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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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沼田君と僕

「と、言うわけで、これから三つの班に分かれて準備を進めて行ってもらおうと思います」


 もうとっくの昔に一月を切った文化祭。学校全体に文化祭のお祭りムードが充満している。

 やはり夏休みから準備を始めているところが多く、すでに廊下や壁にはポスターや案内が貼られている。我が一年六組のJNO喫茶のポスターも完成しており、いたるところに貼ってあり色々な意味で話題となっていた。

 なんと言ってもあの楠さんがおはぎを握ってくれるのだ。気にならないわけがない。他の学年でメイド喫茶やコスプレ喫茶などを開くところがあるらしいけれど、どうやらJNO喫茶の方が話題に上ることが多いらしい。

 最初は嫌がっていたクラスメイト達も注目を浴びているという事で徐々にやる気を見せ始めてくれている。

 もちろん僕のやる気はあまり無い。

 モチベーションが上がらないよ!

 この喫茶店の発案者にされているのも嫌だし、女装も嫌だし……。でも、頑張らなくちゃ。僕は副委員長なのだから。

 冒頭の楠さんの言葉を真似るわけではないけれど、

 ――と、言うわけで。

 九月二十日の五、六時間目は丸々文化祭の準備。

 楠さんの言う様に、今から三つの班に分かれて準備が進められる。

 まずは、


「当日料理を作る係の人は私についてきて。調理実習室を貸し切っているからおはぎを作ってみよう。準備は粗方してあるから主な作業はあんこを作る作業だけ」


 料理班。班長は当然楠さん。

 次に、


「当日着る制服を作る係の人は有野さんと一緒に家庭科室へお願い。人数が足りないと思ったら器用な人にヘルプを頼んで。有野さんは破らない程度に手伝ってね」


「破らねえよ」


 衣装班。班長は雛ちゃん。

 最後は、


「残りの人たちは教室に残って内装用の小物を作ってね。折り紙の鎖とか、ティッシュの花とか。安っぽいとか子供っぽいとかは気にしなくていいから。当日もそんなこと気にする人いないからね! メインは公開おはぎ作りだから」


 飾りを作る、内装班。班長は申し訳ない事に僕だ。

 内装のデザインが決まる前に、楠さんが言っていた。


『内装なんかにお金かけたくないから手作りで行こう。小学生レベルで大丈夫。廊下側の窓はすりガラスだし、入り口に暖簾か何かをかけておけば内装がしょぼくても問題ないよ。何も知らずに暖簾をくぐったらこっちのもんだよ』


 確かに、一度暖簾をくぐってそのまま何もせずに引き返すのは気が引ける。

 でも、何となくだけど僕は暖簾がかかっていたら入りづらい……。中の様子が分からないというのは結構恐ろしいものだと思うんだ。窓のない建物の中に入るのが怖いのと同じで、安心感が得られないんだ。さらに『何もせずに引き返すのは気が引ける』という気持ちも手伝って『それなら最初から入らない』という選択をしてしまうと思う。つまりは、僕のように気の弱い人間は入れないと思うんだ。

 というような意見を生意気にも僕が楠さんにしたら、楠さんは『もともとイヤラシイ目的で来る客が多いんだから中見えたらまずいでしょ』と返してきてくれた。この言葉に、僕には納得する以外に無かった。


「では、各自準備に取り掛かってください!」


 楠さんが教室に笑顔を振りまき、皆がその笑顔につられ明るい表情を作って準備が始まった――



 ――そして僕がその明るい顔を消し去るんだ。

 教室内の机と椅子を全て後ろに追いやって教室前方には教卓だけしかない状態。

 その唯一残された教卓につく僕。


「えっと、その……」


 教壇の上からちらりちらりと教室の様子をうかがう僕を、みんなが見ている。人数にしたら十人強。クラスの約半数がここにいる。料理も裁縫もしない男子が多い。ちなみに、小嶋君は雛ちゃんの班に混ざっている。


