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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
46/163

生徒会長

 八月三日の朝。

 昨日の夜、國人君は僕の部屋で一時間ちょっと過ごして帰って行った。帰る時に洗面所で顔と髪の毛をびしょびしょに濡らして汗を演出していたけれど、その、臭いでばれなかったかな……。汗の臭いがしないって、怪しまれなかったかな……。今日雛ちゃんに会うけれど、確認できないよね。確認したら僕の部屋に来たってばれちゃうから。雛ちゃんが怒っちゃうから。

 いつか國人君に直接確認しよう。

 制服に着替えた僕は、國人君のことを一旦忘れて一階へ下りる。

 僕以外の家族がみんな揃っていた。お姉ちゃんが起きていることが珍しい。


「おはよう」


 みんなが返してくれる。……お姉ちゃん以外。


「お、お姉ちゃん。おはよう」


 椅子に座ってテレビを見ていたお姉ちゃんに近寄って顔を覗き込んでみる。すぐに逸らされた。


「つーん。お兄ちゃんには挨拶しないもんね」


「そんな……。ごめんね、お姉ちゃん……」


 こんなに怒るなんて、初めてかもしれない……。早く許してもらいたい……。


「ふん。プロポーズするまで許してあげない」


 どうやら一生許されそうにありません。


「あーあ。お兄ちゃんのせいで爽やかな朝が台無しだよ。もう一回寝よ」


「うっ」


 ものすごくショックだ……。本当に怒っているよ……。僕に一切の興味を持ってくれていないよ。なんだか、不安になってしまう……。


「ちらり」


 ちらりと効果音をつけてお姉ちゃんが僕を見た。許してくれるのかな?!


「ふーん」


 目が合ったらまた顔をそらされた! ショックだよ!


「寝よ。お休みお兄ちゃん」


「あ、お休み」


 おはようは言ってくれないけれどお休みはお姉ちゃんの方からしてくれた。それだけで嬉しいよ。

 お姉ちゃんが出て行く姿を眺める。そんな僕に祈君が声をかけてくれる。


「今回は長引いてるね。そんなにひどいこと言ったの兄ちゃん」


「う、うん……多分……」


「何言ったの?」


「えっと、その、私に愛されている自覚を持てって言われて、そんなの持ちたくないって言ったら、怒った……」


「……どっちもどっち」


 苦笑いを見せて先ほどまで見ていたテレビに視線を戻す祈君。

 うう……。何かアドバイスくれると思ったのに……。でも、これは甘えだよね。自分の事なんだから自分で何とかしなきゃ。





 支度を整え家を出る。

 一昨日のように家の前で雛ちゃんが待ってくれていた。


「よう」


 不機嫌そうではない。昨日の國人君の一件に気づいていたのなら多分機嫌が悪くなっているはずだ。今そうではないということは、ばれていないみたいだね。よかった。


「何安堵の表情を見せてるんだ?」


「あ、別になんでもないよ。おはよう雛ちゃん」


 朝の挨拶を交わし学校へ向かう。遠回りしたがる雛ちゃんを何とか説得していつもの通学路を歩く。

 やはり楠さんが待っていてくれた。


「おはよう。佐藤君と金髪の人」


「おはよう」


「……」


 先ほどまでは機嫌がよさそうだったのに、機嫌が悪くなってしまった雛ちゃん。


「おはようございます、雛ちゃん?」


「……名前で呼ぶんじゃねえよ」


「おはよう、有野さん」


「あーはいはい。おはようおはよう」


 雛ちゃんが返した挨拶を聞いて満足そうに歩き出す楠さん。


「なんで挨拶させたがるかね……」


 納得がいかない表情で雛ちゃんがつぶやいていたけれど、挨拶を交わすことはいいことだよね。きっと楠さんは仲良くしたいんだよ。このままみんなが仲良くできる世界になっていけばいいね。

 そんな感じで学校までの通学路を三人で歩いた。





「有野さーん!」


 校門をくぐってしばらく歩いたところで、どこからか雛ちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。振り返り見てみると銀髪でメガネをかけた前橋さんがニコニコと笑みを浮かべこちらに、雛ちゃんに向かって走ってきていた。


