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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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雛祭り

 ――ピンポーン。

 居間のソファの上で舟をこいでいた僕。突然鳴ったチャイムの音に必要以上に驚き慌ててドアホンに駆け寄った。


「もしもし?」

 寝ぼけていたせいなのか訳の分からないことを言ってしまった。自分で自分の言ったことに驚いているよ。

 僕の素っ頓狂な返事に画面の向こうの人が呆れたような声を出した。


『もしもしって、お前電話じゃねえんだから』


「え、あ、そうだね……って、雛ちゃん?」


 聞こえてくる声も画面に映っているのも雛ちゃんだ。


『そうだよ。お前携帯持ってねえのか? メールも電話も出ないで、どうしたんだよ』


 画面の向こうの雛ちゃんの顔は怒ったような顔に見える。携帯に出なかった僕に腹を立てているのだろう。


「あ、ごめん……。すぐに外に出るから、ちょっと、待ってね」


 ドアホンを切って、外へ出る。が、その前に。


「えっと、携帯は……」


 テーブルの上に置いていた携帯を手にとり慌てて開いてみる。

 あれ、電源が切れている。何が起きているのかよく分からないが、とりあえず携帯を持ってそのまま外に出た。

 外では雛ちゃんが、やっぱり不機嫌そうな顔をして僕を待っていた。


「お前なんで電話に出なかったんだよ」


 怒っているというよりも、拗ねていると言った方が適切な気がする。


「ご、ごめんね、電池が無くなってたみたいで、電源が切れてた」


 多分、そういう事なのだろう。

 だが雛ちゃんとしては納得できないらしい。


「でもお前私からの電話切っただろ」


「え?」


 僕、切ったの?


「私が呼び出してる時にタイミングよく電池が切れたってのか? んなことねえよな」


「ご、ごめんなさい」


 慌てて携帯の電源をつけてみる。すると、普通についた。電池の表示はまだ満タン。そう言えば、昨日寝る前に充電していたっけ。電池が切れるはずがない。


「ごめんなさい……。その、目覚ましと間違えて、気付かない間に電源切っていたのかも……」


 携帯電話を目覚ましに使っているから、習慣でそんなことをしたのかもしれない。でも、電源を切ることはあるかな……。


「寝てたのか?」


「うん……」


「……まあ、そういうことなら、別にいいけど……」


 全然よさそうではない。


「んで、優大。ちょっとアレだったから思わず家に押しかけてきちゃったけど、お前今日暇?」


 言葉を濁してくれたけど、腹が立ったんだね……。ごめんね。


「うん、暇」


「じゃあちょっと家に遊びに来いよ」


「え、いいの?」


 怒らせたのに、行ってもいいの?


「いいに決まってんだろ。その為に電話したんだよ」


 雛ちゃんがやっと笑顔を見せてくれた。


「ご、ごめんね。わざわざ足を運んでもらって……」


「別にいいって。んじゃ行こうぜ」


 とても嬉しいよ。


「うん」


 やった。これで楽しい休日になるよ。寝て過ごすだけの休日なんて面白くないもんね。雛ちゃんに感謝をしなければ。

 でも、僕は自分から誰かを誘うべきだった。積極的に行動しようって決めたのに。結局今日も受け身で過ごしていた。いけないことだ。もっと自分から。巻き込む側にならなくちゃ。

 頑張ろう。

 ……などと心の中で反省をしていたところ、


「あああああああ! 何しに来た金髪!」


 玄関をでてすぐに立っていた僕の頭上から大きな声が聞こえてきた。雛ちゃんがその声の方を見上げとても嫌そうな顔を作っている。誰の声かは分かっているが、確認の為に道路へ出て声の聞こえる二階ベランダの方を見てみた。