「その、特に、注意とかは、ありません」


 ただ折り紙の鎖とかを作るだけだからね。

 なんと言えばいいものか分からなかったので、説明を終えようと思ったところ、


「佐藤ー」


 僕に向かって誰かが質問をしてきた。まさか質問が来るとは思っていなかったので驚きその人を見てみる。なんと、沼田君だった。


「折り紙とかはどこにあるんだ?」


「え?! あ、えと……」


 確かに手元には何も置かれていない。

 でも、大丈夫。こういう時の為に楠さんからメモを受け取っているから。

 慌てて楠さんから受け取っていたメモを取り出し読んでみる。


「折り紙は……職員室でもらうみたいです。ハサミとか、糊とかの道具も、職員室みたいです」


 さっそく取りに行こう、と思った僕だったけれど、


「職員室かぁ。誰か取りに行ってくれないかなぁ……なあ! 村岡と藤原っ! 誰か取りに行ってくれたら助かるよなっ!」


 と、沼田君が素晴らしい顔で男子二人に笑いかけていた。名指しされた二人もにこにこと笑顔で答える。


「なんで俺達なんだよ」


「別にいいけど」


 あっさりと許可してくれた二人。沼田君はそれを見て演技の入った驚きの顔を見せた。


「え、マジで? いやぁ助かるわぁ。では……お行きなさい!」


 ビシッと出口を指さす沼田君とそれを見て笑う皆。


「偉そうだな! それにそれ古いだろ!」


「まあ行くけど」


 和やかな感じで、二人が道具を取りに行ってくれた。さすが沼田君、信頼が厚い。


「佐藤ー」


「え、はい!」


 まだ気になることがあるようでもう一度僕の名前を呼んだ沼田君。


「俺当日の席の配置とか、おはぎ作る作業場がどこになるとか、内装がどういう風になるのかよく知らないんだけど、軽く説明してもらってもいい?」


「あ、うん」


 もう一度楠さんが書いたメモを見る。楠さんがメモの裏に簡略化された内装を書いておいてくれているんだ。ありがとう楠さん。


「えっと、大体は想像通りの内装で、机をくっつけて四人から六人の席を何個か作ります。ここまでは他のクラスの喫茶店と同じですが、僕らの喫茶店ではカウンター席も作ることにしました。おはぎを作っている人が良く見えるように、作業場の目の前に長机を並べてカウンター席を用意します。ちなみに、作業場は窓側になります」


「なるほどー。カウンター席に座る客は窓の外、グラウンドの方に視線を向けるわけだな」


「うん」


「内装は大体わかったな。じゃあ、鎖の長さとかどれくらい必要なんだろうな?」


 これも、楠さんは事前に教えてくれている。


「えーっと、予定では、教室をぐるっと二周できるくらい必要って言ってたから、結構長い物が必要になると思う……」


「そっかそっか。地味にきついな」


 きついと言いながらも、あははと笑う沼田君。それににつられてみんなが笑う。

 よかった。沼田君がいてくれたおかげで和やかに準備が進められそうだ。僕一人では多分大変なことになってしまっていただろうからね。




 予想通り、沼田君主導で和やかに準備が進められていった。教卓で作業する僕にも時々話しかけてきてくれたり、クラスのみんなを笑わせたりで、とにかく楽しい準備になった。内装班の代表者は沼田君のほうがよかったね。


 しばらく楽しい雰囲気で鎖を作っていた僕ら。

 すると作っていた鎖を置いた沼田君が唐突に言い出す。


「結構鎖作ったなぁ。もう飽きたから別の作業しよっかなー」


 そのまま立ち上がり僕の方にやってきた。


「なんか他に作る物とかないかー?」


「え? えーっと」


 こういう時は楠さんのメモだね。

 僕はポケットからそれを取り出し読んでみる。そこには作るべきものがまだいくつか書かれてあった。その中に、一つ気になる物が。


「えっと……紙テープで、星を作る……?」


 紙テープで、星を作る。えっと、どういうこと?

