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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ログ・ホライズンEp13 夜啼鳥(ナイチンゲール)の唄

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◆2.01



 とっぷり日が暮れてからギルドハウスに帰ったその翌日。
 シロエは久しぶりにアキバの街を歩いていた。もちろんそれは比喩的な表現で、ギルドハウスとギルド会館を往復する(つまり通勤だ)という意味で、シロエは毎日アキバを歩いている。
 本日久しぶりなのは休日の雰囲気のなか、お昼のアキバでゆっくりと買い物をしているという点だった。

 詳細はわからないのだが、どうやら今日は、〈記録の地平線〉では宴会が行われるらしい。ミノリたちが友達を連れてきたいとお願いをしてきたのだ。何でも相手は二人らしいのだが、食いしん坊という話である。
 ためらいがちにそんな話を切り出してきたミノリの表情に、居合わせたシロエと直継はぐっと来てしまった。
 と、いうのも、いつかはそんなイベントが起きないかと話していたせいである。このあたりの見解はシロエと直継だけではなく、にゃん太やてとら、アカツキも共有していて、それはつまり年長組全員の懸念だったということだ。
 中学生くらいの子供であれば、自宅に友達を呼んで遊ぶことくらいはあってもいいのではないか?
 それはギルドホールを構えた最初からシロエの頭のなかにはあった構想だった。シロエは、(自己弁護込みで穏当に表現すれば)内向的でおとなしい子供だったせいで、自宅に友人を招いたことはなかったが、普通の子どもだったらそういうイベントがあるはずだということは知っている。
 そういった思惑もあって「来客にも対応できる広めのギルドハウス」という思惑込みでいまの物件を決めたのだが、その「来客」はギルドハウス購入直後から、〈円卓会議〉の関係者やシロエの仕事関係ばかりになってしまっていた。もちろん仕事関係の来客も想定のひとつではあったのだが、ミノリたちの友人が(セララはもはや家族のようなものなので、それを除けば)一回も訪ねてきていないというのは、仮の保護者を自認するシロエとして、かなり気になっていたのである。
 明るい五十鈴はギルドの雰囲気をいつも気にかけてくれているし、ルンデルハウスはもう青年と言って良い年齢だ。そしてミノリとトウヤは年齢よりもずっと大人びている。
 それに、この世界で〈冒険者〉として生きる少年少女は、地球世界よりもずっと容易にお小遣いを手に入れることができる。すこしアキバから離れれば、素材を得られるモンスターには事欠かないせいだ。そういったお小遣いを利用すれば、外食をしたり、アキバで友人と遊ぶ程度の収入はたやすく稼げるのだろう。事実ミノリたちがそうして結構楽しくやっていることを、〈記録の地平線〉の年長組は知っている。
 でもだからといって「家に友人を招待する」という子供時代の重大イベントを蔑ろにしていいはずがない。
 こんな異世界に飛ばされてきてしまって、仕方ないのかもしれないが、ミノリたちは本当に大人びてて聞き分けが良くて、どうもシロエたちに気を使ってくれているようなのだ。
 シロエはこの件に関しては非常に保守的だ。ミノリたち年少組が成長した時「ああ、私たち子供の時なんであんなに暗い生活送っていたんだろう」なんて思うのだとしたら目も当てられない。そんなのはシロエ一人で十分なのである。
 つまり、シロエが思っているのはセルデシア世界特有の事情があったにせよ、年少組の自主性に甘えてしまっているのではないか? ということだ。
 そんな相談をにゃん太班長にしたところ「シロエちの気持は良くわかりましたにゃ。心配御無用、このにゃん太が一肌脱いで、ちゃんとおもてなしの準備をしたいとおもいますにゃ!」と請け負ってくれた。燃える瞳のにゃん太を見て、班長も同じ気持ちなのだと確信したシロエは、やっと安心できたのだった。
 にゃん太の指揮のもと、買い出し班、料理班、掃除&片付け班に別れた年長組は行動を開始した。――まあ、とはいってもそこまで大騒ぎすれば相手にも気遣わせてしまうというてとらの提言もあって、いまのシロエとアカツキは、追加の食料やそのほかの物品買い出しを行っているのだった。
 さりげなく、気遣わせずに。
 友人が家に遊びに来るなんて、ごく日常的な、何度も経験したことですよ、という雰囲気で。
 そんな風に自分に言い聞かせるシロエとアカツキが、緊張の挙句挙動不審になっていることを見かねたにゃん太が、買い出しにかこつけて街に送り出したことを、二人は気づかずにいたわけだが。

「主君。布団は届けてもらう手はずになった」
「もしかしたらお泊り会があるかもしれないもんね」
「わたしもレイネシアのところでやったからな」
「そうだったね」
 自慢げに胸を張るアカツキを見下ろして、シロエは少し笑った。
 そうやって腕を組んでしたり顔の彼女は、なんだかとてもあどけなく見える。彼女は、出会った時から、といっても廃墟の中で〈外観再決定ポーション〉を渡した時からなわけだが、ちょっと類を見ないほど美しい少女だった。内側に光を含んでほんのりと輝くようになめらかな頬を少しだけ朱に染めて、大きな瞳に柔らかい表情を浮かべる黒髪の女の子だ。

