や飛び道具が充実していると、噂で聞いたことがある。一階はそれらに比べればある意味安価な消耗品がところ狭しと並べられている。
 顔のついたもの、羽の生えたもの、文字の刻まれたもの、滑らかなものやゴツゴツしたもの、様々な形のビンにそれを上回るほど色とりどりの液体が満たされたもの。半透明ながら煌めく珠や、墨と朱で鮮やかに描かれた呪符。箱に詰められた煌めく粉。膏薬に点眼薬。ボタンや、ブローチに、ヘアバンド。靴下留めに、鮮やかなネクタイ。
 一角には天井に届くほどの様々な素材が展示されたガラス棚。長さも様々な狩猟矢とクロスボウの短矢(ボルト)。獣の牙で作られたじゃらじゃらとした数珠に、不吉な紋章で封じられた人形たち。
 シロエは店番に軽く手を上げると、向こうは畏まった表情で頭を下げる。ミノリはフォローするために何度もペコペコとした。なんでシロエが脅したような顔をするのか理解に苦しむ。
「でも装備の手配にはお金がかかるし、属性軽減だけに注目すると、装備全体の性能が悪化することもよくある。呪文に関しては多くの場合パーティー向けで、自分の周囲の一部隊は守れても大規模(レイド)部隊すべてを守ることは難しい。そこで重要になるのが、ポーションなんかの使い捨て装備だ」
「消耗品ですよね」
「そうだね。使ったらなくなる。でも、短期的な効果は強力だ。レベル相応の〈属性対抗水薬〉を使用すれば、十五分程度、同格の相手からの属性攻撃を十五パーセントほど軽減できる。装備や呪文と合計すれば半減することが可能だ」
「大きいですね。ちょっぴりお財布心配ですけど」
 ミノリは〈魔法の鞄〉(マジックバック)からガマグチ財布を出して確認した。無駄遣いはしてないのだが、普段買わないものなのでちょっぴり心配だ。店内にも「まとめ買いが大幅お得!」と赤文字で描いたポスターが乱舞しているが、それはもしかして、少数で買うと高くなってしまうという意味なのではなかろうか?
九〇レベル(ハイエンド)な消耗品は高いけれど、ミノリがいま準備するのは五〇から六〇レベルの品物だから、あれれ。思ったよりも安いね」
 ミノリは相場がわからないのでちょっと高級品かな、と思っていた呪符を持ち上げたシロエは、思案顔でそんなことをつぶやいた。

「ひゃあ。シロエさん、ミノリさん。こんちは! それ〈シルバー・ソード〉が素材を流してくれてるからー」
 そのつぶやきを拾ったのかもしれない。
 明るい声で返事が来た。
「そっか。タロも商品補給?」
 そこにいたのは荷物満載の木箱を胸の前に抱えた〈狼牙族〉の少年、タロだった。シロエは気安く挨拶をしているが、〈第八通商網〉所属の――というよりミノリにとっては〈円卓会議事務局〉によく届け物をしてくれる尻尾のひと、という印象が強い。「お邪魔してます」というミノリの声に、タロはにひひんと笑うと、商人らしい抜け目のなさですかさずアピールをする。
「今日は店番! いっぱい買っていってね。大規模戦闘(レイド)準備? 三千枚買ってくれるなら五パー引くよ?」
「むむむむ」
 シロエが積み上げている藤の籠にはすでに相当な量の水薬(ポーション)が選ばれている。暗算してみたミノリは、合計金額がそろそろ値引き領域なのを確認して眉根を寄せた。五パーセント引きは嬉しいけれど、散財だ。
 今は説明が先、かな。と答えたシロエにタロは尻尾を降って(両手は何しろ塞がっているのだ)挨拶をすると二階へ商品を運んでいった。
 なんとなく顔を見合わせて、くすりと笑ってしまったミノリは、そのままシロエの教えをメモに取ってゆく。

