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キョーハク少女 作者:ヒロセ

第一章 キョーハク少女

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金髪なだけで怖い

 放課後になった。帰りのホームルームが終われば草むしりだ。早く終わらせよう。

「席につけー」

 いつも通りにホームルームが始まり、いつも通りに進む。

「えーっと、じゃあ、佐藤。この後草むしり忘れるなよ」

「あ、はい」

「誰か暇な奴がいたら手伝ってもいいからな」

 暇な人がいないから僕になったんじゃないのかな……。

「はい。私が手伝います」

 誰かの、綺麗で、嘘みたいに透き通った、とても聞き取りやすく、すぐに耳になじむ声が教室を震わせた。
 その人は、背筋をぴんと伸ばした姿勢で椅子に座り、傷一つないどころか汚れ一つない真っ白な手を挙げていた。座って手を挙げているだけで他の生徒とは違う空気を醸し出せるその人は、当然、

「……いいのか? 楠。服が汚れるから男子に頼もうと思っていたんだが」

「はい。服が汚れる事なんて誰も気にしませんよ? そんなことよりも、佐藤君一人に仕事をさせる方が気になります」

「おお、さすが楠だな。お礼を言っておけよ、佐藤」

「は、はい」

「じゃあ、よろしく頼んだぞ」

 帰りの挨拶後、僕はすぐに楠さんに駆け寄った。

「楠さん……」

「ん? なに? 佐藤君」

「あの、ありがとう。手伝ってくれて」

「別にいいよー。一人でやるより二人でやった方が早く終わるからねっ!」

「う、うん」

 やっぱり、楠さんは一般人のレベルを軽く超越した可愛さだなぁ……。
 見惚れていた僕だったけれど、誰かに突き飛ばされて滑るように地面に倒れこみ、それにより正気に戻された。

「若菜ちゃん、俺も一緒にやるよ!」

 僕を突き飛ばしたのはバスケ部の小嶋君だった。このクラスの男子リーダーの沼田君に続く、ナンバー2の人だと思う。

「え、そんなわるいよ。小嶋君部活があるでしょ?」

「ちょっとくらい遅れたって大丈夫だって! すぐ終わるすぐ終わる!」

「……なら、お願いしちゃおうかな」

「任せろ!」

 楠さんが立ち上がり、小嶋君と二人で楽しそうに笑いあいながら教室を出て行く。僕はと言えば突き飛ばされたことに驚き少し呆けて動けなくなってしまっていた。
 尻餅をついたまま、ぼうっとしている情けない僕を、誰かが後ろから引き起こしてくれる。

「何してんだよお前」

 黒髪美少女の楠さんと女子のトップを争っている金髪美少女の有野さんだった。
 有野さんが怒ったような顔で僕を見ている。手間をかけさせてしまって、申し訳ないよ……。

「あ、ありがとう。ごめんね」

「何も悪くねえだろ。小嶋の奴、最悪だな」

「え? どうして?」

「はぁ? どうしてって、お前……。……まあ、佐藤が気にしてないのならいいや。……にしても、あの担任、うぜぇな」

「え? ど、どうして……?」

 同じ言葉を繰り返してしまった。怒られるかもしれない……。

「何が若菜にお礼いっておけよだ。別に佐藤が自分で作った仕事じゃねえんだから佐藤が若菜に礼を言うことじゃねえだろ」

「でも、僕が頼まれた仕事だし、一人でやらなきゃいけないことだし……、手伝ってくれるのならお礼を言わなくちゃ……」

「だぁかぁらぁ、礼を言うのは担任だろ。あいつが押し付けた仕事なんだからよ」

「そ、そう、かな……。で、でも……」

「んな顔すんなよ。別にお前にキレてるわけじゃねぇから」

 そう言って、優しい笑顔を見せてくれる。

「あ、ごめんね」

「怒ってねえから謝んなっての。じゃあ、頑張れよ」

 笑顔のままの有野さんがぺちぺちと僕の頬を二度叩き爽やかに送り出してくれた。
 有野さんも優しいな。女子が魅かれる理由がよく分かる。でも楠さんとはあまり仲が良くないんだよね……。悲しいことだね……。
 僕ははっきりと好き嫌い言う所は好きなんだけどな。裏表のない性格っていうのかな。凄いことだと思う。普通の人では真似できない。真似しようとしも出来ないと思う。尊敬してしまうよ。
 ……でも、僕は有野さんから嫌われているんだよね……。悲しいことだけれども、僕なのでしょうがないね。
 そんなことを考えていたら、いつのまにか廊下をトロトロと歩いていた。
 急がなくちゃ。
 暗い気持ちを振り払い、草むしりをすべき場所へ急いだ。