「有野さん! お待ちしてました!」


 抱き付く勢いだったけれど、自重したらしく急ブレーキをかけ雛ちゃんの目の前で止まりギュッと雛ちゃんの手を握った。


「未穂。どうしてここにいるんだ?」


「それはもう有野さんの行くところならどこへでも来ますよ! 有野さんいつ連絡しても忙しいと言っていましたから、きっと文化祭の準備が大変なのだろうなと思い手伝いに来た次第です!」


「あぁ、そっか。ありがとう」


「そんな! 私と有野さんの仲じゃないですか!」


 駆け寄ってきたせいなのか、ハァハァと荒い息で雛ちゃんを見つめる前橋さん。その表情は恍惚としている。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「大丈夫か未穂。すげえ息切れてるじゃねえか」


「大丈夫です! この息切れは喜びの息切れです!」


「そんなもんがあるのか……」


 雛ちゃんが若干引いているように見えるけれど気のせいだよね。二人は仲良しだもん。


「有野さん! 今日こそは私、二人きりで有野さんと過ごしたいです!」


「あー? あーはいはい」


 仲良しだよね。


「おはよう前橋さん」


 楠さんがにこやかにあいさつをする。


「……ふん。おはようございますっ」


 それに対して前橋さんは不機嫌そうに返した。この二人は、あまり仲が良くないんだよね……。雛ちゃんは山での楠さんの秘密を誰にも漏らさないと約束してくれたので、前橋さんにストレス解消の件がばれているということは無いと思うけれど、とにかく仲は良くない。なんでだろうね。

 そんなことより、僕もあいさつしなくては。


「おはよ――」


「はふぅううううううううう……」


 僕の挨拶に対して、前橋さんは口から紫色のもやもやを出して返してくれた。間違いなく僕の幻覚なのだけれど、これは挨拶を返してくれたのと同じ意味だよね!


「佐藤君は帰ってもいいですよ?! 有野さんのサポートは私に任せてください!」


「え、仕事を途中で投げ出すのはよくないよ」


「ですから引き継ぐと言っているのです! その細い体をばっきばきに折るイメージトレーニングをしますよ!?」


「それは……どうぞ……」


 イメージトレーニングなら、いくらでも……。


「くぅぅ……佐藤優大……!」


 クチパクで「うせろ」と言ってくる前橋さん。雛ちゃんの前だとあまり酷いことは言われない。きっと雛ちゃんに嫌われたくないからなんだね。

 というわけで。

 僕は前橋さんからとても嫌われている。いや、前橋さんからだけではない。クラス全体がこんな感じだ。僕は肩身の狭い思いをしている。雛ちゃんとか楠さんとかがいなければ僕は多分耐えられないと思う。それくらい厳しい視線をもらっている。僕が悪いのだけれども、もうちょっと、いない人間として扱ってくれても、いいと思うよ。夏休み明けには、何とかなってくれているよね。

 前橋さんと合流した僕らは、一度職員室で担任の先生に顔をだして生徒会室に向かった。

 いったい何事だろうか。

 僕らのクラスだけ呼び出されたわけではないらしいけれど、なんだか怖いね。

 楠さんが生徒会室の扉を叩く。


「失礼します」


 綺麗な声が夏休みの静かな校舎に響く。それに小さく返ってくる生徒会長の声。


「じゃあ、入ろうか」


 楠さんが僕らの方を見て笑顔を見せたあと生徒会室の扉を開けた。



 生徒会室には生徒会長と副会長の二人がいた。


「夏休みにわざわざご苦労」


 重々しく口を開く生徒会長。

 メガネの下で光る切れ長の目。いかにも出来る男と言った風貌の生徒会長が部屋の一番奥にある長机の真ん中に座っている。重い表情の前で手を組むその姿は某新世紀のお父さんにそっくりだった。しかし隣に座る妙に落ち着いた雰囲気を持つポニーテイルの副会長は、会長の表情とは正反対のつまらなそうな顔をして携帯ゲーム機で遊んでいる。


