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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ログ・ホライズンEp13 夜啼鳥(ナイチンゲール)の唄

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◆1.04



 黒地に翼が描かれた流旗をたなびかせ三頭の〈鋼尾飛竜〉(ワイヴァーン)が屋上に作られた発着場に降り立った。
 身軽に飛び降りた三人の〈冒険者〉のうち二人は〈魔法の鞄〉(マジックバック)から早速木桶を出すと、水を注いで〈鋼尾飛竜〉に飲ませる。長距離を飛行した愛騎に世話を始めたのだ。
 その二人に後事を頼んだウッドストックは、フライトジャケットのポケットに両手を突っ込んで、屋上に突き出た管理用のドアに向かう。そこには侍女が控えていて、館というよりは砦のような屋内へと案内してくれるのだ。
 いくつもの階段を降りて、曲がりくねった通路をウッドストックは先導されて歩いた。現代地球人の感覚から言えば、非効率的で迂遠な作りの建物だが、中世の軍事施設だといわれれば仕方のない措置なのかもしれない。
 中庭をめぐる回廊に出て視界が開けた。
 いままでが小さな窓から僅かな明かりが漏れる石造りの通路だったために、白漆喰で塗られた壁と翡翠色の木々に満たされた優美な中庭は、午後の光に満たされて輝くように見える。

 一礼する侍女に片手を上げてその中庭へと足を踏み入れれば、さくりと足元で芝生が鳴った。歩を進めれば、白塗りの丸いテーブルの四方に、やはり白塗りのおしゃれな椅子が見えた。
 そこにいるのは一組の男女だ。とはいえカップルというわけではなく、父娘のような年齢差に見える。白いTシャツとジャージの上に古びたマントというラフすぎる格好をしたタレ目の男はKR(けいあーる)。椅子の上で素足をぶらぶらさせている赤い髪の幼い娘はその養女と噂されている紅玉竜だ。
「王手」
「嘘じゃろ。妾のナイトはまだ二人残っておるぞ!?」
「いやだって、この飛車でキングとれちゃうもの」
「じゃ、ポーンを横に動かして倒すのじゃ」
「えー」
「我軍は精兵揃い。転進したポーンが長柄槍を振り回してジャージ軍の脇腹に食らいつくのだっ」
「そっかあ。それじゃしかたないなあ。……香車をうってクイーンもらっとこう」
「バリヤー!」
「え」
「クィーンバリヤー!」
「えーっ……」
 力の抜けるような内容の会話から察すると、今日の二人は将棋かチェスを打っているらしい。盤面を見てもどちらかは分からなかったし、手元には「スキップ」「ドロウ2」などのカードもある。
 少し離れた地点で「おう」と唸るような声を出したのは、別に威嚇するつもりでも何でもなくて、相手がこれで接近に気づいてくれればいいなという希望だった。この空気に割り込むのは、いくらウッドストックとはいえ難易度が高すぎる。
「おお、ヒゲ!」
 そのかいあってか、赤毛の少女ガーネッタが気づいてくれたようだ。「よく来たな、ここに座るがいいぞ!」と身を乗り出し、向かい側の椅子を指し示してくる。その仕草の途中で、さり気なく盤面をグシャグシャにかき回したのは、もしかして負けそうだったのだろうか? そんな気が一瞬したものの、この二人の関係に割り込んでも得るものはないので、ウッドストックは「すまんな」と例を言ってその席に腰を掛けた。

 影のように現れた侍女がウッドストックとKRにコーヒーを給仕する。幼女の前には特大のチョコレートパフェだ。彼女はそのパフェに上機嫌なのか、足元の頭陀袋の中に駒もカードも一緒にザラザラを遊具を仕舞いこむ。
「ヒゲがくるとおやつが出る。寿(ことほ)ぐべきだな」
「人聞きが悪いなあ、ガーたん。僕は甲斐性ある無職だぜ? 毎日おやつ出してるだろ」
「それに加えて追加で一回。これは無視できぬ利得といえよう」
 ガーたん卑しいなあ。くいしんぼだなあ。
 そううそぶいたKRは、彼女の小さいと言って良い白い足を脇腹に突き入れられ「うぐぅんぷ。折れちゃう」と身をよじっている。
 一応ハードボイルド路線を志向しているウッドストックは呆れながらも無関心を装った。楽しそうな雰囲気なので邪魔はしないが、幼女に蹴られて喜んでいるのは変態だ。本意ではなくそう見えるだけだというのはKRの自己弁護だが、変態に見えるというだけで最悪だと思う。
 一流と言われる連中は全員最悪だ。
 かつての所属していたギルド〈黒剣騎士団〉のギルドマスター・アイザックが代表である。体育会系の部下いじりと女癖は、本当に手に負えなかった。本人はおそらく悪気がないというのが、一番度し難い。有名人は何かと癖が強くて、付き合うのは気疲れする。
 今や自分自身、アキバでも有数の知名度を得るに至った郵便ギルド〈グランデール〉のギルドマスターであるウッドストックは、そのことに気づきもせずに、素知らぬ顔でブラックコーヒーを飲むのだった。

