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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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馬のいる山

 一緒に秘密基地へ行かないかと雛ちゃんを誘ってみたのだけれども、馬山さんに会いたくないとの理由で断られてしまった。

 多分、顔を合わせづらいのだろう。気まずいもの。

 当然僕も気まずい。

 それでも昨日のことを謝りたかった僕は、一人で秘密基地へ行くことにした。

 雛ちゃんの家を出て一人で秘密基地へ向かう。

 なんて暑い道なのだろう。

 何も考えることは無い。

 ただ暑さを我慢して歩けばいい。




 そう言うわけで、僕は汗を垂れ流しながら秘密基地に到着した。

 馬山さんは、いつもと同じように日陰にいて、いつかと同じように空を見上げていた。

 今なら分かる。

 馬山さんはこの世にいない親友を空に見ているのだ。

 宇宙にいるお友達。人が足を踏み込めないところにいるお友達。

 お友達はもういない。

 それを知ってしまった今、空を眺める馬山さんに声をかけることが躊躇われる。

 空を眺める馬山さんを僕は眺める。

 心の中を推し量れるはずもない。

 僕はそういう経験が無いのだから。


「あ」


 いつの間にか馬山さんが僕を見ていた。


「こ、こんにちは」


「何しに来た」


 馬山さんが僕に聞く。ここへ来た理由を僕に聞く。


「その」


「失せろ」


 え?