「――次に重要なのは矢弾の類。弓や弩で使う弾だね。普段使いのものは手作りでいいけど、大規模戦闘(レイド)につかうのはお金をかければ威力も付属効果も強力なのを購入できる。遠距離攻撃をする〈暗殺者〉(アサシン)〈吟遊詩人〉(バード)には重要なんだけど、ミノリは弓を使わないから今日は割愛」
 指差して説明してくれたのは矢の数々。
 透き通った鏃や、不気味な螺旋の矢など本当に盛り沢山だ。
「わかりました」
 九〇レベル用のものになるとぞっとするほどお値段が高い。
 買うわけでもないのに背筋がヒヤッとしてしまう。
「〈解毒薬〉や〈蘇生珠〉も重要だ。どちらも〈回復職〉(ヒーラー)の呪文で対応できるけれど、逆に言えばこれらの消耗アイテムを使うことで、〈回復職〉(ヒーラー)の負担を軽減できるからね。同じように〈魔法攻撃職〉(キャスター)の負担を軽減するなら〈暗視の軟膏〉や〈浮遊の呪符〉なんかも用意したい」
「うううう」
 ミノリが唸ってしまうのにも理由がある。
 このコーナーのアイテムは誰にでもつかえるから、なんていう理由でシロエは籠にアイテムを突っ込んでいくのだ。それだけならまだしも、「在庫持っておこうか……」などという独り言ともに〈解毒薬〉四十八本入りの仕分け箱を精算予定のカートに運んだりする。ちなみにそのひと箱で金貨八百枚だ。
「ここまでが一般的な消耗品の類で、二十四人それぞれのメンバーが最低十個ずつは用意したいわけだけど、これ以降はクラス毎に用意すべきアイテムとなっていく」
 積み上げた荷物を見ればわかるが、どう見ても四十人分はゆうにある。
 もちろん〈魔法の鞄〉(マジックバッグ)を活用すれば持ち運べないなんてことはないが、そういうものなんだろうか?
(そういうものなんだよね)
 ミノリは深呼吸をして覚悟を決めた。
 聞いた話だが、シロエはエッゾに向かうとき三百人分規模の大規模戦闘(レイド)消耗品を揃えて向かったらしい。「備える」とは、シロエにおいてそういう規模の準備行動を指すのだ。そしてそれは、正しい。経験者であるシロエがそういうボリュームを前提に準備をするのならば、むしろ、それが基準なのだ。
 未経験でお財布を気にしているミノリが、ビクビクしている気持ちだけで手控えていいことなど、きっとないにちがいない。
(レイドの準備は、迷ったらたくさん買う)
 ミノリはメモを書き付けた。
 白いページの中のその一行を赤丸で囲ってみる。
 気持ちが決まれば楽になった。

〈暗殺者〉(アサシン)〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)なんかは毒が有名だね。武器攻撃に追加ダメージを付与できる。レベル毎に種類も威力も様々なので数百種類あるから、これはそのクラス当人におまかせがいいね」
「わかりました」
 気持ちが決まれば、これだって授業だと素直に飲み込める。
 お買い物から大規模戦闘(レイド)は始まっているのだと、シロエが教えてくれているのだ。
〈戦士職〉(タンク)であるなら〈補修の粉〉は重要だ。防具の耐久性は戦闘で低下する。戦闘不能になって蘇生した場合は特に大きく失われる。修理すれば問題ないけれど、ダンジョンの奥でそれが難しい場合はこれでごまかして保たせることになる」
 理知的な眼差しで商品の特徴や必要性を教示(レクチャー)してくれるシロエは、いつも通り『先生』だった。
 それがなんだか嬉しくて、ミノリはやけにわくわくしてしまう。
〈魔法攻撃職〉(キャスター)は様々な呪符が該当する。呪文の威力を増加したり、一部変更したりする。これがまた金食い虫なわけだけど」
「はい!」
「――ミノリ、楽しい?」
「もちろんっ」
 ミノリは自分で緩んでいると自覚できる状態で頷く。
 ――〈電撃の毒〉〈衰弱毒〉〈補修の粉〉〈小転移の呪符〉〈斬撃の呪符〉。メモにはたくさんの知識が書き連ねられていく。何度も受けたシロエの授業であっても、ミノリはその場にいられることが嬉しかった。
「そっか」
 シロエは少し考えて、はにかんだように笑った。
 ミノリの中の柔らかい部分が、着信を受けたようにブルブルと震えた。
 シロエから電波のようなものが飛び出して、ミノリの気持ちを揺さぶるのだ。もしかしたらそれは電磁波なのかもしれない。だとすれば温度の上がり続けるほっぺたのことも説明がつこうというものだ。

 正直に告白すれば、買い物を言い訳にシロエとデートをしてみたかった下心が、なかったわけではない。そういうロマンティックな願いがあって、服装だって一番可愛いものを選んでしまったのは事実だ。
 でもこうして、五十鈴などに指摘されてしまうところの「全然それっぽくないダメダメなデート」「色気のない失格授業」を受けているミノリは、とても幸せな気分なのだった。
 一回でも、普通の男女交際的なお出かけをすれば、自分の気持ちの在り処がどこにあるのかわかるかもしれない――そんな風に思っていたミノリだが、別の意味で思い知ったこともある。
 やはりシロエのことは、好きなのだ。
 一緒に居てこんなに気持ちが弾んで、こんなに楽しくて、色んなものがキラキラして見えて、知らなかった世界を見せてもらったような、どこまでも強くなっていけるような、そんな気持ちにさせられるのは、そういうことなのだとしか思えなかった。
 先生なのか男性なのかは、まだはっきり区別はできないけれど。
 そもそもその二種類が区別できるものなのか、区別していいものなのかわからないけれど。
 名前をつけて選んでしまった途端に、あっというまに砕けてなくなってしまいそうで怖かったけれど。
 やはり、好きは好きなのだ。

