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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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いつか馬山さんが旅立つ日

 僕は家に帰るという楠さんについてアスファルトの上を歩く。秘密基地へ行くためだ。やっぱり僕は部屋にいたくないみたい。


「まさか君、私の家を突き止める為に秘密基地へ行くだなんて言いだしたんじゃないでしょうね」


「ううん。違うよ。本当に秘密基地に行こうと思ってるんだ」


「そう。ならいいんだけど」


 汗なんて掻いていない楠さん。驚くほど清々しい姿だ。なんだか羨ましい。暑さなんて感じないのかな。


「暑いね」


 暑いみたいだ。


「暑くて暑くて死にそうだよ。夏は嫌いだな」


「え、そうかな。夏はとっても楽しいよ」


「それは君の意見でしょう。君の意見を押し付けてこないでよ。私は嫌いなの。暑いし、蝉はうるさいし、夕立は煩わしいし、佐藤君はなよなよしてるし」


「ご、ごめんね」


 最後のは夏と関係ない気もするけれど……。


「いいよ。許してあげる」


 許してもらえた。よかった。

 それにしても、夏のことが嫌いだというなんて。楠さんはきっと大人なのだろう。

 僕はそれを羨ましがっているのか、可哀想だと思っているのか。僕の事なのによく分からないや。


「さっきの件なんだけど」


 楠さんが話しかけてきてくれたので僕は妙な考えを放棄する。


「さっきの件って言ったら、お姉ちゃんのこと?」


「それはもういい。パーソナルコンピューターについてのこと」


「あ、うん」


 何故略さなかったの?


「その件の相談は有野さんにはしなかったの?」


「うん」


「なんで?」


「雛ちゃんパソコンしないみたいだから」


「ふーん。そうなんだ」


「うん。僕の悩みを聞いてくれたのは楠さんが一番だよ」


「そっか。それはなんだか優越感を感じるね」


 楠さんが笑った。にやりと。

 ……最初に相談しようとした相手は雛ちゃんのお兄さんだったとは言わないでおこう。


「あのまりもっていう人はいつからの付き合いなの? 結構親しげだったけど」


「えーっと、中学校一年生の時だから、三年前からかな」


「へぇ、結構付き合い長いね。っていうか君、中学生の時からパソコンもってたんだ。贅沢」


「うちは、中学生になったらパソコンを買ってもらえるんだ。これからはパソコンを使えなくちゃいけない時代だからって」


「贅沢。私は兄からパソコンを奪ってやっと手に入れたのに」


「奪うのは、よくない気がするけど……」


「兄の物は私の物。私の物は私の物。佐藤君の物は私の物」


「僕の物は盗らないで!」


「まあ、そんなことより」


「そんなことよらないで!」


 何もあげないよ!


