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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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楽しい楽しいお誕生日会(予定)

 今日は馬山さんのお友達の誕生日。

 僕は出来る限りのおめかしをして家を出た。

 一旦雛ちゃんの家に向かう。

 僕はインターホンを押した。

 國人君が出てくる。

 僕は部屋に連れ込まれた。


「國人君。パーティ行かない?」


 國人君は答えた。


「優大タン。しつこい男は嫌われるぞ。優大タンしつこすぎ」


 怒られた僕は悲しみながら雛ちゃんの部屋へ向かった。

 雛ちゃんは笑って僕を迎えてくれた。


「で、何のパーティだって?」


 雛ちゃんが聞いてきた。

 僕は答える。


「馬山さんのお友達のパーティだよ」


 雛ちゃんは渋い顔をした。


「なんだそりゃ」


 昨日伝えておいたはずなのに。


「まあいいや……。ところで優大。お前元気ねえな。どうした。行きたくねえのか? なら行かなくていいだろ」


「え?」


 昨日のことを引きずっている僕は周りの目から見ても元気が無かったみたいだ。せっかくのおめでたい日なのに、こんなに暗買ったらいけないよね。祝おうという気持ちが感じられないよ。元気を出そう。

 僕は頭を振って口元をぎこちなくゆがませた。


「元気だよ。パーティにもいきたいし、僕は全然大丈夫」


「無理はするなよ」と僕に一声かけて、僕の頭を撫でてくれた。嬉しくて、気持ちいいけれど、僕は子供じゃないよ。僕が柔らかく抵抗して、雛ちゃんが笑う。笑顔のまま雛ちゃんが「生意気だぞ」と言いながら優しくほっぺたを抓ってきた。僕は幸せな気持ちで満たされた。

 僕が立っているのは素敵な世界だ。何も落ち込むことは無い。



 少しおめかしをしている僕と、いつも通りの雛ちゃんが並んで夏の上を歩く。アスファルトのが放つ熱を靴の裏で感じながら僕らは秘密基地へと足を動かした。


「あのきたねえおっさんの友達って、やっぱりホームレスなのか?」


「どうなのかな……。僕も会った事ないから……」


「お前はよくそんな奴のことを祝おうと思うなぁ。優しい奴だよほんと」


「馬山さんの頼みだから。だから、祝うというより、ただ単に馬山さんのお願いを聞いているだけなのかも」


「そっか。まあどっちにしろ、よくあいつの頼みを聞き入れるなぁって思うから、優大は優しい奴には変わりねえよ」


「そう、かな。ありがとう」


 それに付き合ってくれる雛ちゃんもいい人だよね。


「うわっ……」


 突然、雛ちゃんがボソッと呟いた。

 どうしたのかな、と思ったらどこからともなく声が。


「やっほー」


「最悪……」


 正面から聞こえてきた声に雛ちゃんが顔をゆがめる。何事かと思い僕も声の方に目を向けるとそこには楠さんが手を振って立っていた。

 僕と楠さんはお互いの距離を詰める。雛ちゃんはあまり動きたくないらしくて僕のように走ることはしない。


「楠さん、偶然だね」


「そうだね、偶然だね」


 少し遅れてきた雛ちゃんが僕の後ろから言う。


「こんな素敵な偶然あるか。なんでお前待ち伏せしてたんだよ」


「待ち伏せだなんて人聞きが悪い。有野さんと一緒にしないでほしいね」


「私は待ち伏せなんてしたことねえよ。まあどうでもいい。よし優大、先を急ごう」


 僕の手を掴んで雛ちゃんが歩き出した。そうだね、もうすぐ集合時間の一時だし、ゆっくり話している暇はないね。

 僕と雛ちゃんが楠さんを通り過ぎる。


「じゃあね楠さん。気が向いたらぜひパーティに参加してね」


「参加すんじゃねえぞ」


 なんてお別れの挨拶を言って僕らは先を急いだ。のだけれども。空いていた僕の右手が楠さんに掴まれた。

 急に止まった僕。雛ちゃんと手をつないでいるので雛ちゃんも急に止まってしまう。何事かと振り向く雛ちゃんが、僕の右手に握られている楠さんの手を見て怒った顔を作った。


「……おい、手を離せ。先を急いでるんだ」


 怒る雛ちゃんと涼しげな楠さん。


「そんなつれないこと言わないで。目的地は一緒なんだから」


 え?