 二人に遅れて指定された場所、校舎裏についたとき、先に向かっていた二人は既に草むしりを始めていた。
 到着一番怒られる。

「佐藤! お前おせえよ! お前の仕事なんだからお前が一番働けや!」

「あ、ご、ゴメン……」

「まあまあ小嶋君。別に佐藤君は悪くないでしょ」

「ええー? でも手伝ってやる俺たちが先に仕事を始めるってなんかおかしくね?」

「はいはい。いいから手を動かして」

「うぃーっす。おい、佐藤。お前もさっさと仕事しろよ。お前はあっちやってこい」

「う、うん。ごめんね」

「でさぁ、若菜ちゃん――」

 小嶋君はもうすでに楠さんとの会話に集中していた。
 あ、早く始めなきゃまた小嶋君に怒られちゃう。早く草むしりをしよう。
 先生の話によれば各クラスから草むしり要員が出されていて、それぞれ草をむしる区域が違うみたい。僕たちの担当の校舎裏は結構広いから二人が手伝ってくれて助かったよ。
 地面の上に用意されていたゴミ袋を持つ。道具はこれだけかなと思い、楠さんと小嶋君の方を見てみた。二人は軍手と熊手装備していた。どうやら道具は二人が使っているみたいだ。仕方がないから素手でやろう。
 僕は小嶋君に言われた場所、二人の姿が見えなくなるところで草むしりを開始した。でもここ、指定された場所から少し離れている気がするなぁ……。でもいっか。綺麗になるんだから間違えていても問題ないよね。





 ……。

 …………。

 ………………。

 三十分くらい草をむしった。まあまあ綺麗になったと思う。あと少しだ。

「おい、佐藤」

「え?」

 振り向いてみると、小嶋君が僕を見下ろしていた。

「どうしたの?」

「どうしたのじゃねえだろ。お前さぁ、俺達は手伝ってやってんだからよ、気ぃ利かせて飲み物の一つでも買ってこいや」

「あ、ご、ごめんね」

 本当だ。せっかく手伝ってもらっているのに何の差し入れも持って行かないなんてありえないね。

「なにか飲み物買ってくるよ。何がいいかな」

「なんでもいいからとっとと買って来いよ!」

「あ、う……。ご、ごめん」

 怒らせちゃった……。
 怒られたくない僕は慌てて自動販売機へ飲み物を買いに行った。
 あ、でもこんな汚い手じゃあ飲み物持てないや。まずは手を洗おう。
 自動販売機へ向かう途中にある手洗い場で泥を落とし、急いで自動販売機へ。ここから一番近い自動販売機は食堂かな?
 校舎に入って食堂へ向かう。
 食堂の入り口付近に備え付けられた自動販売機。ラインナップを眺めてみる。

「……うーん。何がいいんだろう……」

 二人の好み分からないや。でも、こう言うときって何となくポリカスエットな気がするね。うん。そうしよう。
 二百四十円入れてポリカを二本買う。それを持って急いで二人のところへ戻った。

「お、お待たせ……」

 走ってたどり着いた校舎裏。

「……あれ?」

 二人の姿は無かった。
 きょろきょろとあたりを見渡してみる。
 軍手と熊手が二セットずつあったけれど、それを使っていた人たちは見当たらない。何か用事でもできたのかな?
 仕方がないので、とりあえず帰ってきたのがすぐわかるように、先ほどまで二人が担当していたところの草をむしりながら待つことにした。
 十分後。
 誰も来ない……。おかしいなぁ。帰っちゃったのかなぁ。
 不安になり、飲み物を両手に持って立ち上がる。
 でも、探しに行って入れ違いになっても嫌なので結局身動きができないままきょろきょろと見渡すだけしかできない。
 ど、どうしよう……。
 不安がピークを迎えようとすることろ、念願の土を踏みしめる音が聞こえてきた。

「小嶋君?」

 校舎の角から足音が聞こえてきたので音の方へと駆け寄った。
 しかし、角から出てきたのは小嶋君でも楠さんでもなかった。

「あ、せ、先生」

「どうだ? 進んでるか?」

「あ、はい」

 僕は小嶋君に言われて草をむしっていた場所に先生を案内した。
 小嶋君と楠さんが草むしりをしていたところは僕の手柄じゃないからね。

「あと少しです」

「……」

 先生は僕の成果を見て苦い顔をした。

「え、えっと……」

 なんでだろう。

「おいおい。ここは指定した場所じゃないだろ。ここはしなくていいから道具が置いてあったところを掃除してくれよ」

「え、あ、はい……。そ、そうですよね」

「……はぁ。まったく。お前はまともに草むしりもできんのか。ほら、日が暮れる。早く終わらせろよ」

「はい……」

 そう言って、先生は足早に去って行った。うう……。そりゃそうだよね。掃除してほしいところがまだ汚いんだからいいわけないよね……。
 二人が担当していたところに座って草むしりを再開する。でも、このポリカどうしよう。ぬるくなっちゃうよ……。
 辺りを見渡しながら素手でむしっていく。道具を使おうかとも思ったけれど、二人が帰ってきたときに僕が使っていたら嫌な気分になるかもしれないから素手で作業を進めた。