「そんなわけで、ミノリは〈ヒトカタ〉だね。どっちがいい?」
「はい?」
 差し出された、紙を切り抜いて作られた人形の呪符に、ミノリはきょとんとしてしまった。
 物思いに沈んで話を聞き飛ばしてしまったらしい。
 〈ヒトカタ〉は、〈神祇官〉(かんなぎ)クラス専用の消耗型アイテムだ。呪符の一種で、術者が用いるダメージ遮断呪文を強化する。ダメージ遮断量が上昇すれば、それはつまり対象のヒットポイントが擬似的にでも上昇したのと似た効果だ。HP回復呪文の節約につながる、〈神祇官〉(かんなぎ)の中心的な固有呪文である。
 〈桜枝(おうし)のヒトカタ〉はダメージ遮断の量その物を強化する。
 〈姫金魚のヒトカタ〉はダメージ遮断呪文の射程を延長する。
 どちらも五〇レベルから六〇レベル程度で実用できる使い捨てのアイテムだ。
「えーっと、どっちを買えばいいんですか? いつ使えばいいんですか?」
 ミノリは途方にくれる。
 こういうアイテムは持ってないわけではないが、使いどころが難しい。ついつい惜しんで、荷物のそこで眠っていたりする。買う事よりも、使うほうが難しいのだ。
 肩を落としたミノリに笑いだしたシロエは、両方の呪符をひと束ずつ籠に入れて、頬を掻いた。
「これさ。今日のところは僕が払うよ」
「え?」
「お祝いっていうと変だけど。ミノリが、大規模戦闘(レイド)に興味持ってくれたみたいだからさ。……僕たちもたくさんやったから、入門者が増えるのは嬉しいんだよ。そしてね」
 シロエはなんだか恥ずかしそうに、でも嬉しそうにミノリに話しかける。
 そんな風に言ってくれるのは、レリアとリトカの姉妹が接近を告げた〈典災〉と、その引き起こす大規模戦闘(レイド)が念頭にあるのだろうと、ミノリは気がついた。ミノリたちレベルが中途半端なものたちはもちろん参加しないだろうが、それでもひとつのきっかけとして、大規模戦闘(レイド)の知識を伝授しようとしてくれたのだろう。
「使いどころは、アイテムが教えてくれるよ。勝ちたいって願えば、正しい使いどころが、ミノリにはわかると思うよ」
 その気遣いは、なんだかとても不器用で、ミノリはまた胸が痛むような幸福と切なさを感じるのだった。



◆3.02



 しかし意外にも――。
 そう、意外にも〈典災〉は想像していたようにアキバには現れなかったのだ。

 〈円卓会議〉を介して大手ギルドはもちろん主要戦闘ギルドにも警戒を促したにも関わらず、一週間が経過してもアキバに変事は起きなかった。
 もちろん待ち受けるだけではなく〈西風の旅団〉や〈黒剣騎士団〉を中心に探索が行われ、その範囲は関東地方一円に及んだが、それらしい痕跡は発見できなかった。
 「黒くて大きい」という証言の詳細をシロエは更に尋ねたが、姉妹のうちエレイヌスを見たと証言するのは妹のリトカのみであり、そのリトカといえば、姉のレリアに輪をかけて粗忽者であるようだった。
 彼女の語る言葉も「黒くて大きかった」「顔はなかった」「鹿さんみたいな角があった」「紫色のぐるぐるだった」「難しいことを喋った」「鳩時計みたいだった」「手下いっぱいだった」と、まるで謎掛けのような(本人にはそのつもりがなくて、ただ単純に語彙と観察力がが不足しているだけなのは明白だが)言葉であって、シロエとしてもそれ以上手のうちようがなかったのだ。

 もちろん、一度預かった客人を放り出すわけにも行かないし、そういう人情味の薄いメンバーは居ないのが〈記録の地平線〉である。姉妹はギルドハウスに居着き、なんだかんだと馴染んでいった。
 彼女たちと一緒に過ごす役目は年少組であって、拾ってきたという責任感を感じるのか、年長組がややびっくりするほどこまめに面倒を見ていた。とはいえ、〈典災〉襲来への警戒を取りやめたわけではない。年少組が面倒を見ればそれで良し、というのは不用心にすぎる。ということになって、この一週間は彼らの行動に、年長組から一名はお付きがつくというのが、新たな日常となっていたのだ。