 当然、お姉ちゃんがこちらを見て怒鳴り声を上げている姿が見える。


「この金髪ヤンキーめ! 世が世ならお前は金髪侍だ!」


 意味が分からないよお姉ちゃん。


「……うるせえな……」


 困ったように怒ったようにつぶやく雛ちゃん。雛ちゃんはお姉ちゃんに対して、感じる必要のない負い目を感じているようだ。僕にとっても、それはいい事ではない。何とか説明してその負い目を取っ払ってあげたいけれど、うまく行かない。困った。


「お姉ちゃん、ちょっと遊びに行ってくるから」


 とりあえず手を振ってそう告げてみた。するとお姉ちゃんは不服そうに、僕とは違う意味で手を振って抗議してくる。


「『今日は家から出ない』って一週間前言ってたでしょ!?」


「……え!? うん! 一週間前は外に出てないけど?!」


 お姉ちゃんは一週間前に言った事がどれくらいの効力を持っていると思っているの?!


「何それ! 詐欺だ!」


「さ、詐欺って……。雛ちゃん、もう行こうか」


 きっと、ここにいたら長引いてしまう。まともに取り合わない方がよさそうだ。


「……いいのか?」


「その、いいよ」


 雛ちゃんもここにいるのがつらそうだし、早く離れるに越したことは無い。


「……んじゃいくか」


「うん」


 背を向けて歩き出した僕らとお姉ちゃんの怒鳴り声。近所迷惑だけれども、少しだけ我慢してください。


「待て金髪! なに、もー! わざわざ電話切ったのに、家にまで来るなんてしつこいな!」


 立ち止まって振り向かざるを得なかった。ごめんなさいご近所さん。もう少しだけ大声が続きます。


「お姉ちゃんが電話切って電源も切ったの?!」


 驚く僕と呆れる雛ちゃんと自慢げな姉。


「そうだけど! へへーん! バッテリーも隠したもんね! 返してほしければ即刻家に入ることだ!

 そのまま金髪侍の所へ行けばバッテリーの命は無いぞ!」


 バッテリー?


「え? 電源ついたよ?」


 何かの間違いじゃないかな。


「へっへーん! 嘘だねぇぇぇ! 何故ならバッテリーはここに……」


 見えないけれど、ベランダで自分のポケットを探っているような動きを見せるお姉ちゃん。


「……ここに……」


 自分の足元を見渡している。けれど何も見つからないようだ。


「……無い! 消えた!」


「だからここにあるよ?」


「いつ盗った! この泥棒!」


「僕のバッテリーなんだから、泥棒じゃないよ……。むしろ、お姉ちゃんがそのそしりを受けても仕方がない立場だと思うよ……」


「くそう! 優大君じゃないとしたら……じゃあ……祈君か! 下の弟の方か! 祈君が私のポケットからバッテリーを盗ったのか! あの鼠小僧め……! 知らない間にバッテリーを戻すなんて義賊にもほどが――ん! んんんん!」