 彼女と一緒に活動をし始めた頃は、距離感がわからなくて苦労したし、接近されるのが苦手でもあった。もっともそれは彼女にかぎらず、シロエは女性一般が苦手なのだ。
 年配の女性は突如ヒステリックにシロエに怒り出すような気がするし、小さい女の子は急に泣き出すような気がする。同年代で距離が遠い女性は、シロエから聞こえない距離でシロエに対する失望と侮蔑の会話をしているような気がするし、距離の近い女性へはシロエが不器用で場馴れしていないせいで不愉快な気持ちにさせてしまいそうで、怖い。
 もちろんシロエだってもう二十歳を超えた青年なわけであって、それらシロエの感想が、事実ではなくシロエの側の思い込みに過ぎない――少なくともすべての女性がそうではないことくらい、わかっている。しかしまた同時に、それらはシロエの感情に属する問題で、蓋然性とか心理学とか常識とか、そういう理屈では完全に払拭できない問題でもあるのだった。

「主君、アンパンを食しに行こう」
「そうだね」
 休憩は必要だとシロエは同意して、裾を引かれるままにアカツキに従った。
 アカツキを苦手だと感じなくなったのは、いつからだろう?
 小柄な仲間だとか。
 頼りになる〈暗殺者〉だとか。
 ちょっと見かけないほどの絶世の美少女だとか。
 それらはもちろん今でもそうなのだけど、そういう諸々を気にかけないで済むほどに、アカツキはアカツキになった。
 シロエの中で、近くにいるのが当然の人になったのだ。
 確かに改めて見れば、アカツキは美人なのだが、改めて観察しなければ気が付かないほどに慣れてしまったといえる。
 小さな桜色の唇に、パンの欠片がくっついているのも気づかずに、はむはむと小さく齧りついている横顔をちらりと見て、あれ、こんなに可愛かったっけ? と不信感を覚えるほどだ。
(アカツキといえば……。こう、もっと――天井から逆さまにぶら下がってぐるぐる回ってたり、物陰から気配をけして急に現れたり、〈緑子鬼〉(ゴブリン)の首をすぽーんって跳ね飛ばしたり――じゃなかったっけ?)
 シロエはなんだか隣りにいるアカツキが偽物のようにみえて、記憶を掘り起こした。
「主君、どうした。これはわたしのだからあげないぞ」
 半眼になってじっとりと睨みつけてくるアカツキに、シロエは「そういうんじゃないよ」とごまかした。
 よかった。
 アカツキはやっぱりアカツキだったようだ。

 梅雨というほどの雨がないヤマトの六月だが、徐々に夏めいていく緑の色をしっとりとした水気が磨き立てるという点だけは同一だった。明け方に降った強くはない雨に空気が現れ、ただでさえ瑞々しい街の樹々は輝くような色合いを見せている。その梢をさやさやと鳴らす風は涼やかで、うっとりするような清々しい香りを漂わせていた。
 シロエはその空気の中で、うーんとひとつ背伸びをする。
「ただ、アカツキはアカツキでよかったなあ、って」
「わたしはいつもわたしだ」
 うん、とシロエは素直にうなずいた。
 何を説明したかったのか、自分でもよくわからなくなってしまったが、それも別に構わないかと思えた。
 シロエの頭のなかは殆どの時において、ぎゅうぎゅう詰めで騒がしくて溢れかえりそうなのだが、しゃべるために整理していけば、大事な言葉は、いつもたいして多くはない。
 アカツキといるとその傾向は特に顕著であるようだ。
 重複や、わかりにくさや、回り道。余分な言い訳や照れ隠し。それらを丁寧に分類して、言いたいことを厳選してゆけば、あとに残るのは何十年も波に洗われた、真珠色の光る貝殻のように綺麗で小さな欠片だけだった。
「いい天気だな、ってこと」
 内容のある会話ではなかったが、そもそもシロエは仕事以外で内容のある――つまりウィットにあふれた世間話というものが苦手なのだ。頭のなかではいろいろ考えるが、考えれば考えるほど、するのにふさわしい雑談なのかとか、どこかで相手の逆鱗に触れてしまうのでは? と考えてしまう。相手から見て楽しくないと、時間をつぶす意味が無いとも思う。
 結果として出てくるのは内容のない天気の感想でしかなかったのだが、希望的観測によればアカツキにも伝わったようだ。