「そこでぼくー!」
 とりあえず手を降ってアピールしてみてから、てとらは口をへの字に感情表現をしてみた。
 理屈はわかるのだが、〈彷徨う貧乏姉妹ワンダリング・プアキュート〉の警護を担当するというのは、なかなかに内心割り切れないものがある。
 もちろん手は抜かない。
 いかなる経緯を経たものであろうと、彼女たちはてとらの身内になったのだ。家に招いたものを守るべきであり、見捨てるのはクズである。てとらにおいてその辺りの判断はもはや信仰に属するのだ。個人的にどういう隔意があったところで、そこを捨てるつもりはない。
 それに事情面を考えてもてとらが担当の一部を受け持つのは当たり前なのもまた、理解できている。
 〈記録の地平線〉年長組のうち、もっとも忙しくて換えが効かないのはギルドマスターであるシロエだ。〈円卓会議〉の業務の一部も受け持つ彼は、膨大な量の事務仕事を抱えている。
 この異世界においても地球世界においても、責任者の行うことは判断であることに違いはない。しかし、中世同然の未開社会であるセルデシアにおいては、あらゆる情報の収集スピードや集計速度が著しく遅いのだ。いざ興味を持っても、Webで検索することも、メールで問い合わせをすることもできない。そこで優れた責任者、つまり優れた判断ができる責任者は、平時から判断材料になる情報を集めて理解しておかなければならない。
 機械的な情報処理端末のないこの世界においては「担当者が普段から関連情報を全部まるごと頭の中に入れておく」ことが最善、どころか唯一の正解だということを意味する。
 手抜きをしないシロエは記録をマメに行うタイプだったし、エッゾやツクバにもコネを持ち、リ=ガンやエリッサ経由で〈大地人〉の情報へのアクセスが可能になると、抜け目なくそちらの事情についても情報を押さえ始めた。
 そうしてシロエのもとに情報が集まり、事情通になっていくと、皮肉なもので問い合わせが増えていく。「担当者が普段から関連情報を全部まるごと頭の中に入れておく」はもちろん優れた判断をするためのほとんど唯一の方法なのだが、それが無理ならば「関連情報を知る存在に問い合わせる」ことが次善なのは明白だ。
 つまりシロエのもとへは、シロエが情報収集をしたその報告書と、シロエになにかを尋ねたいひとからの問い合わせが殺到する。シロエははそれを読むだけではなく、返事も書かなければいけないし、新しい情報収集の指示書や、何か事業を推進するための決定書や稟議書も作らなければならない。なにか気づいたことがあれば〈円卓会議〉に対する報告書も必要だ。
 仕事が仕事を呼ぶスパイラル。
 てとらも知っているところのブラック労働である。あまりにも哀れで、新しい仕事を積む気にもなれないのだ。タイプは違うがカズ彦も苦労性ではあるので、群れ長(パックリーダー)というのは難儀だな、とてとらは思う。
 二番目に迷惑をかけてはいけないのがにゃん太班長である。
 もちろん彼がシロエに次いで忙しい――見た目よりもずっと様々な家事をこなしているというのは事実としてあるにせよ、それ以上にてとらが肝に銘じているのは食事のクオリティだ。にゃん太に負担をかけると、食事の質が落ちる。
 〈記録の地平線〉に在籍する利点の中で最も輝かしい(最大という意味ではない)ものが「食事の美味しさ」である以上、にゃん太に迷惑をかけるのは最大の罪と呼ぶべきだろう。彼の時間を奪う訳にはいかない。
 アカツキはああ見えて、腕利きの密偵であり伝令である。高速移動を活かしてマイハマを中心としたシロエの書簡配達を請け負っている。そのうえ、年少組の護衛なども割当分はきちんとこなしているわけで、文句のつけようがない。
 直継は迷惑をかけてもいい相手なのだが、直継が年少組の面倒を見に行くときは、そもそもてとらも同行して、つきまとったりからかったりしているのだ。手配済みというやつである。

 かくして、暇なてとらが単独で年少組の付き添いをするケースが一番多い。
「暇じゃないんだけどね! ぼく人気者だしやることいっぱいあるんだけどね!」
「何言ってんだよ。に……ぇーちゃん」
「ミズ・てとら。そちらに敵は居ないぞ」
「てとらちゃんと呼んでね! っていってるのに!」
 ひび割れたアスファルトをだむだむ、と踏み鳴らしててとらは抗議した。
「てとらちゃん」
「てとてと」
 素直なのはポンコツ姉妹の姉の方だけだ。
「まあこの輝く銀河の女神アイドルてとらちゃんに任せるといいよ!」
 てとらは高らかに宣言した。
 個人的に含みはあるものの、後輩の面倒を見るとなれば、それは狩りの引率である。他ではどうかしらないがMMORPGに於いてそれは定番であり原則だ。てとらがそう思っているのは事実であるし、ことさら主張するまでもなくもとからの予定もそうである。

