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キョーハク少女 作者:ヒロセ

第二章 ホーロウ中年

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海へ行こう

 八月六日。土曜日の朝。
 昨日はあまり眠れなかった。
 僕はまりもさんに嫌われていたらしい。

「……今日の天気はどうかな」

 窓に近づいてカーテンを開けてみた。
 光に目がつぶれる。
 夏だ。夏の朝だ。
 徐々に慣れてきた目を空に向けた。
 高い青空に鳥が悠々と飛んでいた。僕らより太陽に近いけれど暑くないのかな。それともアスファルトに近い僕らの方が暑いのかな。空を飛べない僕には分からないや。
 ……そんな高いところに想いを馳せても意味がないのだから身分相応に地面を舐めていよう。
 視線を地面に落としてみると、向こうの方から人が走ってくるのが見えた。
 あれは、なんだか見たことがあるよ。
 小嶋君だ。楽しそうにこちらに向かって走ってきている。
 僕の家に遊びに来てくれるのかな?
 小嶋君がニコニコと笑顔で走ってきて、そのまま通り過ぎて行った。
 あれ。
 どこへ向かっているのだろうかとそのまま眺め続けていると、小嶋君は雛ちゃんの家に入って行った。
 そっか。僕の家にはもう用事ないもんね。國人君にアニメを借りなければいけないんだから、ここに来る暇なんてないよ。

「今日は暇になりそうだね」

 心の中に芽生えた小さな孤独に蓋をして、僕は一階におりた。
 朝ご飯はおいしく食べなくちゃ。







「そう言うわけで、海へ行こうと思います」

「へ?」

 おかしいな。さっきまで朝ご飯を食べていた気がするのだけれども。いつの間にか楠さんが僕の部屋にいるよ。
 ほんの少し振り返ってみよう。
 ちょうど朝ご飯を食べ終えたところで楠さんが来たんだっけ。
 楠さんは爽やかなTシャツに爽やかなストール、下は七分丈のデニムパンツをはいて頭にはナチュラルカラーのペーパーハットをかぶっていた。さらにビーチバッグを肩から下げており、とても夏らしい恰好だと思った。
 その楠さんが僕の部屋に上がり、先ほどのセリフを言ったのだったね。
 でも、突然だね……。
 と思ったのだけれども、楠さんとしては突然ではないらしい。

「昨日、明日海へ行こうって話をしに佐藤君の家に来たでしょう。何のために昨日君のところに足を運んだと思ってるの。もしかして、僕の顔を見るためだけに来てくれたとか、そんなナルシストを爆発させていたの? ふざけている以上にふざけているね」

「ご、ごめんね……。遊びに来てくれただけかと思ってた……。その、海の話は上の空だったみたいで聞いてなかった……」

 今日みたいにまりもさんのことで頭がいっぱいだったのかもしれない。申し訳ないよ。

「素直に謝ったし、仕方がないから許してあげるよ。でも今度からは気を付けてね。次はないよ」

「うん。ごめんね」

「まあ昨日は有野さんのせいで海の話できなかったんだけど」

「えっ」

 なのに怒られたのですか。少し理不尽ではないでしょうか。

「何?」

「いえなんでもありません」

 睨み付けられました。

「じゃあ行こうか」

「え、二人で?」

「何? 君もしかして誰にも伝えてなかったの? まったく……」

 う、うううう……! 僕悪くないよっ! 聞いていなかったのだから伝えられないよ!
 そんなこと恐れ多くて言えないけど……。

「じゃ、二人で行こうか」

「え! いえ、その……あの、それは……」

 恥ずかしいです……。

「嫌なんだ」

「え、いや、そういうことじゃなくて、あの」

 あわてる僕を見て楠さんが笑顔を見せた。

「冗談だよ。私だって二人きりで行くつもりで来たわけじゃないから。じゃあそういうわけで、今から一緒に海へ行きたい人に声をかけてよ。私は別にいないから君が人を集めて」

