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ログ・ホライズン 作者:橙乃ままれ

ログ・ホライズンEp12 円卓崩壊

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◆ Chapter3.04 




 アインスの宣言は様々なところに飛び火した。それはアキバの街中だけではなく、大半の人々が予想するより早く、そしてより広い範囲に拡散した。
 マイハマは東ヤマトにおいて最大の〈大地人〉都市であるというだけではなく、アキバに最も近い〈大地人〉都市でもある。様々な意味で、アキバの影響を最も受ける都市だといえるだろう。
 マイハマの象徴たる白大理石と青銀のタイルで彩られた〈灰姫城〉キャッスル・シンデレラ、その二十九本の尖塔のひとつである〈蛍石の塔〉タワー・オブ・フローライトでは、三人に男性が事の経緯を話し合っていた。
 〈黒剣騎士団〉のアイザック。
 〈第八商店街〉のカラシン。
 そしてこの城の主であるセルジアッド=アインアルド=コーウェン。マイハマ公爵である。
 しかし低いソファーセットで真剣に話し合っているのは老齢に達したセルジアッド公と、いつもよりも五割増し目にまじめな表情のカラシンであって、アイザックのほうは部屋の内側には視線もむけず、片足をぶら下げるように窓枠に腰を掛けていた。

「レイネシア姫をくださいってお願いしておいたじゃないですか」
「そうだったな」
「先に斎宮家に渡しちゃうなんてひどいですよ」
 カラシンは恨むような表情でセルジアッドにぼやいた。
 そこまで根に持ってるわけではないのだが、いえる文句は言っておいたほうが得という判断からだ。罪悪感を持ってくれれば今後の交渉がやりやすくなるという、営業の知恵である。
 とはいえ、相手はイースタルの領袖(りょうしゅう)たるマイハマ公である。そのあたりの思惑は見切られているのだろう、軽く流されてしまった。
「べつだん商人殿を軽く見たつもりはない。あの晩に答えた通り、孫娘がそれを(がえん)ずるのならば、そのようにするのがよかろう」
「それって……」
「斎宮家の使者にもそのように伝えた。レイネシアがうなずくのであれば、当方として婚姻に応ずるはやぶさかでなし、とな」
「はあ!?」
 セルジアッドは落ち着きを払った表情で、何もかもわかっておるというようにうなづくとカラシンに返した。カラシンの側とすれば、咄嗟に返しようがない。
――レイネシアがよいと思うほうとともに暮らせばよい。マイハマ公爵家はどちらであろうとも問題視しない。
 セルジアッド公はそう言っているのだ。思いもしなかったような責任放棄発言である。
 この老人は、要するに、カラシン――ひいては〈第八商店街〉、そして〈円卓会議〉との関係も、斎宮家――ひいては〈神聖皇国ウェストランデ〉との関係も、レイネシア姫に一任したのである。いいや、一任というよりも丸投げに等しい。
「ちょっとちょっと待ってくださいよ」
「んじゃ婚約が整ったっていうのは嘘なのか?」
 慌てるカラシンをよそに、アイザックはのんびりとした興味の薄げな声色で言葉を挟む。
「先方が用意を整えたというのならば先方として真実なのではないか?」
「ちょっとまってください。それじゃ、公の許可が出たというのは嘘なんですか?」
 その会話にカラシンはむくむくといやな予感が膨れ上がるのを感じる。
「いいや。嘘ではなかろう? 本人がよいというのなら反対はせぬ、というのは一種の許可ではあろうからな」
 おいいい。
 心の中で盛大な突込みが炸裂する。
 つまり、斎宮家は、この老公爵に嵌められたのだ。そしてそれはカラシンも全く同じ状況にある。
 カラシンは「レイネシアがうなずくのなら構わない」という言葉を、修辞的な工程の返答だと受け取っていた。一般的な親族の間の情愛として孫娘の意思を尊重するような態度をとっては見るが、血族の当主であり〈自由都市同盟イースタル〉の領袖であるマイハマ公爵が認めたのだ。その決定は絶対的なものであり、この話には許可が得られて進めても構わない――そのように解釈していた。
 〈第八商店街〉という巨大商業組織をマイハマ領に進出させ、貴族文化に詳しくなっていたカラシンは当然のように誤解した。斎宮家の使者が誰だかはわからないが、まったく同じように誤解しただろう。
 よもやレイネシア姫の同意がまさに文字通りの意味を持っていただなんて、疑いさえしなかった。そしてその一点において両天秤を成立させて来るだなんて、想像の外だった。

