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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
43/163

来訪者はドS

 八月の二日目。

 夏休みは残すところあと三十日だ。七月のことを僕はロスタイムと呼んでいたけれど、よく考えたら七月の夏休みは十日くらいあるから、夏休み全体の四分の一は七月にあるんだね。そんなロスタイム無いよね。

 そんなわけで休みの残り四分の三に入っている。あと十日で折り返しだ。とても早く感じる。宿題もまだ終わっていないし、話し合うことが無いと言っても一応文化祭の会議もあるみたいだ。小嶋君も僕の家にあるアニメを見尽くすと言っているし色々と忙しそうだ。

 そうとなれば早く起きなくては時間がもったいない。

 僕はこれからのことを考えて少しドキドキする胸を押さえて一階へ下りた。

 居間では両親と弟がテレビに目を向けていた。「おはよう」と声をかけるとみんなが返してきてくれた。素敵な朝だ。

 両親は今日も仕事なので僕より早く起きている。弟は小学生なので誰よりも早く起きてラジオ体操に出かけている。それから帰ってきてずっと起きているので僕より先に居間にいるのだ。

 僕がご飯を食べているうちに両親が仕事へ出た。忙しそうだ。ただ休んでいるだけの僕が情けなく申し訳ない。何かできる事があればいいのだけれど。

 パンを咥えながら両親の出て行った扉を見つめていると、弟がテレビを指さし話しかけてきた。


「また隣町がニュースになってる」


 え、またなの?

 僕は弟の指さす先を見てみた。


『――男数名が、深夜一人で歩いていた男性に暴行を加えおよそ五万円の入った財布を奪う――』


 酷いことするなぁ。早く犯人捕まればいいのに。

 ……それにしても、隣町がニュースになる率が高すぎるよ……。

 朝ご飯を食べ終え、弟と一緒にテレビを見る。ニュースは相変わらず物騒な世の中を映し出しているけれど家の中は至って平和だ。無言が耐えられる関係というのはとても素晴らしいものだよね。これからどんどん、家族以外でそう言う関係になれる人を作っていきたいな。

 ここでお姉ちゃんが起きてきた。少し遅い起床だけど、今年受験生だから夜遅くまで勉強しているのかな。えらいね、お姉ちゃん。

 寝ぼけているのか、ソファに座る僕の膝の上に座ってきたので違うよと言って隣に座らせてあげた。寝ぼけると僕が椅子に見えちゃうんだね。

 兄弟三人並んでテレビを見る。右隣に座るお姉ちゃんが、眠いのか僕の肩にもたれかかってきた。少し暑いよ。左隣に座る弟はテーブルの上に置いてあった新聞を持ち上げてテレビ欄とにらめっこを始めた。

 そんな感じで、まったりとした時間が進んでいく。

 幸せだな。

 弟がチャンネルを変えて番組が変わる。

 まったりした時間だなぁ。

 ……トイレに行こうかな。

 僕にもたれかかっていたお姉ちゃんを起こして、僕は立ち上がる。

 そこで、タイミングよくインターホンが鳴った。

 立ち上がっている僕がそのままドアホンへ向かいモニターを覗いてみた。

 あれ? モニターには誰も映ってないよ?

 悪戯かな?と思ったけれど一応声をかけてみた。


「はい?」


『あ、その声は佐藤君、って、当然か。佐藤君の家なんだから佐藤姓以外の人は出てこないか』


「え?」


 この声はとても聞き覚えがある。しかし機械越しなのでパッと思いつかない。


「あ、あの、どちらさまですか?」


『とりあえず玄関の鍵を開けてよ』


 怒られた。


「あ、はい」


 僕はモニターを消して玄関へ向かった。そして鍵を開け、扉を開いて来訪者を迎える。

 開けた瞬間立ちくらみに似た衝撃を受ける。吹っ飛びかけた意識を慌てて掴んでその場にとどめる。来訪者は、僕の意識を吹き飛ばしそうになるほど強烈な美人オーラを持っている人だった。