「い、今から? その、突然過ぎて誰も来られないかもしれないね……?」

「そうかもね。もしそうなったら、少数精鋭で行こうね」

「あ、うん……」

 やっぱりそれは恥ずかしい気がするよ……。何とか、誰か一緒に行ける人を見つけなければ。今から声をかけて、一緒に来てくれる人いるかな……。


 いろいろな人に電話をかけてみると、なんだかんだで二人きりではなくなった。
 最初に雛ちゃんに電話をしたら快く了承してくれて、雛ちゃんの家にいた小嶋君も一緒に来ると言ってくれた。その時に國人君に変わってもらって声をかけてみたのだけれども、「リア充爆発しろ!」と怒鳴って電話を切られてしまった。ごめんね國人君……。次に僕は三田さんに電話をかけたら、三田さんもいいよと言ってくれた。なんだか少し恥ずかしそうにしていたけれど、喜んでくれているみたい。居間にいた祈君も誘ってみたところ、別にいいよと言ってくれたのでついてきてもらうことに。そして集合場所を駅にしていざ家を出ようとしたときにタイミングよくお姉ちゃんが帰ってきて怒りながらもついてくると言った。僕としてはとっても嬉しいのだけれども、楠さんの口がへの字になっていたので楠さんとしてはあまり歓迎してはいないらしい……。でも、にぎやかな方がいいよね。そして最後に、僕の家の外で車に乗って待っていた楠さんのお兄さん。どうやら車で連れて行ってくれるつもりだったらしいけれど、僕が声をかけすぎたせいで定員オーバー。でも引率という事でついてきてくれることになった。
 と、言うわけで。
 全員で八人。
 大所帯になりました。
 僕らは今みんなで電車に乗っている。座席は全て、窓に背を向けるタイプ。

「ごめんなさい、その、僕車で行くつもりだって知らなくて……。調子に乗って声をかけすぎました……」

 ガラガラの電車の中で、僕は吊革につかまっている楠さんのお兄さんに近づいて謝った。車を用意してくれたのに、それが必要無くなるだなんて申し訳ないよ。

「良いって良いって。俺も今日突然言われたし、このお出かけの為にわざわざ予定を空けていたわけじゃないから。最初からなかった予定なんだから予定が狂うなんてことはないよ。安心して」

「でも……」

「気にしなくていいよ」

 とてもさわやかな笑顔だった。

「ところで佐藤君」

「はい」

「君はどうやって妹の本性を見抜いたんだい?」

 本性って……。

「えっと、偶然……」

「偶然か。若菜も抜けたところがあるからね」

「そうなんですか?」

 なんでもできるから欠点なんてないと思っていたのに。これまで接してきてもそうだ。抜けていると思ったところはあまりない。

「そうそう。抜けているし、思い込みが激しいし」

 思い込みが激しいのは、ちょっと分かるかも……。
 僕と楠さんのお兄さんが話しているところに、楠さんが怒った顔をして近づいてきた。

「ちょっと。二人でなに話をしているの。どうせムカつくことでしょ」

「ん? 若菜のことについて愚痴り合っていただけ」

 え。僕は愚痴ってないけど……。

「私の目の前で私の悪口を言うなんていい度胸だね。特に兄。こんなに可愛い妹と海へ行けるのだからお金を出すくらいのことはしてほしいよ」

「おまけに自意識過剰と来てるから困ったもんだね」

「この兄……。佐藤君、今日不幸な水難事故が発生するみたいだよ。楽しみにしておいてね」

「全然楽しみじゃないよ……」

 仲のいい兄妹だね……。今の僕にはとてもうらやましい。
 楠さんとお兄さんが楽しそうに話しはじめたので僕は他の人のところへ行くことにした。家族団らんを邪魔したらダメだからね。
 えっと、雛ちゃんは……。

「わっかんねえよっ。分かりやすく言えよこの野郎っ」

 メッシュキャップ、Tシャツ、カーディガン、ホットパンツ姿の雛ちゃんは、僕らから少し離れたところで小嶋君と並んで座り小嶋君に向かって少し怒っていた。どうしたのかな。