「それって貴族的にありなんですか?」
「的には、なしじゃろうな」
「さっすが爺さん。ガッツリ攻めてんな」
 がっくりと肩を落としたカラシンのなけなしのイヤミをさらりと流したセルジアッドは、アイザックの評価にからからと笑い声をあげる。
「たしかに、ないな。貴族としても家族としても。わしはレイネシアを切り捨てて、寄る辺ない捨て子のように扱っているのかもしれぬ。だが〈冒険者〉の流儀によれば、配偶者は自分で探すものなのだろう?」
「姫さんは俺らじゃねえだろうに」
 ざくり、と剥きもしない梨をかじりアイザックは返す。
「しかしそれは……」
 カラシンは言いよどんだ。
 レイネシア姫をアキバに、そういいだしたのはカラシンだ。
 そこには確かにいろいろな思惑があった……。一番大きいものは、レイネシアの人気や性格を知るうちに、その商業的な価値に気が付いたということだろう。彼女の外交能力と、営業的な価値というのは、アキバ全体規模であってもかなり大きい。アキバが特にヤマト東北部の諸侯と安定した関係を築けた背景には彼女の存在が小さくない影響を与えている。
 才気という意味では特別なものを感じないが、彼女はまじめで誠実だ。貴族的教育のせいである引っ込み思案で人見知りな部分はもちろんあるが、それや見かけの儚さや怠惰な部分を除けば、レイネシア姫の基本的な性格そのものは誠実さにあるとカラシンは判断している。その誠実さは〈アキバ遠征軍〉結成の演説にも表れたような、時に溶岩ののような苛烈さで噴き出すほどの苛烈で気高い輝きも持っている。そんな彼女をアキバの外交官として安定した地位につけるというのは、〈第八商店街〉にしても〈円卓会議〉にしても利益が大きい。カラシンはそれをシロエと図り、マイハマ公に接触したのだ。
 しかし、その一方でその提案がコーウエン家にとっても利益になるということは確信していた。
 コーウェン家の家族は基本的に良好な関係を築いているが、貴族にとってそれは是隊的なものではない。後継者争いはどこも厳しく、円滑に進むという事例は極めて少ないのだ。血を見るほどの構想になることも、決して珍しくはない。カラシンは貴族との付き合いからそれを学んだし、このマイハマにもそれが潜んでいることを知った。
 現在コーウェン家の当主は目の前の老人、セルジアッドである。
 評価の高い英邁な領主であるが、年齢的にはもう高齢であり十年以内に当主を譲らなければならないだろう。
 次世代は娘婿、フェーネルとなる。彼は実直で、主に内政面での貢献を果たしてきた。領内に反対派は多くはないが、支持も決して強くはない。コーウェン家の人気が高いマイハマ領では、セルジアッドの娘でありレイネシアの母にあたるサラリヤのほうが人気の対象なのだ。〈イースタルの真珠〉と呼ばれたサラリヤは、今は裏方に回りフェーネルを支えている。
 マイハマの騎士貴族や名家は静かなものだが、なぜそうなのかと問えば、それはさらにその次の、つまりセルジアッドの孫世代になれば、マイハマの血を引く直系の領主が立つとわかっているからである。すなわち、イセルスだ。フェーネルは確かに領主だが、その立場はサラリヤの婿でありイセルスの父親なのである。だとしたところで有能なフェーネルに問題があるとも思われないだ。だからこそセルジアッドは彼を受け入れたのだと、カラシンは思っている。
 しかし、そこに問題を起こしたのがレイネシアだ。
 早々に結婚をすることにより後継者レースから距離を置いたレイネシアの姉、リセルテアとは違い彼女は公爵家にとどまってしまった。そのうえ、母サラリヤ譲りの輝かしい銀髪と美貌は、マイハマ領の住民を魅了している。
 市民から見れば、美しき公女が自らを統治するファミリーの一員であることは、誇らしい気持ちであり歓声も上げるだろうが、コーウェン家およびマイハマを収める貴族文官の立場で見れば微妙である。イセルス擁立で一致していた家中や派閥も、次第に揺れてくるというものだ。しかもこのレイネシア姫が、マイハマという領地を超えたカリスマ性を発揮して、〈自由都市同盟イースタル〉の危機を救うべく、〈冒険者〉とも渡り合ったという「実績」を得れば、彼らの危惧も笑い話として済ますことができなくなっていく。
 レイネシアは、コーウェン家の抱えた不発弾なのだ。