「そうだな、主君」
 こちらを見上げてにっこり微笑んだアカツキを見て、これでよかったらしいとシロエは安心した。
 別に天気の話をしたわけではないのだ。
――気持ち良い陽気だね。
――久し振りだね。
――おいしいあんぱんだね。
――穏やかな気分だね。
 後付の不純物をろ過していって最後まで残ったのは、言葉というよりそんな気持ちだった。しゃべりたかったわけではないらしい。つまりシロエは想いを半分こにしたかっただけなのだ。
「あー。主君」
 間の抜けた様なアカツキの声と、ぽかんと口を開けた表情に、シロエはその指差す方向を見上げた。
 雲が切れた空には、ぼんやりと輝く虹があった。
 シロエとアカツキは言葉もなくそれに見とれた。
 〈ライポート海峡〉で、〈アーブ高地〉で。〈エターナルアイスの古宮廷〉や〈ミドウラント馬術庭園〉、それに〈シブヤ〉で。
 〈静かの海〉で。
 美しくて不思議なものを、シロエは沢山見てきた。その多くを、アカツキと共にだ。それはシロエにとても不思議な感慨をもたらした。
 水分を含んだ空気の屈折と反射という理屈では説明できない、静かで過不足のない感動は、となりにアカツキがいることでいやますようだった。記憶が砕け寄せるあの渚で、いまこのアキバで、アカツキが隣りにいてくれるのは、考えてみればとても不思議な事であるように思えた。
 そんなことが自分の人生に起きるとシロエは全く思っていなかったのだから。
 瞳を丸く見開いて空をみあげていたアカツキが、不意にシロエを振り向いた。そのアカツキと視線が正面からぶつかって、シロエはアカツキを見つめていたことに気がついて、やはりびっくりしてしまった。
 お互い驚いた表情のまま固まって、やがて少し笑った。
 あんまり考える必要は、無いんだな。とシロエは思った。ただ、感謝して受け取ればいいものもあるのだと、むかし直継に言われた記憶がある。受け取れなかったシロエは意地っ張りだったけれど、素直になれる今もあるのだ。
 ごちそうを買って帰ろう。
 シロエはそう思って、そのまま口にした。
 その発案は隣のアカツキに即座に了承され、やはり半分ことして共有されたのだった。



◆2.02



 大正モダンなレンガと白漆喰の洋館。ギルド〈D3−hub〉(ハブ)の本拠地の内側、アンティーク調の内装を整えた応接室では生真面目な表情のレイネシアをリーゼと高山三佐が迎えていた。
 季節の花が見える小さな庭を見渡せるテラスに面したガラス戸からは明るい光が差し込んでいる。この応接室の会話に参加しているのは五名。
 ギルド〈D3−hub〉からはリーゼ。
 〈D3-PG〉(プリンセスガード)からは高山三佐。
 〈第八通商網〉からは最近グランドマスターなどと呼ばれて顔をしかめているカラシン。
 新生〈円卓会議〉の代表者にして〈アキバの薔薇姫〉であるレイネシアとその侍女長エリッサ。
 先日の〈円卓会議〉において決定された「ユーレッド大陸にて孤軍奮闘中の前〈円卓会議〉代表クラスティを救出及び奪還する作戦」の実務者会議である。より正確に言えば、実務者も何も、実務を任せる相手すら決まっていない関係者会議だ。

「それで結局、どうすればよろしいのでしょう?」
 口火を切ったのはエリッサだった。挨拶の後、たっぷり数分間は沈黙したあとのことである。
「そうですねえ。もう、なんていうか、タイトルしか決まってない映画みたいなものなんですけど。『ユーレッド大陸でひとりで大冒険休暇満喫眼鏡クラスティさんの耳を引っ張って連れ戻す件』とでもいいますかね」
「手持ちのリソースと予算はどのように?」
「まあ、なんにも決まってないし外枠すら無いんですよね。計画決めて〈円卓会議〉に申請する感じで。何もかもガバガバなんですよ、ほんと。まあ、シロエ殿が根回ししてくれてるので、予算で困るということはあまりないと思いますが」
 冷静に尋ねる高山三佐に、またもやカラシンが韜晦するように応じる。
「そのう……。〈ポダルゲー〉というのは、何なのでしょう?」
 レイネシアは疑問に思っていたことをぶつける。
 カラシンは視線を彷徨わせつつも、これにも応えてくれた。
「〈ポダルゲー〉ってのは、レイネシア姫も以前に乗った〈オキュペテー〉の姉妹艦ですよ。四女ってことになるんですかね? 〈オキュペテー〉よりは一回り小型ですが、スクリュー機構へ転換したために、居住容積はあがって過ごしやすい船です。速度も武装も、まあ、それなりに強化されてますねえ。内装も頑張って綺麗ですよ」
「御座船、というのは?」
 レイネシアは尋ねた。
 レイネシアは確かに〈大地人〉の中では高い教育を受けているのが、〈冒険者〉から見ればそうでもない。そもそも貴族としてみたって、嫡男男子と、女性でしかも次女のレイネシアでは教育内容が違うのだ。変な見栄をはらずに、わからないことは尋ねてしまうほうがずっと賢いし話が早い。
「まあ、それはその。貴賓の送迎を目的にした船ってことですね。――実質的に、レイネシア姫の専用船です」
 ふむふむ、とレイネシアはうなずいた。
 貴族専用の馬車のようなものだろう。
 レイネシア専用の馬車は〈水楓の館〉に赴任してから(あつら)えたし、実家にいた頃は、祖父セルジアッドも父フェーネルも専用のものを持っていたので、理解できる。
「詳しくはありませんが、船の建造には短くない期間が必要かと思います。そんな以前から、姫さまを巻き込もうと考えていらっしゃったんですね?」
 そんなふうに理解をすすめるレイネシアの横で、エリッサが底冷えのする声で問いかけた。
「そうそう、シロエ殿が――」
「〈ポダルゲー〉の建造は〈第八通商網〉の出資で〈海洋機構〉が請け負ったと聞き及んでおります」
 冷たい表情のエリッサは丁寧な口調を崩さないまま追い詰める。
「そんなことも、なかったかなーあったかなー。ははは」
 視線だけで必死に「助けてください! 助けてください!」と合図を送ってくるカラシンに、レイネシアは肩をすくめた。
 ここ最近のエリッサはとても厳しいのだ。
 訪ねてみたところ「以前はマイハマからのお手当をもらっていたマイハマの(しん)でしたが、いまは姫さま直属の身の上ですからね。当主レイネシア姫のお財布を預かるんですから、固く厳しく行かなければならないのですよ!」と拳を握っていたので、水を指すわけにも行かなくて、レイネシアも曖昧に「よろしくお願いね」としか言えなかったという経緯がある。
「エリッサ。――カラシン様は、いずれマイハマ領で行き場のなくなるわたしを心配してくださったのです。そうですよね?」
「……まあ、姫さまがそうおっしゃるのならいいんですが」
 それでも、水を向ければ鉾は収めてくれる。
 実際レイネシアは世間知らずだし、エリッサがいないと毎日の着替え(ドレスを選ぶのは大変)にも苦労してしまうので、頭が上がらないのだ。

