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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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外には

 お団子づくりは無事に終わり、おいしいみたらし団子を食べた後みんなで片づけをして解散となった。材料を持って帰って家で作るという人が何人も出てきて、第一回料理教室は大成功で幕を閉じた――

 ――かに思っていた僕。

 僕の中ではまだ終わっていなかった。


「ちょっと佐藤君」


 僕と楠さん以外いない調理実習室で、楠さんが僕に詰め寄る。どうしていいものか分からず僕は両手を顔の前に置いて一旦壁を作ってみた。掌の向こうで楠さんが怖い顔をしている。


「どうして三田さんはあそこまで私に嫌悪を抱いているの。君が何か吹き込んだの?」


 機嫌がよくないよ。


「僕は、何も吹き込んでいないし、それにそもそも、三田さんは楠さんのことを嫌っていないんじゃないかな?」


 怖いとは言っていたけれど……。


「どこをどう見ても嫌っていたでしょう。なんだか納得いかない。あの三田さんが他人に対してあれほどのあからさまな態度を取るとは思えない。と言うか、私に対してあんな態度を取れるとは思えない。三田さんは君と同じで小動物みたいな性格をしているから私のような人間には一番気を遣うはず」


 楠さんは相変わらず、自信に満ちているね。それが許されるのだからすごい。


「三田さんはどうして私のことを目の敵にしているの? やっぱり君が何か言ったの?」


「な、何も言ってないよ」


 僕の言葉を信じたのか、楠さんが僕から離れてうなり始めた。


「うーん」


 そして、


「……。……やっぱりそういうことか」


 何かに納得していた。


「え、え? どういう、事?」


 僕は分からないよ……。


「どういうこともこういうこともない。前言ったでしょ」


 やっぱりよく分かりません。


「だとしたらまぁ、仕方ないか」


「仕方、無いの?」


「まあね。それで三田さんが満足するのならいいよ」


「…………ふぅー」


 思わず息が漏れる。

 安心した。喧嘩にならないですんだね。


「それにしても、ね……」


 あまりいい感情のこもっていない視線を僕に向けてくる。


「えっと……?」


「君のせいだね」


「え、僕のせいなの?」


 確かに、僕を庇おうとしてくれているのだから僕のせいだと言える。


「その、ごめんなさい」


「まったく。有野さんだけならまだしも、取り巻きの前橋さんとさらに三田さんまでもが私のことを敵対視するなんて。前途多難だよまったく」


 楠さんの人生は順風満帆に見えるのだけど……。楠さんはまだまだ上を目指すんだね。すごいや。

 僕が感心しているところ、何かに気づいたように辺りを見渡し出す楠さん。


「そう言えば、金髪の子はどうしたの。佐藤君が参加するから有野さんも参加すると思っていたけど」


「うん。雛ちゃんは、小嶋君と遊びに行ってるよ」


「え? 小嶋君と?」


「うん」


 何故か分からないけれどとても驚いている楠さん。一体何にそれほど驚くことがあるのか分からないけれど、この話はあまりしたくない僕がここにいる。

 しかし当然のことながら声に出さなければその気持ちは楠さんにはわからない。


「君誘われなかったの?」


「うん。何でも二人きりじゃなきゃダメみたいで」


「……ふーん……? 君は、別にそれでいいの?」


「……いいよ」


「今の一瞬の間はなに」


「き、気のせいだよ」


「気にしてるんだ」


「気にしてなんかいないよ? 小嶋君と雛ちゃんが楽しければ、それだけで僕は幸せだよ」


「嘘だね。顔に書いてあるもの」


「え」


 両手で頬を挟み込んで表情を隠す僕。


「隠しても無駄。はっきりと書かれているよ。キャベツとご飯は合わないって」


「……え?! どういうこと?!」


 急に話が変わったよ?! 楠さんはよく話を変えることがあるけれど、このタイミングで話を変えたことにはただただ驚くばかりです!

 でも、よかった。あまり続けたい内容の会話じゃないから。


「ソースかつ丼ってあるでしょ? ご飯、キャベツの千切り、ソースのかかったとんかつ。あれ、最高においしくないと思うんだけど、もしかして一般的にはおいしいとされているの?」


「た、確かに、生野菜とご飯は合わないと思う。でも、ソースかつ丼は、僕は好きだよ」


 おいしいよね。


「考えられない。そもそも一緒にする意味が分からない。とんかつ達とご飯、別々のお皿に乗せて出せば私でもおいしく食べられるのに。ご飯の上に乗せる意味はあるの? 一枚お皿を洗う手間が省けることくらいしかメリットが考えられないんだけど」


「でも、それを望む人がそれを頼むのだから、嫌いなら、普通にかつ丼定食を頼めば、いいのでは……?」


「そうだね。私もそう思う」


 あっさりと引いた! 大して興味のない話題だったみたいだ!


