まぶしかった。
白いシャツも。
汗も。
光に透ける茶色い髪も。
いつも、いつでも、どこにいたってキラキラしてた。
沙代はこっそりと溜息をついた。
そのキラキラに惹かれているのに、触れてみたいのに、まぶしすぎて近づけない。
この三年間、沙代はずっと見てきた。その光を見つめ続けてきた。
それも今日が最後…。
沙代はそっと目を伏せ、周りの様子を伺った。
門出を祝うかのような澄みきった空の色の下で、制服を着た若者たちが、あるものは楽しげに、あるものは涙を浮かべて、それぞれ友と思い思いのときを過ごしていた。
そして、ある一点で彼女の視線は動きを止めた。
長身の背を少しかがめるようにして、桜の木の陰にたたずんでいる一人の青年。
間違いなく、沙代が探していた人物だった。
薄茶色の髪を風になびかせて、ポケットに手をつっこんで立っている。
(最後だから――)
沙代はぎゅっと両手に力をいれる。
見つめつづけたこの三年間、彼との関係はクラスメイトでしかなかった。
特に友達ではないし、携帯番号を教えたりするほどの仲でもない。
相手が名前を覚えてくれているかもあやしかった。
沙代もそれ以上を望んだわけではない。
ただ、どういうわけか彼だけが沙代には輝いてみえるのだ。
それがどういうことなのか、沙代にはわからなかった。
ほんと、何もなかった。
ううん、何もしなかったよね、私は…。
そう心でつぶやくと、沙代はそっと苦笑した。
だから、今日くらいは、ね。
そして胸に手をあて深呼吸をひとつし、ありったけの力をこめて名前を呼んだ。
「春日井―!!!」
言わなきゃいけないことが、あるんです。
最後に。
あなたへ。
相手もいきなり名前を呼ばれてびっくりしたようだ。
しかも呼んだのはそう仲がよかったとは思えないクラスメイト。
なんだろうと首をかしげて、彼女が走ってくるのをじっと見つめた。
息を切らしている彼女の顔を見ながら、春日井は必死に名前を頭の隅から呼び起こす。
確か山がついたよな? 山田?山本? あぁそうだ、確か彼女の名は…。
「どうしたの? 山口さん。俺になんか用?」
耳元でちょっきり切られた栗色の柔らかそうな髪が揺れ、驚いたように顔をあげた。
「私の名前、知ってたの?」
目がまんまる…。
思わず春日井は笑った。
「三年間も一緒だったクラスメイトにそれはないでしょ?」
沙代はクラスでも特に目立つ存在ではなかった。
容姿も成績も人並み。
それでも友達が多くて、よく仲間に頼られていたことを春日井は知っていたし、
くるくる表情の変わる子だなとも思っていた。
ちょっと嬉しそうな顔を見せたあと、沙代は尋ねた。
「友達のとこ行かないの?」
彼女はいつもつるんでいた吉沢たちのことを言っているのだろう。
そう解釈すると春日井は笑っていった。
「うん、ちょっとね…。」
「あっち行くと、後輩がほっとかないから面倒なんでしょ?」
いきなり図星なことを言われて、春日井はとまどった。
沙代はそれを見て、やっぱりねとクスクス笑った。
それは本当だった。
卒業式恒例となっている第二ボタン争奪戦がどうにもめんどくさくて、こんな目立たないところにぽつんと立っていたのである。
春日井は、そのすらりとした身長と端正な顔立ちから学年でも有名な人物だった。
そんな人物だからこそ、こんな特別行事の日は一大事だった。
きっとあっという間に囲まれてしまって、もみくちゃにされてしまうだろう。
そんなことは彼にとってまっぴらごめんだったのだ。
「そんなことは、いいんだけどね。」
沙代はふわりと笑った。
様子が変わった沙代の様子に、春日井は黙った。
二人の間を風が舞い、桜の花びらが舞い散る。
「飯野さん、待ってる。」
「えっ?」
唐突に出てきた名前に、春日井は聞き間違えかと思った。
しかし、沙代の口からもう一度しっかりとその名前はつむがれる。
「飯野さん、春日井のこと待ってる。今なら間に合うよ。」
(なんで、彼女がそのことを?)
そんな疑問を見透かしたかのように沙代はにっこり微笑んだ。
「ずっと、見てたから。」
「…。」
「彼女、校門のとこで友達と喋ってる。早くいってあげて。」
ぎゅっと口を結んで黙ったまま、春日井は動かない。
どうするべきかを、考えているのだろう。
(答えはひとつなのに、ね。)
沙代はその答えを知っていた。
だからこそ、彼を行かせようと思った。
最後だから、もう彼に会うのは最後だから、彼のためにしてあげよう。
そう思ったのだ。
(しょうがないなぁ。)
困ったように肩をすくめて沙代は強硬手段にでた。
「ほーら。」
初めて触れる彼の体温。
上ずりそうになる声を押し殺して、春日井の背中を両手で前に力強く押した。
「行ってこい」
不意をつかれて少しよろけた春日井は、体勢を整えるとためらうようにこちらをちらっと見た。
沙代はとまどいを含んだ彼の瞳をみて、にこっと笑ってやる。
(大丈夫だよ。)
春日井はゆっくりと頷くと、そのまままっすぐ前へと向きを変えた。
(−そう、それでいいんだよ。)
沙代は彼の未来がうまくいくように祈った。
後悔はない。
むしろどこか清々しい気持ちで、ぐんぐん前へと進む力強い背中を見やった。
(バイバイ、春日井)
そして、今度は自分の道へ進もうとした、そのとき。
「山口!! 名前なんていうの!!?」
言われたことの意味がわからず、沙代はしばらくきょとんとした。
「お前だよ、お前の下の名前!!」
遠くから叫ぶその声は、びっくりするくらいはっきりと聞こえた。
(あたしの名前?)
沙代はおかしくなって笑った。
(さっき、名前覚えてるって言ってたじゃん)
「沙代。山口沙代!!!」
沙代のありったけの声は相手にも届いたようだ。
「山口沙代!! 次に会うときまで覚えとく!!!」
そして、春日井はにやっと笑うと、大きく右手を振り上げて走っていった。
次なんてあるはずない。
わかってることけど、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
(−困ったなぁ)
ひらひらと舞う桜の花びらをまぶしげに見つめ、沙代は目を細めた。
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