「や。おはよう」


「くくく楠さん?! どうしたの?!」


 楠若菜さんでした。

 肩の部分が開いたチュニックにキュロットスカート。真っ白で長い脚が眩しい。


「どうしたのって、友達が来ることがそんなに不思議?」


 僕の反応が気に入らないようで、開かれた玄関の前で目を細め僕を睨み付けている。


「え、いや、不思議ではないけど……」


「とりあえず家の中に入れてよ」


「あ、うん」


 僕は後ろ歩きで家に上がる。楠さんが玄関に入ってきて扉を閉めた。


「そ、その、今日は、どういったご用件で……」


「用件がなくちゃ来ちゃいけないっていうの?」


「え、いや、そんなことは、無いけど……。でも、僕の家なんかに、わざわざ楠さんが足を運んでくれるなんて、その、何と言うか、すごいというか、珍しいというか……」


「来るのは初めてじゃないでしょ」


「そ、そうだけど、前は、二階からだったし……。こう、堂々と来てくれるとは、思ってなかったし、突然だったから、その、びっくりして」


「なに? 来てほしくなかったって言うの?」


「そ、そんなことは絶対にないよ!」


「ふーん。期待してたんだ。友達になったからいつか来てくれるって期待してたんだ」


「そ、その、そう言う気持ちも、あったのは否定できない事実です……」


 なんで僕はこんなに追い詰められている気分なのだろうか。

 どうやら玄関で騒ぎすぎたらしい。居間から誰かがやってきた。


「お兄ちゃーん? どうしたの? 困ってるの?」


 その人は、元気よく居間からやってきたけれど、玄関に立つ楠さんを見て驚愕に目を見開いてた。


「……。……! だ、だれ?! その美人さんは誰?! お兄ちゃんの知り合い?!」


「あ、うん、その、僕の、友達」


「友達?! あのお兄ちゃんに友達?!」


 それは僕に失礼だよ!

 そんな僕らを見て、楠さんがにっこりと笑って自己紹介をしてくれた。


「初めまして、楠若菜です。佐藤君と仲良くさせてもらってます」


 にっこり。

 とても素晴らしい笑顔だった。

 でも、それが気に入らないという人がここにいる。


「な、な、な……! なんて完璧な笑顔……! ……ちょっと、お兄ちゃん! お兄ちゃんには私がいるのにどうして女の子なんかを連れ込もうとしているの!」


「え、そ、その」


「お兄ちゃんを一番好きなのはこの私なんだからね! それは分かってくれているでしょ?!」


「あ、あの……」


「もーーーーー! お兄ちゃんなんかもう知らない! でもお兄ちゃんは私の物だから! 渡さないから!」


 と、楠さんに指を突きつけたあと、どんどんと足音を立てながら階段を上って行った。

 慌てて楠さんを見る。こんな失礼な態度を取られて怒らないわけがないよ!


「……あ、あの、ごめんね、楠さん。その、怒りっぽくて……」


 失礼なことを言われた楠さんだけれども、顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


「ううん。全然気にしてないよ。佐藤君、懐かれてるね」


「う、うん。仲は、いいと思う」


 いつも一緒に遊んでいたからね。仲はとってもいいよ。


「ふふ……。可愛い妹さんだね」


 楽しそうに笑う楠さん。でも。


「あの、あれは、お姉ちゃん……」


 楠さんの穏やかな笑みが凍った。


「……佐藤君、知ってる? あとから生まれた女の子は、妹っていうの。お姉ちゃんは、自分より先に生まれている女の子のことを言うの。佐藤君間違えてない?」


「し、知ってるよ?」


「そう。それは素晴らしい。で、今の子は? 姉? 妹?」


「お、お姉ちゃん……」


「………………。……あ、なるほど」


 合点がいったようだ。


「もしかして、双子とか? 双子で、姉とか弟とか区別をつけたくないご両親が『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』って呼ぶようにしていたんだね。その名残でお互いそういう呼び方をしているんでしょ? 納得」


