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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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朝まりも

 僕は怖い話が好きだ。

 怪談はもちろん、都市伝説やインターネット上での検索してはいけない言葉なんかもよく調べたりしている。

 幽霊はいると思う。宇宙人もいれば素敵だ。口裂け女なんかもどこかに潜んでいるはず。

 怖い話が好きというよりも、オカルトの類が大好きなんだ。

 心霊体験をしたことは無いし、実際の心霊写真を見たことも無いけれど、でも僕は幽霊を信じている。

 UFOを見たことも無い。UMAも見たこと無い。人面犬なんて恐れ多いです。でも僕はオカルトを信じている。

 体験したことは無く、科学的根拠も無いものを信じてしまう理由は、恐らく僕が信じやすい性格だからなのだろう。サンタクロースがいないと知った時にはとても衝撃を受けショックのあまりその日は眠れなかったほどだ。それほどまでに僕はサンタさんを信じ切っていた。今思えば微笑ましいね。ところで、サンタクロースはいないけど、スカイフィッシュはいるよね。

 スカイフィッシュは今はいいや。

 その信じやすい性格のせいなのか、怪談は直接人から話を聞いたものが一番怖い。

 今まで生きてきた中で一番怖かった話はお姉ちゃんのお友達の話だった。とても恐ろしくて思い出しただけでも鳥肌が立つ。

 話す人を信じてしまうから、本当のことを話してくれているのだと思い恐ろしくなる。リアルで身近で僕も体験できてしまうのではないかなぁとか考えたりするからだ。

『人の言うこと』と書いて『信じる』。

 とても素敵な漢字だ。人の言うことは信じるべき物だということだよね。

 ……でも、馬山さんは言っていた。


『信じすぎるのはよくない』


 それは僕がまだ子供だからなのか、意味がよく分からないし、理解もしたくない。でも馬山さんの言葉を『信じる』のならば、信じすぎるのはよくないという言葉を受け入れなければならない。少し嫌だ。

 しかし馬山さんはこうも言っていたから大丈夫。


『神様を信じるよりは友達を信じた方がいい』


 こっちは、全面的に賛成だ。子供の僕でも分かる。神様は、この世にいるかもしれないけれど、何もしてくれない。でも友達は助けてくれる。だから神様を信じるよりは友達を信じたほうがいいと。とても素晴らしい事だと思う。だから僕は馬山さんを信じるよ。さっきの言葉は信じないで、この言葉を僕は信じる。

