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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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計画第二段階

 四時間目の現代社会で一悶着あったもののそれ以外特に語るべきものも無く午前中の日程が終わり僕はカバンからお弁当箱を取り出した。

 お昼休み。僕はいつも一人でご飯を食べている。

 楠さんや雛ちゃんや小嶋君と仲良くなったとは思うけれど、みんなはこれまでに築き上げてきたお弁当グループに所属しているのでわざわざそれを抜けて僕とお弁当を食べる必要はないのだ。寂しいような気もするけれど結構長い間一人でご飯を食べてきた僕にとってはそれほどつらい事ではない。もちろん誰かと一緒に食べられたらそれは素敵な事だろうとは思うけれど。

 と、いうわけで。

 僕はへらへら笑いながらお弁当箱を取り出し机の上に置いた。

 今日は僕とお姉ちゃんの大好物であるちくわの磯辺揚げを入れたんだ。今日のお弁当が楽しみで仕方がなかった。これがあるから四時間目の嫌なことも我慢できたんだ。食欲は三大欲求の一角を担う大きな欲だものね。大きな欲が楽しみなのだから些細な苦しみは乗り越えられる。

 僕は意気揚々とふたを開けてみた。

 しかし、そこにはそれは無かった。

 それだけが無かった。


「え?!」


 驚き混乱して、慌ててカバンの中を覗きこんで磯辺揚げを探してみたけれど磯辺揚げだけがこぼれるなんてことは無いだろうし、誰かが食べてしまったのかとも一瞬疑ってみたが僕は今日ほとんど席から立っていないのでそれも無いだろう。クラスメイトを疑ってしまう自分が嫌だ。

 では何故だろうかと体を起こし再びお弁当箱の中身を確認してみると、先ほど慌てていて気づかなかった異変に気付いた。

 磯辺揚げを入れていた場所には、代わりにゼリーが入っていたのだ。

 それを見て犯人が分かった。


「お姉ちゃん……」


 お姉ちゃんが朝僕の弁当から自分の弁当へ磯辺揚げを移住させて代わりにゼリーを押し込んだのだ。

 ゼリー一つで自分の姉を疑うのもどうかとは思ったが入っていたゼリーは昨日お姉ちゃんが間違えて買ってきた昆虫ゼリーだからまず間違いなくお姉ちゃんだろう。

 自分では食べないと言っていたけれど、僕には食べさせるんですね。弟を何だと思っているのですか。それよりも僕の磯辺揚げを返してください。何と言えばいいものか、今日の頑張りが全て無駄になってしまったような錯覚を覚えます。


「……嫌いな物から食べよう」


 僕はご飯を食べ終わった時に口の中を幸せな状態で終らせたいので好きな物は最後までとっておく。口の中をより幸せにするために嫌いなものは一番最初に片付ける。だから今日は昆虫ゼリーから食べ始めることになる。

 ゼリーのフィルムを剥がしてみるともうそれは昆虫ゼリーだとは分からない代物になっていた。一見おいしそうだけれどもやはり抵抗感はぬぐえない。

 しかし捨てるわけにもいかないので意を決してゼリーを口へ運んだ。が、口の中へ滑り込ませる直前に、


「何をしているんですか!」


「え!?」


 前橋さんがやってきて怒ってきた。

 ひょっとしたら昆虫ゼリーは人に害を及ぼすものなのかも。それで、昆虫ゼリーを食べようとしている僕を止めてくれたのかもしれない。


「早くこっちへ来てください!」


 違うらしい。僕に用事があるようだ。


「う、うん」


 僕を待つことなく前橋さんが離れていくので中身の入ったゼリーをお弁当箱に戻してから前橋さんの後を追った。

 どこへ向かうのだろうかと不安に襲われていたけれど移動距離は数メートルだけだった。


「早くそこへ座ってください!」


 前橋さんが席につき、空いている席を指さした。

 前橋さん、雛ちゃん、三田さんが固まって座っていたお弁当グループ。そこの一角に座れと言われたので僕は素直に腰を下ろした。

 一体何事なのだろうかとそこに座っている三人に視線を巡らせたけれど何をするでもなくご飯を食べ始めた。一体何事?