 お姉ちゃんが突如として消えた。相変わらず何かうめき声のようなものが聞こえるけれど姿は見えない。

 何事かと、雛ちゃんと二人でベランダを見つめていると、一本の手が出てきて僕らに向けて手を振ってくれた。おそらく、というか間違いなく祈君だ。


「祈君が、お姉ちゃんを引き止めてくれているんだね」


 僕の携帯のバッテリーも取り返してくれたみたいだし、やはり祈君は何でもできる。自慢の弟だ。

 少しほっとした表情の雛ちゃんが言う。


「……じゃあ優大の姉ちゃんが戻ってくる前に行くか」


「うん」


 ありがとう祈君。ごめんなさいお姉ちゃん。




 雛ちゃんの部屋に通された僕はゆっくりしろとの雛ちゃんの言葉に従い床に座らせてもらった。

 とりあえず、一度ドアの方を振り返ってみる。僕の行動が気になったのか、窓の下に座る雛ちゃんが僕に聞いてきた。


「兄貴探してんのか?」


「あ、ううん。小嶋君がいるのかなって思って」


「小嶋ぁ? なんであのバカがここにいるんだよ。いるわけねえだろ」


「そ、そうなんだ」


 てっきり小嶋君がいるから僕が呼ばれたと思ったのに。


「あ、もしかして優大、昨日のことを気にしてんのか? おいおい嫉妬かよー。照れるなー」


 そう言うことになるのかもしれない。


「えっ、その、あの、あ、さっきは、お姉ちゃんがごめんね!」


 なんだか恥ずかしかったので早急に話題を変える。


「何言ってんだよ。別に優大が謝ることじゃねえだろ。それに謝るのは私の方。疑ってゴメンな」


「そんな。僕が寝ているのが悪いんだよ」


「優大が何してようが悪くねえだろ。自分の時間なんだから負い目感じる必要はないって」


「……うん」


 自分の時間だから。

 だから、人が誰と何していようが、僕がやめさせることはできない。


「にしても……、お前の姉ちゃんは本当に私のことが嫌いみたいだな」


「そ、そんなことないよ。きっと、お姉ちゃんは雛ちゃんのことが好きだよ」


 心地よい風の下、雛ちゃんは苦い顔をしている。


「どこをどう見たら私に好意を寄せているように見えるんだよ。喧嘩売ってくるんだからどう見ても嫌ってるだろ」


「喧嘩をよくしているから嫌いとは限らないよ! 小嶋君だって――」


 はっと、次の言葉を慌てて飲み込む。

 あっぶないところだった! 小嶋君の感情を勝手にばらすところだった! これを言っていたら僕は怒られていたね……。


「あのバカがなんだよ。あいつも喧嘩売ってくるな。そんなに嫌いなのかよ私のことが」


「その、きっと、その、あの、その、えーっと、その……その……」


 なんと言えばいいものか、困る。


「あいつムカつくなぁー……! 思い出しただけで腹が立つ!」


 そう言って横に置いてあったクッションに拳をめり込ませた。怖い。


「……その、仲良くね?」


「無理だな」


 バッサリ。

 そんな雛ちゃんに、僕はほっとしている。

 僕は最低だ。

 友達と友達が仲良くなるのが嫌みたいだ。でも、それなのに楠さんと雛ちゃんには仲良くしてもらいたいと思っている。自分の事なのに、よく分からないや。


「昨日だって――……」


 と、ここで突然雛ちゃんが話を止めた。


「どうしたの? 昨日何かあったの?」


「……優大を呼んだ目的を忘れてた……。ちょっと待ってろ」


 立ち上がり部屋を出る途中で僕の頭を軽く撫でて行った。一体、何事かな。

 扉を見たり窓の外に視線をやったり再び扉を見たり携帯を開いてみたりしていると、雛ちゃんがお盆にお茶とお菓子を乗せて戻ってきた。


「おかえり」


「ん」


 何かがあったのか、お盆と僕を交互に見ている。


「あ、受け取るよ」


 受け取って欲しいから止まっているのかなと思い、腰を上げ、お盆に向かって手を出した僕に向かって雛ちゃんが、


「あ! 座ってろ!」


「えっ!」


 怒られた!


「ちょっと待てよ……? えーっと」


 一体、何事なのでしょうか。僕には分かりません。

 開け放たれたドアの前、雛ちゃんがが何かを思い出す。


「あ、そっかそっか。えーっと……。あ! 足が絡まって優大の頭にお茶をこぼしてしまった!」


 と言って直立の状態から何故か右足に左足を引っかけて僕の方に倒れ込んできた。


「え?!」


 お茶がこぼれる! と驚いた僕だったけれど、雛ちゃんは華麗な足さばきでお茶を一滴もこぼすことなく着地。


「……え?」


 先ほどから僕は『え』しか言っていないけれど、雛ちゃんはそんなこと気にしていない。


「……ちょっと失敗した。もう一回」


 奇妙な体勢で踏ん張っていた雛ちゃんが整えて先ほどと同じように直立する。

 そして再びよく分からない行動をとった。


「……あ! しまった! 足が滑って優大にお茶をかけてしまった!」


 今度はその場で足を後ろに滑らせて僕めがけて倒れ込んできた。


「ええ?!」


 しかし今度も見事に着地。お茶はこぼれていない。

 僕はどうすればいいのだか分からないよ! 