「えっと、その、お姉ちゃんは、僕の二つ上……」


 楠さんの顔から笑顔が消えた。消え去った。


「……なんでお兄ちゃんって呼ばれてるの? なんでお兄ちゃんって呼ばせているの?」


「よ、呼ばせてないよ! その、これには、浅い理由があって……」


「浅いんだ」


「深くは、ないよ……」


「……詳しく聞こうか。場合によっては君との縁を切るから」


「そ、そんな……」


 友達を失いたくないよ。

 なんと説明していいものか、焦りながら考える。良い言い方が思いつかない……。

 と悩んでいたところ。


「兄ちゃん? どうしたの? 姉ちゃんまたおこったの?」


 今度は弟が居間から顔を覗かせてきた。


「お客さん?」


 楠さんを見て僕を見る。


「うん……。僕の、友達」


「へぇ」


 少し驚いた顔をして、居間から出てきた。そして僕の隣に並び楠さんに頭を下げた。


「初めまして。佐藤祈です」


 佐藤いのり。僕の弟だ。

 祈君を見てにっこり笑う楠さん。


「初めまして、楠若菜です。お兄さんにはいつもお世話になっています」


「あ、はい。兄をよろしくお願いします」


 祈君がもう一度頭を下げて居間に戻っていった。


「ふふ」


 楠さんの顔に笑顔が戻ってきた。


「今度の子は、妹だよね。可愛い妹だねって言ってもいいよね」


「え、あ、弟」


 楠さんの笑顔が再び凍りついた。


「……佐藤『いのり』って言ってたけど、女の子じゃないの?」


「その、女の子みたいな名前だけど、男の子だよ」


「……」


 楠さんの顔から笑顔が再び消え去った。


「……君の兄弟はおかしい……」


 そう、かな?


「……とにかく、上がっていい?」


「え、あ、うん」


 そう言うわけで、楠さんが僕の家にやってきた。





 僕を追い抜かして真っ直ぐに僕の部屋へ向かう楠さん。僕の家なのに……。扉を開けて僕の部屋に入り、すぐに扉を閉める楠さん。僕がついてきているのに……。僕は扉を開けて楠さんの後に続いた。


「佐藤君。これなに」


 僕が部屋に入るなり楠さんが僕に問いかける。

 僕の部屋に置いてあった馬のお面を手に取って驚いた顔を見せている楠さん。そう言えば、馬山さんから返してもらっていたんだった。ちょうどよかった。


「昨日話した、秘密基地にいる人から返してもらったんだ。普通に返してくれたよ」


「有野さんのお兄さんと一緒に?」


「……その、それが、一人で行くことになって……」


「……ふーん。そうなんだ。じゃあ、これ、私の為にわざわざ取り返しに行ってくれたんだね」


「え、あ、そういうわけじゃないけど……」


「私の為にわざわざ取り返しに行ってくれたんだね」


「え? いや、その」


「私の為にわざわざ取り返しに行ってくれたんだね」


「は、はい」


「ありがと」


 無理やり言わされた感が否めないけれど、楠さんは同じ言葉を繰り返していただけだし今のは僕が勝手に言ったことになるよね……。なんだか、嘘をついているみたいでいやだな。