 一人きょろきょろとみんながご飯を食べている姿を眺めていると、雛ちゃんが不思議そうに聞いてきた。


「あれ優大。弁当持ってきてないのか?」


「え?」


「持ってきてないなら分けてやるけど」


「も、持ってきてる、けど、その……?」


 食べてもいいのなら僕は自分の席に戻るけれど……。


「なら早く持って来いよ」


「え?」


「今日は未穂と一緒に食う約束をしてたんだろ?」


「そうなの?」


 と前橋さんに聞いてみたところ、


「三田さんと食べる約束をしていたではないですか!」


 と言われたので三田さんに聞いてみた。


「そうだっけ?」


「……多分……」


 三田さんもよく分かっていないような感じでうつむきがちにお箸を動かしていた。

 でも、そういうことなら喜んで混ざらせてもらおう。


「あ、お弁当取ってくるね」


 いきなりだったけれど、今日は楽しいお弁当になりそうだ。




 四方に座って食べるお弁当。

 僕の右隣に雛ちゃんが座っていて、左に三田さん。正面に前橋さん。

 このお弁当グループは初めてだ。

 雛ちゃんと前橋さんはいつも女子同士で固まって食べていたし、三田さんも仲のいい女子達とご飯を食べていたのですでにこの三人という時点で珍しい。そこに僕が混ざるというのだから何が起きているのか分からないよ。


「あのクズ担任、また優大に舐めた態度とってたな」


 四時間目のことだ。でも僕が悪いのだから仕方がない。


「うつらうつらしていたのは僕だから、むしろ怒られて感謝をしなくちゃいけない立場だよ」


「それでもあいつの態度は腐ってる。美月もそう思うよな」


「……うん。酷いと思う……」


 でも、僕らの為に授業をしてくれているのに、してくれているというのも上から物を言っているようで正しくは無いのだろうけれど、僕らは授業を受けさせてもらっている身なのだから寝るのなんて失礼にもほどがあると思う。

 だから、眠りかけた僕が悪いんだ。


「小嶋なんてはっきり寝てたじゃねえか。なのになんで優大だけなんだよ」


「気づかなかったんだよ」


「んなわけあるか」


 でも、それ以外に考えられないし……。


「みなさん、今はそんなことよりおいしくご飯を食べましょう」


 前橋さんが話を切ってくれた。ありがたい。そうだよね、ご飯は楽しくおいしく食べなくちゃ。

 僕は早速おいしく食べる為にゼリーを手に取った。これを先に処分しなければおいしいご飯は食べられない。


「なんだ優大、デザートから食べるのか? 珍しいな」


 ゼリーから食べ始めた僕を見て雛ちゃんが不思議そうに言った。本来ならば僕もデザートは最後に食べるのだけれども今日は少し事情があるのです。これは昆虫ゼリーなのです。


「ゼリーおいしいです……」


 ……以外においしかった昆虫ゼリー。家にある残りの昆虫ゼリーも僕が食べることになりそうだけど、これなら食べられる。


「……佐藤君、自分でお弁当作ってるんだよね……? すごいね」


 僕のお弁当を覗き込んで感心したように言う三田さん。


「そんなことも、無いんじゃないかな?」


 苦痛ではないし、好きでやっていることだから。それに凝った物も入っていないので褒められるような出来ではないと思う。


「優大はどこへ嫁いでも恥ずかしくねえな」


 雛ちゃんが楽しそうに言うけれど、お嫁さん扱いは嫌だよ。だから女装もしたくないよ。

 僕が褒められていることが気にくわないのか、前橋さんが機嫌の悪そうな顔を作った。


「また佐藤君はそうやって有野さんの気を引いて……! 有野さん! 私も明日から自分で作ってきますね!」


「え? ああ、そっか」


「淡白な返事! でもそれも素敵です!」


 はぁはぁと息が荒い前橋さん。お弁当の中に辛い物でもあったのか少し顔が紅潮していた。


「料理ねぇ。全くできねえな」


 コンビニで買ったであろう菓子パンを眺めて雛ちゃんがつぶやいた。


「雛ちゃんならすぐにできるようになるよ。あ、そう言えば、雛ちゃんたちはおはぎ作り覚えた?」


 雛ちゃんと前橋さんは平日にある文化祭準備では裁縫班の方にかかりっきりでおはぎ作りにまで手が回らない。だからこの前の土曜日に楠さん主催で開催されたおはぎ作り教室に参加したらしい。男子禁制と言われたので僕は参加できなかった。