「ヒゲは流れ者になったそうではないか」
 身を捩るKRを涼やかな流し目で見やった幼い少女は、そんなことをウッドストックに語りかけてきた。この幼女が大人びた物言いをするのはとっくに承知していた彼は、ヒゲをしごきながら「ああ」と頷く。
「〈円卓会議〉脱退のことか? そうだ」
「なぜそんなことをしたのだ」
「仕事があるからな」
 ウッドストックは言葉少なくそう答えた。
 〈グランデール〉の現在の仕事の主流は郵便である。物流や輸送というほどの荷物取り扱いはできていない。〈グランデール〉の特徴はギルドメンバーのほぼ全員が飛行型の召喚生物と契約/所持をしているという点だ。このような騎獣は、街道が寸断されモンスターが徘徊する弧状列島ヤマトで手紙や小包の配達をするにあたって、計り知れないほどのアドバンテージを〈グランデール〉にもたらした。
 最初はついでの仕事だった。〈自由都市同盟イースタル〉の勢力内部で活動する〈円卓会議〉のクエストは多岐にわたるが、素材の採取や近隣での魔物退治ならばともかく、〈大地人〉居留地の防衛や、人材の派遣、長距離の護衛任務ともなると、情報のやり取りや、希少物品のやり取りが欠かせない。大規模なクエストにつきものの、伝言雑用というやつだ。
 そんな飛脚もどきの仕事を繰り返し引き受けるうちに、〈グランデール〉の名前は徐々に、本当にゆっくりと浸透していった。それもウッドストックが想像しなかった方向――〈大地人〉の中で評価が高まっていったのだ。
 保護してくれる貴族のいる領都に行くのでさえ、峠道を四日走らなくてはならないような、山間の孤立した村が、このヤマトには無数にある。そんな村が〈緑小鬼〉(ゴブリン)の略奪部隊に包囲されたならば、命運は尽きたといえるだろう。無骨な逆茂木で村を守り立てこもったとしても、援軍を呼びに行くことすら出来ないのだ。そんな村にさえ、〈グランデール〉の〈鋼尾飛竜〉は飛ぶ。
 交通網の未発達なこの世界において、立身出世を望み村を出た少年少女の行方をその親兄弟が知るすべは殆ど無い。「都に行って手に職をつける」と故郷を後にする若者は毎年何十人もいるにもかかわらず、その後連絡が保たれることは非常に稀だ。
 しかしそんな若者たちが託す僅かな仕送りと消息の頼りを、〈グランデール〉の〈鋼尾飛竜〉は寂れた村まで空から届ける。
 マイハマやツクバなどの大都市における〈冒険者〉のイメージが、街を守るために隊列を組み無敵の技を振るう〈黒剣騎士団〉や〈D.D.D〉であるのと同様に、寂れた村における〈冒険者〉のイメージが〈グランデール〉なのだ。
 文字通りの意味で「空から駆けつけて村に幸運の便りを届けてくれる」存在だ。いくら〈魔法の鞄〉(マジックバッグ)があるとはいえ、大量の物資を運んでくれるわけでもないし、大抵は単独行動だからモンスターを一掃してくれるわけではない。しかし、「この村は孤立していないぞ」、「ちゃんと連絡が届く相手はいるぞ」と行動で示してくれる〈グランデール〉の評価は、〈冒険者〉ならぬ〈大地人〉においてギルドマスターであるウッドストックが考えていたよりもずっと高い。
「仕事はずっとしていたのではないか?」
「ずっとしていくために〈円卓会議〉を抜けたんだよ」
 高いがゆえの決断だった。
 ウッドストックと〈グランデール〉のギルドメンバーは、自分たちが〈大地人〉の、それも小さな村落に住む人々にとってどういう存在か理解した。理解したからこそ、〈円卓会議〉と〈自由都市同盟イースタル〉に縛られるわけにはいかなくなったのだ。
 〈円卓会議〉にも〈Plant hwyaden〉にも属さず、どちらの仕事も引き受けるかわりに、政治的中立を保つ。〈自由都市同盟イースタル〉にも〈神聖皇国ウェストランデ〉にも邪魔はさせずに、名も無き村の力なき〈大地人〉のために、空を飛び続ける。それがウッドストックたちの決断だった。
 その決意をだれに言ったわけでもないが、たぶん〈記録の地平線〉のシロエあたりは気がついているのだろう。円満な脱退のために骨を折ってくれた。
 腐れ縁のアイザックも気づいているかもしれない。最近マイハマに肩入れをしている元上司(アイザック)は〈円卓会議〉脱退に際して、〈グランデール〉に大量の〈幻想級〉(ファンタズマル)素材を送りつけてきた。ヒゲをむしられたので礼は述べなかったが、感謝していないわけではない。

