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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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休日自主的に行く学校は苦じゃない

 八月五日。

 昨日の夜。僕は部屋に入って一番に携帯電話を開いてみた。大量にメールが来ていたら恐ろしいなぁと思っていたけれどそんなことは全くなく、昨日のお昼にアドレスを交換した三田さんからのメールだけが入っていた。とてもほっとしたし、とても嬉しかった。

 しかし……。

 何故まりもさんは僕のアドレスを知っているのだろうか……。

 どうやって調べたのか全く分からない。携帯電話のアドレスを何かの登録に使った覚えもないし、怪しいサイトに入った覚えもない。それなのにまりもさんは知っている。

 一体、何故だろう。

 昨日は怖くてあまり眠れなかった……。

 でももう朝だ。起きて朝ご飯を食べなくちゃ……。

 今日は昨日メールで約束した三田さんと学校の図書室で勉強だ。こんなに早く一緒に遊べる機会が来るなんてとっても嬉しいね。

 なのでまだまだ覚醒したとは言えない目をこすり一階へ向かう。眠いなんて言ってられない。

 居間ではみんなが勢揃い。おはようと言うとお姉ちゃん以外がおはようと言ってくれた。

 やっぱりお姉ちゃんは怒ったままだ。

 ……僕が悪いのかな……。

 いつもは僕が悪いと思うけれど、今回はよく分からないよ。友達を作ったらダメだって、そんなの納得できないよ。

 ……。

 でも、こんな状態は嫌だから、謝ろう。

 誰が悪いとかじゃないよね。仲直りがしたいなら謝らなくちゃ。


「お姉ちゃん」


 ソファに座ってテレビを見ているお姉ちゃんに声をかけた。


「ふーん」


 お姉ちゃんが不機嫌そうに返事をした。これを返事と言ってもいいのかどうかわからないけれど。


「その、ごめんね」


「許しませーん」


 よかった、昨晩よりは多少機嫌がマシになっている。昨日は本当に無言で怖かったもん……。


「あの……」


「話しませーん」


「う……」


 機嫌が戻ってきているとはいえ僕のことを許す気はさらさらないらしい。

 ……ごめんね……。





 お姉ちゃんに許されないまま僕は学校へ向かった。

 なんだか色々と悶々とする。まりもさんの正体は分からないしお姉ちゃんは許してくれないし馬山さんは近いうちにあそこを離れるらしいし……。

 少しだけ、人生がよくない方向に進んでいる気がする……。怖いこととか悲しいことが起きすぎだよ……。

 そんなことを考えながら、何となく周りを確認する。

 ……誰もいない、よね。

 でも、もしかしたらまりもさんはどこかで見ているのかもしれない……。

 暑い夏なのに、背中に妙な寒気を覚えて僕は小走りで学校へ向かった。



 学校にたどり着いた僕は上履きに履き替え真っ直ぐに図書室へ向かう。

 たどり着いた、クーラーの効いた図書室には結構な数の人がいた。恐らく今年受験がある三年生の先輩たちだろう。こんなに朝早くから勉強するなんてすごいや。……お姉ちゃんも今三年生だけど、ちゃんと勉強しているのかな……。

 そう言えば言っていなかったけれど、僕とお姉ちゃんは高校が違う。僕は近くの高校で、お姉ちゃんはちょっと距離のある高校。僕の学校はきわめて普通の学校。お姉ちゃんの学校は進学校。お姉ちゃんは僕と違って頭がいいんだよ。出来の悪い弟としては出来のいい姉と比べられたりするので少し肩身が狭い……。さらに弟も出来がいいのでもっと肩身が狭い……。頑張らなくちゃ。