 ……。

 ……。

 しばらくして、また足音が聞こえてきた。
 今度こそ。
 僕はポリカを持って立ち上がった。そして、足音を迎える。
 けれども、その足音はまたしても違う人の物だった。

「あれ。有野さん?」

 綺麗に染め上げた金色の髪。薄汚い校舎裏では浮いて見えるけれど、どうしようもないくらい有野さんに似合っているのでそんな違和感帳消しだ。
 大きな瞳で僕を睨み付ける。眼光が鋭いというのはこういうことを言うのだろうか。でもそう言う人って何となく目がつり上がっている気がするけど、有野さんの目は可愛く垂れ下がっている。ほにゃんとした目だ。
 どうなんだろう。
 有野さんのような可愛い眼の人でも眼光鋭いって使うのかな? 使わないのかな。よく分からないや。
 まあ、とにかく、眼光鋭いという言葉がぴったりの目で僕を睨み付けていた。……女の子に向かって眼光鋭いっていうのはいけないことなんじゃないかな……。で、でも、怖いし……。

「ど、ど、どうしたの? 楠さんに何か用事?」

 有野さんは僕の言葉には答えず一度辺りを見渡し大きな舌打ちをした。

「……佐藤一人かよ……」

「あ、ご、ごめん……。楠さんだよね?」

「……あいつらどこ行ったんだよ」

 ずんずんと近づいてくる有野さん。

「え、うん。多分、何か用事があるんだと思うよ。きっとすぐに帰ってくるよ。あ、探してこようか?」

 僕の言葉を聞いてまた大きく舌を打った。

「え、どうしたの……?」

 怒っているようで怖いけれど、恐る恐る聞いてみる。

「あいつらは帰って来ねえよ」

「え? どうして?」

「小嶋は部活、若菜はさっき校門から出て行くのを見た。あいつら仕事放りだして帰ったんだよ」

「え……」

 じゃあ、この飲み物が渡せないよ……。どうしよう、渡しに行こうかな。

「あいつら……! 佐藤に仕事押しつけて帰りやがって……ふざけてんのか……?!」

 憎々しげな表情で奥歯をぎりりと鳴らす有野さん。

「う。お、落ち着いて有野さん」

「……お前は、あいつらが勝手に帰ったことムカつかねえのかよ」

「え? う、うん、別に……。もともと僕が一人でやる仕事だったし、少しでも手伝ってもらえたんだから感謝しなくちゃ」

 少し表情を緩ませた有野さん。よかった。

「……ったく、お前は……。昔から変わんねえな……」

「え? う、うん? そうかな……」

「……。……ん? その飲み物は」

「あ、えっと、その、喉が渇いたから、飲もうと思って……」

「二本もか?」

「うん。それくらい喉が渇いてたから……」

 ……二本、飲もう。
 有野さんは僕の手に握られた二本の缶を見て一瞬悲しそうな顔を見せた。

「……そうかよ」

 そう言ったのとほぼ同時に有野さんが僕の手からポリカスエットを奪い取った。

「あ」

 と思ったときにはもうすでにプルタブを開けごくごくと飲まれていた。

「あー、うまい。ちょうど喉が渇いてたんだ」

 あまり美味しそうにはしていないけれど、美味しいと言っているのだから美味しいのだろう。
 取り敢えず、よかった。これで無駄にならずに済んだね。

「あん? なんか文句あんのか?」

「あ、う、ううん。全然ないよ」

「そうかよ」

 そう言って、また飲みだした。

「……ふぅ。佐藤も喉が渇いてるなら飲めばいいじゃねえか」

「え? あ、うん」

 ……二人とも帰っちゃったのなら、飲んでもいいよね。
 捨てるよりは僕が飲んだ方がいいだろうと思い、僕もポリカを飲むことにした。
 うん。おいしいや。アクリエアスよりも甘いよね。
 なんとなく笑い合いながらジュースを飲んでいると、突然有野さんが缶を見て大きな声をあげた。