「そうかあ。ヒゲは毟られるために無職になったのか」
「違うからなっ」
 油断も隙もない赤毛の娘に断言したウッドストックは不機嫌に鼻を鳴らした。初対面の時にもこのガーネッタはウッドストックのあごヒゲを一摘み引きちぎったのだ。
 何が最悪かといえばこの世界はいまだセルデシアで、毟られたヒゲさえほんの僅かな時間で復元再生されるという点だった。つまり、毟り終わりというものがないのだ。もちろん痛みは別だ。毟られるたびにびっくりするほど痛い。冗談ごとでは済まされない。

「まあ、そっちの漫才は後回しにしてもらうとして」
「うんうん」
 恨みの視線を受け流す二人組にため息を付きつつ、ウッドストックは愛用の鞍袋(マジックバッグ)から荷物を取り出す。小包と、厳重な封を施した信書だ。
「返事と荷物はもらってきたぞ。シロエ殿な。一度はこっちに顔を出したいとさ」
「そうかあ。ふっふーん。楽しみだねえ」
 唇の端を歪めてニヤリと笑ったKRは、ウッドストックから荷物を受け取った。アキバから空路で運んだ最新便だ。信書の方はシロエから託されたもので、小包はそのギルド〈記録の地平線〉からの差し入れだ。
「なんでわざわざ手紙にするんだ? 〈念話〉でもいいだろうに」
「僕だけならねぇ。でも、他人にシロエの考えを説明するのならば、書面でまとまっていたほうが都合がいいだろう?
 KRの返答にウッドストックは納得した。
 〈念話〉というのは長距離音声通信だ。早いし便利だが、万能ではない。会話よりも文章のほうが複雑な説明をするにあたっては正確だし、〈念話〉では絵や図に類する情報をおくることは出来ない。
 地球世界であったって音声通話がメールや郵便を駆逐したわけではないのと一緒の理屈だ。
 〈円卓会議〉と〈Plant hwyaden〉。
 このヤマトにおける〈冒険者〉の二大組織は新しい時代を迎えつつある。〈呼び声の砦の大規模戦闘〉と〈斎宮のアキバ訪問〉をきっかけにして、新しい関係を模索しつつあるのだ。公的な声明は未だに出ていないが、両者が水面下で情報をやり取りしつつある。シロエとKRこそがその窓口であり、ウッドストックはその現場に立ち会っているのだ。ギルドメンバーではなくウッドストック本人がこの件を扱っているのは、それ故であった。
「まあ、この信書は僕の方でうまい具合にするよ」
「そうか」
 だがそれ以上の情報は必要ない。
 ウッドストックは黙ってコーヒーを口にする。
 〈Plant hwyaden〉内部でも人間関係は複雑で、派閥らしきものがあるとは聞いている。ギルドのトップは濡羽という女性だと聞いているが、インティクスという内務を取り仕切るやはり女性との軋轢が噂されているのだ。
 空を駆けるために〈神聖皇国ウェストランデ〉と距離をとったウッドストックがそこに踏み込めば、何のために〈円卓会議〉から離れたかわからなくなってしまう。それゆえ、ウッドストックはその信書がどういう経路で誰に渡るのかを尋ねなかった。届け先はKR。それで十分だ。

――もちろん、〈念話〉は|盗聴される可能性がありうる《、、、、、、、、、、、、、、》という点も理由なんだけどね。
 KRのそのつぶやきをウッドストックは聞き流した。そんな恐ろしい可能性は、考えたくもない。



