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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第二章 ホーロウ中年
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朝の通学路

 八月一日。

 勝手なイメージだけど、僕は八月からが夏休みだと考えている。

 七月二十日からの十日間はロスタイムのようなもので気分としてはまだ夏休みという感じがしない。

 でも今日八月一日からは夏休みがとうとう始まってしまったなと実感が湧く。

 今日から少しずつ終わりに近づいていく夏休み。

 日を追うごとに残念な気分が加速していく。

 でも、学校に行くのも今は苦痛ではないので多分夏休みの終わりで悲しくなることは無いだろう。

 学校は楽しいもんね。

 さて。

 その楽しい学校へ行こうかな。

 今日は文化祭の話し合いだ。僕らのクラスでの文化祭の出し物、喫茶店について今週中に内容を詰めていく予定だ。

 来週からは少しずつクラスのみんなで準備を始めて行くのだと先生は張り切っている。でも喫茶店だから準備するようなことはあまりないのだけれども。

 まあ、とにかく。

 朝から学校で話し合い。みんなに会えるのが楽しみだ。

 僕は意気揚々と家を出た。


「よう」


 家を出てすぐに声をかけられた。

 肩にかかる位の金髪セミロングの髪を暑い風に遊ばせている美少女が制服に身を包み笑顔で佇んでいた。

 僕の友達だ。


「おはよう。待っててくれたの?」


「まあな。一緒に行こうぜ」


「うん」


 僕らのクラスの副委員長である有野雛ちゃん。僕の幼馴染で親友なのです。

 つい最近その関係が崩壊寸前まで行くという危機に陥ったけれども無事に修復することができた。本当によかった。

 危ないところだったよ。

 雛ちゃんと一緒に昼ほどではないがそれでも暑い朝の通学路を並んで歩く。とても幸せなことだと思う。


「面倒くせえなぁ」


 嫌そうな顔の雛ちゃんが隣で言う。


「話し合いが面倒くさいの? どうして?」


「面倒くせえだろ。そんなことよりどっかに遊びに行きたくねえか?」


「話し合いが終わってからでも十分時間はあるよ?」


「んなの待ってられねーよ。このままどっか行こうぜ」


「だ、ダメだよ。クラスの皆の為にちゃんと話し合いをしなくちゃ」


「まじめかお前は。いいじゃねえか、優大のことを悪く言う奴らの事なんか。ほっとけ」


「で、でも、僕、副委員長だし……、雛ちゃんも、副委員長だし……」


「大して関係ないんじゃねえの」


「関係大ありだよ……」


 面倒くさがっているように見えるけど、僕は知っている。雛ちゃんはこう言いながらもきちんとやり遂げてしまう責任感の強い人なんだ。僕は知っているよ。僕を待ってくれて一緒に学校へ行っていることがその証拠だ。