 困惑している僕に楠さんが馬のお面を渡してきた。


「え?」


「ちょっと持ってて」


 僕に馬のお面を持たせて楠さんが数歩下がる。そして携帯のカメラを構えて僕と馬を撮った。よく分からないけど、何かの記念かな。


「よし。じゃあその馬君にあげる」


「え? 返してほしかったんじゃないの?」


「よく考えたらどこの誰かも知らないおじさんがかぶったお面なんかもう被りたくないよ。だからもうそれいらない。君にあげるよ」


「あ、ありがとう」


 僕もいらないよ……。部屋にこんなものがあったら怖いよ……。

 真っ白い馬を眺めてみる。妙にリアルだ。見えないところにしまおう。


「でもその変質者はどこでそれを手に入れたのかな」


 楠さんが僕の机から椅子を引いて座った。

 僕は馬を持ったまま立っている。


「どこで手に入れたのかは聞いてなかった。でも、多分山に落ちていたんじゃないかな」


「多分そうだよね。あーあ。あのとき取りに戻ればよかった……」


 あの時。

 ストレス発散を僕に見られた日。その日にかぶっていた馬を落とした楠さん。そこから僕と楠さんの関係が始まった。

 あれからもう一月以上も経っている。あっという間だった気がする。色々あったね。思い返してみればいいことだらけだ。

 一月前、あの時足跡を追って森の奥深くへ進んでよかった。人生を変える出来事も、秘密基地を守りたいという『勇気』だったのだから、やっぱり勇気は人生においてとても大切な物なんだね。