◆1.05



「おつかれっ」
「はい、五十鈴さん」
 夕暮れ直前のアキバで五十鈴はミノリとの合流に成功した。
 がやがやと騒がしい〈屋台横丁〉の入り口広場での待ち合わせだ。
「大丈夫? 朝早くからだったでしょ、そっち」
「大丈夫ですよ。座ってお仕事ですし。それに、〈冒険者〉ですから」
「そだよねえ。〈冒険者〉だもんねえ」
 大きく微笑んで、五十鈴はそう返す。気がつくたびにびっくりしてしまうが、五十鈴たちは〈冒険者〉なのだ。体は丈夫だし病気はしないし、活力は湧いてくるし、ちょっとしたスーパーマンなのである。
 〈記録の地平線〉では「年少組」と呼ばれている五十鈴たち四名にくわえてセララの五名は集団行動で日常を過ごしている。最初はレベルが近かったことから組み分けされた五名だったが、〈ラグランダの杜〉の冒険で絆を深め、〈チョウシの町防衛戦〉、〈ボクスルト越え〉、〈サフィールの戦い〉という幾つもの冒険をへてすっかりと「仲間」であり「身内」であるという感覚が強くなっている。
 最初期には遠征訓練の護衛兼指揮官役として、直継やアカツキ、それににゃん太が同行してくれることが多かったが、組み始めて半年を数えるくらいから、その頻度は落ちてゆき、いまでは泊まりこみの遠出でもない限り五十鈴たちは自由な冒険を行っている。
 もちろん五十鈴たちも、年頃の少年少女なわけで、大人たちのやけに細かい指図と監視が煩わしいという気持ちが、無いわけではない。でもそれ以上に、〈大災害〉以降のドタバタで、大人たち――というほどには歳が違うわけでもない「年長組」たちが、ほんとうに毎日大忙しだということを感じてしまい、自分たちのことは自分たちでやりましょう、という気持ちになってしまっていたのだ。だから、いまこうして活動しているのは、五十鈴としては親孝行ならぬ家孝行的な思惑もある。
 トウヤは「放任だー!」と嬉しげに叫び、ルンデルハウスは「独り立ちといいたまえ」とこれまた自慢顔で、セララは「ちゃんとしますからね」と握りこぶしを作り、ミノリは「報告は任せて下さい!」と日誌を書いている(これはシロエと話す機会を増やすための涙ぐましい努力だと、五十鈴は思っている)。
 とにかくそんなわけで、年少組はアキバの街の中と周辺二十キロメートル程度にある数百のゾーンを探索して、日常的な貢献――すなわち、素材を集めたり、それを売買したり、〈冒険斡旋所〉のクエストをこなしたり、ギルド運営の手伝いとして、掃除洗濯買い出しお使いをこなしたりしているのだった。
 もちろん常に五人組というわけではなく、仕事によっては一人で十分なものもあれば、外部から助っ人を招かなくてはならないものもある(むしろ、助っ人として外部から呼ばれる方が多い)。今日もそんな普通の一日のひとつであり、ミノリは〈ギルド会館〉で事務のお手伝いバイト、五十鈴は楽器屋の棚卸しセールの倉庫整理兼売り子、トウヤとルンデルハウスは〈西風の旅団〉へお出かけしての荷物持ち兼戦闘訓練をしていたはずだ。ついでに言えばセララは〈三日月同盟〉で家事をしていたはずである。
 五十鈴たちはこれから合流して、一日の報告会をする。
 特別な事情がない限り、晴れの日も雨の日も時間を作って落ち合い、お菓子を食べながらお話をするというのが五十鈴たちの日課だ。〈冒険者〉の身体はとても強いけれど、気持ちの方はそんなことはない。やれるからといってずっとモンスターと戦うとか、ずっと生産特技を使い続けるとか、ずっと書類と戦い続けるとか(シロエさんだ)、心がまいってしまう。
 テレビもビデオゲームもないこの世界では、友達と話し合うのが一番の娯楽だし、女子高生であった五十鈴にとってそれ抜きの生活なんて考えられないのであった。
 時間はほんのり日が傾いたころ。空気がすこしだけシトラスの淡い色合いになり始めている。夕飯までの数時間は、五十鈴やミノリやセララにとって、何でも話せてしまうほどにまだ十分長い。そのうえアキバの〈冒険者〉生活というのは、話題が尽きないほどに毎日様々なことが起きるのである。報告会は欠かせないお仕事でもあるのだった。
「買えた?」
「ええ。……足りますか。これ」
「うーん。腐らないと思うし、もう五人前くらい追加しちゃおうか?」
「はい!」
 キリン(?)モチーフの〈魔法の鞄〉(マジックバッグ)のからびん詰の飲み物をはみ出させたミノリに、五十鈴はそう提案する。キャスター付きの自分の〈魔法の鞄〉には塩麹味の串焼き肉であるとか、ほくほくのコロッケであるとか、惣菜とパンが山盛りだ。
 本日特に重要な話し合いというか確認作業というかお世話があるわけでもあるので、これらの食料は必要な準備である。