 ……でも残念なことに、馬山さんは最後に僕へ向けてこんなメッセージを残していた。お別れの言葉の代わりに、こう残して行った。


『信じることは無駄なことだ』


 これは、僕は信じたくない。

 これを信じる事こそ、無駄なことだ。

 馬山さんを信じているから、肯定的な物だけを信じる。都合のいいことだとは思うけれど、そっちの方が絶対に楽しいと思うんだ。

 ちなみに、馬山さんの言葉をまとめると、こうなる。


『友達を信じるのはいいことだけど、信じすぎるのはよくない。でも、結局は信じる事自体が無意味』


 信じることは無意味なんかじゃないよ。信じすぎるのもよくない事だとは思わない。

 そういうわけで、最終的に僕が出した結論はこうだ。


『友達は最後まで信じること』


 だって、友達だから。

 友達なら信じぬかなくちゃ。

 馬山さんは帰ってきてくれるはず。僕を許してくれて、僕に謝ってくれる。いつかきっと、またあそこで会えるんだ。

 僕はそう信じている。

 信じるだけなら誰かを傷つけることもないから、僕は馬山さんのことを信じ続けるよ。

 それが、僕が考えて出した答え。

 頭の悪い僕が一晩考えて出した答え。

 だから――まりもさんのことも信じ続けるんだ。

 僕の名前を調べていようが、僕の連絡先を知っていようが、僕の家を調べていようが、髪の毛ケーキをプレゼントしようが、僕はまりもさんを信じる。ずっと友達だと信じる。

 僕のことを嫌っているらしいけれど、それはしょうがない。好かれる努力をすればいいこと。

 正直に言えば、昨晩のケーキはとても怖かった。でもあれはきっと単なるジョークだ。必要以上に怖がらなくてもいいんだ。

 話し合えばきっとわかり合える。

 信じやすい僕と知り合ったのが運のつきなんだ。

 まりもさんは、僕の初恋の人だからね。

 絶対に仲良くなるんだ。

 ……などと頭の中でいかにも立派ですよというようなことを考えておきながら、僕は朝起きてすぐに玄関の外を確認しているのだった。ケーキ置かれてないよね……。


「ないね……」


 ほっとしている僕。昨日のケーキがトラウマになっているから仕方がないよね。これはまりもさんを疑っているという事にはならないよね。


「外に出たついでに郵便受けの中身を確認しておこう」


 僕はスリッパを履いてぺたぺたと郵便受けに近づく。

 郵便受けに手を突っ込み何もない事を確認して、僕は何となく道の先に視線をやった。別に、まりもさんが見ているかもとかそんな怯えた考えじゃないよ。

 誰かが歩いてきているのが見えた。

 あれは……。


「三田さん……?」


 麦わら帽子に白いワンピース姿の三田さんがアスファルトを見つめながらこちらへ近づいてきていた。そしてフッと顔を上げて、僕の姿を認めると慌てたように麦わら帽子で顔を隠して歩くペースを落としていた。

 そのままゆっくりと歩いてきて、僕の家の前で止まる。相変わらず顔は隠している。


「えっと、その、おはよう、三田さん」


「……おはよう……」


「どうしたの?」


「……」


 ちらりと帽子のつばから目が覗く。


「え、えっと……」


 もしかして、宿題の約束って今日だったっけ?! いくら待っても図書館へ来ない僕に業を煮やした三田さんが文句を言おうと僕の家に来たとか?! ……でもまだ八時少し過ぎた頃だし、図書館はまだ開いていないよね……。じゃあ、どうしたんだろう?


「……怪我は、大丈夫……?」


 ぎゅっと帽子を握りしめていた手をゆっくりと下ろして僕の顔を心配そうに見つめてきた。


「あ、うん。大丈夫だよ。全然、平気」


 わざわざお見舞いに来てくれたんだね。とっても優しいや。


「あ、その、せっかくだから、あがって行く? 朝ご飯がまだなら、一緒にどうかな?」


「……あ、いや、私は……大丈夫……。会えるとも、思っていなかったから……」


「そうだったんだ」


「うん……。ちょっと、近くを通ったから、なんとなく大丈夫かなって思って、来ただけ……」


 偶然僕が家の外に出ていたから会えたんだ。素敵な偶然だ。


「ありがとうございます三田さん。でも、よく僕の家が分かったね」


「……私の家からそれほど遠くないし、前に一度来たことがあるから……。佐藤君が休んだ時に、プリントをもって……」


「あ、そう言えばそうだったね。その時は、ありがとう」


「……ううん」


 はにかむ三田さん。びっくりするくらい可愛かった。


「あ、その、御足労願ったわけですし、やっぱり、お茶くらいは、どうでしょうか」


 変に緊張してしまって不自然な態度になってしまった。情けないよ本当に。


「私が勝手に来ただけだから、大丈夫……。じゃあ、迷惑かけるのもなんだから、私はこれで……。お体に気を付けて」


「う、うん。ありがとう。気を付けるね」


「うん。じゃあ、また明日……」


 とてとてと小走りで三田さんが来た道を引き返して行った。

 三田さんが見えなくなるまで、ずっと見ていた。

 三田さん。

 入学してからしばらくはよく話していたけれど、七月の少し前から言葉を交わす機会がなくなり、最近ようやく以前のようによく話すようになってきた。楠さんや雛ちゃんと同じくらい可愛くて、僕と似たような立場にある女の子。

 三田さんとも、もっと仲良くなりたいな。



 家の中に戻り、居間の扉に手をかけたところで僕の携帯が鳴った。


「……まりもさんだ……」


 こんなに朝早くに電話がかかってきたのは初めてだ。

 僕は妙に落ち着いた気持ちで携帯を耳に当てた。


「もしもし」


『やあ、おはよう。お土産は見つかったかい?』


 相も変わらない、変成器越しの声。


「見つけたよ。ショートケーキ」


『そうかいそれはよかった。で、味の感想は?』


「正直に言うと、全然嬉しくなかったよ」


『味の感想を聞いているのに。その様子だと食べてはいないらしいね』


「食べられるわけないよ。髪の毛が口の中に入ったら気持ち悪いもん」


『そうだね。口のなかほど敏感なものはないからね。髪の毛一本を正確に感じ取れるのは口の中くらいのものさ。しかし残念だね。変態さんな君なら喜んで食べると思ったのに』


「食べないよ……。どうして、こんな悪戯したの?」


『悪戯か。私のお見舞いを君は悪戯だと思うんだね』


「あれは、悪戯と思われても仕方がないと思うよ」


『まあ、そうだね。さっきどうしてって言ったね。簡単な事さ。君のことが嫌いだからさ。何度も言ったはずだけど』


「何度も聞いたよ。でも、僕はやっぱりまりもさんと仲良くしたいんだ。だから、もうこういう悪戯はやめてほしい」


『…………この…………この、バカが!』


 いきなりの大声に驚き携帯を耳から離した。ど、どうしたんだろう、まりもさん。もしかしてお見舞いを悪戯と言ったことが本当に気に入らなかったのかな。確かに良かれと思ってやったことかもしれないし、初めから悪戯と決めつけて話すのはよくなかったね……。謝らなくちゃ。