「えっ?! あ! 運動神経がいいね?!」


 って言えばいいのかな?!

 雛ちゃんは驚くほど運動神経がいい。國人君とよく似ている。運動神経は学年一だ。間違いない。

 だから、それを褒めるのが正解なのだろう。


「違う違う違う。全然違う」


 違うらしい。


「ちょっと待てよ……?」


 もう一度体勢を整えて倒れるイメージトレーニングをしている。

 少し腰を上げて見守る僕と、イメージトレーニングを終えてよしと小さくつぶやいた雛ちゃん。


「……あ、しまったー。足の健が切れてバランスが崩れてしまったー」


「それ重傷だよ?!」


 足の健が切れたらしい雛ちゃんはまたまた僕めがけて倒れ込んできた。けれどまたまた見事にお茶をこぼさず踏ん張った。


「「……」」


 僕は何と言えばいいのか分からず黙ってしまった。雛ちゃんもどうにもバツが悪そうだ。


「…………あー。なんか、こけ方が分かんねえわ。どうすればこけられるんだ?」


 こけられないと。


「す、すごいね。僕なんかしょっちゅうこけているよ。何もないところで躓いちゃうよ」


「へー。じゃあお前は『どじっこ』なのか?」


「ど、ドジっ子? その、そこまでは、行かないと思うけど……」


「違うのか? どじっこってなんだ?」


「えっと、その、ドジっ子は、携帯電話と間違えてテレビのリモコンを持って出たり、今雛ちゃんが持っているお茶を人の頭の上にこぼしちゃったりする人だと思う」


 と言うと、雛ちゃんがビシッと指を指して大きな声を出した。


「そう! それ! それがしたかった!」


「え?! お茶を僕にこぼしたかったの?! 僕、何か悪い事したの……? ごめんね……」


 さきほどのお姉ちゃんとのことかもしれない。もうしそうならば、僕が悪い……。

 少し落ち込んでしまったが、雛ちゃんは慌てたようにそれを否定してくれた。


「そうじゃねえよ! どじっこってのを演じたかっただけだっての!」


「……えっ、どうして?」


「どうしてもこうしてもねえよ。優大そう言うのが好きなんだろ?」


「……えっと……。う、うん」


 お茶をこぼされても、嬉しくはないけれど……。それにドジっ子は現実にいないよ。


「また失敗かよー」


 今度は普通に歩いて普通にお盆をテーブルの上に置いた。


「うまく行かねえな」


 テーブルを挟んで僕の正面に座り、頬杖をつく雛ちゃん。


「その、理由を聞いてもいい?」


「だから、優大が喜ぶと思って」


 僕の為にここまでしてくれるだなんて嬉しい。


「ありがとう。でも、僕は雛ちゃんと一緒にいるだけで楽しいよ」


「あーもー。だからそれだけじゃあ駄目だって言ってんじゃん。本当に優大は鈍いなぁ」


「ご、ごめんなさい」


 鈍いというか、僕の頭が悪いから理解できないのだと思う……。もっと勉強して頭をよくしよう。そうしたら雛ちゃんのしていることが理解できるはずだ。

 雛ちゃんは苦々しそうに言った。


「これも全部小嶋のバカ野郎のせいだ。あいつホントムカつくな」


「え? どうして小嶋君のせいなの?」


「あいつが訳わかんねえ説明するからだ。もう小嶋のことは考えたくねえ。楽しい話しようぜ」


「う、うん」


 とても気になるけれど、雛ちゃんが望まないのならそれを続ける理由がない。雛ちゃんが望んでいる楽しい話題を何か見つけよう。


「そうだ。一昨日もらったベストブラザー・シスターコンテストの予定表國人君に見せた?」


「あー? あー、まだ。あいつ部屋から出てこねえんだもん。渡すタイミングが無い」


「えーっと、同じ家にいるのに、渡すタイミングが無いの? その、いくらでも時間は……」


「あいつの部屋は別世界だろ。ドアの前も通りたくねえよ」