「さっきの話なんだけど」


「さっきの話と言ったら、パソコンのこと?」


「それはもういい。海へ行けば楽しいんじゃないかっていう話」


「あ、うん。…………え?! いつそんな話したっけ!」


「そんな話はしていないけど、君の心を読んでみただけ」


「そんなこと思ってないけど、でも海へ行けたら楽しいね! 夏休みだし!」


「そうだね。なら一人で行ってくればいいよ」


「え?! あ、うん!」


 一人で行かねばならないんだ。楽しいのかな。


「なに? 君もしかして私と行けるかもとか思っていたの? おやおや。これは自意識過剰ですね」


「う……ごめんなさい……」


 確かに、一度も一緒に行こうだなんて言われていなかった。勝手に変なこと想像しちゃってた……。


「まあ、君が行きたいというのであれば行ってあげないことも無いけれど。ただそうなったら例の金髪の、えっと、雛ちゃんだっけ? 彼女も来るんでしょ?」


 なんで知らない体で話すのだろう。


「うん。みんなで一緒に行きたいよね」


「そうだね」


 なんだか少しあきれたような顔だけど……。一緒に行きたくないのかな。仲良くすればいいのに……。

 うーん、みんなで行きたいな。海。





 夏の秘密基地にたどり着く。一番いい風景。


「なんだよー少年。また来たのかよ」


 馬山さんが暇そうに日陰に寝転がっていた。


「少年さぁ、マジでこういうところへ来ない方がいいって。時間の無駄にもほどがあるぜ」


「そんなことないよ。馬山さんと一緒に過ごしたら知識がどんどん増えていくからね。とっても楽しいよ」


「それは今じゃなくてもできるだろー。青春時代だぜー。もったいねえよー」


「でも、夏休みにしか時間取れないし……」


「それは他のことについても同様だろうよ。夏休みじゃなけりゃあできないことは他にもあるだろ?」


「そうだけど……」


 でも……。


「おいおい。そんな悲しい顔しねえでくれよ。俺は少年の為に言ってんだぜ」


「う、うん……」


「青春時代ってのはな、大きすぎるんだ。大きすぎるからその場に立ってる本人には何のことだか分かんねえ。少し離れてみれば分かるんだ、そのアホみたいな大切さに。気付いてからじゃあ遅いんだぜ」


「そ、そうなの、かな……」


「そうなんだよねぇ。こんなおっさんとじゃあ青春出来ないだろ」


「大人の人と触れ合うのも青春だよ」


「おいおい。俺は高校生だぜ」


 まだ言っている。僕は騙されないよ。


「ああ、そうだ少年。そんなことより」


 馬山さんが体を起こした。


「ちょっと携帯を貸してくれないか?」


「え? 携帯? 誰かに電話をするの?」


「こんな浮浪者に電話をかけるような相手がいるわけないだろう。ただちょっとニュースを見ようと思ってな」


「え、何か気になるニュースでもあるの?」


「そう言うものはないけれど、俺くらいになると時勢を知っておかなくちゃ恥ずかしい思いをするんだよ」


「そうなんだ」


「そうなんだよ」


 やっぱり大人の世界は大変だね。っていうか、今自分で自分のことをおっさんって言ったね。

 でもそんなことは言わずに僕は携帯電話を差し出した。


「なんだ少年。スマートフォンじゃねえんだな。最近の若者はみんなスマフォを持っているもんだと思ってたんだけどちげえんだな」


「うん。僕は多分使いこなせないし」


「あんなもん簡単だろ」


「え? 馬山さんはスマートフォン持ってるの?」


「何を言っているんだ少年。持っていれば少年から携帯電話を借りようだなんて思わないだろうよ」


「あ、そっか」


 そうだよね。


「おいおい、なんだこりゃ。隣町で事件が起こっているのか」


 携帯のディスプレイを見てとても驚いた顔をしている馬山さん。


「殺人事件なんてのが起きてるのか。これ犯人捕まったのか?」


「たしか、まだ。怪しい人は目撃されているみたいなんだけどね」


「はぁ……。ったく、クソみたいな世の中だな。神様は何をしているんだか」


「そうだね。馬山さん神様信じてるの?」


「いや別に信じてはいねえけど。今のはどうしようもない世の中に対してどうしようもない解決策を言うことによる、現代社会に対しての、えー、アンチテーゼ?だ」


 アンチテーゼの意味は知らないけど、絶対に違うよね。適当に言った感がぷんぷんしているよ。


「神様っているのかな?」


 何となく気になって聞いてみた。


「自分が信じていればいるんだろうよ」


 カチカチと携帯をいじりながら馬山さんが答えてくれた。


「主観的な物なの?」


「そうなんじゃねーの? あぁ、いやまあ少年にとっては例外的にそうでもないか」


「え? どういうこと?」


「まあ、少年は騙されやすいってことさ」


「う、うん。確かに僕は、騙されやすいかも」


「だろうな。人がよさそうだもんよ。俺の言葉に含蓄があると勘違いしている少年に、俺が『神様はいる』なんてことを言ったら少年は信じるだろ? まあ、つまりそう言うことさ。ああ、だったら俺が神様みたいなもんになるのか。少年の世界に影響を与えて作り替えちまうんだから神様と言っても過言ではねえな。よし、俺を崇めろ」


「う、うん。その、崇めるよ」


「崇めちゃうんだな。崇めるなよ。まあ、つまりあれだ。神様なんかを信じる事より友達を信じろってことだ。神様を信じだところで何もしちゃくれねえんだから」


「でも、馬山さんが神様だったら僕は信じちゃうよ」


 僕の言葉に馬山さんが苦笑いを見せた。


「俺は新興宗教の教祖かよ」


 馬山さんなら、いい教祖になれそうな気がする。褒めているのかなこれは?