「……」


 僕は生徒会長の姿に圧倒された。一般人とはオーラが違う。全てを見透かされているようで居心地が悪い。僕らを睨み続ける生徒会長に恐ろしくなった僕はとっさに横に立っていた楠さんの顔に視線を逸らした。そこにいたのは驚くほど感情のこもっていない眼をしている楠さん。あ、あれ、圧倒されていない……。次に僕は雛ちゃんの顔を見た。雛ちゃんはイライラしたような顔で舌打ちを連発している。あれ……。圧倒、されていないね……。最後に前橋さんを見る。何故かはわからないが鼻を押さえて雛ちゃんの横顔をじっと見ていた。誰も、圧倒されていなかった。

 改めて生徒会長を見てみた。なんだか平気だった。

 しかし依然として重々しい口調は変わらない。


「君たちに来てもらったのは他でもない。四人には、極秘作戦に参加してもらいたいのだ」


「ご、極秘、作戦ですか……?」


 恐ろしげな響きに僕は思わず聞き返していた。


「ああそうだ。……これは、わが校の未来がかかっている作戦だ。失敗は許されない……」


「そ、そんな……」


 いきなり突きつけられた非現実的な役割に僕は怖気づく。


「ど、どうしよう……」


 右を見る。無感情を通り越して憎しみが見え隠れしている楠さん。

 左を見る。イライラを通り越してなんだかちょっと怖い雛ちゃん。

 雛ちゃんの隣を見てみる。相変わらずの前橋さん。

 なんだか平気になった。


「希望か絶望か……。それを決めるのは、君たちだ」


 会長の意味深な言葉に、楠さんが答えた。


「そんなことはどうでもいいのでさっさと用件を教えていただけませんか?」


 雛ちゃんも答えた。


「なんだてめえは?! 呼び出しておいてその態度はねえだろうが!」


 前橋さん……はいいや。

 生徒会長は二人の放つ不機嫌オーラに驚き一瞬重々しい表情から怯えた表情になったが、それも一瞬のことですぐに元の顔に戻した。


「……き、君たちは、その、なんだ。ねえ? 副会長?」


「さっさと本題に入って」


「はい」


 助けを求めた副会長にまで裏切られる形になった。


「なんだよ、みんなノリが悪いな……」


 雛ちゃんがとびかかりそうになったのを僕が慌てて止めた。生徒会長が雛ちゃんの行動を見てサッと顔を防御し、来ないと分かって一度咳払いしたのちに体勢を整えた。そしてやっと本題らしき話題に入る。


「君たち一年生? 四人いるけど、ひょっとしてみんな違うクラスの委員長?」


 メガネをポケットの中にしまいながら、先ほどとは違い妙にフランクな感じで話しかけてきた。


「いえ私たちは一年六組の委員長です」


 楠さんが答えた。


「四人もいるの? 多いっ。いや別にいいけど。しかし君えらく可愛いな。あ、もしかして有名な楠ちゃん? あー納得。こりゃ話題にもなるわ。モテるでしょ? いや、答えなくていい! 愚問だったなこれは! ふーん。君が委員長かちょうどいいや。んで、他の三人は副委員長? あれ、よく見たら金髪の子もめちゃくちゃ可愛いじゃん。そんな怒った顔しないでよ。可愛い顔が台無しだぜ……。なんつって。あれ? なに? 君、横の子と金色と銀色でコンビ組んでるの? いやー、確かに自由な校風だけどさー、それやりすぎでしょ。別にいいけど。もしお笑いコンビを組んでるのならぜひ文化祭で披露してよ。君たちの為に時間とるからさ。って、怒るな怒るな! 冗談じゃんか! ……ふぅ……。んで、唯一の男の子の君。君は苦労してるみたいだな。楠さんのマネージャーに金さん銀さんのマネージャー。忙しいなおい。でも可愛い二人に挟まれて、役得だな! 羨ましいぜ! でも君も女の子みたいな顔してるね。実は女? 男装少女? 自由な校風だけど、制服は普通に着ようよ。スカートの方がいいジャン。夏だし。夏関係ないけど。でもスカートの方が涼しいっしょ? なんなら今からスカート用意するけど着る? なんならブルマ用意するけ――」