「で、その変質者は追っ払ったの?」


 回想している暇はなかったね。今は楠さんが部屋に来てくれているのだから。


「ううん。あの人は変質者なんかじゃないよ」


「馬被って外に出る時点で変質者だから」


 ……それは、自分の事を貶しているのかな……。


「……なに?」


 考える僕を楠さんが半眼で睨む。


「いえ、なんでも……」


「……まあいいや。君がその人を変質者ではないと判断した理由は? 顔? 体つき? ガチムチだったの?」


「体つきで人を判断したことなんて僕ないよ?! ガチムチ好きでもないし!」


「なら何。叫んでないで早く教えてよ」


 叫びたくもなるよ。


「その、家が無いんだって。だからあそこにいるんだって」


「……で?」


「え?」


 以上で僕の説明は終わりましたけど……。


「えっと、家が無くて、あそこにいるんだって……」


「それさっきも聞いた。続きは?」


「そ、その、以上です……」


「はぁ?」


 怒ったような顔の楠さん。笑顔の方が似合うよと思ったけれど言わない。


「住む場所が無くて、あそこで雨風を凌いでいるのだから、仕方がないかなって……。理由があるから、変質者じゃない、よね?」


「君はアホだ」


「あ、はい……」


「家が無いだけで十分不審でしょう。何歳くらいの人?」


「えっと、四十前後……だと思う」


 自称は高校生だけど。


「四十歳で山暮らしは厳しいものを感じるね。かわいそ」


 椅子を回して僕に背を向ける。そしてごく自然な動作でパソコンの電源をつけた。


「で、君は同情してそこに住まうことを許したというわけなんだ」


 ディスプレイを眺めたまま僕に問いかけてくる。


「うん……」


「私の許可を取らずに」


「う、うん」


 確かに、僕だけの秘密基地ではないのだから僕の独断で許したのはまずかったかもしれない。今さらだけど、楠さんにも許可をもらおう。


「あの、ダメかな」


「駄目だね」


 バッサリ切り捨てられた。


「私はどこでストレス発散すればいいの。新しいところを見つけろって言うの?」


「えっと……。その、馬山さんになら見られてもいいと思うよ」


「馬山? 馬を被って山にいたから馬山? ネーミングセンス無いね」


「僕が付けた名前じゃないよ。馬山さんが自分で言っていたんだ」


「そう。どうでもいい。で、その馬山さんに見られてもいいという理由を是非お聞かせ願いたいね」


「うん。馬山さんいい人だから」


 完全には振り向かず、横目で僕を見る楠さん。


「変質者を見ていい人と言える君が羨ましいよ」


 う。これは嫌味だよね……。何となく分かるよ。

 楠さんが再びディスプレイを向いた。


「まあその変質者は追々追い出すとして、君にはそれ以外に説明しなければならないことがあるよね」


「え? 僕何かしたっけ?」


「『お兄ちゃん』」


 う。


「弟である佐藤君はなんでお兄ちゃんと呼ばせているのかな。説明してよね、お兄ちゃん?」


「僕が呼ばせているんじゃないってば……」


 これじゃあ僕が変な人みたいだよ。


「姉に自分のことをお兄ちゃんと呼ばせている強者は君くらいなものだよ。正直引く」


「ち、違うんだよ!? 僕が望んでそうなっているんじゃないんだよ?!」


「良いから説明しなさい。浅い理由があるって言ってたでしょう」


「はい……」


 この説明を失敗したら僕は友達を失うね……。


「これには、弟の祈君が関係してくるんだ」


「ほう」


「実は、僕の弟の祈君とお姉ちゃんは敵対してて、喧嘩とか結構するんだ」


「へぇ」


「基本的にお姉ちゃんが祈君に突っかかっていくんだけど、なんでかっていうとお姉ちゃんは弟をライバル視しているみたいで、することなすことなんでも勝ちたいみたいなんだ」


「ふーん」


「それで、祈君が僕のことを兄ちゃんって呼ぶから、祈君だけずるいということで、お姉ちゃんも僕のことをお兄ちゃんと呼ぶようになったというわけです」


「変なの」


「……僕もそう思います」


「でも佐藤君自身も嫌がってないんでしょ? 満更でもないんでしょ? お姉さん君より小さくて懐いているから、妹みたいで可愛いって思ってるんでしょ?」


「い、嫌に決まってるよ……。でもなおしてくれないから……」


「あ、そうなんだ。ごめんね、勘違いしてた。勘違いして今全力で妹系のエロ画像をダウンロードしまくってたよ」


「え?! 何してるの?!」


 慌てて楠さんに駆け寄る。う……。ディスプレイに恥ずかしい絵がでかでかと映し出されているよ……。女の子と部屋で二人こんなものを見ているなんて異常だよ!


「そ、その、とりあえずブラウザを閉じてもらっていいですか」


 マウスを操作したいけれど楠さんが握っていて閉じられない。これを機にキーボードでブラウザを閉じる方法を調べておこう。確かAltとF4だった気がするけれど、怖くて押せない。間違えたら変なことになってしまいそうだもの。


「なに? 迷惑だっていうの? 人が親切でエロ画像をダウンロードしてあげていたのに」


「有難迷惑です……」


 楠さんが唇を尖らせながらブラウザを閉じた。しかしいつのまにか壁紙が裸の女の子のえっちな画像に変えられていたので状況は変わらず。


「ななな何してるの?! やめてもらっていいですかね?!」


 懇願する僕を楠さんが怒る。


「ちょっと! 佐藤君! 何このデスクトップ! 私が来るのは分かっていたんだからこんな恥ずかしいデスクトップ変えておいてよ!」


 まるで僕が選んだ壁紙みたいに怒られた!

 そもそも楠さん突然来たんだよね?! 何の準備もしていないよ!


「僕こんな壁紙にしてなかったよ?! 綺麗な青空だったはずだよ?!」


「まったく……。煩悩の塊だね君は。私を部屋に連れ込んで何をする気なの?」


 やらやれといった感じで再びブラウザを開いていた。ブラウザによって隠れるデスクトップを見て一安心。


「とりあえずお茶」


「え?」


 おちゃ?


「とりあえずお茶が飲みたい」


「あ、はい」


 えっちな壁紙の件何も解決していないけれど、確かにお客さんに何も出さないのはいけないよね。僕は慌てて一階へ下りた。

 僕が一階へ下りると弟の祈君が靴を履いてどこかへ出かけるところだった。つま先を地面でトントンしている祈君に声をかけてみた。


「どこかへ行くの?」


「え、いや、俺は家にいない方がいいのかなと思って」


「え? どうして?」


 お客さんがいるから? そんなの気にしないのに。


「どうしても。頑張ってね兄ちゃん」


 最後にかっこいい笑みを見せて家を出て行った。何をがんばればいいんだろう?

 まあいいや。とにかく早くお茶を持っていかなければ怒られる。……あと、正直楠さんを部屋で一人にするのが怖い……。申し訳ないけれど、何をされるのか分からないよ……。……もうえっちな画像収集はやってないよね……?