「しかし、遠征の必要な物資というものがはっきりしませんね。通常の大規模戦闘、大規模作戦ならまだしも、今回は他国サーバーへの遠征。前例がない規模ですし、現地での活動もどういったものか不明です」
 話を本道へ引き戻す高山三佐の声に、レイネシアたち一同は再び眉根をよせることになった。レイネシアはもちろん、レイネシアの頼りにするエリッサだって、軍事的遠征の補給に関する知識なんて無い。
 聞いてみれば、リーゼや高山三佐もそこまで高度な知識はないということらしい。
「こういうときはシナリオをいくつか作成すべきでしょうね」
「それはどういうものなんですか?」
 悩んだ挙句、どうにか案をひねり出したらしいリーゼの言葉に、レイネシアは首を傾げる。
「えーっと。つまり、我がギルドのマスター(ミロード)がおとなりの大陸でどのように過ごしているのか、どういう活動をしているのかを物語として考えてみて、それに合流して、協力する筋書きをまずは作ってみるのです。その筋書きが完成すれば、あとはその筋書きに必要な物資やスタッフを集めればいいということになりますわ」
「ケース・シナリオってやつですか。そういや新人研修で習ったような」
 これから起きる未来は、こうなりそうだという予想を物語風に考えて、その未来予想に合わせて準備をする。いわれてみれば、まだ見ぬ事態に備えるのは、そうあらなければならないといえるほど、それは理にかなった考えであるように思えた。
「なんだかうまくいきそうです」
 レイネシアは微笑んでうなずいた。
 何よりそういうやり方で進むのならば、専門的な知識のないレイネシアも話に参加できそうなところが素晴らしい。

「まず、ミロードはわたしの起こしてしまった空間断裂の災厄に巻き込まれて、ユーレッド大陸中央部に転移させられてしまったようです。そこでカナミさま一行と合流し、襲いかかってきた〈典災〉のうち一体を撃退したが、目をつけられてしまい、彼らの一派を殲滅、あるいは少なくとも撃退しないかぎりヤマトには帰れない――ここまでの情報を受け取ることは、出来ました」
 口火を切ったのは高山三佐だった。
 今現在判明している部分を簡潔に報告してくれる。
「本当ですかね」
「おそらくこの情報は事実でしょう。もっともミロードのことですから、事実の全てである保証はありませんが」
 カラシンの疑問にも保証を与えてくれた彼女だが、しかしエリッサの「現地で見目麗しい地方領主の娘とかお付きの侍女とかを助けて、黄色い声をあげられているのではないでしょうか?」という問いかけに対しては「その可能性は否定できません」と冷たく肯定を返した。
 レイネシアとしては早くも暗雲が垂れ込めてきたような気分になる。

「つまり、私たちの行動としては、①アキバを出発して、②ユーレッド大陸のどこかに上陸、③大陸を移動してミロードと合流、④協力して困難を撃破、⑤上陸地点へもどり、⑥アキバへ帰還する。――このステップを踏む必要がありますね」
 高山三佐の冷静な取りまとめが頼もしい。
 レイネシアとしては彼女だけが救い主だと感じてしまいそうなほどだ。
「クラスティさまと合流できるでしょうか……」
「ユーレッド・サーバーへたどり着ければ〈念話〉が可能でしょうから、互いの位置確認はさほど困難ではないでしょう。お互い行動の自由が確保できていれば、時間はかかっても難易度は高くないと考えます」
 そんな不安な気持ちが現れてしまったレイネシアの疑問に、高山三佐の要領を得た返答は安心を返してくれるのだ。
「ほんとに?」
「もちろんです。相手がミロードでなければですけど」
 だからそういう保留条件が付け加えられてしまうのは、高山三佐ではなく妖怪眼鏡が悪いとしか言えないだろう。