 一行は〈ボダレルの原野〉に来ていた。
 〈八の運河のハイコースト〉よりも更にアキバに近く、間に挟むゾーンはひとつのみ。その気になれば二十分ほどで戻ることができる直近の狩場だ。アキバから東に〈コルヌ川〉を渡ればすぐそこで、マワシをつけた〈丘巨人〉(ヒル・ジャイアント)が出現する手頃なゾーン。地球世界で言う両国だ。
 この地域は格子状に組み合う街路と崩壊を免れた三階程度の廃墟が混み合っている。その隙間からぬっと顔を出すのが〈丘巨人〉だ。〈丘巨人〉は群れを組まない単体型モンスターだが、出現数は比較的多い。迂闊な場所で戦えば戦闘が連鎖してしまうという、なかなか厄介なゾーンでもある。

「準備はいいかあ! 点呼!」
 はい。はい。はーい。ふしゃおーふしゃおー! と手を上げるのは五名。
 トウヤにルンデルハウス、五十鈴の年少組三人にレリアとリトカの問題児姉妹二名だ。ミノリは「急遽お小遣いピンチです!」ということで割の良い〈円卓会議〉の事務バイトに、セララの方は「少ないチャンス少ないチャンス」と唱えながらにゃん太と素材採集に出かけてしまっているため、その残り物メンバーが本日の狩り参加者である。

「さて、本日は〈丘巨人〉を()ります」
「なんか不吉なこと言ってない?」
「はい!」
 首を傾げる五十鈴の横で元気よく挙手をしたトウヤに、てとらはすかさず「トウヤくん!」と指差しで発言を促した。
「ジャイアントは大きい!」
「正解!」
 てとらは花丸花丸、と節をつけて指を振る。このあたりはノリと元気が優先だ。そういう意味で、年少組男子は実に見どころがあると、普段からてとらは評価している。
「食べるところがたくさんあります!」
「食べちゃだめでしょ……」
 ポンコツ妹の方はよだれを垂らしているが、それは不正解だ。〈丘巨人〉は直接的には食料アイテムを落とさ(ドロップし)ないし、食材アイテムも同様。
 得られるドロップアイテムは、壊れた棍棒、砕けた原石、石臼のような歯、巨人のバックル、巨人の心臓、剛力の雫などだ。この中で有用なものは最後の三種程度で残りはゴミである。これはなにも〈丘巨人〉に限った話ではなく、多くのモンスターにおいてそんな割合だ。適正な種類の生産サブ職を持っていれば壊れた棍棒や砕けた原石を素材として扱えるが、効率面からそこまでして集める必要はない。

「まあまあ。注目。ぼくの話を聞くように! 今後君たちは、大きな敵とどんどん戦うようになります!」
「そうなの?」
 リトカのくてんとした疑問の態度に、てとらは思わず「きみも大規模戦闘(レイド)経験者でしょうが!」と突っ込みそうになるが、話を進めることを無理やり優先する。
「そうなのっ。なぜなら〈エルダー・テイル〉ってそういうゲームだから。強い敵はたいてい大きい。ボスいこーるデカイの法則なんだよっ。もちろん強い敵は色んな技を使ってくるけれど、大きいと言うだけで視界が遮られたり間合いが広かったり手強いの。今回はそんな大きな敵の中ではかなり雑魚っぽい感じの〈丘巨人〉を倒してもらいます」
「おー。腕がなるぜ。」
「魔法にサイズは関係ないと証明してあげよう」
 協力的な男子に癒やされて、てとらは何度も頷いた。
 戦闘なんて言うものは、案ずるより有耶無耶ゴー! っていうものなのだ。

「じゃ、ちょっとまっててねー」
「え。あれ?」
 そんなわけで、てとらは短い言葉を言い置いて、一気にその場を離れた。
 九十四なんていうほとんど最高位のレベルに任せて駆け出せば、スクーターよりも大排気量バイクに近い速度で〈丘巨人〉を発見! 速やかに接近! ぱちんとウィンクで視線を合わせる。
 殴ったり呪文を使わないのは余計なヘイトを稼がないためだ。
 そのまま駆け抜けて、二匹、三匹と敵を引っ掛けると満を持してぽかんとしている年少組のもとへと駆け戻り、自分にヘイト低下呪文(パシフィケーション)を唱えれば、目標を見失った巨人の群れはキョロキョロと周囲を見回して、その場で最も存在感のある戦士職――つまり〈武士〉(サムライ)のトウヤに殺到する。
「うわああああああ!? ななな、なにやってんだよてとにぇーちゃん!?」
「よーし、次釣ってきちゃうぞぉ」
 てとらは脇目もふらずにその場を離れる。
 狩りなどというものは所詮場数なのだ。
 回数は裏切らない。
 作業こそ正義。
 伝統的価値観に支えられた新人訓練方法「プル&スラッシュ」を墨守するため、てとらは一〇分あたり六体のペースで次々と〈丘巨人〉を誘引する。
 連れ込みすぎればトウヤたちが潰れてしまうし、隙間があけば効率が落ちる。新人は生かさず殺さず。気を抜いたら全滅しそうなところを見極めて、できる限り高いレベルのモンスターを最大密度でぶつけつづける。それが〈壬生狼〉風の訓練なのだ。
「っていうかこれが普通だよねっ」
「ま、まてっ。ミズ・てとら!! これじゃ僕の華麗な呪文がオーバーフローで」
「ひゃわあー、なんでなんでなんで!?」
「あっちいけキック! あっちいっちゃえパンチぃ!」
 鳴き声混じりの嘆願に、てとらは機嫌よく笑う。ポンコツ姉妹の悲鳴が聞こえるが、これは断じて私怨ではない。私誅は法度にふれるからだ。
「どじゃーん! 五名様ごあんなーい!」
 引率役としての責任を痛感しながら、てとらは「おかわり」を追加した。
 肩で息をしている五十鈴やルンデルハウスのMPは残りまだまだ六〇パーセント。お日様さんさん十一時。嬉しそうな仲間の笑顔をみるとてとらは心底満たされる。
 今日の狩りはたっぷり残り六時間は可能だろう。