「はぁ? お前はパーティに参加しねえんだろ」


「参加しないけど、でもストレスが溜まったからストレス発散をしに秘密基地へ行こうと思っているの。偶然だね」


「んな素敵な偶然あるか。お前はクーラーの効いた部屋で一人宿題でもしてろ」


「宿題は終わっちゃった」


「なら失せろ」


「会話になってないよ」


「知るか」


 と、とりあえず。


「あの! すみません! 僕の体がちぎれてしまいそうなのですが!」


 二人は無意識に僕の両腕を引っ張っていた。まるでハーレム漫画の主人公みたいだね。美少女二人に手を掴まれて綱引きされる。まさか僕がこんな場面に出くわせるなんて人生何が起こるか分からないね。でも痛い。

 二人は優しいので手を離してくれた。ふう、助かった。


「よし、じゃあ出発」


 何の話もまとまっていないけれど、楠さんが先頭に立って歩きはじめた。


「帰れよ……」


 でも、行き先が同じなら仕方がないよね。

 僕らは三人で秘密基地へ向かった。




 秘密基地ではいつも通りの馬山さんがいつもと違う風景で待っていてくれた。


「よお、二人も連れてきてくれたのか」


 嬉しそうに笑う馬山さん。折り畳み式のテーブルと小さな椅子が四つほど用意されていて、馬山さんはそのうちの一つに座っていた。

 いつもとは違う秘密基地に僕は少しだけわくわくしてきた。


「まあ座れよ」


 馬山さんが一人席につきながら手招きをしてきた。僕らはそれに従い席に着く。馬山さんの隣が僕で、僕の向かいに雛ちゃん、その隣に楠さん。

 テーブルの席は全部埋まったけれど、大切な人がいない。


「えと、あの、馬山さん?」


「なんだ少年。ケーキが小さいって? 贅沢言うなよ少年。まさかこんなに連れてきてくれるとは思わなかったんだ」


 そう言ってケーキを隠していた包装を解いた。

 確かに小さいけれど、とてもおいしそうに見えるホールのショートケーキ。


「そんなわがまま言うつもりはないけど、あの、お友達は……?」


 祝われる人がいない。

 今から迎えに行くというようなそぶりも見せない。どういうことだろうか。


「友達? いるじゃねえか、ここに三人も」


「あの、そうじゃなくて、今日がお誕生日だっていう友達は……」


「空から見守ってるんじゃねーの?」


「え?」


 みんなが馬山さんの顔を見る。

 馬山さんはいつも通りの表情であっさりと言った。


「俺の親友は死んでるよ。言わなかったっけ?」


「は、初耳、です」


 確かに、生きているとも言われなかったけれど、普通は生きているものと思うよね……。


「そっか。まあそう言うわけだから。今日の主役はこの世にいません。まあ、気にせず祝おうぜ」


 あははと笑う馬山さん。本当に楽しく祝う気満々らしい。でも僕らはそうもいかない。


「こんな誕生日会ありえません。そういうことは先に言ってもらわないと困ります。こんな暗いパーティなら最初から参加しませんでした」


「いや若菜お前もともと参加する気なかったじゃねえか」


「そんなことは無い」


 馬山さんのお友達は、もう会えない人。

 その事実だけで僕の胸はありえないほどに苦しい。知らなかったこととはいえ、おめかしをしてきた僕はとても不謹慎だ。


「その、あの……」


 なんて声をかければいいものか、僕にはわからない。

 そんな僕に、馬山さんは簡単に言う。簡単に言ってのける。


「おいおいそんなしんみりするなよ。別に気にすることは無いって。楽しく祝うことがあいつを弔うことになるだろ」


「でも……」


