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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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まずは家族に相談

 夕暮れ時の家の居間。

 陽が落ちる少し前の赤い部屋で僕は弟と一緒にテレビを見ていた。

 あの後、家庭科室から帰った僕はパーテーション用のポスター作りを放り出して他の作業に移り、結局今日もポスターを完成させることが出来なかった。三田さんに怒られることは無かったけれど、きっと仕事のできなかった僕にがっかりしているに違いない。

 テレビに映る怒りに満ちたコメンテーター。

 まるで僕に向かって怒っているようだ。


「ねえ、祈君」


 怒る液晶テレビから視線をそらし、隣に座る祈君の顔に目をやる。


「なに兄ちゃん」


 祈君は僕なんかに目を向けずに一生懸命ニュースを見ていた。怒るテレビを食い入るように見つめていた。


「祈君は、一番仲のいい友達が他の友達と仲良くしているのを見てどう思う?」


「別に何とも思わないけど」


 横目で一度僕を見て、再びテレビに視線を向ける。それほど楽しいニュースではないけれど、祈君としては興味をそそられる内容なのだろう。でも僕はそれにお構いなく話しかけ続ける。


「自分より仲がいい友達がいるんだなぁって気にならないの?」


「気にならないよ。どうしたの兄ちゃん、何かあったの」


「え? あ、ううん。別に、何もないよ。それで、祈君なら、親友が他の人と仲良くなって、自分のことを忘れちゃいそうだなって思ったら、どうする?」


「うーん。その人が俺にとってどうしても仲良くしたい人だっていうんなら、そこに混ざっていくかな。三人一緒に遊ぶ」


「そっか……。でも、なんだか混ざりづらい空気だったら、どうする?」


「それでも混ざる。どうしても仲良くなりたいっていうのはそう言うことだと思う」


「そうだね……」


 そうだ。あの時だって拒まれたわけでもないのだから、混ざっていればよかったのか。でも、拒まれているように感じたんだよね……。


「まぁ、その人にもその人の都合があるわけだし、兄ちゃんも混ざりたくないっていうんなら他の友達と遊べばいいじゃん」


「……その、友達が少ない人間は、他に遊ぶ友達がいない人間は、どうすればいいでしょうか」


「分からないけど、兄ちゃんは他に友達がいるから兄ちゃんはそんなこと考えないでいいよね」


「あ、うん……」


 僕も友達が増えたけれど……。雛ちゃんとも仲良くしたいんだ。今なら一学期前橋さんが僕に怒ってきた理由がよく分かる。こういう気持ちなんだね。

 雛ちゃんの代わりなんていない。

 雛ちゃんと仲良くしたいんだ。

 怒涛のように責めまくるコメンテーターの声が聞こえてくる。

 その場にいない誰かを責めている。その人のことを何も知らないのに責めている。真実かどうかも知らないのに、情報にすべてを任せて怒鳴っている。

 その情報が誤報や偽りだった時この人はどうするのだろう。

 多分、きっと、謝らない。それでいいのかな。


『本当にこういう人間は――』


 怒りが最高潮に達したコメンテーターが、それに任せて不用意なことを言いそうになった瞬間画面が消え途端に居間が静かになった。

「うるさかった」と言う祈君。手にはリモコンが握られている。もしかしたらうるさいと思ったから僕がテレビを向いたと思ったのかな。

 まあ、いいや。そんなことは聞くまでもない事だ。

 祈君がテレビを消した理由とコメンテーターが何を言おうとしたのかは僕は分からないままだ。


「兄ちゃんの友達が他の友達と仲良くしてて、兄ちゃんとしてはその友達が離れて行っちゃいそうで怖いってことだよね」


 みる番組が無くなってしまった祈君が僕に顔を向けながらリモコンをテーブルに置いた。


「え、いや…………うん……」


 僕の事とは一言も言っていないけれどばれていた。ばれるよね。

 ばれていては隠す意味も無いので正直に話す。と言っても、特に情報が増えるわけではないけれど。


「えっと、その、友達の友達も、僕の友達で、友達と、その友達の友達が、どんどん絆を強めて行っているのを僕はただ眺めているだけなのが、少しさみしいなって」


 リモコンを置くために倒していた上体を起こしソファに体を預けた祈君。


「兄ちゃん最近変わったって思ってたけど、やっぱり兄ちゃんは兄ちゃんだった」


 僕の目の前で苦笑いを見せる弟。


「え? どういうこと?」


 僕は分からず首をかしげた。


「眺めているだけって、そんなの兄ちゃんの裁量一つじゃん。寂しいって思ったら、兄ちゃんから仲良くなりに行かなくちゃ。待っているだけじゃあそりゃ遠くに感じちゃうよ」


「……うん」


 わがままに、自分のやりたいように生きる。

 みんなが幸せになればそれだけでいいと思っていたけれど、僕から友達が離れて行くのは嫌だ。

 僕の願望は僕が犠牲になってもいいからみんなが幸せになれる生活で、僕の欲望は僕はが犠牲にならずにみんなと仲良くしたいこと。

 二つは両立出来やしない。

 雛ちゃんと小嶋君に僕が混ざったとき、二人は嫌がらないかな。


「兄ちゃんが変わって友達が出来たのに、それが元に戻ったら友達いなくなっちゃうんじゃない? ずっと兄ちゃんを見てきたけどさ、兄ちゃん寂しそうだったよ。最近は驚くほど明るくなってたのにまた寂しい兄ちゃんに戻っちゃうの? それは俺としても寂しいな。だったらやっぱり、勇気を出して一緒に遊べばいいんだよ」