「って、何だこれ! 缶が泥だらけじゃねえか!」

 汗の掻いた缶は僕の手についていた泥で茶色く汚れていた。その泥が有野さんの可愛い手を汚してしまっていたのだ。

「あっ、あ! ご、ごめん! そう言えばさっきまで草むしりしてたんだった! ごめんね!」

「お前なんで軍手使わねえんだよ! そこに用意されてるじゃねえか!」

「え、あ、うん。その、うっかりしてて……!」

「うっかりって、お前よく見たら爪の間土だらけじゃねえかよ。んな状態ならすぐ気付く……、…………ちっ。そうか」

 軍手を睨み付けてまた舌打ちをする有野さん。そして小声で何かをしゃべっていた。

「………………初めから私が手伝っとけばよかったぜ……」

「え? ご、ごめん、聞き取れなかったんだけど……」

「あん? 何も言ってねえよ。そんなことより、ポリカの礼だ。私も手伝ってやる」

「え、そんな、お礼なんていいよ別に」

「うっせえな。それじゃあ私の気が治まらないんだよ。いいからさっさとするぞ。今からちゃんと軍手つけてやれよ。道具もちゃんと使えよ」

「あ、うん。……ごめんね」

「悪くねえんだから謝るなって」

 僕の顔に泥がついていたのか、何かを拭うようなしぐさで僕の顔を撫でてくれる。
 少し、いやかなりむず痒い。

「んじゃ、さっさと終わらせようぜ」

 そう言って、かっこいい笑顔を僕なんかに向けてくれた。

「ありがとう」

 ――やっぱり、優しいな。






 有野さんに手伝ってもらった草むしりはすぐに終わった。有野さんの豪快なむしり芸は惚れ惚れするような技だった。見習いたいね。

「ふー……」

 軍手を地面に放り投げて立ち上がり腰をトントンとたたく有野さん。

「ありがとう。おかげで早く終わったよ」

「別に。飲み物の礼だし」

「あ、もう一本買ってくるよ」

 あれだけじゃあ足りないはず。早く買ってこなきゃ。
 立ち上がって駆け出そうとした。けれど、有野さんが引き止めてきた。

「いらねえよ」

「え、そう? 喉かわいてない?」

「全然かわいてねえよ」

 と言いながら汗をぬぐった。やっぱり、何か飲んだ方がいいと思うんだけどなぁ……。
 行こうかどうか迷っていると、有野さんが空を見上げ僕に話しかけてきた。
 懐かしそうに、とても懐かしそうに。

「佐藤とこれだけ話したのも久しぶりだな」

「うん」

 有野さんを真似て僕も向こうの空に目を向けてみる。
 夏の手前の入道雲。
 もうすぐ、あの頃のように暑くなる。

「……。あの、さ」

「うん?」

 僕は有野さんに視線を戻した。有野さんはまだ空を見上げたままだった。

「……。……あー、なんでもねえわ。んで、草むしり終わったけど、どうする」

 急に怖い顔を作って僕を睨み付ける有野さん。

「ど、どうするって、何のこと?」

 怒られるのかな?

「あいつら二人。しめるなら手伝うけど」

 とんでもないことを言いだした!

「そ、そんなことしないよ。誰も悪くないんだから」

「納得できんのか? あいつらお前を馬鹿にしてんだぞ?」

「そんな。違うよ。二人とも草むしりより大切な用事があったんだよきっと。なら、しょうがないよね」

「それでも一言声かけて行くのが礼儀ってもんだろうが」

「う、うん……。でも、僕がちょっと姿を消していたから、言えなかったんだよ。だから、その、しょうがないのかなぁ、とか……思ったり」

 ど、どうしよう。ここで有野さんを納得させなければ明日二人の命が危ない……。僕の手にかかってるんだ……!
 なんて気負っていたが、

「あーそんな顔すんなって。分かったから。誰も悪くねえな。うん」

 すぐに有野さんが笑いかけてくれた。

「あ、ありがとう」

 ふぅ、よかった。

「礼言われるようなことしてねえよ」

 楽しそうに笑った。
 僕も笑った。
 何となく、昔を思い出した。
 でもそれも先生の登場ですぐに終了する。

「終わったか」

「あ、はい。終わりました」

「ん? 有野手伝ってやったのか」

「そうだよ」

「珍しいこともあるんだな」

 それはちょっと失礼だと思う。けど、僕にはそれを咎める度胸がなかった。
 情けない。
 有野さんは優しいのに、手伝ってくれたのに。失礼なことを言う先生に、僕はそれを訂正させることができない。
 情けない。
 先生が辺りを見渡す。