 お茶とお茶請けを持って二階へ戻る。僕の部屋に行く途中、僕の隣に位置するお姉ちゃんの部屋からお姉ちゃんが半分顔をだし物凄い形相で僕を睨み付けていた。怖いから後で謝っておこう。今はとにかく楠さんだ。

 一応ノックをしてから入る。

 部屋に入ると楠さんはパソコンの前には座っておらず、部屋の真ん中にあるテーブルのそばで、クッションをおしりに敷いて座っていた。真っ白な太ももが目に飛び込んできたのであわてて目をそらす。そのついでにちらりとディスプレイを見てみるとブラウザが開かれたままでえっちな画像は表示されていない。ふぅと一息つく。


「お待たせ」


 僕はお盆をテーブルの上に置いてお茶を楠さんのそばに置いた。


「ありがとう」


 にこりと笑いお茶を受け取る。棒の部屋に来てからずっと無表情だったけどやっと笑顔を見せれくれた……。なんだかほっとする。


「有野さんの家ってここから近いんでしょ?」


「うん。あ、呼ぶ?」


「いい」


 即答だった。仲良くしてほしいのだけれども……。


「昨日ね」


 楠さんが頬杖をついて話し始める。なにごとかな?


「昨日の夕方ころ、先生から電話があってね。なんでも生徒会長が委員長に話があるから夏休みの間に生徒会室に来いってさ」


「そうなんだ。僕も行くの?」


「当たり前でしょ。君は副委員長でしょ」


「そうだよね。雛ちゃんには伝えた?」


「伝えてないけど、伝えなくてもいいかなって。私と君二人で行けばいいんじゃない? 有野さんだって面倒くさがるでしょ」


「そうかな? 雛ちゃんなら面倒くさがらないと思うけど。一応、伝えてみるね」


「……はいはい」


 何故か呆れたような顔で僕から視線を外した。僕おかしな事したかな。


「えっと、日にちはいつになるのかな」


「明日暇なら明日にでも行こうか」


 つまらなそうに本棚を眺めている楠さん。


「有野さんの都合がつけばね」


 そう言って僕をジト目で見てきた。なんでそんな目で見るのだろうか。


「今から聞いてみるね」


「あーいやいや」


 携帯を取り出した僕を慌てたように楠さんが止める。


「今はいいから。多分あとで来るから、その時にでも確認すればいいよ。今確認して、ここに来られたら困る」


「こ、困るの?」


「困る。ストレスたまるもん。会わないならそれに越したことは無いよ」


「そ、そう……」


 何とかして二人の中をよくすることはできないかな……。……あまり仲が良くないのは僕のせいなのだけど。


「でも、後から来るってどういうこと?」


 楠さんが気になることを言っていたので聞いてみた。しかし、


「ところで」


 僕の質問を華麗にスルーする楠さん。


「今隣町が熱いの知ってる?」


「熱いって?」


「ニュースで取り上げられる回数が異様に多いよね。ニュースは見てる?」


「うん。少しは。でも本当に隣町は物騒だよね。気をつけなくちゃ」


「そうだね。昨日は殺人事件のニュースがあったし、今日は路上強盗のニュース。本当に危ないよ」


「え? 昨日見たニュースは、殺人事件じゃなかったけど……」


「結局意識が戻らなかったみたい」


「……そうなんだ……」


 とても悲しい。


「それ以前にも交通事故とか、なんだか爆発とかあったみたいだけど隣町は一体どうなっているの? そんなに無法地帯なの?」


「ごくまれに行くことがあるけど、それほど危ないっていうイメージは無いよ。……僕が鈍いだけで周りには危険がいっぱいあったのかもしれないけど……。でも、なんでその話をするの? 何かあったの?」


「特に何もないけどさ、私の兄が少し前まで隣町に住んでいたから。今は私と一緒に暮らしているから安心だけどね。ただちょっと気になったっていうだけ」


「へぇ、そうだったんだ。お兄さんとは別々に住んでたんだね」


「兄はこのあたりの大学に通っているからね。今年で三年生。その兄がニュース見ながら何度も襲われたことがあるって言ってたからさ、そんなに危ないところなのかなと思って気になって。隣町だからいつこっちにまで危険が及ぶか分からないし」