「よっし、行こう!」
「はい」
 細かく数えて生真面目に代金を支払ったミノリが振り向くのに合わせて、五十鈴は歩き始めた。合流場所の廃墟に移動するためである。アキバのゾーン内にあるので、歩いて十分もかからない距離だ。
 大通りに出た五十鈴はにやりと笑うと、ミノリに尋ねた。
「今日も可愛い格好だね」
「そう、ですか?」
 今日のミノリの服装はブラウスに丈の短いジャケット、ハイウェストスカートにベレー帽というお嬢様風だ。ちょっと背伸びをして歳上っぽく見られてしまう作戦という、五十鈴コーディネートである。
「それで、ミノリ隊員」
「なんで隊員なんですかっ!」
「シロエさんとはどうなのよ、うりうり」
 肘でつつくと、ミノリは顔を真赤にして恥ずかしげに身体を捩った。照れているミノリはほんとうに可愛いなあ、と五十鈴は思った。
「べ、べつに。普段どおりですよっ」 
「普段通りに格好いいですかミノリ隊員」
「シロエさんは……いつも格好いいんです」
 ほほーん、ふむーん。そんな風に見つめていると頬を染めたままうつむいて、手足をばたつかせている。
「ミノリはかわいいなあ。わたしが男だったらお嫁にもらっちゃうのになあ」
 と思わず抱きしめてしまった。
 うむ。これは不可抗力です。
 仕方ないのです。
 五十鈴はそんなことを考えながら、ミノリの感触を満喫する。柔らかくていい匂いもするし暖かいし、何よりサイズがちょうどいい。自分みたいに細いばかりで肉の薄いカカシ系女子よりも、ミノリのほうがずーっと女の子らしいと五十鈴は思うのだった。
「お買得物件だ!」
 そんなわけでその内心を声にしてみた。
「そんなことはありませんよ。……わたし、いつもシロエさんの足を引っ張ってばかりですし」
「健気で一途!」
 うん、今日のわたしは冴えているなあ、と五十鈴は思う。

 大通りから裏道へ入るのは〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)のギルドハウスからみれば、三本も手前の路地だった。この辺りの路地は幾つも空き地が存在する。地球世界であったら明らかに駐車場だった朽ちた金網に囲まれた空間だ。
 その空き地の間には、多くの場合は小型のビルの廃墟がある。高さで言えば五階建てくらいで、直継の解説によればパーツショップやメイド喫茶が入っていた雑居ビルの雰囲気、ということらしい。
 この種の区画は、再整備が遅れている。
 巨大なビル廃墟は大規模ギルドが介入して再利用が進んでいるし、中心部の小型廃墟は、宿屋や酒場として集団利用の調整が入る。しかし、こういった周辺部の中途半端な区画はその流れに取り残されがちだ。床面積のない小規模な廃墟ビルは、〈記録の地平線〉のような十人前後のギルドでこそ使いやすいのだが、その規模のギルドは大手に吸収されることが多く、急速に淘汰が進んでいる。一方で、ひとつのパーティーサイズ、つまり六人程度のギルドであれば、小型廃墟ですら持て余してしまう。
 さらに廃墟に挟まれた空き地には、地方から出てきたり、商売に訪れた〈大地人〉が箱馬車を止めて天幕を設置していることが多い。
 ルンデルハウスもそういうキャラバンからの相談を受けて向かうことがあり、五十鈴も何度か同行したことがある。馴染みがない地域というわけでもないのだ。