「まあそれはソースかつ丼だから食べたくなければとんかつ定食を頼めば済むことだけど、合わない組み合わせを強制的に食べさせられるときはどうすればいいの」


「え、そんなことがあるの?」


「たとえば牛乳とご飯とか」


「あー……」


 給食だね。確かに牛乳とご飯は絶望的だ。


「でも、牛乳でご飯を炊く料理もあるよね」


 おいしくないものを食べた時の顔をする楠さん。


「え。何それ。なんでそんなことするの?」


「お、おいしいから、だと思うけど……」


「……感想待ってるから」


「えっ」


 丸投げだ。

 別に、みんなが食べてくれるのならやるけれど、みんな食べてくれるかな……。

 楠さんはさらに続ける。


「給食で出てくる合わない組み合わせ、他にはクリームにフルーツが入っているパンとか」


「え? おいしいよね?」


「おいしくないって言ってるのになんでおいしいよねって聞いてくるの。押し付けはやめてよね」


「ご、ごめんなさい。でも、その、ケーキとかに入ってるよね? それも嫌いなの?」


「嫌いだね。あれはおいしくない」


 それは、多分一般的ではないよね。

 はふぅと息をついてから、楠さん。


「まあ、一番合わないのは私と有野さんだけど」


 まさか食べ物の話題からその話題に飛ぶとは思ってもいなかった。


「それは、そんなことないと思うよ」


 仮に今を険悪だという事にしても、絶対にいつか相性抜群になるよ。


「楠さんと雛ちゃんは、仲良くなれるよ」


 顔の前で手を振り否定する楠さん。完全に否定するのは、少し悲しい。


「無理無理。私がご飯だとしたら、有野さんはキャベツ。キャベ野さんという事」


 ……キャベ野さん……。よく分からないよ。


「それで、君がとんかつ。……。……佐藤君のくせにとんかつを名乗るなんて図々しいね」


「僕が言ったんじゃないよ」


 僕とんかつじゃないし……。


「で、佐藤君。君は小嶋君とキャベ野さんが二人きりで遊んでいることについてどう思っているの?」


 話が戻った……。戻ったようで先ほどのキャベツの話題を引きずっているけれど。


「僕は、みんなが幸せならそれでいいと思うよ」


 もちろん僕自身も幸せになりたいけれど、それ以上にみんなが幸せな方がいいと思うんだ。


「君のその自己犠牲の精神は本当に見習いたいものがあるよ」


「そんなこと、ないよ。自己犠牲とか、僕は何も犠牲になってないよ」


「謙遜しなくていいよ。その身を捧げて油で揚げさせるなんて普通じゃできないよ」


「え、あ、とんかつの話?! 僕とんかつじゃないよ?!」


「もうそういうのいいから。本当に君は自分の幸せを考えないね」


 楠さんが始めたのに……。


「僕は、僕の幸せを考えているよ」


 みんなが幸せになるのが僕の幸せだから。


「ならどうして我慢しているの。有野さんと小嶋君が二人きりで遊んでいるのは本当は嫌なんでしょ」


「……僕が口を出すことじゃないし、二人が楽しく遊ぶことはいいことだと思う」


「……私を助けてくれた時もそうだったけどさ」


 一学期、僕が罪を被ったことだ。


「損をしてもいいの? 後悔するよその生き方」


 後悔。

 そんなことは無いと思う。

 だって一学期のこと、僕は全く後悔していないもの。


「後悔なんかしないよ。僕が望んでいることだから」


「でもわがままに生きたいとも思っているんでしょ?」


「わがままに生きる、というか、僕のやりたいように生きたいなって思う。だから、僕が損をするとしても、僕がやりたいと思ったから一学期ああいうことが出来たんだ」


「そ。でも今日は違うでしょ? キャベ野さんと小嶋君が二人で遊んでいるという事実は嫌でしょ?」


「嫌じゃ、ないよ」


 嫌な事を一つ上げるとすれば、キャベ野さんはやめてもらいたい……。


「ここだけの話にしておくから、正直どう思ってる? キャベ野さんが心配?」


 これぞまさに悪戯な笑み、というものを作り、僕の顔を覗き込む。


「……えっと……」


 ど、どうしよう。あまり言いたくないのだけれども……。


「佐藤君」


 楠さんが距離を詰め僕の肩に手を置いて、完璧すぎる笑顔を作った。


「言ってごらん。ね?」


 その笑顔は僕の心の壁を簡単に壊して警戒心とか猜疑心とか色々なものを逃がして行き僕の口を軽くさせた。


「…………。……その、正直に言えば、寂しい……」


「……それはキャベ野さんが好きだから?」


「そういう事じゃなくて、その、僕友達が少ないから、雛ちゃんが僕から離れて行ってしまうんじゃないかなって、不安がある……」


「なるほどね。キャベ野さんをとられたくないと」


「え、いや、そう言うつもりじゃないけど」


「そう言っているんでしょ。それ以外に無いよね。キャベ野さんは僕の物だって言っているんだよね」


「ち、違うよ。そんな、まるで物みたいな扱い、してないよ。ただ、遊ぶ時間とかが減っていくのなら、寂しいなって」


「それが自分の物だと言っているようなものだけど、まあいいや」


 僕は、何を言っているのだろう。とても恥ずかしい事を言っているのではないかな。


「こ、こんなこと言ったって、内緒にしておいてね……?」


 ばれたら恥ずかしいからね。

 だけど、


「それはどうかな」


 なんてこった!