 僕の言葉を聞いた内装班のみんなも首をかしげている。「よく分かんねえ」とか「意味わからん」とか、困った声が聞こえてくる。


「どうやって作るんだ?」


 と、沼田君が代表して僕に聞いてきたけれど、僕にもよく分からなかった。


「えっと、その……よく、分からない……」


 あまりの僕の要領の悪さにみんなあきれ返っている。「作り方くらい聞いておけよ」「何のための責任者なの?」と言ったお叱りの言葉も聞こえてくるが、それらは正しくて全て僕が悪いので僕に悲しむ資格は無い。これは班長として知っておかなければならない事なのだから。

 トップが出来ないことをみんなに強要するなんてそんなの酷い話。メモを見て分からないところを楠さんに聞いておけば全てうまく行っていたんだ。


「えっと、僕、ちょっと聞いてくる」


 メモと紙テープを持って立ち上がり教壇から降りて教室を出ようとしたけれど、それを沼田君が引き止めてきた。


「ちょっと待って佐藤。もしかして……こうじゃないか?」


 沼田君が持っていた物は、紛う事なき星だった。

 僕が困っている間に作ったようだ。


「あ、その、たぶん、そうだと思う。すごいね、どうやって作ったの?」


「んん? なんか紙テープを五角形になるように折って行って、少し潰したらできた。これでいいなら聞きに行かなくてもいいな。それにもし作り方が違ってもこれ星に見えるし、飾り付けには使えるだろ」


「うん。そうだね」


 さすが沼田君。自分で作り方を見つけるなんてかっこいいね。みんなも「さすが沼田」「佐藤とは違う」「かっこいい」と言ったように褒め言葉を並べていた。やっぱりこの班のトップは沼田君だね。


「じゃあみんなこうやって作って行こうか。簡単に作れるし、大量に作ろうぜ。無駄に」


 沼田君の言葉にみんなが「おー」と気合を入れていた。僕も、作ってみよう。先ほどまで座っていた教卓に戻り、紙テープを折ってみる。五角形に折ることはそれほど難しい事ではなく、僕のような不器用な人間でも簡単に作ることが出来た。


「できた」


 少しだけ形がおかしいような気がするけれど、これなら僕にも作って行けそうだ。


「これ何個くらい作ればいいんだろうな?」


 沼田君も僕と同じように教卓の上で星を作り始めた。


「えっと……」


 メモに目を落としてみるが、量は書いていなかった。


「……その、たくさん?」


「あはは。沢山か。そっか。じゃあたくさん作るか」


 かっこいい笑顔で僕に笑いかけてきてくれた。これは、惚れちゃうね。僕が女の子だったらイチコロだ。

 傍で見れば見るほどかっこいい。

 沼田英明君。

 格好いいだけではなく、運動も出来るし勉強も出来る。バスケ部のレギュラーで、このクラスの男子のリーダー。性格もいいので、悪い噂は一切聞かない。

 まるで、主人公だ。

 憧れてしまう。


「なあ、佐藤」


「え、はい!」


 見惚れていたことに対する文句かもしれない。気持ち悪いんだよとか、そんなに見てくるんじゃねえよとか。

 でも、沼田君はそんなこと言わなかった。


「なんか、悪いなぁ。あのときに俺が佐藤を副委員長に推薦しちゃったからやりたくもない副委員長なんかをさせられて」


 少しだけ、申し訳なさそうに言う沼田君。


「え、ううん。その、僕、副委員長になれて幸せだよ。楽しいよ? それに、えっと、沼田君のせいじゃないし、何も気にしないで、良いと思うよ」


 僕が副委員長になれたのは沼田君のおかげだ。むしろ僕はお礼を言うべきなんだ。


「そっか? いやぁ、佐藤が嫌がってなかったらよかったわぁ。佐藤って恥ずかしがり屋みたいだし、みんなの前に立つの結構嫌なんじゃないかなぁって気になってて」


「……その、確かに僕はみんなの前に出られるような身分ではないから恥ずかしいっていう気持ちはあるけど、それを嫌だとは思わないよ。恨んだりなんてもってのほかだよ」


「ならよかったわ。これからも副委員長よろしくな」


「うん。至らないところがあるけれど、頑張ります」


「頼もしいぜ」


 そう言って笑う沼田君はやっぱりかっこよくて、僕が自分自身に望む姿がそのまま具現化したようだった。すごいや沼田君。

 これだけ格好いいのになんで浮いた話が無いのだろう。告白はたくさんされてきたらしいけれど、全部断っているらしい。学校一の楠さんに言い寄っているのも見たことが無いし、あまり興味が無いのだろうか。