「いい加減にしろ」


 ものすごい音を立てて生徒会長が椅子ごと床に転がった。何が起きたか見えなかったけれど、どうやら副会長が生徒会長を思いっきり蹴り飛ばしたようだ。ちょっとだけ、お礼を言いたい気分。


「いてぇよ副会長! 何すんの!」


 床に転がる会長が講義をする。それに対し副会長。


「本題」


 と短く言う。ちなみに先ほどからずっとゲーム画面から目を離していない。表情も暇そうな顔のままだ。


「……ったく……」


 立ち上がり椅子を元に戻して浅く腰掛ける。


「じゃー副会長が怖いから本題に入るか」


 僕、今日初めて素の会長を見ることになったのだけど、集会であいさつをする姿からは考えられないくらい会長職につく人間らしくない。その、失礼かもしれないけれど、仕事はできなさそう……。


「実はさぁ、文化祭で生徒会が主催する出し物が決まってさぁ、それについて早めに準備をしたいと思っててさぁ」


 さぁ。


「文化祭の出し物っつったらミスコンとか、ミスターとか、ベストカップルとかそういったチャラいものが多いじゃん? でもさ、でもさ、それじゃあありきたりでつまんねーじゃん!」


 じゃん。


「そこで、生徒会の精鋭たちが考えたわけ。主に俺が。チャラくない出し物。来たねこれ、俺の時代。チャラいコンテストなんて時代遅れだYO」


 生徒会長。あなたには、何かに対してチャラいと言う権利が、無いです。

 まだ生徒会室に入って数分だけれど、ものすごく疲れた気がする。

 会長が偉そうにふんぞり返って自慢げな顔をして言った。


「俺が考えたイベント、聞きたいっしょ?」


「「「早く言え」」」


 楠さんと雛ちゃんと副会長が見事にハモった。


「はい」


 偉そうな態度を改めた会長。と言っても相変わらず椅子に浅く腰掛けているので姿勢がいいとは言えないが。

 そしてとうとうそれが聞ける時がやってきた。


「俺たちが開催しようとしてるのは『ベストブラザー・シスターコンテスト』。どうよ。斬新」


「……それはつまり、生徒の兄弟姉妹を対象にしたコンテストというわけですか?」


 楠さんが少しだけ嫌そうな顔で聞いていた。


「そゆこと。君兄弟いる?」


 楠さんが即答する。


「いません」


 あれ? 僕は疑問に思い聞いてみた。


「え? お兄さんは?」


「いません!」


 僕を睨み付けながらそう言って、思いっきり足を踏んづけてきた。


「い、い、いった……!」


 うずくまる僕の上で楠さんと雛ちゃんの言い合いが始まった。


「てめえ! 優大に何しやがった!」


「別に何も。サッカーの反則でシミュレーションって知ってる? 多分それ」


「ハンド以外知らねえよ!」


 そこに混ざってくる前橋さん。


「そーです! サッカーの反則はハンド以外なくすべきです! 覚えきれません!」


「それ人としてどうなの」


「なっ! いま有野さんを見下しましたね?! 許しませんよ! 大体ですね楠さん、私は以前から言おうと思っていたのですけどね、有野さんに対してだけかなり態度が悪いですよ! もっと敬うべきです!」


「敬うって、尊敬するっていう意味だよ。有野さんを敬うって、使い方間違ってるでしょ。有野さん、尊敬できるところないから」


「んなー?! こここの人は一体何を言っているのですか!? あ、あ、有野さん! 気にしないでください!」


「そんなことより優大に何しやがった! 謝れ!」


「優大優大うるさいね。それ誰?」


「優大は優大に決まってんだろうが! 優大以外に誰がいる!」


「ちょっと、一回の発言で優大って三回使わないでもらえる? ルール違反だし気分が悪くなる。おえ」


「んな?! て、てめぇ……!」


 雰囲気が不穏すぎるよ!