 思いもよらない事実に僕の気持ちは一気に沈んでいた。それは楠さんも雛ちゃんも同じようだ。

 暗くなった僕らを見て馬山さんがいつも通りの声で言う。元気づけるつもりではないようだ。


「今日がお誕生日のお友達はいません。誕生日と命日が近いから一緒に祝おうと思ったんだけどあんまり良い案ではなかったみたいだな。とりあえず気にすんなよ」


「無理だよ……」


 どうすればいいっていうのさ……。


「ま、とりあえず本来の目的であるケーキでも食うか」


 席を立ちケーキを五つに切り分ける馬山さん。


「さあ、遠慮せずに食ってくれ」


 馬山さんの声により、僕らの暗い誕生日会が始まった。

 無言でケーキをつつくみんな。

 馬山さんが一口食べて言った。


「おいしいな」


 僕は全く食べる気が起きないので感想が言えない。

 一口食べていた雛ちゃんが、みんなを代表して感想を言ってくれた。


「味なんて分かるかよ……」


 食べていないけれど、多分僕もそうだと思う。たとえ味がわかったとしても、美味しいとは思えないだろう。


「おいおっさん。最初から状況を詳しく説明しておけよ」


 こればかりは僕もお願いしたいところだ。テンションの上がり下がりが少しつらい……。


「いやぁ、言ったと思ってたんだけどな。悪い悪い」


 気だるそうな顔と声で謝る馬山さん。


「なんか、軽すぎだろ……」


 僕もこんな状況なら参加していなかったと思う……。参加、出来ないよ。


「お友達はどうしてお亡くなりになったんですか?」


 う……。楠さんが聞きにくいことを聞いているよ。

 しかしそれでも、馬山さんはいつも通りの顔をしていた。何一つ、気にしていないという様に。


「なに。事故のようなもんさ」


 馬山さんがさらっと言ってケーキにフォークを突き刺した。

 それをそのまま口に運ぶ。


「おいしいな」


「味なんて分かるかっての……」


 とりあえず、僕もケーキを食べよう。

 無味だけど、少し気分が悪くなるにおいだけれども、多分、おいしいのだと思う……。


「なあおっさん。大切な友達だってんならこんなところで祝ってやらないで墓前で祝ってやれよ」


「俺みたいな人間がそんなところに行ったら大変だろ」


「身分は関係ねえよ。行ってやれよ。友達も喜ぶだろ」


「俺のような落伍者が来たら恥ずかしいだろ」


 後ろ向きすぎるよ。


「馬山さんはいい人だから、来てくれたらお友達は喜ぶよ」


「いい人ねぇ……」


 馬山さんが苦笑した。


「大切なことも伝えられない大人がいい人なもんですか。この大人はダメな大人の見本。佐藤君、見習ったらダメだよ」


「そんな」


「そうだぞ優大。このおっさんに好感を抱いているようだけど、そんなもん捨てちまえ。私たちの事なんか何も考えてねえぞ。その結果がこれなんだ」


「違うよ。ただ、伝え忘れていただけだから、馬山さんは悪くないよ」


「そうそう。伝え忘れていただけだから。でも俺は悪人だ」


「ち、違うよ。卑屈にならないで」


「それを少年に言われるとはな。世も末だ」


 確かにそうだ。卑屈の塊である僕が言うべきセリフではなかった。


「ちょっと、佐藤君を馬鹿にしないでください。有野さんならいいですけど」


「なんで私を馬鹿にすることはいいんだよ。まあ今はいい。そうだぞおっさん。優大を馬鹿にすんじゃねえ」


 二人が僕を庇ってくれた。でも僕は馬鹿にされていないよ。


「おぉおぉ、少年は愛されているな。四つ葉のクローバーが二つ必要だな」