「彼女をアキバに引き取るっていう話は、お互いのメリットになると思ったんですけどねえ」
「それは斎宮家でも一緒ですもの」
 その言葉にわずかな苦悩の表情を見せたセルジアッド公だったが、カラシンの発言に直接答えたのはドアを開いてこの応接間に入ってきた第四の人物だった。
 サラリヤ=ツレウアルテ=コーウェン。
 まさに先ほどまでカラシンが脳内で確認していた登場人物の一人。レイネシアの母だった。三十六歳になるはずだったがそのような雰囲気は感じさせない、少女のような美貌の女性だった。〈イースタルの真珠〉という二つ名のとおり、淡く輝く乳白色のドレスに身を包み、しずしずとソファーセットに歩み寄ると、優雅な会釈をもってセルジアッドの隣に腰を下ろした。
「――コーウェン家の継承問題に端を発する軋轢を避けるためというのであれば、嫁に出す先がアキバでも斎宮家でも一緒のことではありませんか?」
「それはそうかもしれませんが」
 一応貴族的な礼儀にのっとり、立ち上がり名乗りとあいさつを述べようと思ったカラシンだったが、そんなことを気にもかけていないようなアイザックと、多少はあきれているらしいセルジアッドの顔を見て諦めた。
「レイネシアが斎宮家に嫁ぐのならば〈ウェストランデ〉との軋轢が少しでも静まりましょう。〈イースタル〉の諸侯に反感が芽生えるかもしれませんが、それはやり方次第で軽減も可能です」
「……」
 意図的に強い視線で見つめているカラシンに対して、少しも気後れをしていないかのようなサラリヤは涼しげな口調で続ける。
「アキバを離れてしまうデメリットに関しては、そちらのアイザック様がイセルスの後見に立っていただけるとのこと。もちろん今まで通りとはいきませんでしょうが、新しい(えにし)があれば続いていくのではないかと思います」
 名前を呼ばれたアイザックは鼻を鳴らした。
 愉快ではなさそうだが、面と向かってすぐにかみつくというわけではなさそうだ。
「……しかし〈第八商店街〉(うち)とのあいだにしこりが残るんじゃないですかね?」
 カラシンは不機嫌そうな表情で切り出した。
 今まで接点のなかったこの貴族夫人は、話だけあちこちから聞いていた。市中の酒場の噂では伝説的な美貌の姫君というだけであるが、マイハマ宮中の貴族社会においてはその実質的な統率者ということである。外交と軍政を力強く差配する当主セルジアッド、内政の特に治水と農政に力を尽くす次期当主フェーネル。その二人を陰から支えるこのサラリヤ夫人は、マイハマ領の諜報と防諜一手にまとめる情報担当なのである。
 とてもではないが油断などできる相手ではない。

「ええ、とてもとても申し訳なく思っています」
「え?」
 だがそうして強めの意思で挑んだカラシンは、あっさりとその気迫をそらされてしまった。サラリヤは、貴族夫人としてはあるまじき素直さで、深く頭を下げたのだ。謝罪は相手に対して非を認めることであり、貴族社会では大きな意味を持つ。カラシンも虚を突かれてしまった。
 深く覗く真っ白い胸の谷間と、一向に上げようとしない面のせいで居心地の悪さだけが借金のように拡大していくカラシンは、気の利いた交換条件も出せずに、やがて「頭を上げてください」と折れるしかできなかった。
 役者が違う、ということになるのだろうか。セルジアッド公もやりがたい相手だが、このサラリヤという夫人はそれ以上だ。マリエール相手に散々学んだ「自分は美人に弱いのではないか?」という反省を全く生かせぬまま、カラシンは深く落ち込んだ。