「お、落ち着いて二人とも! いや、三人とも!」


 頭上に立ちこめる重苦しい空気を散らすように勢いよく立ち上がって壁となる僕。足はまだ痛いけれどそれどころじゃない。このままでは全面戦争に突入しかねないよ!


「心配してくれてありがとう雛ちゃん! 僕何もされてないよ?! ただちょっと靴ひもがほどけたから結んでいただけなんだ!」


「お前今上履きじゃねえか。ひもねえよ」


「え、あ、その、……心の、靴ひも……」


「何を言っているんですか佐藤君。そんな詩的な表現で有野さんの気を引こうとしたってそうはいきませんよ? その前にそれ寒いです。ダサいです」


「う……」


 確かに、心の靴ひもなんて意味が分からない……。


「まあそう言うわけで、佐藤君は心の靴ひも(笑)を結んでいただけなので有野さんが怒る意味が分からない」


「優大痛がってたじゃねえか。お前が何かしたんだろう。ってゆーか、足踏んだんだろ」


「酷い言いがかり。佐藤君、私君に何かした?」


「し、してません」


「だよね。有野さん、私を怒るの止めてくれる?」


「若菜……。お前、また優大を脅し――」


「わー! わー! わー!」


 それは内緒だよ雛ちゃん!


「とにかくー! 兄弟を探しているんですよね! 会長!」


 話を戻せばこの争いはうやむやになるはずだ。僕は強引に軌道修正をした。


「え? あ、まあ、そうだけど。君らの話し合いは終わったのか?」


「はい終わりました! それで、僕らが呼ばれた理由はなんですかね?!」


「んー、クラスメイトの達の中から兄弟を差し出してくれる人を探してもらおうと思って。そんなことより、君ら話し合いの続きはいいのか?」


「ええ話し合いはもう終わりです! 兄弟がコンテストに参加してくれそうなクラスメイトを探せばいいんですねっ」


「そうそう。できれば何か特徴のある兄弟がいいんだけど、ところで君らの話し合いは――」


「もう本当に穿り返さないでもらっていいですか! お願いします!」


 もう喧嘩は見たくないよ! なんで蒸し返そうとするのこの会長?!