「うん……? なんでこのタイミングで四つ葉のクローバーの話になるのかは分からないけど、いつか探してみるよ」


 でも多分、四つ葉のクローバを二つ見つけ出すのは難しいと思うよ。

 だって、僕は一つも見つけたことがないからね。




 パーティは終始低空飛行のテンションで進んで行った。

 ケーキを食べ終わってしまえばもうすることは無い。

 パーティはもう終わりだ。

 いや。

 そもそも始まってすらいなかったのかもしれない。


「今日はすまなかった。なんだか暗い催し物になってしまったな」


 馬山さんが少し申し訳なさそうに、軽く頭を下げた。


「ううん。僕こそ、盛り上げられなくて、ゴメン……」


 せっかくよばれたのに、これじゃあ呼ばれた意味がないよ。


「盛り上げられるっていう方が無理だろ。おいおっさん、もうこんな腐ったサプライズするなよ」


 確かに驚いたけれど、腐ったは言いすぎなような……。


「ああ、もうしないさ。もうしない」


 小さく、何度もうなずく馬山さん。

 もうしないというのなら安心だね。でも楠さんは言う。


「まあ、もう来ないんですけどね」


 僕は来るけどね。


「ああ、もう誰も来なくていい。時間を無駄にしちゃいけない」


「ここに来ることは無駄じゃないよ」


 懐かしいし、楽しいし、いろいろ学べるし、いい事尽くめだ。


「無駄も無駄だろ。時間がもったいねえよ」


「大丈夫。時間はたくさんあるから」


 夏休みはまだ半分以上も残っている。


「あちゃー。少年は将来後悔しそうだな。時間は尊い物なのに、そんな軽い気持ちでいるとすぐに死んじまうぞ」


「そ、そうなのかな」


 たしかに、時間は何物にも代えがたいものだけど、すぐに死ぬは大げさではないかな。


「そうなんだよ。知っているか少年。人生の折り返し地点は二十歳なんだぞ」


「え? どうして?」


 寿命が八十歳なら四十辺りが折り返しだと思うけれど。違うのだろうか。


「なんだよおっさん。優大が四十で死ぬとでもいうのか。死ぬわけねえだろ」


「そうじゃなくてだな。きっと黒髪少女は俺の言っている意味を知っているだろ?」


「知っているからなんだっていうんですか? 説明なんてしませんよ面倒くさい」


「そうかい。まあそうだな。俺なんかの頼みごとこそ、時間の無駄だもんな」


 楠さんも二十歳が折り返しだと知っているらしい。二人も知っているという事は、きっと常識的なことなのだろう。

 結局どういうことかな?


「まあ、帰って調べるといいさ。時間が大切に思えるから」


「うん、分かった。調べてみる」


 それにしても、馬山さんは何でも知っているなぁ。雨の匂いに花言葉、黄泉の仮説に命の折り返し。僕とは比べ物にならないくらい教養があるね。すごいや。

 その馬山さんが僕らに言う。


「今日はありがとうな。おかげで楽しく弔うことが出来た。感謝してるぜ」


 恐れ多いですよ。


「これくらい、いつでもいいよ。馬山さんは友達だもの」


「……そうか。なら、またいつか頼むかもな」


「うん。いつでも、任せて」


 馬山さんが、苦笑いを見せた。

 苦笑いの意味を、僕は深く考えなかった。




 馬山さんとの楽しい時間はこれでおしまい。

 幼い僕が作った秘密基地は、今日で見納め。

 僕の夏休みは、まだ半分も残っているのに、もうすぐピークを迎えることになる。

 出来れば迎えたくはない悲惨という名の山のてっぺんへ、僕は確実に向かっていた。


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