「言い訳するわけではありませんが、カラシン様。お聞きください」
「はあ」
 気が抜けた返事をするカラシンに、姿勢を直したサラリヤは改まった態度で訴え始めた。
「――〈自由都市同盟イースタル〉を統べる諸侯。その諸侯集まる領主会議。すべての目が集まるその場から、私の娘を抱きかかえ、伝説で語られる〈鷲獅子〉(グリフォン)で飛び立った一人の騎士がいるのですよ」
「ああ、クラスティさん」
 カラシンはうなずく。
 その場にいたわけではないが、その経緯は直後にシロエから聞いていたし、そのあとに続く夜明けの大騒ぎのために〈戦女神の銀鎧〉ヴァルキュリー・メイルを用立てたのはカラシン自身なのだ。彼女が会議でどんな啖呵を切って飛び出してきたのかは、ミチタカからも聞いている。
 酒を飲みながら、どんなロマンス映画だよと笑いあった記憶もある。
「その様は雄々しく、また気高く、娘の手を取って『わが剣はわが姫のもの。守護騎士の名に懸けて姫の願いをかなえましょう』と囁き、娘の指さす暗闇へ微塵の恐怖も見せずには飛び込み、竜を屠る深紅の斧で千の悪鬼を一息に葬ったと聞きます」
 聞いているのだが、姫の母親たる美女の口から語られると、映画というよりもホメロスだとかなんだとかの英雄詩のように聞こえるから不思議だ。悪乗りした〈冒険者〉のばか騒ぎという、深夜の決起集会の印象が強いカラシンは「盛ってません? それ」とぼやいてしまう。
 しかしそれを聞きそこなったのか、聞き流したのか、サラリヤはそこで一拍おくと、ずい、と膝を前に進めた。
 中央部には応接テーブルがあるために、実際そこまで接近されたわけでもないのだが、カラシンはその気迫に押されて身を引いてしまう。
「わが娘を浚った騎士さまですから、一度くらいは挨拶に来てくれてもよいとは思いませんか? カラシン様」
「えーっとそれは?」
 なんだそれは。
「娘ももう十六。伴侶を得なければ心無い陰口をたたかれましょう。並みいる富貴英邁なる領主の方々の前で、騎士の誘いとはいえ夜の闇に消えたわが娘をめとろうとしてくれるような、そんな騎士が一人でもいらっしゃるとお思いですか? カラシン様」
 つまり、この話は、レイネシア姫が行き遅れるから発生したということなのだろうか? いやいやいや、彼女はまだ高校生くらいだぞ、とツッコみかけてカラシンは自制した。
 〈大地人〉の平均的な結婚年齢に詳しくはないが、もしかしたら彼女は適齢期なのではないか? とうっすら考える。そういえば、〈第八商店街〉のタロを囲むお嬢様方もやけにギラギラした肉食獣の眼光を放っていた。
 つまりそういうことなのか?
 そういうことなのか?
 いったい何に巻き込まれたのだ?
 全く責任がないはずのカラシンに答える言葉はない。どころか、軽い混乱状態にさえある。
 なのになんでこんなに罪悪感をあおらなければならないんだとカラシンは思った。率直に言って理不尽だ。しかし、言い返せるような雰囲気ではない。ごまかしたり逃げたりするのも危険だと、カラシンの処世術は告げている。

「たった一言、面倒を見る、と。それをおっしゃっていただくことがそんなに大それた望みでしょうか? カラシン様」
「え、その。おーい、アイザックくん~?」
 振り絞るように哀切なサラリヤの言葉に、カラシンも限界を迎えた。耐え難くなって渾身のパスを相棒たるアイザックへと放つ。
(持ち前の空気読めないゴリゴリパワーで跳ね返してくださいよほんと!?)
「眼鏡が悪いだろ。けじめつけろよ」
(使えねええええ~)
 壁パスだったようですぐさまボールが返ってきた。
 ドリブルで突破を余儀なくされている。
「アッハイ」
 他に何と言えばいいのだ
「そのような仕儀ですので、斎宮家からの申し出を断ることも難しく、今回このようなお話になってしまったのです。カラシン様には申し訳ないことをしました」
「それはその」
「つまり、あの家出眼鏡が一番悪いってこったな。割れちまえよ」
 口ごもるカラシンにあっけらかんとアイザックが言い放った。
 なんだかうまくごまかされているような気もする。このサラリヤは想像以上の切れ者で、こちらの罪悪感につけ込んで来ている気配は感じる。だがそれを抗弁するカードがないのも事実だ。そもそもことは男女間のそれであって、部外者が口出しをするのは野暮というほかないのである。
 クラスティが悪い。
 深く同意したカラシンは肩をがっくり落として投げ出した。
(もう、どうにでもな~れ~だ)