「ミノリ隊員はね」
「はい」
「もっと押すべきじゃないかとわたしは思うんですよ。五十鈴隊員としては!」
「やっぱり隊員なんですね」
 そんなふうに荒れた、でもごちゃついて人通りのある裏道を歩きながら、五十鈴はミノリとのやり取りを続けている。
「それはもう! だいたいミノリのおしゃれをコーディネートしてるの、わたしでしょう? これはもうミノリ応援隊隊長ですよ! 勇猛果敢を指示しなくてどうしますか!」
「隊長になった……」
 頬を染めたまま口をとがらせるミノリに、五十鈴はなおも熱弁を振るう。
「こうね、くっついたりね。一緒にお買い物に行ったりね。ご飯を半分こしたりね。髪の毛をとかしてあげたりね。そういう……スキンシップ? シロエさんはきっと鈍感だからそういうのシないとダメだと五十鈴隊員は思うんですよっ」
「ルンデルハウスさんと五十鈴さんみたいにですね」
「え?」
 五十鈴はあっけにとられてミノリの顔をまじまじと見た。
 なんでルンデルハウスが出てくるのだ? という疑問は、自分の喋った内容を思い出すことによってじわじわと理解に塗り替えられていく。
 くっついたり――あるかもしれない。
 一緒にお買い物に行ったり――買い物ではなく買い出しだ。でもある。
 ご飯を半分こ――買い食いするとき味見したくなるではないか?
 髪の毛をとかしてあげる――寝癖を治さないと恥ずかしいから。
「そ、そういうんじゃないんだケど」
 これは不利なやり取りになってしまったぞ。そう思いながら、五十鈴は視線を泳がせる。ルンデルハウスとはそういう関係じゃないのに、そういうことをしてしまっていたというのは、もしかしたらミノリからはそういう風に見られていたかもしれないわけで、少し恥ずかしい。
(嘘つきました、ごめんなさい。すごい恥ずかしいです)
 五十鈴は事態を打開するために、必死で頭を働かせた。
「あー。ルディとは――め、盟友! そう、わんことわたしの麗しき共闘関係っ!! そんなことよりミノリっ」
 照れ隠しに五十鈴は腕をぐるぐる回して、大きな声で牽制する。
 はたから見れば二人とも真っ赤になって大声でしゃべり合っているという状況なのだが、どちらも気がついてないのは愛嬌というものだ。
「とにかく、ミノリはシロエさんとデートをしなさい!」
「デートっ!?」
 幸い勢いでごまかせたっぽい。
「そうです。デートです。積極攻勢だよ! じゃないと、あの姉妹みたいにポンコツになっちゃうんだから!」
「は、はい」
 もうそこからは力づくだった。ミノリの肩をぐらぐらとゆさぶって、なんとか頷かせたのだった。……もちろん、ミノリがシロエとデートしたところで、五十鈴の問題が解決するわけではないのだが、目の前のなんだか恥ずかしい指摘から逃れられただけで五十鈴は満足だった。
 ミノリと五十鈴の。そして五十鈴とルンデルハウスの。
 柔らかくて優しい時間は、ずっと続くと思っていたのだ。




◆1.06



「遅いぞぉ。ミス・ミノリ」
「こーら。ルディ」
 内容とは裏腹に明るい声が廃墟の内側からかかってきて、ミノリと五十鈴は、身をかがめないと入れないような半壊の入口をくぐって、その廃ビルに入った。
「荷物持つよ。五十鈴姉」
 どこからか現れたトウヤが五十鈴の紙袋を受け取って、一行は西日の差すフロアにはいりこんだ。待っていたのは今となってはクラスメイトよりも親しくなったセララ、そして遠くからアキバにやってきたという二人組だ。
「ちゃんと買ってきました! 五人前プラス五人前!」
「ほらぁ、おちついて」
 五十鈴が出した包みからすごい勢いで串焼き肉を食べだしたその二人は、興奮のあまりふくらんだしっぽを激しく左右に振り回している。
「どうだったの?」
「一回食事して、倒れて、また起きて、倒れてた」
 ミノリの質問に、トウヤが応える。
「うーん、これは本格的にポンコツかも」
 肩をすくめて五十鈴が続けると、ちょっと困ったような表情のルンデルハウスが、弁解気味に割り込んできた。
「いやしかし、彼女たちが〈古来種〉なのは見ればわかるわけで。――〈イズモ騎士団〉の精鋭がこんなの(、、、、)だなんて、思うわけがないだろう?」

