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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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お姉ちゃんと楠さん

 図書館から僕の家に場所を移したのだけれど、玄関に入るなりお姉ちゃんに通せんぼされてしまった。


「お、お姉ちゃん」


 玄関でにらみ合う僕らとお姉ちゃん。睨んでくるのはお姉ちゃんだけだけど。


「連れて来たらダメって言ったのに! 言ったのに!」


「分かったって、言ってないよ……」


「分かりたくなくても分からなくちゃダメなの! そうしないと、ダメなの!」


「そんな」


 少しだけ酷く思う。そんなの自分勝手だよ。お姉ちゃんを怒らせた僕が悪いのかもしれないけれど、楠さんは関係ないよ。僕の友達に迷惑をかけるのはやめてほしい。


「おね――」


 僕が文句の一つでも言おうと思った直後楠さんが僕の肩に手を置きそれを制止する。

 そして楠さんがお姉ちゃんに問う。


「佐藤君のお姉さん、なんで私は来たらダメなんですか?」


 少しだけムッとしたような声だった。やっぱり、納得できないよね……。

 それに対してお姉ちゃんはとても怒った声で答えた。


「可愛いから! 性格よさそうだから!」


「……褒めているんですか? ありがとうございます」


 ……よく分からないけど、お姉ちゃんが褒めて楠さんが喜んで一件落着なのかな?

 そんなわけが無かった。


「だから来ちゃダメぇえええれろれろれろ」


 舌をぺろぺろしながらお姉ちゃんが言う。


「……イラ……」


 今楠さんがイラっとしたよ。


「何を言っているんですか? 意味が分からないんですけど」


「何を言っているのか分からないんですか? 意味教える気ないんですけど」


 楠さんの怒りメーターが結構な勢いで溜まっていった。


「……佐藤君、君のお姉さんは私にケンカを売っているのかな?」


 ケンカなんか見たくないよ!


「ごごごめんなさい! お姉ちゃんにはあとで言っておくから! そ、その、気にせずに上がって!」


 サッと上がってササっとスリッパを出して楠さんの前に置く。


「お兄ちゃん?! 私は許さないから!」


 しゃがみ込んで背を向けている僕の頭をバシバシと叩いてくる。僕はそれを必死にガードしながら言う。


「お、お姉ちゃん! お願いだからわがまま言わないでよ! ぼ、僕友達無くしちゃうよ……!」


「その方がいいよ!」


 お姉ちゃんが今言った言葉はとても嫌だ。不快だ。


「お姉ちゃん……! お姉ちゃんおかしいよ! 僕が友達作ったらダメなの!?」


 玄関に響き渡る僕の声。

 少しだけ大きな声を出してしまった。でも、それも仕方ないよね。これに関しては、お姉ちゃんが悪いもん。

 怒る僕に、お姉ちゃんは、少しだけ態度を変えた。


「駄目だよ」


 先ほどまでの騒がしく怒っている雰囲気をしまい、静かに怒っている雰囲気を出してきた。


「もう、お兄ちゃんは他人を信じない方がいいんだよ。誰かを信じて裏切られて悲しくなるなら、最初から信じない方がいいんだよ。だからね、お兄ちゃんが誰かを信じそうになったら、私がそれの邪魔をする。お兄ちゃんは大切な弟だから、私が守らなきゃいけないんだよ。私が守って見せる、悲しませない」


 恐る恐る振り返ってみて、お姉ちゃんを見上げてみる。

 お姉ちゃんは今まで見たことのない顔で楠さんを睨み付けていた。楠さんは困惑した顔でそれを見つめ返していた。

 しばらくその状態が続いた後、お姉ちゃんが無言で居間に入って行った。

 数秒か、もしくは数分か、僕らは閉じられた居間のドアを色々な感情を持って眺めていた。





「で、さっきのお姉さんは何?」


 僕の部屋で椅子に座っている楠さんがイライラした様子で僕に問う。


「その、僕にも何が何だか……」


 意味が分からない。謝ろうにも、僕らが悪いとは思えない。


「私どうすればいいの? 怒っていいの?」


「お、怒らない方が、僕としては助かるけど……」


「しょうがない。君に免じて許してあげよう」


「あ、ありがとう」


 許してくれたね。よかった。


「でも君はそれでいいの? 怒っていたみたいだったけど」


「うん……。僕はあとで一言いうつもりだよ」


「そっか。ならいいや。それじゃあ君のお悩み相談でも始めようか」


「うん、ありがとう」


 優しいなぁ楠さんは。


「とはいっても何もできないと思うけどね」


 楠さんがスカイぺのアイコンをクリックして起動する。

 そして無言でログを確認していき一言。


「つまらない話ばかりしてるね」


「う、うん。でもそれが僕らにとっては楽しいんだ」


「あっそう。で、なんだか時々私の話題が出ているようだけどどんな悪口を言っているのかな」


「い、言ってないよ。ご覧のとおり」


 くるくるとスクロールさせながらログをざっと眺めて行く。


「まあ、そっか。君は、そうだよね。で、ここか……」


 戻していたログを最新のところまで戻す。

 サトウユウタ。

 ただの自分の名前なのに。

 気持ちが悪い。


「ふーん……。サトウくんねぇ……」


 楠さんが横に立つ僕を見上げてくる。


「最初は名前を当てられたんでしょ? このユウっていうのから優大ってばれたんでしょ?」


「う、うん。多分」


「なら偶然じゃない?」


「偶然?」


 偶然でフルネームを当てられちゃうの?