「ミロードですからね。きっと余計なことをしてますよ。組織の長としても大規模戦闘指揮官(レイドリーダー)としても完璧な人ですが、重しがなくなると本当にいい加減ですから。……もし彼がひとりになったら、適当な休息所で怠惰に寝転んで過ごすのと、ストレス発散と称して酷い悪戯をするのと、腹ごなしとばかりにモンスター刈りをするのを、週替りで繰り返すと思います」
 高山三佐の言葉に、先程から肩を落としているレイネシアは力なく頷く。
 なんて酷いことを、とは思わない。
 その通りに違いない、と思うだけだ。
 なんでこんなおっかなくて面倒くさくて腹立たしい人が自分の守護騎士なんかになってしまったんだろう? 選べる立場ではなかったとはいえ、後悔でいっぱいだ。
 酷いのは、そのおっかなくて面倒くさくて腹立たしい人が、竜が相手でも競り勝てるほど強くて有能で気高くて気品があって礼儀正しいという事だ。おまけに、きっと儚くもある。

「つまり、クラスティさんは中央アジアでしたっけ? ウズベキスタンあたりでの冒険を終えたら、とりあえず休憩と称して近くの街の宿屋に泊まり込み――」
「手頃な豪商の屋敷の離れに客人として上がり込み、のほうが『らしい』ですね」
 こくん、とレイネシアは頷いた。
 カラシンの作った「ストーリー」はわかりやすいが、レイネシアの知るクラスティでいえば、高山三佐の思案のほうが正解に思える。
「――そこで休養をたっぷりとって」
「品数は少ないながら質の良い食事を取りつつ、地方の書物や稀覯品を眺める、といったところでしょうか」
 カラシンが嫌そうな顔をする。
 しかし高山三佐の二勝だ。
 あのクラスティが見窄(みすぼ)らしい宿で出来合いの食事をとる光景なんて思い浮かばない。
「それに飽きたら……。うーん。お世話になってる家の人を驚かせるとか?」
「正体を隠して街の悪徳領主を強襲、悪事の証拠を見つけ出して、広場でばらまくなどの晒し者にする」
 ですかね? とリーゼが小首を傾げると、高山三佐は「偽名を使うとか、葡萄酒を飲むとか、値上がりする商品を予め買い占めて利益を出すとか、それらのどれかを組み合わせてあればミロードですね」と締めくくる。
 レイネシアは肩を落としてため息を付いた。
 もう、目に浮かぶ気さえする。
 三日月形につり上がった悪鬼のように美しい微笑みに違いない。悪徳領主とやらはどういう人物なのかわからないが、腰を抜かして後じさりしながら命乞いをするのだ。「わ、わたしは知らなかった!!」などと述べて。
 どう考えても、高山三佐三勝。
「街を狙う〈緑子鬼〉(ゴブリン)を退治する?」
「頭に血が上った領主が招き寄せた〈灰色鬼〉(トロル)の略奪部隊を相手に三昼夜の間、救いも求めず戦い続けます」
「最悪だな、あのスクエア眼鏡!?」
 一応最後までシナリオの検討に付きあおうと頑張ったカラシンは、心底彰たように言い放った。高山三佐の完全勝利で、やっと理解してもらえたらしい。
 あの妖怪メガネは本当に酷い人間なのだ。
 もっともっとそのことは、広く知られるべきである。
 そして自分をいたわって欲しいと、レイネシアは思う。 

「その間にも美しい褐色肌の踊り子とか純朴な町娘とか可愛らしい小さな動物とかに無駄に愛想をふりまいて信奉者を増やしているんですよ。ええそれは。このエリッサはちゃぁんとお見通しなのですから」
「エリッサさん。その推測は否定出来ないと申し上げておきましょう」
「恐れいります」
 エリッサがひどくて、レイネシアだってじんわりと涙が浮かぶ。
「そういうのを繰り返しながら中央アジアに滞在しているのか」
「いいえ。そういう繰り返しをしながらユーレッドを東に向かってさまよっているという方が、ストーリーとしては妥当です。くわえてその途上〈典災〉に襲われたり〈典災〉を襲ったりしているはずです」
「本当にお船に乗って助けにっ――行く――んですか?」
 悲鳴のようなレイネシアの嘆きに、言葉を交わしていた四人は黙りこみ、まじまじとレイネシアを見つめてきた。
 抗議をするつもりのレイネシアの叫びは、リーゼやカラシンの瞳の中の、同情と慰めと激励と、そして諦めの色を見て尻すぼみになり、最終的には囁きの疑問形になってしまう。
 一同は、誰からともなく溜息をつくと、ショコラに口をつけた。いまばかりは厳しいエリッサも、甘いおやつに文句はつけなかった。
 静かな午後の部屋の中に、優しい湯気が漂って、なんだかすっかり疲弊したような雰囲気だ。