◆3.03



「んぅ。なんだこりゃ」
 片手を目の前に持ち上げてアイザックはうめいた。
 鎧を身に着けて眠ってしまったのか、左手は黒鉄色の重装甲に覆われている。まだしょぼしょぼする瞼をこじあけて上半身を起こせば、周囲はマグロのような姿がいくつも転がっていた。
 アイザックのような金属鎧姿。
 鎖帷子の中装鎧に戦槌(メイス)を背負った姿。
 柔らかい暗色の布鎧(ローブ)姿。
 よく見れば十数人全員が〈黒剣騎士団〉だ。
 頭を掻きながら記憶を掘り返せば、昨晩は――昨晩も〈屋台横丁〉の揚げ物で飲みつつ、ギルドメンバーとおだを上げていたはずだ。まあ、この結果から見ればそのまま多くのメンバーは泥酔して路上睡眠となってしまったのだろう。
 〈冒険者〉の性能は素晴らしい。
 この身体はモンスターからの物理的ダメージはもとより、温度変化や騒音にも強く、疲れ知らずで筋力に至っては超人的だ。異世界となってしまったセルデシアにおいてアイザックたち地球人が、曲がりなりにも活躍できているのは〈冒険者〉の肉体が極めて高いスペックであることが理由の大きな割合を占めている。
 しかしデメリットがないわけでもない。
 その代表的なものが、いまアイザックが味わっている「あまりにも不感症すぎる」という点だ。その肉体性能が高すぎるために、野外のコンクリートの上でも、小雪がちらつく冬の草原でも、〈冒険者〉は眠ってしまうことが出来るのである。普段であればさして気にならない欠点ではあるのだが、泥酔してた場合などは覿面(てきめん)にそれが発揮される。
 つまり周囲の光景のように、仲間一同屋外で爆眠を晒す羽目になるのだ。

「おはよー」
 明らかに寝ぼけた声で、ギルドメンバーのキリンがアイザックに話しかけた。小柄な彼女は低血圧なのでこの状態は機嫌が余り良くない。アイザックは近寄らないように「おう」と答えた。
 お互い声が枯れているのは、屋外で過ごしてしまったせいか、酒で焼けているからだろう。
 こうしていても仕方ないとアイザックは立ち上がり、肩を回すとぐきぐきという派手な音がした。〈冒険者〉の身体は高性能で、こんな状況でも痛むなんてことはないのだが、それでも長時間同じ体勢でいればこわばる程度はするのだった。
「んで。ここどこだよ」
 アイザックは胡乱な口調で尋ねた。
 アスファルトというよりコンクリートのような直線が苔むした空中庭園のような場所だ。そのあまりにも細長い形状は、現代地球人であるアイザックには「駅のホーム」という答えをあっさり明かした。とすれば、アキバ駅のホーム廃墟だろう。
 見渡せば見慣れた廃墟ビルがいくつか見える。
 アキバと言うのはさして広いゾーンではないから、〈ギルド会館〉や〈銀葉の大樹〉といったランドマークはおおよそどこからでも探し当てることができるのだ。
「なんだそりゃ」
 次々とうめき声を上げて起き上がる仲間の声を背景にアイザックは首を傾げた。
 空に当たる部分が粘液のようゆっくりと紫色に渦を巻いている。
 空が、と言い切れなかったのは彼方にあると言うほどの距離感はなく、空中すべてがドロリとマーブル模様を描いているせいだ。
 不自然に気がついてみれば、寝ていた場所もおかしかった。
 昨日騒いでいたのはガード下の〈屋台横丁〉であって空中ホームではない。
 もちろん泥酔していたのだから、寝ている間に誰かがここに運んできたという可能性は否定できないが、十数人のメンバーすべてをわざわざこんなところに連れてくるくらいなら、〈ギルド会館〉なり〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉の宿直所なり、押し込む場所はいくらでもあるだろう。
 このホームは、眺めがいいという唯一の美点以外、店舗もモンスターポップも何もない、ひとの近寄らない場所なのだ。
 つまり、不自然なのである。