「たとえば、山田君の名前は何?」


「え? そ、それは……分からないけど……」


「ありきたりなものでいいから」


「や、山田、太郎?」


「そう。なら、イチロウと来たら名字は?」


「鈴木さん?」


「そう正解。君すごいよ。氏名当てクイズの世界チャンピオンになれるよ」


「……う、ん」


 喜んでいいものかどうか悩んだ結果、喜ばないことにした。


「そう言うことじゃない?」


「そう言うこと?」


「そ。この、まりもさんにとって、ユウタに合う名字はサトウだったんだよ。サトウもユウタも、山田太郎なみにありきたりな名前だしね。偶然だよ」


「そう……なのかな……」


「そうだよ。それ以外に考えられないよ。佐藤優大なんていっぱいいるでしょ」


「う、うん」


 そうなのかな……。

 ……そうだよね。

 そうに決まってるよ。

 だからまりもさんは『サトウユウタ』ってカタカナで打ったんだよね。漢字が分からなかったっていうことなんだよ、うん。きっと、そうだよね。


「これで解決だね。あーよかったよかった」


 とてもどうでもよさそうに言ってスカイぺを切った。


「これで、少しは悩みが散った?」


 ブラウザを立ち上げて何のためらいもなく僕のお気に入りを覗く楠さん。


「うん。楠さんのおかげでなんだかすっきりしたよ。ありがとう」


 僕のお礼に何も答えない。どうしたのかな?


「……なにこれ」


 楠さんがお気に入りを眺めてジト目で僕を見てくる。


「え? どれ?」


 そんなに文句を言われるようなお気に入りは無いけれど……。


「これ」


 これと言ってマウスカーソルで示すそれは、


「あ、怖い話?」


 怪談を集めたサイトだった。


「君、こんなの見るんだ」


 ジト目というか、少し引いた目。


「うん。僕怖い話が好きなんだ。楠さんは?」


「そんなことより私ずっと気になってることがあるんだけどさ」


 立ち上がり軽く僕の肩に手を置いてパソコンの前から離れる。


「ATMってあるでしょ?」


「うん」


 楠さんが床に落ちていたクッションを蹴り飛ばして壁際に持っていきそれに座った。


「ATMでお金を下ろす時、手数料ってかかるでしょ? あれおかしくない?」


「えっと、うん? おかしいの、かな?」


 なんでだろう。


「手数料って、誰に払ってるの? 誰にも迷惑かけていないのだから別に手数料払わなくてもいいでしょ? 手数料って何? 手間をかけさせたことにより発生する金銭じゃないの?」


「う、うん」


「だったら。ATMを使ってお金を下ろす時手間をかけているのは私なのだから私に手数料払ってよ」


「そう、だね?」


 そうかな?


「そうでしょ。なんでぬくもりのない機械に手数料を払わなければならないの」


 たしかに、そう言われれば、なんだか納得できないものを感じるような気がする。


「だからちょっとATM壊して中身もってきて」


「犯罪だよそれ……」


「何言ってるの。手数料を返してもらうだけだよ」


「物凄い利子がついてるね」


「それくらいいいでしょ」


「うん。それで、楠さんは怖い話好きなの?」


「…………」


 こ、怖い。


「空気読もうよ。どう見ても私話逸らしたよね。どう聞いても怖い話嫌いだよね」


「え、あ、ゴメン……」


 わざとだったんだ。


「まあ、私に苦手な物なんてないけどね」


「え? 得意なの」


「得意なんて言ってない。普通」


「普通ってことは、聞いても平気なんだよね」


「平気なんて言ってない。普通」


「ふ、普通っていうのは、普通に怖いっていうこと?」


「怖いなんて言ってない。普通」


「う、うん」


 普通って、どんな感じなのだろう……。


「意外だったよ」


 楠さんが壁にもたれかかったまま足を組み直す。


「佐藤君がそんな気味の悪い趣味を持っていたなんてね」


「気味の悪い趣味、かな。普通だと思うよ」


「普通じゃない。私が普通なんだから君は普通じゃない」


「そ、そう、かな?」


「佐藤君怖いよ。この部屋大丈夫? なんだか悪いものが集まってきているんじゃない?」


「集まってきてないよ。何もおかしな現象起きてないからね」


「……君は鈍いから……」


「え、何かおかしなことが起きているのかな。もしかして何か感じる?」


「感じてたらここにはいない。すぐに家をおたきあげしているよ」


「それはやめていただいてもいいですか!?」


 全てを失っちゃうよ!


「全く。ここに来てからいいことないよ。お姉さんに罵られるわ怖い部屋に監禁されるわ。ちょっとATM壊してきてよ」


「頑なに壊させようとするね。僕壊さないよ」


「サイテー。事件を解決してあげた私に対して何のお礼も無いなんて」


「あ、そうだった。楠さんには悩みを解決してもらったんだった。ごめんね、僕何でもするよ」


「あ、今言ったね? ならATM――」


「は壊さないよ」


「……生意気にも反抗するようになってきたね」


「と、当然だよ……」


 犯罪なんて絶対にしちゃいけないことだよ。


「その、それ以外で、お礼は、どうすればいいかな……」


「いらないよ」


 楠さんが立ち上がり歩き出す。


「いらないよ。何もしてないし」


 そう言いながら扉に手をかけた。


「あ、もう帰るの?」


「帰るよ。ここは空気が悪いや。悪いものが漂っているよ」


「ご、ごめんね。お姉ちゃんと、怖い話でなんだか不快な思いをさせてしまって」


「別にいいよ。気にしてない。でも、お姉さんと仲良くすることは一生ないだろうけどね」


「う、うん……。しょうがないよ……」


 僕にも、理解できないから。

 多分、僕も一生理解できない。


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