「……そ、そう……」


 なんだか、とても悲しいよ。


「あ、そうだ。國人君、ダイエットはしてる? 夏休み頑張ってたよね」


 そのおかげで僕の命も助かったんだ。だからと言うわけではないけれど、頑張っていてほしい。

 しかし雛ちゃんにとってこの話題はあまり楽しくないらしい。


「あのくそデブダイエットやめやがった。もうやめてひと月くらいになる」


「え?! ひと月という事は、僕を助けてくれた後すぐやめたの?!」


「ああ。優大、あいつに『やっぱりかっこいいね』みたいなことを言ったんだろ」


 ……確かに、あの後何度か言った覚えがある。だって、あまりにもかっこよかったものだから。


「それで調子のって自信つけて引きこもり生活だ。あいつ、マジでブッ飛ばされなくちゃ分かんねえみたいだな」


「暴力は、ダメだよ」


「そうだな。事故ならいいよな」


「多分ダメかな!?」


「なんだよ。ならどうやって殴ればいいんだよ」


「まず殴ることから離れよう!? ね?!」


「分かったよ。なら部屋の出入り口封鎖して兵糧攻めしてやるか」


「そっちの方がまずいかも!」


「ダイエットもできるし良いだろ。それにあんだけ脂肪があればひと月は何も喰わなくても持つ。ラクダみたいなもん」


「ひと月は、人の域を超えているよ」


「いざとなれば部屋にある人形でも食うだろ」


「多分、食べないと思うよ……」


 さすがに。


「なら優大が説得してきてくれよ。優大が痩せろって言えばするかも」


 それは、どうかな。


「でも、國人君はそのままでも十分カッコいいから、ダイエットしなくてもいいと思う」


「なんだよ。お前兄貴に痩せてほしいんじゃねえの? だからちゃんとしてるかどうか確かめたんじゃねえのか?」


「ううん。その、頑張っていたからまだ続けているのかなって気になっただけ」


 熱意が凄かったからね。

 少しだけ悲しそうな顔をした雛ちゃんがぐてっとテーブルの上にだれた。


「あーあ。痩せてくれると思ってたのに」


「別に、体型で人が決まるわけじゃないから、今のままでいいんじゃないかな?」


 久しぶりにあった國人君を見て痩せて欲しいと思ってしまった僕が言える立場ではないけれど。

 なんにせよ國人君は中身がかっこいいから。今の体型をだらしないとしても関係ないよね。

 しかしそれは僕だけみたい。


「嫌だ」


 雛ちゃんは嫌らしい……。でも、体型とか体格で人を判断するというのなら、もしかしたら背の低い僕はあまりいい目で見られていないのかもしれない……。怖くて聞けないけれど。


「痩せたついでに今の引きこもり気味な生活も改善されると思ったんだけどなぁ。そううまく行かねえよな」


「引きこもりがちなのは、確かに健康によくないかもしれないね。健康とは関係ないけど、人としゃべられなくなったとか、人込みが怖くなったとかもよく聞くし」


「すげえな。それもう病気だろ」


 ……僕も人と話すのが苦手だし、人込みも好きではないよ……。僕も、雛ちゃんにそう見られているのかな。


「どうした優大?」


 恐怖がにじみ出てしまった。


「あ、なんでもないよ?」


「……そっか?」


 雛ちゃんと言葉を交わすにつれて自信が無くなっていくけれど、表には出さないようにしよう。

 僕の為にかどうかは分からないが、話題をそらしてくれる。


「文化祭当日は私と回ろうな」


 不安を蹴散らす雛ちゃんの笑顔。表情に力がある人は凄い。


「うん」


「絶対だからな」


 釘をさす雛ちゃん。なんだか、当日になにかが起こるフラグが立ってしまったような気もするけれど、アニメの見すぎだろう。ドジっ子もそうだけど、現実はアニメのようなこと起こり得ないよ。