◆ Chapter3.05 



 青空というには濃い、限りなく透き通る紫紺の天には、純白の雲が駆けていた。瑞々しい草に覆われた、まるでビロードのような草原を風が吹き抜けてゆく。
 緑の香りは鮮烈で大地は一行を旅へいざなうかのように続いている。草原は晴天であった。

 花貂(ファーデャオ)はその高さが怖いのか、先ほどから馬の首筋にしがみついて震えている。その滑稽な姿を見下ろしていたクラスティは全く助けるそぶりも見せずに話しかけた。
「馬は苦手なのですか?」
「これは初めてです。怖いし揺れます」
「狼だって同じようなものでしょう?」
「狼はふさふさして暖かくて毛をつかめば安心です。求聞(ぐもん)がいいです」
 そうですか、と呟いてクラスティは目元を緩めた。
 でも求聞は役目を果たしてしまいましたからね。そう呟いたクラスティは、鞄をひと撫でしてから背筋を伸ばした。
 乗馬は姿勢とリズムなのだ。花貂(ファーデャオ)のようにおっかなびっくりしがみ付いているとかえって危ない。幼少期にに習ったときには存在意義の分からない気取った趣味だと思っただけだったが、セルデシアにおいては完全な実用技術である。

 クラスティ及び同行者は全員旅装である。
 とはいえ、全員が〈冒険者〉であって荷物は大きくない。十人用の大型天幕であれ〈魔法の鞄〉(マジックバッグ)に入れてしまえば重量も大きさもなくなってしまうのだ。それぞれに趣向を凝らしたデザインの鞄を身に着けてはいるが、いずれの中にも数か月分の食料や宿泊道具、着替えなどが入っているはずだった。

「わざわざ悪いな」
「いいえ、私たちも目的があったことですので」
 緑色のボディースーツを着た男に、豹頭の戦士・朱桓 (ジュホワン)が答えを返した。
 カナミ、コッペリア、レオナルド、エリアスの四人と、春翠(チュンルウ)、朱桓 《ジュホワン》の〈楽浪狼騎兵〉(らくろうろうきへい)の二人組。そして、道服(どうふく)に身を包むクラスティに、馬の首にしがみつく花貂(ファーデャオ)
 草の海を渡る一行は八人。〈草原の都〉(シーマァナイクイ)からかれこれ五時間になる。〈狼君山〉で〈騎乗用狼〉(ライディングウルフ)を手に入れたカナミたち一行は草原を超えて、今日、クラスティたちと別れるのである。
「これからどちらに向かうのです?」
「一応はタンロンを目指すつもりなんだけどな」
「ハノイですか」
 〈楽浪狼騎兵〉のギルドマスターとレオナルドの会話に、地球世界ではベトナムの経済都市の名をクラスティがつぶやく。
 それがカナミたち一行の当面の目的地とのことだった。
「いやまあ、そうなんだけどカナミがいるから難しいっていうか、もうこれ、絶対不可能じゃないかー? なあ、エリアス」
 レオナルドは地図をぐるぐるとまわして肩を落としている。
 数字の上ではおおよそ千五百キロメートルほど真南に進めば到着するはずなのだが、途中にある荒野や山地は別にしても、カナミがいるという事実だけでまっとうにたどり着ける気がしないのだろう。同情するし、それはおそらく事実だろうな、とクラスティは思う。
「仕方がなかろう。諦めも肝心だ」
 白いコートをまとい泰然とした英雄エリアスはそう答えた。
 一応和解はしたのだが、あちらは気まずさを感じているらしくクラスティとの間の会話はぎこちない。
「……しかし〈大都〉(ダァドン)にせよ〈燕都〉(イェンドン)にせよ、あるいは〈羊都〉(ヤンドン)にせよギルド戦争(ウォー)の舞台になっております。立ち寄れば必ずや足止めをされるでしょう」
 思慮深げな声で捕捉をしたのは春翠(チュンルウ)と呼ばれる女侠客であった。聞けば、カザフスタン周辺からモンゴルまでの旅をカナミたち一行と共に踏破したという。別れる寂しさもあるのだが、それを周囲には感じさせぬさっぱりした態度だった。情が薄いというわけではないのだろう。コッペリアと呼ばれる少女に、丸薬や水薬など、いくつもの薬を渡していたのを見かけた。
「イベント目白押しで困るよね!」
「困らない!」
 底抜けの陽気さで片腕を突き上げた黒髪の女性はカナミである。
 かつて大規模戦闘(レイド)集団〈放蕩者の茶会〉ディボーチェリー・ティーパーティーを率いてヤマトサーバーのランキングを切り刻んだカリスマの持ち主。その実態は人型台風だ。
「厄介ごとはこりごりだ」
 大げさなボディランゲージで肩をすくめるレオナルドといい、変わった一行だ。もっともカナミが率いている以上、この程度で済んでいるのは奇跡的なのだろう。
 それは〈草原の都〉で共に過ごした半月の間に思い知ったクラスティだった。