「そうだね」


 僕が孤独になることは祈君まで寂しくさせてしまうらしい。それは兄としてダメだ。なら今回は、自分の願望よりも欲望を通そう。

「でも」と祈君が膝を抱えた。


「一緒に遊べとか混ざればいいなんて簡単に言えるのは、俺が小学生だからかも。高校生にもなればきっと人間関係は複雑になっているよねきっと。友達以外の関係も増えるだろうし」


「友達以外の、関係?」


「恋人とか」


「……」


 恋人、か。


「それ以外にも『上』に行ける枠は決まっている訳だし、姉ちゃんが言った事じゃないけど、テストの順位を一つでもあげるためには他人を蹴落とさなくちゃいけないもんね。いわばみんな敵同士。小学生の俺みたいに単純な思考してないだろうし、簡単な感情でもないだろうし、色々と考えて行動しなくちゃ全部台無しになっちゃいそうだね」


「……」


 僕はそんなに難しい世界にいるのか。とんでもないからドロップアウトしたい気分だ。


「俺たちはまだ本音で過ごせるけど、兄ちゃんたちは建前をうまく使っていかなきゃ息苦しい生活になっちゃいそうだね。息苦しい建て前をつかって息苦しくない生活を目指す。なんだかこれからの人生に不安しか感じないや」


 あははと格好よく笑う祈君。

 兄として、不安に思っている弟の前でドロップアウトなんてできないや。

 とりあえず、今ここで僕にできる事は祈君の不安を取り除くことだ。


「祈君なら、どこへ行っても大丈夫だよ」


 自慢の弟だし。


「そっかな。なら、その兄ちゃんならもっと大丈夫だよね」


 そうだよ。いつまでも友達のことで不安になっていたら祈君の為にならないよね。出来る兄を演じることはできないけれど、出来ない兄の姿を隠すことくらいはやらなくちゃ。


「うん」


 頑張ろう。




 頑張る為に、色々な人に意見を聞かなければ。

 今は夜。

 もう外は暗い。

 陽は必ず登るというけれど、必ず僕を照らしてくれるとは限らない。止まない雨が無いように、雨の降らない世界も無い。

 人生は不安でいっぱいだ。

 そう言うわけで、晩御飯を食べ終えた僕は一人勉強をしている姉の部屋へ突撃した。

 ノックをして返事を待ち、ゆっくりと扉を開けた。


「ねえ、お姉ちゃん」


 ドアから顔を覗かせる僕に視線をやり、お姉ちゃんが言う。


「優大君どうしたの。夜這い? ならちょっと待って、寝たふりするから」


 そう言って布団にもぐろうとする姉を部屋に踏み込み制止した。


「ち、違うから、かまわず勉強しておいて」


 こう言っては本当に失礼だけど、意見を聞きに来た人間の発言としては全く正しくないけれど、お姉ちゃん何考えてるの?


「違うの? なら何?」


 お姉ちゃんは机には戻らず先ほど潜り込もうとしていたベッドに腰掛けた。それを見て僕は床に座った。


「お姉ちゃんに相談があるんだけど、少しだけいいかな」


「少しはダメかな。たくさんならいいよ。たくさん時間割くからしばらくこの部屋にいなさい」


「……ありがとう」


 優しいお姉ちゃんだ。自分の勉強の時間を沢山削ってまで僕なんかの相談に乗ってくれるなんて。


「お姉ちゃんは、友達たくさんいるよね」


「いるよ。優大君とは比べ物にならないくらい。軽く六千人かな。でも優大君零だもんね」


「僕にも友達はいるよ」


 それにお姉ちゃんの友達も六千人じゃないよ。確かめてはいないけれど言い切れる。


「ん? もし仮に、私の友達が十人なのだとしたとき、優大君の友達が零人だった場合、これは何倍になるのかな……。十倍、じゃないし、零倍でもない気がするぞ。これはテストに出る気がするからメモしておこう」


 側にあった机の上からノートをひったくる。ノートの上に乗っていたシャーペンと消しゴムも一緒に姉の元へ飛び込んでいく。

 そして、本当にノートに書き込み始めた。


「メモしているところなんだけど、多分テストに出ないよ」


 でも確かに何倍になるのだろう。そもそも友達というものは『何倍』と表現できないものなのかもしれない。深く狭くの交友関係の人もいれば浅く広くの人もいるだろうし、単純に数で表すことは難しいような気がする。