「佐藤は本当に文句言わないで頑張るなぁ」


「そんなことないよ。見えないところで、文句ばっかり言ってるよ」


「またまた」


 話しながら星を作る僕ら。僕が一つ作る間に沼田君は五つ作っていた。何故こうも差が出るのだろうか。よく分からないけれど、才能なのだろう。

 スクールカーストの底辺と天辺だ。仕方がないとは言いたくないけれど、諦めなくてはいけない部分もあるのだろう。


「そう言えばさ、前から誰かに話したい話があってさ、聞いてくれないか?」


「え、うん。僕でよければ」


 沼田君と話ができるなんてこの先ないと思うから、むしろありがたいことだよ。

 この機会に、少しでも沼田君のような人間になれるように勉強させてもらおう。


「あのさ、実は俺、五月くらいだったかなー、左手の親指やけどしちゃってさぁ。結構広い範囲で。痛いのなんの」

 

 ……。


「……うん」


 なんだか、聞いたことのある話かも。


「激痛だったわ。で、そのやけど見てふと思ったんだよ。『……まるで子供みたいだな』って」


「ええええええ?!」


 三か月くらい前に楠さんから聞いた話と同じだ!

 この話の主は沼田君だったんだ!


「どうしてかっていうと、この傷が産まれた時に激しい痛みを伴って、それを乗り越えたらしばらく痛くない安らかな時期が訪れて――」


「あ、その、沼田君」


「――ん? 何?」


 不思議そうに僕を見る沼田君。


「お話の途中割って入って申し訳ないのですが、その、実は、その話楠さんから聞いたことがあるんだ」


 正直に言ってみた。


「え?! 俺この学校の人間には話してないのに!」


 驚く沼田君に僕は慌てて説明をする。


「あ、そのね、楠さんがファミレスにいた時に、後ろに座っていた人がその話をしていて、すごく感心したって僕に話してくれたんだ」


 そう言うと、沼田君はゆっくりと大きく頷いた。


「へー……。…………俺と同じことを思う人間がいるとは……」


「え、いや、その、多分楠さんの後ろにいたのは沼田君だったんじゃないかな?」


 多分、沼田君以外にそう思う人はいないと思う。


「え? 俺? ……あー、そう言えば、この話はファミレス以外でしてないな。あ、それ俺だ。へぇー、あの時後ろに楠さんがいたんだ。すごい偶然だなぁ。気付かなかった」


「本当にすごい偶然だね。楠さん言ってたよ。『おかしくて仕方が無かった』とか、『珍しく男の人に感心した』って」


 ……。……あれ? 『珍しく男の人に感心した』って、言ってもよかったのかな? 楠さんのイメージとしてはこんなこと言わないよね。……でも、もう言っちゃったから、仕方が無いよね?