「うん」


「よっしゃ。そう言えば、優大昨日若菜たちと調理実習室でなんか料理したんだろ?」


 テーブルに乗せていた体を起こして両肘をつく雛ちゃん。


「うん。みたらし団子の作り方を覚えたよ」


「へー。それは当日楽しみだな」


「雛ちゃんも作る係りだけど、大丈夫?」


「適当におはぎ握っとけばいいんだろ? 大丈夫だろ」


 大丈夫かな。大丈夫だよね。雛ちゃんは凄いから。


「……なぁ優大」


「なに?」


 声のトーンからすると、あまり楽しい話ではないようだ。

 その通りであまり楽しくない話題。


「何度も聞くけどさ、クラスの連中このままでいいのか?」


 冷たい視線の事だ。


「うん大丈夫だよ」


 嫌だけど、我慢しなくては。


「なんだか、日を追うごとに優大への態度が悪くなってんだけど、どういうことだこれ」


「そうかな? 僕にはいつも通りに見えるけど……」


 悪くなっているのかな。よく分からないや。


「あからさまだろ。なんで優大が避けられなくちゃいけねえんだよ。見ててイライラするんだけど何とかしていい?」


 雛ちゃんの何とかするというのは、いわゆる力技なのだろう。


「大丈夫だよ。確かに、少しつらい時もあるけど、みんながそういう態度を取ってしまう理由も分かるから。我慢しなくちゃ」


「……ったく。全部若菜のせいだな!」


 雛ちゃんがテーブルを叩いて吠えた。


「それは、違うよ。楠さんも、僕を庇ってくれているし、楠さんのせいじゃないよ」


 やっぱり、うまく解決できなかった僕が悪いのだと思う。


「お前は本当に心が広いな。ホント憧れる」


「そんな。僕なんかより雛ちゃんの方がずっと素敵だよ」


「………………素敵って、お前……」


「え、あ! つい口が滑っちゃった!」


 恥ずかしい。本当に恥ずかしい……! こんなの簡単に口にするような言葉じゃないよね……。


「……」


 雛ちゃんは無言で僕を見る。


「……その、ごめんなさい」


 つい謝ってしまった。


「なんで謝るんだよ。別に悪い事したんじゃねえんだから」


「うん……」


 でも、なんだか謝りたい気分です。


「なぁ、優大」


 怒られは、しないよね。


「はい……」


「何畏まってんだ」


「え、あ、うん」


 怯えるなんて失礼だ。


「…………」


 無言の雛ちゃん。


「……その……?」


 一体、どうしたのだろう……。

 何か大切なことを言おうとしているようだ。


「…………あー……いや、あとひと月で誕生日だろ。何か欲しいものあるか?」


 大切な話は、これの事かな?


「あ、ううん。何もいらないよ。文化祭の日と被ってきっと忙しいし、そんなの気にしないで」


 僕の誕生日なんて、気にするまでも無い日だよ。


「そうもいかねえだろ。じゃあ、とりあえず優大の喜びそうなものプレゼントするか」


「そんな。本当に、大丈夫だよ? 多分僕でさえ忘れちゃうから。気にしないで」


「ああはいはい。気にしないわ」


「……そう言っておきながら、気にするとかダメだよ」


「分かってるって」


 今度は言わなかったけれど、本当に素敵な笑顔だ。僕はまいってしまうよ。

 でも、何故だろう。ほんの少し後悔しているような色が見える。

 きっと、気のせいだよね。

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