 〈狼君山〉の遺跡を巡り、葉蓮仙女(ようれんせんにょ)と戦った一件以来、一行は〈草原の都〉へと移動し、疲れをいやし様々な物資を補給していたわけだが、その半月の間にも様々なことが起こった。
・三人の女性と同じ日に結婚式を挙げようとした男性をしかりつける。
・幽霊屋敷に住み着いた旅芸人に端を発する幽霊退治。
・草原を走るキノコの化け物を大量に捕まえる。
・売り言葉に買い言葉で発生した狼競争と大宴会。
 〈D.D.D〉のスタッフもお祭り好きであったとは思うが、カナミのそれは常軌を逸しているといえた。それでもレオナルドによれば「今回はゆっくり骨休みができた」そうなのだから、普段の旅など推して知るべしだ。
 そしてその期間の間、クラスティを含めた一行が最も頭を悩ませたのがカナミの気まぐれであり、その気まぐれは彼女たちの旅の予定にも大きな影響を与えていた。
「その経路はマスターの意思にもっとも沿うものですから心配するには当たらないとコッペリアは考えまマス」
「コッペリアは素直だな」
 うなだれるレオナルドほどではないが、クラスティも似た感想を持っている。
「それでもヤマト行きを優先したのは彼女ですからね」
 肩をすくめて見せたのは、ある意味厄介払いだったからだ。
「ギルド戦争、仙境めぐり、〈典災〉との闘い――。まあ、他はわからないが、ギルド戦争はもはや不可避だ。〈楽浪狼騎兵〉(われら)はもう逃げるわけにはいかない。準備にもう少し時間はかかるが、副長を中心に人員をまとめ、一軍を組織して〈燕都〉(イェンドン)に攻め込むまで」
 朱桓の重々しい言葉にカナミは露骨に迷いを見せる。
 先般の事件で、ギルド戦争がもはや対岸の火事ではありえないと悟った朱桓は、とうとう撃って出る決断をしたのだ。しかしその場合目指すは中国サーバーの中心である海岸部である。
 北京、上海、広州、天津。そのあたりの主要都市がプレイヤータウンであり、かつギルド戦争の舞台となっているらしい。朱桓が〈楽浪狼騎兵〉を率いてその戦いに身を投じる決断をした以上、腕利きの〈施療神官〉である春翠もまたカナミたち一行を離れて自らのギルドに戻ることになった。
 もめたのは、その戦いにカナミたちが参加するかどうかだった。もめたというよりも、一方的にカナミが唸っていたというのが正しいだろう。朱桓が誘ったわけでもないのに頭を抱えて悩んでいたようだ。
 曰く、とてつもなく面白いような気がする。と。
 いわれた朱桓こそご愁傷さまというべきだろう。表情がわかりにくい豹頭であるはずなのに明らかに動揺していた。短い付き合いしかないが、カナミのトラブルメーカーぶりが身に染みていたのだろう。
 なにせ二週間ほどの滞在でギルドハウスの離れを一度壊して二回も再築させたのだ。