 沼田君も気にしていないみたいだし、よかった。


「そっかー。第三者を笑わせることが出来たのならこの話は今後も使えるな。もうちょっと話盛って面白くするか」


「も、盛るんだね」


「盛った方が面白いじゃん」


「そう、なんだね」


 僕は嘘をついているという罪悪感から盛るという行為が出来ない。小心者すぎて笑いが出るよ。

 僕がつく小さい嘘なんて誰も気にしないのに。

 みんなを楽しませようと思ったら、盛るという事も必要だろうけど、それができない僕。多分、これが僕と沼田君の大きな違いだ。僕は人を楽しませることが出来ないんだ。


「沼田君は、本当に面白いね。すごく尊敬する」


「すごくなんかないって。それに、俺は佐藤の方が凄いと思うぞ」


 僕なんかに気を遣ってくれる沼田君。優しすぎる。自虐がしたいわけではないけれど、自分が情けなくて小さくて弱くて。違いを思い知らされる。自虐せざるを得ないんだ。


「お世辞は、いいよ。僕は何一つ平均を越えていないから……。ダメ人間だし」


 縮こまる僕に、沼田君。


「そんなの関係ないって。俺が本当に凄いと思っているのはそういうの関係ないものだから」


 沼田君としては、どうしても僕のどこかを褒めたいみたいだ。褒めるところなんてないのに。


「何か、他にあるの?」


「あるある。多分みんなも同じこと思ってるんじゃないか?」


 ……あれ、なんだか、沼田君には本当に心当たりがあるらしい。


「僕には、そんなすごいところなんてないけど……」


「あるっての」


「……その……どこ?」


 さっぱり分からないけれど、沼田君は簡単に教えてくれた。


「あの楠さんが佐藤に対してだけ態度が違うじゃん。あの楠さんがだぞ?」


「あ、それは、その……」


 周りのみんなから見たら、僕は楠さんに酷い事をした最低人間という風に見えているはずだから、沼田君には楠さんが僕に仕返しをしている様に見えているはず。つまり、あの優しい楠さんをあれほどまで怒らせるのは凄いという事が言いたいのだろう。

 三田さんも楠さんが僕に酷い事をしていると思っていたし、沼田君がそう思っても仕方がない。


「僕が、悪いだけだから気にしないで」


 あれが楠さんの本当の姿だと教えるわけにもいかないので、とりあえずこう言っておこう。褒められるようなものでもないので謙遜するのも違うだろう。

 だけど、沼田君から返ってきた言葉は予想とは違うものだった。


「誰も悪くは無いだろ」


「え?」


 思わぬ言葉に驚く僕。沼田君はとてもカッコいい笑顔で続ける。


「佐藤に対しての楠さんってめちゃくちゃ生き生きしてるじゃん。怒っているようには見えないけどなぁ。なんていうか、自由、って感じ。伸び伸びと接することが出来ているみたいな、そんなの。だから、その姿を引き出せる佐藤は本当にすごいなぁって思うわ」


「えっと、その……」


 沼田君は、他の人と思っていることが違う。やはりすごい感性を持っているみたい。


「だから最近楠さんが可愛くてしょうがないんだ」


「え?」


 突然の言葉に僕は頭が真っ白になった。


「俺もあの態度で接してほしいなぁ。いやぁ、可愛い」


 何故だかわからないけれど、焦ってしまい言葉が勝手にあふれ出してくる。


「えっと、あ、あの、沼田君、楠さんに、興味が無いものとばかりに……。副委員長の推薦も蹴っていたし、その、楠さんのピンチの時も……」


 勉強をしていた、遠くから見守っていた。

 ――いや、楠さんを見ていなかった。


「まあね。あの時は別に。でも佐藤に脅されてから楠さんめちゃくちゃ輝いてるわ。みんなにもあんな感じで接すればいいのに」


「……えと、えっと」


 少し落ち着いてきた。

 沼田君は、本当の楠さんの方が可愛いと言っているんだ。

 ああいう性格が好きみたい。

 何と言えばいいか、その、もしかして沼田君って…………M……、なのかな?


「人間らしいよな。ほんと。魅力的だ」


「う、うん」


 すごいね。べた褒めだ。

 手に持っていた星をくるくる回し眺めている沼田君と、無意味に紙テープを切り刻んでいる僕。

 なんで僕はこんなにも意味のない無駄な行為をしているのだろう。

 

「なあ、佐藤」


「なに?」


 星から僕に視線を移し、沼田君が言った。僕も手を止めた。


「もしかして、楠さんと付き合ってたりすんの?」


 なんだか突然過ぎてびっくりするよ!


「え、え?! い、いえ、そんなことありえないですよ?! 身分が違います! 身分が!」


「そうなのか? 嘘は言わなくてもいいんだけど?」


「ほ、本当に、全然、そんな事実ないです。嘘じゃないです」


 顔の前でハサミを振って必死に否定する僕に向かって、沼田君が柔らかい笑顔を作った。柔らかくって、暖かくって、僕には到底作れない笑顔。

 そして、言う。


「……そっか。ならよかった」


 ――ならよかった――

 

 なんだか、その言葉は僕を猛烈に不安にさせた。

 理由は、分からない。

 分からないふりをしているので分からない。

 でも。

 もし僕が小心者でなければ、話を盛ることが出来る人間だったならば、

 今この場で嘘をついていたと思う。


 嘘をついて――不安を取り除いていたと思う。


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