「そんな! ここだけの話って言ったのに!」


「大丈夫。悪いようにはしないから」


 内緒にしておいてくれるとは言ってくれないんだね。


「それに、誰も君から離れて行かないよ」


 肩に置いていた手でポンポンと叩く。

 先ほどの笑顔とは違うけれど、圧倒的に安心できる楠さんの笑顔。


「……うん」


 この素敵な笑顔だけで安心する僕はきっと単純なのだろう。


「そもそも、有野さんが君のことを自分の物だと思っているからね」


「え? 雛ちゃんは人を物のように扱ってないよ」


「物扱いはしてないけど、そう思っているのは確か。私にはよく分かる」


「えっと、楠さんと雛ちゃんの仲がいいから分かるの……?」


「仲は悪いよ」


 ……そうですか。


「でも分かる」


 正面にある凛々しい楠さんの顔。


「どうしてか、聞いてもいい?」


「いいよ。どうしてかっていうとね」


 掴んでいた僕の肩を自分に引き寄せる楠さん。間近に迫る楠さんの顔に驚き顔をそらす僕。恥ずかしい驚き。


「私もそう思っているから、かな?」


 えっ。僕は共有物ですか?


「えっと、その、僕は、物じゃ、ありませんよ」


「そういう事じゃないんだよね」


「な、なら、どういうこと……?」


「どう思う?」


「……ちょっと、分からない……」


「そっか」


 相変わらず、顔は近いまま。反らしたまま顔を戻せない。


「ねえ佐藤君」


 話を続けるのであれば、出来れば適切な距離を置いていただきたいです。


「えっと、はい」


 とりあえず返事をしてみたけれど、会話の内容はとんでもない物だった。


「夏休みキスされた時、嬉しかった?」


「え!」


 突然何をおっしゃるのですか楠さん!


「そ、そ、その、ですね、それは、僕も、健全な男子でありますが故、嬉しいと思うのは、仕方がないと言いましょうか」


「そっか」


 それを聞いた楠さんが、やっと僕の肩から手を離して距離を置く。


「嬉しかったんだ」


「う、うん……」


 それは、当然だよ。

 いい機会だし、ずっと気になっていたことを聞いてみよう。


「ね、ねぇ、その、楠さん。あの時、なんで……僕に、その、キスを……?」


「ノリだよノリ。ちょっとひと夏のアバンチュール的な思い出が欲しくなってさ」


「ノリで、キスを……」


 楠さんにとってはセカンドキスだったはずなのに、そんなに簡単に……。


「そう。別に一回も二回も変わらないでしょ?」


「……そう、なのかな」


 そうは思わないけど……。


「誰も不幸になっていないんだから深く気にする必要はないでしょ」


「えっと、それは……」


 あの行為に意味を求めることは間違っているのかな。僕としては、是非とも明確な理由が欲しかったのだけど。


「キスなんて海外じゃあただの挨拶みたいなものだよ」


「えっと、でも、唇同士と言うのは、その……」


 なんだか話している間に恥ずかしくなってきた。もうやめよう。何か、別の話題を……。


「そ、そう言えば、楠さん、昨日もらったコンテストの予定表、お兄さんに見せた?」


「残念ながら見せたね。見せないで当日恥をかかせてやろうかとも思ったんだけど家族である私も恥をかくことになると思うと耐え切れなくてね。昨日ほど兄と家族であることを恨んだ日はないよ」


 予定表一枚でそこまで考える楠さんすごい。


「予定表には特に難しい事は書かれていなかったけど当日盛り上がるのかな……」


「さぁ? 盛り上がらないんじゃない? 失敗して生徒会の評判が下がればいいよ」


「生徒会の事恨んでいるんだね……」


 強制的にお兄さんを出場させられたのだから仕方がないと言えば仕方がないけれど。


「さて、そろそろ帰ろうかな」


 エプロンをとり畳み始めた楠さん。僕もそれにならいエプロンを脱ぎ畳む。


「みたらし団子の作り方は覚えた?」


「うん。簡単だったから覚えられたよ」


「それはよかった。当日失敗しないでよ」


「うん。注意する」


 クレームとかつけられたら楽しくないもんね。


「佐藤君」


 楠さんが、本当に楽しそうな笑顔を作った。


「文化祭、成功させようね」


 それに対して、僕はうまく笑顔を作れなかった。

 楠さんがとても綺麗だったから。

 そういうことが事実として起こり得る楠さんはやっぱり僕の立っているところとは別の世界に立っているのだと、改めて教えられた。

 楠さんは、どこまでも綺麗だ。


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