「なんだか結論出ないまま喧嘩が終わったから気になって」


「……空気読んで……」


 呆れたような顔でゲームをする副会長がつぶやいた。ありがとうございますと心の中で言っておきますね。それにしても、この騒動の中ゲームを続けるなんてすごいなぁ。


「まあいいや。んで、結局楠ちゃんには兄弟いんの? できる事なら話題の人間から兄弟出してもらいたいんだけどさ。どうなの楠ちゃんの横に立ってる男の子」


「え? その……」


 何故僕に聞いたのだろう? よく分からないや。でも聞かれたから答えないとね。

 答える前に一度楠さんの顔を見る。もう足を踏まれたくないもん。

 楠さんはにっこりとほほ笑んでいてくれた。

 この微笑は、言ってもいいってことだよね。

 僕は生徒会長に教えてあげた。


「お兄さんがいます」


「ちょっと!」


 楠さんが僕の太ももに膝をぶつけてきた。


「い、いたぁ!? な、なんで?!」


 痛む太ももをさする僕を楠さんが怒った顔で睨み付けていた。


「言わないでって言ったでしょ!」


「え?!」


 言うなよ?分かってるよな?の笑顔だったんだ。ゴメン……。間違えた……。


「おい若菜! 今のは見たぞ! 優大にモモカツ入れただろ!」


 楠さんを指さし非難する雛ちゃん。


「? モモカツ?」


 雛ちゃんの言葉に首をかしげる楠さん。本当に何かわかっていない様子だ。


「とぼけるな! 今膝蹴りしてたじゃねえか!」


「あぁ、これのこと」


 と言ってまた僕の太ももに膝を入れてきた。痛い。


「再現すんなよ! かわいそうだろ!」


 僕の腕をつかみ楠さんと僕との距離をあけようとする雛ちゃん。


「あ、ごめんごめん。確認作業が必要だと思ったから。だって、モモカツなんて初めて聞いたから」


「はぁ? それはモモカツだろ!」


「え? どれのこと? ちょっと佐藤君にやってみせて」


「だから、これのことだよ……ってやらねえよ!」


 び、びっくりした。両足が使用不可能になるかと思った。


「私の学校ではモモカンって男子が言っていたからモモカンかと思ってた」


「いや、モモカツだろ、なあ、優大?」


「うん。僕らの学校ではモモカツだったね」


「未穂もそうだよな?」


 突然振られた前橋さんが、何故か慌てたように言う。


「え?! あ! ハイそうです! モモカツ?でした! モモチなんて聞いたこともありません! モモチではなくモモカツ?でした!」


 どうやら、


「……未穂の学校はモモチって呼ばれてたのか……」


 モモカツではなかったらしいね。


「え。……あ、はい。そうです……」


 何故かとても悲しそうな顔をして俯く前橋さん。場所によって呼び方は違うものなのだからそんなに落ち込まなくてもいいと思うけれど。それだけ雛ちゃんと一緒がよかったということだね。


「なんだ。みんなバラバラだな」


「そうだね。おもしろいね」


 色々な場所の色々な呼び方を聞くの、僕は好きだ。


「なんならもう一回やろうか?」


「え?! 遠慮させてもらいますけど?!」


 楠さんの提案を僕は拒否させてもらった。


「残念」


 にっこりと笑いながら言う楠さん。悪戯っぽい笑みも輝いているね。


「残念じゃねえよ。謝れよ」


 雛ちゃんが僕の為に言ってくれる。楠さんはそれに素直に従っていた。


「ごめんね佐藤君。痛かった? 撫でてあげるね」


「えっ」


 そんなのなんだか恥ずかしいよ!