 深く狭くの人を友達が少ないというのはおかしな気がする。僕もそうなりたいと思うし、どちらが優れているともいえないので、表面だけで数えて比べることは出来ないんだ。

 というか、僕は友達零人じゃないよ。

 そんなことよりも、聞きたいことがあるのだった。そちらを聞こう。


「もしお姉ちゃんの一番大好きな友達が、別の友達と仲良くしていたら、お姉ちゃんはどう思う?」


 ノートを閉じて、お姉ちゃん。


「いいいいい! って思う。私の親友だぞ! って思う」


「え、そう、なんだ」


 特に何とも思わないと言った祈君とは違う答え。当然だけれども、人によって考え方は違うんだ。


「なら、そういう時お姉ちゃんはどうするの?」


 一応、参考にね。


「邪魔する! 仲良くならないように邪魔する!」


 そう言えば、お姉ちゃんは僕の友達作りの邪魔をしようとしたっけ。


「邪魔したら、怒られちゃうよ?」


 僕も怒ったからね。もう怒っていないけれど、あの時は少し嫌だった。


「怒られないよ。友達だもん」


 実際に怒られている経験があるのにその事実を見ないすごい理論だ。でも、正直に言えばそれはとても素敵な理論だと思う。何をしても許されるという意味ではなく、信用しているという意味で。


「なに? 友達がいない優大君がどうして友達のことについて相談しに来てるの?」


 不思議そうな顔を作っているけれどこれは演技だ。僕にはわかるよ。


「友達はいるよ」


 お姉ちゃんがぶんぶんと首を振る。


「いーや、いらない」


「え、あ、そっちの『いる』じゃないよ。どっちにしろいるけど」


 友達がいらないだなんて寂しい人生じゃないか。お姉ちゃんにだって友達がいるんだからそんなこと言わないで欲しい。


「何なに? 友達と喧嘩したの? なるほど。そのまま別れちゃえ」


 スカートなのに気にせず膝を立てるお姉ちゃん。弟とはいえ、一応僕がいるのだから気にしてほしい。

 僕は見たくないので目をそらしお姉ちゃんのいない右側の壁へ視線をやった。


「喧嘩はしてないよ」


「しておいてよ。何のために友達作ったの」


「少なくとも喧嘩をするためではないよね」


「でも仲良くするためでもないよね?」


「え、いや、仲良くするためだと思うけど」


「あちゃー。分かってないなぁ優大君。例えば友達っていうのはね……、……まあ、別に良い例え話が浮かんだわけじゃあないんだけど。とにかく優大君の友達はまりもだけでいいよね」


 視界の隅でお姉ちゃんが僕に向かって何かを投げてきた。正座をする僕の足に乗ったので何事かと思い見てみるとそれはお姉ちゃんが先ほどまで履いていた靴下だった。いらないよ。

 僕は靴下を取り除きながら姉に言った。


「まりもさんはもういなくなったでしょ。それにその一件は黒歴史レベルで恥ずかしい事だから、できる事なら掘り返さないでほしい……」


「はぁあ?! 黒歴史?! まったく! 黒歴史だなんて! 物事にはね、言っていい事と悪い事があるけど、それは別に言って悪い事じゃないから言ってもいいや」


「ご、ごめんね、良い過ぎた……って、謝ろうと思ったけど別に言って悪い事じゃないんだ……」


「別に何と言ってもいいよ。初恋がお姉ちゃんだったというだけで充分お腹いっぱいだし」


「ち、違うよ!」


 抗議する僕と足を伸ばしているお姉ちゃん。片足は生足で、もう一方は靴下を履いている。何がしたいのかよく分からない。


「まりもがネカマじゃなかっただけよかったと思いなさい」


 それは、確かにそうかも。


「まぁ、私の初恋は優大君じゃないけどねー」


「え、あ、そうなの?」


「そうなのって、優大君はそう思ってたんだ。まさか弟に恋するわけないでしょ」


 確かにそうだ。


「えっと、でも、その、プロポーズしろとか、愛してるとか……」


「もちろん家族としてだよ」


 そうなんだ。まあ、別に勘違いをしていたわけではないけれど。


「そういうことなんだね。………………え、いや、そうだとしてもプロポーズしろは、おかしくない?」


「おかしくない。だって優大君は私が一生養うんだから」


 ときどきお姉ちゃんの世界について行けない時がある。よく分からないよ。


「プロポーズが嫌だっていうけれど、プロポリスよりはいいでしょ」


 ときどきついて行けない時があると言ったけれど、頻繁について行けない時があるに訂正します。


「はぁ」


 どうすればいいんだろう。

 あ、お姉ちゃんの事じゃないよ。友達のことだよ。

 とりあえず今僕にできる事は、お姉ちゃんが伸ばしている足から靴下を奪い離れ離れになっていた靴下をワンセットにして洗濯機へ放り込むことだ。

 こんな悩み初めてだから、もっと人に聞いて回ろう。


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