「ふしゃお! リトカ、それはわたしの!」
「ねー様の肉はそっちでどうぞなのだ」
「これは肉じゃなくて残り串でしょ!?」
「むっしゃむっしゃ、美味しかった。ねー様。今度はもも肉がいい。取ってー」
「こら、リトカ!!」
 向い合ってふしゃーふしゃーとしっぽをふくらませる二人に、セララだけは困り笑顔で「まだまだありますからあ」と仲裁をしている。
 二人は〈狼牙族〉の少女だった。
 年齢は十代後半程度だろうか? ミノリよりは年上に見えるが、リーゼより上かどうかはわからない。そんな印象だ。レリアと呼ばれた少女は、翠の髪の毛に夕闇色の瞳。リトカと呼ばれた少女は、翠の髪に朝焼け色の瞳。
 二人とも布を中心にした軽装防具を身に着けており、ひらひらしたそのデザインはどこかの民族衣装のようにも見える。露出もそこそこに多く、覗いた素肌に走る刺青のような魔法紋のせいで、エキゾチックな雰囲気を感じさせた。地球でこの姿をしていればハードすぎるコスプレなのだが、現在のアキバではなかなか気合の入った装備だな、程度の認識しか持たれないだろう。

 肉をめぐって奪い合う二人を脇目に、ミノリたちは小声で相談をする。
「ミノリ。シロエ兄ちゃんに言えた?」
「ううん……。今日もすごく忙しそうだった。これ以上持ち込むのはちょっと」
「まあ、何が起こったってわけでもないからねえ」
 悩むような表情のトウヤを、さばさばとした五十鈴がたしなめる。
 姉妹を拾った(、、、)のは二日ほど前だ。レリアとリトカという姉妹は〈ハーモクロスの小島〉にある雑木林で行き倒れになっていて、狩りの途中で発見したミノリたち年少組の携帯食料を一瞬で消費し尽くした。聞いてみればもう二週間も何も食べてなかったらしい。そのあとまた気を失ってしまった姉妹を、放り出すわけにも行かずアキバに連れ帰り、勝手に廃墟に潜り込んで寝込んでしまったその場所に毛布と食料を運び、食べたり寝たりをしながら今日で二日目という塩梅であった。
 言ってみれば行き倒れを拾って食事の世話をした。
 それだけのことである。
 地球世界の基準で言えば未成年だとはいえ、ミノリたち年少組は、このヤマトにおいてはほぼ成人とみなされる年齢だ。モンスター狩りで定期的な収入も得ているうえに、今回提供した寝具や食事もその収入でまかなっている。
 そうである以上、非難されるようなことではないのだが。
「早めに報告しておくに越したことはないだろう。――どうあれ彼女らは〈古来種〉なんだぞ」
 普段の陽気で洒落た雰囲気も薄く、硬い表情のルンデルハウスが腕を組んでそう言った。

「ねー様。ねー様。梨が消えた!」
「無しだけに?」
「デザートがないととても寂しいのですけど……」
「梨の謀反ね大変だわ(しゃくしゃく)」
「ねー様の梨は?」
「もう無いの。ごめんなさい」
「ふたつ食べたなんてずるい!」
 ふしゃおー。ふしゃおー。
 まじめに話あう後ろで二人が尻尾をふくらませる気配がする。
 厳しい表情をとっていたルンデルハウスは、十秒ほどその雰囲気を維持していたが、がくりと肩を落とした。「まじめに話してるのに、こいつらなんだよもう」という表情だろうか。
 疲れたような溜息をつくルンデルハウス、その様子を見たミノリも、何をしたというわけではないけれど罪悪感を持ってしまう。

「やあやあ。リトカはリトカ=モフール二十八世。永世名誉(えーせーめーよ)地下帝国皇帝にして永遠のこたつ守護大名! 今後ともご飯をよろしくおねがいします」
 やっとこ食事が終わり、そしてそれが数日に渡るエネルギー補給を完了させたのか、二人の少女のうち可愛らしい帽子を被ったほうが、満面の笑顔で片手を上げて自己紹介を述べた。はじめは誇らしく偉そうに、そして何故か最終的には丁寧語で頭を下げる。
「バカ。バカリトカっ。本当にすみません。わたしはレリア=モフール。このダメ妹の保護者です。本当に申し訳ありませんが、路銀消失ゆえ今後ともご飯をよろしくおねがいします」
 どうやら姉らしい、脚の露出が激しい少女も自己紹介をする。こちらは最初から恐縮しつつ、最後は大きながま口財布を逆さにしながら、震え声の懇願だ。