「お、お兄さん、襲われたんだ……」


 危ないよ。


「まあ生きてるから問題ないでしょ」


 軽いよ、軽すぎるよ楠さん。驚きの軽さだよ。


「君はひ弱だから気を付けるんだよ」


「うん。心配してくれてありがとう。楠さんも気を付けてね」


「そうだね。特に金髪の女の子には気をつけなきゃね。いつ襲われるか」


「雛ちゃんのことだよね……。雛ちゃんはそんなことしないよ」


「はいはい仲良し仲良しごちそうさま」


 心底つまらなそうに両手を上げた。


「そう言えば」


 手をおろして楠さんがお茶の入ったコップを持った。


「チョコを持ってきたからあげるね」


「え、ありがとう」


「そこに置いておいたから」


 と言って僕のベッドの上を指さした。

 ちょうど日の当たるところに、ビニール袋が置いてあった。袋の底から茶色が透けて見えている。


「どんなところにおいてるの?! どろどろに溶けちゃうよ?! っていうか溶けてるよ?!」


 慌てて袋を持ち上げる僕。う、持ち上げた感触が固体のそれじゃないよ。自由自在に変形しているよ……。恐ろしいけれどかすかな希望を持って袋の中を覗いてみる。どろどろのチョコが何の包装もされていない状態で袋の底にたまっていた。どうしようこれ……。一旦固めた方がいいよね……。

 困惑する僕とは対照的にのんきな様子で話し出す楠さん。


「私思うんだけど、バレンタインが企業の戦略だのなんだのって言う人いるよね」


「う、うん……」


 話す前に僕これを冷蔵庫に入れてきたいよ。


「まあそれはいいよ。私もそう思うから」


「え、そうなんだ」


 女の子はみんな喜んでいるものと思っていたけれど。もらえない男の人だけが企業の戦略だって言うよね。当然、僕ももらえないけど、僕は言わないよ。なんだかあの時期は暖かい空気がして楽しいからね。


「そうなんだよ。ひがみはしないけど。それでさ、企業の戦略だと思うのなら、あえて別の日に開催すればいいんじゃないかなーって思うんだよね」


「別の日?」


「そう。バレンタインは二月でしょ? だから、あえて半年離れた八月に渡すとか」


「その結果がこれ?! その、もらえてうれしいけど、やっぱり固形の方がおいしいと思うんだ!」


「私ね、好きな子には意地悪したくなるの」


 ……。


「……え?! 今僕嬉しいこと言われた?!」


 気のせいではなければ今僕好きって言われなかった?!


「嫌いな子には陰湿なことしたくなるけど」


 これは陰湿な部類に入るね。つまりそういうことだ。


「とりあえず、僕これを冷蔵庫に入れてくるね……」


 僕がビニール袋を持って部屋の扉へ向かったところ楠さんが怒ったような声で僕に言ってきた。


「なに? その場で食べてくれないの? 言いふらしてやる。君が私から受け取った少し早目のバレンタインチョコを食べずに捨てたって言いふらしてやる」


「少し早いどころじゃないし、僕捨ててないよ……」


「チョコを包んでいた銀紙をはがすとき私がどれだけ苦労したと思ってるの? 私がどんな気持ちでそのチョコレートをビニール袋に放り込んだと思ってるの? その時の私の苦労をそんなに軽く見ないで! 私の二分を返して!」