「つまり、なんだおい」
 アイザックはギルド名の由来となった剣〈苦鳴を紡ぐもの〉を抜きもせずに、ホームを這い回る蔦草の物陰に篭手を突き入れてモンスターを引きずり出すと、握力任せにそいつの体液をぶちまけた。
ダンジョンか(、、、、、、)
 ホームの朽ちかけた金属屋根から飛びかかる、緑色の影を抜き打ちに切り離し、アイザックは地面に転がっていた樹脂製のボロベンチを力任せに蹴飛ばした。
 五人がけのサイズだけは大きな骨組みの椅子は、地表数十センチの高さをフリスビーのように回転しながら飛翔し、身構えていた〈緑小鬼〉(ゴブリン)の群れに突っ込んで蹴散らす。
 熱帯雨林の得体の知れない鳥類のようなけたたましい声で泣きわめくモンスターに、眉ひとつ動かさないアイザックは、背後の仲間に「おい、そろそろ目ぇさめたかよ」と声をかけた。
 攻撃速度増加。
 属性耐性増加。
 防御力増加。
 移動速度増加。
 最大ヒットポイント上昇。
 マジックポイント回復速度上昇。
 脈動回復効果付与。
 斬撃追加付与。
 魔法多重効果付与。
 大規模戦闘(レイド)ギルド特有の過剰なまでに折り重ねられた強化(バフ)呪文を詠唱していた〈黒剣騎士団〉のメンバーたちは口々に承諾の返事をなげてくる。
「しかも大規模戦闘(レイド)じゃないですかアイザックくん」
「そりゃそうだろうよ」
 アイザックはケロリと答えた。
 二十四人には大幅に足りないがこの場には〈黒剣騎士団〉一軍と二軍を合わせ十五人のメンバーがいる。手早く大規模戦闘(レイド)チームを編成するレザリックはそれを三つのパーティーに割り振り、二十四人(フルレイド)を結成したようだ。欠員は多いが、人数が少ない分には大規模戦闘(レイド)としてルール違反なわけではない。
 一方で人数が多いのは多くのダンジョンやエリアでルール違反だとみなされる。一般的な六人(パーティー)向けの一時生成(インスタント)ダンジョンの場合、そもそも六人以内のパーティーでしか、ゾーンに侵入することができない。ゾーン入退場条件として制限が設定されているためだ。
 十五人でこの場所に居て、そのまま戦闘をできたという事実。
 それだけで、モンスターのステータスを確認するまでもなく、大規模戦闘(レイド)ゾーンの一種だろうと、アイザックは推測したのである。

「こまけえことはわからねえが、行くぞ」
 アイザックの指揮に「応!」という答えが幾重にも重なった。
 そもそも〈黒剣騎士団〉というのは器用なギルドではない。
 大規模戦闘(レイド)コンテンツを突破する上で全滅した回数は、〈エルダー・テイル〉時代、〈D.D.D〉や〈西風の旅団〉と比べるどころか、そのワンランク下のB級攻略ギルドよりも多かった。
 〈黒剣騎士団〉がサーバーの大規模戦闘(レイド)攻略ランキングにおいて、高い序列の成績であったのは、レイドのボスを分析したりゾーンを攻略するための詳細な情報収集や推論能力ではなく、たとえ追い込まれ全滅したとしたとしても、速やかに立ち上がり、くじけぬ心で一致団結して困難にあたったおかげである。そう記せば英雄物語にふさわしくも聞こえようが、実態としてはアイザックの号令一下、死地に見える過酷な戦場にも突撃し、仲間との連携を頼りにただ勇戦し続けた、その結果だといえるだろう。
「毎回脳筋ですね」
 ぼやくようなレザリックの声に「うぜえ」「余計なお世話だ」「ひっこめ」「いつもお弁当ありがとう」という蛮声がこたえた。
「ほんとにこの人たちは」
 レザリックのぼやきを抱え込んだまま、十五人はホームからの階段を駆け下りた。
 踊り場に五体。階段を降りて左右を見渡す間に二戦闘。脱出できそうな北側にむかって構内を突破中にも二桁の遭遇。それらのすべてを、アイザックを先頭にした打撃部隊は粉々に粉砕した。
「歯ごたえもねえ」
 〈大災害〉で足踏みしたとはいえ、〈黒剣騎士団〉はアキバ有数の|大規模戦闘ギルドである。在籍メンバーのレベルはもはや九十三を数えるものも多い。比してこのダンジョンに生きるモンスターの平均レベルは六十台半ばのようだ。これでは足止めされてやるわけにも行かない。
〈緑小鬼〉(ゴブリン)〈灰色鬼〉(トロウル)を中心としたこのゾーンのモンスター分布では、〈黒剣騎士団〉に抗することはできない。自然とアイザックたちの歩みは、負けずにリソースを温存するというよりは、出口を探すという方向にシフトしつつあった。