「まあ、何とかなるだろ」


 何とかなるらしい。さすが雛ちゃん。


「三田さんも、おはぎ作り覚えた?」


「……多分」


 それならよかった。


「おやおやなんですか佐藤君。自分の得意分野だからなのか知りませんけどもいやに上から目線ですね。そんなに人を見下して楽しいんですか? 胸糞の悪い趣味をお持ちですね」


「え、そ、そんなつもりは無かったんだけど、その、そう捉えられたのなら、ゴメン……」


 確かに生意気な口をきいたような気がしないでもない。


「優大、謝る必要ねえって。おい未穂、そんな突っかかるなよ。別に上から目線じゃなかっただろうが」


 庇ってくれる雛ちゃんに感動する僕と悲しそうに眉をハの時にする三田さん。


「も、申し訳ありません有野さん!」


 前橋さんががたがたっと机と椅子を揺らして頭を下げた。


「いやそんなマジで謝らなくても……。分かってくれればいいから」


「あ、ありがとうございます……! なんて心の広い……。菩薩ですか?! 仏の顔も三度までとは言わず無限までですか?! 仏の顔も無限までですか?!」


「……うん」


「さすがです有野さん! いや有野様! 如来様もびっくりです! ということは有野さんはにゃらい様ですね!」


「……うん」


「にゃらい様だなんてネコみたいで可愛いです! ネコと書いて神ですもんね!」


「……うん」


 僕には先ほどから前橋さんの言っていることが全く分からないけれどどうやら雛ちゃんにも全く分からないらしい。

 なら、いいよね。何がいいのか分からないけれど、いいよね。

 はぁはぁと鼻を押さえる前橋さんを一旦脇に置いておいて文化祭の話に戻る。


「裁縫班の調子はどう?」


 昨日小嶋君と楽しそうに喧嘩をしていたようだけれども、順調に進んでいるのかな。


「まぁ大体は出来てるけど、何せあの小嶋のバカがいるからな。どうなることか」


「その、仲良くね」


「無理だな」


 無理らしい……。でも、僕には仲がいいようにしか見えなかったんだ。口ではこう言っているけれど、本当は仲良しなんだよね。喧嘩するほど仲がいい、だよ。


「佐藤君……、今日の内装班はどうなるの……?」


 今日も調理班は内装の手伝い。つまり今日の三田さんは内装班だ。


「え、あ。えーっと、その……なにするんだろうね……」


 こちらも粗方終わっているので何をすればいいのか、何が残っているのか分からない。指揮官の役割を担う委員長なのに情けない。楠さんや沼田君にするべきことが残っているのか聞いておけばよかった。


「暇だったら、暇でもいいよね……。おしゃべりでもして、時間を潰せば」


 確かに、そうだよね。無理に無い仕事を作る必要もないよね。


「うん。おしゃべりして時間を潰せばいいよね」


 それにしても、今のは僕と会話をしてくれるという事かな。だとしたら嬉しいな。


「…………ちっ」


 右の方から舌打ちが聞こえてきた。雛ちゃんだ。


「え、どうしたの雛ちゃん」


 クラスのみんなが僕に向けるような冷たい目で僕らを見ている雛ちゃん。一体僕はどんな悪い事をしたのだろう。


「別に」


 怒っている。

 すぐに謝らなくては。


「その、ごめんね?」


「怒ってねえよ」


 そういいつつも、僕には機嫌が悪そうに見える。

 本当に、怒ってないのだろうか。怒らせたのなら償いたいのだけれども……。


「佐藤君……」


 焦る僕に三田さん。


「え、え?」


「今日はあの『二人で一緒に』作ったパーテーション用のポスターを完成させようね……」


 強調されたところが気になったけれど、特に意味は無いよね。


「う、うん」


「ちっ!」


 先ほどよりも大きな舌打ちが! やはり怒ってる!


「そそそその、雛ちゃん?! 怒ってるよね?! ごめんね!」


「怒ってねえって言ってんだろうが……!」


 怒ってないの?! 本当に?!


「さ、佐藤君……」


 焦っているというよりも色々な意味で怯えている僕に三田さん。


「え?! はい?!」


 僕の怯えが伝染したのか三田さんも少しだけ怯えたような表情で言った。


「その、今日も、ふ、二人『だけ』で頑張ろうね……?」


 やっぱり強調された部分が気になったけれどそれどころではない。


「え! うん!?」


 もちろん頑張りたいので頷いてみたところ、


「ぎっ!」


『ぎっ!』って、今『ぎっ!』って言ったよ?! なに?! 『ぎっ!』って。舌うちの一段階上って『ぎっ!』って鳴るの?!