 僕謝らないよ。


「とりあえず、冷蔵庫に入れてくるね……」


 普通の形でほしかったな……。





「じゃあね佐藤君。突然押しかけてきてごめんね」


 玄関で僕と向かい合う楠さん。

 家でお昼ご飯が待っているというので十二時過ぎに僕の部屋を出た。僕の部屋で過ごした時間は大体三時間ほど。とっても楽しい三時間だったよ。


「いつでも大歓迎だよ」


「そっか」


 そう言って笑う楠さんは、容姿端麗とか、長身痩躯とか、明眸皓歯とか、眉目秀麗とか、いくら漢字を並べても足りないほどの美しさで、薄暗い玄関に立っている姿を写真に収めただけで一枚の国宝になってしまうのではないかと思わせてしまうほどだった。

 このような方とお友達になれるなんてすごいや。


「じゃあ、有野さんによろしく」


「え、あ、そうだった。楠さん、この後雛ちゃんが来るって言ってたけど、どうして?」


「私が今からメールするから。そうしたら来るから」


 カバンから携帯を取り出しポチポチといじる楠さん。


「僕の家に来てほしいって呼ぶの? それなら僕が雛ちゃんの家に行くよ?」


「来るとか行くとかそういったメールをするわけじゃないの。別にただちょっと自慢するだけ」


「自慢?」


「自慢。別に私にとってはそうでもないんだけど、知らされた有野さんは自慢されたように捉えるだろうね」


「?」


 何を知らせるんだろう。


「これで良しと」


 もう送ってしまったようで、携帯を閉じてカバンにしまった。


「じゃあ、私は一刻も早く去るよ」


 シュビっと手を挙げて扉をあける楠さん。


「うん。またね」


「ばいばい。さっきからずっと私を睨み付けているお姉さんと中性的な弟さんによろしく言っておいてね」


「え、お姉ちゃんが?!」


 驚き振り向いてみるとお姉ちゃんが階段の脇で、今にも噛みつきそうな顔で僕らを睨み付けていた。慌てて楠さんに視線を戻して謝る。


「ご、ごめんね! あとで、お姉ちゃんには言っておくから!」


「別に気にしてないよ。じゃあね」


「あ」


 なんだか僕の気持ちがすっきりしないままだったけれど、笑顔で手を振りながら去って行ったので怒ってはいなかったのだろう。よかった、嫌な感情を持って帰らなくて。

 まったく! お姉ちゃんは!

 振り返り僕は怒鳴る。


「お、お姉ちゃん。なんで楠さんをそんな目で見るの……っ」


 怒る僕を見てお姉ちゃんがキレた。


「浮気者!」


 浮気者って……。


「僕と楠さんはそういう関係じゃないし、そもそも僕とお姉ちゃんもそういう関係じゃないし……」


「なっ……! あれだけお姉ちゃん大好きって言ってたくせに、嘘だったの?!」


「そ、それは、お姉ちゃんとして好きだっていう意味で、別に、それ以上の意味は……。それに、いったい何年前の話をしてるの……?」


 幼いころの話だよ。


「なにそれー! 私の事愛してるんじゃないの!?」


「家族としては、もちろん好きだけど……」


「家族って……、そんなこと言っても私たちは本当の姉と弟じゃないでしょ!?」


「……お姉ちゃん」


 本当の家族じゃない……か。

 そう、僕たちは――


「……普通に血繋がってるけど……」


 普通の姉弟です。

 連れ子でもないし、養子でもないし、腹違いでもないし、居候でもないし、親戚の子を預かっている訳でもないし……。

 僕らは完全に姉弟です。

 姉の妄想だよ。


「前世では違ったし!」


「そんなこと知らないよ……。今関係ないし……」


「前世の前世では揚げパンだったし!」


「どういうこと?! 生き物じゃないの?!」


「まったく! お兄ちゃんは私に愛されているという自覚がないんだから!」


「そんな自覚いらないよ……」


「いらない?! ……あーあ……。今お兄ちゃんは私を怒らせちゃったよ。とうとうやってしまったね……、しーらない。どうなっても知らないから!」


 最後に怒鳴って二階へ。


「また怒らせちゃった……」


 よく怒られる。早く謝らないといけないけど、多分今は取りつく島が無いからね……。少しだけ時間をおこう。




 いつものことだと思っていた――



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