 無理難題を押し付けられた共同被害者特有の静かな連帯感のなかで、やがてリーゼがレイネシアの体温が低い手をにぎって、話しかけてくれた。
「ご安心くださいませ。〈D3〉(ディー・スリー)から慣れているメンバーを送りこみますわ。鉄板ですから」
「……リーセざまはいらっしゃらないんですか?」
 この会議にも参加してくれてたのだから、てっきり一緒に出かけるのだと思い込んでいたレイネシアは、虚を突かれて尋ねた。
「わたしは……今わたしの技量が育つ場所は、このアキバです。……シロエさまに見せてもらった技を研鑽するのも興味深いですけれど、〈D.D.D〉を解散させてしまった責任は取らなければなりません。ミロード会いたさにアキバ(ここ)を離れては、それこそ顔向けが出来ませんわ。それに、後背地の守備を固めるのも〈軍師〉の役目。櫛先輩に戦闘部隊は任せて、わたしは司令部に入ります」
 穏やかに笑うリーゼは迷いを見せなかった。
 〈アキバ殺人鬼事件〉でレイネシアを助けてくれた軍服の友人は、一緒に行って欲しいという心のなかにある望みを告げることを躊躇うほど大人びていて、それにレイネシアははっとしてしまったのだ。
 レイネシアが「自分の仕事と居場所」を望んだように、リーゼもそれを望んで、戦っている。リーゼの瞳の中にある輝きは、その覚悟の色だ。
「ですから、姫さまの護衛は高山さんに任せますわ」
「お引き受けしましょう。そしてミロードへのお説教も」
 ふふふ。と柔らかく笑ったリーゼも、隣で静かにショコラを口に運ぶ高山三佐も、素敵な女性だ。
 レイネシアも歩みを止めるわけには行かないのだと、リーゼの決意がそれを改めて思い出させてくれた。
「さて、そうときまれば、早速人員と物資の検討ですわね。〈ポダルゲー〉は内陸に持ち込むことが出来ない以上、上陸地点に拠点を作ってそこで一部隊を防衛にまわさなければなりません。つまり部隊は、大規模戦闘可能な救出部隊と、姫さまの護衛部隊、さらにさきの上陸拠点防衛部隊の三部隊が必要です。メンバーはもと〈D.D.D〉でまかなうつもりですが、護衛部隊や防衛部隊、それに〈ポダルゲー〉運行に関わるスタッフは外部から協力を仰ぐ必要もあります。――それぞれ必要な技能や、選抜に係る条件を話しあいましょう」
 経験がないとか、女性だとか、そういう言い訳とは関係がない。
 望んだものを得るために、出来る限りで欲深くなる。
 レイネシアが足を踏み入れたのはそんな世界であって、幸いその旅はひとりではない。
 レイネシアは話についていくために、再び深く耳を傾けるのであった。



◆2.03


 にゃん太とセララの獅子奮迅の活躍でキッチンからあふれるほどのごちそうが用意されたころ、アキバは日没を迎えた。
 挙動不審になりつつあったミノリとトウヤが出先から案内してきた二人の少女――レリアとリトカが大げさなほど頭を下げるのを、シロエは困惑しながらも受け入れて、一応このギルドの家長的な立ち位置であるというなけなしのプライドにかけて、オープンなウッドデッキへと招く。
 大きなテーブルにはすでにアスパラガスのサラダや、前菜のカルパッチョ、カレー味のフリッターやら麻婆豆腐など、無国籍な感じでパーティー料理が並んでいた。
 にゃん太が自腹で購入した銀のワゴンには、匂いをひと嗅ぎしただけで、ただごとではないと察すことのできるブイヤベースが、寸胴鍋で鎮座している。
 明らかに「我慢しきれない」という客人の瞳の輝きに気圧されて、シロエは「じゃあ、とにかく座って食べようか。いただきます」と唱えたのだった。

「で、どういう事情なの?」
「あー。はい、えーっと……」
 見た瞬間わかってしまう異常性。二人の少女のメイン職業は〈武闘家〉(モンク)〈森呪遣い〉(ドルイド)という当り障りのないものだがその色合いはわずかに違う。ルンデルハウスの件で注意深くなったシロエにとって、彼女たちの正体は見えてしまう。
 しかしシロエにとってはステータスのわずかな違和感を確認するまでもないのだ。
 レリアとリトカは〈イズモのポンコツ姉妹〉。
 それは〈エルダー・テイル〉の古参日本プレイヤーであれば誰でも知っている名前だからだ。
 最古の〈古来種〉。
 イズモ騎士団の設立者。
 子供の守護者。
 多くの異名を持つ有名な〈古来種〉だった。
 だがしかしそれは古参プレイヤーの間でだ。一番最初に〈エルダー・テイル〉が日本上陸をした二十年前、まだ最大レベルが五〇であったころに登場したはるか昔の登場人物。連作(キャンペーン)クエスト〈最後の幻想〉や〈竜の探索〉において初期の物語を彩った〈狼牙族〉(ウルフヘア)の姉妹。
 初期登場NPCの例に漏れず、外観モデルや専用特技の追加データはほぼない。一般〈冒険者〉の〈狼牙族〉と同じ三次元モデルに、オリジナル要素のあるテクスチャー。設定も曖昧で、取ってつけたようで、どこか投げやりな二人組。追加されるクエストはヤマトのどこか地底深くにあるといわれる「地下帝国」をめぐり多種多様なモンスターを討伐するというものだったのが、展開初期で手探りだったこともあり、物語性は低く、姉妹はその案内人として、援軍として活躍……してはいなかった。
 数多くの召喚獣に囲まれて天真爛漫だが、ガラクタ購入と無限の食欲で有り金すべてを消費してしまう妹のリトカ。
 礼儀正しく有能ながら、妹リトカの尻拭いに駆けまわり、ひとを信じやすいために常にタダ働きと契約詐欺にひっかかっている薄幸の姉レリア。
 〈イズモのポンコツ姉妹(シスターズ)〉。
 〈冒険者〉を助けるどころか、大いに助けられてしまうというこの二人組は、一部の熱狂的なファンこそついていたものの、追加される拡張パックのパワーインフレに付き合いきれず、登場するクエストが徐々に減少、〈イズモ騎士団〉の〈古来種〉としてはロード=タモンやサクラ姫に主役の座を奪われて、知名度を落としていった。
 その存在を記憶にとどめているシロエとしても、頼りになるとか、強いという記憶はない。どちらかと言うとクエストをクリアするために金貨数万枚を吸い上げられた(そして財布ごとなくされた)とか、ものすごい量の料理アイテムを献上させられた(そして食い散らかされた)という思い出ばかりだ。