 このアキバ駅というフィールドダンジョンは、構造としてはさして難しくない。合計で三階の高さには、直角に交わる数本のホームがあり、そこから降りる一階の通り抜けホールは東西南北に出口を持っている。
 雑魚モンスターを蹴散らしながらアイザックたちが向かった出口は、〈ギルド会館〉とは反対方向、裏に当たる〈屋台横丁〉方面だった。
 理由は特にない。とりあえずこのアキバ駅から外に出て周囲を索敵したかったというのと、事情を知っているアキバ住民を早く捕まえたかったというのが、強いてあげれば理由だろう。つまり、手早く外部に出られる方向を選んだだけである。
 アイザックたちが長い年月で完全に朽ち果てた改札(ゲート)を飛び越えて出たのは、小さめの広場であった。その景色は見覚えのあるそのままだったけれど、紫色の気持ち悪い明かりに照らされて異界のように見える。それは、アイザックたち以外誰もいない荒涼とした雰囲気で、一層印象的だった。
「油断すんな。なんか、出るぞ」
 アイザックの警告で、熟練のレイドメンバーは一斉に武器を構える。
 短時間強化呪文と探索技能を走らせるのは、ほとんど反射になるまで同じように似たシチュエーションで修練を重ねたからだ。

 息が詰まるような短い時間のあと、視界の中に確かにあった、廃車が僅かに震えた。地球世界では軽自動車と呼ばれる、高さ二メートルもない車体の影から、奇妙に水風船じみた滑らかさで、巨大な人形がまろびでる。
 黒く、巨大な人形だ。
 身長は五メートルほどにでもなるか。
 〈緑子鬼〉(ゴブリン)〈醜豚鬼〉(オーク)に比べれば十分に巨大だが、真性の巨人種に比べればやや小柄な姿。――姿は筋肉質な人形だが、足が短いためか重心は低い。発達した腕は地面につくほどで、実際前かがみの姿勢ではそんな風にも動かすようだった。
 何より特徴的なのはその肌で、黒いビニールに覆われたかのような、無機質的な滑らかさと起伏のなさで覆われている。それは頭部も例外ではなく、毛髪のない禿頭には巨大な角が生えていた。
「シロエのいってたやつか」
 アイザックの視界の中では、敵のステータス画面が浮かび上がっている。
 〈失望の典災 エレイヌス〉。レベル六十五。

 背後から武器を構える音がする。
 油断もなく闘志は十分。戦闘態勢だ。
 すり足で距離を詰めるアイザックの視線の先で、ゆらゆらと奇妙な動きでこちらへと向き直ったエレイヌスは、しばらく頭部を震わせたあと、不器用そうに投げかけた。
「「汝崇敬の対象なりや?」」
「あン?」
 それは非人間的で、声というよりは音だった。
 抑揚を失った羅列に、アイザックはその意味を掴み損ねたのだ。
「「「汝崇敬の対象なりや?」」」
「なに言ってんだ。寝言かよ」
 アイザックは距離を詰めた。
 シロエから警告を受けていたのだ。想定レベルも一致している。
 アキバを狙う新たなる災厄。何か奥の手があるのは確実で、容易い雑魚だとは思わないが、しかし実力で言えば自分と自慢のメンバーである〈黒剣騎士団〉に不覚を取る要素はない。
 アイザックにダメージ遮断呪文と反応起動回復が投射される。〈神祇官〉(かんなぎ)〈施療神官〉(クレリック)のクラス専用回復呪文。この二つの組み合わせは大規模戦闘(レイド)くらいでしか見ることはできないが、同レベルモンスターの攻撃をほぼ十五秒間完全に封じ込めることができる。
 ましてや二十五も下のレベルからの攻撃など。
 アイザックは剣を立てた。左方向から風を巻いて迫る漆黒の巨腕の一撃を刃でいなし、駆け抜けざまに切り返す。
 正体不明の巨人の攻撃を、アイザックは視界のうちに最初から最後まで収め続けていた。その速度も、技術も、想定の範囲内。たしかに大規模戦闘(レイド)ランクではあるもののレベル六十五相当の、かつて何百回も屠ってきた懐かしいとさえ言えるほどの、そんな攻撃。
 空を切る衝撃で僅かに変形した拳を〈苦鳴を紡ぐもの〉ソード・オブ・ペインブラックで受け止めた瞬間さえもスローモーションのように知覚して、ここから切り返すと、そのつもりでいたアイザックの耳に、場違いに涼やかなチャイムの音が響き――。
 アイザックはあまりにもあっさりと、
 その一撃で命を落とした。
 
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