 よし……。さっそく今日から頑張ろう。勉強しに図書室に来たんだからね。

 僕はあたりを見渡す。

 よく見ると図書室の端っこで三田さんが小さく手を挙げてくれていた。

 僕は静かに走ってそこへ向かう。


「おはよう三田さん」


「おはよう佐藤君……。その、ごめんね……勉強につき合わせちゃって……」


「そんなことないよ。僕、最近課題ができていなかったからありがたいなって思ってたんだ」


「それなら……よかった……」


 嬉しそうに笑ってくれた。僕も嬉して恥ずかしいよ。


「あ、ここに、座ってもいい?」


 僕は三田さんの正面の席を指す。


「うん……」


 にっこりと笑って座る許可をくれた。僕はそこに座って早速課題を取り出す。

 う……。なんだか改めてみたら全然進んでないよ……。少しペースが遅い気がする。今日はたくさん進めよう。ここには変な誘惑が無いから勉強に集中できるよね。

 ただまりもさんのことが気になる……。一応辺りを確認してみる。怪しい人はおらずみんな黙々と勉強していた。何処にいてもこれからは逃げることができない気がするよ……。

 でも、いるわけないんだ。

 絶対に、いない。

 僕は大きく息を吐いて課題と向き合う。今は、課題に集中しよう。



 ひたすら無言で課題をすること一時間。とっくの昔に集中力は切れてしまっている。情けない……。こんなだから僕は頭が悪いんだよ……。まったく……。

 顔を上げて三田さんを見てみた。すごく集中してさらさらと問題を解いている。やっぱり頭の良い人は違うなぁ……。などと眺めていると、三田さんも顔を上げて僕を見た。僕と視線があい頬を赤くしてサッと視線を落とす三田さん。し、しまった! じろじろと観察していると勘違いされてしまったよ!

 違うんだよ三田さん?! 僕も今偶然見ていただけなんだよ?!

 と声に出してしまっては周りの三年生に迷惑がかかるので何も言えない……。

 うう……変質者だと思われているよね……。

 がっくりと肩を落とし僕は課題に向かった。はぁ。



 それから更に一時間。あと一時間もすれば十二時、お昼。三田さんはずっと集中している様子。しかしシャーペンの滑るスピードはかなり落ちていた。ちらりちらりと僕の様子をうかがっているようで、どうやら先ほどじろじろと観察されていたことを気にしているみたいだ。違うのに……。

 申し訳ない気持ちと居心地の悪さを感じ僕は立ち上がって本棚へ向かった。特に読みたい本は無いけれど、気分転換に何かを読むのもいいかもしれない。

 本棚の間を縫うように歩く。

 図書室の端に来ても気になる物は特に見つからなかった。


「佐藤君……」


「?!」


 気配のない背後から声がかけられた! 飛び上がるほど驚いたけれど叫んだりなんかしたらみんなから怒られてしまうので必死になって叫び声を飲み込んだ。慌てて振り返る。

 つい先ほどまで勉強していた顔の赤い三田さんが後ろに立っていた。

 ま、まさか、先ほどのことをとがめに来たのでは……。ごめんなさい。


「ごめんね……驚かせて……」


 図書室の端っこ。誰からも見えないところ。ここなら小声で話しても迷惑がかからないと思う。


「う、ううん。僕こそ、驚いてごめんね……」


「私が後ろから声をかけちゃったから……」


「ち、違うよ。僕が情けないからだよ……?」


「私の存在感が無いから……」


「その、僕の気配を感じる力が弱いから……」


「私が誘ったりなんかしたから……」


「い、いや、僕がさっきじろじろと三田さんを見てたから、だよね……?」


「そんなことはないよ……? やっぱり、私が--」


 終わりが見えないね。

 三田さんと二人の時にはよく起こる罪の被り合い。僕が悪いのに三田さん優しいから自分が悪いということにしてくれようとする。こうなってしまったら終わりが見えない。話をそらさなければ謝り合いで一日が終わっちゃうよ。

 だから僕は話を変えることにする。


「課題は、もう終わりそう?」


「……まだ、もうちょっと……かな?」


「すごいね。僕はまだまだだよ」


「あ、私もそんなに進んでいる訳じゃあないから……」


「でも、三田さんがやっているところ見たけど僕なんかよりずっと進んでいたよ」


「それは……飛ばし飛ばしやっているから……」


 そんなことは無いよね。

 これも三田さんと二人きりの時に起きる現象だ。謙遜大会。三田さん、謙虚だからすごく謙遜するんだ。こんな時も話を変えるのがベターだよ。


「図書室には、よく来るの?」


「ううん……。今日が初めて。いつもは図書館だけど……あの、人が来るから……」


 ここにも人がいるよ? この人たちとは別なのかな?