 馬山さんが思いついたように顔を上げ僕に聞いてきた。


「そう言えば、少年。天国や地獄を信じるか? まあ、死後の世界だ」


「死後の世界? 僕は怪談とか好きだから、幽霊を信じているよ。だから死後の世界ってあると思う」


 見たことは無いけれど、存在してくれればいいなって思う。


「そうか。まあさ、例えばだけど、それはどこにあると思う?」


「どこ? 天国と地獄なら、空と地面の下かな?」


「ふーん。まあそう思うよな」


「馬山さんはそうは思わないの?」


「ああ。もしあるのだとすればの話だからな。俺を変な目で見るなよ」


「うん」


「返事が良すぎて心配だぜ。まあとにかく。もし死後の世界があるのだとすれば、俺はそこは宇宙なんだと思うな」


「宇宙?」


「宇宙だ。だって、大勢の死者を迎えるスペースこの世界にそこしか存在しねえもん」


「あ、そうだね」


「だろ? どんどん増える幽霊を全て包み込める空間、そこが宇宙なのさ。そこは生きている人間が踏み込むべきでない場所。だから宇宙は人が生きられる環境じぇねえんだよ。死者の空間だからな。ダークマターってあるだろ? 暗黒物質。それは多分、人であったものなんだよ。いや、人以外の生き物もだ。犬、猫、蟻、蝉。もっと言えば植物もかもな。そういったものがそこにあるんだよ」


「へぇ~……。なるほど」


 確かにそう言われれば、そんな気がしてきた。とても納得ができるね。


「よし、これで新しい宗教を作って騙そう」


「僕騙されていたの?!」


 感心していたのに!


「だから信じるなって。時間の無駄だぜ。その分友達を信じろ友達を。友達は神様なんかより少年を助けてくれるんだから」


「う、うん。……その、それなら僕、やっぱり馬山さんも信じるよ」


「なんでそうなるんだよ」


「えっと、年下の僕がこういうのは失礼かもしれないけれど、その、僕、馬山さんのこと、友達だって思ってるから」


「……」


 ポカンと僕を見る馬山さん。


「おいおい。俺はそんなに信頼されるようなことした覚えはねえぜ。何を言っているんだ少年」


「でも、いい人だし……」


「……むう……。こいつは困ったな」


 とても渋い表情。


「え、やっぱり、迷惑?」


「結構な。少年。最初に言っておくが、俺はもうすぐここからいなくなるぜ。俺にも事情があってね。だから信じるだけ無駄だろ?」


「もうすぐ、どこかへ行くの……?」


「ああそうだ。放浪の旅って奴さ。次の場所へ移るんだ」


「……その、ずっとここにいても、いいけど……」


「事情があるんだって。ここは結構居心地がいいけどよ、ずっとここにいるわけにはいかねえの」


「ど、どうして?」


「言えねえよ。言えるわけがねえ。悲しむなよ少年。少年の為なんだ」


 そう言って僕の携帯を投げて返してきた。運動神経の鈍い僕はあわあわとなりながら必死にキャッチした。


「ありがとよ。さあ、もう帰んな」


 馬山さんが立ち上がった。


「えっと、その……」


「何も言うことは無いさ。何も言わないで帰んな。あともうここには来ない方がいいぜ。俺を信じることもやめた方がいい。俺がここからいなくなったときショックを受けるぜ」


「……でも……」


「いいから帰んな。俺は浮浪者だ。何も気を遣うことは無い。信じられる要素も持っていない。だからもう来るなよ」


 そう言い残して、馬山さんがテントに入って行った。

 僕は少しだけ悲しい余韻を残して山を下りた。

 馬山さん、いなくなっちゃうんだ……。


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