「ごめんなさい!」


 謝る以外の行動を僕は知らない。


「怒ってねえって言ってんだろうがこの野郎!」


 怒ってますよね!?

 なぜ怒っているのか馬鹿な僕には分からないけれど、にゃらい様の雛ちゃんには仏の顔も無限までということで許していただきたいです! いい感じに僕の思考能力が無くなってきたよ!


「いいよな優大達は! 私は小嶋と一緒に作業しなくちゃいけねえんだから一向に楽しくなんねえよ! それに比べて優大と美月はぺちゃくちゃいちゃいちゃ作業が出来ていいな! 羨ましい限りだぜ!」


「え、で、でも、雛ちゃんと小嶋君、楽しそうに見えたけど……」


「どこがだよ! 楽しいわけあるか!」


「そ、そうなんだ」


「そうなんだ、じゃねえよ! どう見てもそうだっただろうがっ!」


 立ち回りの悪い僕はこういう時にうまく事態を収束できないから皆に嫌われてしまうんだ。それならばせめてひたすら謝って許してもらおう。


「ごごごごめんなさい」


「怒ってねえよ! 怒る意味がねえよ!」


「お、怒ってるよ……」


 怒っていると認めてくれなければ、謝れない……。何と言えばいいか、僕の為にも怒っていると認めてほしい……。


「んだとてめえ?! じゃあ何か?! お前には私が怒ってる理由分かるのか?!」


「そ、その、分からないです……」


 申し訳ないことに申し開きできないほどに僕は何も分かっていない。


「……だったら……怒ってねえだろ!」


 謝ることもできず、怒っている理由も答えられないのであれば、雛ちゃんの言うことを肯定する以外にするべきことは無いのだ。

 だから、認めるのは少しだけ抵抗があるけれど、雛ちゃんが怒っていないというのであればそれに従うまでだ。


「そ、そうなん、ですね。雛ちゃんは、怒って、ないんですね」


「あぁ? 今の私を見て怒ってないだなんてよく言えたな!」


 え?! どっちなの?!


「まぁまぁ落ち着いてください有野さん」


 現実世界に復帰してきた前橋さんが雛ちゃんをなだめてくれる。僕一人では事態が悪い方悪い方に行ってしまいそうだったから本当に助かった。


「有野さんが何に怒っているのかはよく分かりますが、ここは一つ堪えて……」


「怒ってねえって言ってんだろうが!」


 前橋さんにまで飛び火してしまったが、前橋さんは嫌がるどころかむしろうっとりした表情になった。


「……はぁ、はぁ……素敵すぎる……ではなくて。有野さん、少しお耳を……」


 怒る雛ちゃんの耳に前橋さんが口を寄せぽしょぽしょと小声で何かを伝えている。


「………………………………あぁ、なるほど」


 前橋さんが何と言ったのかは全く分からないけれど、あっという間に雛ちゃんの怒りが治まった。


「さすが未穂。いい事言うな」


 少しだけ笑顔が戻った雛ちゃん。


「いえいえそれほどでもありませんよ」


 にやりという言葉が似合う笑みを僕に見せて浮かせていた腰を下ろした前橋さん。


「おい優大」


「え、はいごめんなさい!」


 雛ちゃんの顔は少しだけ怒っているようだがもう治まったと言っても良いくらいには穏やかだ。


「怒ってねえから謝るな。まあなんだ。あとで用事があるから電話する。電話したら家庭科室へ来いよ」


「は、はい……」


 ……呼び出して、殴られないよね……? 怒ってないんだよね……?

 ……。

 僕は変な想像を頭を振って追い出す。

 友達を疑うなんて最低な行為だ。一番してはいけない行為だ。裏切りに近いよこんなの。戒めとして帰ったら昆虫ゼリーを食べきろう。


「すぐにこいよ。絶対こいよ。来なかったらぶっとば……さないけど、そのアレするからな」


「う、うん……」


 アレがなんなのか想像がつかないけれど、とにかく雛ちゃんの怒りが治まってよかった。それのせいなのかは分からないけれど、三田さんがほっとした表情で肩の力を抜いており、前橋さんは先ほど見せたような少しだけ気になる笑顔を作って満足そうな顔をしていた。

 みんなの頭の中にどういった考えが浮かんでいるのか分からないけれど、僕の頭の中は怒られた驚きと悲しみと申し訳なさと昆虫ゼリーのことでいっぱいだった。


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