「クラくんはギルドに連絡とれたんでしょ?」
「ええ。念話で」
 クラスティはうなずいた。
 一度隣のサーバーにいるとわかれば取れる手段はあるのだろう。〈D.D.D〉所属の〈召喚術師〉が強化念話にて通信してきたのは、つい一昨日のことだった。飛行型の召喚生物で海をまっすぐに超えて、〈入れ替え転移〉(キャスリング)でサーバー境界を越えてきたらしい。
 もちろんわずかにこちら側に侵入しただけで、クラスティのところまで来たわけではないが、同一サーバーに入れば連絡程度は取れるのだろう。ただし、念話機能はまだまだ制限が強い。わずかな文字情報を電報のようにやり取りをするだけで限界だった。
「たいした情報交換ができたわけではありませんが、安心くらいはさせられたと思いますよ?」
「本当?」
「ええ、もちろん。あちらに残っているのはいずれも優秀なメンバーですからね」
 まあ、優秀とは言い切れないメンバーもたくさんいるのだが、それでも楽しくやるだろう。自分がいなくても、さほど困ったことにはならないはずだと説明をしたクラスティは、原因不明の寒気を感じて、こめかみをもんだ。
「うーんうーん」
「ヤマトに向かってレベルキャップを開放するのでしょう?」
「そうなんだけどね」
「急がないと、シロエ君にクエストを突破されますよ」
「そうそう。それがまさに問題なんだけど……」
 カナミは珍しく言いよどみ、うーんうーんと腹痛のようなポーズで唸っている。
「どうせろくでもないことで悩んでいるんでしょう」
「そんなことないよ。ギルド戦争っていうのも、仙境めぐりも、なんだかちゃんぴよんな感じで面白そうだな。参加しないのはイベント丸損かなあ、って」
 なにがチャンピオンだかわからないが、クラスティはもはや理解をあきらめているためにあっさりと受け入れて「そうですか」と流した。どういう意味だか考えるだけ無駄なのだろう。
「そちらのほうは僕の担当ですからね」
 獲物、と言おうとしてクラスティは言い換えた。
 自由な異世界ではあるが、最低限の慎みというのは必要だろう。
「いずれにしろ西王母(ブカフィ)()って呪いを解いてもらわない限り、ヤマトには帰れません。でしたら〈楽浪狼騎兵〉に付き合って仙境をたずね、ギルド戦争に手を貸すのは僕のほうが適任でしょう。仙境は月とつながっている。そうしていればどうせちょっかいをかけてくるのでしょうし」
 身体の奥底からわく愉悦に従い、クラスティは微笑んだ。
「なんだかそれがずっこいと思うんだよね」
「なにがずるいんだカナミ」
「私たちはヤマトにむかうだけなのに、クラくんたちはギルド戦争と〈典災〉退治の豪華二本立て上映なんだよ? ニチアサっぽくない? ずっこいよね」
「全くわからん」
 レオナルドに一刀両断にされたカナミは「誰もわかってくれないんですけどぉ!?」と叫んでコッペリアに泣きついている。いつも騒がしい女性だった。

「しかしマスター。〈大都〉(ダァドン)〈燕都〉(イェンドン)で足止めを受けた場合、一年単位でヤマト到着が遅れる可能性がありまス。現状知りえた情報を考える限り、タンロンを経由するのが最も早くヤマトにたどり着けるでしょう」
 少女の説得を受けたカナミは多少元気を取り戻したようだ。
 急いでヤマトに行ってすぐ帰ってくれば、とか、KRになら送ってもらえるかも……などと呻いているのが聞こえたが、クラスティは素知らぬ顔をすることにする。とぎれとぎれに届いた伝令によれば、アキバも激動といえる流れの中にあるようだ。〈典災〉の襲撃は、なにも〈狼君山〉に限ったことではないらしい。そんな状況の中、カナミの思う通り都合よく進むかどうか定かではない。
「とはいえ……」
 クラスティは涙目になった花貂(ファーデャオ)の後ろ首を抱え寄せて、自分のおなかの前で場所を整えてやった。きょろきょろと後ろを見上げようとする小さな侍女を抱えて、呟く。
「こちらも面白くなってきたところですしね。返済をしてもらうまで、相手が何を言おうと追い詰めさせてもらうのは、こちらの権利(どうらく)ですから」
 すべての敵を打ち破り、気に入らぬ呪いを解除させる。
 それはクラスティにとっての新しいクエストだった。
 相手がカナミであっても、あるいはシロエであってもクラスティは譲るつもりなどさらさらなかったのだ。

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