 そんなわけで、とりあえず麻婆豆腐(山椒追加、シロエ専用)を食べたあと、シロエはこっそりと隣のミノリに事情を尋ねた。
「空腹で行き倒れていたところを偶然見つけて、お世話してました」
「あー……」
 言われたことはわかるのだが、内容が思考を上滑りしてしまい、シロエは二三度瞬いた。信じられないわけではなく、むしろ「イズモのポンコツ姉妹だからなあ」という諦観と、「それをミノリが拾っちゃうんだ」という驚愕のミックスだ。
「うっぐぅ!!」
「どうしたの? リトカっ」
「ねー様! この丸いのすごく美味しい! 熱いけどすごい丸い!」
「落ち着きなさいっ」
「うわああ。すごいいい、はふはふもにゅもにゅするぅ」
 にゃん太特製のたこやきを口いっぱいにほおばった帽子の少女が、熱さで身もだえしながらも、まだたこ焼きの残る皿をガードしている。姉はといえば「皆さんの分まで独り占めしちゃめー!でしょ!」と尻尾を逆立てるが、妹リトカは「もうひとくち! もうひとくち! やんやん!」と抵抗中なのだ。
「こちらもおなじですにゃ」
「え? ……ではいただきます。はふはふもにゅもにゅしましたっ!」
 それでも姉妹は姉妹なのか、まったくおなじ反応で恍惚とするのが、可愛げだろうか。
「あんな感じ?」
「ずっとあんな感じでした」
 シロエは気おされて「うん」とだけ答える。
 見回してみれば、どうやらにゃん太は〈イズモのポンコツ姉妹〉であることに気がついているようだ。年少組はもちろん、直継とアカツキは気づいていない。意外やてとらは納得顔。あの表情は察しているのだろう。