「へぇ、綺麗になったな。よし、ごくろうさん。あとはこのゴミを焼却炉に持って行ってくれ。そうしたら帰っていいからな」

「はい」

 先生が来た道を引き返して行った。
 よかった。やっと帰れるよ。何事もなく終わったなぁ……。と、思ったのだけれども、有野さんとしては何事もなく終わらせたくないみたいだ。

「おい、お前ちょっと待てよ」

 う?! 先生相手にお前って!
 もしかして、手伝うのが珍しいって言われたのが気に障ったのかな……。

「……お前って言うのは、俺の事か? 先生相手にお前なんて言ったのか?」

「それ以外に何があんだよ」

 とても怒った顔で振り返る先生。

「…………有野。もう一度聞く。お前、俺に向かってお前って言ったのか?」

「耳わりぃのか?」

 う、うわああああああ! 危ないよ! 何か空気が危ないよ!

「あ、有野さん……」

 有野さんの制服を軽く引っ張った。

「なんだよ」

 怒り一色の顔で僕を振り返る有野さん。う、怖い……。

「そ、その、気に入らないことが会ったのかもしれないけれど、穏便に、穏便に、いこ?」

 僕の情けない言葉に困った顔を見せる有野さん。

「……お前、それでいいのかよ」

「え、え? な、どういうこと……?」

「……あーいや、いいわ」

 本当に分からない……。僕のせいで怒ったのかな……。

「そんな悲しそうな顔すんなよ。別にお前には怒ってねえんだからさ」

「え、あ、うん」

 先ほどの表情からは考えられない素敵な笑顔。そんな笑顔見せられたらドキッとしちゃうよ。
 ……でも先生はご立腹していらっしゃる。恐ろしい表情で僕らを睨み付けていた。

「おい、有野。お前、教師に向かってその口のきき方はなんだ」

 な、何とかしなきゃ怖いよ!

「ち、違います先生! 今、有野さんは僕に向かって言ったんです!」

「お前には聞いてない。有野に聞いてるんだ」

「う、ごめんなさい……」

 そうですよね……。

「有野、お前、教師に対しての言葉遣いじゃないよな」

「はぁ? 佐藤の事呼んだんだけど」

「……。……それでも、お前の口調は教師に対する言葉遣いじゃないだろう?」

「あーはいはい。すみませんでした。どうぞお帰りください」

 先生の、とても疑いのこもった視線。

「……………………まあいい。早く帰れよ」

「は、はい……」

 よかった……。何事もなく済んだね……。
 先生の背中を見送り、完全に視界から消えたところで有野さんが僕に困ったような顔を見せて言った。ううん、言ってくれた。

「お前さ、ガツンと言わないからあいつに舐められるんだぜ? ブッ飛ばすつもりで何か言ってやれよ。そうしなきゃまた嫌なこと押し付けられるぞ」

「え、そ、その……」

「見ただろ? あいつの舐めきった態度。『ごくろうさま』だけだぜ。舐めんなって話だろ。佐藤はあいつの奴隷じゃねえんだ。もっと佐藤に感謝しろよな……!」

 徐々に顔が修羅の者になっていった。怖いよ……。
 ……女の子の怒った顔を見て怖いなんて思う僕はとても失礼な人間ではないだろうか……。

「あいつ、絶対に佐藤の事見下してるぜ。ふざけてるよな」

「で、でも……」

「お前、今度からはあいつの頼みごと断れよ。別に佐藤じゃなきゃいけねえ理由はないんだ。メリットだってないんだし、言うこと聞く必要ねえだろ」

「でも」

「でもでもうるせえな。なんだ? あいつの言うこと聞いていいことあるのか? ねえだろ?」

「う、ううん。誰もできないから僕が指名されているわけだし、僕がやらなかったら違う人が困るし……。その、だから、僕でいいというか……」

「誰かが困る位なら自分が困るって?」

「まぁ、うん、そんな感じ、かな?」

 大きな大きなため息をつく有野さん。

「お前は……。本当にどうしようもねえな」

「う、ごめん」

「褒めてんだよ」

 え、分からなかった。
 有野さんがにっこりと笑った。

「まあお前がいいならそれでいいや。でも困ったら私に言えよ。助けてやる」

「あ、うん。ありがとう」

「きにすんな。んじゃ、さっさとそれ焼却炉にぶち込んで帰ろうぜ」

「あ、う、うん。ありがとう。本当にありがとう」

「そんな大げさなお礼いらねえよ」

 気持ちのいい笑いを見せてくれた。
 今日の仕事は、いつもと違ってとっても楽しかった。
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