「分かりやすく言ってんだろうが。お前馬鹿なんじゃねえか?」

 小嶋君が雛ちゃんに何かを教えているみたいだ。

「学年最下位には言われたくねえよ。それに興味の湧かないもん覚えられるわけねえだろ」

「興味ねえなら聞くなよ……」

「うるせえな! いいからさっさと教えろよ!」

「ど、どうしたの? 一体何事?」

 なんだか不穏な空気を感じたので仲裁に入ってみた。

「あぁ? あ、優大。大丈夫だから、優大は運転手さんでも見てろ」

「……僕は別に電車好きじゃないよ……」

 子ども扱いされている気がするよ。

「ん? なんだか優大元気ないな。どうした?」

 子ども扱いされたことが嫌だったことが態度に出てたのかな。いけないね。

「えっと、どうもしてないよ。それより、小嶋君と雛ちゃんは一体何の話をしていたの?」

 喧嘩ならなだめなくては。
 僕の質問に小嶋君が答えてくれた。

「有野、なんだか急にアニメの――」

「小嶋うるせえな! ブッ飛ばすぞてめえ!」

「な、なんで急に怒るんだよ! お前は教えてもらう身だろうが!」

「うるせえこの野郎! 黙れ小嶋! ――優大? 優大はあっちの方で水着に着替えとけ。な?」

「こ、ここじゃあ着替えられないよ……」

 でもなんだか僕は邪魔なようなので素直に二人から離れよう。
 えっと、お姉ちゃんは……。

「祈君はいいの?! お兄ちゃんを悲しませていいの?!」

「兄ちゃんを悲しませているのは姉ちゃんだろ」

 祈君と喧嘩をしていた。

「今のことじゃなくて、将来的にだよ!」

「将来的に姉ちゃんのしていることがいい結果を生むの? 俺にはよく分からない」

「祈君はお子様だからね! 分からないだろうね!」

「二人とも、どうしたの? 喧嘩?」

「お兄ちゃんはうるさい!」

 来たばっかりなのにもう怒られてしまった……。

「なんで兄ちゃんを許さないのかを聞いていたんだ。そしたら訳わかんない事ばっかり言うんだよ」

「えっと、お姉ちゃんが怒るのは、僕が悪いからだから。祈君とお姉ちゃんは喧嘩することないよ」

「どう見ても姉ちゃんが悪いと思うんだけど」

「いーや、祈君が悪い!」

「なんで俺」

「最終的に悪いのは全部祈君になるの法則だよ!」

「何それ」

「知らないの? これだからお子ちゃまは……」

 やれやれと肩をすくめるお姉ちゃん。どうやら喧嘩は治まったみたいだね。よかった。
 そう言えば、三田さんの姿が見えない。
 僕らしかいない電車の中を見渡してみる。
 僕らが固まっているところから離れた場所で、膝に麦わら帽子を乗せて俯いて座っていた。
 なんでそんなに距離をとっているのかな?
 僕は不思議に思い近づいてみる。
 一昨日図書館で見た服とは違うけれど、その時と同じように真っ白なノースリーブのワンピース。
 肌も真っ白なので黒髪がとても映えている。
 っと、見とれている場合ではない。声をかけてみよう。

「三田さん?」

「……佐藤君……」

 困ったような顔を僕に向ける。どうしたのだろう。

「なにかあったの? 元気が無いように見えるけど……」

「……知らない人がたくさんいるから……恥ずかしい……」

 そっか。三田さんも人見知りなんだ。僕だって知らない人がたくさんいるグループに放り込まれたら緊張して黙り込んじゃうよ。僕が気を遣ってあげなくちゃ。

「その、隣、いい?」

「……うん」

 僕は三田さんの隣に座らせてもらう。

「……」

「……」

 でも、なにを話せばいいのかな……。

「その、三田さん宿題どこまでやった?」

「……まだまだ、残ってる……。佐藤君は?」

「僕もたくさん残ってるよ」

「そうなんだ」

「うん。また一緒に宿題しよう」

「うん」

「その時は楠さんたちも呼んでいいかな?」

「……え?」

「楠さんと雛ちゃんも三田さんと宿題をしたいらしいよ」

「……う、うん」

 よかった。今度は四人で宿題をしよう。
 なんだかいい気分で窓の外に目を向けてみる。

「とってもいい天気だね」

 夏らしい青空だ。入道雲に高い青空。白い光に黒い影。
 こういう日にみんなで海水浴へ行けるなんてとっても素敵だね。

「今日海で泳いだらとっても気持ちよさそうだね」

「……うん」

 相変わらず元気がないね……。
 もしかして、何か先に予定が入っていたのでは……。

「その……突然誘ってごめんね……。用事とかは、大丈夫だった……?」

「うん。今日も、暇だったから……。用事とかは、大丈夫」

「それなら、よかった」

 ほっと一安心。

「……佐藤君」

「はい?」

「……ありがとう」

「え?」

 身に覚えのない事でお礼を言われたよ。一体何のことだろう。

「私が一人でいたから、隣に来てくれたんでしょ……?」

「え、あ、いや、そう言うつもりで来たわけじゃあ……」

「ううん。ありがとう」

 僕はそんなに気を遣えるような人間ではないのに。勘違いしてもらったら困るよ。

「あともう一個……」

「え、なにもしていないけれど、いったい何?」

「誘ってくれてありがとう……。私が誰とも遊んでいないって言ったから、寂しがっていると思って誘ってくれたんでしょ……? 本当に、佐藤君優しい……。すごいと思う」

「そんな。僕は全然優しくないよ。本当に優しいのは海へ行こうって言ってくれた楠さんだよ。僕はそれに着いて行ってるだけだから、きっかけを作った楠さんが一番すごいと思うよ」

「……そう……かな……」

「うん。そうだよ。僕は全くすごくないよ」

「……うん」

 ふぅよかった。僕みたいなダメ人間を優しいだなんて思ってしまっては大変なことになるからね。
 ……信頼しすぎるのは、よくないみたいだし……。

「……大きな雲……」

 三田さんが窓の外を見てつぶやいていた。
 大きな大きな雲。
 今の僕の心にも大きな雲できている。でも、あれほど真っ白ではない。
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