「!!」
 何かに気がついたのか、目をまんまるにした少女の片方が、きょろりと食卓を伺うと、居心地の悪そうな表情をシロエに向けた。
「本日はお招きいただきましてありがとうございます。レリア=モフールです。この妹の姉です。おいしい食事をありがとうございます」
 しおらしく頭を下げながら、テーブルの下で何かをしているようだ。
 きっと隣の妹に何かを合図したのだろう。妹のほうは「ひぎゃっ!?」と小さく悲鳴を上げてから、きょろきょろとあたりを見回し、にっこり高らかに挨拶をおこなう。
「やあやあ。初めましてのひとは初めまして! リトカはリトカ=モフール二十八世。永世名誉(えーせーめーよ)地下帝国皇帝なのだ。本日は美味しいお食事ありがとうございます。まだまだたくさん食べたいです!」
 なんだか物騒な二つ名の割には、はにかんだ、それでもひだまりのような満面の笑顔で言い切った。フォークで串刺しの唐揚げはご愛嬌というものだろう。
「うん。たくさん食べていってね」
「わかったのだ。シロシロ」
「……シロシロ」
 ジト目でポツリと呟くアカツキの反対側から、いつになく神妙な表情のてとらがジリジリと近づいてきて、シロエの耳元に囁きかけてくる。
「……大丈夫かな。シロエさん。リトカとレリアって、〈彷徨う貧乏姉妹ワンダリング・プアキュート〉だよね?」
「あー」
 そんなあだ名もあった。
「〈アマルドールのウロコ探し〉。あの一万三千枚。ボク忘れてないんだけど」
 覇気のない、いつもに比べれば半病人のような表情のてとらはうめく。
 〈アマルドールのウロコ探し〉。
 〈エルダー・テイル〉ヤマトサーバの悪名高い伝説のひとつ。
 〈秘宝級〉装備〈ロンドールの羽根つき靴〉を手に入れるためのクエストの一部が、この〈アマルドールのウロコ探し〉だ。アマルドールという河口に潜むオオトカゲを倒すと入手できるウロコを集めるという、オンラインゲームにはよくある種類のクエストである。
 依頼人はイズモの鍛冶師パンドームとモフール姉妹。この鍛冶師にウロコを千枚届ければ羽根つき靴が手に入る――そんな風にクエストは始まる。
 一口に千枚、といってもアマルドールを倒すたびにウロコが必ず手に入るわけではない。千枚のウロコを入手するためには数日間の冒険が必要だ。
 千枚のウロコを届けて判明するのは、それは羽根つき靴の材料の一部だということで、他にも様々な素材が要求される。なかなか大変だが、それはまだ良い。
 西ヤマトを飛び回って素材を集めてきた〈冒険者〉に知らされるのは、千枚のウロコは試作品の実験で使い尽くし、本番のためにはさらに三千枚のウロコが必要だという事実だ。その三千枚という気の遠くなるような枚数の前に、少なくない数の〈冒険者〉は心が折れる……が、しかし、一方でこの種の莫大な素材を集めるというクエストは、決して珍しくはない。珍しくない故に、諦めない〈冒険者〉は必死になってウロコを集めることになる。
 しかし、本当の絶望はここからだ。
 子供っぽくて珍しいもの好きなリトカ=モフールは、このアマルドールのウロコを、旅の行商人(を装った黒まみ族)のおすすめする希少なアイテム(という触れ込みである)「右端が左についていて、左端が右についている世にも珍しい魔法の棒」と交換してしまうのである。
 当然素材はなくなり、アイテムは完成しない。
 妹がとんでもないことをしでかしたと姉レリアは謝罪をするが、なくなった素材は戻ってこない。〈冒険者〉は再びアマルドールのウロコを必死で集めることになる。
 やっとの思いで再び素材を納品した〈冒険者〉だが、その納品した直後、素材を受け取ったレリア=モフールは、暴れゴルゴンの群れに跳ね飛ばされて、素材はカゴごと鍛冶屋の溶鉱炉に飛び込んでしまう。もちろん一瞬で燃え尽きて、再び素材はなくなる。
 三回目は、リトカが飲み食いをしたレストランの借金のカタに取り上げられる。やはり素材は失われる。
 〈ロンドールの羽根つき靴〉が手に入るのは四回目。実にアマルドールのウロコ一万三千枚を納品した後のことになる。
 日本の〈エルダー・テイル〉コミュニティにおいて、伝説扱いされているひどいクエストだ。
「あれはひどかったね」
「ひどいなんてもんじゃないよ! 犯罪だよ!?」
 一応弁護を試みてみると、莫大な量のドロップアイテムを集めてくるという種類のクエストは珍しくない。
 〈アマルドールのウロコ集め〉は確かに莫大な量の素材を必要とするが、一万三千枚のウロコを集めるには〈亜麻色オオトカゲ〉を二万程度狩ればいいだけのはずだ。もちろんすさまじい回数ではあるのだが、戦闘回数で言えばそれを超えるような要求を行うクエストは、他にもある。極端な話をすれば、素材二〇個を集めてくれというクエストにしたって、その素材を入手確率がモンスター千体を倒して一個手に入る程度なら、結局戦闘回数は二万回程度必要なのである。
 このクエストの評判が悪い理由は、莫大な手間がかかるということそのものよりも、その集める理由が、あまりにも雑だという一点にある。はっきりいえばモフール姉妹が毎回のようにトンデモな失敗をして、集めたウロコが台無しにされることが問題なのだ。てとらがいう〈彷徨う貧乏姉妹〉というあだ名もゆえなきものではないのである。

「悪気はないから」
「それはそうだけどさぁ。はあ、まあ、たしかに初期のクエストは作りが雑だったから……」
「そうそう」
 シロエは慰め顔でてとらにうなづいた。
 隣のアカツキは、話の内容からその苦労に思い至ったのか、情けないような呆れたような表情をしている。この手の素材集めクエストは他の〈冒険者〉と協力しないでも完遂できるのでソロ活動向きだ。あるいはアカツキも、どこかで似たようなクエストをしたのかもしれない。
「そんなに悪い二人じゃないんだよ。シロエ兄ちゃん」
「まあ、悪人ではないな」
 かばうような声は年少組からもたらされた。
 最近何かと仲が良いトウヤとルンデルハウスだ。
「ちょっとたくさん食べるのが好きなだけですよぉ」
 小さな拳をキュッと握ったセララが言葉を差し込むと、五十鈴が「ちょっとなの? たくさんなの?」と混ぜっ返す。真っ赤になったセララは「たくさんのたくさんかなぁ」と蚊の鳴くような声で補足した。
 それを囲むミノリたちが笑い合う光景は、ひとかたまりになった幼い仔犬の群れのようで、シロエは優しい気持ちになる。〈エルダー・テイル〉(ゲーム)は所詮ゲームであって、参考にはなるけれど、引きずられすぎるわけにも行かないのだ。
 ミノリたちの友人で、今は〈記録の地平線〉の客人。それでいいんだろうな。シロエは、そう納得した。

「あー。お二人はどうしてアキバまでいらっしゃったのですかにゃ?」
 どんよりした雰囲気を感じたのか、にゃん太がとりつくろうような口調で、ごちそうに夢中な二人に問いかけた。
 答えようとして、チーズ入りのハンバーグをすごい勢いで飲み込んで目を白黒させるリトカの背中を撫でながら。この姉妹の頭脳担当である姉のレリアが居住まいを正す。
「わたしたちは、邪悪な気配を追いかけてアキバに来たんです」
 レリアは真面目な口調でそう言った。
「アキバの〈冒険者〉は、エレイヌスに狙われているんだもん!」
「え?」
 そしてリトカの言葉に目を丸くする。
 姉妹の癖に、二人はまったくかみ合っていなかった。

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