 こんな感じで楽しくおしゃべりをしながら学校へ向かう。

 楽しいな。

 この平和がいつまでも続いて行けばいいのに。

 ……なんだかこのセリフはフラグな気がするよ。嫌なことなんて起きないよね。

 と思った矢先に。


「……最悪……」


 雛ちゃんが道の先を見てものすごく嫌そうな顔を作った。何事だろうかと僕も見てみる。


「あ」


 道の先に、腰にまで届こうかという綺麗な黒髪の後ろ姿が見えた。僕らと同じ学校の制服を着ている。


「なあ、遠回りしようぜ」


 反転して、僕の手を掴んで道を引き返そうとする雛ちゃん。


「え、え。でも、楠さん僕たちを待ってくれているんだから、このまま行かなきゃ……」


「私は待ってねえ。あいつだって私は待ってない。だから迂回したほうがいい」


「で、でも……」


 一生懸命僕を引っ張って別の道を行こうとする雛ちゃんと、足を動かすことをためらっている僕。


「いいからお前は私についてくればいいんだよ。あいつに関わると優大は不幸になる。そんなの嫌だ

ろ」


「不幸になんてならないよ。楠さんは友達だもん」


「何言ってんだ! お前はあいつのせいでクラス中から冷たい目で見られるようになっちまったんだぞ! これからも不幸な目に遭うに決まってる!」


「その、でも、雛ちゃんと仲直りする手伝いをしてもらったし……」


「それだって若菜が原因だった喧嘩なんだから手伝って当然。感謝するのは間違ってんだろ」


「え、あれは、僕が悪いと……」


「何言ってんだよお前は! お前は一切悪くねえだろ! あいつが無理やり優大にキスなんかしたから……! 絶対に許さねえ!」


「あ、あまり大きな声でそう言うこと言わないでくれたら嬉しいな……」


 恥ずかしいよ。


「私は三番目かよ!」


「え? 何が?」


「なんでもねえよ! いいから行くぞ!」


 ぐいぐいと引っ張る雛ちゃん。僕はやっぱり遠回りするのが躊躇われる。このまま真っ直ぐ進んだ方がいいと思うよ……。

 などと引っ張ったり抵抗したりなどをしていると、僕たちを待ってくれている黒髪の女の子が僕たちの姿に気づいたようでパタパタと近づいてくる音が聞こえる。音がどんどん近づいてきて僕らのすぐそばで止まった。


「おはよう、二人とも」


「……ふん」


 雛ちゃんが遠回りをあきらめて僕の手を離した。僕は振り返り挨拶の主を確認する。

 そこに立っていたのは究極に完成された美少女、楠若菜さんだった。

 暑い中立っていたというのに汗一つ掻いていない爽やかなその笑顔。心をきゅっと握りつぶされたような苦しさに意識が飛びかける。声をかけられただけでドキドキする。……色んな意味で。


「おはよう、楠さん」


「おはよう、佐藤君。おはよう、有野さん?」


「……ふん」


 挨拶をされた雛ちゃんは不機嫌そうに顔をそらしただけで挨拶を返すことはしなかった。

 無視された楠さんが困ったような顔で言う。


「あれ? 日本語忘れちゃったの? 『おはよう』はね、日本の朝の挨拶なんだよ?」


 う。さっそく喧嘩が始まりそうだ。


「知ってるわ! バカにすんじゃねえ!」


 予想通り雛ちゃんが青筋を浮かべて怒る。それを前にして涼しい顔の楠さん。


「あ、ごめんね。髪の毛を脱色したときに知識まで落としちゃったのかと思った」


「あはははは! 相変わらずふざけた奴だなぁ!」


「ふざけた髪をした人に言われたくないよ」


「……」


「雛ちゃん! 無言で殴ろうとしないで!」


 危ないよこの二人は!

 必死に抑える僕とそれを振り払おうとする雛ちゃんを優雅に眺めている楠さん。

 楠さんがにっこりと笑顔でまた言った。


「おはよう、有野さん」


「……おはよう……」


 雛ちゃんの体から力が抜けた。

 ふ、ふぅ……。どうなることかと思った。

 少し前から、雛ちゃんと楠さんの仲がとても悪い。僕のせいなのだけれども、これがどうにも僕が解決することは不可能なようでとても困っているのだ。

 僕がクラスのみんなから冷たい目で見られるようになったのは楠さんのせいだと雛ちゃんは言う。僕からしてみれば、それは違うけれど、雛ちゃんはそう信じて聞かないので楠さんに対してずっと不機嫌な態度を取っているというわけだ。楠さんも雛ちゃんの不機嫌な態度に不機嫌に応えるという悪循環。とてもよろしくないよ。なんとか仲良くしてもらいたいと考えているけれど、僕のようなどうしようもない人間が解決できる問題ではないみたいだ……。自分の不甲斐なさが情けない。


「じゃあ、行こうか佐藤君」


「え、あ、うん」


 歩き出す楠さんを僕は追う。


「おい優大! なんで若菜の言うことは聞いて私の言うことは聞かないんだっ!」


 雛ちゃんが怒りながら追いかけてきて僕の隣に並んだ。


「え、あの、こっちから行った方が学校に近いから……」


「……まあ、そりゃそうだけど」


 納得してくれたみたいだ。よかった。


「いいよ有野さん。さっき帰ろうとしていたんでしょ? あとは私達二人で話をまとめておくから気にせず帰っても問題ないよ」


 少し前を歩く楠さんが進行方向を向いたまま言った。


「誰が帰るか。若菜と優大を二人きりにしたら襲われちまうじゃねえか」


「襲わないよ。なんで私が友達を襲うの」


 心外だという顔で雛ちゃんを見る楠さん。


「襲うだろうがこのキス魔、痴女、変態」


「……失礼なこと言うなぁ……」


「本当の事だろ」


 ……仲良くしてほしいなぁ。

 さっきまでの楽しい通学路は幻だったみたいだよ。現実は厳しいね。


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