「卑猥な事すんじゃねえよ! もう許すから優大に触るな!」


 楠さんが僕の足に向けて伸ばしていた手を払う雛ちゃん。


「別に有野さんに許しをもらってもね」


「え、も、もちろん、僕は気にしてないよ」


「そ。ありがと」


 そう言って、綺麗に笑ってくれた。足の痛みなんてもうどうでもよくなった。


「ねえねえ、君たち」


 あ、しまった。また生徒会長のことを放っておいてこちらで盛り上がってしまった。怒られてしまう! と思ったけれど。


「俺の学校ではフトモモクラッシュって呼ばれてたんだけど聞いたことない?」


 話に入りたかったようだ。でも、もうその話はいいのでは……。

 僕ら四人が、なんと言えばいいものか悩んでいると、


「それはない」


 と副会長が言った。


「なんだよ。ならお前の学校ではなんて呼ばれてたんだよ」


 少し怒ったように言う会長。しかし副会長は動じない。


「黙って。そんなことよりさっさと本題。兄弟について」


「あ、そうだった」


 副会長は会長をコントロールする役目を担っているんだね。


「楠ちゃんは兄貴がいるんだ。じゃあちょっと、兄ちゃんを説得してくれよ」


「いえ、私の愚兄などコンテストに出場できる身分ではありません。説得する必要はありません」


「楠ちゃんがかわいいってだけで充分話題になるからいいよ。んじゃ、説得よろしく」


「ですから、私は――」


「残りの君たちは? 特に金髪の君は?」


 楠さんが何かを言おうとしたけれどそれを無視する形で、ターゲットを雛ちゃんに変えた。


「私? 兄弟なんていねえよ」


「あれ?」


 國人君がいるのに、と思ったけれど、そう言えば雛ちゃんは國人君のことを周りの人々に知られたくないと思っているのだったね。言わない方が雛ちゃんの為になるよね。


「なんだマネージャー君、あれって言ったな。金髪の子にも兄弟はいるの?」


「え、そ、その」


 いないと言い切れない僕の罪悪感。小心者すぎるよ僕。どうしよう……。

 困っているところ、僕の悩みを楠さんが解消してくれた。


「いますよ。有野さんにもお兄さんいるみたいですよ。確か名前は國人」


「な!?」


 雛ちゃんが驚き楠さんを見る。


「一昨日聞きました。兄がいると」


 そう言えば、そういう話をしたね。


「て、てめえ……」


 怒りだしそうな雛ちゃんをなだめる。

 会長は二人に兄弟がいると聞いてご満悦だ。


「これで二人確保だな」


「ちょっと待て。誰も出場させるなんて言ってねえよ」


「そうです。私は兄なんかを学校に呼びたくないです」


 二人が怒る。しょうがないね。


「うるせえな。もう決定」


「なんでお前が勝手に決めるんだよ。お前の兄貴じゃねえだろ」


「勝手に決めるなんて横暴ですよ。よくそれで生徒会長が務まりますね」


 責め続ける二人。会長は困ったように眉根を寄せる。


「あーうっせー。副会長なんとかして」


 突然の会長のふりに副会長が面倒くさそうに顔をしかめた。また会長を突き放すのかなと思ったけれど、嫌々ながらも手に持っていたゲーム機をおいて、床に置かれたカバンの中から何かの資料を取り出し眺めはじめた。


「……一年六組が文化祭でする予定のお店は『女子高生が握るおはぎ喫茶』……。いかがわしい。これは再検討の必要があるかも」


 再検討? 今は夏休み中だからそうなったら新学期まで何もできないよ。少し大変になっちゃいそう。

 楠さんもそう思ったようで抗議の声を上げる。


「ちょっと待ってください。一度は通した企画なんですから今更そんなことを言われても遅いです。会議だって何度もしているんですから」


「でも、これは高校生としては不健全。再考の必要がある」


「突然すぎます。何故今さらなんですか」


 ここで副会長が顔を上げ表情のない顔を楠さんに向けた。


「ただ脅しているだけ」


 楠さんの眉がピクンとはねた。

 再び資料を見る副会長。


「手作り、衛生面が気になる。他のクラスも飲食系が多いし、数を減らす必要があるかも。そもそも、この案はお金儲けが目的のような気がする。文化祭はそういう目的じゃない。でもなにより、『女子高生が握る』というのがかなり引っかかる。喫茶店というより風俗に近い匂いがする」


「……私たちが兄を説得すればそのままでいいんですか? それおかしくないですか?」


「おかしくない。文化祭が盛り上がればそれでいい」


「なるほど。最低ですね。兄を呼びたくない私と有野さんは、兄が来ることで文化祭を楽しむことができなくなりますけど」


「全校生徒の事情はあなた方二人の事情に優先する。比べようもない」


「本当に最低ですね。分かりました説得します。出場するかどうかは保障できませんが」


 にっこりと笑って承諾した楠さん。表面上はあまり怒っていないけど、多分心の中ではとても怒っている。


「努力に期待する。あなたは」


 副会長は雛ちゃんに目を向けた。


「……ふん。ふざけんなよ」


「断る?」


 首をかしげるその姿も、今見たら裏にある感情がよく見えて気分がよくない。


「誰が断るか。優大が提案した案を潰してたまるか。絶対に連れてきてやるよ」


「期待している」


「黙れ」


「黙る」


 それだけ言って、資料を置いてゲームを始めた。なんだか、嫌だ。


「ご協力に感謝するぜ。うっへっへ」


 とても悪そうな顔の生徒会長。悪役だよ……。


「銀色の子とマネージャー君は兄弟いるの?」


「私はいません」


「あ、僕はいます」


「んじゃー、ジャーマネ君も兄弟連れてきてよ。女の子たちが頑張るんだから君も頑張らなきゃなぁ!」


「はい……」


 祈君は大丈夫だと思うけど、姉ちゃんは怒っているから……。困ったな。つれてこられるかな。

 生徒会室での一件は、とても不穏後味を残して終わった。


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