「突っ込みどころ満載だけどどこから話そうか」
 生真面目な表情のトウヤが振り返った。
 ミノリは首をふるふると振って返事に変える。どこから尋ねていいのかなんてわからない。今日だけで十人前以上の食事をとった二人の少女の言葉は、ちょっと聞いただけでもおかしな点が山盛りだ。
 帝国というだけで意味がわからないのに、それが地下にあって、永世で名誉ってことはなんなのか? 名誉皇帝なら他に皇帝がいるのではないか? なんだか偉そうだけど、その皇帝がなんでここにいるのか? そんなに偉そうなのに姉が保護者なのはなぜなのか? なんでがま口財布なのか? なんで旅費を失ってしまったのか?(この疑問については食費で消えたのではないかという推測が成り立つ)
 肝心の質問、すなわち〈古来種〉というのは本当なのか? 今までどこで何をしていたのか? なぜアキバにやってきたのか? どんな目的があるのか――。その質問に辿り着く前に、精神的疲労で雪山遭難してしまいそうだ。 
「アレルギーとか食事の好き嫌いはなんですか?」
 ある意味引いていたミノリと五十鈴を差し押さえて、全く臆することなく尋ねたのはセララだった。
「良い質問なのだ。リトカは美味しいものならなんでも食べられる。みかんとドリアが大好物。肉はミディアムでお願いします」
「嘘つきなさい。スイカ食べられないくせに」
「ねー様が『スイカ食べるとおへそから芽が出てくる』っていったからなのにっ」
「……ゴーヤは?」
「苦いから!」
「リトカが我儘でごめんなさい。でも、ぜひ援助お願いします」
 その一言をきっかけに、姉妹は再び尻尾を膨らませて、ふしゃーふしゃーと威嚇しあった。とは言え怒気は感じられず、じゃれあってるようにしか見えない。とても仲が良さそうに見えるのだ。

「もしかして彼女たちは道化なのか?」
「道化ってずいぶんな言い方じゃない? 漫才師、とか?」
 ルンデルハウスと五十鈴がささやきあうが、ミノリはそれも仕方ないと肩を落としてたずねかける。
「そのう、レリアさん……とリトカさん」
 レリアをメインに呼びかけたのは、彼女の言葉の中にあった「保護者」というキーワードに一縷の希望を抱いたせいであり、これ以上話の脱線を避ける思惑があった。
「はい、なんでしょう」
 希望的観測込みではあるが、りりしい表情で二人の姉のほうがミノリに首をかしげる。深い翠の髪の毛が肩の先でくるんと揺れていて、ミノリから見れば年上に見えるが、さほど離れているようにも見えない。
「お二人は、どこから来たんですか? アキバへはなぜ?」
「それはですね」
美食旅行(たべあるき)――」
「ではなくてっ! そのう、妹と一緒にちょっぴり洞窟的な場所にいたんですが、寝過ごしたらしくて」
「はあ」
 話してみれば理知的なレリアの会話のところどころに両手を突き上げて乱入してくるリトカを受け流しながら話を追いかけてみる。
「目が覚めたら、お布団がなくなっていて土塊(つちくれ)が視界を埋めていたものですから、あわてて地上に出たのです。びっくりしましたね。おなかがすいていて」
 相変わらず話の内容は首を傾げてしまう点が多い。
 土塊が視界を埋めているというのは、それは生き埋めという状態ではないだろうか? それとも〈古来種〉はそういった状態で冬眠のように眠るのだろうか? ミノリには事前知識がないので、それが正常なのか異常なのかまったく区別がつかない。
 ただひとつわかるのは、「おなかがすいていて」と告げるレリアが頬を染めて照れているということだけだ。

「あたりの気配を探った私たちの第六感に訴えるものがありました。何かがおかしい。不穏な気配がする。これは東のほうに」
「ごちそう!」
「じゃなくて、邪悪がいる! そう直感した私たちは旅をしてきたのです」
 本当?
 ホントか?
 信じるべきなのだろうか?
 えへへへへ。
 ミノリの後ろで仲間たちの呟きが聞こえた。気持ちはとてもわかる。
 しかし、そう説明されてしまえば否定できるほどの情報を持ち合わせていないのもまた、事実なのだった。この先どうすればいいのだろう? これが何か事件のきっかけだったら、そう考えるのはけっして気のまわしすぎではないはずだ。ミノリはひとつうなずくと、二人に告げた。
「今日はもう遅いですけれど、明日、わたしたちのギルドハウスにいらっしゃいませんか? にゃん太班長にお願いをして、ご飯を作ってもらいますから」
 びくん! と耳をつきたてた二人の少女は、いちもにもなくうなずいた。
 〈記録の地平線〉に客人来る。それはアキバの街が迎える新しい冒険の、ひそかな幕開けだった。
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