「えっと……」


「失せろ」


 失せろ。

 どこかへ行けという意味だ。来るなとはいつも言われていたけれど、これほど強い言葉を使われたことは無い。


「あの、どうしたの……?」


 一人にしてほしいのだろうか。


「いいから失せろって言ってんだよクソガキが!」


 怒鳴る馬山さん。

 一気に静かになる世界。僕の脳が馬山さんだけに集中しようとすべての感覚を遮断した。

 とてつもない恐怖に体が竦む。それでも声を絞り出す。


「そ、そ、その」


「うるせぇクズ」


 なな、何が起きているのか、わ、分からない。


「ごめんなさい……」


「お前は言葉が分からねえのか消えろって言ってんだよ」


 昨日のことで怒っているのだろうか。昨日僕が盛り上げることが出来なかったから怒っているのだろうか。きっと、そうだ。


「あ、あの、昨日は、その、パーティを盛り上げられなくて、ごめんなさい」


「どうでもいいから帰れ」


「ごめんなさい……。あの、怒らせたのなら僕、罪滅ぼしを――」


「罪滅ぼしがしてぇならもうここへ来るんじゃねえ。ここは俺の家だ」


 怖いし、悲しい。

 僕はそれほど馬山さんを怒らせてしまったのだ。でもそれでも譲れないものがある。


「……こ、ここは、僕たちの、秘密基地だから、馬山さんだけのものではないし、だから、その、僕はこれからも来るよ」


「うるせえんだよ。ガキは大人の言うことを聞いとけ」


「う、馬山さんは、僕と同い年、かもしれないから……」


「んなわけねえだろうが馬鹿か。俺は見た目通りの年齢だよ。だからさっさと失せろ」


 知っていたよ。


「僕は、子供じゃないから、いう事聞かない……。それに、僕は、この秘密基地を、守らなきゃいけないから。あの、だから、許してほしい、です」


「ガキじゃねえっていうのなら秘密基地なんて下らねえもん卒業しろよ。気持ち悪いぞ」


「気持ち悪くても、僕にとっては思い出の場所だから、ずっといたいんだ」


「そうかい。そこまで秘密基地が大切なのか」


「う、うん……。だから、ここへいてもいいように、馬山さんに許してもらいたい……」


「許すも何も俺はもともとお前のことが嫌いなんだ。お前みたいな偽善者は癇に障るし癪に障るし一番ムカつくんだよ」


 どこまでも怒っている。昨日のこと以外心当たりがないからやっぱり昨日のパーティの事で気分を害しているんだ。僕が悪い。


「どうすれば、許してもらえる……?」


「本当にお前は阿呆だな。今言ったじゃねえかおい。もともと好きじゃなかったんだよ」


「あの、えっと、どうすれば、好きになってもらえる?」


「そんなものはない。さっさと失せろ。もしくは死ね」


「し、死には、しないよ……」


「なら失せる以外の選択肢はないな。早く消えてくれ」


「それは、出来ないよ。僕がどこかへ行く理由は、無いはずだから」


「どうしてだ」


「ここは、僕の秘密基地だから」


「……そうか」


 馬山さんが立ち上がり秘密基地に近づいた。

 そして

 何のためらいもなく

 僕の秘密基地を

 壊した。


「なっ……?!」


 馬山さんが、骨組みに使っていたしっかりした木の棒を蹴り倒す。

 木の棒五本によって作られていたテントが、その一本を失ってしまいいびつな形になる。

 突然のことに一瞬動けなくなったが、すぐに足を動かして馬山さんに駆け寄りその体を押さえた。


「なんてことするの!? 確かに僕が悪いかもしれないけど、こんなことするのは酷いよ!」


「うるせえんだよクソガキが!」


 馬山さんが僕を突き飛ばした。

 尻餅をつく僕を一瞥もせず、馬山さんは骨組みの木の棒を手に取って何のためらいもなくへし折った。


「あ、ああ……」


 信じられない。

 僕が守り続けてきた三年間が、名前も知らない大人によって簡単にへし折られた。

 もう戻ってこない。

 胸が、苦しい。


「な、なん、で……!」


 涙が溢れてきた。

 思い出が否定された。僕の三年間が全て意味のないものになった。

 中学三年間の、唯一の誇れる思い出が、消え去った。


「なんでこんなことするの?!」


「うるせえクソガキが! これが無けりゃあお前はここに来ねえんだろ?! 俺が失せる理由をくれてやろうってんだよ!」


 馬山さんは残りの四本もへし折ろうと棒を蹴り倒す。一本倒れる。二本目も倒れる。邪魔くさそうに雨避けのビニールシートをはぎ取った。

 僕は素早くとは言えないけれど全力で立ち上がり馬山さんをテントから遠ざけようと力いっぱい押した。


「止めてよ! 止めて!」


 僕に押された馬山さんは、少しだけ体勢を崩したけれどただそれだけだった。

 すぐに体勢を立て直した馬山さんは棒を蹴り飛ばしたときのように僕のお腹を力いっぱい蹴り飛ばした。


「うぇっ……」


 避ける間もなくどうしようもなくだらしなく地面に転がる僕。

 邪魔ものがいなくなった馬山さんは、ゆっくりと僕に見せつけるように木の棒全てを折っていった。

 悔しかった。

 悲しかった。

 腹立たしかった。

 痛みでうずくまりながら、涙目で破壊行動を眺めるだけしかできなかった。

 僕は何も守れない人間だ。

 結局僕はクズだったんだ。




 情けないことに僕は山を下りていた。

 登ったばかりの山を。

 すぐに下りた。

 許してもらうことも仕返しすることもせずに、僕はお腹を押さえてとぼとぼと山を下りた。

 僕が悪いのだろうけれど、あそこまでされるようなことはしていないと思う。

 あそこは僕の宝物だったのに。

 全部無くなってしまった。


「……」


 目を拭う。

 誰かに見られたら全部言わなければならないことになる。

 誰にも言いたくない。

 誰にも言えない。

 それに、今は誰とも話したくない。

 胸の中が狂ったように荒れている。

 なんと言えばいいのか分からないけれど、胸がむずむずふわふわぐるぐるしている。

 雛ちゃんに怒られた時も同じような感覚だったけれど、今回はそれ以上だ。

 みんなに何と言えばいいのだろう。

 その前に、この事態をどう受け止めればいいのだろう。

 馬山さんは僕のことが嫌いだったようだ。

 秘密基地は形だけでも直しておこう。

 でも元には戻らない。

 壊れた思い出は何をしようと直せない。

 どこかにしゃがみ込んで泣きたいよ。でもここだと誰かに見つかってしまう。

 どうにも耐え切れそうにないので、僕は走って家に帰った。

 走ったせいなのか、胸がとても苦しかった。


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