「佐藤君は図書館がよかった……?」


「え? あ、僕は、どこでもよかったよ。暇だから」


「……うん」


 とてもかわいい笑顔を見せてくれた。うう……ドキドキしちゃうよ。


「あの」


「はい?!」


 しまった。ドキドキして思わず大声で返事をしてしまった……。迷惑だよね、ごめんなさい先輩方。

 三田さんの顔が、先ほどの笑顔から壊れてしまいそうな弱弱しいものになっていた。


「佐藤君…………楠さんの事…………」


「う、うん」


「………………好きなの?」


「………………え? え?」


 そ、それは、もちろん……。


「そ、そ、その、友達だから、もちろん、好き……だよ?」


「そうじゃなくて」


 儚げな表情とは正反対の力強い声だった。何と言うか、決意がこもっているというか……。

 えっと……そうじゃないということは……。

 そ、そう言う意味、だよね。


「その、僕なんかが、楠さんに恋愛感情を抱くなんて、恐れ多いにもほどがあると、思います」


 好きかどうかは別として。


「………………だったら、有野さん……は……?」


「雛ちゃんにだって、同じだと、思います。恐れ多いです」


 滅相もございません。はい。

 でも、結局は好きかどうかは別として……。僕、とっても情けないね。

 それでも、三田さんは僕の答えに満足したようだ。


「そ、そっか…………そう、なんだ…………。………………それなら……」


 突然三田さんが俯きがちにキュッと僕の手を握ってきた。


「え?! どどどどうしたの!?」


 三田さんの柔らかい手の感触が僕の脳髄を破壊する。この表現が大げさでない位僕の緊張はピークに達っしてしまった。


「なななんっ、そのっ、なにごと?!」


 慌てふためる僕に三田さんが頬を赤くして言う。


「あの……、悩み事とかがあったら、私が聞くからね……。佐藤君、なんだか色々と大変そうだから……。相談相手がいないのなら、私が聞くから……」


 ……。

 なるほど。夏休み前の一件、僕がみんなに迫害され始めたことを気にしてくれているんだね。それなのに僕は変なことを考えて変に妄想したりなんかして……。人の厚意をそんなやましいことに直結させる僕の頭はやっぱりポンコツだ。

 そう言う理由ならば変に緊張してしまうのは間違いだ。失礼すぎるよ。


「うん。ありがとう。でも、僕は大丈夫だよ」


「……そうなんだ」


 三田さんが赤い顔を上げる。僕も恥ずかしいけれど目をそらすのは失礼だよね。


「……なら、いいんだ……」


 すっと、気のせいか、心なし、自意識過剰かもしれないけれど、三田さんが名残惜しそうに手を離した。多分、僕の勘違い。


「……佐藤君、なんだか、雰囲気が変わったね……」


「え、そ、そう、かな?」


 勇気を出したことによって何かが変わったのかな? そうだとしたら、嬉しいな。


「うん。……かっこいいと、思う……」


 といった瞬間三田さんが耳まで赤くしてあわあわと辺りを見回しだした。


「その、私、もう、お昼ご飯の時間だから、帰るね……!」


「あっ」


 ものすごいスピードで僕の前から消えて、ものすごいスピードで図書館から出て行った。

 なんだか僕、今驚きの体験をしたような気がするよ。

 でも僕の心配をしてくれるなんて、三田さんは優しいなぁ。

 僕は幸せな気持ちで図書室を出ることができた。




 が、しかし。


「な、な、なにこれ……」


 図書館を出た後僕は真っ直ぐに下駄箱へ向かったのだけれども、そこで妙なものを見つけてしまった。


「な……なに、これ……」


 同じ言葉を繰り返す。

 驚き半分、喜び半分。


「ま、ま、まさか!」


 下駄箱の中、僕の靴の上に、一通の手紙が置いてあった。

 僕なんかがラブレターを貰うなんて! これは天変地異の前触れじゃないかな?! なんてことを思いながらゆっくりと取り出してみる。

 ドキドキしながら、あて名を確認してみた。

 そして封筒の裏に書かれた宛名を見て僕の『驚き半分喜び半分』は、『戦慄全部』に変わってしまった。



 ~まりもより~



 変な汗がにじみ出る中、僕は手紙を握りしめたまま大慌てで学校を出た。


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