「ご、ごめんね、まりもさん。悪戯なんかじゃないよね」


『君は本当にイラつかせてくれるね……! 悪戯に決まっているだろう! どうして君は私のことを嫌わないんだい!?』


 まるで嫌って欲しいというような言い方だけど。


「き、嫌うわけ、ないよ……。友達だから……」


『友達? 私の名前も知らないだろう。顔も知らないだろう。声も知らないだろう。さらには度重なる嫌がらせ。どうして君は私を憎もうとしないんだい? どうして一度信用した相手を疑おうとしないんだい? 何故地獄を見ようとしないんだ!』


「そ、その……地獄……? あの、何を言っているのか、よく分からないんだけど……」


『友情なんてものはクソの足しにもならないといういことを学べと言っているんだよ! それなのに君は友達だからとかまりもさんだからだとか。どこまでも胸糞の悪い奴だね……! どうすれば人間不信になるんだい?!』


「そ、その……、多分、何をされても、人間不信にはならないと思う、けど……」


『……』


 はぁあと大きなため息が聞こえてきた。


『……そうかい』


 見るからに疲れた声のまりもさん。


「その、ごめんなさい」


『謝ることは無いさ。……そうだね、君がそこまでアホだとは思わなかったよ』


「僕は、正真正銘のアホだけど……」


『もっと賢い人間だと思っていたよ。仕方がない。こういうことはしたくないのだけれども――君のところに可愛い麦わら帽子の子が訪ねてこなかったかい?』


「……見てたの?」


『そんなことはどうでもいいじゃないか。可愛い女の子だったね。君の周りには可愛い子が集まってくるね。モテ期かな?』


「そんなことはないよ。みんな友達だから」


『そうかい。さて、その子たちは今無事かな?』


「……え……?」


 な、な……!


「ま、まさか、み、三田さんに、何か、な、何か、したの……?!」


『まだ、何もしてないさ。でもこれからどうなるかは分からないよ。その子だけじゃない。黒髪のかわいい子も、金髪のヤンキーな子も、君の友達みんなどうなるか分からないよ』


「なんっ……!」


 酷い!


「な、何が望みなの?! 僕の友達に酷いことしないでください!」


『そうそう。そうやって存分に憎んでくれるのを待っていたよ』


「いいから、何が望みなのか言ってください……!」


『何を慌てているんだい。簡単な話だろう。君の友達が危険な目に遭うというのであれば、友達じゃなくなればいいのさ。今後、君が孤独の中で生きればいいのさ。それが私の望みさ。簡単だろう?』


「……」


 孤独になれば、助かる。

 友達に危害が及ぶのならば、友達じゃなくなればいい。

 たしかに、簡単な話だ。

 ――言う分には。

 実行するのは、きっと無理だ。


「まりもさん」


『なんだい? 孤独になる決心がついたのかい?』


「その、ね。多分僕には無理だと思う」


『……はぁ?』


「少し前まで、僕は一人ぼっちで、つい最近友達が増えたんだけど、もうあの頃を繰り返したいとは思わないもん」


『……大切なお友達が危険な目に遭ってもいいのかい?』


「それは、嫌だけど。でも大丈夫だと思う」


『大丈夫?』


「うん。あのね、僕ね、昨日考えて決めたんだ。友達を信じるって」


『お友達なら危険な目に遭っても一人で乗り切れると信じるって? 何を馬鹿なことを。みんなか弱い女の子じゃないか』


「違う、違うよ。僕が信じるのは、まりもさんだよ」


『…………ちっ』


「僕は、まりもさんを信じているから、まりもさんがそんなひどいことするとは思わないんだ。まりもさんは、そんなことしない。僕の友達を危ない目に遭わせたりなんかしないよ」


『クズが』


 電話が切られた。


「……まりもさんは、僕の友達だもの」


 絶対に、酷い事は起きないよ。

 仮に、そういうことが起きてしまったら、僕は死ぬほど後悔するだろう。その時は僕の一生をかけて罪を償おう。

 でも大丈夫。まりもさんはいい人だから、絶対に起きないよ。

 うん。大丈夫だよ。

 絶対に、大丈夫。

 僕は、まりもさんを信じる。

 居間から心配そうに顔を覗かせている弟に笑顔を見せ、僕は朝ご飯を食べる為に居間へ入った。

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